○ 第九十〇章 「弓腰姫、孫尚香」 ○ 
218年1月

江夏

年が明け、218年1月。

がら空きの江夏に向かう孫尚香隊。
そして魏延隊を足止めし、
それを助けようとする董襲隊。

そして夏口港は、新たな部隊の出現により
陥落の危機を迎えていた。

蔡 中「だ、誰かあっ! 助けてえっ!」

絶体絶命のピンチ。
この後、どうなってしまうのか。

    ☆☆☆

  魏延魏延   太史慈太史慈

魏 延「くっ……このままでは」
太史慈「ふふふ、もう少しだ……。
    もう少しの間、お主らに付き合ってもらうぞ!」

   蛮望蛮望

蛮 望突き合うですって!?
    それなら望むところよ!」
太史慈「うわあっ! なんだこいつは!?」
蛮 望「ふふふ、私? 私は蛮望ちゃんよ。
    貴方のラブリーエンジェルよん♪」
太史慈「うっ……き、気持ち悪い」
蛮 望「貴方のようないい男に誘われるなんてね。
    さあ、ズッコンバッコン突き合いましょう!」
太史慈「こ、こいつ、何か勘違いしているぞ!
    よ、寄るな、しっしっ!」
呉 兵「うへえ……なんだあいつは。
    近寄りたくねえな……」

蛮望のそのあまりのキモさに、
太史慈、そして董襲隊の兵たちは怯んだ。

魏 延「い、今だっ! この隙を逃すな!
    騎馬隊、蹴散らせ!」
太史慈「なっ……し、しまった!」

その機会を逃さず、魏延隊は突撃を敢行。
これにより、董襲隊を殲滅することに成功した。
董襲や太史慈らは散り散りに逃げていった。

   金目鯛金目鯛

金目鯛「おーし、やったな。
    しかし蛮望、いい機転だったぞ。
    もしあそこで敵を怯ませてなければ、
    もうしばらく長引いただろうな」
蛮 望「機転? 何が?」
金目鯛「いや、さっきの突き合うってやつ……」
蛮 望「そうよ!
    あのいい男だけでも捕まえなさいよ!
    久しぶりにいい男に会ったのに!
    しかもあっちから誘ってきてたのにぃぃぃ!」
金目鯛「……あ〜。本気だったのか」
魏 延「そんな頭の回る奴ではなかろう。
    それよりも、孫尚香隊を追わねば!」
金目鯛「しかし、目の前には虞翻隊や諸葛瑾隊、
    他にも燈芝隊などが迫ってきているが」
魏 延「江夏城が落とされては元も子もないぞ!」
金目鯛「だって、アレ……」
魏 延「アレ?」

金目鯛が指した先には、夏口港。
股のところを黄色い液体で汚しながらも、
必死に防戦している将の姿がそこにあった。

蔡 中「ヒィィィィィィ!! 助けてェェェェッ!
    魏延将軍ンンンンンンンンッ!!
    見捨てないでェェェェェェェッ!」

金目鯛「今戻ったら、アレは確実に落ちるが」
魏 延「しかし……城と港では、城が優先だ」
蛮 望「うわ、あの人、小便漏らしてるわよ。
    えんがちょー」
金目鯛「彼も、お前さんにえんがちょとは
    言われたくないだろうなあ……」
魏 延「とにかく、今、議論している暇はない!
    江夏城へすぐに向か……ん?」

魏延は言いかけてから、そこから見える
江夏城の変化に気付いた。

魏 延「あれは……」

    ☆☆☆

  孫尚香孫尚香  劉備劉備

孫尚香「魏延隊を振り切った!
    あとは、がら空きの江夏を落とすのみぞ!」
劉 備「いやあ〜、こんな楽な戦いなら
    何度でもやりたいものですなぁ〜」
孫尚香「あのな……。
    これも董襲隊の頑張りがあってこそ。
    魏延隊を足止めしている彼らがいるから、
    ここまでいとも簡単に突破できたのだ。
    彼らに感謝をせねばならないぞ」
劉 備「ふむ、感謝して勝てるのならば、
    いくらでもするとしましょう。
    さあ、江夏城が見えてきましたぞ」
孫尚香「よし! 一気に陥落させよ!
    井闌を前面に押し出し、敵兵を討ち倒せ!」
劉 備「む……?」
孫尚香「どうした?」
劉 備「……逃げましょう」
孫尚香「は?」
劉 備逃げましょう、地の果てまで!
    貴女とならどこまでも落ちてゆこう!」
孫尚香「ば、馬鹿者っ!
    何を口説き文句など言ってるかっ!」

