214年9月
9月の下旬、完成した潁川城塞に、
宛から金旋、下町娘、費偉らが入った。
これは、本腰を入れて許昌・洛陽を攻めるという、
金旋の並々ならぬ決意の現れと言えよう。
しかし、統率力に欠ける金旋の城塞への移動は、
実質的には防衛力の低下しか招かないのだが。
軍師である金玉昼は、嫌そうな表情を隠しもしなかった。
金旋
金玉昼
金玉昼「……何でこっち来るかにゃ〜」
金 旋「やる気になってる父に対して、そりゃないだろ」
しかし当初の計画はそのまま続行。
予定通り、許昌城への攻撃は開始される。
城塞建設時の戦いで負傷兵が多数出たため、
まずは甘寧の隊、3万のみが許昌城へ向かって出撃。
付随する将は鞏恋・魏光・金目鯛・陳応である。
対する許昌の兵は、2万5千。(負傷兵は含まず)
夏侯淵は部隊を出さず、篭城する構えであった。
許昌城内では、夏侯淵軍の首脳が軍議を行っていた。
李通
于禁
李 通「夏侯淵どの! ここは軍を出すべきです!」
于 禁「落ち着け、李通。
外に出ていっては、城塞からの落石を浴びるぞ」
李 通「し、しかし、篭城ではジリ貧になるだけですぞ!」
夏侯淵
荀域
夏侯淵「……荀域どの、張哈の容態はどうですかな?」
荀 域「傷は深くはないですが、
完治まではもうしばらく掛かるでしょう」
李 通「夏侯淵どの!」
夏侯淵「そう大声を出すな。お主の意見はもっともだ……。
篭城だけではジリ貧になるのは目に見えている」
李 通「ならば、出撃して迎え撃つべきです!」
夏侯淵「いや、今はダメだ。出撃して戦うには兵が足りん。
汝南・陳留からの補給を待て」
李 通「しかし、敵が全力で掛かってきたら、
援軍など間に合いませんぞ!」
夏侯淵「むう……」
于 禁「この城はそこまでもろくはないぞ。
援軍が来るまで充分持ち堪えられる」
荀 域「確かに、普通の攻撃になら耐えられるでしょう。
ですが、金旋軍は象兵を使うと聞きます」
于 禁「む……象か。以前、曹彰様に話を聞いた。
かなりの破壊力を持つ獣らしいな」
夏侯淵「うむむ……仲達、お主はどう見る」
夏侯淵は、ずっと黙ったまま末席に座っていた男……。
司馬懿仲達に話を振った。
司馬懿
司馬懿はずっと閉じていた口を開き、語り始める。
司馬懿「私が思いますに、おそらく金旋軍は、
すぐには全力で攻めては来ないでしょう。
部隊を小出しにしてくると思われます」
夏侯淵「なぜそう思う?」
司馬懿「先の戦いでは、負けたとはいえ
我が軍の強さが光っておりました。
城塞建設地に迫り、甘寧隊を追い詰めた。
これは、金旋軍にとっても印象に残ったはずです」
于 禁「確かに……。うぬぼれと思われるかもしれんが、
不利な状況の中、よくやったと思うぞ。
潁川城塞には負傷兵があふれているとも聞く」
荀 域「司馬懿どのの撹乱の計も効いておりましたな」
司馬懿「恐縮です」
夏侯淵「……しかし、それだと逆にならぬか?
