○ 第七十六章 「頓丘への道〜Road to Tonkyu〜」 ○ 
216年7月

金旋軍

7月。
金旋は自ら軍を率いて、頓丘を目指す。
一行は、まず孟津港へと向かった。

  金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「孟津から黄河を下る。
    そして官渡、次いで白馬港を落とす。
    白馬から上陸後、そこから頓丘を目指す。
    今のところはこういう予定だ」
下町娘「黄河を……ってことは船旅になりますね」
金 旋「うむ。ああ、孟津の朱桓からの連絡では、
    最新鋭の艦が竣工したらしい。
    それに乗っていくぞ」
下町娘「最新鋭ですかぁ。いいですねえ」

金旋一行は孟津港に到着。
彼らは、守備大将の朱桓の案内で、
艦隊の旗艦となる最新鋭艦のところに向かう。
期待に胸を膨らませていた金旋らは、
『それ』を目の前にした瞬間、言葉を失った。

  下町娘下町娘  金玉昼金玉昼

下町娘「うわぁ」
金玉昼「はぁ」

  鞏恋鞏恋   トウ艾燈艾

鞏 恋「こりゃすごいね」
燈 艾「なんともはや……」

  金旋金旋   朱桓朱桓

金 旋「こ、これが、最新鋭艦……?」
朱 桓「はっ! 我が軍の技術の粋を集めて完成した、
    試作新造艦『スワン号』にございます!」

スワン号
 ズドォーン

金 旋「これのどこが新造艦だ!
    どう見ても、ただのボートじゃねーか!」
朱 桓「な、何をおっしゃいますか!
    推進に手漕ぎしか使えなかったこれまでと違い、
    足でペダルを回すことにより推進する!
    まさに画期的で斬新な技術を取り入れた、
    正真正銘の新造艦にございます!」
金 旋「たとえ手漕ぎが足漕ぎになっても、
    これがボートなのには変わりないぞ。
    新造艦はかなりの人数が乗れたはずだ。
    これじゃ二人か三人しか乗れねーだろうが」
朱 桓「……くっ、よく気付かれました。流石は殿!」
金 旋「おちょくってんのか、お前は。
    で? ホンモノはどこにあるんだよ」
朱 桓「はっ……、それが……。
    実は、新造艦は焼失してしまいまして……」
金 旋「なにっ、どうしてだ?」
朱 桓「は、つい先日、曹操軍の間者に焼かれまして。
    殿がご機嫌を悪くされぬように、
    急遽、これを代わりとして用意したのです」
金 旋「なるほどな……。しかしなー。
    こんなので誤魔化せると思われたことの方が、
    機嫌悪くするけどな」
朱 桓「はっ、申し訳ございませんでした」
金 旋「新造でなくても構わんから、別なの用意しろ。
    流石にスワンで黄河を下る気にはならん」
朱 桓「では、あちらの艦を使ってくださいますよう。
    若干古めではありますが」
金 旋「ほう、ちょっと形は変だが……。
    しかし、スワンよりは百倍マシだろう。
    全く、最初からこれを用意しとけよ」
朱 桓「申し訳ございません」

金旋は、用意された旗艦『おじゃる丸』に乗り込んだ。
他の将兵も、用意された船にそれぞれ乗り込む。

準備の整った金旋艦隊は孟津港を出て、
黄河を下り始めた。

    ☆☆☆

洛陽の北、ヘイ州にある都市、上党。
夏頃に曹操が下[丕β]へ向かった後には、
代わりに夏侯惇が太守を務めていた。

上党

そしてその参謀役を務めるは、あの男。

   諸葛亮諸葛亮

諸葛亮「どうやら、孟津港の焼き討ちは成功したようだな」
間 者「はっ。指揮を執った関索様のお陰にございます。
    敵軍の新造艦も焼き捨てて参りました」
諸葛亮「それは重畳……。流石は関索だな。
    関羽将軍のご子息だけのことはある。
    虎の子は虎であるようだな」
間 者「はっ、誠に頼もしい限り。
    ですが少々、気になることが……」
諸葛亮「気になること?」
間 者「金旋の指揮する部隊、およそ5万が孟津港に入り、
    艦隊を組み、黄河を下り始めた模様です」
諸葛亮「金旋自らが指揮?」
間 者「はっ。どういう意図かはわかりませぬが……」
諸葛亮「ふむう……承知した。
    ご苦労、下がって休むように」
間 者「はっ」

諸葛亮「……どういうことだ?
    先の潘憲の伝えた言葉が正しいならば、
    金旋はそう無理は出来ぬはず……。
    それでもなお、自ら部隊を率いて出陣するとは」

