213年6月
『許昌より李通軍が侵攻せり。援軍を送られたし』
新野からの救援要請が宛城の金旋の元へと届く。
だが、その報を受けた当の金旋も、狼狽を隠せなかった。
4万5千の敵遠征軍。
この中には攻城兵器を用意した部隊も確認されており、
この軍から新野を守るには、普通に見積もって5万の兵は必要だ。
しかし仮にそれで守りきったとしても、
新野城はボロボロになってしまうだろう。
そうなると、野戦で戦う部隊も必要となる。
これに、最低2万は必要となるだろう。
つまり、合計7万の兵が必要となる。
新野にいる味方の兵は2万、ということは、
宛からの救援部隊は、5万は必要ということになる。
だが、現在の宛城の兵力は4万ほどである。
武関にいる3万の兵を合わせれば、どうにか数は出せるのだが、
それが戻って来ない限りは5万という兵は出てこないのだ。
しかし、武関から兵が戻るのを待っていては、
新野へ敵軍がたどり着いてしまう。
金旋
金 旋「あー困った困った困った困った」
ウロウロと行ったり来たりを繰り返す金旋だったが、
いい答えは全く浮かばない。
さらに間の悪いことに、彼が頼りにする参謀たち、
すなわち金玉昼・費偉・馬良らは全て外へ出払っていた。
残っているのは、頭は全く頼りにならない者である。
下町娘
下町娘「誰が頼りにならないんですか!」
金 旋「おわ、お、俺は何も言ってないぞ」
下町娘「あら、そうでした?
何だか悪口言われた気がしたんですけど」
金 旋「空耳じゃないか?」
下町娘「言ってないならいいですけど……。
それより、新野への援軍はどうするんですか?」
金 旋「だから、そのことで困ってるんじゃないか」
下町娘「そうですか……私にいい案があるんですけど。
うふふ、聞きたいですか?」
金 旋「いんや、全然」
下町娘「えーっ!? 聞いてくださいよ!」
金 旋「どうせ誰でも思いつきそうな案だろ」
下町娘「そんなことありません! かなり自信ありますから〜!」
金 旋「ほう。そこまで言うなら聞いてみるか……。
で、一体どうすればいいんだ?」
下町娘「兵力が足りないんですよね?」
金 旋「うむ。3万ほどだな」
下町娘「新野の周辺には宛、襄陽、西城の3都市があります。
各都市新たに1万づつ徴兵してそれを送……」
金 旋「アカン、全然無理な話。武関から戻すほうがまだ早い」
下町娘「えーっ」
金 旋「大体、1度に徴兵できるのは最大でも5千〜7千くらいだし、
そんな新兵が交じった援軍を送れと言うのか?」
下町娘「ダメですか……」
金 旋「全然ダメだな」
下町娘「それじゃ、逆転ホームラン!」
金 旋「……ホームラン?」
下町娘「発想の転換です! つまり新野を見捨てる!」
金 旋「見捨てるな!」
下町娘「いえいえ、ここからがミソです。
新野を助けず、許昌を攻めるのですよ。
さすれば敵軍は慌てて戻るので、新野城は助かります。
名付けて、許昌を囲んで新野を救うの計!」
金 旋「ほう……勉強してるな。
まさか孫ビンの兵法(※)を町娘ちゃんの口から聞くとはな」
下町娘「イエーイ♪」
(※「魏を囲んで趙を救う」で調べてみよう)
金 旋「でも却下」
下町娘「えーっ」
金 旋「本当に許昌を囲んで戻ってくるかもわからんし、
許昌を攻めて洛陽・陳留方面から援軍をよこされても困る」
下町娘「うーむ……じゃ、やっぱり新野を捨てましょう。
それならみんな無事でラッキー♪」
金 旋「ラッキーじゃねえて。新野の開発はかなり進んでて、
今更捨てるわけにもいかんのだ。
しかも、あそこを取られるとこの宛が孤立する」
下町娘「うがー! じゃあどうしろと!?」
金 旋「だから困ってるんだろう!?」
ふはははははははははははははは!
金 旋「な、なんだこの笑い声は!?」
下町娘「あ、あそこです! あの窓のところ!」
謎の影「ふふふ、無様だな金旋!」
金 旋「だ、誰だ貴様は!?」
謎の影「私か……私の名は!
『仮面軍師マスクドスフィア』!
