214年10月
ボ ス ケ テ
空に浮かぶ狼煙雲。
それを、潁川城塞にいる魏延、楽進が見つけた。
金旋隊と夏侯淵隊が交戦しているのはそこから見えており、
どうしたものかと話し合っていたところであった。
魏延
楽進
楽 進「む? なんだあれは!? ボスケテ?」
魏 延「殿の上げた狼煙だろうが……どういう意味だ?」
狼煙を見た二人は、その意図がまだ判らない。
やがて現れた韓遂が、その謎解きをしてみせた。
韓遂
韓 遂「ボスケテ、か。
由来は、その昔に危機に陥った戦士が、
苦し紛れに上げた狼煙から来ていると……」
魏 延「由来などはどうでもいいから、どういう意味だ!?」
韓 遂「そう焦るな。
元は『ボス助けて、早く僕らを助けに来て』
という意味なのだが、この場合はちと違うな。
『ボスを助けて、早くそこから敵を弱らせてくれ』
という意味だろう」
楽 進「……本当か?」
韓 遂「なんだ、疑うのか」
魏 延「狼煙の意味はともかく、
我らに何とかしろという意図なのだろう。
まずはアレで夏侯淵隊を弱らせるぞ」
楽 進「む、承知した」
アレとは、城塞に装備された兵器のことである。
それを今、彼らは起動する。
韓 遂「李厳、発射準備できているか!?
蛮望、砲弾装填は!?」
李厳
蛮望
李 厳「いつでも結構! 準備万端でござる!」
蛮 望「砲弾も装填OKよん!
まあ岩詰めただけだけどね」
楽 進「凌統、朱桓!
住民の避難は済んだか!?」
凌統
朱桓
凌 統「付近住民の通行は遮断完了!」
朱 桓「障害物もなし! 進路クリアー!」
魏 延「よーし! 総員、対ショック、対粉塵防御!
ロックストーン砲、発射ァァァ!」
魏延の号令と共に、城塞側面の可変壁がせり上がり、
そこから無数の岩が転がっていく。
……大層な名前が付けられてはいるが、
その実はただの落石装置である。
しかし、気分を大事にする金旋軍なのであった。
☆☆☆
夏侯淵
李通
夏侯淵「おのれ……。
亀のように守りに入りおって!
何のために出陣してきたのだ」
李通娘「将軍! あれを!」
夏侯淵「なっ……岩が!?」
いくつもの大きな岩が、ゴロンゴロンと転がり、
夏侯淵隊に襲い掛かる。
目の前の金旋隊に注意を奪われていた夏侯淵隊は、
不意を突かれる格好で兵を失っていくのだった。
李通娘「将軍! このままでは、
我が隊の方が先にやられてしまいます!」
夏侯淵「ぐ、ぐぬぬぬ……金旋め、狙いはこれか!」
金旋
費偉
金 旋「ははは、見たか! 名付けて、
『自ら囮となりて部下に岩をぶつけさせるの計』
……だ!」
費 偉「そのまんまです、殿」
夏侯淵隊は結局、半数ほどの兵を失ったところで、
許昌城への退却を余儀なくされた。
彼らは逆転を狙った攻撃で、
さらに兵力を失う結果となってしまったのである。
司馬懿
司馬懿「占卜誘連の策、見破られたというのか……」
夏侯淵隊退却の報を聞いた司馬懿は、
悔恨の言葉を漏らした。
占いにて巧みに君主を誘い出し、殲滅する。
策にハメたつもりが逆にハメられ、
金旋に見事にしてやられた格好であった。
だがその表情はすぐに戻り、不敵な笑みを浮かべる。
司馬懿「……フフ、あのバカ面に騙されたか。
なかなか面白い……興味深い人物だ」
☆☆☆
夏侯淵隊が退却したのを追いかける形で、
金旋隊は城へと向かい前進をしていた。
しかしその動きはそれほど早くもなく、
追撃をする意図は感じられなかった。
金旋
下町娘
下町娘「ずいぶん、ゆっくり進むんですね」
金 旋「まあな。ほら、大将がよわよわだからして」
下町娘「達観してますね。
軍議の席で玉ちゃんに言われた時は、
あんなに怒ってたのに」
金 旋「ああ、あれは半分演技だ」
下町娘「演技?」
金 旋「俺が占いを信じて出陣したと思わせるための演技さ。
軍師の反対を押し切って出陣すると判れば、
こりゃあ引っかかった、と相手は思うだろう」
下町娘「じゃあ、あの巫女は……」
金 旋「偽者だな。敵の智恵の利く者が、
俺を外におびき出すために放った者だろう」
下町娘「はあー。よくわかりましたね。
ちりょ……いえなんでもないです」
金 旋「おい、言いかけた途中で止めるな」
下町娘「……知力22のくせに」
金 旋「あんだと!?」
下町娘「ほら怒ったー!」
金 旋「大して変わらん相手に(※下町娘の知力は25)
