211年12月
12月、冬の真っ只中の襄陽。
比較的暖かい荊州とはいえ、やはり寒いものは寒い。
金旋もコタツに入りながらの仕事である。
金旋
下町娘
下町娘「ふぅ〜」
金 旋「あんだね。部屋に入ってくるなり溜息なんぞついて」
下町娘「いえー。ちょっと寝不足でして」
金 旋「寝不足って、いつも夕方であがってるじゃないか。
その後は何をやってるんだ?」
下町娘「い、いえ、その、大したことじゃないですー」
金 旋「まあ何やろうが構わないが、ほどほどにしとくように」
下町娘「はい……。
(言えない……冬コミ用の原稿の締切りが近いから、
徹夜で描いてました、だなんて……)」
金 旋「で、情勢の報告を聞こうか」
下町娘「はい〜。10月末には孫権軍が徐州の小沛城を落としました。
11月には、饗援軍が董蘭の交趾を陥落させ、董蘭軍は滅亡」
211年12月
金 旋「ふーむ。孫権・饗援の勢い恐るべし、というところか。
董蘭の消息は?」
下町娘「落城時に逃げ出したそうで、現在は在野将となっているそうです」
金 旋「そうか。あの董卓の娘が在野に……。
ならば、誰かを登用に行かせよう」
下町娘「ハーレム計画を発動ですか?」
金 旋「はっはっは、バカ言え」
下町娘「バカ」
金 旋「あんだとー!」
下町娘「『バカ言え』と言われたので『バカ』と言ったら怒られた、と。
メモメモ」
金 旋「なんのメモだ。
それより、ハーレムなんかも全然考えたこともないぞ」
下町娘「ホントですかぁ〜?」
金 旋「以前に董蘭の将を何人か引き抜いちゃってるからな。
彼女が嫌でなければ、ウチで雇ってやろうということだ。
まあ罪滅ぼしというか……純粋に将は欲しいしな」
下町娘「ふぅーん」
金 旋「……目が信用できないって言ってるぞ。
それより、他にはもうないのか?」
下町娘「あ、もう一件あります。
新野の甘寧さまから書状届いてます。はいこれ」
金 旋「うん? 甘寧からねぇ……どれどれ。
ほう。見所のある兵士を見つけたので将に抜擢したいと……。
それで教育係を選んでほしい、という話だな」
下町娘「ほー。人材増えるのはいいことですね。
で、誰を教育係にさせるんですか?」
金 旋「甘寧の見立てでは統率・武力に優れるようだな。
……よし、鞏恋に任せよう」
下町娘「……恋ちゃんですか?」
金 旋「ああ。……なんかまずいのか?」
下町娘「いえいえ。
でも、鍛えるだけなら甘寧さまとか魏延さんの方が
向いてるような気がするんですが」
金 旋「いや、教育係という役を通じて、鞏恋も将としての自覚を
もっと持ってくれると嬉しいかな……という思惑もあるのだ」
下町娘「なんかややこしいことにならなければいいんですけど」
金 旋「はっはっは、気にしすぎだろう。
じゃ、返書出しておいてくれ。教育係は鞏恋で」
下町娘「はーい」
下町娘が出ていったのと入れ違いに、兵士が入室してくる。
兵 士「申し上げます! 曹操軍より使者が参っております!」
金 旋「曹操軍から……? 判った、広間に通せ」
兵 士「はっ!」
金旋が広間に入ると、すでに使者は平伏して待っていた。
金旋は、その顔には見覚えがあった。
諸葛亮
諸葛亮「ご機嫌麗しゅうございます」
金 旋「げ……孔明か」
諸葛亮「此度は、捕虜の返還をお願いしに参りました」
金 旋「捕虜の返還? ああ、新野落とした時に何人か捕えてたな」
諸葛亮「はい。その中でも曹彰は曹操さまの子。
将としても我が軍にとっては必要な方です。
どうにか返していただけませんでしょうか」
金 旋「曹彰か。曹操の血族でこっちの登用にも絶対応じないし、
別に返してやってもいいが」
諸葛亮「はい。どうかお願い致します」
金 旋「しかしタダというわけにもいかんわなぁ〜」
諸葛亮「は。代償金もいくらかでしたらお支払いしましょう」
金 旋「金ねえ。金はあるんだよ金は。
それより、曹操は『孟徳新書』って兵法書持ってるらしいじゃん?
それ欲しいんだよなー。それと曹彰を交換ってことでどうだ?」
諸葛亮「左様ですか、それでよろしいでしょう。
では、後日交換ということで」
金 旋「え? いいの?
ホントに孟徳新書貰っちゃって」
諸葛亮「はい。ではこれで失礼します」
金 旋「あ、ああ」
後日、曹彰の解放と引き換えに、金旋の元へ
孟徳新書(※統率に+3)が届けられた。
金 旋「いやー。あの時は適当に言ったのにな。
ホントに貰えるとは思わなかった」
下町娘「それだけ我が子が大事だってことじゃないですか?
