○ 第四十九章 「完璧のヒビ割れ」 ○ 
214年3月

『許昌より新野に向けて李通軍が出撃す』
その様子は、密偵からすぐさま金旋の元へと届けられた。

   金旋金旋    下町娘下町娘

金 旋「ほう……こっちじゃなく新野にか。
    流石に考えてるな」
下町娘「……余裕ですね。予定外ではないんですか?」
金 旋「いや、2万5千という数ならば、全く問題ない。
    むしろ、新野・宛の両方から迎撃できるから、
    こっちの方が嬉しいくらいだ。
    ……魏延! 甘寧!」

   魏延魏延    甘寧甘寧

魏 延「はっ」
甘 寧「こちらに」

金 旋「まず魏延は、兵1万5千を率いて李通の部隊を迎撃せよ。
    将は韓遂、金目鯛、刑道栄、蛮望を連れていけ」
魏 延「はっ。……これは、突撃部隊ですな」
金 旋「おう。我が軍中でもトップクラスの連中だ。
    頭弱いのが多いが、それは気をつけてくれ」
魏 延「承知」
金 旋「次、甘寧。
    お前は同じく兵1万5千を率い、潁川経由で許昌を急襲しろ。
    将は楽進・朱桓・凌統・魏光を連れていけ」
甘 寧「え? それは当初の計画にはありませんが」
金 旋「うむ。しかし、許昌を出た李通の部隊は、
    魏延隊と新野に向かわせた李厳の隊だけで事足りる。
    ならばこの際、手薄な許昌を襲おうと思ってな」
下町娘「でも、それだとこの宛の兵はほとんどいなくなりますよ?」
金 旋「洛陽も許昌も、守りが手一杯で兵なんて出せないさ。
    それに万一出したとしても、途中で甘寧隊とぶつかる。
    宛までは届かんよ」
下町娘「そう言われればそうですけど……。
    でも玉ちゃんに相談なく作戦変更して、
    後で怒られても知りませんよ」
金 旋「玉は鞏恋隊の激励に行ってる。
    帰ってくるのを待ってたのでは遅過ぎるからな。
    まあそこらへんは心配するな」
甘 寧「では、私も出撃準備を」
金 旋「うむ、頼む。あとは……。
    町娘ちゃんや。新野に行った李厳に使いを。
    『文聘、楽淋、牛金、蔡瑁と兵1万5千を率い、
    李通隊を迎撃しろ』とな」
下町娘「はーい、わかりました」

これにより宛から魏延隊・甘寧隊各1万5千、
新野から李厳隊1万5千が出撃。
与えられた命令通り、めいめいの戦場へと向かっていった。

下町娘「静かになりましたねー」
金 旋「兵も5千しか残ってないし、武官もほとんど出撃してるしな。
    作戦に参加してない主な将は霍峻と黄祖くらいだが、
    霍峻は新野の留守役、黄祖も武関守備。
    この宛にはだーれもいないな」
下町娘「そんなんで守りは大丈夫なんですか?」
金 旋「はっはっは、ここの守りなんていらないって言っただろ」
下町娘「なんかそう自信たっぷり言われると、逆に嫌な予感が……」
金 旋「はっはっは、心配性だな!
    ここに誰もいないってことは、
    逆に前線の部隊が精鋭揃いということだって。
    敵の侵攻なんて……あ」
下町娘「……どうしました?」
金 旋「李通軍団の進路に湖陽港があるな。
    確か兵力は5千ほどしかなかったはず。
    素通りしてくれればいいが、攻撃されるとちとヤバイ」
下町娘「ど、どうするんですか?」
金 旋「襄陽から兵1万ばっかし送らせておいてくれ。
    ん、守る将もいるか……いや、それは俺が行こう」
下町娘「え? 金旋さま自ら?」
金 旋「ああ、まあ一応保険のためだ。
    李通軍も余裕がないだろうし、戦略的価値のない
    湖陽港など、取ろうとはしないはずだ」
下町娘「はぁい。じゃ、後のことは……」
金 旋「後は、そろそろ玉が帰ってくるだろうから、
    あいつに全部任せちゃってくれ。
    ま、何もないだろうけどな」
下町娘「わかりました」

こうして金旋も湖陽港へ向かい出発した。

迎撃体制
迎撃体制

武官たちは戦場へ向かい、文官たちは探索に向かい、
兵たちもほとんど出払い、君主も出ていった。
執務室には、ぽつーんと下町娘がひとり残された。

下町娘「だれもいない……。
    残ってる人みんな探索に行ってるしなぁ。
    あ、あれ? ということは、つ、つまり……。
    今この城で一番偉いのって私!?」

