○ 第八十〇章 「初陣! 永安攻防戦!」 ○ 
217年2月

黄巾の乱の後、益州に割拠した劉焉。
彼は中央に交わることなく、独自の勢力を形勢する。
だがその築き上げた勢力も、今、崩壊の一途を辿っていた。

 益州

劉焉の後を継いだ劉璋には、何の策もなかった。
饗援・金旋・馬騰といった勢力に次々と戦をふっかけ、
四方を敵だらけにしては、家臣に何とかしろと迫る……。
それでも家臣たちは懸命に戦い、政治を行った。

だが、それも限界に来ていた。

216年の末には、占領していた漢中を馬騰に奪い返され、
葭萌関・剣閣といった要害を奪われる。
そして年が明けた今、梓潼まで脅かされていた。

 馬騰軍

   馬騰馬騰

馬 騰「見たか、涼州兵の底力を!
    貧乏も根性で克服できるのだ!
    根性万歳! バンザーイ!

   法正法正

法 正「根性ばかりではお腹は脹れませぬぞ」
馬 騰「……おお法正、分かっている。
    これからお腹一杯のご飯を食べるために、
    お主の力が必要になるだろう」
法 正「貧乏くさい目標ですな……。
    まあそれだけ苦労なさったのでしょうな」
馬 騰「うむ、それはもう辛い辛い日々がな……。
    今後どうなるかはお主に掛かっている。
    頼むぞ、法正」
法 正「は、お任せください。この法正、
    兵たちを飢えさせないように努めまする」
馬 騰「うむ、頼もしい言葉だ……。
    これでようやく、白いご飯が食べられそうだな」
法 正「……(ちょっと早まったかな)」

法正は、元々劉璋の軍師を務めていたが、
漢中陥落の際に馬騰軍に捕縛された。
馬騰は彼の能力に目を付け、登用を迫る。
暗愚な劉璋に愛想の尽きていた法正は、
これを快諾した。
後に彼は、馬騰軍の軍師の座に収まることになる。

    ☆☆☆

そして、南方の饗援。
彼女は、江州・成都からたびたび永安方面に兵を出し、
侵攻を繰り返してきた。
劉璋軍は臨江に陣を作り、張任などの古参の将を配し、
これを何とか防いできてはいたが、この攻防で
多くの兵を失い、防衛力も低下してきていた。

  饗援饗援   琥昆琥昆

饗 援「フ……劉璋が滅ぶのも近いな」
琥 昆「あら、余裕のお言葉ですわね?
    でも、油断すると足元をすくわれますよ」
饗 援「油断ではない。客観的な判断だ。
    都市は2つしかなく、兵少なく合わせても3万。
    四方全てを敵に囲まれ、君主はなす術もない。
    このような状況になっては、生き残るのは困難だ」
琥 昆「対して私たちは援助を受けてますからね。
    確かに形勢は、決まったようなものでしょうか」
饗 援「とはいえ、劉璋を倒せば終わりなのではない。
    あくまで益州制覇は通過点でしかない」
琥 昆「そうですね。益州の優秀な人材を確保する、
    というのが劉璋と戦い始めた最大の理由ですしね。
    それが……」
饗 援「……い、言うな!
    思うように人材が増えてないのは判っている!」
琥 昆「せめて馬騰軍並みの数にはしたいですね」

