○ 第五十六章 「許昌に参れと神は言い」 ○ 
214年9月

許昌・潁川

9月の下旬、完成した潁川城塞に、
宛から金旋、下町娘、費偉らが入った。

これは、本腰を入れて許昌・洛陽を攻めるという、
金旋の並々ならぬ決意の現れと言えよう。
しかし、統率力に欠ける金旋の城塞への移動は、
実質的には防衛力の低下しか招かないのだが。

軍師である金玉昼は、嫌そうな表情を隠しもしなかった。

  金旋金旋   金玉昼金玉昼

金玉昼「……何でこっち来るかにゃ〜」
金 旋「やる気になってる父に対して、そりゃないだろ」

しかし当初の計画はそのまま続行。
予定通り、許昌城への攻撃は開始される。

城塞建設時の戦いで負傷兵が多数出たため、
まずは甘寧の隊、3万のみが許昌城へ向かって出撃。
付随する将は鞏恋・魏光・金目鯛・陳応である。

対する許昌の兵は、2万5千。(負傷兵は含まず)
夏侯淵は部隊を出さず、篭城する構えであった。
許昌城内では、夏侯淵軍の首脳が軍議を行っていた。

  李通李通   于禁于禁

李 通「夏侯淵どの! ここは軍を出すべきです!」
于 禁「落ち着け、李通。
    外に出ていっては、城塞からの落石を浴びるぞ」
李 通「し、しかし、篭城ではジリ貧になるだけですぞ!」

  夏侯淵夏侯淵   荀域荀域

夏侯淵「……荀域どの、張哈の容態はどうですかな?」
荀 域「傷は深くはないですが、
    完治まではもうしばらく掛かるでしょう」
李 通「夏侯淵どの!」

夏侯淵「そう大声を出すな。お主の意見はもっともだ……。
    篭城だけではジリ貧になるのは目に見えている」
李 通「ならば、出撃して迎え撃つべきです!」
夏侯淵「いや、今はダメだ。出撃して戦うには兵が足りん。
    汝南・陳留からの補給を待て」
李 通「しかし、敵が全力で掛かってきたら、
    援軍など間に合いませんぞ!」
夏侯淵「むう……」
于 禁「この城はそこまでもろくはないぞ。
    援軍が来るまで充分持ち堪えられる」
荀 域「確かに、普通の攻撃になら耐えられるでしょう。
    ですが、金旋軍は象兵を使うと聞きます」
于 禁「む……象か。以前、曹彰様に話を聞いた。
    かなりの破壊力を持つ獣らしいな」
夏侯淵「うむむ……仲達、お主はどう見る」

夏侯淵は、ずっと黙ったまま末席に座っていた男……。
司馬懿仲達に話を振った。

  司馬懿司馬懿

司馬懿はずっと閉じていた口を開き、語り始める。

司馬懿「私が思いますに、おそらく金旋軍は、
    すぐには全力で攻めては来ないでしょう。
    部隊を小出しにしてくると思われます」
夏侯淵「なぜそう思う?」
司馬懿「先の戦いでは、負けたとはいえ
    我が軍の強さが光っておりました。
    城塞建設地に迫り、甘寧隊を追い詰めた。
    これは、金旋軍にとっても印象に残ったはずです」
于 禁「確かに……。うぬぼれと思われるかもしれんが、
    不利な状況の中、よくやったと思うぞ。
    潁川城塞には負傷兵があふれているとも聞く」
荀 域「司馬懿どのの撹乱の計も効いておりましたな」
司馬懿「恐縮です」
夏侯淵「……しかし、それだと逆にならぬか?
    我が軍の力を恐れるなら、全力で来そうなものだが」
司馬懿「いえ、良いのです。
    恐れるからこそ、我々の出方を見てきます。
    今ここで部隊を出せば、迎撃部隊で殲滅しようとし、
    篭城を続ければ、やがて攻城兵器を出すでしょう」
夏侯淵「ふむ……」
司馬懿「まずここは一旦守りを固めて、
    陳留・汝南の援軍を待つべきと思います。
    それに……」(にやぁ)
夏侯淵「それに?」
司馬懿「いえ、何でもありませぬ。ククク……」
夏侯淵「そ、そうか。
    (智謀は確かなものだが……。
    この気持ち悪い笑い方はどうにかならんものか)」
荀 域「これで決まりましたかな」
夏侯淵「うむ。まずは守りを固め、援軍を待つ。
    状況次第では出撃も有り得るが、基本は篭城だ。
    ……李通も、それで良いな」
李 通「はっ、承知しました……」

