○ 第九十四章 「オール・イズ・レバー」 ○ 
218年1月

今回は少しばかり横道に逸れ、
虎威将軍と呼ばれた者の話をしよう。

    ☆☆☆

孫権軍が江夏・桂陽に侵攻し、
それを金旋軍が迎え撃っている頃。
場所は、荊州は江陵城。

荊州

江陵では、烏林港の兵力増強のために
徴兵を行い、訓練を繰り返していたが、
少し前に訓練が終わった兵を韓浩が烏林に
連れていったために、残った将たちは
一気に暇になった。

   趙樊趙樊

趙 樊「……何すればいいのかしら」

趙樊もまた、やることがなかった。

趙 樊「……なんだか今、『こいつ誰?』
    とか思われた気がするわ。
    私の説明は四十六章を確認することね」

さて、彼女は暇を持て余していた。

江陵はすでに開発が全て完了しており、
内政でやれることは全然残っていない。

本来なら鞏志が余剰人員をコントロールして
内政を行う余地のあるところに送るのだが、
今は孫権軍との戦いで軍政の方が優先され、
そちらの方はおろそかにされていた。

内政値がどこも高く、それほど積極的に
内政する必要がないという理由もあろう。

趙 樊「何もやってなくてもお咎めはないけど、
    気が抜けちゃうわね……。
    探索でもしてきましょうか」

趙樊は城下へ探索に向かった。
とはいえ、最近は探索イベントも出なくなり
小銭を拾う程度しかなくなってきていた。
暇、という点ではあまり変わらない。

趙 樊「……退屈ね。誰かいい男をお茶にでも
    誘って、お話とかしていたいわ」

すでに趙樊は三十路すぎである。
いくら見た目は美人の方であるとはいえ、
独り身でいるのは辛くなってくる時期であった。

趙 樊「でも、そうそういい男がそこらへんを
    歩いているわけが……
    あら、いい男発見」

視線の先では、一人の武芸者らしき男が、
辺りを見回しながら歩いているところだった。

趙 樊「あの、もしもーし」
いい男「……なんでござるかな?」
趙 樊「あの、お茶でも一緒に飲みませんこと?
    お金は気にしないで下さって結構よ」
いい男「お断り申す」
趙 樊「え? またまた。
    さっきから、ちょっと休もうかなと思って
    店を探していたのでしょう?
    私は見逃しませんよ」
いい男「ふむ。確かに貴女の見立て通り、
    休む所を探してはいたでござるが」
趙 樊「じゃ、別にいいじゃないの。
    おごってあげるって言ってるのよ?」
いい男「しかしながら、拙者、
    女と同席する気はござらんので」
趙 樊「……ちょっと貴方。
    私がちょっとばかり若くないからって
    適当言ってるんじゃないわよ」
いい男「何を機嫌悪くなってござるか?
    拙者には、貴女はまだまだ若いし
    かなりの美貌の持ち主であると思うが」
趙 樊「まっ。ちゃんとわかってるじゃない」
いい男「……しかし、申し訳ござらぬ。
    拙者は女には興味ござらぬのだ。
    お誘いはご遠慮申し上げる」
趙 樊「女には……興味ない?」
いい男「左様。それでは失礼いたす」

そう言って、男はすたすたと歩いていく。
それを、趙樊は呼び止めた。

趙 樊「ちょ、ちょっと待って!」
いい男「何でござる?」
趙 樊「貴方の名前を教えてほしいの。
    私の誘いを断った男の名ですもの、
    ぜひとも知っておきたいわ」
いい男「ふむ、是非にと申されるのならば。
    拙者の名は……」

   趙雲趙雲

趙 雲「趙雲。字を子龍と申す」

    ☆☆☆

時は遡り208年。新野城。

新野

趙 雲「我が君! どこにおられる!
    劉皇叔はどこにおられるかっ!?」

この年、曹操軍の大軍に攻め立てられ、
劉備領の新野は陥落する。
趙雲も懸命に戦ったが、数の暴力とも言える
曹操軍の攻勢を止めることはできなかった。

劉備の勢力は滅亡し、趙雲も曹操に捕えられた。
その後、彼は曹操軍にスカウトされる。

趙 雲「敵だった者に仕えたくもないが……。
    しかし、登用を拒み続けたところで
    劉備どのが生き返るわけでもない。
    ならば、ここは受けるべきでござろうか」