曹操も人の子ってことですよ」
金 旋「そうかなあ……。
あいつの性格からいってありえないと思うんだがなあ」
下町娘「それよりも、孟徳新書ってどんなのなんですか?」
金 旋「ああ、なんでも孫子の兵法に曹操自ら注釈を付けた書らしいが……。
あ、孟徳ってのは曹操の字(あざな)な。
どれ、ちょっと見てみるか」パラパラ
『じんを しくときは やまのうえにしくべし
そうすれば かてるよ』
そんしは そういってるけど みずのでないやまは けっこうきけん
だって ほういされちゃうと みずをくみに いけないでしょ?
みずがないと のどがからからで たたかえないよね
だから へいしが あいてよりすくないときは
せまいみちのほうに じんどるようにしようね
まちがっても やまのうえに じんどって じめつしちゃ だめだよ
そうそうとの やくそく♪
金 旋「……」
下町娘「……」
金 旋「えーっと」
下町娘「あ、これ対象年齢2歳から6歳って裏表紙に……」
金 旋「……曹操ーーーーーー!!」
さてその頃、曹操軍では。
曹操
曹 彰「ありがとうございました父上。
しかし、私のために孟徳新書を手放すはめに……」
曹 操「はっはっは、よいよい。
元々あの書は幼児用に書いた入門書。
ちゃんとした孫子注釈は『魏武注孫子』として出版しておる(※)。
気にすることはない」
曹 彰「はっ」
曹 操「今頃は、金旋もあの書で孫子を勉強しておる頃であろうか」
曹 彰「ははは、流石に幼児用の書で勉強はいたしますまい」
(※『孟徳新書』の名は三国志演義の創作。
正史では『魏武注孫子』、もしくは『魏武注孫子十三篇』という)
さて、場所はまた襄陽に戻る。
金旋は……。
金旋
金 旋「ええと……なになに」
『てきが きょうだいなときは じょうずにおだてたりして
てきのこころを ゆだんさせよう
うまく すきをみつけたら だいぎゃくてん!
いっきに やぶってしまおうね』
そんしは こういってるけど
かったあとは こちらも ゆだん しやすいんだ
だから こんなときこそ きをひきしめて いこうね
もうとくは こうして かちつづけて きたんだよ
金 旋「なるほど……。勝敗の決まった時こそ、
それにおごらず謙虚であれということか……。
曹操も良い事を言うな」
本当に孟徳新書で勉強していた。
金魚鉢「おじーちゃーん」
金 旋「おー魚鉢!
どうしたどうした、こっちにおいで」
金魚鉢は金目鯛の三男である。現在5歳。
母親と兄二人(金閣寺11歳・金胡麻7歳)と共に、
襄陽へ引越してきていた。
金魚鉢「あのね、胡麻おにーちゃんといっしょにあそんでたんだけど、
おにーちゃんは、お馬さんでおそとに行っちゃった」
金 旋「そーかそーか。胡麻は元気者だな。
じゃ、魚鉢はじいちゃんと一緒におこたでご本でも読もうか」
金魚鉢「うん」
金 旋「それじゃ読むぞー?
てきより みかたのほうが つよいときは わざと よわくみせよう
そうすれば てきはかてるとおもって せめてくるよ
でも ほんとは みかたがつよいから こっちがかっちゃうよね
じょうずに さそいだすのも へいほう なんだよ」
金魚鉢「へぇー。おもしろーい」
金 旋「お、そうか? じゃあどんどん読んでこうな。
全部憶えたら、我が軍の軍師になれるかもなー」
金魚鉢「うん! ぼく、ぐんしになる!」
金 旋「ははは。
ま、金魚鉢が軍師になる頃には、目鯛が君主になってるかもな」
金魚鉢「んーん、パパはくんしゅにならないよー」
金 旋「ん? なんでだ?」
金魚鉢「だってパパ、そんな肩がこるのはいやだって言ってた。
それだったら閣寺おにーちゃんにまかせるって」
金 旋「そーか。あいつも面倒くさがりだからなあ。
でも、閣寺ならいい君主になるだろうな。
そしたら、魚鉢も軍師として助けてやるんだぞ」
金魚鉢「うん! だからおべんきょーする!」
金 旋「よーし。じゃあ次いくぞー」
孫との楽しいひとときを過ごし、
孟徳新書をくれた曹操にちょっぴり感謝する金旋であった。
さて一方、新野では。
甘寧
鞏恋
甘 寧「……というわけで、こいつの名は謝旋という。
殿のご指名だし、しっかり教育を頼むぞ」
鞏 恋「……めんどくさいけど、わかった」
抜擢された謝旋を、鞏恋が預かり教育することになった。
鞏恋も嫌々ながら、ちゃんと兵法や武芸を教えこんでいく。
鞏 恋「弓は使ったことあると思うけど……。
すばやくひく時はこう持って、こう……」
謝 旋「なるほど。こうですね」
鞏 恋「ん、上手。それじゃ、今度は兵にやらせる時は……」
そんな教育風景を、物陰より覗う者がいた。
魏光である。
魏光
魏 光「ううっ……うらやましい。
私も鞏恋さんに教えてもらいたい……。
……ああっ! あんなに近付いて身体を寄せて!
ぐああああ! なんてうらやましいんだぁぁぁ!」
ジェラシーに身悶えながら様子を覗う魏光。
彼はこの先、謝旋の教育が終わる翌年2月まで、
ずっとこのような鬱屈した時を過ごすのであった。
つづく。
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