○ 第五十七章 「ボスケテ」 ○ 
214年10月

許昌・潁川

夏侯淵が出撃するため、指揮権を譲られた李通。
押し寄せる甘寧隊を迎撃するため、
城壁にて陣頭指揮を執るのだった。

迎撃を続ける中、李通はふと、
兵たちの中に見知った顔を見つけた。

  李通李通

李 通「傅巽、こんなところで何をやっている」
傅 巽「これはこれは李通どの。
    見たとおり、防衛の手伝いですが」

傅巽(ふそん)。
元は劉表の配下で、後に曹操に降った者である。
政治は高いが、腕っぷしはさっぱりだった。

李 通「見ればそんなことは判る。
    お主、文官であろう。なぜここにいる」
傅 巽「私とて荷物運びくらいはやれます。
    少しでもお役に立てればと思いまして」
李 通「……そう、か」

李通はこれまで、こういうタイプの人物とは
あまり交遊を持とうとはしなかった。
知識人を気取りすぐに知識をひけらかし、
そのくせ戦では真っ先に安全なところに隠れる。
そういう奴らだという偏見を持っていたのである。

傅巽が荊州の出だということもあり、
これまで大して話をしたこともなかった。

傅 巽「防衛の指揮を任されたそうですな、
    頑張ってくだされ。
    この傅巽、剣で戦うには不向きですが、
    役立てることがあれば何でもやりますぞ」
李 通「しかし、こんな危険なところにいる
    必要はないのではないか」
傅 巽「何をおっしゃいますか。
    皆が命を賭けて戦っているのです。
    私ばかりが安全なところにいては申し訳ない」
李 通「そうか……わかった。皆の手伝いを頼む。
    しかし敵の攻撃が激しくなった時は、
    すぐに避難せよ。いいな」
傅 巽「ありがとうございます」

すでに歳も50を過ぎた文官の男が、
兵士たちに混じり矢の束や石を運んでいる。
その光景に、李通は自分の卑しい心を恥じた。

李 通「文官も武官もない……。
    この城を守ろうと必死に働いている。
    そんな彼らを偏見の目で見てた自分が情けない」
兵 A「李通将軍! 甘寧隊が一斉射撃を!」
李 通「むう、甘寧め。総員防御体勢を取れ!
    なるべく物陰に隠れ、矢を避けよ!」

押し寄せる甘寧隊の兵たちは弩を連発し、
矢の雨を城へと降らせる。
守備兵は物陰に隠れ矢をやり過ごそうとするが、
それでも全てかわし切れるものではない。
運の悪い者は矢の雨に討たれ、倒れていく。

そしてそれは、指揮を取る李通も同じであった。

  魏光魏光

魏 光「敵将を見つけたぞ! ……当たれ!」
李 通「……ぐっ!?」

魏光の弩から放たれた矢は、李通の右肩に突き刺さった。
不意に襲った鋭い痛みのために、李通の動きが止まる。

  鞏恋鞏恋

鞏 恋「……もらった!」

魏光の矢が李通に命中したのを見て、
金旋軍随一の狙撃手、鞏恋が養由基の弓で李通を狙う。
その矢は放たれ、寸分違わずに李通へと向かう。

ドスッ

矢が肉に突き刺さる鈍い音。
そして、その矢が突き刺さったのは……。

傅 巽「……李通どの、大丈夫ですかな……」
李 通「傅巽っ!?」

動けない李通の前に傅巽が立ちはだかり、
身を盾にして矢を防いだのだった。
矢は傅巽の背中に突き刺さり、
胸からやじりが突き出ていた。

李 通「傅巽! な、何てことを!」
傅 巽「は、はは……。
    大将を守らねば、戦いは負けるでしょう……」

ドスドスッ

他の兵が放ったと思われる矢が、
次々に傅巽の背に当たる。
傅巽は口から血を吐き、そのまま前のめりに倒れた。
李通はなんとか左手でそれを受けとめる。

李 通「なんてことを……。
    お主は文官、戦は専門外だろうが!
    戦で身を呈して働く身分ではない!」
傅 巽「まあそう言われるとそんな気もするが……。
    ついカッとなってやってしまった……」
李 通「カッとなってやることか!」
傅 巽「ははは……面目無い……」

