○ 第八十四章 「髭の武神、関羽」 ○ 
217年10月

奪われた孟津港を奪還せんと、
軍を発し、孟津を攻めに掛かる司馬懿。
対する関羽は出撃し、これを迎え討つ。

孟津を巡る戦いは、今まさに
火蓋が切って落とされようとしていた。

孟津周辺

  関羽関羽   関索関索

関 索「父上! 李典隊が我が隊を迂回し、
    港へと向かっていきます!」
関 羽「放っておけ。
    1万程度の部隊、後でどうにでもできる。
    それよりも、目の前の司馬懿隊だ」

関羽隊3万、司馬懿隊3万。
数の上では互角、また将の統率力もほぼ同じ。
となれば、後は何が必要か……。

関 羽「それは将の『武』よ!
    いくぞ関索! 敵の喉笛に噛み付き、
    はらわたを食い破ってやるのだ!」
関 索「ははっ!」

関羽は3万の軍の先頭に立ち、
赤兎馬を走らせ、青龍偃月刀を振るう。
その様子は、まるで軍神のように神々しく、
また鬼神のように荒々しかった。

その将に率いられた兵たちもまた、
勇気を得て前へ前へと進んでいく。

   郭淮郭淮

郭 淮「……なんという武だろうか。
   我らの敵であるというのに、思わず
   その強さに見惚れてしまいそうになる……。
   これが、関羽という将なのか」

対する司馬懿隊の前衛を務める郭淮は、
懸命に兵たちの指揮を取りながらも、
その関羽の様相から目が離せなかった。

だがその時、彼は関羽と目が合ってしまった。
関羽は手綱を引き、郭淮の方へ進路を変える。

郭 淮「くっ、こちらへ来る……!?」
関 羽そこな仮面の将!
    我が武を受ける勇はあるか!
郭 淮「!!」
関 羽「受けるならば前へ!
    逃げるならば後ろへ!
    さあ、どちらでも好きな方を選ぶがよい!」
郭 淮「……天下の名将と刃を交わせる!
    これ以上の名誉はない!」

郭淮は、迷わず馬を前に進めた。
冷静に考えれば敵うはずはないのに、
なぜか、そうするのが当然のように思えた。

関 羽「……その勇、見事也。
    だが、生き残らねば蛮勇でしかないぞ!」
郭 淮「それは承知の上!
    貴殿の刃、身に受ける気はござらん!」
関 羽「よく言った! ならば耐えてみせよ!」

関羽:武力102 VS 郭淮:武力77
(※武器補正込)

一騎討ち

ギャンッ!

関羽の青龍偃月刀が、郭淮の頭上に閃いた。
郭淮は紙一重で槍を出し、その刃を受け流す。
振り下ろされたその刃は途中で視界から消え、
今度は斜め上から現れた。

郭 淮「なんというっ……」

ギィン! ガギッ!

郭 淮「太刀の速さかっ!」

ガガッ! ガギィン!

郭 淮「くっ、太刀筋が捉えきれぬ……」
関 羽「……それでも全て受け流してみせるか。
    流石は郭淮よ。見事な武である」
郭 淮「かっ郭淮などではござらん!
    私は武将刑事カクワイダーと申す!」

ぱたぱたと風に揺れる『郭』の旗を背に、
郭淮はそう返した。

関 羽「……ならばカクワイダーよ。
    お前は何ゆえ曹操ではなく金旋を選んだ」
郭 淮「なっ、何のことかっ」
関 羽「何ゆえ、曹操を捨てて金旋についたのか!
    そのことを聞いておるっ!」

ガギンッ!

関羽の一撃を、なんとか受け流す郭淮。
そして、関羽の問いにも答えてみせた。

郭 淮「……私は、金旋さまの治政、
    人の心を掴むやり方を選んだ!
    曹操のやり方よりも、金旋さまの方が
    万民のためになると思ったからだ!」
関 羽「笑止!
    そのような政治のやり方など、
    下の者たち次第でどうにでもなる!」
郭 淮「そうは思えぬ! 曹軍の政は、
    今でもほとんど変わっていない!」

キィンッ!

