○ 第四十章 「宛攻城戦 前編」 ○ 
213年1月

213年1月勢力分布図
213年勢力図

年も越し、213年となった。
新野には前年12月末に西城から主力部隊が戻り、また荊南からの新規補充兵も到着。
総勢、9万近くの兵が集まっていた。
金旋軍の精鋭部隊がここに集結している、そう言っても過言ではない。
そしてその矛先は、荊州の最後の都市……宛に向けられようとしていた。
新年の宴もそこそこに、金旋は主だった将を集め軍議に入る。

   金旋金旋    下町娘下町娘   董蘭董蘭

金 旋「荊州全土を治めれば、いくら曹操が洛陽を抑えているとはいえ、
    朝廷の連中も俺に官位をやらんわけにはいかないだろう。
    これでようやく、俺も無官を返上できる。
    そのためにも、宛は必ず落とさねばならん」
下町娘「その前に、ちょっと質問いいですか?」
金 旋「なにかね」
下町娘「官位を得るのなら、荊州を平定するより、
    交州(交趾)を取った方が手っ取り早かったのでは?」
金 旋「いや、まあそれはそうなんだが……」
董 蘭「ふふふ、そのようなこと」
下町娘「む。何がおかしいんですかっ」
董 蘭「金旋さまは片田舎の交州の牧などより、
    広大で豊かな荊州の牧となることをお望みなのですわ」
金 旋「うむ、まあ、そういうことだ。
    それに南に主力を戻すのも面倒だし、曹操も油断ならんしな」
下町娘「そうですかっ! それはようございましたね!」
金 旋「何怒ってるんだ?」

   魏延魏延    金玉昼金玉昼   蛮望蛮望

魏 延「……先に進んでよろしいですな? では、軍師」
金玉昼「はいにゃ。さて、宛を攻めるにあたり、
    宛とその周りの都市を知ってもらう必要があるにゃ」
蛮 望「……なんでなの? 宛の状況だけ知ってればいいんじゃないのぉ?」

   費偉費偉   甘寧甘寧   金目鯛金目鯛

費 偉「宛が独立した勢力であればそれでも構いませんが、
    曹操軍は後方に多くの領地、兵を残しています。
    そこから援軍を注ぎ込まれてしまうと、そう簡単には落とせません」
甘 寧「勝てそうだからといって貧弱そうな男に喧嘩を売ったら、
    筋肉もりもりの仲間を呼ばれてしまうようなものだな。
    その男が1人なのか、仲間がいるならどこにいるのか、
    正確に把握しなければならん」
金目鯛「ふむ、判りやすい例えだ」
金玉昼「では、現在の周辺都市の説明を楽進さんから説明して頂きまひる」

   楽進楽進    魏光魏光    韓遂韓遂

楽 進「うむ。ゴホン……。
    宛の周辺には新野、長安、許昌、洛陽の4つの都市がある。
    このうち、曹操軍の支配都市は長安、許昌、洛陽。
    長安は馬騰軍と交戦中であり、兵に余裕はない。
    洛陽は周辺に敵対都市がないため駐屯兵は少ない。
    許昌の兵は6万と多いが、接している汝南が孫権軍に占領されていて、
    そちらにも気を配らねばならん状況だ」
魏 光「ならば、宛に侵攻しても援軍はないと見ていいのでしょうか」
韓 遂「ふむ。長安、洛陽からはないと見てもいいだろう。だが許昌の動向は読めん。
    大量に援軍を送りこんでくることも十分有り得るだろう」
魏 光「うーむ」
韓 遂「さらに付け加えるべきは、武関の存在だ。
    現在ここには牛金と1万の兵が駐屯している。
    宛が危ないとなれば、まず救援に動くと見て間違いない」
楽 進「また、時間が掛かりすぎると、冀州・并州などから兵が送られてくる。
    あまり悠長には攻めていられぬだろう」

   霍峻霍峻    李厳李厳    黄祖黄祖

李 厳「こうなると、許昌からの援軍が来る前に落としたいものだが」
霍 峻「しかし、宛を守る兵2万。武関の兵も混ぜれば、計3万。
    関羽が守将ということも合わせれば、かなり骨が折れるでしょう」
黄 祖「骨折は勘弁してもらいたいのう」
霍 峻「いや、骨が折れるというのはそういう意味ではなくてですね……」