彼が捕らえられていた頃は、劉備は生死不明で、
曹操軍ではすでに死んだような扱いだった。
そのため、趙雲以外にも『主が滅んでは……』と
曹操軍の登用に応じる者が大半であった。

こうして、彼は曹操軍の将となる。

だが、曹操の覚えめでたい関羽や、
袁術軍の名将紀霊を斬るなど、豪傑として
名高い張飛と違い、彼にはこれといって
目立つ武勲がなかった。

もともと10万の兵の中を単騎で駆けても
無傷でいそうなほどの武の持ち主なのだが、
これまで武名を挙げる機会に恵まれず、
そのため彼の名を知る者も多くなかった。

それゆえ、関・張のような厚遇はされず、
ただの降将の一人として使われることになる。

趙 雲「別に構わぬ……。
    劉備どのの天下を見れぬのならば、
    もはやどのようなことになってもよい。
    戦場を駆け、戦場で死すのみでござる」

曹操軍の将となった後は、長安方面に駐屯。
馬騰軍・張魯軍などとの戦いに参加する。

    ☆☆☆

211年。
長安にいる趙雲に辞令が下る。

『徐州小沛城にて孫権軍に備えよ』

長安→小沛

この頃、孫権は曹操領の寿春を攻め落とし、
徐州・豫州の各都市は危機を迎えていた。
その援軍に向かえ、ということであろう。

趙 雲「了解でござる。この趙雲、
    小沛にて呉の賊を全て討ち果たさん」

この頃、趙雲は下位ながらも武官爵位を貰い、
少しずつ曹操軍にも馴染んできていた。
そして今回の辞令。

趙 雲「……ようやく、拙者も曹操軍の将として
    信頼を得られたのでござろうか」

小沛に赴いた彼は、太守として城を任される。
武官の上位がいないからとはいえ、
城の代表、太守という大役である。
趙雲は喜び、一歩も引かぬ覚悟で
孫権軍との戦いに望んだのだった。

