217年5月
永安を攻撃していた霍峻隊は、一時退却した。
守備将の庖義に火罠を食らうなどして、
負傷兵が増えたというのが表向きの理由である。
負傷兵を回復させ、また江陵からの増援を加えて、
夷陵城塞の動員できる兵数は6万にまで増えた。
金満
鞏志
鞏 志「これで、再度出撃する準備も整いましたね」
金 満「しかし、退却する必要もなかったのでは。
兵たちの士気も十分高かったですし、
退却せずに戦闘を継続していても、
まだまだ戦えたと思いますが」
鞏 志「兵の損害を考えたというのは表向きの理由です。
実際は部隊の再編を行うためです」
金 満「再編……ですか?」
鞏 志「洛陽の殿より戦略の指針が届きまして。
それに従って部隊の再編、
及び爵位の授与を行います」
金 満「爵位?」
鞏 志「『金満に討逆将軍の位を授ける』と。
また、霍峻・金満の両名を大将にして、
2つの部隊で永安を攻めよ、とあります」
金 満「えっ? いや、でも確か討逆将軍って、
大兄(金目鯛のこと)よりも上では?」
鞏 志「金目鯛どのは威南将軍なので、そうですね。
それだけ、貴方の将軍としての能力を
期待されてるのでしょう」
金 満「し、しかしまだ私には十分な実績が……。
そんな者がいきなり上に来ていいんでしょうか。
陰口とか叩かれたりは……」
鞏 志「実績は後から積めばよいことです。
部隊を率いて永安を攻め取れば、
雑音は自ずと封じられましょう」
金 満「……分かりました。
前向きに考えるとしましょう。
ところで、永安に饗援軍が向かっていると
聞きましたが」
鞏 志「我が軍が動いたことに焦ったのでしょう。
饗援軍が近付いた後、我らも出撃すると
致しましょう」
金 満「え? すぐ出なくて良いのですか?」
鞏 志「はい、良いのです」
☆☆☆
臨江櫓から出撃した鴻冥の部隊1万5千は、
永安を目指し進んでいた。
行軍しながら鴻冥は、出撃前の饗嶺との
やりとりを思い出していた。
饗嶺
鴻冥
饗 嶺「鴻冥、永安は金旋軍に渡すな。
母上も人材確保に頭を痛めている今、
みすみす永安の城と将をくれてやる
訳には行かないのだ」
鴻 冥「はい、お任せを。必ずや、
良い戦果を御報告致しましょう」
饗 嶺「金旋軍が退いている今が好機だ。
手を出す隙を与えず、一気に攻め取ってこい!」
鴻 冥「はっ!」
鴻 冥「……気前良い返事はしたものの、
夷陵から部隊が出てくるのは必然だ。
さて、どうしたものか……」
鴻冥隊は永安に攻撃を開始。
対する永安は兵が1万程度しかいない状態で
あったが、それでも必死に防戦した。
鴻 冥「太守厳顔もなかなかやる……ん?
城の反対側が騒がしいが……。
誰か、何なのか調べてきなさい」
兵 A「はっ」
命じられたその兵士は馬を走らせて、
城の反対側へ様子を見に行く。
しばらくした後、血相を変えて戻ってきた。
兵 A「金旋軍です!
金旋軍が攻撃を掛けております!
構成は霍峻、金満の二部隊、総勢6万!」
鴻 冥「やはり来たか……。
こうなれば一刻の猶予もならないな。
……劉璋軍は我らが倒さねばならない!
金旋軍に先を越されるな!」
今までにも増して激しい攻撃を加える鴻冥隊。
その様子は、金旋軍側にも知ることとなった。
鞏 志「我らに気付いたようですね。
攻撃が目に見えて変わりました」
金 満「……結局、我々の思惑なんて、とっくに
気付かれてるような気がするんですが」
鞏 志「永安が欲しい、ということですか?
別に気付かれていても構いませんよ。
いや、むしろ気付かないはずはありません」
金 満「それじゃ、当初の配慮なんて無意味では……」
鞏 志「外交に関してだけ言えば、
我々の真意などはどうでも良いのです。
建て前さえしっかりしていれば、
それで十分なのですよ」
金 満「ううむ、政治はよくわからん……」
鞏 志「それよりも、今はこの戦闘です。
恥ずかしくない指揮ぶりを皆に見せて
くださいませ」
金 満「わ、わかりました」
鞏 志「大将なのです。もっと威厳を持って」
金 満「わ……わかった。
……永安は我々が頂く!
井闌を前に押し出し、敵兵を討ち倒せ!