我が軍の力を恐れるなら、全力で来そうなものだが」
司馬懿「いえ、良いのです。
恐れるからこそ、我々の出方を見てきます。
今ここで部隊を出せば、迎撃部隊で殲滅しようとし、
篭城を続ければ、やがて攻城兵器を出すでしょう」
夏侯淵「ふむ……」
司馬懿「まずここは一旦守りを固めて、
陳留・汝南の援軍を待つべきと思います。
それに……」(にやぁ)
夏侯淵「それに?」
司馬懿「いえ、何でもありませぬ。ククク……」
夏侯淵「そ、そうか。
(智謀は確かなものだが……。
この気持ち悪い笑い方はどうにかならんものか)」
荀 域「これで決まりましたかな」
夏侯淵「うむ。まずは守りを固め、援軍を待つ。
状況次第では出撃も有り得るが、基本は篭城だ。
……李通も、それで良いな」
李 通「はっ、承知しました……」
司馬懿は不気味な笑みを浮かべていた。
彼は一体、何を企んでいるのであろうか。
☆☆☆
潁川城塞を出た甘寧隊3万は、
翌日には許昌城に迫り、攻撃を開始する。
兵たちは弩を構え、一斉に矢を射掛け始めた。
甘寧
甘 寧「それ、ガンガン射掛けろ!
矢を一番多く撃った者の飯を2倍にするぞ!」
兵 A「おお! それはスゴイ!」
兵 B「飯2倍は俺が貰うぞー!」
甘 寧「よし、城塞から近いため兵たちの士気も高い。
この3万の部隊だけでも充分戦えるぞ。
……む?」
金目鯛
金目鯛「……はぁー」
甘 寧「ど、どうした金目鯛、溜息などついて。
戦場で気を抜くと危険だぞ」
金目鯛「……何で俺、ここにいるのかなぁ」
甘 寧「それは、この部隊に配属されたからだが?」
金目鯛「いや、弩兵ばかりの部隊なのに、
何で弩使えない俺がいるのかなって……」
甘 寧「さ、さあ……。この配置は軍師の提案だったが」
金目鯛「俺、玉昼に嫌われてるのかな……。
確かに歳は離れてるけど、
仲良くしてきたつもりなんだがなぁ……」
弩兵法を何も知らない金目鯛の存在は、
皆が矢を射続けるこの部隊の中ではかなり浮いていた。
そもそも、軍師金玉昼がこの隊に金目鯛を配置したのは、
敵軍が出撃した時の野戦要員として、というのがひとつ。
もうひとつが、金目鯛がいずれ弩兵法を扱えるよう、
すぐ目の前でよい見本を見させようという
親心(妹心)からであったのだが。
金目鯛には、その意図は伝わらなかったようである。
それはさておき、許昌城での攻防は続き、
月は10月、季節は冬へと移っていく。
潁川城塞内では、負傷兵のリハビリや訓練が行われ、
新たな部隊の派遣が可能になっていた。
そんな中、許昌の戦いの行方を見守っていた金旋の元に、
ひとりの巫女が訪ねてくる。
金旋
下町娘
下町娘「なんかですね、金旋様の運勢を占いたいので、
是非とも会わせて欲しいって言ってるんですよ」
金 旋「ほう。美人か?」
下町娘「そうですね、けっこうな美人でした。
まあ私には負けますけどねー」
金 旋「町娘ちゃんに負けるんじゃ微妙だなあ……」
下町娘「はいはい! 私よりもずっと美人でした!」
金 旋「冗談だって、そう怒るな。
町娘ちゃんとて捨てたもんじゃないぞ」
下町娘「……お世辞言っても何も出ませんよ。
で、会いますか?」
金 旋「敵の刺客とかだったりしないよな?
会った途端、ズバッてのは嫌だぞ」
下町娘「お会いになるんでしたら、
ボディチェックは念入りにやりますけど?」
金 旋「ぼ、ぼでーちぇっくか……。
俺が直々にやりたいところだが」
下町娘「……じー」
金 旋「そ、そうだよな。
俺がやってはボデーチェックの意味がないもんな」
下町娘「全く……。
玉ちゃんが探索で留守だからって、
ハメ外さないでくださいね」
金玉昼は、『ここ(潁川)には何かイイモノがあるにゃ!』
と言って探索に行っており、今現在は留守であった。
下町娘「……ということで、会うんですね?」
金 旋「何が『ということ』なのかわからんが、
会ってみようじゃないか」
下町娘「全く男ってのはもう……ぶつぶつ」
しっかりとボディチェックが行われた後、
金旋の前に巫女が姿を現した。
梅
巫 女「お初にお目にかかります。
わたくし、巫女の梅(ばい)と申します」
金 旋「ほう……」
巫 女「どうかなさいましたか?」
金 旋「いや、貴女のような美しい巫女に会うのは
初めてなものでな。感心していたのだ」
巫 女「まあ、お上手ですね」
金 旋「いや、世辞などではないが……。
で、占いをしてくれるそうだが?」
巫 女「はい。この潁川は古来より神聖な地。
ここで占うことで、金旋様に運気を呼びこみ、
金旋様のお役に立てればと思いまして……」
金 旋「ほほう、どのような占いかな?
