○ 第四十一章 「宛の下の力持ち」 ○ 
213年4月

ミニマップ

金 旋「ん〜。うー。あー」

金旋は落ちつきなく自室の中をぐるぐると歩き回っている。
時折、独り言のようにうめき声を出しながら。

その様子を見て、下町娘はそそくさと金玉昼の元へと向かった。

   下町娘下町娘   金玉昼金玉昼

下町娘「……玉ちゃん、金旋さまの様子が変なんだけど」
金玉昼「あー、それは仕方ないにゃ」
下町娘「ということは、とうとう痴呆症に……。
    ああ、どうしても年齢には勝てないのね」
金玉昼「いや、そーじゃなくて……」
下町娘「それじゃ、今話題の狂牛病?
    そういえば、金旋さま牛肉好きだったわね……。
    牛タンやホルモンも好んで食べてたし」
金玉昼「いやー、別にBSEでもないにゃ。
    確かに脳はスポンジ状かも知れないけどにゃー」
金 旋「うむ、スポンジ状だと吸収しやすいからな。
    一滴の知識もムダにはしないぞ」

   金旋金旋

金玉昼「ちちうえ……いつからそこに……?」
金 旋「様子が変なんだけど、のあたりかな」
下町娘「それって、最初からじゃないですか!」
金 旋「いやあ、逃げるように去っていく町娘ちゃんの姿を見たんで、
    何事かとついて来てみたんだがな」
金玉昼「あ、あははははは……ばいにゃー!」

金玉昼は脱兎のごとく逃げ出した。

下町娘「あ、玉ちゃんずるい!」
金 旋「全く、痴呆症でも狂牛病でもないから安心しなさい」
下町娘「で、でも、すんごい変でしたよ?」
金 旋「いや、ちょっと待ち遠しくてなぁ。
    そろそろ来てもいい頃なんだが……」
下町娘「来る?」

その時、魏延が駆け足でやってきた。

   魏延魏延

魏 延「殿。朝廷よりの使者が参りましたぞ」
金 旋「おう、来たか! よし、丁重にお迎えしろ。
    俺は広間にて待つ」
魏 延「はっ」

魏延は一礼し、戻っていった。

下町娘「朝廷よりの使者……あ、もしかしてアレですか」
金 旋「うむ、とうとう来たのだ。ほれ、町娘ちゃんも正装して出なさい」
下町娘「は、はい〜。大至急〜」

広間。
朝廷からの使者を、金旋以下、将全員が出迎えた。
金旋が礼をすると同時に将たちも深く礼。
それを見て、使者はうやうやしく礼を返し、口を開いた。

使 者「皇帝陛下よりの御言葉である。
    『金旋、あんた強いから荊州の牧を任せるけんね』
    ……御言葉は以上である」
金 旋「……けんね?」
金玉昼「ほら、ちちうえ、御返事、御返事」
金 旋「は、はっ! しかとお言葉、承りましてございます!」
使 者「では、任命状をお渡し致す。
    任命状! あなたは日頃の功績により、荊州を纏め上げました!
    よってこれを評し、荊州牧に任じます!」

   鞏恋鞏恋    魏光魏光

鞏 恋「なんか学校の表彰みたいだね」
魏 光「しーっ、聞こえますよ」

金 旋「はっ……ありがとうございます」
使 者「うむ、立派に勤め上げてくだされ」
魏 延「では御使者殿、粗末ではありますが宴席を設けましたので、
    どうぞ、こちらへ」
使 者「うむ、荊州の珍味、頂いていくとしよう」

こうして、金旋は荊州の牧に任じられた。
とうとう無官を返上したのである。

これにより、部下に与えることのできる爵位が増えた。
早速、魏延を牙門将軍に、甘寧を護軍、
韓遂を偏将軍、楽進をネ卑将軍に任命する。

   韓遂韓遂    楽進楽進    霍峻霍峻

韓 遂「しかし、いいのかの。新参の私がいきなり高い爵位を貰ってしまって」
楽 進「私もだ。鞏恋どのや霍峻どのの上になってしまうのは、いささか恐縮だ」
霍 峻「良いのではないしょうか。
    魏延どの、甘寧どのは共に歩兵・弩兵の兵法が得意。
    この二人とのバランスを考えれば、騎馬が得意、
    そして指揮能力にも優れるお二人が挙がるのは当然でしょう」

   甘寧甘寧    黄祖黄祖

甘 寧「魏延以外はみな50代だからな。
    年功序列ってことでいいじゃないか」
黄 祖「歳の順なら真っ先にワシが来るはずじゃが?」
甘 寧「アンタは例外。人の上に立ったが最後、
    独断専行で皆に迷惑掛けまくるだろうな」
黄 祖「人を暴走超特急みたいに言うな!」

