217年11月
『孫権、宣戦布告をし荊州へ侵攻す!』
この報は襄陽にいた者たちを騒然とさせた。
孫権が敵に回ることは有り得る、
と思っていた者も中にはいたかもしれない。
しかし、金旋が大兵力を連れてきたこの時期。
あえて正面きって喧嘩を売るとは、
誰もが思ってもいなかっただろう。
そんなおり、金旋は孫権から届けられた
布告状を読んでいた。
金旋
金玉昼
金 旋「……なるほどな。玉、見るか」
金玉昼「拝見するにゃ……。
……こ、これは」
下町娘
下町娘「なになに?」
金玉昼「『金旋には7つの大罪がある。
その罪を孫権が武をもって正す』
と、そう書いてあるにゃ」
下町娘「7つの大罪?
董允さんを登用したことで
怒ってるんじゃないの?」
金玉昼「ひとつ目はそれだにゃ。
友好国の登用した将を引き抜くという、
信にもとる行為を挙げていまひる」
下町娘「他は?」
金玉昼「饗援が狙っていた永安を掠め取った罪。
皇帝を操り中華を混乱に陥れている罪。
劉氏でもないのに王になった罪……」
下町娘「ちょ……ちょっと待って。
それって言いがかりじゃないですか」
金 旋「うむ、まさしく言いがかりだな。
だが、そのことからあることがわかる」
下町娘「あること?」
金 旋「……奴はかなり本気だってことだ。
マジで俺とやり合うつもりだ」
下町娘「ヤり合うんですか……。
入れたり入れられたり出したり出されたり、
それはもうくんずほぐれつ……」
金 旋「はい、やおい禁止」
薔薇色の妄想をすぐに金旋が打ち消した。
下町娘「冗談ですよ〜。で、他の罪は何?」
金玉昼「老いても引退せずに、
若者の邪魔をしている罪。
虎狩りを繰り返す動物虐待の罪。
虞羅参をかけて会う者をビビらす罪」
下町娘「……酷い言われようですね。事実だけど」
金 旋「おいおい、酷いな。
いつ若者の邪魔をしたんだよ」
下町娘「しかし、ムリヤリ七つ揃えた感じですね。
後半なんてただの悪口ですよ」
金玉昼「最初は3つくらいだったんじゃないかにゃ」
金 旋「どうせいいがかりつけるなら
数増やしちゃえ、って感じだよな……」
下町娘「でも、こんな罪状を作るあたり、
やはり孫権は最初から攻める気だった?」
金 旋「最初からそうだったかはわからんが、
結局のところは俺が統一することを
望んではいないのは確かだということだ。
奴もいっぱしの群雄だったってことだな」
下町娘「戦いは避けられないんですか?」
金 旋「あちらがやる気満々な以上、こちらも退けん。
玉、物見からの報告は?」
金旋の問いに、金玉昼はすぐに返答する。
金玉昼「報告によると、孫権軍の目標は2ヶ所にゃ。
柴桑の孫権は南西の桂陽に進軍、
廬江の孫尚香は江夏に進軍中にゃ」
金 旋「ふむ……。敵軍の規模は?」
金玉昼「桂陽に向かう部隊は3部隊、総勢10万。
江夏に向かう部隊は6部隊、総勢9万。
桂陽には、山越軍4万も侵攻中らしいにゃ」
金 旋「対する桂陽の守備兵は6万、
江夏が港と城塞合わせても6万か。
……ちょっと足りんな」
下町娘「でも、江夏には燈艾さんの部隊が
向かってるんですよね?」
金玉昼「んー。燈艾隊の到着には、もう少し
時間がかかりそうだにゃ」
金 旋「桂陽の方は、霍峻が荊南の兵を集めている。
2万くらいは増やせるはずだ」
金玉昼「でも、孫権・山越合わせて14万を
相手にするのは……」
金 旋「はっはっは。
数の上ではかなり不利な状況だな」
下町娘「笑ってる場合ですか!?」
金 旋「……数の上で不利であっても、
それが全てを決める訳ではない。
この程度、将の器次第でどうにかなる」
金玉昼「器って……あちらから出てるのは、
かなり名のある将ばかりだにゃ」
金 旋「そう、そこが『ミノ』だ」
下町娘「ミノ?」
金玉昼「それを言うなら、ミソ」
金 旋「そ、それくらい知ってる!
む、昔はミノって言ってたの!」
金玉昼「それは初耳だにゃ……で、何がミソ?」
金 旋「あちらの将の方が名は売れてる。
こういう奴らは、えてして名のない敵将を
侮り、過小評価するものだ」
金玉昼「ふむ……。
少なからずそういうことはあるにゃ。
江夏は燈艾、桂陽は霍峻……。
それほど武勲があるわけじゃないにゃ」
金 旋「別に侮ることがなくとも、
どういう戦いをするか全く知らないわけだ。
相手にしてみればやりにくかろうな」
下町娘「なるほど!