何か用意するものがあるか?」
巫 女「いえ、香を焚き、祈りを捧げる踊りを
舞うだけでございます。
さすれば神が私に降り、神託を下さるでしょう」
金 旋「そうか。香はこちらで用意しよう。
すぐやれるか?」
巫 女「はい、ではまず香を焚いてくださいませ」
金 旋「……じゃ、香を頼む」
下町娘「はいはい。全く鼻の下をデレーッと伸ばして……」
金 旋「何を言うかね、せっかく占ってくれるというのに、
しかめっ面はしてられんだろう」
下町娘「どうだか」
下町娘が用意した香炉から煙がたち昇り、
部屋に幻想的な空気が漂う。
そこで巫女は、祈祷の踊りを舞い始めた。
神々しく、それでいて官能的に……。
巫女の美しさと相まって、見事な踊りであった。
金旋は、思わずそれに見とれてしまう。
巫 女「ヤアッ!」
巫女が一声掛けると、彼女の動きが止まった。
ゆらゆらと夢遊病者のように身体を揺らしながら、
巫女は金旋の方を向く。
巫 女「……我は古くよりこの潁川に住みし神。
この巫女の祈祷により、お主を占ってしんぜよう」
金 旋「おおっ……お願い致す」
巫 女「まずお主の運気は見事である!
まさに王者の気をまとっている!
この運気を逃さず進めば、望みは全て叶うだろう!」
金 旋「おお……大吉ということですな」
巫 女「そして更に運気を高めるのは南!
この地の南に赴き軍神に祈りを捧げよ!
さすれば全ての神の祝福を受け、
お主は人にして神にも等しい存在となる!」
金 旋「人にして神に等しい存在……!?」
巫 女「だが、これはお主の心掛け次第。
ゆめゆめ、忘れるでないぞ……」
巫女はそう言うと、ぱたりと倒れこんだ。
金旋は、側に寄り巫女を助け起こす。
すると、巫女はゆっくりと目を開けた。
巫 女「……うーん」
金 旋「大丈夫か」
巫 女「は、はい……ありがとうございます」
巫女は大丈夫だと手で金旋の身体を離した。
金旋はちょっと残念そうな顔をしながらも、
占いの内容を話して聞かせる。
金 旋「神は大吉と言っていたぞ。王者の運気だとな」
巫 女「左様でございますか。おめでとうございます」
金 旋「南に赴き軍神に祈りを捧げよと言っていたが、
具体的にはどうすればよいか、わかるか?」
巫 女「軍神でございますか……。
軍神は戦が好きな神にございます。
その神への最大の供物は、戦そのもの。
つまり、南へ赴いて戦を行うことこそ、
軍神への祈りとなることでしょう」
金 旋「ふむう。南か……許昌も南側だな」
巫 女「神は許昌へ参れと申しているのでしょうか」
金 旋「そうかもしれんな。
……貴女に礼をせねばならないな。
何か、望むものはあるか」
巫 女「いえ、私は神に導かれて参りました。
ここで占いましたのも神の導き、
大吉と出たのも神のお告げ。
そう考えますれば、私が礼を受け取る道理が
ございません」
金 旋「そうか。貴女は欲がないな」
巫 女「欲がないからこそ、巫女になったのです」
金 旋「はっはっは、それもそうだ」
その後も金旋は巫女を引き止めたが、
彼女は辞し、何処へと去っていった。
金 旋「ふーむ、美しい巫女だったな」
下町娘「きーんーせーんーさーまーっ!」
金 旋「おわあ! 驚かすなっ」
下町娘「デレデレしてないで、シャキッとしてください!」
金 旋「失礼な、俺はいつでもシャキシャキしてるぞ」
下町娘「……へぇ〜」
金 旋「な、なんだその蔑んだような目は!」
下町娘「いーえ、なんでも。
ただ、この場に玉ちゃんがいたら、
なんて言ったかなあって思って」
金 旋「玉は関係あるまい。
別に、何もやましいことはしてないしな」
下町娘「あ、玉ちゃん、お帰り」
金 旋「ふん、そうやって動揺を誘おうとしてもムダ……」
金玉昼「何が動揺を誘うって?」
金玉昼
金 旋「わー!