   鞏恋鞏恋

鞏 恋「……この砦は?」
楽 進「ん? ああ、博望坡の砦か。元は宛の守備用に建設されたのだが、
    現在は放置されているな」
金玉昼「先にこの砦を奪い、そこから宛を攻撃することになりまひる。
    まずは砦に入ってそこで敵軍の出方を伺い、臨機応変に対応を……」
費 偉「しかし、博望砦は宛と許昌、両方に近い。
    双方から挟撃されるときついのではないですか?」
甘 寧「うむ、なるべくならこちらが攻める立場でいたいものよ」
金 旋「むう……。やはり許昌の兵力がネックか」

その時、密偵からの手紙を持った兵士が入室してきた。

兵 A「許昌にいる密偵からの手紙にございます」
金 旋「ん、わかった」
魏 延「何事でしょうか」

金旋が手紙を読み進めるうちに、その頬が緩んできていた。

金 旋「ふふふ、そうか、そうかそうか!」
鞏 恋「なんかヤラシイ顔」
金 旋「……もっと他の表現はないのか。
    爽やかな笑顔とか、ダンディーなお顔とか!」
下町娘「金旋さま……そういうことは鏡見てから言ってくださいね」
金 旋「あんですと!」
魏 延「そんなことより、手紙の内容は?」
金 旋「……ああ、許昌が動く。近く汝南に向け遠征軍を送るそうだ。その数、総勢3万」
甘 寧「汝南? 相手は孫権軍か?
    曹操軍は、奪われた都市の奪還を優先しているということなのか」
金玉昼「しかし、これは好機にゃ」
金 旋「うむ。今ならば、許昌からの援軍はさほど気にすることはない。
    この機を逃さず、宛を奪い取れ!」
諸 将「ははーっ!」

1月中旬。
新野より北へ向けて、軍が出撃した。
先鋒に鞏恋隊、のちに甘寧隊・金目鯛隊が出、最後に城を出るのは金旋隊。
その総勢、6万2千ほど。
目指すは博望坡に放置されている砦。
まずは宛城の目と鼻の先にあるそこを奪い、陣容を整えようという思惑だった。

金 旋「では、後は頼んだぞ」
費 偉「はい。新野はお任せください」
董 蘭「西城も、ご心配には及びませんわ」

金旋は、新野を費偉に、西城を董蘭に任せた。
両都市とも、曹操領と接している重要な拠点である。

金旋軍は一部以外予定通りに博望砦へと到着する。
だが、その一部の金目鯛隊は……。

兵 B「金目鯛さま、金旋さまよりのご命令です。
    新野が危ないので帰還せよ、と」
金目鯛「なにぃ! 新野が!? こうしてはおれん、転進だ!」

金目鯛は敵の偽報にまんまとひっかかり、新野へと戻ってしまった。
この計を掛けたのははっきりとはしないが、宛城にいる馬良ではないかと目されている。
この結果、金目鯛とその兵1万5千の到着を待つこととなり、宛城攻めが少々遅れることとなった。

2月中旬、金目鯛隊がようやく到着し、博望砦より宛城攻めの軍が出撃する。
魏延隊(陳応・張常・魏光・金玉昼)1万5千、
甘寧隊(孔翊・卞質・李厳・黄祖)1万5千、
鞏恋隊(謝旋・韓遂・呂曠・下町娘)1万5千。
総勢4万5千の軍である。
魏延隊・甘寧隊が弩隊中心のキ計陣形、鞏恋隊は騎馬中心の錘行陣形を取っている。

魏 延「今回は攻城兵器は使わないのか?」
金玉昼「許昌から援軍が来ない、と決まったわけじゃないからにゃー。
   もし援軍が来ても、野戦で倒せるようにという配慮にゃ」
魏 延「なるほど」

対する宛城では、関羽を始め、諸将が防衛準備を進めていた。

   関羽関羽    馬良馬良

関 羽「牛金は武関を出たそうだ。まもなく到着するだろう。
    これで兵は3万、不利ではあるが決して戦えない数ではない」
馬 良「しかし、近隣の都市からの援軍が見込めないというのは辛いところです。
    許昌が汝南への出兵などしなければ……」
関 羽「言うな、馬良。李通殿の判断だ。
    汝南も重要な都市だ、奪い返せる時に攻めるのは間違いではない」

