216年7月
7月。
金旋は自ら軍を率いて、頓丘を目指す。
一行は、まず孟津港へと向かった。
金旋
下町娘
金 旋「孟津から黄河を下る。
そして官渡、次いで白馬港を落とす。
白馬から上陸後、そこから頓丘を目指す。
今のところはこういう予定だ」
下町娘「黄河を……ってことは船旅になりますね」
金 旋「うむ。ああ、孟津の朱桓からの連絡では、
最新鋭の艦が竣工したらしい。
それに乗っていくぞ」
下町娘「最新鋭ですかぁ。いいですねえ」
金旋一行は孟津港に到着。
彼らは、守備大将の朱桓の案内で、
艦隊の旗艦となる最新鋭艦のところに向かう。
期待に胸を膨らませていた金旋らは、
『それ』を目の前にした瞬間、言葉を失った。
下町娘
金玉昼
下町娘「うわぁ」
金玉昼「はぁ」
鞏恋
燈艾
鞏 恋「こりゃすごいね」
燈 艾「なんともはや……」
金旋
朱桓
金 旋「こ、これが、最新鋭艦……?」
朱 桓「はっ! 我が軍の技術の粋を集めて完成した、
試作新造艦『スワン号』にございます!」
ズドォーン
金 旋「これのどこが新造艦だ!
どう見ても、ただのボートじゃねーか!」
朱 桓「な、何をおっしゃいますか!
推進に手漕ぎしか使えなかったこれまでと違い、
足でペダルを回すことにより推進する!
まさに画期的で斬新な技術を取り入れた、
正真正銘の新造艦にございます!」
金 旋「たとえ手漕ぎが足漕ぎになっても、
これがボートなのには変わりないぞ。
新造艦はかなりの人数が乗れたはずだ。
これじゃ二人か三人しか乗れねーだろうが」
朱 桓「……くっ、よく気付かれました。流石は殿!」
金 旋「おちょくってんのか、お前は。
で? ホンモノはどこにあるんだよ」
朱 桓「はっ……、それが……。
実は、新造艦は焼失してしまいまして……」
金 旋「なにっ、どうしてだ?」
朱 桓「は、つい先日、曹操軍の間者に焼かれまして。
殿がご機嫌を悪くされぬように、
急遽、これを代わりとして用意したのです」
金 旋「なるほどな……。しかしなー。
こんなので誤魔化せると思われたことの方が、
機嫌悪くするけどな」
朱 桓「はっ、申し訳ございませんでした」
金 旋「新造でなくても構わんから、別なの用意しろ。
流石にスワンで黄河を下る気にはならん」
朱 桓「では、あちらの艦を使ってくださいますよう。
若干古めではありますが」
金 旋「ほう、ちょっと形は変だが……。
しかし、スワンよりは百倍マシだろう。
全く、最初からこれを用意しとけよ」
朱 桓「申し訳ございません」
金旋は、用意された旗艦『おじゃる丸』に乗り込んだ。
他の将兵も、用意された船にそれぞれ乗り込む。
準備の整った金旋艦隊は孟津港を出て、
黄河を下り始めた。
☆☆☆
洛陽の北、ヘイ州にある都市、上党。
夏頃に曹操が下[丕β]へ向かった後には、
代わりに夏侯惇が太守を務めていた。
そしてその参謀役を務めるは、あの男。
諸葛亮
諸葛亮「どうやら、孟津港の焼き討ちは成功したようだな」
間 者「はっ。指揮を執った関索様のお陰にございます。
敵軍の新造艦も焼き捨てて参りました」
諸葛亮「それは重畳……。流石は関索だな。
関羽将軍のご子息だけのことはある。
虎の子は虎であるようだな」
間 者「はっ、誠に頼もしい限り。
ですが少々、気になることが……」
諸葛亮「気になること?」
間 者「金旋の指揮する部隊、およそ5万が孟津港に入り、
艦隊を組み、黄河を下り始めた模様です」
諸葛亮「金旋自らが指揮?」
間 者「はっ。どういう意図かはわかりませぬが……」
諸葛亮「ふむう……承知した。
ご苦労、下がって休むように」
間 者「はっ」
諸葛亮「……どういうことだ?
