○ 第八十五章 「厳しい顔」 ○ 
217年11月

益州、金満・鞏志・霍峻らが守る永安。
洛陽では司馬懿と関羽が戦っているその頃、
こちらでは思ってもみない客が訪れていた。

番 兵「誰だ? 許可なき者は通すわけにはいかぬ」

   厳顔厳顔

厳 顔「わしは元劉璋軍の将、厳顔。
    こちらは同じく元劉璋軍、呉蘭と申す者。
    我ら、霍峻どのを頼ってこちらに参った」
番 兵「げ、厳顔……! あの蜀将の……?
    あ、あの、厳しい顔と有名な!?」
厳 顔「わしはそんなことで有名なのか?」
呉 蘭「実際厳しい顔をしておられるが」
厳 顔「……ううむ、そうなのか」
番 兵「あ、いえ、失礼しました。
    至急、霍峻将軍に取り次ぎますゆえ、
    ここでしばらくお待ちを」
厳 顔「あいわかった。では、待たせてもらおう」

    ☆☆☆

   霍峻霍峻

霍 峻「……厳顔どのが、私に?」
番 兵「はっ。噂通りの厳しい顔でした」
霍 峻「まあ確かに厳しい顔つきですが……」

  金満金満   鞏志鞏志

金 満「厳顔将軍といえば、元劉璋の将の中でも
    指折りの名将……。先の戦いの中でも、
    兵の少ない中でよく善戦していました」
鞏 志「在野に下ったと聞いておりましたが、
    こちらに出向いてくるとは……。
    とにかく、お会いになってください」
霍 峻「わかりました。……しかし、わかりませんね。
    彼は先の戦いで私の降伏勧告を一笑に付し、
    その後も抗戦を続けたのですが……(※)」
金 満「あれは、どちらかというと……。
    あ、いえ、何でもないです」
霍 峻「……??」

(※ 第八十〇章を参照のこと)

霍峻は厳顔を招き、一対一で話をすることにする。

霍 峻「お久しぶりです、厳顔将軍。
    ……此度の来訪、如何なる御用でしょう?」
厳 顔「プッ……。見れば見るほど……」
霍 峻「……ん、どうしたのですか?」
厳 顔「い、いや、すまんすまん。
    此度、我ら二人は金旋軍に仕官したく、
    こうしてまかり越したのじゃ」
霍 峻「左様ですか。それはありがたい話です。
    しかし何故、私を頼られますか?」
厳 顔「お主を頼った理由……それは3つある」
霍 峻「3つ……?」
厳 顔「ひとつ目。お主が元々は降将だということ。
    劉表軍から転身した身のお主であれば、
    我々の心情も汲んでくれよう……とな」
霍 峻「……なるほど」
厳 顔「ふたつ目。お主の人柄を見込んで、じゃ。
    人民にも慕われていると評判のお主なら、
    我らの頼みを無碍にはせんと思ったのじゃ」
霍 峻「ふふ、そう持ち上げてもらっても困りますが」
厳 顔「みっつ目。……ププッ」
霍 峻「どうしたというのです、いきなり笑い出して」
厳 顔「いやいや……なんでもない。
    みっつ目の理由は何かというとな……。
    貴殿といると楽しそうだからじゃ」
霍 峻「楽しい……ですと?
    私はそれほど面白い人間ではないですよ」
厳 顔「いや、中身はそれほど問題ではない。
    要は外見じゃよ、外見……プッ」
霍 峻「普通は外見より中身、と申すものですが」
厳 顔「気付いてないならばそれもよし。
    それもまた面白いものよ……ぷぷ」
霍 峻「何か釈然としませんが……。
    とにかく、貴方がたが我が軍に仕官したい、
    というのは分かりました」
厳 顔「うむ」
霍 峻「結果は殿の返事待ちとなりますが、
    私からも口添え致しましょう。
    大船に乗ったつもりでいてください」
厳 顔「おお、流石は霍峻どのじゃ。
    わしの見る目は確かだったということじゃな」
霍 峻「ははは、そこまで言われると、
    何かこそばゆいですね」
厳 顔「ぷ、照れた顔もまた面白……いやいや。
    それもまた人柄を現しておるのう。
    ……よろしく頼むぞい、霍峻どの」
霍 峻「わかりました」

この厳顔・呉蘭が仕官してきた件は、
早馬で金旋のいる襄陽に知らされた。
だが、この件を聞いた金旋は……。

   金旋金旋

金 旋「……バカタレが!
使 者「ひっ」
金 旋「……ああ、すまん。これはお前じゃなくて、
    霍峻に言ってるんだ。
    しっかし、何年俺のとこにいるんだ、あいつは」