すでに最初の一矢が致命傷であることは、
李通の目にも判っていた。
むしろ、今、話ができていることが
不思議なくらいである。

傅 巽「せっかく私が助けたのだから、その命、
    粗末にせんでくだされよ……」
李 通「傅巽……」

しかしその李通の呼び掛けに、
傅巽が答えることはなかった。

李 通「許さん、許さんぞ金旋軍!」

肩の痛みを忘れるほどに李通は憤り、
彼の指揮の下、城の反撃は苛烈になっていった。

    ☆☆☆

  夏侯淵夏侯淵  李通李通

夏侯淵「夏侯淵隊、出るぞ!」
李通娘「承知しました!」

夏侯淵隊の出撃準備が整い、城門が開いていく。
目の前には、甘寧隊が待ち受けている。

  于禁于禁   張哈張哈

于 禁「おやおや、さっそくのお出迎えのようだな」
張 哈「……長引かせるわけにはいかない。
    あくまで我らの狙いは金旋だ」
夏侯淵「うむ……まず一撃を食らわせ、
    敵がひるんだ隙に突破し金旋隊へ向かうぞ」

騎馬中心の部隊、兵1万2千。
そして率いるは曹操軍指折りの将たちである。

李 通「夏侯淵どの! お任せ致しますぞ!
    どうか金旋の首を!」
夏侯淵「任せておけ!」

夏侯淵隊の精鋭は城門を駆け抜け、
待ち受ける甘寧隊へと突っ込んでいった。

対する甘寧隊は弩を放ち矢を打ちこむが、
夏侯淵隊の機動力の前に、若干押されていく。

  甘寧甘寧   鞏恋鞏恋

甘 寧「ちっ、数じゃこっちが優ってるのだが」
鞏 恋「大将の差かな」
甘 寧「な、なんだと?」
鞏 恋「冗談……。
    じゃ、ちょっと押し返してくる」

鞏恋はそう言って馬にまたがり、
交戦しているところへ駆けていった。

甘 寧「押し返してくるって、軽くは言うが……」

交戦地帯では、金目鯛がなんとか奮闘し、
夏侯淵隊の前進を食い止めようとしていた。

  金目鯛金目鯛   曹洪曹洪

金目鯛「うりゃああああ! ここは一歩も通さねえぞ!」
曹 洪「ならば、我らの突進を止められるか!」
金目鯛「あ! この前のケツ斬り男め!
    今度は負けんぞ、覚悟しろ!」
曹 洪「け、ケツ斬り……?
    な、なんて酷い呼称で呼ぶのだ!
    私の名は曹洪、曹一族の重鎮だぞ!」
金目鯛「うるさい! 俺のケツの仇!」
曹 洪「ええい、そんなにケツにこだわるなら、
    そのケツを真っ二つに割ってくれるわ!
    やれ、突進だ!」

曹洪の号令のもと、曹洪の手勢が突進していく。
金目鯛とその手勢はそれを迎え打ち、
巧く敵の突進を受け流してみせた。

金目鯛「はっはっは! どうだケツ斬り男!」
曹 洪「ぐぬぬっ……。
    あまり時間をかけていられぬというのに。
    ならばもう一度……」
夏侯淵「いや、ここは私がなんとかしよう」
曹 洪「夏侯淵どの!?」

曹洪を制して前に出てきたのは、大将の夏侯淵。
その威風堂々とした振舞いを見て、
周囲の両軍の兵士たちの動きが止まった。

夏侯淵「……我は夏侯淵! 一騎討ちを所望する!」
曹 洪「ま、待たれい!
    大将のくせに一騎討ちなど……」
夏侯淵「張哈はまだ本調子ではないし、
    お主や万億では役不足というもの。
    ならば私が出るしかあるまい」
曹 洪「なんだとう!?」
夏侯淵「ここを抜けるにはこれしかないのだ。
    ……さあ、私に挑む者はおらんのか!?
    金旋軍の将は武勇では劣るようだな!」

金目鯛「ちっ、好き勝手言ってくれる。ここは俺が……」
鞏 恋「ここは、私が行く」
金目鯛「鞏恋!?」

金目鯛を制して、鞏恋が前に出る。
夏侯淵と鞏恋は向かい合い、視線を交わした。

鞏 恋「一騎討ち、承る」
夏侯淵「……ほう、これは珍しい。女の将か。
    娘、名はなんという?」
鞏 恋「……鞏恋」
夏侯淵「ほう、お主が……。
   養由基の再来と言われる弓の名手。
   そんな女武将が金旋軍におると聞いたが、
   お主がそうか」
鞏 恋「……それほどでも」
夏侯淵「私も弓には自信があるが、この場は槍で勝負だ。
    弓の腕は確かなようだが、槍の方はどうかな」
鞏 恋「勝負してみればわかること……」
夏侯淵「ふむ、それもそうか。ならばいくぞ小娘!」

