211年7月
7月、実りの秋。
収支報告を読んでいた金旋の元に、一通の速達が送られてきた。
金旋
金玉昼
金 旋「……孫権からか? 何の用件だろう……なになに。
昨今の曹操の暴虐許しがたく、反曹操連合の結成を呼びかけん……。
なるほど、連合組もうってか」
金玉昼「孫権軍が曹操領の寿春を攻撃中だにゃ。
連合勢力が各方面より攻めることで、
曹操軍の戦力を分散させようというハラですにゃ」
金 旋「ふむ……なかなか孫権もしたたかだな」
金玉昼「で、どうしまひる?」
金 旋「そうだな、どうせ曹操との仲も最悪だ。
ここは連合に加わる方向で行こう」
金玉昼「たぶん、劉埼軍も連合に加わるけど、いいのかにゃ?」
金 旋「劉埼領の江夏は、襄陽から攻めるにはちと遠い。
しばらくは泳がせておこう」
金玉昼「そういうことなら、了解にゃ」
211年の秋、孫権を盟主に反曹操連合が組まれた。
参画した勢力は孫権・金旋・馬騰・劉埼・劉璋・張魯。
益州南部での抗争が激化している饗援・董蘭は参加しなかった。
同月、馬騰が長安へ出兵。長男の馬超を大将に、数万の軍勢を送りこむ。
また、江夏の劉埼も新野へ向け出撃。
金玉昼の見立て通り、各方面からの侵攻に曹操軍の兵力は分散されていった。
7月下旬。
金旋
金玉昼
金 旋「それにしても、劉埼も健気だよな。
長いこと反目してた相手(※)のために無理して軍を出すとは」
(※孫家(孫堅・孫策・孫権)と劉表(劉埼の父)は長らく戦い合っている間柄)
金玉昼「曹操の方が憎いってことかにゃー。
劉表は曹操軍の攻撃で寿命縮めたようなものだし」
金 旋「となれば、我が軍も兵を出さぬわけにはいかんな〜。
いやー全くしょうがないなあ!」
金玉昼「……嬉々としてるように見えるのは気のせいかにゃー」
金 旋「ははは何をおっしゃるかね、私は争いごとは嫌いなのだよ」
金玉昼「はあ」
金 旋「まずは、兵の少ない湖陽港を攻めるとするか」
金旋は、将たちを召集する。
金 旋「……というわけで、湖陽港を攻める。部隊は2隊、兵は1万5千ずつ。
総大将は魏延・甘寧にそれぞれ任せる」
魏延
甘寧
魏 延「はっ!」
甘 寧「お任せあれ」
金 旋「魏延隊には金玉昼・鞏恋・魏光・霍峻。
甘寧隊には金目鯛・陳応・卞柔・蔡瑁を副将につける。
存分に働いてくれ」
将たち「ははーっ」
かくして、金旋軍3万は隆中港を経て漢水(※1)を渡る。
(※1 襄陽の北側を流れる河。下ると長江に合流する)
途中、襄陽の近くを通る際に、城から金旋・下町娘らが手を振っているのが見えた。
それを船上で見つめる金玉昼と霍峻。
金玉昼
霍峻
霍 峻「殿は玉昼どのの様子を気にかけてらっしゃるようですな」
金玉昼「単にこういう大船団(※2)見たことないから、はしゃいでるだけにゃ」
(※2 魏延隊、甘寧隊は共に闘艦の船団になっている)
霍 峻「いえいえ、私も父親ですからわかります。
子のことはどうしても気になるものです」
金玉昼「そうだとしても恥ずかしいからやめてほしーにゃ」
鞏恋
鞏 恋「うん、子離れできない親は恥ずかしい」
霍 峻「ははは、鞏恋どのも玉昼どのと同じですか」
鞏 恋「でも、手を振る人には手を振り返すのが基本」ぷるぷる
霍 峻「では私も」ぶんぶん
金玉昼「むー。それじゃ私もやらないとダメみたいにゃり」ふりふり
霍 峻「これより戦いが待っているのですから。
その前に人の絆を確かめておくのはよいことです」