司馬懿は不気味な笑みを浮かべていた。
彼は一体、何を企んでいるのであろうか。

    ☆☆☆

潁川城塞を出た甘寧隊3万は、
翌日には許昌城に迫り、攻撃を開始する。
兵たちは弩を構え、一斉に矢を射掛け始めた。

  甘寧甘寧

甘 寧「それ、ガンガン射掛けろ!
    矢を一番多く撃った者の飯を2倍にするぞ!」
兵 A「おお! それはスゴイ!」
兵 B「飯2倍は俺が貰うぞー!」
甘 寧「よし、城塞から近いため兵たちの士気も高い。
    この3万の部隊だけでも充分戦えるぞ。
    ……む?」

  金目鯛金目鯛

金目鯛「……はぁー」
甘 寧「ど、どうした金目鯛、溜息などついて。
    戦場で気を抜くと危険だぞ」
金目鯛「……何で俺、ここにいるのかなぁ」
甘 寧「それは、この部隊に配属されたからだが?」
金目鯛「いや、弩兵ばかりの部隊なのに、
    何で弩使えない俺がいるのかなって……」
甘 寧「さ、さあ……。この配置は軍師の提案だったが」
金目鯛「俺、玉昼に嫌われてるのかな……。
    確かに歳は離れてるけど、
    仲良くしてきたつもりなんだがなぁ……」

弩兵法を何も知らない金目鯛の存在は、
皆が矢を射続けるこの部隊の中ではかなり浮いていた。

そもそも、軍師金玉昼がこの隊に金目鯛を配置したのは、
敵軍が出撃した時の野戦要員として、というのがひとつ。
もうひとつが、金目鯛がいずれ弩兵法を扱えるよう、
すぐ目の前でよい見本を見させようという
親心(妹心)からであったのだが。
金目鯛には、その意図は伝わらなかったようである。

それはさておき、許昌城での攻防は続き、
月は10月、季節は冬へと移っていく。

潁川城塞内では、負傷兵のリハビリや訓練が行われ、
新たな部隊の派遣が可能になっていた。
そんな中、許昌の戦いの行方を見守っていた金旋の元に、
ひとりの巫女が訪ねてくる。

  金旋金旋   下町娘下町娘

下町娘「なんかですね、金旋様の運勢を占いたいので、
    是非とも会わせて欲しいって言ってるんですよ」
金 旋「ほう。美人か?」
下町娘「そうですね、けっこうな美人でした。
    まあ私には負けますけどねー」
金 旋「町娘ちゃんに負けるんじゃ微妙だなあ……」
下町娘「はいはい! 私よりもずっと美人でした!」
金 旋「冗談だって、そう怒るな。
    町娘ちゃんとて捨てたもんじゃないぞ」
下町娘「……お世辞言っても何も出ませんよ。
    で、会いますか?」
金 旋「敵の刺客とかだったりしないよな?
    会った途端、ズバッてのは嫌だぞ」
下町娘「お会いになるんでしたら、
    ボディチェックは念入りにやりますけど?」
金 旋「ぼ、ぼでーちぇっくか……。
    俺が直々にやりたいところだが」
下町娘「……じー」
金 旋「そ、そうだよな。
    俺がやってはボデーチェックの意味がないもんな」
下町娘「全く……。
    玉ちゃんが探索で留守だからって、
    ハメ外さないでくださいね」

金玉昼は、『ここ(潁川)には何かイイモノがあるにゃ!』
と言って探索に行っており、今現在は留守であった。

下町娘「……ということで、会うんですね?」
金 旋「何が『ということ』なのかわからんが、
    会ってみようじゃないか」
下町娘「全く男ってのはもう……ぶつぶつ」

