○ 第三十七章 「西城 篭城 攻城戦」 ○ 
212年9月

9月上旬、安陽港。
先の戦いで負傷した兵たちもある程度回復していた。
また新野より、張允が兵1万を率い到着。
西城を攻める軍はいつでも出せる準備ができていた。

金旋は、西城を攻めるための布石として、
安陽を攻めている間に宛と西城の中間地点の穣県城塞へ、
張南と兵10000を派遣していた。
(以前に曹操軍が建設した城塞なのだが、放棄されていた)

また、曹仁のいる上庸からの援軍も現状では届かない。
上庸港から西城へ向かうには、水路で安陽港を通らねばならないからだ。

もはや、西城は完全に孤立していた。

ミニマップ
西城周辺

襄陽では、金旋が今後の施策を検討していた。
無論、西城を攻めることを前提としてである。

   金旋金旋    下町娘下町娘

金 旋「さて、あとは西城を攻めさせるだけだが……。
    どう攻めるべきか」
下町娘「そんなの決まってるじゃないですか」
金 旋「ほう、どんなふうに?」
下町娘ガーッとやってウリャッと攻めて
    トリャーッと倒すんですよ!」
金 旋「君は某国民的英雄監督か?
    しかし敵は名将と謳われる関羽、兵も3万と多い。
    それに他にも曹彰・許猪などの武に優れる将が控えている。
    普通に攻めたのでは、時間も兵もかなり消費してしまうぞ」
下町娘「そこはあれです! 気合と根性でカバー!
    愛国心があればなにものにも負けません!」
金 旋「ウチは寄り合い所帯で、愛国心とかそういう精神からは
    かなーりかけ離れてるんだけどな」
下町娘「え、えーっと、それじゃあですねぇー」
金 旋「もういいから、費偉呼んできて」
下町娘「えー。もうちょっと付き合ってくださいよー」
金 旋「あのなぁー。んなことやってる暇ないの」
下町娘「……いいですよもう。金旋さまのケチンボ」
金 旋「はいはいケチでけっこう。費偉呼んだらお茶持ってきてな」
下町娘「はぁーい」

   費偉費偉

費 偉「お呼びでしょうか」
金 旋「ああ。ちょっと意見を聴きたくてな」
費 偉「はい。なんなりと」
金 旋「実は、かくかくしかじか……」
費 偉「なるほど。西城の攻め方ですか……。
    それならば、攻城兵器をお使いになればよろしいかと。
    兵が少なくありません故、守備兵への攻撃力の高い井闌(※)
    お使いになるとよろしいでしょう」

(※井闌:移動式のやぐら。高い位置より城の守備兵を狙い撃てる)

金 旋「井闌か……。しかし守備力のない井闌部隊では、
    城に取り付く前に野戦で叩かれるんじゃないか?
    敵は関羽、みすみす機会を逃すことはしないだろう」
費 偉「そうですね……。確かに、関羽ほどの経験豊富な将であれば、
    野戦にて井闌部隊を殲滅しようとするでしょう」
金 旋「じゃあダメだろう」
費 偉「しかし、それはあくまで井闌部隊のみの場合。
    ここに我が軍のみが出せる、とある部隊を混ぜれば……。
    関羽もおいそれと出て来れなくなります」
金 旋「なに? そんな魔法のようなことが出来るのか?」
費 偉「はい。こちらが象兵部隊を出せば、関羽は出て来れません」
金 旋「ほう」
費 偉「関羽は象を見るのは初めて……。
    経験豊かな名将ほど、えてして危険を避けるものです。
    それに象兵部隊ならば、城へ攻撃も出来、邪魔になりません。
    万一関羽が出てきたとしても、象兵部隊で関羽隊を抑えこみ、
    井闌部隊への攻撃を防ぐことができましょう」
金 旋「ふむ……だが万一関羽隊が出てきたとして、
    象兵だけであの関羽を抑えられるか?」
費 偉「ご心配ならば、もう一隊を待機させておき、
    敵の出方を見てから第二陣として出撃させればよいでしょう。
    野戦ならば騎馬・歩兵中心、篭城ならば井闌隊……ということで」
金 旋「ふむ、それなら安心だ。それで行くとしよう。
    井闌を中心にした攻城能力に特化した軍で攻められれば、
    いくら関羽が名将といえど守り切ることはできまい」
費 偉「はい」

