215年12月
金旋
金玉昼
金 旋「どうだ、戦況の方は」
金玉昼「徐晃隊に関しては、兵力差を活かし、
かなりの数を討ち減らしてる模様。
ただ、洛陽より曹操隊2万5千が出撃、
孟津方面からも新たな隊が向かって来てるようにゃ」
金 旋「新たな隊? 上党方面から水路で来てた奴か。
その隊を率いる将は誰だ?」
金玉昼「蒋欽という将らしいにゃ」
金 旋「蒋欽? 誰だ、それは?」
金玉昼「んー。よくは知らないけど、
元は孫権軍所属だったそうにゃ」
金 旋「ふむう……呉の者か。
朱桓なら知ってるかもしれんな。
ちと呼んできてくれ」
金玉昼「はいにゃー」
しばらくして、朱桓が来た。
朱桓は元々は孫権軍所属であったので、
呉や江南の将たちに詳しい。
金旋は、蒋欽を知っているかと彼に聞いた。
朱桓
朱 桓「蒋欽どのですか。前主の孫策さまに仕え、
周泰どのと並び武勲を上げた方です。
孫権さまが家督を継がれた後も、
変わらず呉軍のために戦ってきた勇将です」
金 旋「ふむ。強いのか?」
朱 桓「個人の武勇は、呂布や関羽らには到底及ばず。
魏延どのや甘寧どのほどでもありません。
まあ、私と互角というほどでしょうか。
しかし彼のその粘り強い用兵は、
呉ではかなり重宝されておりました」
金 旋「なるほどな……。
そのような者が曹操に降っていたとはな」
朱 桓「ですが、彼は義を重んじ忠を尽くす人物。
寝返ったりはしない方だと思っていましたが」
金 旋「それは人それぞれ事情があるだろう。
我が軍の将も、ほとんどがそういう者たちだ」
朱 桓「はっ……あ、ちなみに。
彼は元は江賊であったらしいとの噂(※)です。
そのため、操船技術にも長けております」
(※演義のみの記述。
正史では孫策が袁術の元にいた頃に仕え始めた、
としかない。おそらく演義での創作)
金 旋「ほう、元は江賊か……。
ならば、援軍を出すならアイツがいいな」
金旋は朱桓を下がらせ、今度は別な人物を呼んだ。
甘寧
甘 寧「お呼びですか」
金 旋「来たな、キャプテン甘興覇」
甘 寧「そ、その呼び名は……」
金 旋「お前さんの昔の呼び名だろう?
揚子江でブイブイ言わせてた頃の」
甘 寧「辞めてくだされ。それはもう昔のことでござる」
金 旋「まあまあ、いいじゃないか。
で、その頃はキャプテン甘興覇といえば
江賊の中で知らぬ者はいない位だったんだろう?」
甘 寧「まあ、名は知れていましたが……。
ただ、噂に尾ヒレがついて広まり、
それでかなり迷惑しておりました」
金 旋「噂? どんなのだ?」
甘 寧「はあ……。例えば、
『キャプテン甘興覇は血も涙もない。
幼稚園の船を襲い、おやつの飴玉を全て奪った』
『キャプテン甘興覇は金に目がない。
年寄りの入れ歯を奪い、金歯を全て抜き取った』
他にも……」
金 旋「それは尾ヒレが付いたというより、
むしろ根も葉もないデマのような気が。
しかもかなりセコイ行為だぞ」
甘 寧「いえ、それがその……。
飴玉が欲しかったので一袋貰ったり、
金歯を一つ拾ったりはしましたが……」
金 旋「……根はあるのか。まあいい。
とにかく、江賊には名の通った奴だったわけだ」
甘 寧「はい。で、それが何か」
金 旋「江賊出身の蒋欽という奴が、
曹操の部隊として向かってきている。
お前は、これを抑え込め」
甘 寧「……マジっスか」
金 旋「うむ、大マジだ。お前ならば、
こういう手合も巧く相手できると思ってな。
連れていく兵は2万、
将は金目鯛・金閣寺・凌統・朱桓を付ける」
甘 寧「はっ……承知しました」
金目鯛
金閣寺
金目鯛「甘寧どの、準備は整ってるぜ」
金閣寺「いつでも出撃できますが」
甘 寧「うむ……」
金目鯛「……なんか気乗りしないようだが」
甘 寧「昔の江賊時代を知る者とは、
あまり顔を合わせたくないというか……。
あの頃はかなり無茶してたからな」
金目鯛「別に、そう気にせんでも。
昔に戻れって言われたわけでもなかろ」
甘 寧「まあ、そうなんだが……」
浮かない顔の甘寧を大将に、2万の部隊は城塞を出撃。