先の潘憲の伝えた言葉が正しいならば、
金旋はそう無理は出来ぬはず……。
それでもなお、自ら部隊を率いて出陣するとは」
諸葛亮には、その答えはまだ見つけられなかった。
ひとまず曹操へ知らせると共に、情報収集を行い、
金旋の意図を探るつもりであった……。
諸葛亮「何にせよ、もうしばらくは様子を見るべきか。
今の金旋軍の兵力は脅威……。
うかつに手は出せん」
☆☆☆
さて、金旋艦隊は黄河を降り、官渡港の側まで来ていた。
しかしここに来て、金旋に異変が起こる。
それに最初に気付いたのは、側にいた下町娘であった。
金旋
下町娘
下町娘「……金旋さま? どうかしたんですか?」
金 旋「い、いや……なんでもない」
下町娘「なんでもないって顔じゃないですよ。
とっても具合悪そうに見えます」
金 旋「そ、そんなことは……ぐっ」
下町娘「えっ……も、もしやもう!?」
金 旋「ぐ、ぐはあ……っ!」
下町娘「き、金旋さまっ!?」
すでに金旋は限界だった。
なんとか気力で持たせていたのだが、
もはや、それさえ尽きかけていたのである。
グエロエロエロ……
金旋はゲ……もとい。
お好み焼きを焼く前の素みたいなものを、
口から吐き出した。
ようするに、船酔いである。
下町娘「……な、なーんだ。びっくりしたー。
はぁ、心配して損した」
金 旋「そ、損した、じゃないだろ……。
そんなことより、み、水くれぇ」
下町娘「はいはい、今持ってきますから。
ちょっと待っ……あれ、鞏恋ちゃん?」
鞏恋
鞏 恋「はい、水」
金 旋「お、おう……すまんな。
んっ……ごくごく……ぶはっ!?
な、なんだ、このまずい水は!?」
鞏 恋「黄河の水をそのまんま汲んだやつだけど」
金 旋「そ、そんなもん飲ますな!」
鞏 恋「飲み水だなんて一言も言ってないよ」
金 旋「お、おのれは……」
金玉昼
金玉昼「ちちうえ!」
金 旋「おお、玉。聞いてくれ、鞏恋が……」
金玉昼「悠長になに遊んでるにゃ!
官渡港はもう目の前にゃ!」
金 旋「ひ、ひどい……話くらい聞いてくれよ」
下町娘「それよりも、指揮執ってくださいよ。
もう戦闘が始まりますよ」
鞏 恋「そうそう。私もそれを言いにきた」
金 旋「だったら早く言ってくれよ……全く。
総員、戦闘準備! 官渡港を落とせ!」
金旋艦隊は、ほとんど兵のいない官渡港に襲い掛かった。
ほどなくして官渡は陥落。
その後、金旋艦隊は一時官渡港に駐留する。
☆☆☆
徐州は小沛の南に位置する、彭城の地。
丁度、寿春と小沛の中間地点に当たる。
この地を、曹操率いる部隊が行軍していた。
曹操
曹 操「……金旋が官渡を落としただと?」
間 者「はっ。官渡に一時留まっておりますが、
艦隊に水・食料を積み直しておりますれば、
近いうちにまた出撃するかと」
曹 操「……どういうことだ?
このような作戦、どのような利がある?
そして、次はどこへ行くというのか……」
曹仁
曹 仁「手薄な港を落としていくつもりでは?」
曹 操「そうは思えんが……それが目的なら、
金旋自ら出てくる必要はない」
曹 仁「なるほど、確かに」
許猪
許 猪「俺が思うに、金旋は行きたいとこがあるんだぁ。
冀州のほうは、いい温泉があるからなぁ〜。
ああ〜、温泉いいよなぁ〜」
曹 操「許猪、少し黙っててくれ。
……虎牢関を避け、水路で官渡に入った。
そしてさらに出撃する予定……。
しかも、金旋自らが大将……。
まるで『俺を狙え』と言っているような……」
許 猪「あー、とのー。虎牢関からの使いだぞー」
曹 操「虎牢関から?」
使 者「申し上げます!
現在、洛陽からの司馬懿・郭淮隊に攻められ、
虎牢関は苦境に陥っております!
大将の曹彰様以下、皆奮闘しておりますが、
このままでは陥落は時間の問題!