   下町娘下町娘

下町娘「はーい。お茶お持ちしましたぁ〜」
金 旋「おう、すまんな。
    そうだ、すぐに安陽にいる玉宛てに伝達を出してくれ」
下町娘「うー。人使い荒いですね……」
金 旋「ん? なんか言ったか?」
下町娘「いいえー。で、伝達の内容は?」
金 旋「『象兵部隊・井闌部隊にて西城を攻撃せよ』で」
下町娘「はぁーい」
費 偉「いえ、それには及びません。私が直接行って伝えましょう」
金 旋「お前が直接? なんでだ?」
費 偉「私もまだまだ若輩ですので、前線で経験を積みたいのです。
    経験に優る知識はありません。
    どうか、お許しくださいますよう」
金 旋「そうか、いいだろう。
    相談役がいなくなるのは辛いところだがな」
費 偉「それでしたら、西城陥落後は新野に居を移されれば、
    軍師も西城より戻って参りましょう」
金 旋「ふむ、そうだな。憶えておく」
費 偉「時間が惜しいですのですぐに出立いたします。
    それでは」

金 旋「あ、茶くらい飲んでいけばいいのに……」
下町娘「行動派ですねー」
金 旋「ふむ。町娘君、結婚相手にどうだ?
    将来有望だぞ」
下町娘「私、歳下には興味ありませんのでー」
金 旋「さよか……費偉が歳下なのか。
    そうだよな、もう町娘ちゃんもにじゅうモゴモゴ」
下町娘実年齢は言わないようにお願いしますね(にっこり)」
金 旋「わ、わかったわかった。
    頼むからそんな怖い目で見ないでくれ」
下町娘「はーい。それより、冷めないうちにお茶をどうぞー」
金 旋「うむ。どれ、今日のお茶はどんなかな」
下町娘「はい、今日のはすごいですよー」
金 旋「ほう……どれどれ」(ずずっ)
下町娘朝鮮人参茶濃縮スペシャルですぅー」

ブバッ (濃いどどめ色の液体が噴き出した音)


同月中旬、安陽港。
費偉が無事到着してすぐ、西城攻撃部隊が編成される。
すなわち、
甘寧隊1万5千。将は費偉・楽進・蔡瑁・卞志。
霍峻隊1万5千。将は金玉昼・鞏恋・魏光・謝旋。
以上3万が井闌部隊。
そして魏延隊1万5千、将は金目鯛・蛮望・刑道栄・卞質。
この部隊が象兵部隊となった。

   金玉昼金玉昼

金玉昼「よし、ちゃんと付いて来てにゃ」
孔 翊「わかりました」

なおこの時、孔翊(コウヨク)という者が金玉昼に教育を受けていた。
9月始めに魏延が抜擢した者で、知力に優れているという。
『甘寧が抜擢した謝旋があれだけ活躍するのだ、
 私が抜擢した者ならそれ以上になるだろう』
とまで魏延が豪語する者である。
金玉昼にこの戦いでも付き従い、知略の何たるかを吸収するのだった。

安陽から西城までの距離は短い。
安陽を発した金旋軍は、数日の行軍の後に西城へ到着する。

   関羽関羽

関 羽「敵兵は4万5千ほどか……。
    部隊構成は井闌部隊と……あれはなんだ?
    牛でも馬でもない……大きな生き物だ」
曹 彰「関羽殿、あれは象というらしい。新野でも見た」
関 羽「野戦での強さはどうなのだろうか?」
曹 彰「動きが鈍重なところはあるが、
    突進されるとかなりの被害を受ける。手強い相手だ」
関 羽「むう……」
???「関都督にご意見を申し上げたい!」

難しい顔をして考え込む関羽の前に、一人の若武者が現れた。
楽進の子の楽淋である。
楽進が金旋軍に寝返った後も、彼は曹操軍にあったのだ。
(※なお、以後の名前の表記は「楽淋」とします。
 「ラクチン」ではなく「ガクチン」ですのでお間違いなく)

楽 淋「関都督、恐れることはありません!
    ここは井闌隊を野戦で蹴散らし、敵の攻撃力を割くべきです」
関 羽「楽淋か。
    ……いや、あの象の部隊が野戦でも戦えるという以上、
    こちらから出ていくのは危険だ。
    下手をすれば出ていったところを抑えられ、
    その隙に城を奪われる可能性も有り得る。
    ここは篭城しなんとか持ち堪え、外からの援軍を待つべきだ」
楽 淋「だが井闌部隊をそのまま城に取り付かせては……」
曹 彰「……お主、なぜそう出撃させようとする。
    もしや金旋軍と通じておるのか?」
楽 淋「何をおっしゃられますか!?
    いくら曹操様の子の曹彰様といえど、聞き捨てなりませんぞ!
    私はあくまで戦況を考えて……」
曹 彰「ふん、楽進が金旋軍に寝返った今、
    その息子が言う言葉を信用できると思っているのか?」
楽 淋「なんですと!?」
関 羽「味方同士で言い争ってどうするか。
    楽淋、お主の気持ちもわかるが、私は篭城と決めた。
    異議は受け付けぬ」
楽 淋「……はっ」
関 羽「うむ。曹彰どのも下がって篭城の準備を」
曹 彰「……わかった」