孟津港から上陸した蒋欽隊の迎撃に向かった。
なお、先に出撃していた郭淮隊、魏延隊は、
徐晃隊との戦闘を継続しつつ、
洛陽から出てきた曹操隊を迎え撃とうとしていた。
☆☆☆
蒋欽
蒋 欽「迎撃に向かってくるのは甘寧か」
兵 A「はっ、兵数は2万を率いております。
また、将は凌統・朱桓・金目鯛・金閣寺」
蒋 欽「参ったな、元呉将の二人も一緒か。
やり辛いことこの上ない」
兵 A「兵数も我が隊の倍です。どうでしょう、
戦闘は避けて洛陽へ向かった方が……」
蒋 欽「いや。あくまで我が隊は敵部隊、
そして敵城塞への攻撃を命じられている。
これは絶対だ」
兵 A「は、はい」
蒋 欽「相手は『あの』甘寧か……。
しかし、受けてる禄分くらいは働かねばな」
兵 B「申し上げます。
曹操様より、伝令が参りました」
蒋 欽「ん? 何か命令が?」
ボソボソ、と伝令は蒋欽に耳打ちをする。
それに、蒋欽は頷いてみせた。
蒋 欽「時間を稼げということか。
相分かった。なんとかしてみよう」
蒋欽隊と甘寧隊は、孟津・河南の境目辺りで相対した。
蒋 欽「甘寧はいるか!」
甘 寧「ここにいる。お前が蒋欽か」
蒋 欽「そうだ。貴殿があのキャプテン甘興覇か。
思っていたよりもまともそうだな」
甘 寧「昔の話はよしてもらおう。
今は金旋軍所属の将軍でしかない」
蒋 欽「そう言わず少しは付き合ってくれ。
そういえば、気に入らない富豪の船に
大勢でウンコを溜めまくったというのは本当か?」
ざわ……
ざわ……
甘 寧「そ、そんな話は知らん!」
蒋 欽「そうか?
当時はかなり仲間内でも話題になったんだが。
じゃあ自分をフッた女の家に、
大量の毛虫をばら撒いたというのは?」
ざわざわ……
ざわざわ……
甘 寧「し、知らんというに!」
蒋 欽「他にも真実か噂かわからない話があったな。
是非真偽のほどを教えて欲し……」
プチ
甘 寧「うるせえェェェェェッ!
ガタガタぬかしてんじゃねえぞコラ!
知らねえったら知らねえんだよ殺すぞテメエ!」
ざわざわざわ……
甘 寧「大体俺らは今、戦争やってんだよ戦争!
分かってんのかコラ!?
それをガタガタくっちゃべりやがって、
うぜえんだよこのフニャチン野郎が!」
蒋 欽「ふ、ふふふ……」
甘 寧「ああん? 何笑ってんだよこのタコ!」
蒋 欽「いやなに……久しぶりに血が騒いでな。
昔を思い出してしまったよ」
甘 寧「へえ、テメエの賊時代を思い出したってか。
まあこの俺様の屁ほども及ばねえ、
チンケなチームだったんだろうがな!」
蒋 欽「はっ、言ってくれるな!
だがアンタみたいにセコイことはやってはいない!」
甘 寧「はあ? 調子こいてんじゃねえぞ!?
このビッグなキャプテン甘興覇様が、
いつどこでどんなセコイことやったよ!?」
蒋 欽「ふん、噂はいろいろあっただろうが!」
甘 寧「噂だけ聞いて知った気になってんじゃねえ!
テメエの目で見たことを言えこのチンカス!」
蒋 欽「火のないところに煙は立たないんだよ!
見苦しいぞ、このおかしなヒゲ野郎が!」
……プッチーン
甘 寧「俺の自慢のヒゲを……。
もう我慢ならねえ、おい野郎ども!
あいつらまとめてシメてやるぞ! 皆殺しだ!」
凌 統「……えーっと」
朱 桓「……や、野郎ども?」
甘 寧「おいコラァ! 返事どうした!」
凌 統「う、ウッス」
朱 桓「りょ、了解しました!」
甘 寧「んじゃあ全軍、ブッこめ!
気合入れてけよコラァ!」
こうして甘寧隊は、豹変した大将に命じられるままに
戦闘を開始。蒋欽隊に襲いかかった。
蒋 欽「もう少し時間を稼ぎたかったが……。
しょうがあるまい、応戦しろ!」
両軍入り乱れ、乱戦となる。
兵数では甘寧隊の方が上であるため、
甘寧隊がどんどんと押しまくっていく。
金目鯛「いい感じで押してるな、大将。
これなら殲滅までそう時間もかからないな」
甘 寧「大将だぁ? 誰に向かって口聞いてやがる!」
金目鯛「……は?」
甘 寧「俺のことはキャプテンと呼べや、キャプテンと!