楽 進「ところで、文官の方も爵位の授与があったんだったな」
霍 峻「ええ。軍師、費偉どのがそれぞれ太楽令、武庫令に昇格。
    しかし、登用したばかりの馬良どのを、いきなり同格の衛士令に
    任じられるとは予想しませんでしたが」
韓 遂「殿は馬良の能力を高く買っているようだな。
    いずれ、彼は国の中枢を担う人物になるだろう。
    ところで、私は文官NO.2に任じられた人物を知らぬのだが……」
魏 延「ああ、韓遂どのは会ったことはないのだな」
楽 進「そういえば、私も会った事はないな。話は聞くのだが」
甘 寧「……俺もよく考えたら会ってはいないな。
    手紙のやりとりはたまにしてるんだが」
霍 峻「私も会ってませんね。お会いしたいとは思っているのですが」
魏 延「そういえば、私もここのところは会ってないな……」
黄 祖「で、どういう人物なのだ?
    任されてる仕事を考えると、とてもスゴイ奴を思い浮かべるのだが」
鞏 恋「あの人はね……」

   鞏恋鞏恋

甘 寧「お、鞏恋」
鞏 恋「……あの人は、平々凡々、パッとしない。
    道端で会っても平民にしか見えないくらい冴えない人」


ミニマップ荊州map

○江陵

   鞏志鞏志

鞏 志ぶえっくしっ! ……ぶぇーーっくしっ!
韓 浩「鞏志どの、風邪か?」
鞏 志「い、いえ……。ちょっと鼻がムズムズしたもので。
    ……で、どこまで話をしましたっけ」
韓 浩「江陵の内政もほぼ完璧になったし、ここでも徴兵をするかという話だ」
鞏 志「あ、そうでした。しかしそれだと、徴兵・訓練用に人材が必要です。
    襄陽以北への輸送担当も必要ですし、今の人数では足りないですが」
韓 浩「何人か、北から回してもらえんかな」
鞏 志「難しいところですね。文官は新領地の開発に回されるでしょうし、
    武官も、曹操軍との対決を考えれば多いに越したことはありませんし」
韓 浩「ううむ。辛いところだな」
鞏 志「ですが、全体の兵数は余裕が出てきました。
    徴兵のペースは現在のを維持すればよいかと」
韓 浩「そうだな……これも鞏志どの、あなたの努力の賜物だ。
    よくここまで国力を充実させられた。流石は我が軍の名宰相だな」
鞏 志「ははは、宰相だなんてとんでもない。私はただの中間管理職ですよ。
    それよりも、実際に内政に携わった皆さんのお陰です」
韓 浩「ふむ、では鞏志どのを始めとした皆の力だということで」
鞏 志「そうですね」

   趙樊趙樊

趙 樊「鞏志さま? 殿からの御使者が参ってますよ」
鞏 志「殿から……手紙ではなく使者?」
趙 樊「ええ」
韓 浩「何でしょう?」
鞏 志「さあ、見当がつかないですが……とりあえずお通しください」
趙 樊「わかりました」

    ☆☆☆

鞏 志「……爵位ですか?」
使 者「はい、殿は鞏志さまの功績を非常に評価されております。
    ゆえに、新たな爵位を与えると」
鞏 志「いや、しかし文官のNo.2とは……。
    私はそんな大した人間ではありません。
    他にも有能な人は大勢いるでしょう」
韓 浩「別に良いではないか。
    殿が我々のことを気にかけてくださってるということだ」
趙 樊「自分も爵位貰ったからって気分いいようですね(※)
韓 浩「はっはっは。まあ、縁の下の力持ち的役割をしてるんだ。
    これくらい評価されてもいいだろう」
鞏 志「そうですね……ありがたくお受け致します」
使 者「それから殿からの伝言です。
    『これからも宜しく頼むぞ』とのことです」
鞏 志「はい……承知致しました、とお伝えください」

(※ 韓浩のほか、潘濬・劉巴・魏劭に爵位が与えられた)