戦いでは劉璋を圧倒しつつある饗援軍であったが、
未だ人材の数は、全ての勢力の中で一番少ない。

それでも彼女らは、217年初頭に臨江櫓を陥落させ、
これを永安へ至るための橋頭堡とした。

 饗援軍

永安と梓潼を落とし、劉璋軍の将たちを自軍に組み込む。
その至上の目的のために、軍を進めていくのだった。

    ☆☆☆

3月、永安の東方に位置する夷陵城塞。
以前よりここに鞏志が留まり、
西や南の情勢に目を光らせていた。

饗援という虎と馬騰という獅子が
劉璋という牛に食いついている現状に、
今こそ金旋という龍も動くべきだと
彼は判断していた。

そこへやってきたのが、金満である。

  金満金満   鞏志鞏志

金 満「金満です。お初にお目にかかります」
鞏 志「……ああ、お話は聞いております。
    そうですか、貴方があの時の娘の……」
金 満「母をご存知なのですか?」
鞏 志「はい。……ここだけの話ですが、
    貴方の母君を洛陽に移したのは私ですし」
金 満「鞏志どのが?」
鞏 志「母君にご相談を受け、それで内密のうちに洛陽に。
    金旋さまには知られたくない、と言われたので」
金 満「そうだったのですか……」
鞏 志「その時の御子がこうして成人して現れるとは。
    時の経つのは早いものですな」

その時の話は、外伝2を待たれますように。

鞏 志「さて、永安の防衛力が低下しております。
    饗援の軍も近いうちに永安へ攻撃を始めるでしょう。
    我らも独自に兵を出し、永安を攻めます」
金 満「しかし、それには兵が少なくありませんか?
    見たところ、この城塞には2万程度しかいませんが」
鞏 志「心配は要りません。
    もうまもなく、彼らが到着するはずです」
金 満「……彼ら?」

   霍峻霍峻

霍 峻「お待たせ致しました、鞏志どの。
    江陵の兵を連れて参上しましたぞ」
鞏 志「噂をすれば、ですね。ご苦労様です、霍峻将軍」
金 満「……ほぇ」
霍 峻「刑道栄・陳応・蔡瑁、他数名の将を連れてきました。
    これで、いつでもいけるでしょう……。
    ……おや、貴方は?」
鞏 志「ああ、紹介が遅れましたね。
    すでに文書が回覧されてはいると思いますが、
    今年成人された、金満どのです」
霍 峻「そうですか、貴方が。
    なるほど……言われてみればどことなく、
    お父上に似てるような感じですね」
金 満「は、はぁ……そういう貴方は?」
霍 峻「申し遅れました、霍峻と申します。
    此度の永安攻めの指揮は私が執りますので、
    よろしくお願いいたします」
金 満「は、はい」
霍 峻「では、兵たちに指示を出してきますので、
    また後ほど……失礼いたします」

霍峻はそう挨拶すると、すぐに戻っていった。

金 満「鞏志どの」
鞏 志「はい、何でしょうか?」
金 満「……おかしいですよ、絶対」
鞏 志「は?」
金 満「あんな変な鼻メガネをしているのに、
    真面目な顔で会話をしているなんて!
    何か間違ってます!」
鞏 志「……ああ、なるほど。確かに、
    初めて会った方はそう思うかもしれません」
金 満「初めてでなくても、変なのは変なままでは……」
鞏 志「これが金旋軍です。
    大変でも慣れてくださいますよう」
金 満「こ、これに慣れろと?」
鞏 志「洛陽にも、変な方は大勢いたと思いますが。
    例えば角が生えてる魏延将軍とか」
金 満「えっ!? あれは飾りじゃなかったんですか!?」
鞏 志「モノホンです。
    言えば触らせてもらえると思いますよ」
金 満「この軍は人外魔境なのか……」
鞏 志「他にも甘寧どのは変な髭をしておりますし、
    それ以外にも一癖も二癖もある者たちが揃ってます。
    まともな人を探す方が、反って難しいくらいです」
金 満「確かに甘寧どののあの髭はおかしい。
    気にしないようにはしていたが、
    あんな髭をしている人は普通いない」
鞏 志「繰り返し言いますが、これが金旋軍です。
    早く慣れてくださいませ」
金 満「慣れろと言われても……不安だ。
    この先、上手くやっていけるのだろうか」
鞏 志「大丈夫です、心配はいりません。
    何しろ、あの金旋さまのお子なのですから」
金 満「……褒められてる気が全くしないのは、
    一体何故なんだろう……」
鞏 志「彼らを『普通だ』などとは思わなくて結構です。
    実際に変なのですから。
    何事もないように対応できれば良いのです」

……ほぼ同時刻、洛陽では。

  魏延魏延   甘寧甘寧

魏 延ぶえっくし!
甘 寧「おやおや、風邪か?」
魏 延「誰かが噂をしてるだけだろう。
    私が風邪など引くものか」
甘 寧「フフフ、そうやって油断していると
    高熱を出して寝込むようになるぞ?
    無理を言わずに今日は帰って寝……
    ぶえっくしょい!
魏 延「おや、そちらこそ風邪ですかな」
甘 寧「ば、馬鹿を言うな。俺が風邪など、
    ふ、ふぁ……」
魏 延「ふぇ……」
二 人ぶぇくちゅん!

