○ 第五十一章 「うまをこえるといういみをもつ」 ○ 
214年3月

前回より、少々時間は遡る。

3月の初め、場所は長安。
前年にこの地を奪い取った馬騰は、馬超の隊を出撃させ、
曹操の逃げ込んだ潼関へ攻撃を仕掛けた。

それを防ごうと曹操も奮戦したが、
万夫不当の武人である馬超、そして勇猛な涼州兵。
彼らの攻撃に晒され、兵の少ない潼関は陥落。
曹操は近くの孟津港から水路を下り、陳留へと退いた。
これで長安一帯は、金旋の有する武関以外は、
全て馬騰の支配下に置かれたことになる。

潼関陥落

さらなる曹操領への侵攻を果たそうとしていた馬騰だったが、
長安は長い戦いで荒れており、都市の再建を
優先せざるを得ない状態であった。

   馬騰馬騰    楊阜楊阜

馬 騰「さすがに長い間攻め続けていた地よな。
    見渡してみても、なかなか壮健な男子がおらぬ」
楊 阜「長い戦いでかなりの民が外へ逃げ出しました。
    徴兵も、しばらくの間はできませんでしょう」
馬 騰「うむ……潼関を抜ければ次は洛陽だ。
    できれば、戦力をすぐにでも整え、
    攻めこみたいところだったが……」
楊 阜「我が軍の財政は非常に厳しいです。
    なんとか安定した収入を目指さねばなりません」
馬 騰「そうだな、これでは大規模な攻略部隊は作れぬ。
    しばらくはここ長安の富国を目指すとするか」
楊 阜「は、それでよいと思われます」
馬 騰「できれば、あまり間を置きたくはないのだがな。
    漢中が劉璋軍に攻められなければ、
    もう少し戦力も整えられたものを……」
楊 阜「漢中への援軍はどういたしましょうか?
    こちらの余剰兵を回しましょうか」
馬 騰「そう気にすることはない。
    劉璋軍ごとき、漢中の軍のみで対応できよう」
楊 阜「は。しかし、君主は暗愚とはいえ、
    かの軍にはなかなかの良将が多数おります。
    ご油断はなさりませんよう」
馬 騰「わかっている」

そこへ、馬騰の子である馬超が現れた。
本来ならば、まだ潼関にて守備についているはずである。

   馬超馬超

馬 超「父上! こちらにいらっしゃいましたか」
馬 騰「超? どうした、潼関に何かあったか?」
馬 超「ご安心を、潼関は馬鉄が守っております。
    それよりも、申し上げたい儀がございます」
馬 騰「何か?」
馬 超「我が軍の目標であった長安を領し、
    こたび潼関も落とし、曹操を雍州より追い出しました。
    これはひとえに、父上、そして私や兄弟一族、
    軍師楊阜やその他家臣たちの団結の賜物と存じます」
馬 騰「うむ、誠にその通りだ。
    古くからの臣、新たに登用した臣。
    皆が結束したからこその結果と言えよう」
楊 阜「他にも曹操軍の弱体化、
    運が良かったなどの要素もございますが……。
    しかし、結束なくして勝利がなかったのは確かです」

二人の言葉に頷き、馬超は続けた。

馬 超「その家臣のうち、とある者たちがおります。
    元は違う勢力に仕えていたのですが、
    対抗勢力に破れ、流浪の末、我が軍に辿り着きました」
馬 騰「うむ。何人かおるな。
    袁尚もそういう経緯で我が軍に来たはず」

袁紹の子である袁尚は、公孫康に助けられ襄平にいた。
だがその公孫康も曹操に破れてしまい、
彼は再度流浪の旅の末、馬騰に仕えるようになったのだ。

馬 超「その袁尚は曹操に対して恨みを抱いておりました。
    しかし、長安・潼関を奪ったことで、
    曹操に辛酸を舐めさせることができました。
    彼の恨みの思いも、幾分は慰められたことでしょう」
馬 騰「そうだろうな。喜ばしいことだ」
馬 超「願わくば、他の者の恨みにも、
    同じように慰めを与えてやりたく思います」