以後、覚えておいていただこうッ!」
ババーン
金 旋「なっ……」
下町娘「……えーっと」
スフィ「フッ、長くて覚え辛いならば、スフィで結構だ」
下町娘「ちょっと、いいかな?」
スフィ「なにか?」
下町娘「(小声)玉ちゃん、何の冗談?」
スフィ「……わ、私の名は、仮面軍師マスクドスフィア!
そんな者は知らん!」
下町娘「……」
スフィ「し、知らんと言ったら知らんのだ!」
下町娘「はあ……。
もう、金旋さまから言ってやってくださいよ」
金 旋「う、うむ……」
ずい、と金旋はスフィの前に出る。
金 旋「そのマスクドスヒヤとやらが何の用なのだ?」
下町娘「(間に受けてる!? しかもちゃんと発音できてないし!)」
スフィ「ふふふ……何やら軍略についてお困りの様子。
良ければ私の知恵をお貸ししてもよいが、如何かな?」
金 旋「敵か味方かも判らん者の知恵など、使えるものか」
スフィ「フッ、少なくとも今は味方だ……聞くだけ聞いてみるがいい。
心配するな、見返りなどは要求せぬ」
金 旋「……わかった。とりあえず聞くだけだぞ」
スフィ「フ、それでいい」
スフィアはブワッと荊州北部の地図を机の上に広げた。
それを囲むは、仮面の軍師スフィアと厳しい顔の金旋。
……そして呆れ顔の下町娘。
スフィ「現在、新野へ向けて許昌の軍が進軍中。
これに対し援軍を送りたいが、この宛城の兵では足りない。
ここまでは良いな」
金 旋「うむ」
スフィ「そこでだ、まずはこの宛より迎撃用の軍を敵軍に差し向けよ。
機動力のある騎馬中心の部隊にし、出せるだけ兵を出すのだ。
また、数名の将を新野へ送る」
金 旋「それではこの宛の兵はほとんど空になるではないか?
それに、4万の兵では敵軍を全て防ぎ切れるかどうか。
その戦略は穴だらけではないか」
スフィ「次に、西城より兵1万を新野に送る」
金 旋「西城も空にしろというのか!? 貴様、敵のスパイか!?」
スフィ「フ、話は最後まで聞け。
……最後に、新野より兵を全て率いて迎撃部隊を出撃させよ。
将は先に宛より送った者を起用する」
金 旋「今度は新野もほとんど空になるぞ。……とんだ策もあったものだ」
スフィ「だが、これで十分許昌からの軍は迎撃できるはずだ」
金 旋「確かに、迎撃部隊の総兵力は6万ほど。
敵には攻城部隊が多いし、野戦に持ちこめば勝てるだろう。
だが、少しでも突破されると、新野城は簡単に落ちるぞ」
スフィ「それを防ぐための西城からの兵だ。
迎撃部隊が少しでも邪魔をしてやれば、
この兵は確実に新野に届く」
金 旋「む……確かに。だが、宛城・西城の守備兵はどうするのだ」
スフィ「宛への補充兵はすぐ近くにいるだろう?」
金 旋「近く……そうか、武関か。
武関の3万のうち、半分をこちらによこせば十分間に合うな。
……では、西城の兵はどうする?」
スフィ「これは、襄陽より不足分を送ればよい。上庸経由でな。
襄陽の減った分は、江陵より足す。
江陵の減った分は、荊南より少しずつ補えばよい」
金 旋「おお、これで兵の足りないところは無くなる!」
スフィ「ふ……所詮、戦は算数だ。そして兵を動かすタイミング。
この2つで全てが決まる」
金 旋「おお……」
下町娘「……これって、考え方は最初に私が出した案に近いですね」
スフィ「足りぬ兵は他から補う、というのは基本だからな。
では、さらばだ。幸運を祈る」
金 旋「ま、待て! 貴様……いや、あなたは一体何者だ!?」
スフィ「フ、言ったであろう。仮面軍師マスクドスフィア。
知恵無き者に知恵を授ける存在だ」