 げしっ

劉 備「あだっ!
    く、口説き文句などではなくてっ!」
孫尚香「では、なんだというのだっ!」
劉 備「あれを御覧なされ!」
孫尚香「……あ、あれは」

劉備の指差した先にあるのは、
土煙の中に揺らめく軍勢と『燈』の旗。

  トウ艾燈艾   金閣寺金閣寺

燈 艾「あー、こほん、え、えーと……」
金閣寺「御大将、この機会を逃しますな」
燈 艾「え、ええ……。
    わ、我は燈艾! 孫呉の弱兵よ!
    金楚の強兵の強さを味わいたくば、
    かかって参られいっ!」
金閣寺「御見事です、燈艾どのっ」
燈 艾「あ、ははは。て、照れますな」

江夏より出撃した燈艾隊、4万。
彼らは呉軍の進撃よりも先に江夏に入り、
部隊を再編し出撃、孫尚香隊を迎え撃つ。

また、1万の増援を夏口港に送り、
陥落の危機を防いだ。

江夏

孫尚香「……なんということ。
    もう少し早く来ていれば……」
劉 備「楽な戦いなぞ、ないということですな」
孫尚香「しかし、あの軍勢を見るに、
    彼らはかなりの兵を動員している。
    おそらく、城はほとんど空のはず」
劉 備「確かにそうかもしれませんがなあ」
孫尚香「敵の燈艾という将……。
    官は高そうだが、武名を聞いたことがない。
    実戦経験もおそらくほとんどなかろう。
    上手く出し抜き、やり過ごしさえすれば、
    兵のいない城などすぐに落とすことが……」
劉 備「そいつぁ、無理ですな」
孫尚香「あっさりと諦めるな! 臆したか!」
劉 備「……彼は、只者ではありませんぞ」
孫尚香「え……。そ、その根拠は?」
劉 備「あれです。あの被り物
    あれが只ならぬ雰囲気を醸し出している」
孫尚香「……はいはい。出ると負け将軍の
    貴殿に聞いたのが間違いだった」
劉 備「な、なんと酷い言い方……」
孫尚香「各隊、敵部隊をなんとかやり過ごし、
    城へ取りつけ!」

金閣寺「敵部隊、向かってくるようです」
燈 艾「各隊! 敵の狙いは我が隊にはなく、
    江夏城を落とすことにあり!
    敵を倒すことよりも、敵を突破させぬことを
    最重要とせよ!」

孫尚香隊はそのまま前進し、燈艾隊と交戦。
上手くやり過ごし、城へ辿り着くつもりだった。
しかし、燈艾の戦術の上手さは、孫尚香の予想を
はるかに超えていた。
自在に兵を動かし、孫尚香隊の行く手を阻み、
一兵たりとも城へ辿り着かせなかった。

もともと数の上でも、採っている陣形においても、
孫尚香隊に不利な戦いである。
たちまち兵は半減し、隊の士気を維持することさえ
難しくなってきた。

劉 備「だから無理だと言ったでしょうに。
    さ、逃げましょうぞ」
孫尚香「う、うるさい! 逃げるとか言うな!
    まだ、まだ、打つ手はある……」
劉 備「ほう、どんな手が?」
孫尚香「……劉備」
劉 備「は、何か」
孫尚香「もしもの時は、隊を連れて退却せよ」
劉 備「は? もしもの時?
    それはどういう意味でござ……」
孫尚香「はあっ!」

孫尚香は、劉備の問いには答えずに、
馬を駆けさせ陣頭に向かった。
そして大きく息を吸い、大声で名乗りを上げる。

孫尚香「我は孫権が妹、孫尚香なり!
    我と一騎討ちを果たす者はおらぬかっ!」

一騎討ちに勝つことで、士気を逆転させる。
孫尚香に残された策はそれしかなかった。
そしてこの隊でそれが為せるのは、
大将である孫尚香のみであった。

『その勝負、お受けいたしましょう!』

金旋軍の中から聞こえてきたのは、
鈴が鳴るような張りのある声だった。

   公孫朱公孫朱

公孫朱「噂に名高い女傑、孫尚香どのと
    槍を合わせられるとは、光栄の至り」
孫尚香「……金旋軍にも女の将がいたとは。
    貴公の名は?」
公孫朱「公孫恭が娘、公孫朱」
孫尚香「ほう、公孫家……遼東の娘か。
    公孫康は我が軍に身を寄せているが?」
公孫朱「彼らと私の生き方は違う。
    敵味方になることも仕方のないこと」
孫尚香「そう……では、いざ勝負!」
公孫朱「参ります!」

  女武将同士
孫尚香:武力84 VS 公孫朱:武力87

弓腰姫と呼ばれ、武芸は男にも引けを取らぬ、
性格も男勝りと評判の孫尚香。
彼女自身、万夫不当の豪傑ならともかく、
同性相手に負けるはずはないと思っていた。
だが……。

孫尚香「くっ……哈ッ! たあっ!」
公孫朱「ひゅっ……呀ッ!