しっかりとボディチェックが行われた後、
金旋の前に巫女が姿を現した。

  梅

巫 女「お初にお目にかかります。
    わたくし、巫女の梅(ばい)と申します」
金 旋「ほう……」
巫 女「どうかなさいましたか?」
金 旋「いや、貴女のような美しい巫女に会うのは
    初めてなものでな。感心していたのだ」
巫 女「まあ、お上手ですね」
金 旋「いや、世辞などではないが……。
    で、占いをしてくれるそうだが?」
巫 女「はい。この潁川は古来より神聖な地。
    ここで占うことで、金旋様に運気を呼びこみ、
    金旋様のお役に立てればと思いまして……」
金 旋「ほほう、どのような占いかな?
    何か用意するものがあるか?」
巫 女「いえ、香を焚き、祈りを捧げる踊りを
    舞うだけでございます。
    さすれば神が私に降り、神託を下さるでしょう」
金 旋「そうか。香はこちらで用意しよう。
    すぐやれるか?」
巫 女「はい、ではまず香を焚いてくださいませ」

金 旋「……じゃ、香を頼む」
下町娘「はいはい。全く鼻の下をデレーッと伸ばして……」
金 旋「何を言うかね、せっかく占ってくれるというのに、
    しかめっ面はしてられんだろう」
下町娘「どうだか」

下町娘が用意した香炉から煙がたち昇り、
部屋に幻想的な空気が漂う。
そこで巫女は、祈祷の踊りを舞い始めた。
神々しく、それでいて官能的に……。
巫女の美しさと相まって、見事な踊りであった。
金旋は、思わずそれに見とれてしまう。

巫 女「ヤアッ!」

巫女が一声掛けると、彼女の動きが止まった。
ゆらゆらと夢遊病者のように身体を揺らしながら、
巫女は金旋の方を向く。

巫 女「……我は古くよりこの潁川に住みし神。
    この巫女の祈祷により、お主を占ってしんぜよう」
金 旋「おおっ……お願い致す」
巫 女「まずお主の運気は見事である!
    まさに王者の気をまとっている!
    この運気を逃さず進めば、望みは全て叶うだろう!」
金 旋「おお……大吉ということですな」
巫 女「そして更に運気を高めるのは南!
    この地の南に赴き軍神に祈りを捧げよ!
    さすれば全ての神の祝福を受け、
    お主は人にして神にも等しい存在となる!」
金 旋「人にして神に等しい存在……!?」
巫 女「だが、これはお主の心掛け次第。
    ゆめゆめ、忘れるでないぞ……」

巫女はそう言うと、ぱたりと倒れこんだ。
金旋は、側に寄り巫女を助け起こす。
すると、巫女はゆっくりと目を開けた。

巫 女「……うーん」
金 旋「大丈夫か」
巫 女「は、はい……ありがとうございます」

巫女は大丈夫だと手で金旋の身体を離した。
金旋はちょっと残念そうな顔をしながらも、
占いの内容を話して聞かせる。

金 旋「神は大吉と言っていたぞ。王者の運気だとな」
巫 女「左様でございますか。おめでとうございます」
金 旋「南に赴き軍神に祈りを捧げよと言っていたが、
    具体的にはどうすればよいか、わかるか?」
巫 女「軍神でございますか……。
    軍神は戦が好きな神にございます。
    その神への最大の供物は、戦そのもの。
    つまり、南へ赴いて戦を行うことこそ、
    軍神への祈りとなることでしょう」
金 旋「ふむう。南か……許昌も南側だな」
巫 女「神は許昌へ参れと申しているのでしょうか」
金 旋「そうかもしれんな。
    ……貴女に礼をせねばならないな。
    何か、望むものはあるか」
巫 女「いえ、私は神に導かれて参りました。
    ここで占いましたのも神の導き、
    大吉と出たのも神のお告げ。
    そう考えますれば、私が礼を受け取る道理が
    ございません」
金 旋「そうか。貴女は欲がないな」
巫 女「欲がないからこそ、巫女になったのです」
金 旋「はっはっは、それもそうだ」

