○ 第四十三章 「新たな刺客」 ○ 
213年5月

ミニマップ
宛城周辺

3月に荊州を統一した金旋であったが、すぐに軍を動かした。
5月には、金目鯛、そして登用したばかりの朱桓を、
それぞれ1万5千の兵を預け武関に向かわせた。

武関は曹彰が守っていたが、兵も1万足らずであり、
交戦から10日余りで陥落。
矢を受け負傷した曹彰は長安へと落ち延びたのだった。

   金旋金旋    下町娘下町娘

金 旋「よし。これで万一、長安から攻められても十分防げるな。
    何しろ武関には粘土があるからな」
下町娘「……粘土?」
金 旋「あ、間違った、連弩な、連弩!
下町娘「あぁびっくりした、粘土でどうやって防ぐのかと思いましたよ。
    ……で、連弩ってなんですか?」
金 旋「なんですかって……知らんの?」
下町娘「はい」
金 旋「しゃーない、解説してあげよう」

ひとくちに連弩、と言ってもいくつか分類がある。
弾層を持ったカタパルト式の大型弩、いわばガトリングガン。
引き金を引くだけで連射できる弩、いわばマシンガン。
複数の矢を同時に発射する弩、いわば散弾銃。

このうち、武関をはじめ施設に設置してある連弩は、
一番最初に挙げた大型の連弩、庄子弩(しょうしど)になる。

そして弩兵法の連弩は、個人が所持して使う連射式の元戎(げんじゅう)
庄子弩に車をつけた連弩車(れんどしゃ)を使用していると思われる。

金 旋「ちなみに、大型のものは戦国時代あたりからあるんだが、
    元戎は諸葛亮とその部下の開発者が作ったのだ」
下町娘「へえ〜。よくそんなの知ってましたね」
金 旋「はっはっは、見直したかね?」
下町娘「で、その後ろに持ってる『武具の歴史』って本はなんですか?」
金 旋「……さて、仕事するか」
下町娘「なんですか〜?」
金 旋「あーうるさいうるさい」

   馬良馬良

馬 良「あ、殿。こちらでしたか」
金 旋「ん? どうした馬良。何か用か?」
馬 良「は、曹操軍の使者が参りました」
金 旋「ふーむ、曹仁の返還を求めてきたというところか?」
馬 良「そんなところでしょう。どう致しますか?」
金 旋「会わぬわけにも行くまい。広間に通してくれ」
馬 良「はっ」
金 旋「曹仁も曹家の一族だからな。
    置いといても登用に応じるとも思えんし……。
    ここは返しておくか」
下町娘「タダで返すんですか?」
金 旋ふっふっふっふっふ
下町娘「……なんか企んでますね」

曹仁は、宛城陥落の際に捕らえられ、今まで抑留されている。
他の捕らえられた将たちが登用を受ける中、
曹仁だけが頑なに拒み続けていた。

使者と面会した金旋は、曹仁の返還に合意。
曹仁は返還され、金旋がその見返りとして受け取ったのは……。

金 旋「んー。これはいい馬だ」
下町娘「そりゃ、天下の名馬を貰ったんだから、
    いい馬なのは当たり前でしょう」

   

曹操所持の名馬、爪黄飛電を貰い受け、ホクホク顔の金旋であった。

    ☆☆☆

○武関

金旋軍が陥落させた武関では、象兵部隊にて破壊された
城壁の修復作業が行われていた。

   金目鯛金目鯛   蛮望蛮望

金目鯛「全く、派手に壊しやがって。少しは戦った後のこと考えろよ」
蛮 望「おほほほほ、一緒になって暴れてた人の言葉じゃないわね」
金目鯛「むう……」
蛮 望「朱桓さまのような戦い方をしなくちゃねぇー」

蛮望の言う通り、象兵で編成された金目鯛隊は、
大将からしてかなりの暴れっぷりであった。
対して朱桓の率いた井闌隊は、城壁には傷をつけず、
守備兵のみを減らす戦い方をしたのである。

