○ 第七十二章 「俺の魂の叫びだ!」 ○ 
216年3月

洛陽周辺

金旋軍は洛陽に入った。
これはすなわち、これまで中央政権を牛耳っていた曹操に
代わり、金旋が朝廷の実権を握ったということである。

金旋は入場後、すぐに後漢皇帝劉協に謁見。
漢帝室の存続と、漢の旗による中華統一を誓った。

  金旋金旋   献帝献帝

金 旋「この金旋、帝の御為、
    粉骨砕身働かせていただきます」
献 帝「うむ……金旋よ、頼りにしてるけんね」
金 旋「はっ、お任せを……けんね?」
献 帝「金旋、早速ではあるばってん、
   貴殿に頼みたいことがある」
金 旋「はっ、私にできることなら何なりと……。
   ……ばってん?」
献 帝「荊州の地はとても栄えていると聞くが、本当か?」
金 旋「はっ。襄陽、江陵。そして私が旗揚げした武陵。
    今はかなりの繁栄を見せております」
献 帝「左様か……。
    朕は洛陽の他、陳留、許昌や長安は見たが、
    荊州の都市は一度も見たことがない。
    しばらく遊びに行ってくることにする。
    というわけで、後のことを任せるぞ」
金 旋「ええっ!? いや、任せたと言われましても!」
献 帝「朕の身ならば心配せずともよいぞ。
    また、朕の代わりに影武者を置いておく。
    政務の承認は奴に任せればよい。
    では、仕度があるから失礼するぞ」
金 旋「えっ……へ、陛下!?」
献 帝「荊州のうまかもんが待ってるばいー」
金 旋「陛下ーっ!?」

劉協は言いたいことだけ言って、
スキップしながら奥へ下がって行ってしまった。
後に残されたのは、ポカーンと口を開けた金旋のみ。

劉協は次の日から、豪華荊州全都市巡りの旅、
『ドキッ☆バレたらヤバイわ皇帝お忍びツアー216』
に出かけていった。

    ☆☆☆

金旋は、以前は曹操の使っていた館に居を構え、
洛陽陥落から滞っていた政務を片付け始めた。
また、軍の情報整理なども合わせて行っていく。

  金旋金旋   下町娘下町娘

下町娘「桂陽からの報告です。
    山越軍を殲滅、桂陽城を守り切ったそうです」
金 旋「ん、よくやった。今後は少し兵を多めに置き、
    山越の動向に注意しろ、と伝えてくれい」
下町娘「わかりました。で、もうひとつ」
金 旋「ん?」
下町娘「司馬懿さんが準備完了とのこと。
    いつでも行けます、だそうです」
金 旋「イケますって……なんかエッチな響きだな」
下町娘「……セクハラですか?」
金 旋「うんうー。率直な意見」

金旋は、近郊の孟津港に司馬懿の隊を派遣する。
将もおらず兵も少ない孟津港は、すぐに陥落した。

洛陽

孟津の守備には朱桓、朱異、留賛を送り、
北の上党方面から水路で来るであろう曹操軍に備えさせる。
司馬懿の他、攻撃に参加した金玉昼・郭淮・鞏恋・魏光は
洛陽へと戻すことにした。

孟津攻略と前後して、金旋は人材登用に力を入れていた。
洛陽陥落の際に、曹操軍の有能な者たちを多数捕らえ、
捕虜としていたからである。
だが、流石に有名どころの将たちは、
なかなか彼の誘いには乗らなかった。

徐 晃「お断り致す」
張 哈「ふん、できぬ相談だな」
曹 休「曹一族を寝返らせようとは片腹痛い」
程 立「最近は耳が遠くなってのう」

だが、中には登用に応じる者たちもいた。
満寵、崔炎、張既、蒋済、陳矯などは、
登用の時期は前後するが、皆、金旋の誘いに応じている。
政略向きの人材が不足していた金旋軍であったが、
彼らを得たことでさらに内政・外交面で充実するのだった。