鞏恋:武力94 VS 夏侯淵:武力93
(※武器補正込)

両者の槍が交わり火花を散らす。
続けて十数合を打ち合い、切り結び、弾き返す。
両者の腕は互角。
膂力では夏侯淵が優るが、若い鞏恋には早さがある。
だが、一瞬の差が勝敗を分けた。

キラッ、と夏侯淵の槍が光り、
その光を目にした鞏恋が一瞬怯んだ。
その隙を突いて夏侯淵は、
槍の柄で鞏恋を馬上から叩き落とす。

夏侯淵「……勝負ありだな」
鞏 恋「くっ……」
夏侯淵「大人しくしておけ、悪いようにはせん」

金目鯛「鞏恋! ええい、助け出せ!」
兵 A「む、無理です、この距離では!」
金目鯛「弩があんだろが! 撃て!」
兵 A「鞏恋将軍に当たります!」
金目鯛「ぐ、ぐうう!」

鞏恋を捕らえ、夏侯淵隊の士気はこのうえなく上がった。
逆に甘寧隊は、隊のアイドル的存在が負け、
そして捕らえられたことに意気消沈してしまう。

魏 光「……そ、そんな! 鞏恋さんが捕らえられた!?」
甘 寧「そのようだ……。
    くそっ、俺が止めておくべきだった」
魏 光「う、嘘だ……嘘だと言ってくださいよ甘寧さん!」
甘 寧「残念ながら本当だ」
魏 光「う、ウソだ……。
    ウソダドンドコドーン!
甘 寧「お、落ち着け魏光!」

一方、金旋隊にも鞏恋捕まるの報が届けられる。
なおこの間、夏侯淵隊は甘寧隊を押し込み、
進路を変えて金旋隊へと向かってきていた。

許昌・潁川

  金旋金旋

金 旋「なに、鞏恋が捕まっただと?」
兵 B「はっ、救出はできませんでした」
金 旋「それはまずいな……。
    なんとか助けてやらねば。
    費偉、どうすべきだと思う」

  費偉費偉

費 偉「は。ここは無理な救出作戦を立てるより、
    捕虜返還要求の使者を立てるべきかと」
金 旋「その間に殺されたりはしないか?」
費 偉「曹操は敵でも有能な士は大事にする男。
    その部下たちです、いくらなんでも
    そうすぐに斬ったりは致しますまい」
金 旋「むう、わかった……」
費 偉「それよりまず、
    目の前の夏侯淵隊をどうするかでしょう」
金 旋「いや、それは心配する必要はない。
    ……そうだ、甘寧に伝えてくれ。
    夏侯淵隊は放っておいて、城を攻撃しろとな」
兵 B「え? 城をでございますか?」
金 旋「うむ。夏侯淵隊はこの隊で対処する」
費 偉「と、殿?
    お言葉ですが夏侯淵は曹操軍きっての勇将。
    甘寧隊と協力して戦うべきです」
金 旋「いや、いいんだ。
    ……いいか、ちゃんと伝えろよ」
兵 B「はっ、わかりました」

兵士は一礼すると、甘寧隊へと戻っていった。

費 偉「殿!? このままでは我が隊は……」
金 旋「費偉。
    俺が何の対策もなしに出陣したと、
    そう思ってるのか?」
費 偉はい
金 旋「……即答かよ」
費 偉「も、申し訳ありません!
    つい、本音を……」
金 旋「まあそれはいい。
    それより、玉を呼んでくれ」
費 偉「は、はあ……」

費偉は納得できない顔をしながらも、
軍師金玉昼を呼びに行った。
そして金旋の元にやってきた金玉昼は……。

  金玉昼金玉昼

金玉昼「(つーん)」
金 旋「……まだ怒ってるのか」
金玉昼「怒ってないにゃ」
金 旋「……まあいいが。
    夏侯淵隊が甘寧隊を振り切って、
    こっちに向かってきてるらしい」
金玉昼「そうですかにゃ。狙い通りにゃ」
費 偉「狙い通り……?
    それはどういう意味ですか?」
金玉昼「ちちうえが狙った通りの展開になっている、
    そういう意味にゃ」
費 偉「えっ?」
金 旋「ほう?」