それから無駄口叩いてる暇あったら、
一人でも多くぶっ倒してこいやぁ!」
金目鯛「い、一体なんだって……」
金閣寺「父上、甘寧どのの目が据わってます。
ここは無難に返事しといた方が……」
甘 寧「返事はどうしたコラ!」
金目鯛「は、はいっキャプテン!」
金閣寺「し、失礼します!」
凄まじい勢いで蒋欽隊を押しまくる甘寧隊。
だが、その側面から迫る一隊があった。
曹操
曹 操「……ふむ、予測通りになったな。
目標は甘寧隊だ! 攻撃開始!」
洛陽から西進して移動してきた曹操隊が、
甘寧隊の側面を襲ったのである。
本来は魏延隊と郭淮隊で曹操隊に対する手はずだったが、
その両隊は徐晃隊に邪魔されて進むことができず、
曹操隊に対し手を出せなかったのだった。
凌 統「大将!」
甘 寧「大将じゃねえっつってんだろゴルァ!」
凌 統「す、すいませんキャプテン!
それより、右側面より曹操隊2万が出現!
攻撃を仕掛けてきました!」
甘 寧「……ああん? 曹操だ?
曹操ごときでビビってんじゃねえぞ!」
凌 統「い、いや、ビビってるわけではなく……」
甘 寧「まあいい、それじゃ凌統、ついてこいや!
このキャプテン甘興覇が直々に斬りこんでやらあ!」
凌 統「は、はいっキャプテン!」
甘寧隊はすぐさま方向転換。
甘寧を先頭に、曹操隊に突っ込んでいった。
張哈
満寵
兵 B「甘寧隊、真っ直ぐこちらへ向かってきます!」
張 哈「なにっ? 正面の蒋欽隊を放っておいてか。
ええい、迎撃せよ! 騎馬射撃隊、矢を浴びせろ!」
満 寵「弩兵! 矢を連射し近づけるな!」
甘寧隊の予想外の急進。これに対し、
先鋒の張哈、左翼の満寵が慌てて迎え撃つ。
凌 統「キャプテン! 敵の反撃が激しいぞ!」
甘 寧「はっはっは、これが激しいものか!
10人の部下で要塞にブッこんだ昔より、
数段マシだ!」
凌 統「……昔に何やったんだろう」
甘 寧「キャプテン甘興覇、ここにあり!
鈴の音が聞こえたならば道を開けろ!
さもなくば首が胴と永遠にサヨナラだぞ!」
甘寧・凌統の奮迅。
数に勝る曹操隊に対し、全く臆することなく突き進む。
蒋 欽「あ、あれが甘興覇か……。
従わぬ者たちは容赦なく叩き潰し、
漢水を渡る者たちを震え上がらせた、
あの伝説のキャプテン甘興覇……」
兵 C「御大将、どうされ……」
蒋 欽「か、かっこいい……」
兵 C「は? 御大将?」
蒋 欽「……はっ? い、いやなんでもない。
よし、我が隊は河南城塞へ向かう。
甘寧隊が道を開けた今、我々を阻む者はいない」
兵 C「はっ」
蒋欽隊は甘寧隊の背後を素通りし、河南城塞へ向かった。
☆☆☆
金旋
金 旋「うーむ……これは来るな」
金旋は城塞の物見櫓から、北を見やり呟いた。
下町娘
下町娘「来るって、何がです?」
金 旋「いや、蒋欽の隊がこちらに向かって来……。
ってなんて格好してるんだ」
下町娘は、ハラマキ・エリマキ・毛糸の帽子&手袋・
そしてちゃんちゃんこ二段重ねという、重装備であった。
12月中旬ともなれば、厳冬真っ只中なので、
確かに防寒のため服を着込むのも分かる話ではあるが。
流石にこれは着込みすぎである。
下町娘「だって寒いんですものー」
金 旋「それじゃ動けんだろうが。
全く、どこの相撲部屋の人かと思ったぞ。
もうすぐ敵が来る、早く引っ込みなさい」
下町娘「はーい……ってあの部隊は?」
金 旋「げっ、もう来やがったか」
現れた蒋欽隊は、すぐに矢を放ち攻撃を始めた。
蒋欽隊の兵は3、4千程度と少ないが、
かといって応戦しないわけにもいかない。
金 旋「守備兵! 追い払う程度でいい、矢を射掛けろ!」
城塞守備の指揮を執る金旋。
その彼を狙い、蒋欽は矢を引き絞った。
蒋 欽「金旋……この矢で死ねい!」
かつては江南一の弓使いと称された蒋欽。
その彼の放った矢は、金旋の胴へ向かって飛んでいく。
下町娘「金旋さま、危ないっ!」
金旋をかばい、下町娘が立ちはだかる。
その腹部に、矢は突き刺さった。
そのまま彼女は仰向けに倒れていく。
金 旋「……下町娘!」
金旋はなんとか下町娘を受け止める。
そして、何度も下町娘の名を呼んだ。
その何度目かの呼びかけで、下町娘はようやく瞳を開く。
下町娘「……金旋さま」
金 旋「下町娘……!