魏 延「……帰って寝るか」
甘 寧「……そうしよう。
    晩飯は栄養のあるものを取れよ」
魏 延「お前こそ寝冷えするなよ」

    ☆☆☆

3月下旬。
夷陵城塞より、永安攻撃部隊が出撃した。
霍峻が大将を務め、金満、鞏志、陳応、蔡瑁を連れ、
兵を3万5千ほど率いている。

 永安攻撃


  金満金満   霍峻霍峻

金 満「初陣か……緊張するな」
霍 峻「ご安心を。我らがしっかりと守ります。
    金満さまは戦を学ぶつもりで、
    後衛を固めてくだされば結構です」
金 満「はい、皆さんの戦いぶりを見ておきます。
    でも、永安を落とすつもりなら、
    もう少し兵を増やしても良かったのでは?」
霍 峻「確かに……。
    後ろを気にする必要はありませんから、
    全部連れてきてもいいくらいですが。
    しかし、鞏志どのの立案ですからなぁ」
金 満「何か他に意図があるのでしょうか」

   鞏志鞏志

鞏 志「それは、配慮ですよ」
金 満「鞏志どの。……配慮とは?」
鞏 志「饗援は益州全てを自分が支配したいと思っている。
    そこへ、同盟国の立場である我らが、
    最初から全力で永安を攻めると……」
霍 峻「確かに、いい顔はしませんな」
鞏 志「永安が欲しくて攻めるのではなく、
    あくまで、劉璋軍という脅威を取り除くための
    戦いであると、そう思わせる必要があるのです」
金 満「……しかし、結局は取るつもりなのでしょう?」
鞏 志「ええ、永安は江陵・襄陽へ繋がる要衝。
    これは是非我が軍が押さえる必要があります。
    しかし、なりふり構わず取るのと、
    結果的に我が軍が取ってしまうのとでは、
    饗援軍に与える印象が全く違うものになります」
金 満「むむ……なかなか難しいですね」
鞏 志「これが、政治というものなのです。
    覚えておいてくださいませ」