戦闘経験の浅い司馬懿・燈艾さんなどを
武官上位に置いたのは、そういう意図が……」
金 旋「いや、彼らに爵位与えた時は、
そんなことは全く考えなかったけどな」
下町娘「〜〜〜っ!」(ばんばんばんっ)
『せっかくいいこと言ったのにー』
という表情で下町娘は机を叩いた。
金玉昼「しかし、それでもまだ有利だとは……。
ここは援軍の派遣をすべきじゃないかにゃ」
金 旋「いんや、襄陽からは援軍は出さん」
金玉昼「なんで?」
金 旋「……陸口港の10万、これが動くと困る。
襄陽の兵はこちらの抑えに回す」
金玉昼「ん〜。でも江夏や桂陽が落ちたら……」
金 旋「優先順位は漢津・烏林の方が上だよ。
万が一落とされた時のことは考えておくが、
それまでは味方の勝利を信じておいてくれ」
金玉昼「……軍師は盲信はしないものにゃ」
金 旋「そう言うな。とにかく、江夏は燈艾に、
桂陽は霍峻に任せる」
下町娘「他に伝令とかはありませんか?」
金 旋「そうだな……。華容の陣にいる徐庶に、
将兵を連れ烏林に向かうよう伝えてくれ」
下町娘「了解でーす」
下町娘は伝令を伝えるため、退席した。
金玉昼「……ホントに、援軍送らなくて大丈夫?」
金 旋「虎は、我が子をとらのあなに突き落とし、
同人誌を持ち帰った者のみを育てるという」
金玉昼「それを言うなら獅子。這い上がってきた子」
金 旋「要は、『俺の家臣なら苦難を乗り越えろ』
と、そう言いたいのだ」
金玉昼「ふーん……。じゃ、負けてもいいと」
金 旋「負けても無事であれば、次に活かせる。
楽な戦いばかりしていては、将も育たん。
俺は、皆に大きい将になってほしいんだ」
金玉昼「なるほど……」
金 旋「負けた時の手当ては考えておこう。
まあ勝つのが一番いいんだけどな」
金玉昼「それがちちうえの考えなのにゃ?」
金 旋「無論、これは俺個人の考えだし、
お前がそれに合わせることもない。
軍師は常に勝つことを考えてくれ」
金玉昼「それは分かってるけど……。
最近、ちちうえに『王者の風格』が
出てきたように見えまひる」
金 旋「はっはっは!
褒めても小遣いは増やさないぞ!」
金玉昼「……相変わらずの部分もあるけどにゃ」
金旋は、江夏・桂陽にはあえて援軍は送らず、
烏林・漢津の防衛を固めることにした。
華容陣から徐庶らを烏林に向かわせ、
また、李厳に兵2万5千を預け、
金玉昼や劉埼らと共に烏林へ向かわせた。
漢津には、金旋自らが5万の兵を率い、
下町娘や朱異、陳応といった将らと共に向かった。
金旋が打った手が、吉と出るか凶と出るのか。
それは各方面を守る将たちに委ねられた。
☆☆☆
12月、江夏に向かい行軍中の燈艾隊。
すでに孫権軍の動向は届いていたが、
まだ江夏に到着していない状態では
彼らは行軍を急ぐことしかできなかった。
そんな折、襄陽より江夏に派遣された張苞が
江夏に向かう道中、燈艾へ書状を持ってきた。
燈艾
費偉
燈 艾「……か、閣下がこれを?」
費 偉「ほう、これは……委任状ですな」
張苞
張 苞「はい、閣下より燈艾将軍にと。
江夏方面の軍の指揮を全て任せる、
とのお言葉でした」
燈 艾「わ、私は未だ、具体的な戦果を
挙げたことはないのに……。
閣下のこのご信任、恐縮の至りです」
張 苞「私は先に江夏に参りますが、
何か伝えることはありますか?」
燈 艾「そうですね……。
このままだと、我らが到着する前に
夏口港が攻撃を受けましょう。
魏延将軍に兵4万で敵を迎え撃つよう、
そうお伝えください」
費 偉「燈艾将軍。
4万といえば江夏の全軍ですが、
それを全て出撃させると?」
燈 艾「そ、そうです。
その後、残った者で徴兵を行うように。
我々が到着するまでは、それで
守りは大丈夫なはずです」
張 苞「承知しました。ではっ」
張苞は単騎、江夏に向け駆けていった。
費 偉「港は守りにくい施設です。
ここはあえて夏口港を敵に与えてやり、
我々が到着後に、改めて全軍で奪い返す。
そういう方法もあるのでは?」
燈 艾「それは、敵軍が少ない時は有効ですが、