俺をかばうなんて、バカなことしやがって!」
下町娘「だって、金旋さま死んじゃったら、
仕事なくなっちゃうし……」
金 旋「それで自分が死んだらどうすんだ!」
下町娘「いや、でもほら、まだ死んでませんし……」
金 旋「死なないにしても、腹に矢を受けたら大怪我……。
ん? ……なんか、いやに顔色いいな。
矢ささってんのに」
下町娘「そうなんですよね……。
お腹、全然痛くないんですよ。
ちょっとチクチクするくらいで」
金 旋「……もしかしてこれ、服で止まってないか?」
下町娘「私も、そんな気がします」
矢を引き抜いてみたところ、案の定、
矢じりは重ね着していた服に阻まれており、
矢は身体には刺さってはいなかった。
先端が少々、ひっかき傷を作っていたが、
一日もあればすぐに直りそうな程度であった。
金 旋「……厚着ばんざい!」
下町娘「ばんざーい! ばんざーい!」
この後、金旋軍の兵たちの間で、
鎧の下に厚着をすることが、一時流行った。
だがこれは、全然動けずにかえって的になるため、
すぐに廃れてしまったという。
☆☆☆
楽進
楽 進「楽進参上! 曹操どの、そのお命いただく!」
魏延隊はようやく徐晃隊を突破し、
曹操隊に対し楽進が突進を掛ける。
すでに甘寧隊の猛攻で兵を減らしていた曹操隊は、
新手の参戦でますます不利な状況に追い込まれた。
曹 操「まさか、ここまで……」
張 哈「殿! もはや戦線の維持さえ困難です!
早くお逃げくださいませ!」
曹 操「戦術は間違っていなかったはずだ……。
では、なぜだ? なぜ負ける?」
張 哈「殿! ……失礼致す!」
放心状態の曹操を背負うと、
張哈は洛陽へ向かって馬を走らせた。
この戦い、曹操軍の大敗と言って差し支えなかった。
曹操隊と徐晃隊は殲滅され、
蒋欽隊も魏延・甘寧・郭淮、この3隊に囲まれ、全滅。
洛陽の兵も、3万ほどにまで減ってしまっていた。
戦いを終えた甘寧隊は、魏延隊・郭淮隊とともに、
河南城塞への凱旋の帰路につく。
魏延
韓遂
韓 遂「いやあ、我らが来るまでもなかったな。
まさか、あそこまで押しているとは思わなんだ」
魏 延「しかし、将も兵もヘトヘトになっていたが……。
これはどういうことだろう」
金閣寺「これは両将軍……。お疲れ様です」
魏 延「金閣寺どのか。皆、ひどく疲れた顔をしてるが。
これはどうしたことだ?」
金閣寺「は、はあ……。何と言いますか……」
蒋 欽「キャプテン甘興覇だ」
韓 遂「ん、この者は?」
金閣寺「あ、はい。敵を全滅させて捕らえました。
敵部隊を指揮していた、蒋欽どのです」
魏 延「ほう、敵将を捕らえたか。
で、キャプテン甘興覇とは何か?」
蒋 欽「あの羅刹のような戦いぶり。
あれこそまさに、その昔に皆を震え上がらせた、
伝説の江賊、キャプテン甘興覇の姿だ……」
魏 延「……どういうことだ?」
金閣寺「は、はあ……。甘寧将軍が何か、
人が変わったように荒々しい戦いぶりで……。
味方も逆らえないほどでしたので」
韓 遂「なるほど、それでヘトヘトになるまで戦ったか。
それで、当の甘寧はどこに?」
金閣寺「何か一人でたそがれてましたけど」
甘 寧「はあ……せっかく分別のある将というイメージを
築き上げてきたのに……」
凌 統「キャプテン! 全隊、撤収開始しました!」
甘 寧「……キャプテンはやめろ」
凌 統「え? しかしキャプテン……」
甘 寧「頼むからやめてくれ! 恥ずかしすぎる!」
凌 統「はあ。では、先に行っておりますぞ」
馬を走らせて戻っていく凌統を見送ってから、
甘寧はまたひとつ、溜息をついた。
甘 寧「やれやれ……これからやりにくくなるな」
215年の末。
金旋軍は曹操軍を相手に大勝利を収めた。
なお、この戦いで大活躍を見せた甘寧のことを、
皆こぞって『伝説のキャプテン』と褒め称えたが、
当の甘寧はそれをとても嫌がったという。
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