    ☆☆☆

211年10月。小沛は陥落した。
趙雲は孫権軍を防ごうと懸命に戦ったが、
後方から送られてくる増援の兵もなく、
ほとんど『見捨てられた』ような形で敗れた。

趙雲は捕らえられ、獄に繋がれる。
孫権軍では彼を登用しようとしていたが、
彼はまだ降る気にはなっていなかった。

趙 雲「フフフ……。
    拙者の人生、浮き沈みの繰り返し……。
    其はまるでマリモのようでござるな……」

獄で自嘲気味に笑う趙雲。
そこに、どこかで見たような人影が現れた。

???「天下無双の趙子龍……。
    その男が獄に繋がれたままか。
    いや、実に勿体無いなァ」
趙 雲「あ……あなたはっ!?」

それはまさに妖怪耳長手長……もとい。
かつての主、劉備であった。

   劉備劉備

劉 備「久しぶりだな」
趙 雲「我が君! よくぞご無事で……!」
劉 備「ん? ああ、曹操軍には
    わしの動向は伝わっておらぬのか。
    新野陥落後は、孫権軍に厄介になっとる」
趙 雲「そうでござったか……。
    この趙雲、我が君に文でも頂ければ、
    すぐに城のひとつやふたつ奪い取って、
    我が君をお迎えに上がりましたものを!」
劉 備「ふ、わしも今はただの呉軍の一将。
    勝手な振舞いもそうそう出来んのだ。
    だからお前さんも『我が君』とは呼ぶな」
趙 雲「は……。ならば、劉皇叔で」
劉 備「それも仰々しいな。『劉備どの』でいい」
趙 雲「し、しかしそれでは……」
劉 備「いいんだ。そう呼んでくれ」
趙 雲「はっ……劉備どの」
劉 備「うむ。……それでな。
    お前さんに頼みがあるんだ」
趙 雲「頼み? 何でござりましょうか?」
劉 備「呉の将となってくれんか」
趙 雲「呉の……? 孫権軍に?」
劉 備「そうだ。呉軍は兵多く意気盛んだ。
    将の質も、一流どころが揃ってる。
    しかし将の数となると、曹操軍に
    一歩遅れを取っているのが現状」
趙 雲「そこで拙者を……」
劉 備「うむ……。
    お前さんの強さはわしが良く知っている。
    必ず、呉軍の中でも頭角を現すだろう」
趙 雲「しかし拙者は……我が君……いや、
    劉備どのの天下を見たいのでござる。
    劉備どのが生きているとわかった今、
    今さら呉の将に甘んじたくはござらぬ」
劉 備「お前さんの気持ちは嬉しい。
    しかし、今は呉の為に働くことが
    わしの生きる唯一の道なのだ。
    わかってくれんか」
趙 雲「く……しかし拙者は……」
劉 備「……ここだけの話だが」
趙 雲「……は?」
劉 備「わしは孫権の信頼を得て地位を上げ、
    いずれは一つの州くらい貰うつもりだ」
趙 雲「それでは……それでは小さいでござる」
劉 備「まあ全部聞け。
    一州を得れば、わしは独立する」
趙 雲「……!」
劉 備「そのためにも、お前さんには是非
    呉軍に来てもらいたいのだ。
    趙雲、お前を頼りにしているんだ」
趙 雲「わ、我が君……」
劉 備「我が君じゃないと言ってる」
趙 雲「これは失礼を……劉備どの。
    拙者は呉の将となりましょう」
劉 備「おお、引き受けてくれるか」
趙 雲「はっ、これから共に戦いましょう!」
劉 備「うむうむ、それでいい。
    これで孫権どのも喜ぶであろう」
趙 雲「そして、時来たりし頃に……」
劉 備「ん? ああ、時が来れば……な」

こうして、趙雲は孫権軍の将となった。
いずれ、劉備の下でまた戦うことが
来ることを信じて……。

    ☆☆☆

212年。
この年、孫権軍は領土拡大のための戦いを
さらに続け、趙雲もこれに参加。
主に徐州方面の攻防で活躍した。

夏侯惇の部隊が小沛に侵攻してきた際、
趙雲は部隊を出し迎撃。
この時の戦いは激戦となった。

   夏侯惇夏侯惇

夏侯惇「貴様、趙雲!
    我が軍の禄を食んでいた癖に、
    呉に勢いがあるとみるや裏切るか!」
趙 雲「そんな小事で鞍替えしたりはせぬ。
    だが、確かに裏切りには変わりない。
    故に、言い訳をするつもりはござらん。
    何とでも言って結構」
夏侯惇「何と言ってもいいだと?」
趙 雲「左様でござる!」
夏侯惇このハゲ
趙 雲「は……ハゲてなどいない。
    しかも其はただの悪口では?」
夏侯惇「何とでも言えと言ったのはお前だ、
    このデベソ
趙 雲「で、デベソでもないっ。
    確かにちょっと大きいかもしれんが、
    ちゃんとへこんでいるっ!」
夏侯惇「ははは、なにか喚いておるわ!
    このホモが!
趙 雲「ホ、ホモだと……ホモと言ったな!?
    拙者にホモと言ったなぁっ!?
夏侯惇「……な、なにかが違うな。
    ホモという言葉に過剰に反応している」
趙 雲「ホモと言うな! それは蔑称である!
    正しくはゲイというのだっ!
夏侯惇「……お前、本当にホモなのか?」
趙 雲「ホモと言うなと言うておろうがぁっ!」
夏侯惇「うわっ、向かってきた!?」

趙雲は単騎、夏侯惇に向かって突撃。
夏侯惇は慌てて地面の砂を掴み、
趙雲目掛けて投げつけた。

夏侯惇「ど、どうだ、前が見えんだろう」
趙 雲「フッ……無駄なことを!」
夏侯惇「なにっ?」

   趙雲趙雲

趙 雲拙者は生来、目が見えん!
    目潰しなど無意味である!」
夏侯惇「なんだとっ!?
    盲目の身でそこまで戦えるのかっ!?
    私は片目を失っただけで非常に
    辛い思いをしているというのに!
    い、いったいどのような……」
趙 雲「隙ありっ! 全軍突撃っ!」