関 羽「天下を治めるべきは英雄だ!
    金旋はその器ではない! ただの凡人だ!」
郭 淮「曹操がその器だというのか!?」
関 羽「そうだ! 天下に英雄がいるとすれば、
    曹操と劉備! この二人しかいない!」
郭 淮「それは違う! 金旋さまこそ、
    その二人を超える英雄!」
関 羽「奇抜さに惑わされるな、郭淮!
    凡は凡でしかないのだ!」

ガギィッ!

郭 淮「見誤ってなどいない!
    それに私はカクワイダーだ!」

二人の将のその刃と問答のぶつかり合いに、
両軍の兵は戦うことも忘れて見守った。
まるで、この勝負の決着が、
この戦い全体の決着となるかのように。

関 羽「並外れた智才と常に冷静なる心!
    それを備えた曹操が天下を治めること、
    それが万民のためなのだ!」
郭 淮「それは違う! ハァハァ……。
    万民の望みし徳を持った君!
    それが金旋さまであり、そのお方が
    天下を治めるのが最良! ハァハァ」

問答ではどちらも甲乙つけがたい。
だが刃では関羽の勢いが勝り、郭淮は防戦一方。
齢56の関羽だがその息に乱れはなく、
その25歳下の郭淮の方は、もう限界に近かった。

関 羽「これ以上の問答は無意味!
    ならば! 武をもって雌雄を決し、
    勝った方が真の英雄だということだ!」

大きく振り被り、偃月刀が振り下ろされる。
郭淮には、それを防ぐことはできなかった。

……真っ二つになった仮面が、カラン、と
地面に落ちた。
そして郭淮の身体も傾き、ドサリと落ちる。

額から若干の血を流してはいたが、
郭淮の口はしっかりと息を紡いでいた。

関 羽「……とどめは刺さぬ。
    いずれまた刃を交わす時まで取っておく」

勝負は、関羽の勝ちだった。

『英雄を武で決する』と言った上での圧倒的な勝利。
これは、兵たちの心理に大きな影響を与えた。
つまり、勝った方が英雄なのだ、ということである。
それゆえ、一騎討ちに勝利した関羽をも、
英雄として見てしまうのだ。

これこそ、関羽が問答を仕掛けた理由である。

『英雄に率いられている』という拠り所を得た
関羽隊の兵たちは、さらに強さを増した。
郭淮を倒されて士気の低下した司馬懿隊を圧倒し、
どんどんその守りを削っていく。

  司馬懿司馬懿   于禁于禁

司馬懿「フ……。これが関羽の戦か。
    兵法のみでは語れぬ、天下の戦……」
于 禁「何を笑っている!
    形勢はこちらが不利なのだぞ!?」
司馬懿「分かっています。
    于禁どのは先頭の関羽を避け、
    敵部隊の二の陣を狙ってください」
于 禁「関羽のいないところを狙えというのだな!
    承知した!」

司馬懿は、負傷した郭淮の代わりに于禁を動かし、
関羽隊の側面を狙わせた。
だが、この一手は思わぬ結果を生む。

関 索「于禁どのとお見受けいたす!
    我は関索! この刃、受けてみよ!」
于 禁「むうっ!? 関羽のせがれかっ!」

関索が、于禁に一騎討ちを挑んできた。
関羽のみに注意が行っていた于禁は、それを
断る間もなく、なし崩し的に勝負に持ち込まれる。

関索:武力81 VS 于禁:武力76

関 索「ハアァッ!」
于 禁「ぬうっ!?」

関羽と郭淮ほどの差ではなかったが、
関索の若さと武に于禁は圧倒され、
その刃を受け止めきれずに負傷してしまう。

于 禁「ぐっ……しまった」
関 索「これで……勝負あったなっ!」

偃月刀の柄で胴を払われ、馬から落とされる于禁。
関羽隊の兵はそれを見逃さず、于禁は生け捕りに
されてしまった。

于 禁「……くっ、無念だ」
関 索「これが関羽の、そしてその子である
    関索の戦い方だ!
    さあ、一気に敵部隊を突き崩せ!」

郭淮、于禁と連続して一騎討ちに敗れた司馬懿隊。
隊の兵士たちの士気は、もはや戦えるだけの
ものではなかった。

司馬懿「……撤退命令を、全軍に出しなさい。
    楽進隊、李典隊にも通達を出すように。
    作戦は失敗です、長居は無用」
伝 令「は? し、しかし早すぎませぬか?
    楽進将軍、李典将軍の部隊も健在です」
司馬懿「健在だからこそ、退くのです。
    関羽隊に蹂躙させるわけには行きません。
    さあ、早く撤退命令を!」
伝 令「わ、わかりました……」