金玉昼の言葉に、金旋と費偉は驚きの表情を見せた。
ただし、それぞれの驚きの意味合いは違う。
費偉のそれは予想外のことを言われたためで、
一方の金旋のそれは、金玉昼の洞察力に
感心したことによるものであった。

金 旋「よくわかったな」
金玉昼「出陣時、隊の陣形を密かに方円(防御型)に
    したことで、その意図が見えたにゃ」
費 偉「軍師、その意図とは?」
金玉昼「この隊は囮だということにゃ。
    最初から敵を外に引きずり出すつもりで、
    ちちうえは出陣したのにゃ」
費 偉「な、なんと?」
金玉昼「戦下手な自分が出陣すれば、
    敵が一発逆転を狙って出陣してくる。
    それを誘うために、あえてそうしたのにゃ」
費 偉「そんな、本当ですか!?」
金 旋「玉の言うとおりだ。
    俺が出ることで敵部隊を誘い出し、
    野戦にて兵を減らす……。
    どうなるかわからなかったが、
    上手く引っかかったようだな(※)

(※ゲーム中、実際に君主が囮となるかどうかは不明。
 この時はこうなったというだけです)


費 偉「し、しかし、我が隊だけで夏侯淵隊を倒すのは……」
金 旋「確かに、この隊だけで戦っては倒せないな」
費 偉「わ、わかっていて甘寧隊を城へ向かわせると!?
    今からでも遅くありません、甘寧隊に救援を!」
金 旋「そう心配すんな、費偉。
    戦下手の俺だからこその戦い方、見せてやろう」
金玉昼「名付けて他力本願戦法……てとこにゃ」
費 偉「他力本願……?」
金 旋「ま、見ていろ。……しかし、玉。
    俺の出陣の意図に気付いていたのに、
    さっきは何で怒ってたんだ?」
金玉昼「気に入らんのにゃ」
金 旋「……何が?」
金玉昼「軍議の時点で私が気付けない策を考えてた、
    その事実が気に入らないのにゃー!
金 旋「なんだ、そんなことか!
    そんなことで怒っていたのか、はっはっは!」
金玉昼「わ、笑うなー!」
金 旋「あーっはっは!」

兵 C「申し上げます!
    夏侯淵隊、目の前に迫って参りました!」
金 旋「よし、それでは戦闘開始だ。
    無理に敵兵を倒す必要はない、
    とにかく堅く守れ!」
費 偉「は、はっ!」
金玉昼「承知ー」

対する夏侯淵隊は、勢いよく金旋隊に向かって
特攻していくのだった。

夏侯淵「金旋を討て!
    奴さえ討てばこの戦いは終わる!」

兵数は自部隊の倍以上とはいえ、
敵の大将は統率力に欠ける金旋。
夏侯淵は、十分勝算があると思っていた。

許昌・潁川

だが、実際はそうはいかなかった。
守りを堅くしている金旋隊に対し、
兵数の少ない夏侯淵隊は
決定的な打撃を与えられずにいた。

于 禁「むう……。
    敵の隊は防御型の陣形を取っている。
    これではなかなか減らせんぞ」
張 哈「これを殲滅するには、かなりの時間がかかるぞ。
    どうすればよいのだ」

夏侯淵隊の将たちは焦った。
ただでさえ、城を甘寧隊に攻撃されているのである。
このままでは、金旋隊を倒す前に許昌が落とされてしまう。
そしてさらに……。

金 旋「頃合だな……伊籍! 狼煙を!」
伊 籍「はっ! それっ、たーまやー」

伊籍の手製の筒から、勢いよく打ち上げられる狼煙玉。
その玉から噴き出された煙は、
空に大きな文字を浮き上がらせた。

 ボ ス ケ テ

曹 洪「ぼ、ボスケテ?」
張 哈「どういう意味だ……?」
夏侯淵「ま、惑わされるな! 攻撃を続けろ!」

ボスケテ……これは何を意味するのか?
そして金旋が見ていろと言った戦い方とは……。

謎が謎を呼び次回へと続く。

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