そして、それ以外にも……。

  楽進楽進   李典李典

楽 進「……と殿はおっしゃっている。
    どうだ、我が軍に来ぬか」
李 典「せっかくの申し出ではありますが、受けられませぬ」
楽 進「曹操どのに忠義を尽くそうという気はわかるが……。
    しかし、もっと大局を見ろ、李典。
    洛陽を落とし、帝の信任を得た今、
    金旋様に付き天下を治める道を選ぶべきだ」
李 典「御説ごもっともなれど……。
    そうすぐに切り替えられるものではありませぬ」
楽 進「そうか……、惜しいな。
    殿もお主の政治手腕、冷静な戦略眼、
    そして発明の腕も買っておられるのだが」
李 典「申し訳ござらぬ。しかし何と言われても……」
楽 進「残念だな。
    発明の研究費は使い放題にする、
    とまで言われていたのだがな……」
李 典契約書はどこですかっ!?
    判は拇印でよろしいでしょうか!?
楽 進「……」

李典が配下に加わった。
登用後、嬉々として自室で開発に勤しむ李典であった。

そして、また一人。

  韓遂韓遂   公孫朱公孫朱

韓 遂「どうかね。悪い話ではなかろう」
公孫朱「そうでございますね……」
韓 遂「我が軍には、お主と歳の近い女武将も多い。
    話し相手にも困らぬぞ?」
公孫朱「お話はわかったのですが……」
韓 遂「ん、何かね」
公孫朱「先ほどから、チラチラと私の胸のあたりを
    見ているのは何故でしょうか?」
韓 遂「い、いや……別に見てなどいないぞ?
    気のせいだ、気のせい」
公孫朱「はあ。では金旋軍への転身、喜んでお受け……」
韓 遂「(グフフ、細身だがなかなかどうして……)」
公孫朱「……やっぱり見てますね?」
韓 遂「い、いやっ、そんなことは……」
公孫朱「別な方とお話しした方がよろしいですね。
    どなたか違う方を呼んできてください」
韓 遂「あっ……ま、待って……」

公孫朱は自ら牢に戻り、バタンと扉を閉めた。

牢看守「ダメじゃないですが将軍、怒らせちゃ」
韓 遂「いや、すまん……どうしても可愛い娘を見るとな。
    ついつい、じーっと眺めてしまうのだ」
牢看守「まあ……判らなくもないですが、ね」
韓 遂「しょうがない、後で誰かに登用を頼むか……」

後日、司馬懿により公孫朱が登用された。

    ☆☆☆

下町娘「失礼しまーす。
    今日までの登用者のリスト、持って来ました」
金 旋「ご苦労さん。どれどれ……。
    ふむ、なかなか登用者が増えてるじゃないか」
下町娘「あと、登用までには行ってないですけど、
    もう少しで落とせそうな人もいたそうです。
    最終的にはもう少し増えるかも知れないですね」
金 旋「よしよし。これで将の数で曹操軍を
    超えるのも時間の問題だな」
下町娘「数だけ増えてもアレですけどね……ん?」

   ???

???「失礼するぜ」

バーンと扉を勢いよく開け、現れた一人の男。
部屋の中にある応接用の椅子を見つけると、
それにどっかりと腰を下ろした。

金 旋「……誰?」
下町娘「さあ……なんか髪が赤いですよ?
    どこかのヤクザさんとか……?」
金 旋「ここらのヤクザとは、付き合ってないんだがな」

ヒソヒソと話をする二人をよそに、男はグルリと部屋を見回し、
ある物を見つけた。

???「おっ……いい楽器置いてあるじゃん。
    ちょっと借りていいか?」

男はそう言いつつも、許可を待たずに
部屋に飾られていた中阮(※)を手に取った。

(※中国琵琶。ギターと良く似た音質)

金 旋「元からこの部屋にあった奴だし、別に構わんが……。
    それより、お前は誰だ?」
???「おっと、まだ自己紹介もしてなかったか。
    そうだな、それじゃ自己紹介の歌、行かせてもらうぜ!
    俺の魂の叫び、よーく聴いておけェッ!
    あワン、あツー、ワンツーさんハイ!」

べべんべん べべべべん

???中国人なら麺を食えェー!!
    シュウマウィー! タンタンメェーン!
    ヤームチャァーアアアッ!!

よくわからないけれどどこかで聴いたような、
変な歌(※)が数分間続いた。
聞いていてもさっぱり自己紹介になってない。

(※ 『Maid in Japan』によく似ている曲である。
 注:18歳未満は見に行かないようにしてください)

そしてようやく最後のサビっぽいところまで歌い……。

???いつだってェー君を見ているぜェーッ!
    だってェー 俺は 徐元直ゥーッ!