その後も金旋は巫女を引き止めたが、
彼女は辞し、何処へと去っていった。

金 旋「ふーむ、美しい巫女だったな」
下町娘きーんーせーんーさーまーっ!
金 旋「おわあ! 驚かすなっ」
下町娘「デレデレしてないで、シャキッとしてください!」
金 旋「失礼な、俺はいつでもシャキシャキしてるぞ」
下町娘「……へぇ〜」
金 旋「な、なんだその蔑んだような目は!」
下町娘「いーえ、なんでも。
    ただ、この場に玉ちゃんがいたら、
    なんて言ったかなあって思って」
金 旋「玉は関係あるまい。
    別に、何もやましいことはしてないしな」
下町娘「あ、玉ちゃん、お帰り」
金 旋「ふん、そうやって動揺を誘おうとしてもムダ……」
金玉昼「何が動揺を誘うって?」

  金玉昼金玉昼

金 旋わー!
    すまんごめん許してくれっ!!」
金玉昼「は? ちちうえ、何言ってるのにゃ?」
金 旋「あ、いや、なんでもないぞ気にするなー!」
金玉昼「そう言われると余計に気になりまひる」
金 旋「何もない!
    そそそそれより、探索はどうだった!?」
金玉昼「……まあ別にいいけど。
    探索の結果、牛灯を見つけてきたにゃ。
    はい、これ」

   
    ピカーン

金 旋「おおっ! これはかの有名な……」
下町娘「有名な?」
金 旋「福島名物の赤ベコ!
金玉昼「……牛灯にゃ。
    赤くもないし首も揺れないにゃ」
金 旋「さよか。ま、お宝には違いない。
    よく見つけてきたな、偉いぞ」
金玉昼「にゃはー。お駄賃はー?」
金 旋「……飴玉でいいか?」
金玉昼「冗談にゃ」

金 旋「さて、玉も戻ったことだし、
    出撃部隊の編成について軍議を開くぞ」
金玉昼「はいにゃ」
下町娘「じゃ、私は皆さんを呼んできます」

    ☆☆☆

軍議の席には、君主金旋の他、
秘書役の下町娘、軍師金玉昼、副軍師格の費偉、
武官の上位格の魏延、韓遂、楽進が集められてた。

 金旋  下町娘  金玉昼  費偉
 魏延  韓遂  楽進

バン!と机を叩き、金玉昼は立ち上がった。
その眉は吊り上がり、怒りの感情が一目でわかる。

金玉昼「……ちちうえ、今言ったこと、
    もういっぺん言ってほしいにゃ」
金 旋「おう、いいぞ。
    ……今回の出撃部隊は、俺が率いる
金玉昼「何を馬鹿言ってんだにゃー!」

パコーン!(←手にした書簡で頭を叩いた音)

金 旋「あいだーっ!」
魏 延「ぐ、軍師、落ち着け、どうどう」
金玉昼「これが落ち着いてられっかにゃー!」
金 旋「あたたた……なんてことをする。
     馬鹿になったらどうするんだ」
金玉昼「今で十分馬鹿だから大して変わらんにゃー!」
金 旋「あんだとう!?」
費 偉「まあまあ軍師、水でも飲んで落ち着いて」
金玉昼「全く……(ぐびぐびぐびぐび)」
費 偉「しかし、軍師が声を荒げるのも判ります。
    優秀な将は数多く残っておりますのに、
    何故、殿が出撃なさるのですか?」
金 旋「むう……そのことだが……」
金玉昼「(ぐびぐびぐびぐび)
    ……って費偉さん、水多すぎにゃー!
    こんなに飲んだらお腹たぷたぷになりまひる!」
費 偉「そうでしたか、すいません。
    ……して、殿。自ら出撃しようという理由は?」
金 旋「理由は、だな。
    俺も安全な所でヌクヌクしているわけにいかない、
    前線で兵を率い、自ら戦う姿勢を示す必要がある。
    そう思ったからだ」

下町娘「うそっぱち……」
金 旋「……しーっ」

費 偉「……左様ですか。
    お心掛けは立派だとは思いますが、その」
金玉昼ちちうえは戦が下手だからダメにゃ!
費 偉「ぐ、軍師、あまりはっきり言われない方が……」