言われると腹が立つんだ!」
下町娘「そんなー」
金 旋「……まあ、知力22でも気付くときは気付くんだ。
それに、あの巫女は知らなかったようだな」
下町娘「何をです?」
金 旋「俺は昔、洛陽にしばらくいたことがあってな。
その時にここの神の伝承も聞いたことがある。
だから、巫女の口から出た神の言葉が、
聞いてた神の口調と違うのがわかったんだ」
下町娘「へえ……。
本当の神さまなら、なんて言うんですか?」
金 旋「『とんでもねえ、あたしゃ神様だよ!』
と必ず言うんだ、ここの神様は」
下町娘「ほ、本当ですかぁ〜」
金 旋「もちろんだ」
下町娘「まあ本当だとして……。それを見破って、
逆に敵をハメるためにわざと出撃した、と」
金 旋「そういうこと。
つまり、俺は占いを信じて出陣したわけじゃない、
ということが判ったかな」
下町娘「まあ、それは信じますけど……」
金 旋「けど?」
下町娘「あの巫女を見て鼻の下を伸ばしてたの、
あれは演技じゃなく本気でしたよね」
金 旋「いや、その……。
まあいいだろ、男はそういうもんなの!」
下町娘「はいはい、開き直らない」
金 旋「むう」
前進を続ける金旋隊。
これに、潁川城塞から魏延隊3万が出て合流。
先に許昌城を攻撃している甘寧隊を合わせ、
本格的に城を落としに掛かる構えであった。
一方の許昌城では、
夏侯淵隊の起死回生の攻撃も失敗に終わり、
必死に篭城するしかもう策がない状態に
なってきていた。
金旋・魏延・甘寧の各隊が、ひっきりなしに
攻撃を仕掛ける。
大将である夏侯淵以下、懸命に防衛を続けるが、
旗色の悪さはどうしても否めないところであった。
そんな状況の中、許昌城の中で動きがあった。
許昌城の中にある牢獄……。
そこに鞏恋は囚われていた。
『へへへ、いい身体してるな姉ちゃん』
『い、いやあ……触らないでっ』
……というようなことは起こっておらず、
鞏恋は普通に獄の中に入れられていた。
最初こそ牢番たちに好奇の目で見られたが、
その時に言った彼女の台詞が、
彼らを遠ざけさせていたのである。
『病気移るから、私に触れないほうがいいよ』
何の病気なのかは言わなかったが、
それが逆に妙な現実感を生み、
兵たちは恐れて牢にも近づかない始末であった。
鞏恋
鞏 恋「……そろそろ、いいかな」
月が雲に隠れた夜。
鞏恋は、あらかじめ壊しておいた牢の鍵を外し、
すばやく外へと出た。
そばに兵たちの姿は見えず、
鞏恋は城の中を走り、脱出を図る。
ぐううう……
鞏 恋「う……」
思わず、鞏恋は周りを見回してしまう。
だが、周囲には誰もいなかった。
……それにしても、見事な腹の音であった。
彼女は今、かなりの空腹を覚えていた。
食事係も病気を恐れ、与えにも来なかったからである。
ふと、鞏恋はいい匂いを鼻に感じた。
見れば近くの家から、炊事の煙が上がっていた。
時間は遅いはずだが、台所から灯りが洩れ、
そこからふんふん、と女の鼻歌が聞こえる。
鞏 恋「ちょっとだけ、ちょっとだけ……」
鞏恋はそう自分に言い訳しながら、
台所へ忍び込んだ。
娘 「もーしー遠い未来をー♪
予想するのならー♪」
鼻歌にはやがて歌詞がつき、
どこかで聞いたことのあるような歌に変わった。
どうやら女は、家事に夢中になっている様子である。
よく見ると、女の背後の机に、
夜食とおぼしき料理の皿がいくつか並んでいた。
鞏 恋「(一皿だけいただこう)」
鞏恋はゆっくり忍び足で近づき、皿に手をかける。
……その時。
娘 「……隣り同士ーあーなーたーとー
たーわしさくらんぼー♪」
ガタガタッ
『わたし』を『たわし』と言い変えたのを聞き、
鞏恋は思わずズッコケてしまった。
ついでに『たわしじゃなくてわたしだろ!』
とツッコミを入れたいところであったが、
なんとかそれは思いとどまった。
娘 「……だ、誰!?」
物音に気付いた女は振り向き、鞏恋と目が合う。
しばし、凍りつくように両者の動きが止まる。
その静寂を破ったのは、気の抜けた音だった。
ぐう〜〜〜
娘 「ぷっ……うふふ」
鞏 恋「う……」
腹の音を笑われ、普段はポーカーフェイスの鞏恋も、
恥ずかしさに顔を赤らめる。
女は笑みを浮かべ、鞏恋の前に皿と箸を差し出した。
娘 「お腹空いてるんですね?
