○ 第三十五章 「昇りし龍、降りし兎」 ○ 
212年7月

秋を迎え、反曹操連合が1年間の期限となり自動的に解消された。
この機に金旋は、劉埼軍を飲みこんでしまおうと、
江夏に軍を出すことを考えていた。

ミニマップ江夏周辺

江夏は陸路で新野と、水路で襄陽・江陵と繋がり、
各都市の防衛のために必要な拠点である。
また劉埼配下には優秀な将がおり、
その者たちを登用し人材を補強したいと金旋は考えていた。

軍師である金玉昼が新野にいるため、
彼は遠征軍の編成について費偉に相談する。
しかし……。

   金旋金旋    費偉費偉

金 旋「……というわけで、江夏を攻めようと思う」
費 偉「いえ、やめた方がよろしいでしょう」
金 旋「ん? なぜだ?
    新野の我が軍は充実してるし、劉埼軍の兵は1万前後と少ない。
    ほぼ確実に勝てると言っていいだろう。
    もたもたしていたら孫権軍に奪われてしまうぞ」
費 偉「確かに江夏、及び劉埼軍の将は欲しいところです。
    しかし兵を出す必要はありません」
金 旋「兵はいらないと……?
    ではどうやって江夏を取るというのだ?」
費 偉「私一人いれば充分です。劉埼を説得してまいりましょう」
金 旋降伏勧告をしようってのか?」
費 偉「はい。圧倒的な戦力差があります故、
    軍を動さずとも降伏させることができます」
金 旋「しかし、俺は劉表・劉埼親子から江陵・襄陽と攻め取り、
    将も奪うように何人も登用した。さぞ恨んでいるだろう」
費 偉「そこを説き伏せるのが私の仕事です」
金 旋「そうか……よし、いいだろう。任せる。
    何か必要な物があれば、何でも持ってけ」
費 偉「それでは、うさぎを1匹用意してください」
金 旋「は? うさぎってあのピョンピョン跳ねる兎か?」
費 偉「はい、襄陽の名物といえば兎ですゆえ(※)

(※ 現在の襄陽名物。三国時代はどうであったかは不明。
 ちなみに兎を1羽2羽と数えるのは仏教の教えからである。
 興味のある方は調べてみるとよいだろう)


金 旋「シメてあるのでいいのか?」
費 偉「いえ、生きているものをお願いします。
    食すわけではありませんから」
金 旋「ん? 兎は食用だろう?」
費 偉「いえ、劉埼を説き伏せる材料にございます」
金 旋「……はあ。よくわからんが、とりあえず任せる」
費 偉「はい、吉報をお待ちください」

費偉は、籠に入れた兎と共に江夏の劉埼の元へと向かった。
江夏城にて劉埼への目通りを許される。
周りには武装した兵が厳しい目を費偉に向けていた。

費 偉「……(金旋軍の使者というだけでこの敵意の視線。
    さすがに土地を奪われた恨みは深いか)」
劉 埼「費偉と言ったか。
    反曹操連合に加わったとはいえ、金旋軍と我らは相容れぬ仲。
    その使者が何の用か」
費 偉「はい。……まずは、ささやかながら土産物にございます。
    お納めください」

そう言って、費偉は兎の入った籠を近くにいた兵に渡した。
兵は劉埼の目の前に籠を置く。

劉 埼「ほう……襄陽の兎か。久しく食べていないな」
費 偉「はい、襄陽にて育ちました劉埼さまなら、
    お気に召すかと思いまして」
劉 埼「だが、その襄陽から追い出したのは金旋軍だぞ。
    父がいた江陵も同様にだ」
費 偉「はい、確かに江陵と襄陽は我が軍が頂きました」
劉 埼「また兵を増やしておるそうではないか。
    次はこの江夏を奪おうという気か?」
費 偉「このままであれば、そうなります。
    私が参りましたのは、この江夏が戦場となるのを避けるため。
    そのために降伏をお勧めに参りました」
劉 埼「ふん、そのようなことをせずとも、力で奪い取ればよかろう」
費 偉「金旋さまは、出来れば血を流さずに治めたいとお考えです」
劉 埼「虫のいい話だ。
    父がいた江陵を、襄陽を奪われたというに、
    それを忘れてこの江夏を明け渡せと言うのか」