   朱桓朱桓

朱 桓「部隊編成でそういう戦い方になるというだけだ。
    俺とて象兵を率いれば、このような結果になるだろう」
金目鯛「おう、朱桓どの」
朱 桓「それに、象兵部隊が耐久度を下げてくれたお陰で、
    関からの反撃が少なくて済んだのだ。決してムダではない」
金目鯛「そう言っていただけるとありがたい」

朱桓は元々は呉の孫権の配下であった。
しかし、曹操軍に捕らえられ渋々配下となったところを、
費偉がスカウトしてきたのである。

朱 桓「しかし、呉の将兵こそ最強、と今までは思っていたが、
    今回の戦いでの荊州の将兵の強さも目を見張るものがあった。
    意識を改めねばならんな」
金目鯛「うーん、褒めてくれるのは嬉しいが、それはちっと違うな」
朱 桓「違う? 何がですかな?」
金目鯛「荊州の将兵が強いんじゃない。そうじゃなく、強いのは……」
蛮 望そう、強いのは私の象兵よ!
    おーっほっほっほ!
金目鯛「だあ! 違う! ……いやある意味違わないけど、
    俺が言いたいのはそうじゃなくてだな」
蛮 望「では、なんですの?」

その問いにニヤリと笑い、金目鯛は答えた。

金目鯛「……本当に強いのは、呉の将兵でも荊州の将兵でもない。
    金旋軍が強いのさ!

    ☆☆☆

場所は同じく武関。

   金玉昼金玉昼

金玉昼「んー。荷作り終了にゃ」

戦後処理を終え、金玉昼は宛へと帰る仕度を始めていた。
武関でやれることといえば訓練と城壁修復くらいであり、
知力勝負の金玉昼には、やれることがなくなっていたのである。

そこへ、鞏恋と魏光が訪れた。

   鞏恋鞏恋    魏光魏光

鞏 恋「今日出るの?」
金玉昼「うん、ちょっと心配だからにゃ」
魏 光「金旋さまが心配ですか……。その気持ち、私も判ります」
鞏 恋「魏延さんが心配?」
魏 光「いや、私が心配なのは父ではなく、その……あの……」
金玉昼「(……全く報われてないにゃ〜)
    別に、父上が心配というわけでもないのにゃ。
    どちらかというと、情勢が気になりまひる」
魏 光「情勢?」
金玉昼「曹操軍は今、大規模な領土奪還作戦を行ってまひる。
    そのため、捕虜となる武将も出てくるし、
    兵士もそっちに送られることもあるにゃ」
鞏 恋「つまりは、呂布海苔を狙う?
魏 光「違いますよ、それを言うなら漁夫の利ですよ」
鞏 恋「今の高度なギャグが判らないなんて……最低
魏 光ガーン!
金玉昼「……今のが高度かどうかはおいとくとして、
    漁夫の利を狙う、という路線で今後は行きたいのにゃ」
鞏 恋「ふーん」
金玉昼「しばらく戦いも少なくなるだろうから、その期間、
    恋ちゃんとかには虎退治でもやってもらおうかと」
鞏 恋「こっち来る前に、宛でも一匹倒したけどね」
金玉昼「強くなるのはいいことにゃ。
    強くなるといえば、秦綜さんの教育はどう?」
鞏 恋「覚えもよくて助かってる。謝旋以上かな。
    秋に合流すると思うよ」
金玉昼「それは良かったにゃ〜。ちちうえも喜びまひる」
鞏 恋「あ、そろそろ教えにいく時間だから。じゃ」
金玉昼「はいにゃ〜」