饗援軍に遅れを取るな!」
霍峻隊3万(陳応・刑道栄・高翔・蔡瑁)、
金満隊3万(鞏志・魏劭・樊郭・胡渉)、
総勢6万の井闌部隊は、大量の矢を放ち
守備側を圧倒した。
名将厳顔といえど、饗援軍、金旋軍、
二つの勢力の部隊を相手に持ち堪えることなど
出来はしなかった。
永安城は戦える兵を全て失い、陥落。
この戦いで、金満は「混乱」「罵声」「井闌」の
各兵法を習得した。
さて、永安の所有をどちらの勢力とするのか。
これについて、代表者の鞏志と鴻冥との間で
一悶着あった。
これまでの慣例では、
「敵に多くの損害を与えた者が城を有する」
ということになっており、鞏志もそれに則って
話を切り出したのだが……。
鴻冥
鞏志
鴻 冥「その慣例は知っている。
だが我々は、貴殿らよりも先に攻撃を始め、
被害も多く、兵の損耗率もそちらより高い。
それで城はそちら側、となっては
我が軍が丸損ではないか」
鞏 志「しかし、それはそちらの都合でしょう。
この慣例は理に叶っているから
これまで使われてきたのです。
それを覆されては、こちらが困ります」
鴻 冥「だから、こうして頼んでいる。
益州平定は我が軍の皆の願い。
どうかここは譲ってもらえぬか」
鞏 志「そう言われても……」
話は平行線を辿っていたが、
金満がそこへ助け船を出した。
金満
金 満「それほどまでに欲しいというのなら、
あげてもよろしいでしょう」
鞏 志「金満さま!?」
鴻 冥「……金満? なるほど、
貴殿が金旋どのの子という……。
永安を譲っていただけるのか?」
金 満「ええ。我々が永安を攻撃したのも、
永安が荊州への玄関口であり、
敵に侵入される恐れがあったからです」
鞏 志「そうです、だからこそ!
我々が抑えておく必要が……」
金 満「しかし、信頼関係にある饗援軍が
永安を治めるとなれば、
荊州に攻撃を受ける心配もないはず。
ならば、必ずしも我らのものにする
必要もないでしょう」
鞏 志「む、むむ……」
金 満「鞏志どのも分かってくれたようだ。
というわけで、永安はお渡し致しましょう」
鴻 冥「あ、ありがたい……。では……」
金 満「とはいえ、そうなると今度は我々が丸損だ。
慣例には『捕虜は城を得ない側に渡す』
というのがある。だからここは、
捕虜は我々、城はあなたがたに、
ということにしましょう」
鴻 冥「……そ、それは困る!
我が軍ではまだまだ人材が少ない。
捕虜を全て渡してしまっては、
戦いの意味さえなかったようなもの!」
金 満「ですが、城も人も欲しい、となると、
少しムシのよすぎる話ではないですか?
城を選ぶのか、人を選ぶのか。
どちらかにして欲しいのですが」
鴻 冥「く……確かに、その通りだ……。
分かった、捕虜だけいただこう。
城は諦めることにする」
金 満「良いのですか? 益州平定は……」
鴻 冥「先ほどの貴殿の言葉を借りるならば、
永安を貴殿らが治めていれば、
我が領内に侵攻される心配はない。
そういうことだ」
金 満「そうですか」
鴻 冥「……だが、梓潼には手を出すな。
梓潼まで取られては、我らの攻め手は
貴殿らの領しかなくなってしまう。
そのような事態は、招きたくないものだ」
金 満「覚えておきましょう。では、調印を……」
両軍は調印を済ませ、城は金旋軍に、
捕虜は饗援軍に、と決まった。
鴻冥は捕虜を受け取り、すぐに引き揚げていく。
その行軍を、城から金満と鞏志が見つめていた。
金 満「あんな感じでよかったのですか?」
鞏 志「上出来です、名演技でした。
一度は『譲る』と言ったことで、
彼女の心情にもよく映ったと思います」
金 満「『捕虜を取る』と自分で選んだのですからね。
確かに不満は薄らぐと思いますが……」
鞏 志「どうかしましたか?」
金 満「いえ、正直、驚いています。
鞏志どのがこんな芝居まで考えていたとは。
実直なのが取り柄の人だと聞いていたのに、
こんな智謀まで持ち合わせていたなんて……」
鞏 志「ああ……なるほど。
持ち上げてくださるのは嬉しいですが、
実はこれを考えたのは軍師ですよ」
金 満「……姉上が?」
鞏 志「そうです。軍師はああ見えて、
かなりのやり手ですから」
金 満「そうか……あの姉上が。
可愛い顔してババンバンだったか」
☆☆☆
金玉昼
金玉昼「ひっ……くしょんっ!」
鞏恋
下町娘
鞏 恋「……グレーシー?」
下町娘「それはヒクソン。
で、えーと、何の話だったっけ」
金玉昼「んーと、今後のことにゃ。
今のところ敵は曹操のみだけど、
勢力を伸ばしていけば、他の勢力も
敵に回る可能性があるにゃ」
鞏 恋「昨日の友は今日の敵」
下町娘「……そうあっさりと変わるかなあ?