司馬懿の決断は早かった。
敵わぬと判断するや、すぐに部隊を撤退させ、
部隊の被害を最小限に抑えたのだった。

   楽進楽進

楽 進「……退却せよ、だと」
伝 令「はっ、そういうご命令です。
    すでに司馬懿隊は引き揚げ始めております。
    楽進将軍も、弘農城塞へ撤退なさるようにと」
楽 進「無念だな。我らはまだまだ戦えるというのに」
伝 令「しかし、関羽隊がこちらにくれば、
    そのようなことは言ってられません。
    楽進将軍の部隊がやられてしまうと、
    弘農城塞の守りもなくなり、敵の手に……」
楽 進「分かっている。
    関羽とやり合うのだけは御免だ。
    引き揚げるぞ! 弘農城塞まで撤退せよ!」

楽進隊、李典隊もすぐに撤退。

関羽隊も、金旋軍の全部隊が引き揚げるのを
確認した後、悠々と港へ戻っていった。

曹 休「お見事でしたぞ関羽どの!
    久しぶりの胸のすくような勝ち戦だ!」
関 羽「だが、油断はならんぞ。
    早目に退却し、兵力を温存した……。
    いずれ、また仕掛けてくるだろう」
曹 休「なに、心配は要りませぬ。
    こちらも守り一辺倒ではありませんからな。
    今度はこちらから出向いてやり、
    あわよくば洛陽も落としてやりましょうぞ」

そこへ、援軍で到着したばかりの張哈が
口を挟んできた。

   張哈張哈

張 哈「何を堅い話をしておられるか!」
関 羽「む、張哈? 貴殿も来ていたのか」
張 哈「うむ、今日来たばかりだ。
    それより、今日は我らの勝ちを祝い、
    宴を開くとしようぞ!」
曹 休「張哈どの、宴など開いてる暇は……」
関 羽「ふ……まあ、いいではないか。
    今日のところは、この勝ちを祝うとしよう」

孟津港では、小さいながら酒宴が催された。
関羽、張哈、曹休、関索などの他に、
于禁と秦朗、この捕虜の二人も宴の席にいた。

于 禁「……まるで、針のむしろにいるようだな」
秦 朗「視線が身に突き刺さるような感じです」

張 哈「どうしたか、于禁どの。
    怪我の具合でも悪いのかな?」
于 禁「いや、そんなことはないが……」
張 哈「ならば、せっかく酒宴に呼んだのだから、
    もっと喜んで飲んで欲しいものですな。
    それとも、牢に入っていた方がよかったかな」
于 禁「……正直、微妙なところだな」
張 哈「ふん……貴殿らが裏切らなければ、
    我らもここまで苦労せなんだものを。
    于禁、秦朗、他にも楽進、李典……。
    皆で金旋にたぶらかされおって」
于 禁「たぶらかされた……。そう見えるか」
張 哈「……どうです、于禁どの。
    この席で出戻りを宣言してみませぬか。
    皆も、そして殿も喜びましょう」
于 禁「それは……」
張 哈「捕虜のままでは、命の保証はできない。
    私は、貴殿の軍才を惜しんでいるのです。
    なんなら以前の爵位に戻してくれるよう、
    私から殿にお願いしましょうぞ」
于 禁「……お断りしよう」
張 哈「于禁どの……なぜだ?
    金旋にそこまでする義理はなかろう」
于 禁「確かに、そうではある。
    だが、士は己を知る者のために死すもの。
    私を真に知る者は、今は曹軍にはおらぬ」
張 哈「……そうですか。
    まあ、ゆっくりと考えられよ。
    そう結論を急ぐこともない……」

