218年1月
今回は少しばかり横道に逸れ、
虎威将軍と呼ばれた者の話をしよう。
☆☆☆
孫権軍が江夏・桂陽に侵攻し、
それを金旋軍が迎え撃っている頃。
場所は、荊州は江陵城。
江陵では、烏林港の兵力増強のために
徴兵を行い、訓練を繰り返していたが、
少し前に訓練が終わった兵を韓浩が烏林に
連れていったために、残った将たちは
一気に暇になった。
趙樊
趙 樊「……何すればいいのかしら」
趙樊もまた、やることがなかった。
趙 樊「……なんだか今、『こいつ誰?』
とか思われた気がするわ。
私の説明は四十六章を確認することね」
さて、彼女は暇を持て余していた。
江陵はすでに開発が全て完了しており、
内政でやれることは全然残っていない。
本来なら鞏志が余剰人員をコントロールして
内政を行う余地のあるところに送るのだが、
今は孫権軍との戦いで軍政の方が優先され、
そちらの方はおろそかにされていた。
内政値がどこも高く、それほど積極的に
内政する必要がないという理由もあろう。
趙 樊「何もやってなくてもお咎めはないけど、
気が抜けちゃうわね……。
探索でもしてきましょうか」
趙樊は城下へ探索に向かった。
とはいえ、最近は探索イベントも出なくなり
小銭を拾う程度しかなくなってきていた。
暇、という点ではあまり変わらない。
趙 樊「……退屈ね。誰かいい男をお茶にでも
誘って、お話とかしていたいわ」
すでに趙樊は三十路すぎである。
いくら見た目は美人の方であるとはいえ、
独り身でいるのは辛くなってくる時期であった。
趙 樊「でも、そうそういい男がそこらへんを
歩いているわけが……
あら、いい男発見」
視線の先では、一人の武芸者らしき男が、
辺りを見回しながら歩いているところだった。
趙 樊「あの、もしもーし」
いい男「……なんでござるかな?」
趙 樊「あの、お茶でも一緒に飲みませんこと?
お金は気にしないで下さって結構よ」
いい男「お断り申す」
趙 樊「え? またまた。
さっきから、ちょっと休もうかなと思って
店を探していたのでしょう?
私は見逃しませんよ」
いい男「ふむ。確かに貴女の見立て通り、
休む所を探してはいたでござるが」
趙 樊「じゃ、別にいいじゃないの。
おごってあげるって言ってるのよ?」
いい男「しかしながら、拙者、
女と同席する気はござらんので」
趙 樊「……ちょっと貴方。
私がちょっとばかり若くないからって
適当言ってるんじゃないわよ」
いい男「何を機嫌悪くなってござるか?
拙者には、貴女はまだまだ若いし
かなりの美貌の持ち主であると思うが」
趙 樊「まっ。ちゃんとわかってるじゃない」
いい男「……しかし、申し訳ござらぬ。
拙者は女には興味ござらぬのだ。
お誘いはご遠慮申し上げる」
趙 樊「女には……興味ない?」
いい男「左様。それでは失礼いたす」
そう言って、男はすたすたと歩いていく。
それを、趙樊は呼び止めた。
趙 樊「ちょ、ちょっと待って!」
いい男「何でござる?」
趙 樊「貴方の名前を教えてほしいの。
私の誘いを断った男の名ですもの、
ぜひとも知っておきたいわ」
いい男「ふむ、是非にと申されるのならば。
拙者の名は……」
趙雲
趙 雲「趙雲。字を子龍と申す」
☆☆☆
時は遡り208年。新野城。
趙 雲「我が君! どこにおられる!