李通とは、許昌に駐屯する曹操軍第三軍団の長である。
彼が汝南への出兵を決めたのだ。

馬 良「……いえ、李通の腹は違います。宛をわざと放置させ、関羽殿を……」
関 羽「馬良。かつては敵同士であったが、今は味方の将であるぞ。控えよ」
馬 良「しかし、曹操さまが関羽どのを厚遇していることを、
    彼らが快く思っていないのは事実です。
    彼ら生え抜きの将からすれば、関羽どのは目障りな存在のはずです」
関 羽「ここには、曹彰どのや曹仁どのもいる。私への不満はあるかもしれんが、
    だからと言って彼らまで見殺しにするほど愚かでもあるまい」
馬 良「しかし……」
関 羽「それ以上は言うな。誰かに聞かれれば、お主の立場が危うくなるぞ」
馬 良「は……」

関羽は馬良を残し、その場を去った。
その後姿を淋しそうに見送る馬良。

馬 良「関羽どのは、すでに身も心も曹操軍の将となってしまったのだな。
    ……私は、未だこの軍で戦う意義を見出せないというのに……」

まもなく、宛城への金旋軍の攻撃が始まった。
魏延隊の将、陳応の弩連射から始まった戦いは、終始金旋軍のペースで進められた。
やがて、博望砦から霍峻率いる象兵隊1万5千(金目鯛・蛮望・楽進・楽淋)も参戦。

その戦いの状況を、金旋は博望砦の物見櫓より観察する。

金 旋「うーむ、やってるな」
刑道栄「殿〜。俺も出撃させてくださいよ」
金 旋「野戦しか能のない奴は黙ってろ」
刑道栄「うわ、ひでえ! それなら、さっき出撃してった
    楽進どのや楽淋の坊主とかはなんなんですか!」
金 旋「あの2人は攻城兵器の技量が高い。
    いずれは象兵も扱えるようにさせたいからだ」
刑道栄「じゃあ、金目鯛どのは?」
金 旋「俺の息子だから」
刑道栄「……もういいっす。訓練でもしてるっす」
金 旋「戦況とか見なくていいのか?
    今、陳応・張常が合体コンビネーションアタック『ド・レンシャ』を
    かけてるとこなんだが」
刑道栄「いいっす……現場にいなければ勉強にもならねっす(※)」

(※ちなみに現場では、この時のド・レンシャを見て魏光が連射を覚えた。
 戦場で学ぶことも多く、参加するだけでも意味があるのだ)

金 旋「そうか? まあ訓練も立派な仕事だ、頼んだぞ」
刑道栄「へーい」
金 旋「そう気を落とすな。いずれ野戦もあるだろう、その時は期待してるぞ」
刑道栄「はっ……承知しました!」

さて、宛城周辺に目を戻すと、鞏恋隊の謝旋が得意の飛射攻撃を仕掛けようとしていた。
騎馬隊にて掛けながら、城へ向け次々に矢を放っていく。
だが、その矢のほとんどは敵兵に当たることはなかった。

謝 旋「な、なんと!?」
曹 彰「ふん、弓騎を扱えるのは己だけではないぞ!」
馮 習「流石です曹彰さま! それ、奴らに矢を射掛けよ!」

弓騎に長けた曹彰の機転にて、謝旋の飛射攻撃は防御された。
謝旋は射掛けられる矢を叩き落としながら、踵を返し鞏恋隊に合流する。

謝 旋「申し訳ありません……」
鞏 恋「精進が足りない」
謝 旋「は、はい」
韓 遂「ははは、それじゃ嬢ちゃんは上手く出来るのかね?」

二人のやり取りに、韓遂が口を挟んできた。

鞏 恋「……嬢ちゃんはやめて」
韓 遂「ふむ、しかし私はまだ嬢ちゃんの戦っている姿を見ていない。
    いくら鎧を着て指揮しているとはいえ、私よりもキャリアの浅い、
    しかもうら若い女を『嬢ちゃん』と呼ぶのは当然ではないか?」
鞏 恋「……む」
謝 旋「韓遂殿! それはあまりにも無礼ではないですか!」
韓 遂「おお、すまんな。何しろ私は正直者でな。
    思ったことをすぐ口にしてしまうのだ」
鞏 恋「敬語を使えとは言わないけど、バカにするような呼び方はやめて欲しい」
韓 遂「ならば、口ではなく行動で示してみせるべきであろう?」
鞏 恋「……」