金 旋「なんだそりゃ!?」

自己紹介の歌を唄い終わった徐元直……、
徐庶は、さわやかに額の汗を拭った。

徐 庶「フゥッ……どうだった?
    自己紹介の歌288番、元直inチャイナは」
金 旋「正直、聴いてて疲れたぞ……。
    って最低でも288もあるのか、自己紹介の歌」
下町娘「結局、最後のところにしか、
    自己紹介の部分はないですよね」
徐 庶「ふゥむ……どうも、
    この歌は好みじゃなかったみたいだな。
    OK! それじゃもう一曲行こうか!
    自己紹介の歌135番、徐元直キッスを……」
金 旋「歌わんでいい!」
徐 庶「おやおやそう怒るなよ、ボス。
    部下になる男に、最初からそう怒鳴るもんじゃないぜ」
金 旋「何がボスだ……って、部下? なに?
    あれ、さっきの登用リストに名前は……」
下町娘「……ないですね、徐庶さんの名前は。
    捕虜リストには名前はありますけど」
徐 庶「フッ、そりゃないだろう。
    まだ登用されたわけじゃないからな」
下町娘「え?」
金 旋「……どういうことだ?」
徐 庶「だから、まだ登用されてないっての。
    たしかに、あんたの部下に勧誘はされたが、
    返事はまだしてないのさ」
金 旋「……ちょっと待て。じゃあどうやってここに来た?」
徐 庶「ちょっとばかし牢の鍵を外して、そろりそろりと」

金 旋「衛兵、衛兵ーっ!」
徐 庶「おっとっと、そりゃないぜ。
    登用されてもいいって、今言ってるじゃんか」
金 旋「それ以前のお前の行為が問題なんだ!」
徐 庶「ふぅん……そうか。
    結局、はみ出し者は登用する気はないってことか」
金 旋「……い、いや、そういうわけでもないんだが。
    どちらかというと危機管理の問題で……」
徐 庶「いや、いいんだ、無理しなくても。
    結局、俺のようなハミ出し野郎は、
    どこに行ってものけ者になる運命なのさ。
    ちょっとあんたに期待しすぎてたかもな……。
    いや、済まなかった。牢に戻るよ……」
下町娘「ちょっと金旋さまー。
    すっかりたそがれちゃってますよ」
金 旋「い、いや、そんなこと言われてもな……」

その時、バタバタと衛兵が駆け込んできた。

衛 兵「何かございましたでしょうか!?」
金 旋「ん、ああ、えーと……何でもない」
衛 兵「いや、しかし先ほどの声は?」
下町娘「ああ、それはね、ボソボソ……」
衛 兵「……ほう、なるほど」

なにやら耳打ちされた衛兵は、納得顔で頷いた。

衛 兵「そういうことですか。わかりました。
    しかし遊びとはいえ、そういうのはどうかと……。
    あ、いえ、別に閣下のご趣味に口を出すわけでは」
金 旋「え? 遊び?」
衛 兵「では、私どもは失礼します」

衛兵たちは一礼すると去っていった。

金 旋「……なんて説明したんだ?」
下町娘「女王さまと下僕ごっこしてたと説明しました。
    下僕の金旋さまが責めに耐えきれなくなり、
    たまらず衛兵を呼ぶシーンを遊んでたと……」
金 旋「コラ。どういう誤魔化し方しとるんだ。
    ……まあいい。それよりもだ、徐庶」
徐 庶「……何か?」
金 旋「我が軍はけっこう自由だ。だが最低限の規律はある。
    それは守ってもらうぞ」
徐 庶「ってことは……?」
金 旋「お前を登用するということだ。
    お前の能力自体は以前から目をつけていたからな。
    歓迎しよう」
徐 庶「……こんな俺でも、使ってくれるのか?
    けっこう俺は扱い辛いぜ?」
金 旋「ああ。何、少しばかり驚いたが問題はない」
下町娘「ウチにはもっとキツイ人いますからねぇー」
金 旋「むしろ、少しばかり規格外の方がウチらしいと言える。
    だから安心していいぞ」
徐 庶「サ、サンキュー。
    すまねえ、ちと泣けてきちまったぜ……。
    よし、これから頑張らせてもらうぜ。
    俺が、ボスに天下を取らせてやる」
金 旋「おう。期待してるぞ」
徐 庶「よぉーし! それじゃあこの瞬間を記念して!
    俺の歓喜の歌を歌わせてもらうぜ!」
金 旋「い、いや、歌はもう……」

金旋の声も届かず、徐庶は中阮を掻き鳴らし、唄い始めた。

徐 庶ミカンはァ! いろいろォ!
    あるけれどォーッ!
    温州ゥ! ミカンはァ!
    ひとつだけェーッ!