どうぞ、お食べになってください」
鞏 恋「え……」
娘 「貴方がどなたなのか、詮索は致しません。
でも、私の料理の匂いに釣られて、
思わずここに忍び込むようなお方。
悪いことをするとは思えませんわ」
鞏 恋「……あ、ありがとう」
鞏恋は席に座り、女の作った料理を食べ始めた。
暖かい料理はしばらくぶりだったため、
舌を火傷しそうな勢いで彼女は料理を平らげていく。
結局、並べられた料理全てを食い尽くし、
鞏恋は箸をおき手を合わせた。
鞏 恋「……ごちそうさまでした」
娘 「お粗末さまでした」
一息つき、どうしたものかと鞏恋が思案している時。
奥の方から男の声が聞こえた。
???「おーい、まだできんのかー」
思わず身構える鞏恋を静止し、女は声を上げた。
娘 「すいません、もう少し待ってくださいー」
そして鞏恋の顔を見て、微笑みながら頷く。
早く行けと促しているのだろうか。
鞏 恋「すまない……」
一言残すと、鞏恋はその場から走り去った。
彼女の影が消えるのとほぼ同じくらいに、
奥から男が姿を現す。
李通
李 通「おいまだか、腹が減って仕方がない」
娘 「すいません、今出来ますから」
李 通「おや……この皿は何だ?」
娘 「……お腹を空かせた猫が来ましたもので。
あまりにも可哀相でしたので、
料理を分けてあげたのです」
李 通「おい! 猫よりもまず俺の飯が先だろうが!」
娘 「はい、今分けますから。
そうカリカリしないでください」
李 通「昼間は防衛で神経すり減らしてるんだ、
イラつきもするわ!」
娘 「私もそうですけども?
別にこんな夜中に料理せずとも良いのですが」
李 通「あ、わ、悪かった。
頼む、飯を食わせてくれ……」
娘 「はいはい、少々お待ちくださいね」
その娘……李通万億は、父李通の懇願に
目を細めながら、皿に料理を盛っていく。
それを目の前に置かれると、
李通はさながら餌を与えられた犬のごとく
それをかきこみ始めた。
李通
李通娘「鞏恋将軍……。
次は戦場でお会いしましょう」
李 通「ん? なんか言ったか?」
李通娘「……いえ、何でもないですよ」
鞏恋は許昌城を脱出、潁川城塞へと帰還した。
すぐに金旋や甘寧の隊にも知らされ、
皆、胸を撫で下ろしたのであった。
特に魏光などは、その報を聞く前と
これほど変わるかというほどに喜んだ。
☆☆☆
金旋軍の攻撃が続き、許昌城は防戦一方。
残る兵も1万を切り、このままでは城は落ちる。
誰もがそう思ったとき、それは現れた。
金旋
金玉昼
兵 A「申し上げます!
東より正体不明の部隊が現れました!」
金 旋「正体不明なわけあるか!
俺が知らないってことは敵部隊だろ」
兵 A「は、ははっ、申し訳ございません!」
金玉昼「敵の援軍が来たってことにゃ。
ちょっとやっかいかにゃ」
金 旋「なに、こっちも兵を増やせばいい。
費偉、潁川城塞の韓遂に出撃するよう使いを」
費偉
費 偉「はっ、承知しました」
金 旋「……どれ、敵の増援は誰なのか、
ちょっと見てくるかな」
金玉昼「じゃ、私もー」
二人は馬を走らせ、見晴らしのいいところから、
敵の増援部隊を遠目に見やった。
敵部隊の旗には、『帥』の文字が書いてある。
金 旋「帥……はて?
帥なんて姓の武将がいたか?」
金玉昼「……ちちうえ、ボケてる場合じゃないにゃ」
金 旋「ボケてなどいるか! 大マジだ!」
金玉昼「なおダメにゃ……。えーと。
ちちうえの旗には何て書いてある?」
金 旋「俺の旗? 『金』だろ?」
金玉昼「……よく見てにゃ」
金玉昼が指差した金旋の陣の旗。
それには、『帥』の文字。
金玉昼「その軍の最高司令官が出陣する時、
旗は『帥』となるのにゃ」
金 旋「あ、なるほど、気付かなかった。
ふーん、最高司令官……最高司令官!?」
金玉昼「ボス自らお出まし、ってことにゃ……」
許昌城に入城していく曹操軍の部隊。
その中心に、その男の姿はあった。
曹操
曹操孟徳。
曹操軍の大将が出てきたのだ。
……いよいよ、二人の英雄が対面する。
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