金 旋玉!
    お前いい加減にズバズバ言うの止めろ!
    一言一言が痛いんだよ!」
下町娘「あ、キレた」
金玉昼「事実を言うのが悪いっていうのかにゃ!?
    それじゃ正直者は皆打ち首だにゃー!」
金 旋「んなこと言ってんじゃねー!
    もう少し人の気持ちも考えろってんだ!」
金玉昼「だったらちちうえも自重してほしいもんだにゃ!
    戦下手な大将の下で戦う兵の気持ち、
    もう少し考えてやるべきにゃ!」
金 旋「下手下手言うな!
    こちとら黄巾の乱から戦ってるベテランだぞ!
    お前こそまだまだヒヨッコだろが!」
金玉昼「あ、あ、あんですとぉー!?」

韓 遂あー、ガタガタうるさい!
費 偉「か、韓遂どの!?」
韓 遂「うるさいもんはうるさい! ここは軍議の場だろう!
    親子喧嘩ならよそでやってくれ!」
楽 進「韓遂どのの言う通りです。軍議の席というものは、
    冷静な気持ちで論ずるべきところでしょう」
魏 延「殿、軍師、ここは言葉の矛を納めてくだされ」
金 旋「……むう。判った、冷静に軍議をしよう。
    しかし、俺の出撃は撤回しないぞ」
金玉昼「……あーもうわかったにゃ!
    勝手にやればいいにゃ!」
費 偉「軍師! どこへ!?」
金玉昼「私の意見は必要ないみたいだから、
    退席するんにゃ! じゃっ!」

ずんずんと怒りの足音を響かせ、
金玉昼は部屋から出ていってしまった。

費 偉「軍師!」
金 旋「放っておけ。最近、玉に任せすぎていた。
    少し仕事を減らしてやるのもよかろう」
費 偉「しかし……」
金 旋「部隊の編成についてだが、兵は3万5千。
    連れていく将は玉、下町娘、費偉、伊籍だ」
韓 遂「は? 武官は連れていかんのですか?」
金 旋「うむ。お前たちは待機していろ。
    出撃させるときは、こちらから指示を出す。
    それまで、負傷兵のリハビリや訓練を怠るな」
魏 延「は、承知致しました。
    ……軍師を連れていっても大丈夫なのですか?」
金 旋「なんだ、心配してるのか?
    あの程度で悪くなる親子の仲ではない。
    気にすることはない」
魏 延「は、はい。判りました」
下町娘「ちょ、ちょっと待ってください!
    私も出陣ですか!?」
金 旋「そうだが、それがどうした?」
下町娘「あー、何言ってもムダですね……。
    ……いえ、何でもないです。ついていきます」
金 旋「よし、軍議は以上だ。解散!」

金旋、下町娘、費偉は退室した。
魏延、韓遂、楽進はその場に残り、話し始める。

楽 進「……殿には珍しく強引に決めていたな」
魏 延「軍師に対し語気を荒げるのも、初めてではないか」
韓 遂「語気を荒げるのは、心にやましいことがある時よ。
    殿は何か隠しておられるな」
楽 進「何か、とは?」
韓 遂「具体的なことはわからんがな……。
    しかしこの殿の出陣だが、
    戦術的にはあまりよろしくないのは確かだ」
魏 延「では、やはり殿をお止めするべきか?」
韓 遂「今更止められると思うか?」
楽 進「ま、無理であろうな」
魏 延「むう……」
韓 遂「我らに出来ることといえば、
    いつでも援軍を出すようにしておくこと、
    無事に戻ってくれるよう祈ること、
    親娘が仲直りしてくれるよう祈ること。
    この3つだな」
楽 進「一番最後のが難しいのではないか?」
韓 遂「私は子がいないからわからんがな。
    楽進どのは自身の経験からそう思うのか?」
楽 進「いや、なんとなくだが……。
    軍師はあれでけっこう気難しいようだからな」
魏 延「息子なら引っぱたいてでもわからせられるが、
    娘となると難しかろうな」
楽 進「おや、魏延どのは手を挙げる方か」
魏 延「む、楽進どのは違うのか?」
楽 進「安易に暴力を振るうのはどうかと思うな。
    そもそも教育というものは……」