彼女を探索に出してもあんまり意味ないので、
金旋はそのまま城に残した。
……という事実に彼女は気付いていなかった。

下町娘「そーか、ということは今の私って太守なんだよね。
    ……うをっほん。
    麿が、太守の下町娘であるぞよ〜。
    ほれ、茶を持ってきてたもれ

 ……しーん

下町娘「……そうだよね、
    私しかいないんじゃお茶持ってくる人もいないよね……。
    淋しいな、早く玉ちゃん帰ってきて〜」

ひとり淋しく待ち続ける下町娘。
そこへドタドタとやってきたのは、金玉昼ではなかった。
どうやら、襄陽から来た使者のようである。

急 使「襄陽太守代理、劉綜様の使いで参りました!」
下町娘「あ、ご苦労さまです。お茶でもお出ししますね」
急 使「あ、いえ、お構いなく……と和んでる暇はありません!
    大変なのですっ!
下町娘……蛮望さんのこと?
急 使それは変態です!
下町娘「あ、言ってやろーっと」
急 使「か、勘弁してください。
    それより、襄陽が大変なのです!」
下町娘「何が大変なんですか?
    あ、兵士1万はちゃんと湖陽港に送ってくれましたよね」
急 使「それはもう、太守の劉埼様直々に率いて出発なされました。
    しかし、その後すぐ、永安方面から急報が届きまして」
下町娘「急報?」
急 使「劉璋軍が我が領内に侵入し、襄陽に向かって進軍中!
    その数、およそ3万!
    攻城兵器も多数見受けられるとのこと!」
下町娘「え、ええええ!?」
急 使「襄陽には現在、劉綜さましかおらず、
    湖陽に兵を送ったため、守備兵も1万のみ。
    これでは、到底防ぎ切れませぬ!
    どうか、将兵を派遣していただきたいのです!」

劉璋侵攻
劉璋侵攻

下町娘「そ、そんなこと言われても! 私さっぱりわからないよ〜。
    そ、そうだ、玉ちゃん戻ってくるまで待って、ね」
急 使「軍師様ですか、すぐ戻られるのですか?」
下町娘「た、たぶん、もうすぐ……」
急 使いつですか!?
下町娘「そ、そんなのわかんないよ〜」

その時、どったんばったんと足音を立てて現れた人影が。

   金玉昼金玉昼

金玉昼ちちうえっ! どこっ!?

顔を紅潮させ駆けこんできたのは、軍師金玉昼。
それを見て、下町娘はようやく安堵の表情を見せる。
……だがそれはすぐに驚愕の表情に変わった。
金玉昼が使者の首を掴むなり、ギリギリと締め上げ始めたからだ。

金玉昼「こらアンタ! ちちうえどこいったか教えな!」
急 使「し、しりませ……く、くるし……」
金玉昼とっとと吐けぇー! 吐きなーっ!

 ギリギリギリ

急 使「し、しむ……た、たすけ、たす……」
下町娘「ちょ、ちょっと玉ちゃん、
    その人は今こっち来たばかりで知らないんだってば!」
金玉昼「あぁ〜ん? ああ、そうか、そうだよなぁー」
下町娘「そうだよ、ちょっと落ち着いて、ね?」
金玉昼「……ちちうえの居場所聞くならアンタの方だよね!
    さあ、キリキリ吐いてもらおうかっ!」
下町娘きゃー! 玉ちゃんご乱心!?
金玉昼「おらぁ、とっとと言いなあっ!」
下町娘「痛い痛い痛い! わ、脇固めはダメ、反則!
    ギブギブ! ギブー!」
金玉昼「ギブなんかなぁーい! うらぁぁぁぁ!
下町娘いだだだだ! お、おれるぅー!
???「えい」とすっ
金玉昼「……はうっ」

金玉昼は首筋に手刀を受け、気を失った。

   馬良馬良

馬 良「いやあ、危ないところでしたね」
下町娘「あ、あなたは……馬良のおじいさん!?
    ううっ、助かりましたぁ〜」
馬 良「いや、私の歳はあなたと大して変わらな……」
下町娘「ありがとう、おじいさ〜ん!」抱きっ
馬 良「……まあいいか、おじいさんでも。
    で、どうしたんですか軍師は?
    どうも錯乱していたようですが」
下町娘「よくわかんないけど、すんごい怒ってたみたい。
    ちちうえはどこー、って」
馬 良「ふむ、では殿への怒りで我を失ったと……」
下町娘「そうだ、金旋さまといえば。
    玉ちゃんの留守の間、勝手に作戦変えちゃったんだ」
馬 良「作戦を変えた?」
下町娘「許昌が手薄だから、甘寧さんに急襲させるって」
馬 良「なるほど……。
    軍師はそれを知って怒り狂ったわけですな。
    で、殿はどちらに?」
下町娘「湖陽が手薄だからって自ら守りに行ったけど」