孫尚香が力任せに正面から斬りかかるのに対し、
公孫朱は徹底して相手の隙を突き、槍を繰り出す。

いくら武芸が達者と言われても、
孫家の姫様として育ち、実戦経験の浅い孫尚香。
一方、公孫家の滅亡後、自分の武のみを
頼りにして生きてきた公孫朱。
両者の差はそこにあった。

公孫朱「お噂ほどではないようで……っ!」
孫尚香「な、なにっ……!
    一体、どんな噂を聞いてたのだっ?」
公孫朱「呉の弓腰姫。
    その武は天に轟き、その剣は地を割り、
    その弓は舞い散る花びらをも射抜く、と」
孫尚香「そのような誇大な噂などっ」
公孫朱「その拳は岩を砕き、その爪は牛をも切り裂き、
    身の丈は八丈(約20m)、
    その炎は町を焼き尽くし……」
孫尚香私はバケモノかぁぁぁっ!?
公孫朱「隙ありっ!」

 ドカッ

公孫朱のその一撃が決まり、
孫尚香は怪我を負って落馬してしまう。

勝負は、決した。

孫尚香「うっ……まさか、私が負けるなど」
公孫朱「……今の貴女は、遼東にいた頃の私と同じ。
    家の中でいくら勝負に勝ち、武を誇ったとて、
    それはただ、皆がおべっかを使っているだけ」
孫尚香「私の武は……、本物ではない……?」
公孫朱「残念ながら、今の時点ではそうです。
    精進なさることですね。次があるなら、ですが」
孫尚香「次など……あるかっ! 殺せ!」
公孫朱「むやみに殺すな、と言われてますので……。
    とりあえず、縄目を受けていただきます」
孫尚香「ううっ……む、無念……」

傷の痛みからか、孫尚香は気を失ってしまった。
その彼女に縄をかけるように部下に命じる公孫朱。
その時、彼女らに向かって駆けてくる者がいた。

『待て待てーっ! 待ってくれーい!』

 男 「ご命令だ!
    その孫家の娘、わしが連れてく!
    将軍は残存部隊を叩かれるように!」
公孫朱「……燈艾将軍の命か?
    承知致した。では、お任せするように」
兵 卒「はあ。わかりました」
 男 「うし、じゃあ縄でぐるぐる巻きにして、と。
    では、この者は責任をもって連れていくぞ」
公孫朱「承知……。あ、貴殿の所属と名は?」
 男 「わしか? わしはな……」

そこまで言って男はニヤリと笑い、言葉を続けた。

   劉備劉備

劉 備「漢の左将軍、宜城亭侯、劉豫州だ。
    呉公の妹はこの私がきっちり送り届けるから、
    なんも心配するなっ!」

そう言って、劉備は愛馬的廬を駆けさせた。

公孫朱「ええと、左将軍……劉豫州……? 劉……
    ああーーーーっ!!

劉備の言葉を反復していた公孫朱が
その正体に気付いたのは、もう劉備の姿が
ほとんど見えなくなってからだった。

公孫朱や、やらっちゃーっ!