趙雲隊は夏侯惇の隙をつき、突撃を敢行。
夏侯惇隊は大きな被害を受けた。

夏侯惇「むうっ、やってくれる……!
    これほどまで見事に指揮を執れるのか。
    目の見えぬ身でありながら……」
趙 雲「あ、それ嘘でござる」
夏侯惇「は? 何がだ?」
趙 雲目が見えぬというのは嘘
夏侯惇「なんだとーっ!?
    しかし私の投げた砂は確かに顔に……」
趙 雲「確かに普通の者ならば、目に砂が入り
    視界を奪われる。しかし拙者は……」
夏侯惇「拙者は……なんだ」
趙 雲「目が細くて砂がなかなか入らぬのだ!」

趙雲はいわゆる『糸目』なのである。

その一言で気の抜けた夏侯惇の隊を破り、
彼は小沛の城を守りきった。

だが、際限なく侵攻していった孫権軍は
曹操軍に反撃を受け、次第に後退していく。
215年には小沛も失い、寿春以南へ撤兵。
以前と同じ規模にまで縮小してしまう。

その後、曹操軍と孫権軍は小規模な戦いを
続けるが、決定的な差はなく膠着状態に陥る。

その間(216年〜217年)、趙雲は
山越との国境近くの建安城塞に駐屯。
異民族に睨みをきかせた。

呉

    ☆☆☆

217年、7月。
趙雲は孫権に呼ばれ、廬江へ赴く。
廬江へ到着し、孫権に目通りしようとするが、
孫権は劉備と酒を飲んでいるとのことだった。

趙 雲「劉備どのは旧主、孫権どのは今の主。
    そう遠慮せずとも構わぬはず。
    このまま参りますゆえ」
小間使「はあ、私は構いませんけど。
    でも、主公は酒癖悪いですから、
    まずは様子を見てから中に入るように
    した方がいいですよ」

趙雲は孫権・劉備がいる部屋へと向かう。
すると部屋から、二人の話し声が聞こえてきた。

  孫権孫権   劉備劉備

孫 権「しかし劉備よ、趙雲は実にいい将だな」
劉 備「そうでしょう。
    あれほどの勇者はそうはおりません」

趙 雲「(……拙者の話題か)」

孫 権「うむ。まこと、全身肝っ玉のような男よ。
    しかし、彼の心はまだお主に向いて
    おるようだな……」
劉 備「それは申し訳ございませぬ」
孫 権「最初の口説き方のせいかもしれん。
    しかし、お主がああ言わなければ、
    彼は呉には来なかったであろう」
劉 備「は、そうですな。
    あの時、呉と趙雲を結べるのは私しか
    おりません。私がああ言わなければ、
    趙雲は首を縦には振らなかったでしょう」

趙 雲「(劉備ドノハ何ヲ言ッテオラレルノダ?)」

孫 権「だが、それを言うように指示したのは、
    このわしなのだからな?
    趙雲を落とすことができたのは、
    お主がいたからだけではないのだぞ」
劉 備「わかっておりますとも。
    私にその気がないのに、『独立する』
    なぞ言わせるのですからなぁ〜」

趙 雲「……!!」

孫 権「……ふ、本当にその気がないかは
    怪しいものだがな」
劉 備「またまた、そうやってすぐ脅かす。
    酒の席とはいえ、少々キツイですな」
孫 権「まあ、それはおいとくとして……。
    そういえば金旋が……」

話題が変わり、今度は金旋軍の話になる。
だが、趙雲はその場を動くことができず、
涙を流し、立ち尽くすしかなかった。

趙 雲「劉備どの……。
    あの日、拙者に言ったあの言葉は、
    全て嘘だったのでござるか……っ!」

結局、趙雲が孫権に目通りしたのは
その翌日のことであった。

孫 権「んー、頭いてぇ。……趙雲よ。
    山越軍への備え、よく務めてくれた。
    今度は北に向かってもらう」
趙 雲「北……でござりまするか」
孫 権「うむ、北だ。
    つい最近、陸遜が小沛を落としてな。
    ここを起点に曹操領を切り取る」
趙 雲「はっ……」
孫 権「ついては、お主に陳留の攻撃を命ずる。
    部隊を率い、かの地を落とせ」
趙 雲「……拙者に大将となれ、と?」
孫 権「そういうことだ。
    お主の働きに期待しておるぞ」
趙 雲「は、ははっ! 承知いたしましたっ!」
孫 権「うっ……あんまり大声を出すな、
    二日酔いの頭には堪える……」
趙 雲「は、ははっ……」