劉皇叔はどこにおられるかっ!?」
この年、曹操軍の大軍に攻め立てられ、
劉備領の新野は陥落する。
趙雲も懸命に戦ったが、数の暴力とも言える
曹操軍の攻勢を止めることはできなかった。
劉備の勢力は滅亡し、趙雲も曹操に捕えられた。
その後、彼は曹操軍にスカウトされる。
趙 雲「敵だった者に仕えたくもないが……。
しかし、登用を拒み続けたところで
劉備どのが生き返るわけでもない。
ならば、ここは受けるべきでござろうか」
彼が捕らえられていた頃は、劉備は生死不明で、
曹操軍ではすでに死んだような扱いだった。
そのため、趙雲以外にも『主が滅んでは……』と
曹操軍の登用に応じる者が大半であった。
こうして、彼は曹操軍の将となる。
だが、曹操の覚えめでたい関羽や、
袁術軍の名将紀霊を斬るなど、豪傑として
名高い張飛と違い、彼にはこれといって
目立つ武勲がなかった。
もともと10万の兵の中を単騎で駆けても
無傷でいそうなほどの武の持ち主なのだが、
これまで武名を挙げる機会に恵まれず、
そのため彼の名を知る者も多くなかった。
それゆえ、関・張のような厚遇はされず、
ただの降将の一人として使われることになる。
趙 雲「別に構わぬ……。
劉備どのの天下を見れぬのならば、
もはやどのようなことになってもよい。
戦場を駆け、戦場で死すのみでござる」
曹操軍の将となった後は、長安方面に駐屯。
馬騰軍・張魯軍などとの戦いに参加する。
☆☆☆
211年。
長安にいる趙雲に辞令が下る。
『徐州小沛城にて孫権軍に備えよ』
この頃、孫権は曹操領の寿春を攻め落とし、
徐州・豫州の各都市は危機を迎えていた。
その援軍に向かえ、ということであろう。
趙 雲「了解でござる。この趙雲、
小沛にて呉の賊を全て討ち果たさん」
この頃、趙雲は下位ながらも武官爵位を貰い、
少しずつ曹操軍にも馴染んできていた。
そして今回の辞令。
趙 雲「……ようやく、拙者も曹操軍の将として
信頼を得られたのでござろうか」
小沛に赴いた彼は、太守として城を任される。
武官の上位がいないからとはいえ、
城の代表、太守という大役である。
趙雲は喜び、一歩も引かぬ覚悟で
孫権軍との戦いに望んだのだった。
☆☆☆
211年10月。小沛は陥落した。
趙雲は孫権軍を防ごうと懸命に戦ったが、
後方から送られてくる増援の兵もなく、
ほとんど『見捨てられた』ような形で敗れた。
趙雲は捕らえられ、獄に繋がれる。
孫権軍では彼を登用しようとしていたが、
彼はまだ降る気にはなっていなかった。
趙 雲「フフフ……。
拙者の人生、浮き沈みの繰り返し……。
其はまるでマリモのようでござるな……」
獄で自嘲気味に笑う趙雲。
そこに、どこかで見たような人影が現れた。
???「天下無双の趙子龍……。
その男が獄に繋がれたままか。
いや、実に勿体無いなァ」
趙 雲「あ……あなたはっ!?」
それはまさに妖怪耳長手長……もとい。
かつての主、劉備であった。
劉備
劉 備「久しぶりだな」
趙 雲「我が君! よくぞご無事で……!」
劉 備「ん? ああ、曹操軍には
わしの動向は伝わっておらぬのか。
新野陥落後は、孫権軍に厄介になっとる」
趙 雲「そうでござったか……。
この趙雲、我が君に文でも頂ければ、
すぐに城のひとつやふたつ奪い取って、
我が君をお迎えに上がりましたものを!」
劉 備「ふ、わしも今はただの呉軍の一将。
勝手な振舞いもそうそう出来んのだ。
だからお前さんも『我が君』とは呼ぶな」
趙 雲「は……。ならば、劉皇叔で」
劉 備「それも仰々しいな。『劉備どの』でいい」
趙 雲「し、しかしそれでは……」
劉 備「いいんだ。そう呼んでくれ」
趙 雲「はっ……劉備どの」
劉 備「うむ。……それでな。
お前さんに頼みがあるんだ」
趙 雲「頼み? 何でござりましょうか?」
劉 備「呉の将となってくれんか」
趙 雲「呉の……? 孫権軍に?」