その馬超の言葉に、軍師の楊阜は眉をひそめた。
馬超の言わんとしていることを察したようである。

楊 阜「……その者とは、韓武のことにございますな」
馬 超「左様。韓玄の子である彼は、
    父の勢力を倒した金旋を恨んでおります。
    その恨みを慰めるため、金旋軍を攻めたいのです」
馬 騰「超よ。その義憤、誠に美しい。
    流石は錦馬超と言われるだけのことはある……。
    我が息子ながら惚れ惚れするぞ」
馬 超「ありがとうございます、父上。では……」
楊 阜「なりません、殿、馬超どの。
    我が軍は曹操、劉璋という勢力と争っております。
    今また金旋軍との戦端を開けば、収拾が着かずに
    勢力を衰退させること必至です。
    それでなくとも、我が軍の財政は火の車なのですぞ」
馬 超「何もずっと戦い続けろなどとは言わぬ。
    金旋に一泡吹かせ、韓武の恨みを雪げればいいのだ。
    ……父上、どうか私に武関を攻めさせてくだされ」

馬超は何とか許しを得ようと、父である馬騰に頭を下げる。
馬騰はそんな息子に目を細めながら、頷いた。

馬 騰「わかった、兵1万を預けよう。存分に暴れて来い」
馬 超「ありがとうございます!」
楊 阜「殿!」
馬 騰「よいのだ、軍師。
    我が軍は義によって成り立っているところ大だ。
    これも、我が軍を結束させる儀式のようなものよ」
楊 阜「しかし……」
馬 超「軍師よ、心配はいらん。聞いたところによると、
    宛の金旋軍はほとんどの兵が出払っておるらしい。
    曹操軍との大規模な戦闘が行われてるそうだ。
    長安が標的にされることは有り得ん」
楊 阜「私が言いたいのはそういうことではなく……。
    一万といえど、貴重な兵力です。
    無闇に消耗するのはいかがなものかと……」
馬 騰「軍師、少々貧乏臭いぞ」
楊 阜「実際に貧乏なのです。仕方ないではありませんか。
    馬超殿、くれぐれも無駄な損失は避けてくだされ」
馬 超「承知した。そう心配するな。
    では父上、行って参ります」
馬 騰「うむ、超よ。涼州兵の強さ、金旋軍に見せ付けてこい」
馬 超「はっ!」

馬超隊、その数1万。
意気揚々と長安を出て南下し、武関へと攻めかかるのであった。

武関侵攻

馬 超「我こそは馬超!
    我が名は馬を超えるという意味を持つ!
    我が同志、韓武の恨みを晴らすため、
    金旋軍にまず一太刀を浴びせてくれん!
    かかれぇ!」

……ここまでが、馬騰軍の宣戦布告に至る経緯である。

   ☆☆☆

時は再び、3月末の時点に戻ることにする。

李通軍を破った金旋は、
すぐに宛城から送られた手紙を受け取った。

これは、武関からの援軍の使者を受けた下町娘が、
というより、実際には馬良が送ってよこしたものである。
内容は馬騰軍・劉璋軍の動向が書いてあり、
『とりあえずの手は打ったものの、宛へすぐ戻ってほしい』
と文の終わりに書いてあった。

また、魏延・韓遂には先に、
漢水を渡って隆中港へ急行するように指示書が届いていた。
襄陽へ向かっている劉璋軍に対処するためであった。

   金旋金旋    魏延魏延

金 旋「馬騰と劉璋が宣戦布告してきただと……。
    むううう、デストローイ!
魏 延「お、落ち着かれませ殿! ここは冷静に!」
金 旋「お、おう。心配するな俺は冷静だコンチクショー。
    しかし、劉璋はなんとなく怪しい気はしてたがな、
    馬騰がこっちに攻めてくるとは思わなかったぞ」
魏 延「私も予想外でした。
    馬騰の人となりは韓遂どのが詳しいのでは?」