是非、援軍をお送りくださいますよう!」
曹 操「虎牢関が攻められた……金旋のいない間に。
……そうか、読めたぞ。金旋は囮だ。
我々が金旋に気を取られている隙に、
別働隊が虎牢関を落とす算段だ」
曹 仁「なるほど、流石は閣下」
許 猪「うーん、そうかなぁ〜」
曹 操「虎牢関に援軍を送るよう、各都市に指示を出せ。
金旋隊は放っておけばよい。
どうせ大した被害は出ぬはずだ」
使 者「ははっ!」
曹操は虎牢関への援軍を指示。
自らの部隊は行軍を続け、近付いてくる孫権軍の
陸遜隊と交戦を開始した。
曹 操「敵を蹴散らせ! 寿春の兵は少ない、
ここを抜けば彼の地は取り戻したも同然だ!」
曹操軍と孫権軍のこの一帯を巡る小競り合いは、
一進一退のまま、ずっと続いていた。
曹操隊は優勢に戦いを進め、陸遜隊を打ち破る。
その後、寿春へと攻撃を仕掛けるのだった。
☆☆☆
金旋が官渡を落とすのと同じ頃。
洛陽から司馬懿・郭淮の隊、総勢9万の部隊が出撃。
彼らはすぐ東の虎牢関に襲い掛かった。
司馬懿
徐庶
司馬懿「守備兵は2万。対して我らは9万。
いくら曹彰・曹洪などの良将がいたとしても、
この差を埋めることは不可能……」
徐 庶「確かにそうだな。
しかし、魏延や甘寧らを残すことはなかったんじゃ?
特に魏延に関しては、ボスが『使え』って
言ってただろうが」
司馬懿「そうですね……。
ですが、まだ彼らの出番ではありません」
徐 庶「ん……? これから出番が来るってのか?」
司馬懿「ええ、虎牢関の状況が周辺の都市に伝われば……。
その時が、彼らの出番です」
徐 庶「ははあ、そういうことか。
敵の援軍を呼び寄せ、しかしそいつらが来る前に
虎牢関を落とす……。そのための切り札か」
司馬懿「そういうことです」
徐 庶「……で、それを魏延は知ってるのか?」
司馬懿「いいえ、知らせておりませんが」
徐 庶「まーたふて腐れてるぞ、あのおっさん」
司馬懿「ふふ、良いではないですか。
その方が余計に戦場で暴れてくれるというもの」
徐 庶「やれやれ」
司馬懿・郭淮の両隊は、一定の攻撃は仕掛けつつも、
全力を以って攻めることはしなかった。
全ては、増援部隊を虎牢関に引き寄せるための策であった。
そうとも知らず、近隣の都市から虎牢関へ向けて
増援の部隊が向かっていった。
濮陽や小沛、汝南、陳留など……。
だが、それらの隊が虎牢関に入ることはなかった。
魏延
甘寧
金閣寺
魏 延「魏延隊見参!
歯向かう奴らは皆ハリネズミにしてやるぞ!」
甘 寧「おうおう、張り切ってるな」
魏 延「やかましい! お前こそ手を抜くなよ!」
甘 寧「ふん、誰にものを言ってる。
……金閣寺どの、そちらも良いですな?」
金閣寺「はい、いつでも」
魏延・甘寧・金閣寺に率いられた部隊、総勢11万。
それらの部隊が全て井蘭を備え、櫓の上から矢を射掛ける。
このような部隊が援軍に来ては、堅牢な虎牢関といえども、
10日も持たずに落ちるのはしょうがないところだった。
李通
李 通「もうすぐ虎牢関だ……むっ?」
敗残兵「申し上げます。虎牢関は陥落いたしました」
李 通「なにっ、それは本当か?
援軍要請から、まだ半月も経っておらんぞ」
敗残兵「はっ……曹彰さま以下、皆奮戦いたしましたが、
敵は井蘭の部隊を大量に用い、矢の雨を降らせ……」
李 通「そうか……。間に合わなかったか。
曹彰さまはどうした? 無事なのか?」
敗残兵「はい、曹彰さま、曹洪さまは脱出に成功し、
陳留に向かっているようです。
しかし、張苞・周倉といった方々は捕まり……」
李 通「ああ、別にかまわん、そんな奴らは。
譜代の臣が無事ならばどうとでもなる」
敗残兵「は、はっ」
李 通「しかし、ここまで来て目の前で陥落か。
我らだけで攻めるわけにもいかんしな。
……悔しいが退却だ! 反転せよ!」
虎牢関の目の前まで来ていた増援の各部隊は、
虎牢関の陥落の報を受け、皆、戻っていった。
この虎牢関の戦いこそが陽動であった、
などと全く思うことなく……。
☆☆☆
官渡港を陥落させた金旋は、すぐ準備を整え
白馬港に向けて艦隊を出撃させた。
官渡と同じように守りの薄い白馬港を落とし、
そこから陸路で頓丘を目指すはずだった。
だが、状況は以前とは変わっていた。
金旋
下町娘
金 旋「……なんで白馬に兵がいるんだ?」
下町娘「そんな、私に聞かれてもー」
白馬港には守備兵が2万入っていた。
そして大将は……。
張飛
張 飛「はーっはっは!