劉 備「そうだ。呉軍は兵多く意気盛んだ。
将の質も、一流どころが揃ってる。
しかし将の数となると、曹操軍に
一歩遅れを取っているのが現状」
趙 雲「そこで拙者を……」
劉 備「うむ……。
お前さんの強さはわしが良く知っている。
必ず、呉軍の中でも頭角を現すだろう」
趙 雲「しかし拙者は……我が君……いや、
劉備どのの天下を見たいのでござる。
劉備どのが生きているとわかった今、
今さら呉の将に甘んじたくはござらぬ」
劉 備「お前さんの気持ちは嬉しい。
しかし、今は呉の為に働くことが
わしの生きる唯一の道なのだ。
わかってくれんか」
趙 雲「く……しかし拙者は……」
劉 備「……ここだけの話だが」
趙 雲「……は?」
劉 備「わしは孫権の信頼を得て地位を上げ、
いずれは一つの州くらい貰うつもりだ」
趙 雲「それでは……それでは小さいでござる」
劉 備「まあ全部聞け。
一州を得れば、わしは独立する」
趙 雲「……!」
劉 備「そのためにも、お前さんには是非
呉軍に来てもらいたいのだ。
趙雲、お前を頼りにしているんだ」
趙 雲「わ、我が君……」
劉 備「我が君じゃないと言ってる」
趙 雲「これは失礼を……劉備どの。
拙者は呉の将となりましょう」
劉 備「おお、引き受けてくれるか」
趙 雲「はっ、これから共に戦いましょう!」
劉 備「うむうむ、それでいい。
これで孫権どのも喜ぶであろう」
趙 雲「そして、時来たりし頃に……」
劉 備「ん? ああ、時が来れば……な」
こうして、趙雲は孫権軍の将となった。
いずれ、劉備の下でまた戦うことが
来ることを信じて……。
☆☆☆
212年。
この年、孫権軍は領土拡大のための戦いを
さらに続け、趙雲もこれに参加。
主に徐州方面の攻防で活躍した。
夏侯惇の部隊が小沛に侵攻してきた際、
趙雲は部隊を出し迎撃。
この時の戦いは激戦となった。
夏侯惇
夏侯惇「貴様、趙雲!
我が軍の禄を食んでいた癖に、
呉に勢いがあるとみるや裏切るか!」
趙 雲「そんな小事で鞍替えしたりはせぬ。
だが、確かに裏切りには変わりない。
故に、言い訳をするつもりはござらん。
何とでも言って結構」
夏侯惇「何と言ってもいいだと?」
趙 雲「左様でござる!」
夏侯惇「このハゲ」
趙 雲「は……ハゲてなどいない。
しかも其はただの悪口では?」
夏侯惇「何とでも言えと言ったのはお前だ、
このデベソ」
趙 雲「で、デベソでもないっ。
確かにちょっと大きいかもしれんが、
ちゃんとへこんでいるっ!」
夏侯惇「ははは、なにか喚いておるわ!
このホモが!」
趙 雲「ホ、ホモだと……ホモと言ったな!?
拙者にホモと言ったなぁっ!?」
夏侯惇「……な、なにかが違うな。
ホモという言葉に過剰に反応している」
趙 雲「ホモと言うな! それは蔑称である!
正しくはゲイというのだっ!」
夏侯惇「……お前、本当にホモなのか?」
趙 雲「ホモと言うなと言うておろうがぁっ!」
夏侯惇「うわっ、向かってきた!?」
趙雲は単騎、夏侯惇に向かって突撃。
夏侯惇は慌てて地面の砂を掴み、
趙雲目掛けて投げつけた。
夏侯惇「ど、どうだ、前が見えんだろう」
趙 雲「フッ……無駄なことを!」
夏侯惇「なにっ?」
趙雲
趙 雲「拙者は生来、目が見えん!
目潰しなど無意味である!」
夏侯惇「なんだとっ!?
盲目の身でそこまで戦えるのかっ!?
私は片目を失っただけで非常に
辛い思いをしているというのに!
い、いったいどのような……」
趙 雲「隙ありっ! 全軍突撃っ!」
趙雲隊は夏侯惇の隙をつき、突撃を敢行。
夏侯惇隊は大きな被害を受けた。
夏侯惇「むうっ、やってくれる……!
これほどまで見事に指揮を執れるのか。
目の見えぬ身でありながら……」
趙 雲「あ、それ嘘でござる」
夏侯惇「は? 何がだ?」
趙 雲「目が見えぬというのは嘘」
夏侯惇「なんだとーっ!?