金旋と魏延は、元馬騰軍の将帥であった男の顔を見た。

   韓遂韓遂

韓 遂「ああ、馬騰か? 一言でいうならば、
    『仁義を大事にする昔カタギの親分』
    というところか」
魏 延「それが何で我が軍を攻める?」
韓 遂「馬騰軍は元々涼州軍閥の寄り合い所帯でな。
    それほど強固な結束力があるわけではない。
    後で組み込まれた張魯軍やその他の将も、また同様」
金 旋「それは知ってる。
    それをまとめるために、常に反中央の姿勢を保ち、
    時には叛乱の軍を挙げたんだよな。
    曹操と対立してるのも、そういうことがあるからだ」
韓 遂「で、涼州の軍は、『敵討ちのため』『義のため』
    とかの理由で戦うのが好きなのだ。
    義侠心が強いというべきなのか……。
    将の中には曹操に対し個人的恨みを持ってる者もいて、
    その者の恨みを雪ぐ、という意味も、
    先の戦いにはあったようだな」
金 旋「……んじゃ何か? この宣戦布告は、
    その将の誰かが俺を恨んでるからだ、とでも?」
韓 遂「実際にそういう理由からかどうかは判らんが、
    恨みを持ってる将は知ってるんでな」
金 旋「誰だ?」
韓 遂「元長沙太守、韓玄の息子の韓武。
    金旋軍が長沙を陥落させた後は涼州に渡り、
    それ以降は馬騰に世話になっている」
魏 延「おお。韓武どのが生きておられたのですか」
金 旋「ん? 魏延、知ってるのか?」
魏 延「私も一応、元韓玄配下ですからな。
    グータラで癇癪持ちで人望なし、
    死んだ方が世の為、という父、韓玄とは違い、
    なかなか見所のある青年です」
金 旋「……お前、ホントに韓玄に仕えてたのか?」
魏 延「そうですが、どうかしましたか?」
金 旋「い、いや、何でもない……話を続けようか」
韓 遂「だが、その好青年の韓武も、
    流石に父の勢力を潰した金旋軍に対しては、
    あまりいい感情は持っておらんでな。
    多分今回の侵攻も、それを見た馬超あたりが
    提案したのではないかな」
金 旋「馬超……馬騰の子か。
    呂布になぞらえられるほどの剛の者と聞いているが」
韓 遂「武もあり華もある武人で、錦馬超とあだ名されている。
    また、馬騰以上に親分気質でな。
    その分、多少視野の狭い点はあるが……」
金 旋「その馬超が、義侠心に燃えて喧嘩を吹っ掛けてきた、
    と、そういうことか」
魏 延「涼州の将は皆、そんな者たちばかりなのか?
    それでは、この先ずっと泥沼の戦いになるぞ」
韓 遂「いや、そういうわけではない。
    軍師の楊阜のように、冷静に現実を見ている者もいる。
    だからこの戦も、どちらが滅ぶまで続く、
    というわけではないと思う」
金 旋「講和の道もあるということか」
韓 遂「まあ、やり方・状況次第か。
    とりあえずは武関を守りきることだな。
    馬超の武はかなり飛びぬけている。油断なさるなよ」

会話がひと段落した頃、湖陽の兵の再編成が
終わったとの報告が入った。
この後、すぐに魏延・韓遂らは兵を引き連れ、
隆中港へと渡ることになる。

魏 延「では殿、我々は隆中に向かい、劉璋軍を迎え討ちます」
韓 遂「武関の方も気をつけてくだされ」
金 旋「わかった、そっちはよろしく頼むぞ」

金旋は漢水を上っていく船団を見送り、
すぐに宛への帰路についた。

    ☆☆☆

4月も半ばに入り、金旋が戻った宛城内は慌しくなった。
洛陽、許昌を攻めていた甘寧・鞏恋の隊も戻り、
まさに武関へ部隊を出撃させようというところである。

   金旋金旋   甘寧甘寧   楽進楽進

金 旋「すまんな、あっちに行ったりこっちに行ったり、
    いろいろと歩かせて」
甘 寧「いえ、いろいろな地の景色を眺められて楽しいですぞ」
楽 進「観光気分が味わえてなかなか良いですな」

はっはっは、と3人のジジイは笑いあった。

3 人だーれーがーじーじーいーだー

   下町娘下町娘

下町娘「はわわ!? 私の心のナレーションが!?」
甘 寧「思いっきり声に出ていたぞ」
下町娘「す、すいませーん。折檻は堪忍してー」
金 旋「まあいい、そんなことしてる暇はない。
    馬良、現在の状況の説明を頼む」

   馬良馬良

馬 良「はっ。我が軍の領する武関に対し、
    馬騰軍所属の馬超隊1万、これは錐行陣形ですが、
    この部隊が攻撃を仕掛けて参りました。
    なお、武関にはこの宛より5千の兵を送りましたので、
    守る兵は1万5千となり、守備大将は陳応どの……」
楽 進「なんだ、それでは援軍などいらぬではないか。
    兵も敵より多いし、武関には連弩もある」
馬 良「……いえ、それが違いまして。
    今言ったのは、先月末の時点での状況です。
    現在の状況を言いますと、馬超隊7千余に対し、
    武関の兵は6千ほどになっております」
甘 寧「なんだと……? 攻城兵器があるわけでもないのに、
    半月の間で兵を半数以上も減らしたというのか」
馬 良「馬超の指揮する部隊は、巧みに馬を操り、
    走りながら矢を射ちこんでくるとのこと。
    武関の連弩でも、なかなかてこずっているらしいです」
金 旋「それだけ馬超がスゴイということだろう。
    ……どうだ鞏恋、一丁、奴とやりあってみないか」