三人の話はだんだんそれ、
それぞれの教育論を語る談義へと変わっていった。

    ☆☆☆

10月上旬、潁川城塞より金旋隊3万5千が出撃する。
金旋の指定通り、金玉昼、下町娘、費偉、伊籍が
隊に配属された。

この報に驚いたのは許昌の曹操軍の将たちであった。
軍議の席に届いたその報を聞き、
夏侯淵以下、于禁や荀域など、皆驚きの表情を隠せない。

そんな中、冷静に意見を発する人物がいた。
司馬懿仲達である。

司馬懿「戦下手な金旋が自ら出撃して参りました。
    これこそ好機です。
    今こそ部隊を出し、金旋を討ち取りましょう」
李 通「敵の罠ということはないのか?」
司馬懿「このような露骨な罠がありましょうか?
    金旋の油断以外のなにものでもありません」
荀 域「しかし、敵の軍師である金玉昼は智謀の士、
    金旋の出撃など、許すとは思えませんが……」
司馬懿「調べてみたところ、面白い話を耳にしました。
    金旋と軍師金玉昼とが仲を違えているという話です。
    これこそ神が与えたもうた好機。
    この機会を逃しては、後々後悔しますぞ」

夏侯淵「ふむう、もっともだ。
    この不利な状況を打開する好機だ。
    逃す手はないな」
于 禁「しかし、兵がいないが……。
    曹操様自ら援軍を率いて来ていると聞くが、
    到着にはまだ時間が掛かろう」
夏侯淵「1万ちょっとでも居ればよい。
    選りすぐりの将で攻め掛かれば、
    3万余の兵くらいどうにかやれる」
李 通「おお、では出陣ですか!?」
夏侯淵「よし、私自ら出るぞ。兵は1万2千だ。
    将は曹洪、張哈、于禁を連れていく」
李 通「え? わ、私は?」
夏侯淵「お主は残る武官の中で筆頭だ。
    私が留守の間、この城を守れ」
李 通「いえ、私も外で戦わせてくだされ!」
于 禁「あきらめろ。
    頭が弱い者は連れては行けんのだ」
李 通「な! 于禁どの、それはどういう意味だ!」
于 禁お前の頭が悪いという意味
李 通「おのれ、はっきりと言いおってぇー!」
夏侯淵「そうではない。
    信頼できる将を残したいだけだ。
    我らが帰ってこれるよう、城を守ってほしいのだ」
李 通「むう、そう言われるのでしたら……。
    わかりました。
    ならば、娘を連れていってください」
夏侯淵「娘? おお、万億か。
    最近、名を変えたそうだな」
李 通「娘も名を李通と改めました。
    私の代わりに、娘を活躍させてください」
夏侯淵「そうか、同じ名前にしたのか。
    わかった、連れていこう。
    あやつなら、頭もいいしな」
李 通……は?
夏侯淵い、いや、なんでもないぞ!
    あやつなら、十分活躍してくれるだろう、
    そう言ったのだ!」
李 通「そう……でしたかなぁ……。
    なんか頭がどうとか……」
夏侯淵「ゴホッゴホッ! と、とにかく出陣の準備だ!
    戦下手な金旋が率いる部隊など恐れるに足らず!
    奴を討ち取り、脅威を打ち払うのだ!」

決意を新たにした夏侯淵。
そこへ、城の兵士が飛び込んできた。
今日も甘寧隊が来襲したようである。

兵 A「申し上げます!
    甘寧隊、今日もまた攻撃を仕掛けてきました!
    敵兵は弩を構え、城壁に近づきつつあり!」
夏侯淵「我らは出撃するため、後は李通に任せる。
    以後は李通に従え」
兵 A「はっ」
夏侯淵「李通、守りは頼むぞ。我らは出撃準備にかかる」

李 通「承知! いくぞ、城壁にて指揮する!」
兵 A「ははっ!」

攻め寄せる甘寧隊を迎え撃つべく、
李通は城壁に登り指揮を執る。

許昌を巡る戦いは、激しくなっていく……。

[第五十五章へ戻る<]  [三国志TOP]  [>第五十七章へ進む]