しかし私の投げた砂は確かに顔に……」
趙 雲「確かに普通の者ならば、目に砂が入り
視界を奪われる。しかし拙者は……」
夏侯惇「拙者は……なんだ」
趙 雲「目が細くて砂がなかなか入らぬのだ!」
趙雲はいわゆる『糸目』なのである。
その一言で気の抜けた夏侯惇の隊を破り、
彼は小沛の城を守りきった。
だが、際限なく侵攻していった孫権軍は
曹操軍に反撃を受け、次第に後退していく。
215年には小沛も失い、寿春以南へ撤兵。
以前と同じ規模にまで縮小してしまう。
その後、曹操軍と孫権軍は小規模な戦いを
続けるが、決定的な差はなく膠着状態に陥る。
その間(216年〜217年)、趙雲は
山越との国境近くの建安城塞に駐屯。
異民族に睨みをきかせた。
☆☆☆
217年、7月。
趙雲は孫権に呼ばれ、廬江へ赴く。
廬江へ到着し、孫権に目通りしようとするが、
孫権は劉備と酒を飲んでいるとのことだった。
趙 雲「劉備どのは旧主、孫権どのは今の主。
そう遠慮せずとも構わぬはず。
このまま参りますゆえ」
小間使「はあ、私は構いませんけど。
でも、主公は酒癖悪いですから、
まずは様子を見てから中に入るように
した方がいいですよ」
趙雲は孫権・劉備がいる部屋へと向かう。
すると部屋から、二人の話し声が聞こえてきた。
孫権
劉備
孫 権「しかし劉備よ、趙雲は実にいい将だな」
劉 備「そうでしょう。
あれほどの勇者はそうはおりません」
趙 雲「(……拙者の話題か)」
孫 権「うむ。まこと、全身肝っ玉のような男よ。
しかし、彼の心はまだお主に向いて
おるようだな……」
劉 備「それは申し訳ございませぬ」
孫 権「最初の口説き方のせいかもしれん。
しかし、お主がああ言わなければ、
彼は呉には来なかったであろう」
劉 備「は、そうですな。
あの時、呉と趙雲を結べるのは私しか
おりません。私がああ言わなければ、
趙雲は首を縦には振らなかったでしょう」
趙 雲「(劉備ドノハ何ヲ言ッテオラレルノダ?)」
孫 権「だが、それを言うように指示したのは、
このわしなのだからな?
趙雲を落とすことができたのは、
お主がいたからだけではないのだぞ」
劉 備「わかっておりますとも。
私にその気がないのに、『独立する』
なぞ言わせるのですからなぁ〜」
趙 雲「……!!」
孫 権「……ふ、本当にその気がないかは
怪しいものだがな」
劉 備「またまた、そうやってすぐ脅かす。
酒の席とはいえ、少々キツイですな」
孫 権「まあ、それはおいとくとして……。
そういえば金旋が……」
話題が変わり、今度は金旋軍の話になる。
だが、趙雲はその場を動くことができず、
涙を流し、立ち尽くすしかなかった。
趙 雲「劉備どの……。
あの日、拙者に言ったあの言葉は、
全て嘘だったのでござるか……っ!」
結局、趙雲が孫権に目通りしたのは
その翌日のことであった。
孫 権「んー、頭いてぇ。……趙雲よ。
山越軍への備え、よく務めてくれた。
今度は北に向かってもらう」
趙 雲「北……でござりまするか」
孫 権「うむ、北だ。
つい最近、陸遜が小沛を落としてな。
ここを起点に曹操領を切り取る」
趙 雲「はっ……」
孫 権「ついては、お主に陳留の攻撃を命ずる。
部隊を率い、かの地を落とせ」
趙 雲「……拙者に大将となれ、と?」
孫 権「そういうことだ。
お主の働きに期待しておるぞ」
趙 雲「は、ははっ! 承知いたしましたっ!」
孫 権「うっ……あんまり大声を出すな、
二日酔いの頭には堪える……」
趙 雲「は、ははっ……」
趙雲は準備を整え、小沛へ出立しようとする。
そこへ、劉備が姿を現した。
劉 備「お、趙雲か。頑張れよ。
曹操をギャフンと言わせてやってくれ」
趙 雲「……はい」
劉 備「どうかしたのか……?