下町娘「……歓喜の歌?」
金 旋「柑橘の歌だな、こりゃ」

その後も自作自演アンコールで唄い続けた徐庶であった。
永遠に続くかと思われたリサイタルが終わったのは、
日もとっぷり暮れてからのことである。

こうして、徐庶が配下に加わった。

徐庶、字を元直。元は名を徐福という。
若い頃に友人の敵討ちに手を貸し、人を殺める。
その際に投獄されるが、のちに仲間の手により
救出され、逃亡。以後は剣を捨て、学問に励んだ。
荊州の司馬徽の元で、彼は諸葛亮らと共に学んでいる。

なお、彼が髪を染め、音楽を始めたのは、
逃亡後に徐庶と名を改めてからと言われている。

劉備軍の軍師となるも、新野にて劉備軍は曹操軍に敗れ、
勢力は滅亡してしまった。
その際、徐庶は唯一の肉親である母を人質に取られ、
泣く泣く曹操軍に降る。
だがそのすぐ後に母は亡くなり、彼を縛るものはなくなった。

そして洛陽は落ち、金旋軍の登用を受ける。
変わり者が多い金旋軍の武将の噂を聞き、
彼も心を動かされたのだろうか。

なお、金旋の部屋に飾ってあった中阮は、
そのまま徐庶に与えられた。
(というか、黙って持っていった)

    ☆☆☆

さて、洛陽で登用が盛んに行われていたこの時。
荊州は新野の地で、ちょっとした事件が起きた。

ミニマップ

すでに安全が確保されたこの地には、
将は張允と王粲しか配置されてはいなかった。
内政もほとんどやりつくされ、
やることといえば探索のみという毎日であった。

王 粲「さて張允どの、今日も頑張りましょう」
張 允「今日も探索か……しかしこの新野、
    探索を繰り返しても金しか出てこないぞ」
王 粲「確かに、今のところはそうですね……」
張 允「新野は虎が出ると聞いて、
    そりゃもうガクガクブルブルしておったのに、
    それすらも出ないときたもんだ」
王 粲「そんなこと言ってると、ガバアッと出ますよ」
張 允「はっはっは、そう脅しても無駄だ。
    もうこの都市では虎は出んよ、間違いない」
王 粲「そうですかねえ……」

ガバアッ

 

張 允「……」
王 粲「……」
???「……」

張 允で、でたああああああ!!
???う、うわああああああ!!

驚きのあまり、腰を抜かす張允。
そしてその大声でビックリし、逃げていく謎の男。

王 粲「お、落ち着いてくだされ、張允どの!
    あれは虎ではありません、人です!」
張 允「ひ、ひと? ほんとか?」
王 粲「はい、被り物をしている怪しい風体でしたが、
    確かに人間でした」
張 允「ほ、本当に本当か?」
王 粲「二足歩行してましたよ。人以外有り得ません」
張 允「……最近の虎は二足歩行しとるらしいが。
    だが、お主がそう言うのならそうなのだろう。
    しかし人か……チッ驚かせやがって。
    よし、その怪しい奴、とっ捕まえてやる!
    どっちへ逃げた!?」
王 粲「あちらでしたが……捕まえてどうする気です?」
張 允「被り物などしとる面白い風体だ、道化にしよう。
    そして殿の元に送り、ポイントを稼ぐ!」
王 粲「……そんなことしても、出世は出来ませんよ」
張 允「うるさい! とにかく捕まえるぞ!」
王 粲「あっ、待ってください!」

張允と王粲は馬を走らせ、男を追いかけた。

  ???

