○ 第五十八章 「囚われの姫君」 ○ 
214年10月

 ボ ス ケ テ

空に浮かぶ狼煙雲。
それを、潁川城塞にいる魏延、楽進が見つけた。
金旋隊と夏侯淵隊が交戦しているのはそこから見えており、
どうしたものかと話し合っていたところであった。

  魏延魏延    楽進楽進

楽 進「む? なんだあれは!? ボスケテ?」
魏 延「殿の上げた狼煙だろうが……どういう意味だ?」

狼煙を見た二人は、その意図がまだ判らない。
やがて現れた韓遂が、その謎解きをしてみせた。

   韓遂韓遂

韓 遂「ボスケテ、か。
    由来は、その昔に危機に陥った戦士が、
    苦し紛れに上げた狼煙から来ていると……」
魏 延「由来などはどうでもいいから、どういう意味だ!?」
韓 遂「そう焦るな。
    元は『ボス助けて、早く僕らを助けに来て』
    という意味なのだが、この場合はちと違うな。
    『ボスを助けて、早くそこから敵を弱らせてくれ』
    という意味だろう」
楽 進「……本当か?」
韓 遂「なんだ、疑うのか」
魏 延「狼煙の意味はともかく、
    我らに何とかしろという意図なのだろう。
    まずはアレで夏侯淵隊を弱らせるぞ」
楽 進「む、承知した」

アレとは、城塞に装備された兵器のことである。
それを今、彼らは起動する。

韓 遂「李厳、発射準備できているか!?
    蛮望、砲弾装填は!?」

   李厳李厳    蛮望蛮望

李 厳「いつでも結構! 準備万端でござる!」
蛮 望「砲弾も装填OKよん!
    まあ岩詰めただけだけどね」

楽 進「凌統、朱桓!
    住民の避難は済んだか!?」

  凌統凌統   朱桓朱桓

凌 統「付近住民の通行は遮断完了!」
朱 桓「障害物もなし! 進路クリアー!」

魏 延「よーし! 総員、対ショック、対粉塵防御!
     ロックストーン砲、発射ァァァ!

魏延の号令と共に、城塞側面の可変壁がせり上がり、
そこから無数の岩が転がっていく。

……大層な名前が付けられてはいるが、
その実はただの落石装置である。
しかし、気分を大事にする金旋軍なのであった。

    ☆☆☆

  夏侯淵夏侯淵  李通李通

夏侯淵「おのれ……。
    亀のように守りに入りおって!
    何のために出陣してきたのだ」
李通娘「将軍! あれを!」
夏侯淵「なっ……岩が!?」

いくつもの大きな岩が、ゴロンゴロンと転がり、
夏侯淵隊に襲い掛かる。
目の前の金旋隊に注意を奪われていた夏侯淵隊は、
不意を突かれる格好で兵を失っていくのだった。

許昌・潁川

李通娘「将軍! このままでは、
    我が隊の方が先にやられてしまいます!」
夏侯淵「ぐ、ぐぬぬぬ……金旋め、狙いはこれか!」

  金旋金旋   費偉費偉

金 旋「ははは、見たか! 名付けて、
    『自ら囮となりて部下に岩をぶつけさせるの計』
    ……だ!」
費 偉「そのまんまです、殿」

夏侯淵隊は結局、半数ほどの兵を失ったところで、
許昌城への退却を余儀なくされた。
彼らは逆転を狙った攻撃で、
さらに兵力を失う結果となってしまったのである。

  司馬懿司馬懿

司馬懿「占卜誘連の策、見破られたというのか……」

夏侯淵隊退却の報を聞いた司馬懿は、
悔恨の言葉を漏らした。

占いにて巧みに君主を誘い出し、殲滅する。
策にハメたつもりが逆にハメられ、
金旋に見事にしてやられた格好であった。
だがその表情はすぐに戻り、不敵な笑みを浮かべる。