すまんごめん許してくれっ!!」
金玉昼「は? ちちうえ、何言ってるのにゃ?」
金 旋「あ、いや、なんでもないぞ気にするなー!」
金玉昼「そう言われると余計に気になりまひる」
金 旋「何もない!
そそそそれより、探索はどうだった!?」
金玉昼「……まあ別にいいけど。
探索の結果、牛灯を見つけてきたにゃ。
はい、これ」
ピカーン
金 旋「おおっ! これはかの有名な……」
下町娘「有名な?」
金 旋「福島名物の赤ベコ!」
金玉昼「……牛灯にゃ。
赤くもないし首も揺れないにゃ」
金 旋「さよか。ま、お宝には違いない。
よく見つけてきたな、偉いぞ」
金玉昼「にゃはー。お駄賃はー?」
金 旋「……飴玉でいいか?」
金玉昼「冗談にゃ」
金 旋「さて、玉も戻ったことだし、
出撃部隊の編成について軍議を開くぞ」
金玉昼「はいにゃ」
下町娘「じゃ、私は皆さんを呼んできます」
☆☆☆
軍議の席には、君主金旋の他、
秘書役の下町娘、軍師金玉昼、副軍師格の費偉、
武官の上位格の魏延、韓遂、楽進が集められてた。
バン!と机を叩き、金玉昼は立ち上がった。
その眉は吊り上がり、怒りの感情が一目でわかる。
金玉昼「……ちちうえ、今言ったこと、
もういっぺん言ってほしいにゃ」
金 旋「おう、いいぞ。
……今回の出撃部隊は、俺が率いる」
金玉昼「何を馬鹿言ってんだにゃー!」
パコーン!(←手にした書簡で頭を叩いた音)
金 旋「あいだーっ!」
魏 延「ぐ、軍師、落ち着け、どうどう」
金玉昼「これが落ち着いてられっかにゃー!」
金 旋「あたたた……なんてことをする。
馬鹿になったらどうするんだ」
金玉昼「今で十分馬鹿だから大して変わらんにゃー!」
金 旋「あんだとう!?」
費 偉「まあまあ軍師、水でも飲んで落ち着いて」
金玉昼「全く……(ぐびぐびぐびぐび)」
費 偉「しかし、軍師が声を荒げるのも判ります。
優秀な将は数多く残っておりますのに、
何故、殿が出撃なさるのですか?」
金 旋「むう……そのことだが……」
金玉昼「(ぐびぐびぐびぐび)
……って費偉さん、水多すぎにゃー!
こんなに飲んだらお腹たぷたぷになりまひる!」
費 偉「そうでしたか、すいません。
……して、殿。自ら出撃しようという理由は?」
金 旋「理由は、だな。
俺も安全な所でヌクヌクしているわけにいかない、
前線で兵を率い、自ら戦う姿勢を示す必要がある。
そう思ったからだ」
下町娘「うそっぱち……」
金 旋「……しーっ」
費 偉「……左様ですか。
お心掛けは立派だとは思いますが、その」
金玉昼「ちちうえは戦が下手だからダメにゃ!」
費 偉「ぐ、軍師、あまりはっきり言われない方が……」
金 旋「玉!
お前いい加減にズバズバ言うの止めろ!