元気がないように見えるが」
趙 雲「劉備どの……。拙者は……拙者は」
劉 備「ああ、なるほど。そういうことか」
趙 雲「……は?」
劉 備「いや、なんでもない。
趙雲、迷う必要などないぞ」
趙 雲「迷う……?」
劉 備「わしが思うままに生きるのと同様、
お前も思うままに生きるがよい。
もともと、人とはそうあるべきなのだ」
趙 雲「…………」
劉 備「もし孫権どのがわしより魅力的ならば、
そちらに鞍替えしても結構だぞ。
そうなっても、それを咎めたりはせぬ」
趙 雲「……そういうことでござるか」
劉 備「ん?」
趙 雲「いや、何でもござらん。
貴殿の気持ちを理解しただけでござる」
劉 備「そうか。分かってくれたか」
趙 雲「では、出立するので失礼いたす」
劉 備「うむ。怪我なぞせぬようにな」
彼の求めていた君はすでにいない。
今の劉備はもう以前の劉備ではない。
もう、後のことなどどうでも良かった。
ただ、劉備のいないところへ行きたい。
趙雲は廬江を後にする。
彼は、もうここに帰るつもりはなかった。
……劉備は、趙雲の背中を見送りながら呟く。
劉 備「生きろ、趙雲。自らの思うままに。
勇者を縛るものは何もないのだ……」
そう呟く劉備の顔は、
今生の別れを惜しんでいる表情であった。
☆☆☆
趙雲は小沛へ向かい、部隊を率い陳留を攻撃。
彼は激しく攻め立てたが、陥落には至らず、
曹操の援軍に不意を突かれ部隊は壊滅。
趙雲もまた捕虜となってしまった。
しばらくして趙雲は曹操軍の登用を受け、
魏軍の将となった。
しかしそれは呉に戻りたくない一心からで、
曹操に忠誠を誓う気は彼には全くなかった。
与えられた自室で、趙雲は自問自答していた。
趙 雲「呉には戻りたくない。
さりとて、ここにいれば呉と……、
いや、劉備どのと戦うことにもなろう。
……あの方と顔を合わせたくない。
ただ会うだけで悲しくなってしまう……」
???「ふぉふぉふぉ、何やらお悩みじゃな」
趙 雲「だ、誰でござる!?」
趙雲が振り向いたそこには、
見たこともない老人が立っていた。
老人は無遠慮に部屋に入り込み、
置いてある椅子に腰を掛けた。
老 人「……趙雲どのじゃな。
ふむ、見事な体躯じゃの。合格じゃ」
趙 雲「ご老人、貴方は誰です?
魏の将でもないようでござるが」
老 人「わしは勧誘員じゃよ」
趙 雲「勧誘員? 何の勧誘でござるか?
新聞なら取る気はござらんぞ」
老 人「誰が新聞の勧誘じゃと申した。
わしは、将の勧誘をしとるんじゃ」
趙 雲「……登用に来たのでござるか?」
老 人「左様じゃ。
わしの主人は、広く人材を求めておる。
お主ならば、厚遇間違いなしじゃ」
趙 雲「貴方の主は……金旋でござるか?
拙者は、金旋軍のように呉と隣接して
いる所には行きたくないのでござる。
いずれは呉との戦端が開かれ、
あの方と顔を合わせるようになる……」
老 人「旧主である劉備と会いたくないか。
まあ、わからんでもないがのう」
趙 雲「貴方には、この複雑な感情は分からぬ」
老 人「……そう突っぱねんでも」
趙 雲「とにかく、金旋軍には……」
老 人「誰も金旋軍とは言うておらんぞ。
……饗援という名を知っておるか?」
趙 雲「饗援? ……蜀に割拠したという?」
老 人「そうじゃ。その饗援、わしの主君が、
お主に興味を持ってのう」
趙 雲「……蜀か。呉とは接しておらぬな」
老 人「我が主はのう、最近は男でも女でも
分け隔てなく人材を求めとるんじゃ。
わしはな、これからの時代、こういう
先入観を持たぬ者が制すると思うのだが、
お主はどう思うかね?」
趙 雲「ほう……男も女も関係ござらぬのか。
それは面白い御仁でござるな……。
……ひとつお聞きしたい」
老 人「ん、なんじゃ?」
趙 雲「流石に、ゲイは差別するのでござろう?」
老 人「ゲイ……どうじゃろうな。
しかし、わしは差別せぬと思うぞ。
あの方は器の大きいお方じゃ」
趙 雲「さ、左様でござるかっ?