司馬懿「……フフ、あのバカ面に騙されたか。
    なかなか面白い……興味深い人物だ」

    ☆☆☆

夏侯淵隊が退却したのを追いかける形で、
金旋隊は城へと向かい前進をしていた。
しかしその動きはそれほど早くもなく、
追撃をする意図は感じられなかった。

  金旋金旋   下町娘下町娘

下町娘「ずいぶん、ゆっくり進むんですね」
金 旋「まあな。ほら、大将がよわよわだからして」
下町娘「達観してますね。
    軍議の席で玉ちゃんに言われた時は、
    あんなに怒ってたのに」
金 旋「ああ、あれは半分演技だ」
下町娘「演技?」
金 旋「俺が占いを信じて出陣したと思わせるための演技さ。
    軍師の反対を押し切って出陣すると判れば、
    こりゃあ引っかかった、と相手は思うだろう」
下町娘「じゃあ、あの巫女は……」
金 旋「偽者だな。敵の智恵の利く者が、
    俺を外におびき出すために放った者だろう」
下町娘「はあー。よくわかりましたね。
    ちりょ……いえなんでもないです」
金 旋「おい、言いかけた途中で止めるな」
下町娘「……知力22のくせに」
金 旋あんだと!?
下町娘「ほら怒ったー!」
金 旋「大して変わらん相手に(※下町娘の知力は25)
    言われると腹が立つんだ!」
下町娘「そんなー」
金 旋「……まあ、知力22でも気付くときは気付くんだ。
    それに、あの巫女は知らなかったようだな」
下町娘「何をです?」
金 旋「俺は昔、洛陽にしばらくいたことがあってな。
    その時にここの神の伝承も聞いたことがある。
    だから、巫女の口から出た神の言葉が、
    聞いてた神の口調と違うのがわかったんだ」
下町娘「へえ……。
    本当の神さまなら、なんて言うんですか?」
金 旋『とんでもねえ、あたしゃ神様だよ!』
    と必ず言うんだ、ここの神様は」
下町娘「ほ、本当ですかぁ〜」
金 旋「もちろんだ」
下町娘「まあ本当だとして……。それを見破って、
    逆に敵をハメるためにわざと出撃した、と」
金 旋「そういうこと。
    つまり、俺は占いを信じて出陣したわけじゃない、
    ということが判ったかな」
下町娘「まあ、それは信じますけど……」
金 旋「けど?」
下町娘「あの巫女を見て鼻の下を伸ばしてたの、
    あれは演技じゃなく本気でしたよね」
金 旋「いや、その……。
    まあいいだろ、男はそういうもんなの!」
下町娘「はいはい、開き直らない」
金 旋「むう」

前進を続ける金旋隊。
これに、潁川城塞から魏延隊3万が出て合流。
先に許昌城を攻撃している甘寧隊を合わせ、
本格的に城を落としに掛かる構えであった。

一方の許昌城では、
夏侯淵隊の起死回生の攻撃も失敗に終わり、
必死に篭城するしかもう策がない状態に
なってきていた。

金旋・魏延・甘寧の各隊が、ひっきりなしに
攻撃を仕掛ける。
大将である夏侯淵以下、懸命に防衛を続けるが、
旗色の悪さはどうしても否めないところであった。

そんな状況の中、許昌城の中で動きがあった。

許昌城の中にある牢獄……。
そこに鞏恋は囚われていた。

『へへへ、いい身体してるな姉ちゃん』
『い、いやあ……触らないでっ』

……というようなことは起こっておらず、
鞏恋は普通に獄の中に入れられていた。

最初こそ牢番たちに好奇の目で見られたが、
その時に言った彼女の台詞が、
彼らを遠ざけさせていたのである。

『病気移るから、私に触れないほうがいいよ』

何の病気なのかは言わなかったが、
それが逆に妙な現実感を生み、
兵たちは恐れて牢にも近づかない始末であった。

  鞏恋鞏恋

鞏 恋「……そろそろ、いいかな」

月が雲に隠れた夜。
鞏恋は、あらかじめ壊しておいた牢の鍵を外し、
すばやく外へと出た。
そばに兵たちの姿は見えず、
鞏恋は城の中を走り、脱出を図る。

ぐううう……

鞏 恋「う……」

思わず、鞏恋は周りを見回してしまう。
だが、周囲には誰もいなかった。

……それにしても、見事な腹の音であった。
彼女は今、かなりの空腹を覚えていた。
食事係も病気を恐れ、与えにも来なかったからである。

ふと、鞏恋はいい匂いを鼻に感じた。
見れば近くの家から、炊事の煙が上がっていた。
時間は遅いはずだが、台所から灯りが洩れ、
そこからふんふん、と女の鼻歌が聞こえる。

鞏 恋「ちょっとだけ、ちょっとだけ……」

鞏恋はそう自分に言い訳しながら、
台所へ忍び込んだ。

 娘 「もーしー遠い未来をー♪
     予想するのならー♪」

鼻歌にはやがて歌詞がつき、
どこかで聞いたことのあるような歌に変わった。
どうやら女は、家事に夢中になっている様子である。
よく見ると、女の背後の机に、
夜食とおぼしき料理の皿がいくつか並んでいた。

鞏 恋「(一皿だけいただこう)」

鞏恋はゆっくり忍び足で近づき、皿に手をかける。
……その時。

 娘 「……隣り同士ーあーなーたーとー
    たーわしさくらんぼー♪

ガタガタッ

『わたし』を『たわし』と言い変えたのを聞き、
鞏恋は思わずズッコケてしまった。

ついでに『たわしじゃなくてわたしだろ!』
とツッコミを入れたいところであったが、
なんとかそれは思いとどまった。

 娘 「……だ、誰!?」

物音に気付いた女は振り向き、鞏恋と目が合う。
しばし、凍りつくように両者の動きが止まる。
その静寂を破ったのは、気の抜けた音だった。

ぐう〜〜〜

 娘 「ぷっ……うふふ」
鞏 恋「う……」

腹の音を笑われ、普段はポーカーフェイスの鞏恋も、
恥ずかしさに顔を赤らめる。
女は笑みを浮かべ、鞏恋の前に皿と箸を差し出した。

 娘 「お腹空いてるんですね?
    どうぞ、お食べになってください」
鞏 恋「え……」
 娘 「貴方がどなたなのか、詮索は致しません。
    でも、私の料理の匂いに釣られて、
    思わずここに忍び込むようなお方。
    悪いことをするとは思えませんわ」
鞏 恋「……あ、ありがとう」