多い時には取れない方策です。
江夏城の近くに夏口という前線基地を
与えてしまうのは、得策ではありません」
費 偉「なるほど、確かに……。
しかし、魏延隊のみで抑えられますか?」
燈 艾「魏延将軍の武は我が軍随一です。
短期の戦いに限るならば、
あの方の右に出る者はいないでしょう」
費 偉「まるで見てきたように言われるが、
貴方はまだ……」
燈 艾「え、ええ。
魏延将軍の戦いぶり、実際には見てはいません。
この戦いが初陣のようなものですし」
費 偉「それでも将たちの力量を正確に
把握しておられますか……。
閣下が貴方に期待するのも納得です」
燈 艾「ははは……。
ほ、褒めるのは勝ってからで結構ですよ」
金閣寺
公孫朱
金閣寺「……あのふたり、
実はあれでも二十代なんですよね」
公孫朱「ええっ……。全然そうは見えないけど。
すごい老け顔コンビね……」
この時、燈艾21歳、費偉25歳。
共に金旋軍の未来を背負って立つ
老け顔の二人であった。
二 人「老け顔言うな〜っ!」
公孫朱「あら……失礼」
金閣寺「気にしてはいるんですね……」
☆☆☆
12月中旬。
すでに安陸城塞には蔡和が、
そして夏口港には蔡中が派遣され、
それぞれ1万の兵で施設を守っていた。
蔡 中「……いいよなあ兄者は。
直接敵が来ない城塞で、敵に向けて
石を転がしてりゃいいんだからな。
それに引き換え、俺は……」
防御力の劣る港湾施設に1万程度の兵。
攻城兵器を揃えた部隊であれば、
あっという間に潰されるであろう。
蔡 中「敵はもうそこまで来てるんだよな〜。
早く援軍よこしてくれよぉ。
もう怖くて怖くてチビりそうだ……」
兵 「将軍! 敵部隊を視認しました!」
蔡 中「ひっ!?」
兵 「……将軍? どうかしましたか?」
蔡 中「な、なんでもない!
ちょっと漏れたがこの程度は大丈夫だ!」
兵 「漏れた……?」
蔡 中「それより、敵はどれくらいだ!?」
兵 「先発隊の董襲隊、2万を確認しました。
後続は見えませんが、報告によれば
それらが来るのも時間の問題かと」
蔡 中「わ、わかった! 各員、防りを固めよ!」
兵 「はっ!」
さて、一方の董襲隊。
守りを固める夏口港の様子を見て、
董襲は太史慈と意見を交わす。
董襲
太史慈
董 襲「夏口の兵は1万か。どうするかな。
潰すか、無視して江夏に向かうか」
太史慈「江夏城攻めの足がかりとするためにも、
ここは攻撃すべきかと」
董 襲「ふむ。先鋒の我々が見逃す手はないか」
太史慈「しかも守将はアホの蔡中とのこと。
勝って景気をつけるには格好の相手」
董 襲「なるほど、ならば勝てるな」
太史慈「奴らを血祭りにあげ、
孫家の隆盛の狼煙といたしましょう!
さあ、お下知を!」
董 襲「……。
(この人、私より年上なんだよな)」
太史慈「ん、どうかしましたか」
董 襲「い、いや……やりきれない思いが」
太史慈「は?」
董 襲「な、なんでもない。
よし、攻撃だ! 港を奪い取れ!」
董襲隊は港へ攻撃を仕掛ける。
それに対し、この世の終わりのような表情で
蔡中は迎撃の命令を下す。
蔡 中「うわぁぁあぁあぁ!!
う、撃て撃て! 弩を撃てい!
お前ら、絶対に敵を近付けるなよ!」
兵 「は、ははっ」
蔡 中「ま、まだ援軍は来ないのかーっ!?」
兵 「まだ戦いは始まったばかりですぞ!」
蔡 中「そ、そんなこと言ってもよー!」
兵 「(なんでこんな人が大将なんだ……)
……あっ、将軍! あれを!」
蔡 中「おおっ!? あの軍、あの旗……。
魏延どのかっ!」
その視線の先には、西の方より現れた部隊が。
江夏より出撃してきた魏延隊である。
魏延
魏 延「魏延見参!
孫権軍め、我らが叩き潰してくれるわっ!
曹操軍をも圧倒した武を、見せてやろう!」
蛮望
金目鯛
蛮 望「張り切ってるわね……」
金目鯛「張り切ってるなー」
刑道栄「最近は随分と影が薄かったしな」
卞 質「人のことは言えませんけど」
金目鯛・蛮望・刑道栄・卞質と兵4万を従え、
魏延は錐行陣の騎馬隊を突っ込ませた。
董 襲「くっ……江夏からの部隊か!?