于禁、秦朗はしばらくの間、
孟津の牢に繋がれることになる。

孟津港防衛の戦い、そして港奪還の戦い。
このニ戦を連敗した金旋軍、そして司馬懿は、
この後いかに巻き返しを図るのだろうか。

そして曹操軍はこの勢いのままに、
洛陽へ向かい、奪い返すのか……。

    ☆☆☆

司馬懿は洛陽に帰還後、すぐに動いた。
弟の司馬孚を呼び、何やら謀議を開く。

  司馬懿司馬懿  司馬孚司馬孚

司馬孚「お呼びでしょうか、姉上?」
司馬懿「ええ。貴方に頼みたいことがあるのです」
司馬孚「頼み、ですか?」
司馬懿「捕われている于禁・秦朗の返還を求めて、
    曹操の元に行ってきてください」
司馬孚「……そんな、『近所で買い物してきて』
    みたいに簡単に言われても困りますが」
司馬懿「于禁も秦朗も、どちらもまだまだ味方として
    働いてもらわねばならぬ将。
    彼らは、すぐに返してもらう必要があります」
司馬孚「それは分かりますが、私も元は曹軍の将。
    あまりあちらに行きたくはないのですが……」
司馬懿「今、この洛陽にいる将のほとんどがそうです。
    それを断る理由にはできませんよ。
    それに、これは貴方にしかできない任務です」
司馬孚「……何か、面倒なことをやらせる気ですね。
    ただ返還を要求するだけではなさそうですが」
司馬懿「ふふ、流石は司馬懿の弟。察しがいい。
    ですが、面倒なことでもありません。
    ただ、曹操に関羽の話をすればよいのです」
司馬孚「関羽の話?」

司馬孚は、おうむ返しに聞き返す。
関羽の話とは、何のことか。

司馬懿「ええ、此度の戦いでの関羽の活躍ぶり。
    それを、まるで講談でも話すように、
    曹操に聞かせてやりなさい」
司馬孚「そのようなことで良いのですか?」
司馬懿「そうです。
    于禁・秦朗を返してもらうとともに、
    曹操に関羽の活躍ぶりを聞かせる……。
    それが貴方の任務です」
司馬孚「……それがどのような意図なのか、
    どうも私にはわかりませんが……」
司馬懿「帰ってきたら、説明しましょう。
    今は何も聞かずに行ってきなさい」
司馬孚「わかりました。
    ではもう一人、誰か使者をお願いします。
    私一人で将二人の返還を願うのは、
    少し辛いところがありますゆえ」
司馬懿「そうですね……。
    では、崔炎どのをお連れなさい。
    彼も元曹操軍ですが、面の皮の厚い彼ならば
    しっかりと使者の役目を果たせるでしょう」
司馬孚「……できれば、全部任せたいくらいですけど」
司馬懿「何を言ってるんですか。
    『司馬懿の弟』が活躍せずにどうするのです」
司馬孚「はぁ……わかりました。
    では、関羽の講談でも考えておきます……」
司馬懿「期待してますよ」