    ☆☆☆

  孫尚香孫尚香  劉備劉備

孫尚香「う、うーん」
劉 備「おや、お目覚めですかな、姫君」

ゆれる馬上で目を覚ます孫尚香。
劉備はその顔を覗きこみ、声を掛けた。

孫尚香「……え? あれ?
    私は一騎討ちに負けて、そして……。
    ……なんで劉備がいる?」
劉 備「はっはっは。敵将をだまくらかして、
    貴女を取り返してきたのですよ。
    しかしまさか、あそこまで上手くいくとは
    思ってもみなかったですが」
孫尚香「……部隊はどうした?」
劉 備「残念ながら、壊滅ですな。
    江夏城へは他の隊が向かってる様子ですが、
    果たして辿りつけますかどうか……」
孫尚香「そうか……」
劉 備「しかし、全く無茶をされる。
    あんなところで一騎討ちをしたところで、
    逆転などできる形勢ではなかったですぞ」
孫尚香「しかし……。
    私にはあの手しか残されてなかった……」
劉 備「勝ち目のないと悟れば、兵を退く。
    それこそ最良の兵法ですぞ。
    貴女の先祖も言ってるではないか、
    逃げるが勝ちである、と」
孫尚香「孫子の兵法か……。
    そういえば、書を兄上が持っていたな」
劉 備「まあ、私も偉そうに兵法を
    語れるわけではないが……」
孫尚香「くっ……無念だ。
    引き際を誤り、部隊を失い、女に負け……。
    孫家の名を辱めてしまった」
劉 備「そう気になさいますな。勝敗は兵家の常。
    命あれば、また次がありますぞ」
孫尚香「……負け続けのお主に言われると、
    妙に説得力があるな」
劉 備「それは褒め言葉ですな。
    ありがたく承っておきましょう」
孫尚香「くっ……ううっ……」
劉 備「……傷が痛むのですか?」
孫尚香「違う……。悔しいのだ。
    この負けは、私の甘さから出たもの……。
    敵と戦うまで自分の未熟さに気付けず、
    多くの兵を失ってしまった……」
劉 備「そう気になされますな。
    貴女はよくやっておられますぞ」
孫尚香「それでも……悔しいのだっ……。
    くっ……ぐすっ……うううっ」
劉 備「ふむ……。
    ならば、思うままに泣きなされ。
    大丈夫、誰も見てはおりません」
孫尚香「ううっ……ぐずっ」
劉 備「ただ涙を流し、悔しさを胸に刻み込まれよ。
    そうすることで、貴女は強くなる。
    そのための儀式だと思いなされ」
孫尚香「……ううっ、ぐすっ、うわああぁぁぁっ!」

孫尚香は、ただ、泣いた。
その涙の中で彼女は、彼女が生まれてくる前に
戦死した父、孫堅の姿を劉備に重ねていた。

    ☆☆☆

魏延隊は、董襲隊を殲滅後、一旦は江夏に
戻ろうとした。

しかし、江夏城の様子から燈艾隊の到着を
悟った魏延は、部隊をそのまま留め、
向かってくる孫権軍の残りの部隊と戦う。

まず虞翻隊と交戦、これを蹴散らした後、
諸葛瑾隊に向かい、これを殲滅。
その後は沙摩柯隊と交戦する。

魏 延「ええい、次から次へと!
    少しは休ませてほしいものだ……でえい!」
蛮 望「あら、そんなこと言ってると、
    まーた出番が減るわよ……そりゃっ!」
魏 延「それは……ふんっ!
    困るぞっ……どりゃあっ!」

連戦に継ぐ連戦で体力は厳しい状態であったが、
それでも魏延隊は、周りの敵を片っ端から攻撃。
夏口周辺の孫権軍を討ち果たしていった。

一方の燈艾隊。
魏延隊の攻撃をくぐり抜けてきた
燈芝隊を迎え撃つ。

   張苞張苞

張 苞ウリィィィィィィィィィィ!!
    ウガァァァァァァァァァッ!!

  公孫朱公孫朱  金閣寺金閣寺

公孫朱「ち、張苞? 一体、何が起きて……」
金閣寺「彼は血を見てしまうと理性を失い、
    血に飢えた狂戦士と化してしまうのです。
    あまり彼に近付かない方がいいですよ」
公孫朱「近付くと、どうなる?」
金閣寺……噛まれます

金閣寺は前腕についた、痛々しい歯形を見せた。

公孫朱「りょ、了解……」

燈艾隊は、張苞・公孫朱の突進などで
燈芝隊を殲滅した。

江夏

孫権軍の他の隊が次々とやられていく中、
虞翻隊は激しい攻撃をなんとかくぐり抜けた。
ほんの少数の兵しか生き残っていなかったが、
彼らはついに江夏城へ辿りついた。

だが、そこに待っていたのは……。

   費偉費偉

費 偉「ここまで辿りつくとは、大したもの……。
    しかし、その戦力でこの城は落とせぬ。
    弩を斉射せよ! 敵を追い払え!」

城には費偉、そして5千の兵。
決して多いというわけではないが、
ほんの少数しか残っていない虞翻隊が
敵う相手ではなかった。

虞翻隊は、江夏からの反撃で壊滅した。

    ☆☆☆

2月上旬。
もはや、孫権軍の部隊で残っているのは、
諸葛恪の隊だけとなった。
この隊も、安陸城塞からの落石攻撃などで
かなりの兵を失っていた。

諸葛恪「残ったのは我らの隊のみ……。
    これでは江夏城を落とすことはできぬ」
孫 朗「こうなれば、最後の一矢を報いるとしようぞ」
諸葛恪「今こそ、呉兵の根性を見せる時!
    進めっ! 狙いは夏口港だ!」