孫権・饗援・馬騰とも関係は良好でしょ」
金玉昼「確かに、今はそうだけど。
でも、これからもそうだとは限らないにゃ。
何かのきっかけで変わることは十分考えられるにゃ」
下町娘「そういうものかぁ……」
鞏 恋「そうそう。何かのきっかけで変わるもの。
意識してなかった人を意識するようになったり」
下町娘「なーんでそっちの話になるのよ」
金玉昼「そうそう、町娘ちゃん。
うちの金満なんてどうかなー。
将来性は抜群だにゃ。かなり年下だけど」
鞏 恋「老け顔がいいなら燈艾とか。
やっぱり年下だけど」
下町娘「だーかーらー! 余計なお世話!
それに年下は却下、却下!
だいだい、あんたたちだってもういい歳でしょ!
恋ちゃんは秦綜とはどうなったのよ?」
鞏 恋「……どうって? 何が?」
下町娘「何がって……出会った時は、
あんなにときめいていたじゃないの」
金玉昼「あ、恋ちゃんはただの筋肉フェチなだけだから」
下町娘「……そうなの?
じゃあ別に彼が好きとかそういうのは……」
鞏 恋「全然、さっぱり」
下町娘「なんだぁ……じゃあ、どんな人が好み?」
鞏 恋「んー。私より強い人」
下町娘「魏光……憐れなり。
それじゃさ、玉ちゃんはどうなの」
金玉昼「え? 何が?」
下町娘「好きな人を教えなさいってことよ!
ほら、白状しなさい!」
金玉昼「ええっ、やだー」
鞏 恋「ほほう……言うのがいやだということは、
気になる人はいるということね」
金玉昼「ぐっ……」
下町娘「ふっふっふ。さあ、早く教えないと、
私のくすぐり地獄が発動するぞー」
金玉昼「こ、断りまひる」
下町娘「では仕方ない、くすぐり地獄発動!
こちょこちょこちょこちょ……」
金玉昼「にゃ、にゃああああっ」
公孫朱
公孫朱「失礼いたします。軍師……」
部屋に入ってきた公孫朱の目に入ってきたのは、
下町娘に押し倒されて悶える金玉昼の図。
それを見て、彼女は一瞬凍りついた後、
深々と御辞儀をした。
公孫朱「失礼しました。お取り込み中でしたようで」
下町娘「ちょ、ちょっと! 勘違いしないで!
ただふざけ合ってるだけ! 遊び遊び!」
公孫朱「遊び?」
鞏 恋「そうそう、大人のイケナイ遊び」
下町娘「イケナイ遊び違うー!」
金玉昼「ま、気にしないで……。
それで、私に何か用でもあったかにゃ?」
公孫朱「あ、閣下がお呼びです。
相談事があるとのことでした」
金玉昼「んー? 何の相談かにゃ。
とりあえず行ってきまひる」
鞏 恋「行ってラッシー」
金玉昼は逃げるように部屋から出ていった。
下町娘「……ちっ、吐かせそこなったか」
公孫朱「吐く? 何をです?」
鞏 恋「ゲロ」
下町娘「違うって。
あの子の好きな人を吐かせようってね。
あ、そうだ、公孫朱さんまだ独身だよね。
誰か好きな人いる? おねーさんに教えてみ?」
公孫朱「す、す、すきなひと?」
下町娘「ほらー、いつも真面目でクールな貴女でも、
好きな人くらいはいるでしょ?
応援してあげるから、教えてみそ」
公孫朱「す、す、すすす好きな人など、
んだなことかたってんでね!
ほだごど、さすけねえでけろ!」
下町娘「は? いや、別に減るものでもないし、
できれば教えてくれないかなーと……」
公孫朱「それはそうだげんちょも!
プライバシーちゅうもんもあっがらない!