鞏志に大倉令の爵位が与えられた。
今後も彼は、後方都市の内政や徴兵などに尽力していくこととなる。

鞏 志「殿……あなたの覇道は、私たちが支えます。
    中華統一という夢、どうか実現してください……」

……さて、またしばらく出番のなくなる連中は放っておくこととして。

鞏 志な、なんですと〜!
趙 樊もっと出番くださいよー。ブーブー

場所はまた宛へと戻る。

    ☆☆☆

   金玉昼金玉昼   下町娘下町娘

金玉昼「うんにゃ、ほいにゃ」
下町娘「うんしょ、うんしょ……」

金玉昼と下町娘が、二人で大きな箱を抱えて運んでいた。

   鞏恋鞏恋

鞏 恋「大きい荷物……」
下町娘「あ、恋ちゃん」
金玉昼「宛城のいろいろな資料が蔵に押し込められてたから、
    めぼしいモノを持ってきたんだにゃ」
鞏 恋「……そこらへんの兵士に持たせたら?」
下町娘「うーん、私もそう思ったんだけどね。
    あいにく近くに誰もいなかったから」
金玉昼「二人でも何とかなると思ったんだけどにゃ〜。ちと重いにゃ」
鞏 恋「手伝うよ」

鞏恋も手を差し出し、3人で箱を抱える。

下町娘「あ、恋ちゃん、そういえば魏光さんは?」
鞏 恋「……なんでそこで彼の名が出るの?」
下町娘「あ、いや……いつもなら
    『鞏恋さんにこんな重い物持たせられません!』
    とか言って出てきそうなのになー、と思っただけで」
鞏 恋「知らない。どこか行ってるんじゃないの」
金玉昼「あ、そういえば魏光さんは今日は巡察に出てるはずだにゃ」
下町娘「そうなんだ。恋ちゃん、ちょっと淋しい?」
鞏 恋「……なんで?」
下町娘「いや、別に……なんとなく……あははは」
金玉昼「(……あの人も報われないにゃ〜)」

しばらく、3人で箱を抱えて歩いていく。

鞏 恋「……でも、これってそんなに重くもないよ」
下町娘「そりゃ、恋ちゃんは鍛えてますからねぇ〜」
金玉昼「それに若いしにゃー」
下町娘「あーん? 何か言ったかな〜」
金玉昼「……なんでもないにゃー」
鞏 恋「私1人でも持てるかも」
下町娘「それは……いくらなんでも無理でしょ?」
鞏 恋「ちょっと手離してみて」
金玉昼「えー? 知らないよ……はい、離したにゃ」
下町娘「はい、私も」
鞏 恋「……お、おも……」
下町娘「そりゃ重いでしょ」
鞏 恋「す、少しだけ……、歩いて、みるから……」
金玉昼「はいはい」

ズン、ズンと音がしそうな歩みで、一歩一歩進む鞏恋。
しかしどこか危なっかしい。
その上、箱を胸に当てて支えているので、前が全く見えていない。

金玉昼「わ、前!」
下町娘「わー! ストップストップ!」
鞏 恋「え?」

ドン、と何かにぶつかる感触。
その拍子に鞏恋は手を滑らせてしまった。
箱は床に落ちていき、中身をぶちまけてしまう……。
鞏恋は思わず目をつぶってしまった。

鞏 恋「……あれ?」

だが、いつまで経っても箱の落ちた音は耳に届かなかった。
恐る恐る目を開けると、箱はまだ目の前にある。
だが、自分の手は箱を支えてはいない。

鞏 恋「……超能力?」
下町娘「何言ってるの。目の前の人が持ってるのよ」
鞏 恋「え?」

鞏恋が箱の向こうを見てみると、確かに、大柄の兵士が箱を抱えていた。

   ???

男は箱を抱えたまま、無言で立っている。

金玉昼「いや、悪かったにゃー。ちょっと前方不注意にゃ」
兵 士「……(ふるふる、と首を横に振る)」
下町娘「あ、その箱、あっちの部屋まで運んでくれますか?」
兵 士「……(こくり、と頷く)」

兵士はくるりと回れ右をすると、すたすたと歩き出した。
それを気の抜けた顔で見ている鞏恋。

金玉昼「力持ちがいて助かったにゃー」
下町娘「ほら恋ちゃん、呆けた顔してないで行くよ」
鞏 恋「あ……うん」

執務室まで兵士に運ばせた後、金玉昼らはそれぞれ礼を言う。

金玉昼「いや〜助かったにゃ。はい、餅をあげまひる」
下町娘「じゃ、私はお酒を」
金玉昼「それって、ちちうえの……」
下町娘「ちょっとくらい構わないってば。はい」
金玉昼「まあ、いいけどにゃ」
兵 士「……(深々と礼をする)」
金玉昼「ほら、恋ちゃんもお礼」
下町娘「箱をぶつけた上、支えてもらっちゃったんだしね」
鞏 恋「う、うん……ありがとう」
兵 士「……(ふるふる)」

礼をして下がろうとする兵士を、鞏恋が呼び止める。

鞏 恋「あ、名前……教えてくれる?」
兵 士「……秦綜(しんそう)」

低い声で一言だけ言うと、秦綜は部屋を出ていった。

金玉昼「(小声)初めてみる表情にゃ……」
下町娘「(小声)ああいうのがいいのかな」

ヒソヒソと話す二人には気付かず、
鞏恋はずっと秦綜の去った出口を見ていたのだった。


その翌日。金旋の部屋に鞏恋が訪れる。

鞏 恋「金さん金さん」
金 旋ええい、お天道様とこの桜吹雪には、
    全て御見通しなんでい!