霍峻隊は、すぐに永安城に到着。
対する永安城は、太守の厳顔を筆頭に、
1万5千の兵が城に立て篭もっていた。

霍 峻「厳顔将軍! 城を明け渡し降伏なされよ!
    あなたほどの将が、暗愚な劉璋の元で
    朽ち果てることはない!」

   厳顔厳顔

厳 顔「ぶわっはっは! わ、笑わせおるわ!
    お、面白すぎて腹がよじれるわい!」

霍 峻「くっ……勧告は通じませんか。
    しかし、あそこまで拒絶するとは。
    ……全軍、攻撃開始!」

金 満「私には単に、
    『霍峻どのの見た目が面白くて笑ってる』
    というようにしか見えないんだけどなぁ」

金満のその呟きは、攻めかかる兵士たちの喊声に
かき消されてしまった。

部隊の後衛でしばらく戦いの状況を見ていた金満。
そこで城の様子を見た彼は、何かおかしいと感じた。

金 満「煙が見える……?
    こちらは火矢など撃ってはいないのに。
    何故だ? 敵が火を用意している……?」

ハッと気付いた金満は、指揮を執る霍峻の元に
伝令を走らせた。
その間にも、霍峻隊の兵は城へ押し寄せ、
攻撃を続けている。

守備の指揮を執る厳顔は、戦況を量っていた。
霍峻隊の兵が城壁近くに集まってきた頃、
彼は軍配を返し、号令を発した。

厳 顔「よし、今じゃ! 柴に火を掛けよ!」

城から一斉に放たれた火矢。
それらは城外に置かれていた柴の束に突き刺さり、
火はそこから地中に埋められた火薬に引火する。

地面から火柱がいくつも立ち登り、
その火や煙が兵たちの視界を遮った。

陳 応「火計だと!?」

前衛にいた陳応は、突然の火に混乱した。
だが、すぐに霍峻の使いが、彼の元に指示を届ける。

兵 A「霍峻さまの伝令です!
    城からの矢に気をつけつつ、
    風上に向かって移動をしてください!」
陳 応「おお、素早い対応だ、心得たぞ!」

火罠を食らった霍峻隊だったが、迅速な対応のお陰で、
被害を最小限に抑えることができた。
これには、罠の発動前に金満が察知したことも
大きく影響していたのである。

霍 峻「……金満さまの機転のお陰で助かった。
    冷静な判断力は、流石というべきか」

その当の金満は、手柄に驕ることなく、
貪欲に戦場から知識を吸収しようとしていた。

金 満「罠の発動はあのように行う……。
   それを完全に防ぐとなれば、今度は……」

金満は、兵法『罠』『罠破』を習得。
また、その後の戦いで味方の戦闘を観察し、
『斉射』『連射』も習得した。

兵法をひとつも持っていなかった男は、
初陣ですでに親の持つ兵法の数を超えたのだった。

    ☆☆☆

4月、洛陽。
この時、一人の将の訃報が入った。

   金旋金旋

金 旋「そうか、呂曠が病死か……。
    地味だったが、いい働きをしていたよな」

  韓遂韓遂   魏延魏延

韓 遂「はい。騎馬射撃の腕はなかなかでした。
    少しばかり地味でしたが」
魏 延「荊州統一戦線の頃からの同志ですからな。
    残念な男を亡くしました。
    地味ではありましたが」

呂曠。元曹操軍であったが、
襄陽近くの戦いで捕まった後は金旋軍に転向。
その後の金旋軍の屋台骨を支えてきた男である。
確かに、地味ではあったが。

   金玉昼金玉昼

金玉昼「地味だった呂曠さんの思い出話は後。
    で、もうひとつ報告だけど。
    教育課程を終えた文治さんが、
    将として登録されたにゃ」
金 旋「ぶんち? 誰それ?」
金玉昼「誰それって言われても……。
    抜擢された人だにゃ」
金 旋「そんなのいたっけ?
    誰に教育させたのかも覚えてないぞ」
魏 延「……あ、思い出しました。
    教育は下町娘が担当しておりました」
金 旋「え? なんで?」
魏 延「殿が桂陽に行かれた後で、
    下町娘が是非にと申したので……」
金 旋「お前、それじゃ大して使い物にならんだろ」
魏 延「まあ、それはそうですが。
    殿も担当決めを忘れて出て行かれた位だし、
    適当でいいかと思いまして……」
金 旋「確かに、さっぱりと失念してたけどな。
    まあいいや、適当に末席に入れとけ」
金玉昼「てきとーだにゃ〜。
    あ、ちなみに能力は、統率63、
    武力36、知力71、政治60……」
金 旋「……ああ、もういい、言わんでいい。
    ま、適当に禄を与えてだな、
    適当な仕事を回してやってくれ」
金玉昼「はーい」

金旋たちは知らなかった。
文治が、彼らの話を聞いていたことを。

文 治「……ひ、ひどい!
    私は、こんな扱いを受けるために、
    そのために将になったというのか!
    もっとまともな教育さえ受けられれば……。
    くっ……くそっ……」

文治はこの後、5月には金旋軍を出奔。
在野に下ってしまうのだった。
だが、金旋は大した問題にもせず、
すぐにこのことを頭から消してしまうのだった。

しかし金旋たちは知らなかった。
彼には、彼しかないものを持っていたことを。

このまま、彼は歴史の影に埋もれてしまうのか。
それとも、新たな立場を得て再び現れるのか。
この時点では、まだ誰も知らない。

次回につづく。


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