費 偉「劉埼さま。よくよくお聞きくださいますよう」
劉 埼「……なにか?」
費 偉「金旋さまにとって、あなたはその兎です」
劉 埼「な、なんだと?」
費 偉「正確にはこの江夏を含めた劉埼さまの軍が、ですが」
劉 埼「お、おのれ! 私を愚弄する気か!
     我が軍など臆病な兎に等しいと言うのか!?」
費 偉「いえ、そうではありません。
    むしろ、『金旋さまにとって無くてはならぬ』
    そういう意味にございます」

費偉の淡々と語る言葉に、激昂した劉埼も怒りを鎮め興味を持った。
愚弄されたと思った例えが、
『無くてはならぬ』という意味だと言われたのだ。

劉 埼「無くてはならぬと……それは、どういう意味か?」
費 偉「劉埼さまは毎日、食事をなさりますでしょう」
劉 埼「当たり前だろう。生きるために食わねばならぬ」
費 偉「その兎も、劉埼さまに食われるのでしょうな」
劉 埼「そうであるな」
費 偉「劉埼さまが生きるためにその兎を食すように、
    我が軍も劉埼さまとその軍を食らわねばならぬのです」
劉 埼「……それは、何のためだ」
費 偉「曹操と戦うためにございます。
    襄陽・江陵を手に入れたことにより、我が軍は強くなりました。
    しかし、まだまだ足りません。
    劉埼さまの軍を飲みこんでおかねばこの先、
    我が軍は曹操とは戦っていけません」
劉 埼「……」
費 偉「しかし、兎はシメてしまえば死にますが、
    劉埼さまはそうではありません。
    降伏すれば、我が軍の将として共に生きることができます。
    将兵も我が軍に組み組み込まれ、我らは一体となれるのです」
劉 埼「それほどまでに金旋どのは……。
    我が軍の将兵を買っておられるのか?」
費 偉「はい。何人かの将は金旋さまが登用されましたが、
    まだまだ劉埼さまの配下には有能な者が残っている、
    と、そう言っておられました」
劉 埼「そうか……」
費 偉「劉埼さまもそのお一人です。
    襄陽をいずれ劉埼さまに任せたいと、
    そう金旋さまは言っておられました」
劉 埼「襄陽を?」
費 偉「はい、任せるならば劉埼さまが適任であろうと」
劉 埼「左様か。金旋どのはそこまで買ってくださるか……」
費 偉「金旋さまは言わば、天に昇りし龍。
    貴方様が降るのを恥とする必要はありません。
    どうか、ご英断くださいますよう……」
劉 埼「わかった、費偉どの。
    あなたの言葉には全く曇りがない……。
    金旋どの、いや金旋さまを信じ、降伏いたそう」
費 偉「ありがとうござりまする。
    劉埼さまのためにも良きご判断でございましょう」

かくして、劉埼は降伏勧告を受け入れる。
劉埼の将兵は金旋軍に組み込まれ、
劉埼は襄陽へ移動、主だった将は新野へと向かった。
金旋は代わりの江夏太守に、新野より卞柔を派遣する。

   金旋金旋    費偉費偉

金 旋「よくやった、費偉。今回は全てお前のお陰だ」
費 偉「いえ、劉埼どのが賢明だっただけにございます。
    彼とその配下たち、大事にお使いくださいますよう」
金 旋「おう。有能な者が揃ってるし、しっかり働いてもらうさ」

襄陽に入った劉埼は、金旋に目通りし臣下の礼を取る。
この時、彼は費偉に贈られた兎を連れていた。
彼は片時も離さず、この兎を連れて歩いたという。
まるで、それが自分の半身であるかのように。


さて一方、新野では。
江夏から来る将を迎えるため、慌ただしく準備がなされていた。
小さいながら歓迎会を開こう、という軍師金玉昼の提案で、
宴席の用意がなされていたのだ。

   魏延魏延    霍峻霍峻

魏 延「なんで私が酒樽の運搬なんぞせねばならんのだ……。
    一応太守なのだぞ」
霍 峻「まあまあ、魏延どの。こういう力仕事は、
    流石に50代の甘寧どの・楽進どのにはさせられませんから」
魏 延「あの二人なら軽々とこなしそうだがな」
霍 峻「はっはっは、私もそう思います。
    ま、働き盛りの我々がやってやらねば」
魏 延「魏光はどうしたのだ?」
霍 峻「魏光どのは料理の方を手伝って貰っております。
    なんでも、料理長も感心するほどの料理の腕前とか」
魏 延「出来んよりは出来た方がいいが……。
    あまり料理ばかり上手くなってもな」
霍 峻「何をおっしゃいますか、彼も立派な将です」
魏 延「ふむ、そう褒めてくれるのは嬉しいが」