   下町娘下町娘

下町娘「……あのー」
金 旋「ん? 何?」
下町娘「厳顔さんっていえば、
    なかなかの名将って聞いてますけど」
金 旋「うむ。旧劉璋軍では三本の指に入るな」
下町娘「なんで、その仕官の件を聞いてきただけで、
    霍峻さんは怒られるんですか?
    もしかして、登用したくないんですか?」
金 旋「何言ってんの。逆だ逆!」
下町娘「逆?」
金 旋「これくらい、自分の裁量でどうにかしろ、
    ってことなの。俺が拒否するわけないだろ?
    それくらい見越して判断しろと言いたいのだ」
下町娘「あ、なるほどー」

   金玉昼金玉昼

金玉昼「……その考え方はどうかと思うけどにゃ」
下町娘「あら、玉ちゃん」
金 旋「ん、なんだ玉、何か異論でもあるのか」
金玉昼「勝手な判断は、軍の規律を乱す元になるにゃ。
    だから霍峻さんは規律を守るのを優先して、
    ちちうえがどう答えるかなんて分かった上で、
    あえて聞いてきてるのにゃ」
金 旋「……ふむう。
    そう言われると、そんな気もするが……」
金玉昼「だからあまり感情露わにするのはどうかと。
    みんなに底が知れてしまいまひる」
金 旋「むっ……。玉よ、それは
    俺が底が浅い人間だとでも言いたいのか?」
金玉昼「違うとでも?」
金 旋「……違いません。かなりの上げ底です」
下町娘「そ、そんな、あっさり認めなくても」
金 旋「いいんだ、俺なんて……。
    ぎっしり詰まってそうに見えるけど、
    実は上の1段目にしか入ってない
    上げ底菓子折りみたいなもんさ……」
下町娘「あらら、自虐モードに入っちゃった」

使 者「それで……結局のところ、
    なんと伝えればよろしいのでしょうか」
金 旋「あ、ああ、すまんな。
    とりあえず『任せる』と言ってくれ」
金玉昼「ちちうえ?
    霍峻さんはどうなのか決めてもらうため、
    こうして使者を……」
金 旋「俺の考えなんて分かってんだろ?
    だったら『任せる』で十分だ。
    それにこんなことは、信頼してる奴にしか
    言わないんだからな」
金玉昼「ふーん……。なら、いいけど」
金 旋「確かに俺の器は上げ底だが、
    それを補ってくれる人材が揃ってる。
    それでいいじゃないか」
下町娘「……そうやって自分を納得させるんですね」
金 旋「ほっとけ」

金玉昼「……案外、浅いようで、実は深いのかも」
金 旋「何か言ったか?」
金玉昼「んー、ちちうえの悪口
金 旋「なんだと!?」

使者は永安に戻り、霍峻は厳顔・呉蘭の両名を
金旋軍に加えることを決めた。
厳顔・呉蘭は、その後も永安に残り
この城を守ることになる。

    ☆☆☆

さて、金旋ら南征軍は襄陽に到着後、
演習を始める準備を進めていた。

洛陽から率いてきた兵は10万であったが、
西城や新野、江陵などからも兵が集められ、
最終的に襄陽城に集まった兵は、20万に上った。

なお、永安にいた金満・鞏志も襄陽に呼ばれ、
演習に参加することになった。

  金旋金旋   鞏志鞏志

金 旋「よっ、鞏志。久しぶりだな。
    どうだ、元気してたか?」
鞏 志「楚王閣下も、ご健勝であられますようで」
金 旋「よせよせ、そういう形式ばった言い方。
    もっとざっくばらんに行こうぜ」
鞏 志「ははは……。
    金旋さまもお変わりないようですね」
金 旋「おうよ。どんなに偉くなったとて、
    金旋は金旋だ。今も昔も変わらずな」
鞏 志「しかし、金旋軍は大きくなりました」
金 旋「うむ、それも皆の力があってのこと。
    特に、『俺の蕭何』の功績は大だ」
鞏 志「いえいえ、何をおっしゃいます。
    それも全て『私の高祖』の徳のお陰。
    我々は、それについていくだけです」
金 旋「互いを持ち上げるのは、このくらいにしよう。
    どうもおもはゆい……。
    ……これからも、頼りにしてるぞ」
鞏 志「はいっ」