楽 淋「くそっ。父上のお陰ですっかり不穏分子扱いだ。
    私は何もしてないというのに……。
    これでは働きようがないではないか!」

楽淋の複雑な思いを余所に、金旋軍が西城へ攻撃を開始した。

謝 旋「よし、まずは挨拶代わりに飛射をお見舞いしてやれ!」

ガラガラと城へ近付いていく魏延隊の井闌の脇をすり抜け、
射旋の一隊が馬を走らせ、城へ矢を射掛ける。

   許猪許猪

許 猪「おのれぇー、ちょこまかとぉー!
    弩兵! 撃ち返せぇ!」
兵 A「ダメです、動きが速くて狙えません!」
許 猪「うぬぬぬぬぬ!」
兵 B「敵の井闌隊、序々に近付いてまいります!」

許猪も唸る射旋の攻撃。
だが、その射旋の活躍で唸っているのは、許猪だけではなかった。
井闌の上に乗っている金旋軍の将も、唸りの声を上げていた。

   魏光魏光

魏 光「ぐぬぬぬぬ、射旋めぇ〜。
    ちょーしこいてるんじゃないぞ!
兵 C「魏光さま、井闌の射程内に城が入りました!」
魏 光「よおし! 射旋ばかりにいい格好させるな!
    各井闌、斉射三連! 放てぇー!

負けじと魏光の一隊の矢の斉射。
これに続き、甘寧隊の井闌も城に取り付き、大量の矢を放ち始めた。

   甘寧甘寧

甘 寧「ははは、城兵が良く見えるわ! このまま連射攻撃だ!」
兵 D「はっ!」

文字通り、矢の雨が西城の守備兵たちに降り注ぐ。
当初、守備兵は2万を超えていたのだが、
10日間の防戦で健在な兵は5千余りにまで減らされたのであった。

関 羽「さすがに、井蘭の部隊が相手ではこうもなるか。
    楽淋の言う通り、野戦に持ちこむべきであったか……?
    だがここを踏ん張れば、宛からの援軍も届くはずだ」
許 猪「関羽どのぉー。
    宛から援軍が送られてくるようだぞぉー」
関 羽「そうか。辛いところだが、それまでなんとか防ぎ切るのだ」

だが、その援軍は西城には届かなかった。
魏興城塞に入っていた張南隊、新野の董蘭隊に遊撃され、
途中で壊滅してしまったのである。

ミニマップ


そうとは知らず、援軍を待ち続ける西城の関羽軍……。
そうしている間に兵は次々と倒れていき、
もはやあと数日で陥落するところまで来ていた。

曹 彰「ま、まだか援軍は……」

疲労困憊している曹彰だが、それでもまだ希望は捨てていない。
今日もまた、包囲する金旋軍の向こうを見やる。
しかし今日は、いつもとは違う光景があった。
ぼんやりとだが、遠くに何か揺らめくものが見えたのだ。

曹 彰「あ、あれはもしや……援軍か!?
    関羽どの! あれを!」
関 羽「おおっ……。あれは軍兵の影だぞ!
    援軍だ! 援軍が来たのだ!」

関羽の声に兵たちが歓声を上げる。
……だが、しばらく経つにつれ、関羽の表情は険しくなっていった。

関 羽「許猪どの」
許 猪「んあ?」
関 羽「目の良いあなたならはっきり見えるはず。
    ……あの軍は、井闌部隊であろう?」
許 猪「……あー。そう言われればそうだなぁ」
曹 彰「なに? なぜ援軍がそのような編成なのだ?」
関 羽「その答えはひとつしかない。
    ……あれは援軍ではないということだ。
    恐らく、金旋軍の第二陣であろう……」

関羽の言葉通り、そこに現れたのは金旋軍であった。
安陽からの李厳隊1万5千が到着したのである。

   黄祖黄祖    李厳李厳

黄 祖「なんじゃ、もう落ちそうではないか。
    ワシらが出るまでもなかったのう」
李 厳「そうですな、だがここまで来たからには、
    それなりに功を上げさせていただこう。
    陳応どの! 攻撃開始だ!」
陳 応「おお! 曹操軍よ、我が隊の矢を受けるがよい!」
李 厳「陳応の兵に負けるな、連射せよ!」
黄 祖「面白そうじゃ、ワシも混ぜれ!」