こんなところまでご苦労なこったな金旋!
しかし、この港を渡すわけには行かねえ!」
下町娘「あー。虎髭のおじさんー」
金 旋「むむ……張飛か。
ここを落とすには骨が折れそうだな」
金玉昼
鞏恋
金玉昼「確かに……ちちうえが大将だし」
鞏 恋「大苦戦するね、確実に」
金 旋「わ、悪かったな……。
玉、ここはどうすればいい?」
金玉昼「別に、ここを落とすのが目的じゃないし。
ここはスルーして川を下りまひる」
金 旋「……スルーしていいの?」
金玉昼「おっけーにゃ」
金 旋「じゃ、そうしよう。
方向を変えろ! 下流に向かうぞ!」
張 飛「えっ、ちょ、ちょっと待て!
逃げる気か! 俺と、俺と戦えーっ!」
金 旋「港は渡さないんだろー?
それなら他を当たるからいいぞー」
張 飛「い、いや、確かに渡さんとは言ったが……。
実際に戦えばどうなるかわからんし……。
だから戦え! 戦わんとわからんだろ!」
金 旋「やなこったー。それじゃーなー」
張 飛「ま、待てーっ! 頼む、戦ってくれーっ!」
金 旋「じゃーなー」
下町娘「さよーならー」
金玉昼「ばいばーい」
鞏 恋「アホひげー」
張 飛「待て! 待たんかあーっ!」
わめく張飛を残し、艦隊は下流へと向かった。
☆☆☆
時は9月。
場所は、揚州の南西に位置する柴桑。
この地にて、孫権は兵を徴兵し、訓練を重ねていた。
孫権
周瑜
孫 権「それなりに数は揃ったが……まだまだだな。
もっともっと兵力が必要だ」
周 瑜「戦は数ばかりではありませんぞ、我が君。
天の時、地の利、他にも戦術などいろいろ……」
孫 権「ああ、わかっておる、わかっておる。
お前の言うことはいつも決まっておるな、全く」
周 瑜「これも我が君を天下人にするためにございますれば」
孫 権「しかしな、天下人になるには、
天下人に近い奴の上に行かねばならんのだぞ」
周 瑜「金旋ですな……。確かに彼の軍は強いでしょう。
しかし、彼も曹操も、すでに老いております。
機会はいずれ訪れます。今は雌伏の時……」
孫 権「わしとて老いるのだぞ。そして、お主もな」
周 瑜「座して待つわけではありません。
力を蓄えつつ、時を待つのです」
孫 権「言いたいことは判るがな……。
そうだ、金旋といえばだ。
最近、おかしな動きを見せとるそうだな」
周 瑜「単独部隊で曹操領に侵攻しておるそうで。
黄河を下り、高唐港を落としたそうです」
8月、金旋艦隊は高唐港を陥落させた。
この報は、南の孫権軍にも届いていたのだった。
孫 権「高唐……平原の近くだな。
そんなところまで行って、何をする気だ」
周 瑜「真意はつかめませんが……。
何か、焦っているように思えます」
孫 権「焦る? 何をだ?」
周 瑜「詳細はわかりません」
孫 権「なんじゃ、それでは何も掴めんだろう」
周 瑜「しかし、焦りは失敗を生みやすいもの。
我々の転機が、そこから生まれるやもしれません」
孫 権「……わからんな、お主の話は漠然としすぎる。
もう少しわかりやすい話はできんのか」
周 瑜「むかーしむかし、あるところにおじいさんと……」
孫 権「誰がおとぎ話を話せと言った!」
周 瑜「では、実際にあった怖い話などは……」
孫 権「全力で却下する!」
周 瑜「全く、我が君は何をどうしたいのですか」
孫 権「そりゃこっちの台詞じゃい!」
孫権軍は寿春で曹操軍を向かえ撃ちながら、
柴桑・廬江などに20万近くの兵力を蓄えていた。
この兵力は一体何のためなのか……。
曹操軍が兵力を減らしていく中、孫権軍の動向から
目が離せなくなってきていた。
曹操、孫権……それぞれの思惑。
そして、頓丘へ向かう金旋。
最後に笑うのは誰なのか?
次回へ続く。
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