んだなことかだれね! わがんね!」
鞏 恋「……どこの言葉?」
公孫朱「あれま! おれなまっでっかい!?」
下町娘「う、うん。めちゃくちゃ訛ってる」
公孫朱「まだやっちまったべ……。
たまげっと出ちまうんだ……。
やんだぐなっちま……」
公孫朱は深呼吸を数回して、落ち着きを取り戻した。
公孫朱「……すいません。
汚い言葉を聞かせてしまいました」
下町娘「あ、べ、別に気にしないよ。びっくりはしたけど」
公孫朱「元々は遼東訛りが酷かったのですが、
曹操軍に登用されて以降は田舎者と馬鹿にされぬよう、
普通に喋れるようにしたのですが」
鞏 恋「驚くと戻っちゃうんだ」
公孫朱「はい……一度出始めると止まらなくて」
下町娘「そうかあ。大変だねえ……。
今度私らがいる時に訛り出ちゃったら、
私らがフォローしたげるから。
だから、気を楽にしてていいよ」
鞏 恋「うん。腹話術で町娘ちゃんがフォローする」
下町娘「腹話術なんてできんわ!」
公孫朱「……ありがとうございます。
少し、気が楽になりました」
下町娘「ん、それじゃあ楽になったところで、
好きな人をキリキリ吐いてもらおうかー」
公孫朱「や、やんだべ」
下町娘「ちぇー」
こうして公孫朱は、次第に打ち解けていった。
彼女についてはまだ秘密があるのだが、
それはいずれ語られる時が来るだろう。
さて、金旋に呼ばれた金玉昼は……。
金旋
金玉昼
金玉昼「城塞の建設?」
金 旋「うむ。弘農にな、防衛用の城塞を
作ろうかと思うのだが」
洛陽の西、潼関と孟津港の中間あたりにある弘農。
このあたりは、洛陽を押さえている金旋の所有になる。
そこへ、城塞を建設しようというのだ。
金玉昼「ふーん。いいんじゃないかにゃ。
孟津港防衛の補助的な役割も持てるし、
万一馬騰軍が敵に回っても、潼関からの
攻撃を防ぐことができる。いい案だにゃ」
金 旋「じゃ、秋になったら建設を始めよう」
これを受けて7月には、洛陽から部隊を出して
城塞を建設することとなる。
金 旋「それとだな。
饗援・馬騰に大将軍の位を与えることになった。
これは朝廷から印綬を送ることになっている」
金玉昼「あんまり、ホイホイと官爵をあげるのも、
どうかと思うけど」
金 旋「劉璋討伐の褒美みたいなもんだ。
これで両者とも悪い気はしないだろう」
金玉昼「ま、外交重視で考えるならそれもありかにゃ。
ただ、それでずっと手懐けられるとは
思わない方がいいにゃ」
金 旋「それは分かっている。
あくまで現状を維持するための施策だ。
で、あともうひとつ……」
金玉昼「何?」
金 旋「玉ももう年頃なんだし、そろそろ……」
金玉昼「却下」
金 旋「ま、まだ用件を言ってないぞ」
金玉昼「今の言い口と、その手に持ってる釣書、
それらから大体は察しがつきまひる」
金 旋「い、いや、かなりいい話なんだぞ。
陛下の御血族の方で、顔も頭もなかなか……」
金玉昼「却下却下却下ーーーーっ!
今の私は金旋軍の軍師!
結婚も見合いもノーサンキューにゃ!」
金 旋「わ、わかった……。
でも一応、会うだけでも……」
金玉昼「キシャー!」
金 旋「……俺から断りを入れておきます」
金玉昼「全く! みんなして好きな人やら見合いやら!
ちょっと気が緩んでるんじゃないかにゃ!?
これまで上手く事が進んで来ているからって、
これからもそうだとは限らないにゃ!」
金 旋「そう目くじら立てんでも……。
実際上手く来てるし、対策も打ってるだろ?
弘農城塞だってその一環だ」
金玉昼「心の油断が一番の敵にゃ。ちちうえも最近、
なんか緊張感がなくなった気がするにゃ」
金 旋「……そうか? 自分ではそうは思わんけど。
痔が治ってホッとしてるってのはあるが」
金玉昼「とにかく、私に見合いさせたかったら、
早く全土統一してちょうだいにゃ。
そしたら考えなくもないにゃ」
金 旋「……お前、それじゃ行き遅れるぞ?