鞏恋は早足で去っていった。

金玉昼「……あれ? 魏光さん?」
魏 光「最低って……鞏恋さんに最低って言われた……。
    もうダメだ……。
    ボクなんて生きてちゃダメなんだぁ〜
金玉昼「……恋ちゃんの言葉を間に受けちゃダメだにゃ〜。
    察しが悪いとは思ったろうけど、気にするほどじゃないにゃ」
魏 光「で、でも、筋肉では秦綜に到底敵わないし、
    実際の武力でも鞏恋さんに水を開けられっぱなしだし……」
金玉昼「魏光さんも強くなってまひる。
    この武関の戦いでも、曹彰を狙撃して怪我を負わせたにゃ」
魏 光「いや、あれはマグレで……」
金玉昼うがー! ウジウジ言うにゃー!
    男ならしっかりせいやー!
魏 光「は、はいっ」
金玉昼「恋ちゃんがそっけない態度を取るのも、
    魏光さんに立派な武将になって欲しいからだにゃ!
    だからしっかりしまひる!」
魏 光「えっ、そ、そうなの?」
金玉昼「えっと……た、多分、そうにゃ。
    だから精進すれば何も問題無しなのにゃ!」
魏 光「そうか……。ということは強くなれば……」

鞏 恋「魏光、よく頑張ったね……。関羽を討ち取るなんて」
魏 光「はっはっは、まあ当然ですよ。
    これも鞏恋さんを思えばこそ!」
鞏 恋「ごめんね、これまで辛く当たって。
    こうしないと、あなたが奮起してくれないと思ったから」
魏 光「いえ、その言葉だけで今までの苦労が報われる気分です」
鞏 恋「うふふ、ご褒美あげなきゃね。はい、どうぞ……」
魏 光「ど、どうぞって言われても」
鞏 恋「ご褒美は私。……不満?」
魏 光「いーえ滅相もない! そ、それではイタダキマース」
鞏 恋「あん、優しく、ね……」

以上、魏光の妄想終わり。

魏 光「(もわんもわんもわん)ハァハァ、鞏恋さーん」
金玉昼「……おーい。ヤラシイ妄想してないで、戻ってくるにゃー」
魏 光「ハッ……な、何でしょう? 
    別にエッチなことなんて考えてませんよ」
金玉昼「……恋ちゃんて結構着痩せするタイプだから、
    もう少し大きめに修正した方がいいにゃ」
魏 光「そ、そうなのか。
    けっこうスレンダーな方だと思っていたのだが……」
金玉昼「……じー」
魏 光「い、いや別にそういうことじゃなくて!
    そそそそれより出発時間は大丈夫ですかっ!?
    早く行かないと日が暮れますよっ!?」
金玉昼「はいはい、それじゃ後は頼んだにゃ」
魏 光「はっ! 鞏恋さんのことはご心配なく!
    必ず幸せにしてみせます!」

ぶんぶんと手を振る魏光を残し、
荷物を手に外へと向かう金玉昼であった。
魏光に一寸手を挙げ、前に向き直ると、小声で呟く。

金玉昼「なんかまだ引きずってるにゃ……。
    ま、沈んでるよりはマシかにゃ。
    でも、でまかせであそこまで元気になるってのも、
    かなり便利な性格だにゃ〜」

その呟きは魏光に届くことはなかった。

    ☆☆☆

……闇の中に、声だけが響く。

男 A「金旋め、荊州統一を果たし浮かれていると聞いたが」
男 B「は。荊州牧となり、爵位を与えたりしておるとのこと。
    配下の者も少々気が緩んでおる様子です」
男 A「軍勢の動きは?」
男 B「武関を攻め落とし、関羽軍団の残党も一層した模様。
    これで宛の守りは安泰だ、と言っておるとか」
男 A「関羽か……あの男も損をしているな。
    なまじ寵愛を受けたために、反感を買っている」
男 B「そのために援軍もなく、都市を全て失いました。
    力量はあるのに、勿体ないことです」
男 A「だが、やはり軍というものは序列を大事にせねばならん。
    それを忘れた関羽は、所詮負ける運命だったのだ」
男 B「……して、如何がなさいますか?」
男 A「フフ……そうだな。安心し切っている金旋に、
    我々の鉄槌を食らわせてやろうと思うのだが。
    お主はどう思う?」
男 B「左様ですな、よい機会かと思いまする」
男 A「フフフ……。
    そうすれば、この私の力量も示すことが出来るというものよ。
    フッフッフ、ハーッハッハッハッハ!」