一言一言が痛いんだよ!」
下町娘「あ、キレた」
金玉昼「事実を言うのが悪いっていうのかにゃ!?
それじゃ正直者は皆打ち首だにゃー!」
金 旋「んなこと言ってんじゃねー!
もう少し人の気持ちも考えろってんだ!」
金玉昼「だったらちちうえも自重してほしいもんだにゃ!
戦下手な大将の下で戦う兵の気持ち、
もう少し考えてやるべきにゃ!」
金 旋「下手下手言うな!
こちとら黄巾の乱から戦ってるベテランだぞ!
お前こそまだまだヒヨッコだろが!」
金玉昼「あ、あ、あんですとぉー!?」
韓 遂「あー、ガタガタうるさい!」
費 偉「か、韓遂どの!?」
韓 遂「うるさいもんはうるさい! ここは軍議の場だろう!
親子喧嘩ならよそでやってくれ!」
楽 進「韓遂どのの言う通りです。軍議の席というものは、
冷静な気持ちで論ずるべきところでしょう」
魏 延「殿、軍師、ここは言葉の矛を納めてくだされ」
金 旋「……むう。判った、冷静に軍議をしよう。
しかし、俺の出撃は撤回しないぞ」
金玉昼「……あーもうわかったにゃ!
勝手にやればいいにゃ!」
費 偉「軍師! どこへ!?」
金玉昼「私の意見は必要ないみたいだから、
退席するんにゃ! じゃっ!」
ずんずんと怒りの足音を響かせ、
金玉昼は部屋から出ていってしまった。
費 偉「軍師!」
金 旋「放っておけ。最近、玉に任せすぎていた。
少し仕事を減らしてやるのもよかろう」
費 偉「しかし……」
金 旋「部隊の編成についてだが、兵は3万5千。
連れていく将は玉、下町娘、費偉、伊籍だ」
韓 遂「は? 武官は連れていかんのですか?」
金 旋「うむ。お前たちは待機していろ。
出撃させるときは、こちらから指示を出す。
それまで、負傷兵のリハビリや訓練を怠るな」
魏 延「は、承知致しました。
……軍師を連れていっても大丈夫なのですか?」
金 旋「なんだ、心配してるのか?
あの程度で悪くなる親子の仲ではない。
気にすることはない」
魏 延「は、はい。判りました」
下町娘「ちょ、ちょっと待ってください!
私も出陣ですか!?」
金 旋「そうだが、それがどうした?」
下町娘「あー、何言ってもムダですね……。
……いえ、何でもないです。ついていきます」
金 旋「よし、軍議は以上だ。解散!」
金旋、下町娘、費偉は退室した。
魏延、韓遂、楽進はその場に残り、話し始める。
楽 進「……殿には珍しく強引に決めていたな」
魏 延「軍師に対し語気を荒げるのも、初めてではないか」
韓 遂「語気を荒げるのは、心にやましいことがある時よ。
殿は何か隠しておられるな」
楽 進「何か、とは?」
韓 遂「具体的なことはわからんがな……。
しかしこの殿の出陣だが、
戦術的にはあまりよろしくないのは確かだ」
魏 延「では、やはり殿をお止めするべきか?」
韓 遂「今更止められると思うか?」
楽 進「ま、無理であろうな」
魏 延「むう……」
韓 遂「我らに出来ることといえば、
いつでも援軍を出すようにしておくこと、
無事に戻ってくれるよう祈ること、
親娘が仲直りしてくれるよう祈ること。
この3つだな」
楽 進「一番最後のが難しいのではないか?」
韓 遂「私は子がいないからわからんがな。
楽進どのは自身の経験からそう思うのか?」
楽 進「いや、なんとなくだが……。
軍師はあれでけっこう気難しいようだからな」
魏 延「息子なら引っぱたいてでもわからせられるが、
娘となると難しかろうな」
楽 進「おや、魏延どのは手を挙げる方か」
魏 延「む、楽進どのは違うのか?」
楽 進「安易に暴力を振るうのはどうかと思うな。
そもそも教育というものは……」
三人の話はだんだんそれ、
それぞれの教育論を語る談義へと変わっていった。
☆☆☆
10月上旬、潁川城塞より金旋隊3万5千が出撃する。
金旋の指定通り、金玉昼、下町娘、費偉、伊籍が
隊に配属された。
この報に驚いたのは許昌の曹操軍の将たちであった。
軍議の席に届いたその報を聞き、
夏侯淵以下、于禁や荀域など、皆驚きの表情を隠せない。
そんな中、冷静に意見を発する人物がいた。
司馬懿仲達である。
司馬懿「戦下手な金旋が自ら出撃して参りました。
これこそ好機です。
今こそ部隊を出し、金旋を討ち取りましょう」
李 通「敵の罠ということはないのか?」
司馬懿「このような露骨な罠がありましょうか?