金 旋「……また、会えるか?」
スフィ「それは貴方の心掛け次第……さらば! とおっ!」
下町娘「わっ! 窓から飛び降りた!」
『みぎゃっ! あ、足がぁ〜!』という声を下町娘は聞いたが、
金旋はボーっと虚空を見つめていた。
金 旋「仮面軍師マスクドスヒヤ……。一体何者なのだ……」
下町娘「……この親娘はワケ判らないわ」
次の日、足を挫いた金玉昼が武関より戻ってきたが、
すでに防衛作戦は発動していた。
その内容は全て、仮面軍師マスクドスフィアの進言通りであった。
仮面軍師マスクドスフィア。その正体は一体誰なのか。
それはおいておくとして。
まず最初の一手、宛よりの迎撃部隊が出撃した。
魏延隊、兵は2万。
鋒矢陣形をとり、魏延の他、甘寧、楽進の3名を先鋒に配置。
騎兵中心の超攻撃的な部隊である。
また、教唆兵法を知る田疇を同行させ、計略にも掛からぬようにした。
次に韓遂、鞏恋、金目鯛、魏光を武関から新野へと直行させる。
同じく宛から刑道栄を派遣。
到着後、すぐに韓遂を大将に第2迎撃隊として出撃。
これも鋒矢陣形を取り、先鋒に鞏恋、金目鯛、韓遂。
中衛に刑道栄、後詰に魏光を配置した。
そして西城の董蘭・襄陽の劉埼に、兵の移動を命じる。
最後に宛にて、武関より戻った蛮望などを中心に隊を編成する。
李厳を大将に、蛮望を先鋒、他に謝旋、牛金、卞志らを随え、
兵は1万5千、錐行陣形を取る。
彼らは、先に行った魏延隊に追い付かんばかりの勢いで出撃した。
金旋軍5万5千、李通軍4万5千。
6月中旬、両軍は、新野まで数日の距離のところで激突する。
☆☆☆
李通軍の文聘隊に配置された荀域は、
宛・新野より迎撃部隊が出たとの報に驚きを隠せなかった。
荀域
荀 域「早い。それに兵が多過ぎる。
彼らは城を捨ててまで、兵を集結させたというのか?
いや、ここまで着実な戦いをしてきた金旋軍だ。
そのような無鉄砲な事はしないはず……ではなぜ……」
荀域は優秀な軍師ではあったが、
金旋軍の全領土の状況までは把握できてはいなかった。
元々、戦場での指揮や計略などより、
政治面を得意とする人物である。
金旋軍の動きは、彼には破天荒に見えたのであろう。
大将である李通にも同じ知らせは届いていた。
だが、彼は荀域ほど深くは考えなかった。
彼は実にシンプルな答えを出したのである。
李通
李 通「敵は新野を空にしてまで迎え撃ってくるぞ!
突破さえしてしまえば、新野はすぐに落ちる!
なんとか新野までたどり着くのだ!」
李通軍は、迎撃部隊の攻撃を受け流し、
そのまま新野へと向かうという戦略を取った。
対して金旋軍は、敵軍の行く手を阻もうとする。
互いに相手の動きを見ながらの戦いとなっていくのであった。
☆☆☆
李通軍の第1陣は、髭髯鳳が指揮する1万の騎兵隊である。
馬騰軍からの降将である梁興、陶応を随え、
後続の井闌部隊を守るため、軍の先頭を進んでいた。
髭髯鳳も元は髭親父軍にいた将である。
勢力滅亡後、髭髯龍や髭髯豹と共に李通軍団に組みこまれていた。
だが、降将である彼らの扱いは余り良いものではなかった。
彼らはその溜まった鬱憤を、この戦いで晴らすつもりであった。
髭髯鳳
梁 興「髭髯鳳どの! 正面より迫る軍がありますぞ!」
髭髯鳳「新野からの迎撃部隊か。
数は2万、我が隊の倍といったところだな。
……面白い、まずは一戦交えるとしよう」
梁 興「はっ! 大将に我々の強さを見せつけてやりましょう!」
髭髯鳳「おお! 李通よ、目をかっぽじって見ておけい!