最初はこの二人から始まった金旋の勢力は、
今では中華一となっていた。
その主従は、がっちりと手を合わせる。

その一方で、金玉昼に金満が挨拶をしていた。

  金満金満   金玉昼金玉昼

金 満「姉上、お変わりないようで」
金玉昼「あ、満。活躍ぶりは聞いてるにゃ」
金 満「恐縮です。
    演習を行うと聞きましたが、
    兵もかなりの数が集まってますね」
金玉昼「集めすぎてる気もしまひる……。
    孫権を刺激しすぎないかにゃ」

そこへ、金目鯛が訪れた。

   金目鯛金目鯛

金目鯛「なに、これくらいで丁度だろ。
    あっちは廬江・柴桑の一帯で30万だ」
金 満「兄上、お久しぶりです」
金目鯛「おう。まあ、あちらの主従に比べれば、
    全然久しぶりでもないけどな」
金 満「そうですね……。8年ぶりらしいです」
金目鯛「で、兵数の話だがな。
    戦になっちまえば、この兵力でも微妙だぞ」
金玉昼「うーん……別に、こちらから戦いを
    仕掛けるわけじゃないんだけどにゃ」
金目鯛「睨みを効かすってんなら、同じことだろ」
金 満「姉上のご懸念もわかりますが……。
    孫権も優れた見識を持ってると聞きます。
    状況を知れば、馬鹿な真似はしないでしょう」
金玉昼「そうだとは思うんだけど……うーん」

金玉昼は厳しい表情のまま、
金満の言にあいまいに頷くだけであった。

金満の意見にもっともだと思いつつも、
しかし、何かが心にひっかかっていた。

    ☆☆☆

将兵が揃い、いよいよ軍事演習を始める金旋。
襄陽城下の諸将を集め、各員に指示を飛ばす。

  金旋金旋   トウ艾燈艾

金 旋「じゃ、始めっか。燈艾!」
燈 艾「は、はい」
金 旋「お前は金閣寺・公孫朱・費偉・魏劭と共に、
    兵4万5千を連れて江夏まで行軍せよ」
燈 艾「わ、わかりました」
金 旋「魏延!」

   魏延魏延

魏 延「ははっ!」
金 旋「金目鯛・蛮望・刑道栄・卞質を連れ、
    先に江夏に移動せよ。
    太守の卞柔と共に、燈艾隊の到着を待て」
魏 延「承知!」
金 旋「燈艾、江夏に到着後は兵の調練だ。
    その後は兵を城塞・港にも割り振り、
    兵を残しお前たちには戻ってもらう」
燈 艾「はい」
金 旋「これで江夏周辺の守りは完璧だな」

 江夏
 その1 江夏

金 旋「次は、漢津・烏林の港だな。
    徐庶!」

   徐庶徐庶

徐 庶「押忍!」
金 旋「金満・鞏志・鞏恋・魏光を連れ、
    兵4万をもって華容に陣を築け」
徐 庶「アイサー」
金 旋「甘寧!」

   甘寧甘寧

甘 寧「はっ!」
金 旋「兵4万を連れて漢津港へ向かえ。
    朱桓・蒋欽・凌統・留賛を連れていけ。
    そこで兵の調練を行い、次の命を待て」
甘 寧「御意!」
金 旋「あと、今の江陵太守は誰だっけ?」

   鞏志鞏志

鞏 志「現在は韓浩どのです」
金 旋「そうか。烏林に江陵の兵を移動させろ、
    と伝えるように。兵だけで将は別にいい」
鞏 志「港を守る将も必要なのでは?」
金 旋「後でこちらから送ればいい。
    今は、烏林に兵を置くことが重要だ」
鞏 志「わかりました」
金 旋「これで港周りも大丈夫だな」

 漢津・烏林
 その2 漢津・烏林

金 旋「最後に、桂陽だな。
    あそこも柴桑と接してる都市だから、
    無関係ではない(※)」

(※ 長沙も柴桑とは接してはいるが、
 部隊を進行させるには桂陽を通る必要がある。
 そのため、ここでは無視している)

鞏 志「現在は黄祖どのが守っております。
    もっとも、先の山越軍侵攻時に兵を集めたので、
    防備はそれなりに揃っておりますが」
金 旋「そうだな。1、2万補充するだけでよかろ。
    あと、とりあえず黄祖に伝えとけ。
    何があってもどっしり構えてろってな」
鞏 志「はっ」
金 旋「あ、それと、永安の霍峻に伝えろ。
    永安は厳顔に任せて、桂陽に向かえと」
鞏 志「やはり、黄祖どのだけでは心もとないと?」
金 旋「はっはっは。それもあるけどな。
    霍峻を遊ばせておくのが勿体無い、
    というのが主だ」
鞏 志「わかりました。では、使いを送っておきます」