方向転換し、諸葛恪隊は夏口港へ向かう。
夏口港は、これまでの孫権軍の攻撃にも耐え、
ボロボロになりながらも何とか陥落を免れていた。

蔡 中「敵勢もほとんどやられたみたいだな……。
    いやはや、生きた心地がしなかったわ。
    小便も漏らし尽くした感じだ」
兵 長「将軍……少々臭いのですが」
蔡 中「うむ、早く風呂に入りたいな。
    しかし、もう少し攻撃を受けてたら
    陥落しておったな……」
兵 長「そうですね。
    味方の隊の攻撃で敵部隊が減らなければ、
    かなり危ない所でした」
蔡 中「うむ、ウ●コまで漏らす所だった」
兵 長「それは……。
    激しく御免こうむりたい状態ですな」
蔡 中「しかし、それは何とか免れ……」

兵 卒「蔡中将軍! 諸葛恪隊が、
    こちらへ向かってきますっ!」

蔡 中「ななな、なんだとぅぅぅっ!
    …………あっ
兵 長「将軍!? どうされました!?」
蔡 中『実』が出た……」
兵 長「うわ」
蔡 中「そ、それより味方はどうしたのだっ!
    魏延隊は!? 燈艾隊は!?」
兵 長「こちらまで来るには少しかかりそうです!
    将軍! 迎撃をっ!」
蔡 中「げ、げげげげいげきったってよぉー!?
    そ、そうだ、お前代わりにやって」
兵 長「代わりにやってって……。
    あんたが大将でしょう、あんたが!」
蔡 中「あ、そう、そうだ!
    漏れそうだから便所に行ってくる!
    だから後は頼むっ!」
兵 長「もう漏れてるでしょうがっ!
    そのまま指揮してください!」
蔡 中「ひーっ!」

ほとんど兵のいない諸葛恪隊であったが、
それでも耐久力もなく兵も少ない夏口港には
脅威であった。

蔡 中「は、早く来て魏延将軍ンンンンッ!」
諸葛恪「落とせ! 落とせっ!」

今、諸葛恪隊を支えているのは、
ただ『呉兵の意地』だけであった。

兵 長「やばいです、将軍!
    このままではもうっ!」
蔡 中「ひぃぃぃぃぃ! 救援はっ!?」
兵 長「ダメです! まだ来ませんっ!」
蔡 中「うわああああっ! もうやけくそだっ!
    撃て撃て! もう撃ちまくれ! 」

ギリギリの中での、やぶれかぶれの攻撃。
しかしその一撃で、諸葛恪隊は壊滅した。

蔡 中「え……?」
兵 長「や、やりましたよ将軍!
    敵部隊、壊滅です!」
蔡 中「や、やった!? やったのか!」
兵 長「やりました! やりましたよ!」

二人がそうして喜んでいると、
そこへ、生き残った兵士たちが集まってきた。

兵卒達蔡中将軍のおかげだっ!
兵卒達みんなで将軍を胴上げだっ!
蔡 中「お、お前たち……!」

兵たちは蔡中を取り囲み、彼を胴上げし始める。
ああ、なんという感動の場面であろうか。

兵卒達蔡中将軍、万歳!
兵卒達夏口港の勝利に、万歳!

……だが。その感動の場面は、
すぐに阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

兵卒A「ん、臭い……? 何だこれ……。
    ……う、うわっ! ウン●だ!」
兵卒B「げえっ! ウ●コが降ってきたぞ!」
兵卒C「将軍が●ンコを漏らしているぞっ!」
兵卒D「うわあ、逃げろっ! えんがちょっ!」

蔡中の漏らしたウ●コ。
これが、胴上げの拍子に飛び散り、
周りにばら撒かれたのであった。

この戦いを生き抜いた兵の一人が、
この時のことをこう記している。

『兵たちの頭上にウ●コの雨が降り注ぎ、
 勝利の歓喜は驚愕と嫌悪の声に変わった。
 胴上げの手が一気に消えてしまった蔡中将軍は、
 地面に叩き付けられてたいそう悶え苦しんだ』と。

蔡 中「お、おおお……っ
    酷いじゃないかお前ら……っ」

この後、彼はしばらくの間、
『脱糞将軍』と呼ばれることになる。

2月半ば。
江夏を巡る戦いは、一時的ではあるが終結した。

だが、廬江にはまだ兵は残っていた。
また桂陽では、未だ戦いは続いており、
漢津・烏林と陸口の水軍同士が睨みあっていた。

楚呉の戦いはまだ、始まったばかりなのである。

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