これほどまでの兵力があるとは……」
太史慈「これほどの数を出しているということは、
江夏城に兵はほとんどおらぬはず。
なんとか持ち堪えれば、後続と連携し
城を落とすこともできましょうぞ」
董 襲「うむっ……なんとか耐えるのだ!
お嬢様の隊が来るまで持ち堪えよ!」
魏 延「いいか!
現在有利だからと言って手を抜くな!
敵はこれから、まだまだ来るからなっ!
時間との戦いだぞ!」
かたや圧倒的な攻撃力を持ち、
しかし後ろには何もない魏延隊。
かたや攻城兵器を主体とした脆い防御力、
しかし堪えれば後続がやってくる董襲隊。
両軍ともに、時間との勝負となっていた。
魏 延「ぬうりゃああっ! 突撃ーっ!」
呉 兵「うわああああ! 鬼の将だ!
金旋軍には鬼がいるぞっ!?」
蛮 望「おほほほほ! 死んでもらうわよ!」
呉 兵「うわあ! こっちはオカマだ!」
金目鯛「でぇぇぇい! 食らえーっ!」
呉 兵「あ、今度は普通の将だ……良かった」
金目鯛「安心してるところ悪いが……。
うりゃああっ!」
呉 兵「うぎゃああああっ!」
やがて防御力に劣る董襲隊は、
みるみるうちに兵を減らしていく。
董 襲「くっ……敵の将の勢いが凄まじい。
何とか、何とか持たせよ!」
太史慈「では、ここは私が」
董 襲「太史慈どの……」
太史慈「猛将はあちらばかりにいるわけでは
ござらん。それを証明してみせましょう」
太史慈は少数の手勢を連れ、
魏延隊へ逆襲を図る。
太史慈「魏延隊など恐るるに足らず!
この太史慈が退治してくれようぞ!」
金目鯛「おおっ、太史慈といえば
孫策と一騎討ちしたという人物だな!
そんな大物が出ていたのか!」
太史慈「槍ばかりが取り柄ではないところを
見せてやる! いけい、飛射!」
金目鯛「おおおっ!?」
太史慈勢の飛射攻撃は、先鋒の金目鯛勢に集中。
金目鯛本人にも、何本もの矢が襲いかかる。
太史慈「いただくっ!」
太史慈の放った渾身の矢は、
金目鯛の心の臓を目掛け一直線……。
金目鯛「むうっ……!」
太史慈「とった! これはかわせまい!」
金目鯛「させるかぁぁぁ!
奥義、的陸須避け!」
太史慈「な、なにいっ!?」
魏 延「おおっ、あれは的陸須避け!」
蛮 望「ええっ!? 何か知っているの、
バッファローマン!?」
魏 延「誰がバッファローマンだ!
……あれは、値尾という人物が編み出した、
究極の『避け』だ」
的陸須避け……
あらゆる武術を会得した格闘家『値尾』は、
時に飛来する高速の矢ですら軽々と
避けてみせたと伝えられる。
その奥義こそ、この『的陸須避け』である。
そして彼はそれらの武術を駆使し、
不死身の強敵『須巳須』を打ち破ったという。
(民明書房刊『的陸須英雄譚・第一巻』より)
魏 延「極限まで身体を仰け反らせ、
普通なら命中する矢を避ける……。
まさかあの技の使い手がいようとは」
蛮 望「でも、私にはただのブリッジにしか
見えなかったけど〜」
金目鯛「ふう、危ないところだった」
太史慈「やるな……我が飛射をかわすとは」
金目鯛「伊達に腹筋鍛えちゃいないってな。
さて、こちらも少しやられちまったが、
それでもそっちの方が持たないだろ」
太史慈「だから?」
金目鯛「降伏しなってことさ」
太史慈「ふふふ……形勢はどちらに傾いてるか、
まだ読めぬか?」
金目鯛「なに?」
魏 延「金目鯛っ! 孫尚香隊が現れた!
迂回し、江夏城へ向かっている!」
金目鯛「なんだとっ」
魏 延「孫尚香のみではない!
虞翻隊、諸葛瑾隊なども続々来ている!
すぐに転進するぞっ!」
金目鯛「わ、わかった!」
太史慈「おおっと、まだまだ我らは戦える!
相手をしてもらわねば困るな!」
金目鯛「くっ……行かせない気かよ」
太史慈「そうとも。君らを足止めしている間に、
本隊が空になっている城を叩く。
それくらいわかっていると思ったが」
金目鯛「悪かったな!
俺らの隊は馬鹿ばっかりなんだよ!」
魏 延「な、仲間に入れないでくれい。
私は違うっ!」
太史慈「ふふふ、面白い連中だ。
もう少しの間、付き合ってもらうぞ!」
道連れ覚悟の太史慈、そして董襲隊。
魏延らは江夏を守れるのか!?
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