○ 第三十一章 「孟徳新書でお勉強」 ○ 
211年12月

12月、冬の真っ只中の襄陽。
比較的暖かい荊州とはいえ、やはり寒いものは寒い。
金旋もコタツに入りながらの仕事である。

   金旋金旋    下町娘下町娘

下町娘「ふぅ〜」
金 旋「あんだね。部屋に入ってくるなり溜息なんぞついて」
下町娘「いえー。ちょっと寝不足でして」
金 旋「寝不足って、いつも夕方であがってるじゃないか。
    その後は何をやってるんだ?」
下町娘「い、いえ、その、大したことじゃないですー」
金 旋「まあ何やろうが構わないが、ほどほどにしとくように」
下町娘「はい……。
   (言えない……冬コミ用の原稿の締切りが近いから、
    徹夜で描いてました、だなんて……)」
金 旋「で、情勢の報告を聞こうか」
下町娘「はい〜。10月末には孫権軍が徐州の小沛城を落としました。
    11月には、饗援軍が董蘭の交趾を陥落させ、董蘭軍は滅亡」

ミニマップ211年12月

金 旋「ふーむ。孫権・饗援の勢い恐るべし、というところか。
    董蘭の消息は?」
下町娘「落城時に逃げ出したそうで、現在は在野将となっているそうです」
金 旋「そうか。あの董卓の娘が在野に……。
    ならば、誰かを登用に行かせよう」
下町娘「ハーレム計画を発動ですか?」
金 旋「はっはっは、バカ言え」
下町娘バカ
金 旋あんだとー!
下町娘「『バカ言え』と言われたので『バカ』と言ったら怒られた、と。
    メモメモ」
金 旋「なんのメモだ。
    それより、ハーレムなんかも全然考えたこともないぞ」
下町娘「ホントですかぁ〜?」
金 旋「以前に董蘭の将を何人か引き抜いちゃってるからな。
    彼女が嫌でなければ、ウチで雇ってやろうということだ。
    まあ罪滅ぼしというか……純粋に将は欲しいしな」
下町娘ふぅーん
金 旋「……目が信用できないって言ってるぞ。
    それより、他にはもうないのか?」
下町娘「あ、もう一件あります。
    新野の甘寧さまから書状届いてます。はいこれ」
金 旋「うん? 甘寧からねぇ……どれどれ。
    ほう。見所のある兵士を見つけたので将に抜擢したいと……。
    それで教育係を選んでほしい、という話だな」
下町娘「ほー。人材増えるのはいいことですね。
    で、誰を教育係にさせるんですか?」
金 旋「甘寧の見立てでは統率・武力に優れるようだな。
    ……よし、鞏恋に任せよう」
下町娘「……恋ちゃんですか?」
金 旋「ああ。……なんかまずいのか?」
下町娘「いえいえ。
    でも、鍛えるだけなら甘寧さまとか魏延さんの方が
    向いてるような気がするんですが」
金 旋「いや、教育係という役を通じて、鞏恋も将としての自覚を
    もっと持ってくれると嬉しいかな……という思惑もあるのだ」
下町娘「なんかややこしいことにならなければいいんですけど」
金 旋「はっはっは、気にしすぎだろう。
    じゃ、返書出しておいてくれ。教育係は鞏恋で」
下町娘「はーい」

下町娘が出ていったのと入れ違いに、兵士が入室してくる。

兵 士「申し上げます! 曹操軍より使者が参っております!」
金 旋「曹操軍から……? 判った、広間に通せ」
兵 士「はっ!」

金旋が広間に入ると、すでに使者は平伏して待っていた。
金旋は、その顔には見覚えがあった。

   諸葛亮諸葛亮

諸葛亮「ご機嫌麗しゅうございます」
金 旋「げ……孔明か」
諸葛亮「此度は、捕虜の返還をお願いしに参りました」
金 旋「捕虜の返還? ああ、新野落とした時に何人か捕えてたな」
諸葛亮「はい。その中でも曹彰は曹操さまの子。
    将としても我が軍にとっては必要な方です。
    どうにか返していただけませんでしょうか」
金 旋「曹彰か。曹操の血族でこっちの登用にも絶対応じないし、
    別に返してやってもいいが」
諸葛亮「はい。どうかお願い致します」
金 旋「しかしタダというわけにもいかんわなぁ〜」
諸葛亮「は。代償金もいくらかでしたらお支払いしましょう」
金 旋「金ねえ。金はあるんだよ金は。
    それより、曹操は『孟徳新書』って兵法書持ってるらしいじゃん?
    それ欲しいんだよなー。それと曹彰を交換ってことでどうだ?」
諸葛亮「左様ですか、それでよろしいでしょう。
 では、後日交換ということで」
金 旋え? いいの?
    ホントに孟徳新書貰っちゃって」
諸葛亮「はい。ではこれで失礼します」
金 旋「あ、ああ」

後日、曹彰の解放と引き換えに、金旋の元へ
孟徳新書(※統率に+3)が届けられた。

金 旋「いやー。あの時は適当に言ったのにな。
    ホントに貰えるとは思わなかった」
下町娘「それだけ我が子が大事だってことじゃないですか?
    曹操も人の子ってことですよ」
金 旋「そうかなあ……。
    あいつの性格からいってありえないと思うんだがなあ」
下町娘「それよりも、孟徳新書ってどんなのなんですか?」
金 旋「ああ、なんでも孫子の兵法に曹操自ら注釈を付けた書らしいが……。
    あ、孟徳ってのは曹操の字(あざな)な。
    どれ、ちょっと見てみるか」パラパラ