二人は酒を持って広間の中に入っていく。
そこでは、金玉昼・鞏恋・甘寧らが食器を並べる作業をしていた。

   金玉昼金玉昼   鞏恋鞏恋    甘寧甘寧

金玉昼「お疲れさまー。そこに置いといてくださいにゃ」
魏 延「うむ、心得た」
霍 峻「こちらの準備の方はどうでしょうか?」
甘 寧「もう少しだな。お主らも手伝ってくれ」
魏 延「しょうがないな……」
鞏 恋「はい、これよろしく」

二人は皿を受け取って、それぞれの席に並べていく。

金玉昼「霍峻さん、なんか嬉しそうにゃ」
霍 峻「え? ええ、久しぶりに元同僚に会えるんです。
    嬉しくもなりますよ」
魏 延「同僚……そうか、霍峻どのは元劉表軍だったか。
    そういえば霍峻どの。
    今回来る将で、ひとり気になる者がいてな」
霍 峻「ほう、その気になる将とは、一体誰でしょうか?」
魏 延名は李厳(リゲン)。
    軍の統率と武勇に優れる将だと聞いている。
    これは以前同じ陣営にいた霍峻どのの方が判ると思うが……」
霍 峻「ふむ、李厳どのですか」
甘 寧「おいおい。俺も一応、元劉表軍だが?」
魏 延「おっーと失礼。
    下っ端の将だった方のことは忘れてましたぞ(※)

(※ 正史・演義での甘寧は、劉表軍では重用されなかった)

甘 寧「む……」
霍 峻「まーまーまー、落ち着きなされ。
    李厳どのは、今回来る将の中では一番の名将と言えますな」
魏 延「ほほう」
霍 峻「彼ほど統率・武勇・知略の三点にて優れる将はおりません。
    バランスの良さでは、魏延どのや甘寧どのに匹敵いたしますな」
金玉昼「そんな人を味方に出来て、
    父上もかなり喜んでるらしいにゃー」
霍 峻「また、彼はお洒落好きでしてな。
    外見はけっこうインパクトありますよ」
魏 延「貴殿より……(はっ)い、いや、なんでもない」
甘 寧「どうした、言いたいことがあるならはっきり言えばどうだ」ニヤニヤ
魏 延「い、いや、本当に何でもないぞ」
金玉昼「(ヒソヒソ)『貴殿よりインパクトありますか』
    って今言いかけたにゃ」
鞏 恋「(ヒソヒソ)でも流石にそれは聞けないでしょ」
魏 延「ゴホン、そろそろ来る頃だろう。
    早く準備を終えてしまおうではないか」
金玉昼「はーい」
霍 峻「そうですね」

やがて準備を終えた頃に、江夏からの団体が到着。
すぐに宴席の場に招き、宴が始められた。
太守である魏延のあいさつの後、乾杯の音頭を霍峻が取る。

魏 延「あいつが李厳か……。確かにインパクトあるな」

   李厳李厳

金玉昼「ちちうえの虞羅参なみだにゃー」
鞏 恋「でも霍峻さんほどじゃない」
魏 光「しっ、霍峻どのが挨拶なさいますよ」

霍 峻「皆さん、お久しゅうございます。
    一度は敵味方に別れましたが、
    こうしてまた共に戦うことができること、
    私はとても嬉しく思います。
    これからは金旋軍の同志として、
    手を取り合って頑張って参りましょう。
    それでは、乾杯!」

全 員「かんぱーい」

そして宴は始まった。
最初の頃はぎこちなかった旧劉埼軍の将たちも、
酒が進むにつれてだんだん打ち解けていったのだった。

霍 峻「李厳どの、まあ一献」
李 厳「お、霍峻どのか。いただこう」
霍 峻「では」
李 厳「……おっとっと、ありがとう。
    しかし同じ旗の元で眼鏡戦隊を組んでおった貴公が、
    まさか敵に回るとは思ってもなかったぞ」
霍 峻「私も想像していなかったです。
    しかし、私は金旋さまに王者の風を感じたのです。
    この戦乱の世を終わらせることのできる、その力を。
    だから私は、金旋さまに仕えることにしたのです」
李 厳「ほう……王者の風。
    それは、私にも感じることができるか?」
霍 峻「ええ、同じ眼鏡戦隊の貴方になら、必ずや」
李 厳「そうか……金旋さまに会う日が楽しみだ」
霍 峻「それでは李厳どの、この後もお楽しみくだされ」
李 厳「うむ」