カシャア、とカーテンが開けられ、外の光が入ってくる。

   李通李通

李通(男A)「あ」
郭奕(男B)「あ」

   荀域荀域

荀 域「何を部屋を真っ暗にしてやってるんですか!」
李 通「荀域どの!?
    困りますぞ、せっかく悪の幹部気分に浸っておったのに!」
荀 域「何が悪の幹部ですか……。
    郭奕どのも、父上が無くなられたばかり(※)だというのに、
    何を馬鹿な遊びをやってますか」

(※郭奕は郭嘉の子。郭嘉は4月に病死)

郭 奕「す、すいません」
李 通「そう言わんでくだされ。
    話の内容自体は真面目だったのだ」
荀 域「……どんな内容ですか?」
李 通「うむ。この許昌より、
    金旋軍の都市へ攻撃を掛けようという話だ」
荀 域「……現在、曹操さまは孫権との対決に力を注いでおります。
    それを踏まえて、なお攻撃を?」
李 通「だからこそ、だ。
    安心しきっている金旋軍に打撃を与え、その勢いを削ぐ事で、
    今後の戦略にもいい影響を与えるだろう」
荀 域「……ふむ、一理ありますな」
郭 奕『それに、関羽が失った都市を私が取り返せば、
    我が軍内部の私の影響力も強まろうというものよ。
    さすればもう関羽如きにでかい顔はさせぬわ、グッフッフ』

李 通「な、何ゆえ私の心の言葉を知っている!?」
郭 奕「似たようなこと、いつも言ってるじゃないですか」
荀 域「まあ動機は不純ですが……。
    金旋軍の力を削ぐ事は、それに越したことはありません。
    ですが、戦うからには必勝を期して望まねばなりませんぞ」
李 通「判っている。兵力の出し惜しみなどはせぬ」
荀 域「……宛城の救援要請にも、出し惜しみせずに
    兵を送って欲しかったですな」
李 通「そう言わんでくれ。荀域どのとて、
    これが上手く行けば軍師に返り咲くこともできよう(※)

(※郭嘉亡き後の曹操軍の軍師は、賈駆が務めている)

荀 域「……私はそのようなことは望んでません。
    賈駆どのも良い軍師です」
郭 奕「いえ、父の代わりを務められるのは荀域どのです。
    やはり生え抜きの将、軍師が重用されるべきなのです」
李 通「そうそう。賈駆は張繍に仕えていた、いわゆる外様。
    曹操さまを殺すかもしれなかった男だ。
    そのような男よりも、曹軍一筋の荀域どのこそ相応しい」
荀 域「……もうその話は止めましょう。
    それよりも、軍議を開くべきと思いますが」
李 通「うむ、そうだな……。それでは郭奕、諸将に伝達を」
郭 奕「はい、それでは荀域どの、失礼します」
荀 域「ええ……それでは、私は資料を持って参りますので」
李 通「うむ、よろしく頼みます」

荀 域「(あのような考えを古参の将たちが持っているのか……。
    以前は来る者は拒まず、有能であれば重用する、
    それが我が軍の気風だったというのに)」

一人嘆息する荀域であった。
そして、ボソリと呟く。

荀 域「しかし、私は一度、袁紹に仕えているのだがなぁ」

生え抜きの将というのは、案外少ないものである。


213年6月、曹操領の許昌より4万5千の軍が進発した。
総大将の李通を筆頭に、荀域、曹洪など、精鋭揃いである。
その軍中には、旧劉埼軍だった文聘、
孫権配下だった凌統なども組みこまれていた。

攻撃軍の目標は新野。守る将は張允、兵は2万。
太守は費偉だったが、彼は運悪く武将の登用のため、
城を留守にしていたのである。

ミニマップ


張允からしてみれば、青天の霹靂であった。
戦いになるにしても、まずは宛が先だと思っていたからである。

張 允「ま、まずいぞ、費偉どのは留守だし頼れる将もいない。
    きゅ、救援だ! 宛の金旋さまに救援を請え!
    ん、なんか以前にもこんなことを言った憶えが……。
    気のせいか?」

気のせいではありません。
(西城の安陽港の守備をしてた時にも攻められている)

早馬が宛城へと向かう。
曹操軍の新たな刺客、李通軍団との戦いは、目の前に迫っていた。



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