趙雲は準備を整え、小沛へ出立しようとする。
そこへ、劉備が姿を現した。

劉 備「お、趙雲か。頑張れよ。
    曹操をギャフンと言わせてやってくれ」
趙 雲「……はい」
劉 備「どうかしたのか……?
    元気がないように見えるが」
趙 雲「劉備どの……。拙者は……拙者は」
劉 備「ああ、なるほど。そういうことか」
趙 雲「……は?」
劉 備「いや、なんでもない。
    趙雲、迷う必要などないぞ」
趙 雲「迷う……?」
劉 備「わしが思うままに生きるのと同様、
    お前も思うままに生きるがよい。
    もともと、人とはそうあるべきなのだ」
趙 雲「…………」
劉 備「もし孫権どのがわしより魅力的ならば、
    そちらに鞍替えしても結構だぞ。
    そうなっても、それを咎めたりはせぬ」
趙 雲「……そういうことでござるか」
劉 備「ん?」
趙 雲「いや、何でもござらん。
    貴殿の気持ちを理解しただけでござる」
劉 備「そうか。分かってくれたか」
趙 雲「では、出立するので失礼いたす」
劉 備「うむ。怪我なぞせぬようにな」

彼の求めていた君はすでにいない。
今の劉備はもう以前の劉備ではない。

もう、後のことなどどうでも良かった。
ただ、劉備のいないところへ行きたい。

趙雲は廬江を後にする。
彼は、もうここに帰るつもりはなかった。

……劉備は、趙雲の背中を見送りながら呟く。

劉 備「生きろ、趙雲。自らの思うままに。
    勇者を縛るものは何もないのだ……」

そう呟く劉備の顔は、
今生の別れを惜しんでいる表情であった。

    ☆☆☆

趙雲は小沛へ向かい、部隊を率い陳留を攻撃。
彼は激しく攻め立てたが、陥落には至らず、
曹操の援軍に不意を突かれ部隊は壊滅。
趙雲もまた捕虜となってしまった。

しばらくして趙雲は曹操軍の登用を受け、
魏軍の将となった。
しかしそれは呉に戻りたくない一心からで、
曹操に忠誠を誓う気は彼には全くなかった。

与えられた自室で、趙雲は自問自答していた。

趙 雲「呉には戻りたくない。
    さりとて、ここにいれば呉と……、
    いや、劉備どのと戦うことにもなろう。
    ……あの方と顔を合わせたくない。
    ただ会うだけで悲しくなってしまう……」
???「ふぉふぉふぉ、何やらお悩みじゃな」
趙 雲「だ、誰でござる!?」

趙雲が振り向いたそこには、
見たこともない老人が立っていた。

老人は無遠慮に部屋に入り込み、
置いてある椅子に腰を掛けた。

老 人「……趙雲どのじゃな。
    ふむ、見事な体躯じゃの。合格じゃ」
趙 雲「ご老人、貴方は誰です?
    魏の将でもないようでござるが」
老 人「わしは勧誘員じゃよ」
趙 雲「勧誘員? 何の勧誘でござるか?
    新聞なら取る気はござらんぞ」
老 人「誰が新聞の勧誘じゃと申した。
    わしは、将の勧誘をしとるんじゃ」
趙 雲「……登用に来たのでござるか?」
老 人「左様じゃ。
    わしの主人は、広く人材を求めておる。
    お主ならば、厚遇間違いなしじゃ」
趙 雲「貴方の主は……金旋でござるか?
    拙者は、金旋軍のように呉と隣接して
    いる所には行きたくないのでござる。
    いずれは呉との戦端が開かれ、
    あの方と顔を合わせるようになる……」
老 人「旧主である劉備と会いたくないか。
    まあ、わからんでもないがのう」
趙 雲「貴方には、この複雑な感情は分からぬ」
老 人「……そう突っぱねんでも」
趙 雲「とにかく、金旋軍には……」
老 人「誰も金旋軍とは言うておらんぞ。
    ……饗援という名を知っておるか?」
趙 雲「饗援? ……蜀に割拠したという?」
老 人「そうじゃ。その饗援、わしの主君が、
    お主に興味を持ってのう」
趙 雲「……蜀か。呉とは接しておらぬな」
老 人「我が主はのう、最近は男でも女でも
    分け隔てなく人材を求めとるんじゃ。
    わしはな、これからの時代、こういう
    先入観を持たぬ者が制すると思うのだが、
    お主はどう思うかね?」
趙 雲「ほう……男も女も関係ござらぬのか。
    それは面白い御仁でござるな……。
    ……ひとつお聞きしたい」
老 人「ん、なんじゃ?」
趙 雲「流石に、ゲイは差別するのでござろう?」
老 人「ゲイ……どうじゃろうな。
    しかし、わしは差別せぬと思うぞ。
    あの方は器の大きいお方じゃ」
趙 雲「さ、左様でござるかっ?
    ふむう……蜀、そして饗援どのか。
    少しばかり興味が出てきましたぞ」
老 人「それはよいことじゃ。
    どうじゃ、蜀に来てみぬか」
趙 雲「ふむう……」