『じんを しくときは やまのうえにしくべし
 そうすれば かてるよ』


 そんしは そういってるけど みずのでないやまは けっこうきけん
 だって ほういされちゃうと みずをくみに いけないでしょ?
 みずがないと のどがからからで たたかえないよね
 だから へいしが あいてよりすくないときは
 せまいみちのほうに じんどるようにしようね
 まちがっても やまのうえに じんどって じめつしちゃ だめだよ
 そうそうとの やくそく♪


金 旋「……」
下町娘「……」
金 旋「えーっと」
下町娘「あ、これ対象年齢2歳から6歳って裏表紙に……」
金 旋「……曹操ーーーーーー!!

さてその頃、曹操軍では。


   曹操曹操

曹 彰「ありがとうございました父上。
    しかし、私のために孟徳新書を手放すはめに……」
曹 操「はっはっは、よいよい。
    元々あの書は幼児用に書いた入門書。
    ちゃんとした孫子注釈は『魏武注孫子』として出版しておる(※)
    気にすることはない」
曹 彰「はっ」
曹 操「今頃は、金旋もあの書で孫子を勉強しておる頃であろうか」
曹 彰「ははは、流石に幼児用の書で勉強はいたしますまい」

(※『孟徳新書』の名は三国志演義の創作。
 正史では『魏武注孫子』、もしくは『魏武注孫子十三篇』という)

さて、場所はまた襄陽に戻る。
金旋は……。

   金旋金旋

金 旋「ええと……なになに」

 『てきが きょうだいなときは じょうずにおだてたりして
 てきのこころを ゆだんさせよう
 うまく すきをみつけたら だいぎゃくてん!
 いっきに やぶってしまおうね』


 そんしは こういってるけど
 かったあとは こちらも ゆだん しやすいんだ
 だから こんなときこそ きをひきしめて いこうね
 もうとくは こうして かちつづけて きたんだよ


金 旋「なるほど……。勝敗の決まった時こそ、
    それにおごらず謙虚であれということか……。
    曹操も良い事を言うな」

本当に孟徳新書で勉強していた。

金魚鉢「おじーちゃーん」
金 旋「おー魚鉢!
    どうしたどうした、こっちにおいで」

金魚鉢は金目鯛の三男である。現在5歳。
母親と兄二人(金閣寺11歳・金胡麻7歳)と共に、
襄陽へ引越してきていた。

金魚鉢「あのね、胡麻おにーちゃんといっしょにあそんでたんだけど、
    おにーちゃんは、お馬さんでおそとに行っちゃった」
金 旋「そーかそーか。胡麻は元気者だな。
    じゃ、魚鉢はじいちゃんと一緒におこたでご本でも読もうか」
金魚鉢「うん」
金 旋「それじゃ読むぞー?
    てきより みかたのほうが つよいときは わざと よわくみせよう
    そうすれば てきはかてるとおもって せめてくるよ
    でも ほんとは みかたがつよいから こっちがかっちゃうよね
    じょうずに さそいだすのも へいほう なんだよ」
金魚鉢「へぇー。おもしろーい」
金 旋「お、そうか? じゃあどんどん読んでこうな。
    全部憶えたら、我が軍の軍師になれるかもなー」
金魚鉢「うん! ぼく、ぐんしになる!」
金 旋「ははは。
    ま、金魚鉢が軍師になる頃には、目鯛が君主になってるかもな」
金魚鉢「んーん、パパはくんしゅにならないよー」
金 旋「ん? なんでだ?」
金魚鉢「だってパパ、そんな肩がこるのはいやだって言ってた。
    それだったら閣寺おにーちゃんにまかせるって」
金 旋「そーか。あいつも面倒くさがりだからなあ。
    でも、閣寺ならいい君主になるだろうな。
    そしたら、魚鉢も軍師として助けてやるんだぞ」
金魚鉢「うん! だからおべんきょーする!」
金 旋「よーし。じゃあ次いくぞー」

孫との楽しいひとときを過ごし、
孟徳新書をくれた曹操にちょっぴり感謝する金旋であった。


さて一方、新野では。

   甘寧甘寧    鞏恋鞏恋

甘 寧「……というわけで、こいつの名は謝旋という。
    殿のご指名だし、しっかり教育を頼むぞ」
鞏 恋「……めんどくさいけど、わかった」

抜擢された謝旋を、鞏恋が預かり教育することになった。
鞏恋も嫌々ながら、ちゃんと兵法や武芸を教えこんでいく。

鞏 恋「弓は使ったことあると思うけど……。
    すばやくひく時はこう持って、こう……」
謝 旋「なるほど。こうですね」
鞏 恋「ん、上手。それじゃ、今度は兵にやらせる時は……」

そんな教育風景を、物陰より覗う者がいた。
魏光である。

   魏光魏光

魏 光「ううっ……うらやましい。
    私も鞏恋さんに教えてもらいたい……。
    ……ああっ! あんなに近付いて身体を寄せて!
    ぐああああ! なんてうらやましいんだぁぁぁ!」

ジェラシーに身悶えながら様子を覗う魏光。
彼はこの先、謝旋の教育が終わる翌年2月まで、
ずっとこのような鬱屈した時を過ごすのであった。

つづく。


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