鞏恋は黙ったまま韓遂に背を向け、そのまま馬を城の方向へ駆け出させる。
隊の騎兵たちが慌てて追いかけていった。

謝 旋「わ、鞏恋将軍!」
韓 遂「ふふふ、若いのう」

鞏恋は馬を走らせたまま、愛用の養由基の弓を取り出す。
目指すは、城壁の上に陣取る敵の一団。
その中に、将とおぼしき人物が立っているのが見えた。

馮 習「おおっ……またも敵騎兵がこちらに駆けてくる?
    また飛射攻撃か、だが曹彰さまのようにすれば……。
    皆、よいか! 私の手が上がったら身を隠すのだ!」
曹 彰「気をつけろ馮習! 先ほどの奴とは違うぞ!」
馮 習「なに、先ほどのようにすれば、被害は最小限に……うっ!?」

ドスっと嫌な音がしたかと思うと、馮習の右肩に矢が深々と突き刺さっていた。
鞏恋の方を見れば、手にしていたはずの矢はすでになかった。
 
馮 習「なっ……矢が、矢が見えなかったぞ!?
    いつ放ったのだ!?」
鞏 恋「飛射!」

鞏恋の手が上がり、騎馬隊より一斉に矢が撃ち掛けられる。
対する馮習の手は上がらなかった。肩の痛みで、動かすことすらできない。
馮習の兵たちは動きが止まり、格好の的となった。

韓 遂「ふむ……なかなかやるのう」
謝 旋「当たり前です。私の師ですよ」
韓 遂「ほうほう。孔雀を師にしても雀は雀ということか」
謝 旋「むっ……」

やがて、鞏恋が戻ってくる。
韓遂は手を合わせ、礼をもって出迎えた。

韓 遂「見事であった。馬の扱い、弓の腕、機を見出す眼力。
    流石は鞏恋将軍、全て申し分ない」
鞏 恋「ん」
韓 遂「鞏恋将軍の攻撃でだいぶ敵兵を減らしたが、まだまだ抵抗は続いている。
    このまま攻撃を継続しようぞ、鞏恋将ぐっ」
鞏 恋「……舌噛んだ?」
韓 遂「ひあ、ほんあほほははひ」
謝 旋「いや、そんなことはない、と申されてます。
    ……というか思いっきり噛んでますな」
鞏 恋「……いいから、呼び方は適当で。呼び捨てでもいいし」
韓 遂「む? ひはひほへは」
謝 旋「しかしそれは、と申されてます」
鞏 恋「さっきみたいに見下した言い方さえしなければ、別にいい」
韓 遂「ほうは、へはおひふへへひいは?」
謝 旋「そうか、ではよびすてでいいか?と申されてます」
鞏 恋「ん」
韓 遂「へあ、ひょーへん。あはひほひょっふらほーへひひへふう」
謝 旋「では、鞏恋。私もちょっくら攻撃してくる、と申されてます」
鞏 恋「いってらっしゃい」
韓 遂「うむ、ひょほー!」
謝 旋「呂曠どの! 韓遂どのがお呼びです!」
呂 曠「おう!」
韓 遂「ふいへはいへ」
謝 旋「ついてまいれ、と申されてます」
呂 曠「承知!」

韓遂が手を挙げ、彼と呂曠の部隊はそのまま城壁に向かって騎馬で走っていく。
そして城壁の近くまでたどり着くと、韓遂の掛け声を合図に攻撃を始める。
その掛け声は「ひひゃ!(騎射と言いたかったらしい)」であったが、
彼の命令はちゃんと部下たちに伝わったようで、皆、弓に矢を番え放ち始めたのであった。

謝 旋「韓遂どのも呂曠どのも、なかなかやりますね。
    流石は涼州や幽州で経験を積んだ方々です」
鞏 恋「それより……」
謝 旋「なんでしょう?」
鞏 恋「よく、言ってることが判ったね」

宛攻城戦はまだ続くが、一旦ここで区切らせていただく。

次回へ続く。

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