どうするべきか思案する趙雲の脳裏に、
劉備の言葉が浮かんだ。

『お前も思うままに生きるがよい』

趙 雲「……そうでござるな。
    拙者の好きにさせていただく」
老 人「ん、何か言うたかの」
趙 雲「いや、こっちの話でござる。
    ……ずっとここにいる気は元よりござらぬ。
    蜀へ参り、饗援軍に加わりましょうぞ」
老 人「おお、それは重畳……。
    では、わしは先に戻っておるがゆえ、
    お主も早く来るがよいぞ」
趙 雲「それよりご老人。貴方の名は?」
老 人「お、そうじゃな。名乗っておくかの。
    いずれ戦場でわしの背中を預けるように
    なるかもしれぬし、早めに仲良くなって
    おこうかのう」
趙 雲「え? 戦場で……?」
老 人「わしの名は黄忠じゃ。
    ま、仲良くやろうぞ」

    ☆☆☆

趙雲は陳留を出て荊州に入り、
襄陽・江陵(※)を経由、永安を通り、
そこから饗援のいる梓潼へ入った。

(※ 趙樊に会ったのはこの時である)

趙雲入蜀経路

饗援に会うため、趙雲は広間に通される。

趙 雲「ここが……新天地か。
    拙者の、新たな出発の地……」

側に並んでいる将には女性も多く、
それでいて男の将もそれなりに揃っている。

趙 雲「男も女も、平等に扱っておるのか。
    ここであれば、拙者も……」
 兵 「饗援さまのおなり〜」

趙雲は頭を垂れて、饗援の着席を待った。

饗 援「よく来てくれたな、趙雲」
趙 雲「ははっ」
饗 援「そうかしこまるな。頭を上げよ」
趙 雲「はっ……」

   饗援饗援

趙 雲「えっ!?」
饗 援「どうした? 驚いた顔をして」
趙 雲「あ、いえ……申し訳ござらぬ。
    饗援さまが女性とは知らず……」
饗 援「そうか、聞いていなかったか。
    だが、男も女も関係あるまい?
    要は君主として相応しいかどうかだ」
趙 雲「はっ……その通りにござる」
饗 援「私が治める国には、男も女もない。
    して趙雲、ひとつ聞いておきたい。
    我が国にどんな理想を求めてきた」
趙 雲「理想……でござるか」
饗 援「うむ。何かあるであろう?
    出世したいということでも構わぬ。
    お主が何を望んでおるのか、
    それを最初に聞いておきたいのだ」
趙 雲「……何でもよいのでござるか」
饗 援「うむ」
趙 雲「拙者は……拙者は、世を変えたい。

    ゲイが差別されぬ世に!

饗 援「ゲ、ゲイ?」
趙 雲「……失礼致した。しかし今のは、
    拙者の嘘偽りのない気持ちでござる。
    このような者が不必要であれば、
    いつでも放逐してくだされ」
饗 援「フ……ハハハハハ!!
    実に面白い! 私の前でそのようなことを
    言ってのけたのはお主が初めてだ!」
趙 雲「さ、左様でござるか」
饗 援「お主のその度胸、見事なり。
    まるで全身が胆で出来ているかのようだ。
    ……ならば趙雲よ。
    その理想のため、私に力を貸すのだ。
    私も、そのような差別なき世を作りたい」
趙 雲「は、ははっ!」

趙雲、字を子龍。
饗援の将となりてその槍を振るう。

彼には『虎威将軍』という呼称があるが、
これは『ゲイ将軍』が訛ったものである……
という説があったりなかったり。

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