鞏恋は席に座り、女の作った料理を食べ始めた。
暖かい料理はしばらくぶりだったため、
舌を火傷しそうな勢いで彼女は料理を平らげていく。
結局、並べられた料理全てを食い尽くし、
鞏恋は箸をおき手を合わせた。

鞏 恋「……ごちそうさまでした」
 娘 「お粗末さまでした」

一息つき、どうしたものかと鞏恋が思案している時。
奥の方から男の声が聞こえた。

???「おーい、まだできんのかー」

思わず身構える鞏恋を静止し、女は声を上げた。

 娘 「すいません、もう少し待ってくださいー」

そして鞏恋の顔を見て、微笑みながら頷く。
早く行けと促しているのだろうか。

鞏 恋「すまない……」

一言残すと、鞏恋はその場から走り去った。
彼女の影が消えるのとほぼ同じくらいに、
奥から男が姿を現す。

  李通李通

李 通「おいまだか、腹が減って仕方がない」
 娘 「すいません、今出来ますから」
李 通「おや……この皿は何だ?」
 娘 「……お腹を空かせた猫が来ましたもので。
    あまりにも可哀相でしたので、
    料理を分けてあげたのです」
李 通「おい! 猫よりもまず俺の飯が先だろうが!」
 娘 「はい、今分けますから。
    そうカリカリしないでください」
李 通「昼間は防衛で神経すり減らしてるんだ、
    イラつきもするわ!」
 娘 「私もそうですけども?
    別にこんな夜中に料理せずとも良いのですが」
李 通「あ、わ、悪かった。
    頼む、飯を食わせてくれ……」
 娘 「はいはい、少々お待ちくださいね」

その娘……李通万億は、父李通の懇願に
目を細めながら、皿に料理を盛っていく。
それを目の前に置かれると、
李通はさながら餌を与えられた犬のごとく
それをかきこみ始めた。

  李通李通

李通娘「鞏恋将軍……。
    次は戦場でお会いしましょう」
李 通「ん? なんか言ったか?」
李通娘「……いえ、何でもないですよ」

鞏恋は許昌城を脱出、潁川城塞へと帰還した。
すぐに金旋や甘寧の隊にも知らされ、
皆、胸を撫で下ろしたのであった。

特に魏光などは、その報を聞く前と
これほど変わるかというほどに喜んだ。

    ☆☆☆

金旋軍の攻撃が続き、許昌城は防戦一方。
残る兵も1万を切り、このままでは城は落ちる。
誰もがそう思ったとき、それは現れた。

  金旋金旋   金玉昼金玉昼

兵 A「申し上げます!
    東より正体不明の部隊が現れました!」
金 旋「正体不明なわけあるか!
    俺が知らないってことは敵部隊だろ」
兵 A「は、ははっ、申し訳ございません!」
金玉昼「敵の援軍が来たってことにゃ。
    ちょっとやっかいかにゃ」
金 旋「なに、こっちも兵を増やせばいい。
    費偉、潁川城塞の韓遂に出撃するよう使いを」

  費偉費偉

費 偉「はっ、承知しました」
金 旋「……どれ、敵の増援は誰なのか、
    ちょっと見てくるかな」
金玉昼「じゃ、私もー」

二人は馬を走らせ、見晴らしのいいところから、
敵の増援部隊を遠目に見やった。
敵部隊の旗には、『帥』の文字が書いてある。

金 旋「帥……はて?
    帥なんて姓の武将がいたか?」
金玉昼「……ちちうえ、ボケてる場合じゃないにゃ」
金 旋「ボケてなどいるか! 大マジだ!」
金玉昼「なおダメにゃ……。えーと。
    ちちうえの旗には何て書いてある?」
金 旋「俺の旗? 『金』だろ?」
金玉昼「……よく見てにゃ」

金玉昼が指差した金旋の陣の旗。
それには、『帥』の文字。

金玉昼「その軍の最高司令官が出陣する時、
    旗は『帥』となるのにゃ」
金 旋「あ、なるほど、気付かなかった。
    ふーん、最高司令官……最高司令官!?
金玉昼「ボス自らお出まし、ってことにゃ……」

許昌・潁川

許昌城に入城していく曹操軍の部隊。
その中心に、その男の姿はあった。

  曹操曹操

曹操孟徳。
曹操軍の大将が出てきたのだ。

……いよいよ、二人の英雄が対面する。

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