ふむう……蜀、そして饗援どのか。
少しばかり興味が出てきましたぞ」
老 人「それはよいことじゃ。
どうじゃ、蜀に来てみぬか」
趙 雲「ふむう……」
どうするべきか思案する趙雲の脳裏に、
劉備の言葉が浮かんだ。
『お前も思うままに生きるがよい』
趙 雲「……そうでござるな。
拙者の好きにさせていただく」
老 人「ん、何か言うたかの」
趙 雲「いや、こっちの話でござる。
……ずっとここにいる気は元よりござらぬ。
蜀へ参り、饗援軍に加わりましょうぞ」
老 人「おお、それは重畳……。
では、わしは先に戻っておるがゆえ、
お主も早く来るがよいぞ」
趙 雲「それよりご老人。貴方の名は?」
老 人「お、そうじゃな。名乗っておくかの。
いずれ戦場でわしの背中を預けるように
なるかもしれぬし、早めに仲良くなって
おこうかのう」
趙 雲「え? 戦場で……?」
老 人「わしの名は黄忠じゃ。
ま、仲良くやろうぞ」
☆☆☆
趙雲は陳留を出て荊州に入り、
襄陽・江陵(※)を経由、永安を通り、
そこから饗援のいる梓潼へ入った。
(※ 趙樊に会ったのはこの時である)
饗援に会うため、趙雲は広間に通される。
趙 雲「ここが……新天地か。
拙者の、新たな出発の地……」
側に並んでいる将には女性も多く、
それでいて男の将もそれなりに揃っている。
趙 雲「男も女も、平等に扱っておるのか。
ここであれば、拙者も……」
兵 「饗援さまのおなり〜」
趙雲は頭を垂れて、饗援の着席を待った。
饗 援「よく来てくれたな、趙雲」
趙 雲「ははっ」
饗 援「そうかしこまるな。頭を上げよ」
趙 雲「はっ……」
饗援
趙 雲「えっ!?」
饗 援「どうした? 驚いた顔をして」
趙 雲「あ、いえ……申し訳ござらぬ。
饗援さまが女性とは知らず……」
饗 援「そうか、聞いていなかったか。
だが、男も女も関係あるまい?
要は君主として相応しいかどうかだ」
趙 雲「はっ……その通りにござる」
饗 援「私が治める国には、男も女もない。
して趙雲、ひとつ聞いておきたい。
我が国にどんな理想を求めてきた」
趙 雲「理想……でござるか」
饗 援「うむ。何かあるであろう?
出世したいということでも構わぬ。
お主が何を望んでおるのか、
それを最初に聞いておきたいのだ」
趙 雲「……何でもよいのでござるか」
饗 援「うむ」
趙 雲「拙者は……拙者は、世を変えたい。
ゲイが差別されぬ世に!」
饗 援「ゲ、ゲイ?」
趙 雲「……失礼致した。しかし今のは、
拙者の嘘偽りのない気持ちでござる。
このような者が不必要であれば、
いつでも放逐してくだされ」
饗 援「フ……ハハハハハ!!
実に面白い! 私の前でそのようなことを
言ってのけたのはお主が初めてだ!」
趙 雲「さ、左様でござるか」
饗 援「お主のその度胸、見事なり。
まるで全身が胆で出来ているかのようだ。
……ならば趙雲よ。
その理想のため、私に力を貸すのだ。
私も、そのような差別なき世を作りたい」
趙 雲「は、ははっ!」
趙雲、字を子龍。
饗援の将となりてその槍を振るう。
彼には『虎威将軍』という呼称があるが、
これは『ゲイ将軍』が訛ったものである……
という説があったりなかったり。
|