 桂陽
 その3 桂陽

金 旋「以上だ。残りはこの城に待機だな。
    しばらく、模擬戦でもやっとくか」

  金玉昼金玉昼  下町娘下町娘

金玉昼「はいにゃ」
下町娘「でもこれ、演習って言ってますけど……。
    はた目にはすぐにも一戦やらかしそうな、
    そんな感じに見えますよね……?」
金 旋「まあ、あちらの出方を伺うのが真意だからな。
    ま、こっちから攻めたりはしないから安心しな」
下町娘「孫権が攻めてきたらどうするんです?」
金 旋「売られた喧嘩は買うぞ」
下町娘「あのう……あっちが売ると言うよりは、
    こっちが因縁つけてるように見えるんですけど。
    それじゃあ、喧嘩を売られなかったら?」
金 旋「そんときは兵をある程度残し、洛陽に戻る。
    曹操との戦いを続けるようになるな。
    どうも、司馬懿が苦戦してるらしいし。
    まあ、こっちは今年いっぱいが目安だな」
下町娘「そうですか……。
    じゃあ、何もないことを祈ってます」
金 旋「そう心配せんでも、大丈夫だろ。
    これで仕掛けてくるほど、孫権は愚かじゃない」
下町娘「金旋さまがそういう風に断言すればするほど、
    余計に心配になるんですよー」
金 旋「あんですと!? そりゃあどういう意味だ!」

『殿の判断が信用できないという意味ー』

諸将の声がハモり、金旋は一瞬だけ言葉を失う。
だが、すぐに顔を真っ赤にして、声を上げた。

金 旋おまえらああああ!!

  鞏恋鞏恋   魏光魏光

鞏 恋「逃げろー」
魏 光「はーい」

  金目鯛金目鯛   蛮望蛮望

金目鯛「ほれ、準備開始するぞー」
蛮 望「了解よーん」

蜘蛛の子を散らすように、諸将は解散した。
後に残ったのは、口と腹を抑えてうずくまり、
必死に笑いを堪えている下町娘だけ。

金 旋「あ、あいつら……まったく!」

語気を荒げる金旋だったが、
それほど本気で怒っているわけでもなかった。

金 旋「……まったく、よくこんな、
    おもろい奴らが揃いも揃ったもんだ」
下町娘「……く、くくく、それ、類友……」
金 旋「その一人が何言ってるか!」

金旋の口調は怒っていたが、その顔は笑っていた。

それはともかくとして。
こうして金旋軍の大規模な演習は開始された。
しかしながら、この金旋軍の動きに対して、
孫権軍は表立って軍を動かすようなことはなかった。
ただ、曹操領であった徐州の下[丕β]を
小沛の陸遜隊が落としたのみである。

    ☆☆☆

11月中旬に入り、金旋は襄陽にて、
各地の動きを調べていた。
まずは、洛陽近辺での曹操軍との戦いのことである。

  金旋金旋   金玉昼金玉昼

金 旋「……関羽にしてやられたか。
    司馬懿も油断していたってことかねえ」
金玉昼「司馬懿さんらしくないけど、
    そういうことなのかにゃー」
金 旋「しかも于禁・秦朗まで捕まって……。
    早々に、曹操に返還の使者を送らなきゃ、
    なんちって」
金玉昼「……返還の使者だったら、
    司馬懿さんの方でちゃんと対応するはずにゃ。
    そう気にかけなくても大丈夫」
金 旋「頼むからスルーしないでくれ……。
    むなしいじゃないかよー」
金玉昼スルーなんてするーわけないにゃー、
    なんちて〜」
金 旋「……じゃ、次行こうか」
金玉昼「あーっ! 酷いにゃ!」