諸葛亮には、その答えはまだ見つけられなかった。
ひとまず曹操へ知らせると共に、情報収集を行い、
金旋の意図を探るつもりであった……。

諸葛亮「何にせよ、もうしばらくは様子を見るべきか。
    今の金旋軍の兵力は脅威……。
    うかつに手は出せん」

    ☆☆☆

さて、金旋艦隊は黄河を降り、官渡港の側まで来ていた。

官渡港近く

しかしここに来て、金旋に異変が起こる。
それに最初に気付いたのは、側にいた下町娘であった。

  金旋金旋   下町娘下町娘

下町娘「……金旋さま? どうかしたんですか?」
金 旋「い、いや……なんでもない」
下町娘「なんでもないって顔じゃないですよ。
    とっても具合悪そうに見えます」
金 旋「そ、そんなことは……ぐっ」
下町娘「えっ……も、もしやもう!?」
金 旋「ぐ、ぐはあ……っ!」
下町娘「き、金旋さまっ!?」

すでに金旋は限界だった。
なんとか気力で持たせていたのだが、
もはや、それさえ尽きかけていたのである。

 グエロエロエロ……

金旋はゲ……もとい。
お好み焼きを焼く前の素みたいなものを、
口から吐き出した。

ようするに、船酔いである。

下町娘「……な、なーんだ。びっくりしたー。
    はぁ、心配して損した」
金 旋「そ、損した、じゃないだろ……。
    そんなことより、み、水くれぇ」
下町娘「はいはい、今持ってきますから。
    ちょっと待っ……あれ、鞏恋ちゃん?」

   鞏恋鞏恋

鞏 恋「はい、水」
金 旋「お、おう……すまんな。
    んっ……ごくごく……ぶはっ!?
    な、なんだ、このまずい水は!?」
鞏 恋「黄河の水をそのまんま汲んだやつだけど」
金 旋「そ、そんなもん飲ますな!」
鞏 恋「飲み水だなんて一言も言ってないよ」
金 旋「お、おのれは……」

   金玉昼金玉昼

金玉昼「ちちうえ!」
金 旋「おお、玉。聞いてくれ、鞏恋が……」
金玉昼「悠長になに遊んでるにゃ!
    官渡港はもう目の前にゃ!」
金 旋「ひ、ひどい……話くらい聞いてくれよ」
下町娘「それよりも、指揮執ってくださいよ。
    もう戦闘が始まりますよ」
鞏 恋「そうそう。私もそれを言いにきた」
金 旋「だったら早く言ってくれよ……全く。
    総員、戦闘準備! 官渡港を落とせ!」

金旋艦隊は、ほとんど兵のいない官渡港に襲い掛かった。
ほどなくして官渡は陥落。
その後、金旋艦隊は一時官渡港に駐留する。

    ☆☆☆

徐州は小沛の南に位置する、彭城の地。
丁度、寿春と小沛の中間地点に当たる。
この地を、曹操率いる部隊が行軍していた。

彭城付近

   曹操曹操

曹 操「……金旋が官渡を落としただと?」
間 者「はっ。官渡に一時留まっておりますが、
    艦隊に水・食料を積み直しておりますれば、
    近いうちにまた出撃するかと」
曹 操「……どういうことだ?
    このような作戦、どのような利がある?
    そして、次はどこへ行くというのか……」

   曹仁曹仁

曹 仁「手薄な港を落としていくつもりでは?」
曹 操「そうは思えんが……それが目的なら、
    金旋自ら出てくる必要はない」
曹 仁「なるほど、確かに」

   許猪許猪

許 猪「俺が思うに、金旋は行きたいとこがあるんだぁ。
    冀州のほうは、いい温泉があるからなぁ〜。
    ああ〜、温泉いいよなぁ〜」
曹 操「許猪、少し黙っててくれ。
    ……虎牢関を避け、水路で官渡に入った。
    そしてさらに出撃する予定……。
    しかも、金旋自らが大将……。
    まるで『俺を狙え』と言っているような……」
許 猪「あー、とのー。虎牢関からの使いだぞー」
曹 操「虎牢関から?」

使 者「申し上げます!
    現在、洛陽からの司馬懿・郭淮隊に攻められ、
    虎牢関は苦境に陥っております!
    大将の曹彰様以下、皆奮闘しておりますが、
    このままでは陥落は時間の問題!
    是非、援軍をお送りくださいますよう!」
曹 操「虎牢関が攻められた……金旋のいない間に。
    ……そうか、読めたぞ。金旋は囮だ。
    我々が金旋に気を取られている隙に、
    別働隊が虎牢関を落とす算段だ」
曹 仁「なるほど、流石は閣下」
許 猪「うーん、そうかなぁ〜」
曹 操「虎牢関に援軍を送るよう、各都市に指示を出せ。
    金旋隊は放っておけばよい。
    どうせ大した被害は出ぬはずだ」
使 者「ははっ!」