悪い事は言わないから、会うだけでも……」
金玉昼「ガァーーーーッ!」
目標であった上洛を果たし、王の地位も手にし、
寿命までも延ばすことが出来た。
金旋は自分では否定していたが、
その緊張感が薄れていることは明らかだった。
また、自分から攻めるばかりで、攻められることが
ほとんど無くなって来ていたことも、
油断の一因となっていたようである。
だが、彼も人の子。
ちょっとした余裕が油断を生んだとしても、
それを責められるだろうか……。
☆☆☆
さて、少し時期は前後する。217年初頭、
呉の孫権は曹操領の汝南を攻め、これを落とす事に成功。
彼は居城である廬江にて、ささやかな祝杯を挙げた。
孫権
劉備
孫 権「久しぶりの攻めた戦の勝ちだ。酒が美味い」
劉 備「いやはや、全くですな!
ここ最近は攻められっぱなしでしたからな!」
孫 権「一時は黄河以南を制する勢いだっただけにな……。
今度は着実に行くぞ。曹操を打ち倒すのだ」
兵 B「失礼いたします!」
孫 権「なんだ騒々しい。祝いの酒を邪魔する気か?」
兵 B「い、いえ……そのようなことは決して」
劉 備「まあまあ、何用かくらいは聞いておきましょうぞ。
で、何かあったのかな?」
兵 B「は、柴桑の軍師よりご報告の書簡が参っております」
孫 権「庖統からだと? どれ、見せよ」
兵 B「はっ、こちらになります」
兵は書簡を渡すと、そそくさと退室していった。
劉 備「(酒が入ると少しのことで機嫌が良くなったり、
また悪くなったりするからな……。
この人の側に仕える者は大変であろうな)」
孫 権「……ん? わしの顔に何かついとるか?」
劉 備「い、いえいえ、別に何も。それより、書簡の内容は?」
孫 権「うむ、近況の報告のようだが……。
むむっ……山越が!?」
劉 備「な、何か異変でも?」
孫 権「山越が柴桑まで出張って、攻撃を仕掛けてきたそうだ!
撃退には成功したそうだが……ええい、異民族風情が!」
劉 備「うむむ。汝南攻撃のための兵を、
柴桑からも拠出してましたからな。
その隙を突かれましたか」
孫 権「くそ、山越め! 討伐だ! 討伐の軍を挙げるぞ!」
劉 備「お、お待ちあれ!
山越の本拠は10万以上の兵がおります。
我が軍の全力を傾けてようやく落ちるかどうか、
それでは他の守りががら空きになりますぞ」
孫 権「では、奴らの好きにさせろというのか!?
柴桑は我が都市の中でも重要な拠点だ、
落とされずとも攻められるだけで痛いのだぞ」
劉 備「さすれば……。
この劉備に会心の策あり!」
孫 権「……あまり聞きたくないな。
お主の策はイマイチ信頼性に欠けるからな」
劉 備「……この劉備に会心の策ありぃぃぃ!」
孫 権「わかったわかった。とりあえず聞くだけ聞こう」
劉 備「フッ、聞いてブッたまげないでくだされよ。
そうですな、ここは山越に……」
孫 権「貢物をやるなどというのは却下だぞ。
どうせすぐに恩を忘れて攻めてくるのは目に見えている。
攻められるたびに貢物など、やってられぬわ」
劉 備「……い、嫌ですな。貢物などやらずとも大丈夫ですぞ」
孫 権「ほう。ではどんな手を使うのだ」
劉 備「それは……その……兵を増やすのです!」
孫 権「……は?」
劉 備「山越が狙うのはそこそこ兵がいるところ!
兵がほとんどいないか、逆に多すぎるところは狙わない!
この習性を利用し、柴桑の兵を普通よりも多くし、
攻めさせないようにしてしまうのです!」
孫 権「兵が多くいれば攻めないのは当たり前だ。
がしかし、理には適っているな。
兵を全て引き揚げれば攻めてはこないが、
それでは金旋軍に奪われる心配が出る……。
ならば、兵を増やすしかないか」
劉 備「どうでござるか、我が策は!」
孫 権「策というほど高尚なものではないがな。
よし、今後、柴桑では兵を増強することにして、
攻められないだけの数を保つことにしよう」
劉 備「曹操領への侵攻は、それらが終わった後、
ということになりますな」
孫 権「まず、後方の不安をなくさぬとな。
これまでの教訓を生かしていかねばならん」
山越に攻められたことで、孫権軍はこれ以降、
柴桑周辺の兵力増強に努めることとなる。
だがこのことが、思わぬ災いを招こうとしていた。
「これを利用すれば、付け入る隙を作れよう……」
羽扇を手にほくそ笑むその男は……。
事態は急転するか。次回に続く。
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