新たに加わった李厳隊より、矢が連射された。
李厳、陳応、黄祖……各将の手勢が戦線に加わり、
これで勝負の行方は決まってしまった。

援軍の望みも絶たれた西城は、そのまま兵を失い陥落する。

関 羽「く……これまでか」
許 猪「何やってんだぁ関羽どのぉ!
    とっとと脱出しろよぉー!」
関 羽「許猪どの? しかし、私が先に逃げるわけには……」
許 猪「あんたは曹操さまのお気に入りだぁ。
    捕まえさせるわけには行かねぇー」
関 羽「曹彰どのは?」
許 猪「すでに逃がしたよぉ。
    今、楽淋が城門で踏ん張ってるから、早く逃げるんだよぉ」
関 羽「楽淋が?」

西城の城門のひとつ。南側の朱雀門。
扉はすでに金旋軍の兵たちがこじ開けてしまっており、
中にはいつでも雪崩れこめる状態であった。
だが、まだ中に入ろうとする兵はいない。

そこに、とある将が立っていたからである。

楽 淋我は楽進が子、楽淋である!
    楽進はどこだ!

その怒声に兵たちは気負わされ、
誰一人として入っていこうとする者はいなかった。
だが、その中から1人、馬に乗った将が進み出た。楽進である。

   楽進楽進

楽 進「久しいな楽淋。
    ……このような形で会いたくはなかったが」
楽 淋「……何ゆえ曹軍古参の将が金旋などに降り、
    あまつさえ旧主に刃を向けるか!
    この裏切り者!」
楽 進「私は言い訳をする気はない。裏切り者で結構だ。
    だがこれだけは言っておく。
    この戦乱の世を終わらせ、太平の世を築くのは、
    曹操さまではなく金旋さまであろうぞ」
楽 淋「たわごとを!」
楽 進「たわごとと申すか……。ならば聞く。
    私が金旋軍に降った後、お主はどういう扱いを受けたか?
    以前と変わらず、色眼鏡で見られることもなかったか?」
楽 淋「そ、それは……」
楽 進「それが曹操軍の限界なのだ。
    どうしても常識的なものに囚われる。
    対して金旋軍は非常識だが、それゆえ小さなことには拘らぬ。
    全てにおいて寛容なのだ」
楽 淋「し、しかし……」
楽 進「もうよい。
    ……充分に脱出の時間は稼げたであろう。
    これ以上お主が義理立てることもあるまい」
楽 淋「……!!
    これが時間稼ぎだと知っていたと言うのか?」
楽 進「もうよい、息子よ」
楽 淋「……」
楽 進「大人しく縛につけ。悪いようにはせん」
楽 淋「……父上」

楽淋を縛り、楽進は城内へゆっくりと入っていった。

関 羽「……そうか。あの男も辛いであろうな。
    よし、脱出するぞ。赤兎を」
許 猪「おう、連れてきてるぞー」
関 羽「……許猪どの、貴公は?」
許 猪「あはは、後から行くから心配いらねぇー」
関 羽「わかった……死ぬでないぞ」
許 猪「おーう」

関羽は赤兎馬を駆り、金旋軍兵士であふれ返る西城を脱出。
宛への脱出路を塞がれていたため、
曹仁のいる上庸港を目指して落ち延びていったのであった。

許 猪「さぁーて。俺はどうしたらいいんだぁ?」

関羽を見送った後、許猪は振り返って声を掛ける。
一瞬誰もいないかと思われたが、物陰から人影が現れた。
その人物は弓に矢をつがえ、許猪に狙いを定めたまま歩み寄る。

   鞏恋鞏恋

鞏 恋「……大人しく捕まるように」
許 猪「ああ、あんたかぁ。やっぱいい女だなぁ」
鞏 恋「一発、矢を食らってみる?」
許 猪「あんだぁ、褒めてやってんのによう」

許猪はそう言うと、どかっとその場に座りこんだ。
……縄をかけろということだろうか。
鞏恋は部下を呼ぶと、許猪を縛らせ連れていかせた。

こうして、金旋軍は西城を占領。
許猪・楽淋・王修・何簿(※1)・程近(※2)を捕らえたのであった。

(※1 元張芽軍。黄巾軍の将だった何儀の子)
(※2 元張芽軍。黄巾軍の将だった程遠志の子)

かくして西城を得た金旋は、念願の荊州牧に任じられるまで、
あと宛を取るばかりとなった。
無官返上という目標に、あと一歩と迫ったのである。

次回へつづく。

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