???「ハァハァ……」
張 允「(いたな。よし王粲、お前は向こうに回れ)」
王 粲「(やめましょうよ張允どの……)」
張 允「(いいから! 逃げ道をふさぐだけでいい!)」
王 粲「(もう、知りませんよ)」

男が気付かないように、王粲は回り込んだ。
それを見届けた張允は、抜き身の剣を手にし、踏み込む。

張 允「やい、そこの者! 命が欲しくば抵抗するな!」
???「……ァァァ!?」
王 粲「……張允どのー、まるっきり悪役ですよー」
張 允「うるっさい! さあ、大人しく手をあげ……」
???「ウワァァァァッ!!」

張允が全てを言い終わるその前に、
男が狂ったように襲いかかってきた。

低い体勢から手刀一閃。
手をはじかれ、張允は剣を落としてしまう。
続いて右の拳が張允のボディに決まる。
腹部に1発入り、思わずかがみこむ張允。
そこへ、間髪入れずに膝蹴り。
見事に張允のアゴを捉えた。

張 允「ぐはぁっ……」

ほんの数秒の間の出来事。
倒れこんだ張允の意識は、すでに飛んでいた。

王 粲「つ、強い……」
???「キッ!」
王 粲「わっ、ま、待て! 待ってくれ!
    君に危害は加えるつもりはない!」

武力が3、と金旋軍ナンバー1の弱さを誇る王粲、
必死に戦いを回避しようとする。

王 粲「暴力反対! ラブ&ピース!
    は、話し合いをしようぢゃないか!」

『襲っておいて今更何を言っているのだろう』
と王粲自身が思うほど支離滅裂なことを言っていたが、
彼の必死さが伝わったのか、男は正気を取り戻した。

???「い、一体、な、何なんですか。
    わ、わわ、私が、なな何かしましたか?」

ドモりながら、男はそう聞いてきた。
何とか話し合いができそうだ、と安心した王粲は、
持ち前の誠実さを生かし、男に説明をする。
最後には、土下座までしてみせた。

王 粲「誠に、申し訳ない……」
???「お、王粲どの、あ、頭を上げてください。
    そ、そこまで謝られると、か、かえって恐縮です。
    わ、わ、私も忘れますので、な、何もなかったことに」
王 粲「はい、ありがとうございます。ところで、
    ひとつお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
???「は、はい、なんでしょうか」
王 粲「あの……その被り物は一体なんなのでしょう?
    なぜそのような物を被ってるんですか?」
???「こ、これは、その、恥ずかしいからです」
王 粲「恥ずかしい……? 失礼ですが、
    それを被ってる方が恥ずかしいような……」
???「い、いえ、これを被らないと、素の自分になって、
    その、全然、話ができなく、なってしまうんです。
    そ、そのままの自分を出すのが、は、恥ずかしくて」
王 粲「……はあ」
???「これを被ると、あの、自分ではない自分のように、
    その、思えて、人と、しゃべれるようになるんです」
王 粲「そう、ですか……」
???「は、ははは、でも、ドモってますよね。
    す、すいません……この程度、なんです」
王 粲「あ、いえ……。
    でも、人と話が全くできないよりはいいと思います。
    あまり気にすることはありませんよ」
???「あ、ありがとう、ご、ございます」

王粲は、照れながら礼をする男を見て、ひとつ頷く。
そして、こう切り出した。

王 粲「こうしてお話してみて、
    貴方が実に素晴らしい方だと判りました。
    そして、武芸もかなり達者なご様子。
    どうでしょう、金旋軍の将となりませんか」
???「しょ……しょ、しょう?
    そ、そそそ、そんな、私なんて……」

男は、謙遜してなかなか受けようとはしなかった。
だが、王粲が何度も何度も頭を下げて頼みこんだため、
ついに男は根負けした。

???「わ、わかりました……。
    で、では、まずは金旋さまに、お会いします。
    そ、それでよろしいですか?」
王 粲「おお……ありがとうございます。
    では、今日は新野の方へいらっしゃってください。
    少しばかりですが、私がおもてなし致します」
???「きょ、恐縮です……」
王 粲「そういえば、お名前を聞いてませんでしたね。
    お教えいただけますか?」
???「あ、き、気付きませんで……。
    わ、私の名は、燈艾、です」

王粲と燈艾は、ぎこちなくも談笑しながら、
新野の城へと帰っていった。

こうして、燈艾は金旋軍の将となった。
彼はすぐに洛陽へ向かい、金旋に謁見するが、
それはまた次回に回すとしよう……。

……何か忘れているような気がするが。
多分気のせいであろう。

    ☆☆☆

張 允「……うーんうーん」

張允が気を取り戻し、城へ戻ったのは、
それからしばらく後のことであった。

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