話を振られた鞏恋だったが、微動だにせず、目を瞑っていた。
やがてゆっくりと目を開け、金旋の方を向き口を開く。

   鞏恋鞏恋

鞏 恋「……ゴメン、寝てた」
金 旋寝るな!
鞏 恋「うん、がんばる」
金 旋「がんばるじゃなくて……。あぁ〜もう……」

   魏光魏光

魏 光「金旋さまは、馬超と一騎討ちしてみないか、
    って言ってるんですよ」

魏光が脇から入れたフォローに、鞏恋は納得顔で頷いた。

鞏 恋「ああ、そういうこと。それならオッケー」
甘 寧「いや、一騎討ちなら俺が……」
金 旋「甘寧は総大将にするから、今回は遠慮してくれ」
甘 寧「……そういうことならば、仕方ないですな」
金 旋「すまんな、それでは今回の陣容だが。
    大将は甘寧。率いる兵は3万だ」
甘 寧「はっ……少々多くありませんか?」
金 旋「相手は馬超だ。少し多いくらいで丁度いい。
    で、先鋒は鞏恋。機会があれば、馬超に挑んでもらう」
鞏 恋「らじゃー」
金 旋「で、他の将は……」
魏 光……! ……! ……!

ものすごい顔で無言のプレッシャーをかける魏光の根気に、
金旋は負けた。

金 旋「はいはい、魏光、それと……そうだな。凌統も。
    あとは……下町娘」

 『はい?』

金旋以外の声がハモった。

下町娘「……何の冗談ですか?」
金 旋「冗談でもなんでもなく、君、出撃」
下町娘「ちょ、ちょっと待ってくださいってば!
    あ、も、もしかしてあれですか!?
    プリン勝手に食べちゃったの怒ってるんですか!?」
金 旋「……おいおい、俺はガキか」
下町娘「じゃ、じゃあ、あれですか?
    エッチな本黙って捨てちゃったことですか!?
    で、でも、見える所に置くのが悪いと思いますよー!」
金 旋「そんなんじゃなくてだな……。
    つーかアレはただの週刊誌だし。捨てて問題なし」
下町娘「もしかして、あれですか……。
    こないだ食事代を経費で落したことが関係してたり……」
金 旋「ほう、そんなことをしてたのか。知らなかった」
下町娘きゃー!? やぶへびー!
甘 寧「殿」
金 旋「なんだ、甘寧」
下町娘「(もしかして、フォローしてくれるのかな?)」

しかし下町娘の淡い期待は見事に裏切られた。

甘 寧「は。彼女に対して何か含むところがあるとしても、
    どうか戦場以外でお晴らしくださいますよう」
下町娘「わー! 甘寧さんも見捨てたー!?」
金 旋「あー、どうも勘違いしてるのが多いようだが。
    今回の彼女の参加は、その能力を見てみたいからだ」
楽 進「馬超と一騎討ちさせて、その弱さを見てみたいと?」
下町娘「死にます! それ、確実に死にます!
    というかやっぱり私を亡き者にしようと!?」
金 旋「違うっつーの。
    ほれ、珍しい兵法持ってるだろが。治療っつー兵法を。
    それを見てみたいって言ってるの!」
下町娘「確かに持ってはいますけど……。
    実際使えるかどうかは判りませんよ?」
金 旋「まあ、発動するかどうかはわからんがな。
    今後、必要となるかもしれんから、
    そのために経験積んでおくのもいいだろう。
    配置は後方にしとくから」
下町娘「はいぃ……」

しかしこの戦いで、下町娘の治療が発動することはなかった。
経験が足りないのか知力がないのかは判らないところであるが。

それはさておき、甘寧隊3万は宛を出撃。
騎馬兵を中心に構成された隊は速度を上げ、
一路、武関へと向かう。

涼州の雄、馬騰。そしてその子、馬超。
彼らとの戦いはどのようになっていくのであろうか。

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