曹操は虎牢関への援軍を指示。
自らの部隊は行軍を続け、近付いてくる孫権軍の
陸遜隊と交戦を開始した。

曹 操「敵を蹴散らせ! 寿春の兵は少ない、
    ここを抜けば彼の地は取り戻したも同然だ!」

曹操軍と孫権軍のこの一帯を巡る小競り合いは、
一進一退のまま、ずっと続いていた。
曹操隊は優勢に戦いを進め、陸遜隊を打ち破る。
その後、寿春へと攻撃を仕掛けるのだった。

    ☆☆☆

金旋が官渡を落とすのと同じ頃。
洛陽から司馬懿・郭淮の隊、総勢9万の部隊が出撃。
彼らはすぐ東の虎牢関に襲い掛かった。

虎牢関

  司馬懿司馬懿   徐庶徐庶

司馬懿「守備兵は2万。対して我らは9万。
    いくら曹彰・曹洪などの良将がいたとしても、
    この差を埋めることは不可能……」
徐 庶「確かにそうだな。
    しかし、魏延や甘寧らを残すことはなかったんじゃ?
    特に魏延に関しては、ボスが『使え』って
    言ってただろうが」
司馬懿「そうですね……。
    ですが、まだ彼らの出番ではありません」
徐 庶「ん……? これから出番が来るってのか?」
司馬懿「ええ、虎牢関の状況が周辺の都市に伝われば……。
    その時が、彼らの出番です」
徐 庶「ははあ、そういうことか。
    敵の援軍を呼び寄せ、しかしそいつらが来る前に
    虎牢関を落とす……。そのための切り札か」
司馬懿「そういうことです」
徐 庶「……で、それを魏延は知ってるのか?」
司馬懿「いいえ、知らせておりませんが」
徐 庶「まーたふて腐れてるぞ、あのおっさん」
司馬懿「ふふ、良いではないですか。
    その方が余計に戦場で暴れてくれるというもの」
徐 庶「やれやれ」

司馬懿・郭淮の両隊は、一定の攻撃は仕掛けつつも、
全力を以って攻めることはしなかった。
全ては、増援部隊を虎牢関に引き寄せるための策であった。

そうとも知らず、近隣の都市から虎牢関へ向けて
増援の部隊が向かっていった。
濮陽や小沛、汝南、陳留など……。
だが、それらの隊が虎牢関に入ることはなかった。

 魏延魏延  甘寧甘寧  金閣寺金閣寺

魏 延「魏延隊見参!
    歯向かう奴らは皆ハリネズミにしてやるぞ!」
甘 寧「おうおう、張り切ってるな」
魏 延「やかましい! お前こそ手を抜くなよ!」
甘 寧「ふん、誰にものを言ってる。
    ……金閣寺どの、そちらも良いですな?」
金閣寺「はい、いつでも」

魏延・甘寧・金閣寺に率いられた部隊、総勢11万。
それらの部隊が全て井蘭を備え、櫓の上から矢を射掛ける。
このような部隊が援軍に来ては、堅牢な虎牢関といえども、
10日も持たずに落ちるのはしょうがないところだった。

   李通李通

李 通「もうすぐ虎牢関だ……むっ?」
敗残兵「申し上げます。虎牢関は陥落いたしました」
李 通「なにっ、それは本当か?
    援軍要請から、まだ半月も経っておらんぞ」
敗残兵「はっ……曹彰さま以下、皆奮戦いたしましたが、
    敵は井蘭の部隊を大量に用い、矢の雨を降らせ……」
李 通「そうか……。間に合わなかったか。
    曹彰さまはどうした? 無事なのか?」
敗残兵「はい、曹彰さま、曹洪さまは脱出に成功し、
    陳留に向かっているようです。
    しかし、張苞・周倉といった方々は捕まり……」
李 通「ああ、別にかまわん、そんな奴らは。
    譜代の臣が無事ならばどうとでもなる」
敗残兵「は、はっ」
李 通「しかし、ここまで来て目の前で陥落か。
    我らだけで攻めるわけにもいかんしな。
    ……悔しいが退却だ! 反転せよ!」

虎牢関の目の前まで来ていた増援の各部隊は、
虎牢関の陥落の報を受け、皆、戻っていった。

この虎牢関の戦いこそが陽動であった、
などと全く思うことなく……。

    ☆☆☆

官渡港を陥落させた金旋は、すぐ準備を整え
白馬港に向けて艦隊を出撃させた。
官渡と同じように守りの薄い白馬港を落とし、
そこから陸路で頓丘を目指すはずだった。

だが、状況は以前とは変わっていた。

  金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「……なんで白馬に兵がいるんだ?」
下町娘「そんな、私に聞かれてもー」