魏 延「すまん、霍峻どの。ちょっといいか」
霍 峻「はい? どうかしましたか」
金玉昼「今、李厳さんとの話聞いてたんだけどにゃ」
霍 峻「あ、左様ですか。恥ずかしいですな」
魏 延「それで、ちょっと聞きたいんだが……」
金玉昼眼鏡戦隊ってなんにゃ?
霍 峻「ああ、それですか。
    以前のこと……劉表さま存命のときのことです。
    眼鏡をかけた3人を、劉表さまは眼鏡戦隊と名づけたのです」
魏 延「それが霍峻どのと李厳どのか。
    3人ってことは、あと一人は?」
霍 峻「それが……。
    劉埼軍の新野攻めでも活躍したのですが、
    後に捕らえられ今は曹操配下になっております」
金玉昼「あー、そういえばちちうえの手紙に書いてあったにゃ。
    何人か、新野を奪われた時に曹操軍に連れてかれたって」
魏 延「優秀な将なのか?」
霍 峻「彼の名は文聘(ブンペイ)。
    風貌は地味ですが、李厳どのに負けず劣らずの名将です」

   文聘文聘

魏 延「ほう、霍峻・李厳・文聘……。
    敵にしてみればこれほど手強い戦隊もあるまい」
金玉昼「その文聘さんもいずれ登用したいとこにゃ」
霍 峻「そうですね、私も彼が来てくれれば心強いです」
金玉昼「でも、元劉埼さんの将が増えて良かったと思うにゃー。
    李厳さんの他、水軍の得意な張允さん、
    内政向きの伊籍さんなど……。
    なかなかの補強だと思いまひる」
???「おおっと、お嬢ちゃん。
    誰かを忘れておらんかね?

   黄祖黄祖

黄祖、ビッと親指を立て自分を指す。

魏 延「……誰だっけ?」
金玉昼「さあ?」
黄 祖「さあって……。
    ええい、劉埼軍随一の将、黄祖であるぞ!」
魏 延「いや、知らんな」
金玉昼「全くにゃ」
黄 祖「ぐ、ぐぬぬ……。これ、霍峻!
    声を殺して笑っておらんで、ワシを紹介せんか!」
霍 峻「は、はい、すいません。
    えー、この愉快なお爺様は黄祖どのとおっしゃって、
    旧劉表軍では江夏の太守として長らくおられた方です」
黄 祖「うむ、孫権の父、孫堅を討ち取ったのも、
    何を隠そうこのワシなのだぞ。
    お主ら、もっと敬わんか」
霍 峻「しかし、その後孫策に敗れて捕虜となり、
    孫堅の亡骸と交換で帰還してきたと聞きましたが」
黄 祖「……まあ昔のことはどうでもよいではないか。
    大事なのは今、そして未来!
    なう、あんどふゅーちゃーじゃ!」

黄祖。
コーエー三国志では常に劉表の配下となっている彼であるが、
正史などを見てみるに、半独立した地方豪族であったと思われる。
呉に本拠を置いた孫策・孫権は、何度も彼と戦った。
これは黄祖が父の仇であると同時に、彼の治める江夏・夏口などの
荊州の玄関口をどうしても欲しい、という思惑からでもあっただろう。
だが、黄祖は直接の戦いにこそ負け続けたものの、
孫家に反抗する勢力をまとめ、自身が殺されるまで戦い続けた。
このことから、劉表の盟友として活躍した彼の実力が窺い知れよう。

余談だが、ある戦いで彼は部下にしていた甘寧に命を救われるが、
元が江賊である甘寧を軽んじ、その結果呉に走らせている。(※)


(※このリプレイではこの話の前に甘寧は金旋軍に降っているため、
 彼は甘寧との面識はない)


黄 祖「まあアレじゃ、ワシが来たからには
    泥船に乗ったつもりでいてくれてかまわんぞ!」
霍 峻「黄祖どの、それを言うなら『大船』です」
黄 祖「うむ、最近はそうとも言うのぉ」
魏 延「いや、この場合は泥船で正しい気がする……」
金玉昼「確かに……」
黄 祖ぐははは、そうほめるでないわぁ!

全 員「「ほめてねえよ」」

個性的な面々を新たに加えた金旋軍。
江夏を抑え、次に向かうは西城かはたまた宛か。
次回、いよいよ新野の精兵たちが動き出す。

次回につづく。


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