姉が期待しているのは『自分』なのか、
それとも『司馬懿の弟』なのか……。
司馬孚は伺い知ることはできなかった。

司馬孚は崔炎と共に、曹操の元へ向かう。
司馬懿は一体何を考えているのか。
それは、いずれ明らかになるだろう。

    ☆☆☆

場所は変わって、柴桑。

 ミニマップ

孫権は、廬江からこちらへ移動し、
軍師である庖統のところを訪ねた。

   孫権孫権    庖統庖統

庖 統「……これはこれは、ご主君」
孫 権「今後の策を聞きにきたぞ」
庖 統「今後と申しますと、いかような?」
孫 権「そのままの意味だ。
    ここへ来る前に、周瑜の手紙が届いてな。
    此度、金旋が荊州へ軍を動かしたことには、
    決して反応してはならん、と書いてあった」
庖 統「……ふむ。ごもっともですな」
孫 権「お主も同意見か」
庖 統「金旋軍と仲を違えれば、得をするのは曹操。
    これまで金・孫の二軍に攻められていたのが、
    今度は互いに争ってくれるのです。
    これほど嬉しい話はないでしょうな」
孫 権「なるほど。確かにそうだな」
庖 統「……此度のこと、全ては
    曹操軍にいる天下の鬼才のはかりごと。
    孫家を永らえさせるおつもりならば、
    その策には乗らぬのが賢明……」
孫 権「孫家を永らえさせるならば、か……」
庖 統「はっ。お家の大事を考えるならば、
    ここは我慢の時にございます」
孫 権「ふむ……では軍師、ひとつ問おう。
    ……あくまで『天下を取る』のなら、
    わしはどうすべきだ?」
庖 統「天下を取るなら……?」
孫 権「孫家の存亡などは二の次にして、
    あくまで天下取りのためとするならば、
    ここはどうするべきだ?」
庖 統「天下を望まれるのならば……ですか。
    どういう風の吹き回しでござるか、
    以前は『この呉を守ることがわしの使命』と
    言っておられた方が……」
孫 権「劉備の影響かもしれんな」
庖 統「劉備将軍の影響?」
孫 権「奴はすでにわしの配下の身であるのに、
    まだまだ野心を捨ててはいない。
    ……流石に表には見せてはおらんがな」
庖 統「朱に交われば赤くなる……とでも?」
孫 権「赤くなったつもりはないが、
    わしの野心が大きくなったのは確かだ。
    わしの上に誰かが立つのは面白くない。
    ならば、わし自らが頂点に立つしかあるまい」
庖 統「……ご主君の考えはわかりました」
孫 権「で、どうなのだ? わしはどうすべきだ?
    お主の考えを申せ」

孫権の言葉に、庖統は少し時間を置いて
考えをまとめてから、その口を開く。

庖 統「では、畏れながら……。
    今、天下に一番近いのは、間違いなく金旋」
孫 権「そうじゃろうな」
庖 統「ご主君があくまで天下のみをお望みなら、
    これ以上、金旋軍の勢力を増すわけには
    参りませぬ。となれば、このはかりごと……。
    あえて乗ってやるのも一興かと」
孫 権「……金旋と対決し、力を奪えということか。
    天下を望むためには、そうせねばならぬか」
庖 統「あくまでこの話は、天下を望む戦いを
    今から始めるのならば、というものです。
    一歩間違えば、孫家は滅亡するでしょうな。
    また、別にこの策に乗らずとも、今後また
    天下を望む機会が訪れるやもしれません」
孫 権「……天下と孫家を天秤にかけることになるか」
庖 統「……正直なところを申せば、
    今動くことはお奨めいたしませんが……」
孫 権「軍師よ」
庖 統「はっ」
孫 権「正直に申せよ。
    わしには、天下を取るだけの器はあるか?」
庖 統「……その器がないと思うのならば、
    私はご主君にお仕えしてはおりませぬ」
孫 権「そうか。ならばよい」
庖 統「……御心は決まりましたか」
孫 権「うむっ。決まった。
    久しぶりに晴れやかな気分になったぞ。
    どうだ軍師、一献やるとするか」
庖 統「では、ご相伴すると致しましょう。
    では、酒を用意いたしますれば……」
孫 権「ふふふ、その必要はない。
    すでに持ってきておるからな」

孫権は後ろに置いておいた江南産の焼酎を、
どん、と机の上に置いた。

庖 統「全く、ほとほとお酒が好きなのですな。
    では、杯を……」
孫 権「うむっ、酒は百薬の長よ。
    この焼酎は実に良い香りでな……。
    おお、そういえば軍師よ」
庖 統「は、何か」
孫 権「『焼酎』と『焼討』は似ておると思わぬか」
庖 統「は、はあ……。
    似てると申せば似ておりますが……。
    それがどうかいたしましたかな」
孫 権「いや、ふと思っただけだ」
庖 統「さ、左様ですか」
孫 権「よし、今宵は実に気分が良い!
    酌をしてやろう。杯をもてい」
庖 統「これはこれは……ありがたく」
孫 権「では、乾杯だ」
庖 統「ははっ……乾杯」

二人は笑いあって、乾杯した。

孫家の天下取りのために。

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