金旋の油断以外のなにものでもありません」
荀 域「しかし、敵の軍師である金玉昼は智謀の士、
金旋の出撃など、許すとは思えませんが……」
司馬懿「調べてみたところ、面白い話を耳にしました。
金旋と軍師金玉昼とが仲を違えているという話です。
これこそ神が与えたもうた好機。
この機会を逃しては、後々後悔しますぞ」
夏侯淵「ふむう、もっともだ。
この不利な状況を打開する好機だ。
逃す手はないな」
于 禁「しかし、兵がいないが……。
曹操様自ら援軍を率いて来ていると聞くが、
到着にはまだ時間が掛かろう」
夏侯淵「1万ちょっとでも居ればよい。
選りすぐりの将で攻め掛かれば、
3万余の兵くらいどうにかやれる」
李 通「おお、では出陣ですか!?」
夏侯淵「よし、私自ら出るぞ。兵は1万2千だ。
将は曹洪、張哈、于禁を連れていく」
李 通「え? わ、私は?」
夏侯淵「お主は残る武官の中で筆頭だ。
私が留守の間、この城を守れ」
李 通「いえ、私も外で戦わせてくだされ!」
于 禁「あきらめろ。
頭が弱い者は連れては行けんのだ」
李 通「な! 于禁どの、それはどういう意味だ!」
于 禁「お前の頭が悪いという意味」
李 通「おのれ、はっきりと言いおってぇー!」
夏侯淵「そうではない。
信頼できる将を残したいだけだ。
我らが帰ってこれるよう、城を守ってほしいのだ」
李 通「むう、そう言われるのでしたら……。
わかりました。
ならば、娘を連れていってください」
夏侯淵「娘? おお、万億か。
最近、名を変えたそうだな」
李 通「娘も名を李通と改めました。
私の代わりに、娘を活躍させてください」
夏侯淵「そうか、同じ名前にしたのか。
わかった、連れていこう。
あやつなら、頭もいいしな」
李 通「……は?」
夏侯淵「い、いや、なんでもないぞ!
あやつなら、十分活躍してくれるだろう、
そう言ったのだ!」
李 通「そう……でしたかなぁ……。
なんか頭がどうとか……」
夏侯淵「ゴホッゴホッ! と、とにかく出陣の準備だ!
戦下手な金旋が率いる部隊など恐れるに足らず!
奴を討ち取り、脅威を打ち払うのだ!」
決意を新たにした夏侯淵。
そこへ、城の兵士が飛び込んできた。
今日も甘寧隊が来襲したようである。
兵 A「申し上げます!
甘寧隊、今日もまた攻撃を仕掛けてきました!
敵兵は弩を構え、城壁に近づきつつあり!」
夏侯淵「我らは出撃するため、後は李通に任せる。
以後は李通に従え」
兵 A「はっ」
夏侯淵「李通、守りは頼むぞ。我らは出撃準備にかかる」
李 通「承知! いくぞ、城壁にて指揮する!」
兵 A「ははっ!」
攻め寄せる甘寧隊を迎え撃つべく、
李通は城壁に登り指揮を執る。
許昌を巡る戦いは、激しくなっていく……。
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