その時、うーんと唸って金玉昼がゆっくりと身を起こした。

金玉昼「うぅ、なんか気分悪いにゃ〜。
    ……あれ、町娘ちゃんに馬良さん?
    神妙な顔してどしたにゃ?」
馬 良「……覚えてないみたいですね」
下町娘「それならそれでいいですよ。……それより玉ちゃん、
    金旋さまなら湖陽の守備のために出ていったよ。
    後は玉ちゃんに任せるって」
金玉昼「任せるって……勝手に作戦変えといてよく言うにゃ。
    途中で甘寧さんの隊と出会って何事かと聞いたら、
    許昌を攻めるって言ってるし……。
    で、小一時間問い詰めようととっとと帰ってきたのに」
馬 良「それより、さっきからこの泡を吹いて倒れてる方は?」

馬良は気を失っている襄陽からの急使を指差し言った。
それを聞いて彼の用件を思い出す下町娘。

下町娘「そうだ! のんびりなんてしてられないよ!
    実はこの人、かくかくしかじか……」
馬 良「劉璋が襄陽に!?」
金玉昼「予想外のことが起きたにゃ……。
    戦略的に見れば劉璋がこちらに侵攻するのは
    下策中の下策。普通は有り得ないにゃ。
    だけどそんなこと言っててもしょうがないにゃ。
    まずは防御をどうするかにゃ」
馬 良「そうだ、夷陵城塞の鞏志どのからの連絡は?
    無事なのでしょうか?」
下町娘「それは、何も聞いてないけど……。
    この人なら知ってるかな」
金玉昼「それより何でこの人、気絶してるのかにゃ」
下町娘「(玉ちゃんがやったんだよ……)」
馬 良「とりあえず起こしましょうか?」

使者を介抱し、意識を取り戻させる。
気が付いて金玉昼の顔を見た際、一瞬恐怖で蒼ざめたが、
すぐに役目を思い出したのか真面目な顔に戻った。

彼からの話では、劉璋軍は夷陵城塞を素通りし、
まっすぐ襄陽へ向かって進軍してきているらしい。
距離があるのでまだ余裕はあるが、
援軍を派遣しないと持たないだろう、ということだった。

使者を休ませて、緊急の軍議が開かれる。
……と言っても、3人しかいないのだが。

馬 良「劉璋軍は3万、攻城兵器中心の軍のようなので、
    増援兵力は2万あればどうにか野戦で戦えるでしょう。
    幸い、江陵の兵に余裕があるようなので、
    そちらから緊急で送れば、兵力はなんとか補えます」
金玉昼「問題はむしろ将にゃ……。
    武官の上位ほとんどが出ちゃってて、
    アテになる人がほとんどいないにゃ」
下町娘「どうするの?」
金玉昼「霍峻さんを隆中、黄祖さんを襄陽に派遣するにゃ。
    それと劉曄・陶応(※1)の2名も襄陽に行ってもらいまひる」
馬 良「そうですね、残ってる人たちで武力の高いのは、
    その2名くらい(※2)でしょう」

(※1 陶謙の子という設定のオリジナル武将。
 陶謙は自分の二人の子を放って劉備に後事を託そうとしたので、
 彼の頭は悪かったのだろうと邪推、知力が低く設定してある)
(※2 劉曄の武力は66、軍師型の人物では珍しく武力が高め。
 陶応も同じくらい)

金玉昼「でもこれでも応急処置程度にゃ。
    やはり主力に戻ってもらわないと」
下町娘「でも、主力部隊は皆戦ってるよ?
    今戻しても、襄陽へは間に合わないんじゃ……?」
金玉昼「魏延さん・李厳さんの隊にさっさと李通軍を殲滅してもらって、
    そのまま隆中へ行ってもらいまひる。
    まっすぐ行ってもらえば、十分間に合うはずにゃ」
馬 良「しかし、それだとかなりのハードスケジュールですね……」
金玉昼「それは仕方ないにゃ」
下町娘「恋ちゃんと甘寧さんは?」
金玉昼「恋ちゃんはもう少ししたら帰還命令出してにゃ。
    甘寧さんは……せっかく派遣したんだし、
    ちょっとは暴れさせないとダメかにゃー、と。
    何もやらないで戻したんじゃまるまる損にゃ」
下町娘「玉ちゃん、結構貧乏性だね……」
金玉昼「ちょっと暴れたら帰ってくるようにさせてにゃ。
    じゃ、私は行きまひる」
下町娘「え? 行くってどこへ?」
金玉昼「襄陽から出撃する部隊に参加するにゃ。
    戦力になりそうな人が、他にいないし」
下町娘「え、だって玉ちゃんの武力は低……」
金玉昼「武力ばっかりが戦いの手段じゃないにゃ。
    武将の武力の違いが、戦力の決定的差ではない、
    ということを教えてやりまひる」
下町娘「が、がんばって」
金玉昼「じゃ、馬良さん、後は任せまひる」
馬 良「わかりました、お気をつけて」
下町娘「いってらっしゃ〜い、お土産よろしく〜」

金玉昼が襄陽へ向かい、後には下町娘と馬良が残された。
もはやこれ以上変事は起こらないだろう、
と金玉昼も考え、彼女らに後を任せたのである。

だが、その予測をも超えた事態が起きてしまうのであった。


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