    ……って何やらせるかっ」
鞏 恋「乗ったくせに」
金 旋「まあ、初代の中村梅之助の時代からずっと見てたからな……。
    んで、何の用だ?」
鞏 恋「推挙」
金 旋「酔狂?」
鞏 恋「抜擢ともいう」
金 旋「ビフテキ?」
鞏 恋「今時ビフテキなんて言わないよ」
金 旋「はいはい、抜擢ね。誰か良さそうな兵がいたか」
鞏 恋「腕っぷしは強そう」
金 旋「ほー。お前さんがそう言うってことは相当なもんだな」
鞏 恋「……そう?」
金 旋「滅多に人を褒めることがないだろ。自覚なかったのか?」
鞏 恋「全然。さっぱり」
金 旋「……だろうな。じゃ、その兵士、お前さんに預ける。
    きっちり育ててくれ」
鞏 恋「……私でいいの?」
金 旋「ああ。以前預けた謝旋もしっかり育ててくれたしな。
    お前さん、案外面倒見がいいのかもしれないな」
鞏 恋「らじゃー。じゃ、そういうことで」
金 旋「おー。しっかりやれよ」

鞏恋は首をちょっとだけ傾け、(一応、礼のつもりらしい)
部屋を出ていった。

金 旋「……これでいいのか?」
金玉昼「おっけーにゃ。友達の恋は最大限に応援するのにゃ」
金 旋「ま、俺は誰が教育しようが、使える将が増えればそれでいいが」
金玉昼「頑張れ、恋ちゃん」
金 旋「女武将と力持ちの兵士……見た目は美女と野獣だな」

影に隠れていた金玉昼と話しながら、金旋は仕事に戻った。

鞏恋は、秦綜を抜擢。
一人前の将にするべく教育するのであった。

鞏 恋「ビシビシ鍛えるからね」
秦 綜「……(こくり)」

なお、この教育風景を物陰から見守る人影があった。

   魏光魏光

魏 光「あ、あれが、鞏恋さんの抜擢した奴か……。
    デカイし強そうではあるけど……」
下町娘「……気をつけた方がいいわよ〜。
    彼女、ああいうタイプが好みみたいよ」

   下町娘下町娘

魏 光「そ、そうなのか……って、うわあ!
下町娘「うわあって何よ、うわあって」
魏 光「いきなり背後から声掛けないでくださいよ!
    めっちゃ驚いたじゃないですか!」
下町娘「ん? 盗み見なんてしてるからでしょ?」
魏 光「い、いえ、別に盗み見なんて……。
    それより、鞏恋さんがああいうのが好きって?」
下町娘「初めて会った時にボーっと呆けたように見てたからねー。
    『気はやさしくて力持ち』ってのがいいのかな?」
魏 光「くっ、知らなかった……。
    まさか鞏恋さんの好みがマッチョ系だったとは……。
    こうしてはおれない、私も筋肉を鍛え上げなければ!」
下町娘「おー、頑張れ少年! 私も協力するよ!」
魏 光「いや、少年じゃなくてもう青年なんすけど……」
下町娘「あ、ダメ。それヤバイ。マジヤバイ。青年って事にすると
    『じゃあ、その青年より年上の私ってナニよ?』
    って事になるし、それはどうしてもヤバイ。OK?」
魏 光「は、はあ。了解です。
    ……でも、なんで私に協力してくれるんですか?」
下町娘面白そうだから
魏 光「うわ、酷い」
下町娘「冗談よ。報われない恋のために頑張る少年を応援したくなっただけ」
魏 光「そうですか……わかりました! 頑張ります!」
下町娘「おー、頑張れ。超頑張れ」
魏 光「では早速、鞏恋さんの3サイズを教えていただきたく……」
下町娘「……君ってけっこう軟派な方だね」

ライバル登場でどうなる魏光の恋の行方!? 今後も目が離せない!

さて同じ頃、金旋は曹操軍より1人の将を登用した。
名を朱桓といい、元は孫権軍の将だった男である。
曹操軍の汝南奪還の際に捕われ、しぶしぶ曹操の登用を受けていたようだ。
それを費偉に口説かれ、金旋軍へ移ることを決意したのであった。

この人物に関しては、またいずれ語ることもあるだろう。
今は登用の事実のみを伝えておくことにする。

次回へと続く。


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