次は、劉璋滅亡の続報。
彼の配下であった者たちの情報である。

金玉昼「厳顔・呉蘭の2名は仕官してきたけど、
    他にも領内に何人か来ていまひる。
    これらの在野の士はすぐにも登用すべきにゃ」
金 旋「うむ……。呉懿、孟達、楊儀……。
    なかなかいい面子がいるじゃないか。
    手の空いてる者に登用させておこう」
金玉昼「他には益州に留まってたり、
    涼州の方に流れてたり……。
    あれ、孫権配下になっている人もいるにゃ」
金 旋「なに? 揚州の方まで行ってるのか。
    荊州通るんならまずウチの門を叩けっての」
金玉昼「この董允さんって人、すごく有能なのにゃ。
    こんな人が流出したのは惜しいにゃー」
金 旋「董允か。噂は聞いたことがあるぞ。
    若いが、なかなか真面目で使える奴らしいな。
    よし、こいつも登用しよう」
金玉昼「えっ? 孫権が登用したばかりなのに」
金 旋「登用したばかりだからいいんだろう。
    ほれ、伊籍あたりに行かせてゲットだぜー」
金玉昼「でも、孫権との仲が……」
金 旋「んな1人の人材を取り合ったくらいで
    そう変わったりはしないっての。
    それで切れるなら、元より切れる運命なのさ」
金玉昼「うむむ……」
金 旋「難しく考えんな。ほれ、使者を出すぞ」

結局、伊籍を派遣して、董允を登用することにした。
これは上手く行き、董允は金旋軍に鞍替えする。

だが金旋が思っているほど、事態は甘くはなかった。
孫権はこのことを知るや、烈火の如く怒り、
金旋に糾弾の書を送ってよこしたのである。

金 旋「……董允を返すならばよし、
    返さぬならば貴軍との縁を切らせていただく。
    返答が来るまでの間、貴軍との関係は
    敵でも味方でもなく、中立とする。
    ただしこれとていつまで続くかは不明……。
    ……つまり『いつ戦争仕掛けるか知らんぞ』
    てことか。いやいや、見事な喧嘩腰だな」
金玉昼「だから言ったのにぃ〜」
金 旋「別に気にすることはない。
    ほとぼり冷めてから後で金でも贈ったろ」
金玉昼「そんな、簡単な問題かにゃ〜?
    ただでさえ緊張状態なのに」
金 旋「董允だって、この状態で帰されちゃ辛いだろ。
    金で解決したほうが平和的だ」
金玉昼「じゃあ、今すぐにでも贈ったほうが……」
金 旋「いや、孫権という人物を知るいい機会だ。
    少しの間、様子を見ることにしよう」
金玉昼「えーっ?」
金 旋「ここでキレるようなら、孫権もそれまでの男よ」
金玉昼「……そんなこと言ってられる状況かにゃ〜?」

金旋は、それでも安易に考えていた。
自分が孫権の立場ならば、ここまで強大になった
金旋軍に喧嘩を売ったりはしない……と。

金玉昼もそれほど本気で諌めはしなかった。
彼女の認識も、金旋とあまり差はなかったのだ。

自分たちの主観を、客観と錯覚する……。
えてして、急激に大きくなった勢力は
こういった状況に陥りやすい。
彼らもまた、例外ではなかったのである。

    ☆☆☆

柴桑に逗留している孫権は、軍師庖統と共に
金旋軍の動きを細かく探っていた。

   孫権孫権    庖統庖統

孫 権「どうだ、金旋は何か動きを見せたか」
庖 統「演習と称した我が軍への挑発を進めるのみ。
    ご主君の手紙には、全く反応しておらぬ模様」
孫 権「ふん……そんなことだろうとは思ったが。
    まあ、ここで謝りの手紙でも送られる方が
    逆に困ってしまうがな」
庖 統「董允に未練はございませんか」
孫 権「わしは曹操や金旋と違い、将に固執はせん。
    何年もわしの元で働いてきた者でもないしな。
    『わしが登用した人材』に手を出されたのを
    怒っておるのだ」
庖 統「左様ですか……。かく言う私は、
    かなり惜しく思っておるのですが」
孫 権「君主と軍師、認識が違っても仕方あるまい。
    それで、準備のほうは整っておるのか?」
庖 統「連絡書を各都市・各施設へ送っております。
    後は狼煙を上げるだけで、事は足ります」
孫 権「そうか」
庖 統「今一度確認いたしますが……。
    引く気は、全くございませんな?」
孫 権「わしもこの乱世に生まれた群雄の一人じゃ。
    そのような問いは無用!」
庖 統「承知いたしました。
    ……狼煙を! 狼煙をあげい!」

庖統の指示で、狼煙台に火が入れられた。
立ち昇る狼煙を見上げ、孫権は表情を引き締める。
その顔は、死をも覚悟した厳しい顔だった。

孫 権「わしがこれから行く道は、修羅の道ぞ。
    生きるか死ぬか、ふたつにひとつじゃ……!」

曹操包囲網というこれまでの流れが乱れ、
新しき流れが生まれようとしていた。

この日、孫権軍は金旋軍に対し、宣戦を布告した。

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