突っ込むぞ! 続け!」
韓遂隊に突っ込んでいく髭髯鳳隊。
普段は比較的温厚である髭髯鳳であったが、
ひとたび戦場に踏み入れば、その表情は一変した。
髭を振り乱し、鬼の形相で振るわれるその槍に、
敵は当然のこと、味方さえも恐れた。
『敵将! 勝負!』
まさに鬼神のようであった髭髯鳳に、そう声が掛かる。
髭髯鳳は声のした方をギロリと睨み、槍を振って滴る血を払った。
敵の将は、髭髯鳳と比べて小柄で腕も細い。
だが、その目は射抜かんばかりに髭髯鳳を凝視していた。
髭髯鳳「我は髭髯鳳……髭髯兄弟の4番目よ。貴様の名は?」
髭髯鳳に問われたその将は、スッと槍を構えると静かに名乗った。
鞏恋
鞏 恋「金旋軍の将、鞏恋……」
両者の馬が寄り、槍が交わされた。
鞏恋:武力94 VS 髭髯豹:武力96
両者、互いに数合を打ち合う。
義兄弟の髭髯龍や髭髯豹と並び賞される髭髯鳳の武勇。
その槍を、鞏恋は避け、受け流し、弾き返す。
打ち合いながら、髭髯鳳は驚嘆した。
(我以上の膂力を持つならいざ知らず……。
このような娘が互角に戦えるとは)
『哈ッ!』
両者の槍が交差し、血飛沫が飛ぶ。
片方の血は髭髯鳳の脇腹から。片方の血は鞏恋の馬から。
……勝負は鞏恋の勝ちであった。
髭髯鳳「見事だ鞏恋……。この場は引かせてもらうぞ」
髭髯鳳は傷口を抑え、その場を逃げ出す。
馬を倒された鞏恋は、追いかけることは出来ない。
弓で狙い撃つことはできただろうが、そんな気にはならなかった。
鞏 恋「なかなかいいヒゲ……。敵にしとくのは惜しい」
髭髯鳳は味方に助けられ、何とか傷の手当てをする。
だがこの怪我で、思うように指揮を取れなくなったのであった。
髭髯鳳隊の勢いは、これでかなり減じてしまったのである。
☆☆☆
李通軍の第2陣は、大将李通が率いる1万5千の井闌隊であった。
髭髯鳳率いる第1陣が韓遂隊と交戦し始めたのと同じ頃、
李通隊の側面に宛城からの魏延隊が現れた。
李 通「魏の旗……魏延の隊か。よいか、最低限の戦いに抑えておけ!
我らの目的は新野を落とすことぞ!」
李通隊は魏延隊に攻撃を受けても、進路をほとんど変えなかった。
だが、李通隊の右翼は魏延隊の攻撃を受けて兵を減らしていく。
右翼を任されている髭髯豹は、これに怒りを顕わにした。
髭髯豹
髭髯豹「ええい! 李通は我らにここで死ねというのか!?
我らは捨て駒だとでも言いたいのかっ!」
髭髯豹は、魏延隊の兵と交戦しているところへと馬を走らせる。
押し寄せる敵兵を、斬り捨て、叩き割っていく。
そこへ、敵の将が現れた。
甘寧
甘 寧「……フン、敵ながらやるな。
敵将! 名をなんと言う!?」
その声を聞きつけ、髭髯豹は甘寧の方に向き直る。
そして甘寧の姿を見つけると、目を丸くし、
次いで顔を赤くして怒り始めた。
髭髯豹「き、貴様……ゆ、許せん!」
有無を言わさず斬りかかる髭髯豹。
その薙刀を何とか受け流し、甘寧は問い掛けた。
甘 寧「な、なんだ!? 何が許せんというのだ!?」
髭髯豹「その髭だ!」
甘 寧「髭だと?」
髭髯豹「そうだ! 貴様のその髭は、髭というものを冒涜している!
死んで髭の神に許しを請え!」
髭髯豹のその言葉に、今度は甘寧が怒り狂った。
甘 寧「き、貴様ァ!
殿の、殿の愛してくれたこの髭を(※してません)
そのように罵るとは! 絶対に許さん!」
髭髯豹「ならば、我の髭と貴様の髭、どちらが正しいか勝負だ!」
甘 寧「望むところよ!」
かくして髭のプライドをかけた戦いが始まった。
甘寧:武力94 VS 髭髯豹:武力97
数合、十数合と、互いの薙刀がぶつかり合う。
髭髯豹が髭を振り乱しながら上段から斬りこめば、
甘寧は髭を震わせながら横から凪ぐ。
全力で打ち合った両者の戦いは、最後はヘロヘロになりながらも、
甘寧が髭髯豹の髭を一部ブチブチとむしり取り、一応の決着をみた。
髭髯豹「ハアハア……貴様、名はなんと言う!?」
甘 寧「甘寧、字は興覇……だ。ハァハァ」
髭髯豹「我が名は髭髯豹……髭髯兄弟の三番目よ!
この髭のカタキは、いずれ取らせてもらうぞ!」
そう言い残し走り去る髭髯豹。
それを追う気力は、甘寧には残っていない。
だが、髭を一部失い精神的にダメージを受けた髭髯豹は以後、
戦う気迫をなくし指揮・戦闘に影響をきたすのだった。
前哨戦とも言うべき一騎討ちを二戦勝ち、意気上がる金旋軍。
だが、新野の戦いはまだ始まったばかりであった。
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