白馬港には守備兵が2万入っていた。
そして大将は……。

   張飛張飛

張 飛「はーっはっは!
    こんなところまでご苦労なこったな金旋!
    しかし、この港を渡すわけには行かねえ!」

下町娘「あー。虎髭のおじさんー」
金 旋「むむ……張飛か。
    ここを落とすには骨が折れそうだな」

  金玉昼金玉昼  鞏恋鞏恋

金玉昼「確かに……ちちうえが大将だし」
鞏 恋「大苦戦するね、確実に」
金 旋「わ、悪かったな……。
    玉、ここはどうすればいい?」
金玉昼「別に、ここを落とすのが目的じゃないし。
    ここはスルーして川を下りまひる」
金 旋「……スルーしていいの?」
金玉昼「おっけーにゃ」
金 旋「じゃ、そうしよう。
    方向を変えろ! 下流に向かうぞ!」

張 飛「えっ、ちょ、ちょっと待て!
    逃げる気か! 俺と、俺と戦えーっ!」
金 旋「港は渡さないんだろー?
    それなら他を当たるからいいぞー」
張 飛「い、いや、確かに渡さんとは言ったが……。
    実際に戦えばどうなるかわからんし……。
    だから戦え! 戦わんとわからんだろ!」
金 旋「やなこったー。それじゃーなー」
張 飛「ま、待てーっ! 頼む、戦ってくれーっ!」

金 旋「じゃーなー」
下町娘「さよーならー」
金玉昼「ばいばーい」
鞏 恋「アホひげー」

張 飛「待て! 待たんかあーっ!」

わめく張飛を残し、艦隊は下流へと向かった。

白馬港スルー

    ☆☆☆

時は9月。
場所は、揚州の南西に位置する柴桑。

ミニマップ

この地にて、孫権は兵を徴兵し、訓練を重ねていた。

  孫権孫権   周瑜周瑜

孫 権「それなりに数は揃ったが……まだまだだな。
    もっともっと兵力が必要だ」
周 瑜「戦は数ばかりではありませんぞ、我が君。
    天の時、地の利、他にも戦術などいろいろ……」
孫 権「ああ、わかっておる、わかっておる。
    お前の言うことはいつも決まっておるな、全く」
周 瑜「これも我が君を天下人にするためにございますれば」
孫 権「しかしな、天下人になるには、
    天下人に近い奴の上に行かねばならんのだぞ」
周 瑜「金旋ですな……。確かに彼の軍は強いでしょう。
    しかし、彼も曹操も、すでに老いております。
    機会はいずれ訪れます。今は雌伏の時……」
孫 権「わしとて老いるのだぞ。そして、お主もな」
周 瑜「座して待つわけではありません。
    力を蓄えつつ、時を待つのです」
孫 権「言いたいことは判るがな……。
    そうだ、金旋といえばだ。
    最近、おかしな動きを見せとるそうだな」
周 瑜「単独部隊で曹操領に侵攻しておるそうで。
    黄河を下り、高唐港を落としたそうです」

8月、金旋艦隊は高唐港を陥落させた。
この報は、南の孫権軍にも届いていたのだった。

孫 権「高唐……平原の近くだな。
    そんなところまで行って、何をする気だ」
周 瑜「真意はつかめませんが……。
    何か、焦っているように思えます」
孫 権「焦る? 何をだ?」
周 瑜「詳細はわかりません」
孫 権「なんじゃ、それでは何も掴めんだろう」
周 瑜「しかし、焦りは失敗を生みやすいもの。
    我々の転機が、そこから生まれるやもしれません」
孫 権「……わからんな、お主の話は漠然としすぎる。
    もう少しわかりやすい話はできんのか」
周 瑜「むかーしむかし、あるところにおじいさんと……」
孫 権「誰がおとぎ話を話せと言った!」
周 瑜「では、実際にあった怖い話などは……」
孫 権「全力で却下する!」
周 瑜「全く、我が君は何をどうしたいのですか」
孫 権「そりゃこっちの台詞じゃい!」

孫権軍は寿春で曹操軍を向かえ撃ちながら、
柴桑・廬江などに20万近くの兵力を蓄えていた。
この兵力は一体何のためなのか……。
曹操軍が兵力を減らしていく中、孫権軍の動向から
目が離せなくなってきていた。

曹操、孫権……それぞれの思惑。
そして、頓丘へ向かう金旋。
最後に笑うのは誰なのか?

次回へ続く。

[第七十五章へ戻る<]  [三国志TOP]  [>第七十七章へ進む]