鞏 恋「……襄陽の対岸、湖陽港へ。運命背負い、今旅立つ……」
金玉昼「どこかで聞いたようなフレーズにゃ」
鞏 恋「『必ずここへ帰ってくる』と、手を振る人に……」
金玉昼「1フレーズまるまるパクリはあかんにゃ(※3)」
鞏 恋「ん、ごめん」
(※3 『うちうせんかんやまと』の歌詞と同じ)
霍 峻「しかし歌はいいですな。何か歌いましょうか」
金玉昼「そんな、遠足じゃないんだから……」
一方、甘寧艦隊。
甘 寧「隆中の海は俺の海……。俺の果てしない憧れさ……」
金目鯛「武陵の歌は俺の歌〜。俺の捨てきれぬ故郷さ〜」
陳 応「友よぉー。明日のない国と知ってもぉー」
卞 柔「やはりー守ってぇー戦うのだぁー」
蔡 瑁「命を捨てて拙者は生きるぅー」
五 人「命を捨ててぇー! 俺らはぁー! いーきーるぅー!」
すでに大合唱状態であった。
(歌タイトル:長江海賊キャプテン甘寧興覇)
8月に入り、魏延・甘寧両艦隊は湖陽港付近に着く。
守る曹操軍の兵は2千ほどしかおらず、率いる将もいなかった。
劉埼軍に攻撃を受けている新野城救援のため、
ほとんどの兵がそちらに回されたからである。
魏 延「よし、攻撃開始だ!」
甘 寧「隆中の海はぁぁぁ! 俺のうみぃぃぃぃ!」
魏 延「ええい、やかましい!」
一斉に攻撃を受け、湖陽港は数日のうちに陥落する。
金旋軍艦隊は港内に入港。
すぐに港の修復にかかり、次の戦闘に備えるのであった。
襄陽に、『湖陽港ヲ占領セリ』との知らせが届く。
それとほぼ時を同じくして、新野が劉埼軍の手に落ちたという知らせも届いた。
金旋
下町娘
下町娘「なんともまあ、あっさりと落ちましたね。新野城」
金 旋「孫権が北伐開始した影響だな。
曹操が寿春の方の増援を優先してたせいで、
こちらの方に兵を回す余裕がなかったんだろう。
しかし、新野を劉埼に抑えられるとちと困るんだよな……」
下町娘「困る?」
金 旋「新野は宛・許昌・西城などと襄陽を結ぶ要衝の地だ。
つまり、新野を我が領にしないことには他へ攻めるのは難しい」
下町娘「じゃあ、なんで新野をさっさと取らなかったんですか?」
金 旋「いや、流石にこうもあっさり落ちるとは思わなかったからな」
下町娘「では、今度は新野に侵攻ですか?」
金 旋「それはダメだ。連合組んでる相手を攻めることはできない。
ほら、俺って義理堅い奴だからして」
下町娘「世間の評判はともかく、実際はそうでもないじゃないですか」
金 旋「ハッキリ言ってくれるな……。
とにかく、今は攻められない。連合解消されるまで待つのみ」
下町娘「はーい」
さて一方、湖陽港では。
近くに現れた曹操軍の許猪隊2万をどうするかで緊急の軍議が行われていた。
許昌を発した許猪隊の目的は、どうやら湖陽ではなく、
手薄になった劉埼領の江夏を目指しているとのことであった。
静観すれば、戦わずにやり過ごすこともできるかもしれない。
『出撃して殲滅すべし』と強硬論を唱えているのは甘寧。
一方『無理に戦うことはない』と慎重論を唱えるのは霍峻。
魏延・陳応・卞柔は主戦寄り、金目鯛・魏光・蔡瑁は静観寄りである。
しかし魏延としては甘寧の意見に乗るのも癪なのか、あまり積極的ではなかった。
さて、何ゆえ軍議がすぐにまとまらないのか。
金玉昼
鞏恋
金玉昼「ババンババンバンバン〜」
鞏 恋「はーびばびば」
金玉昼「いい湯だにゃーっと」
鞏 恋「さっき軍議をするとかって知らせがきたけど、何だろ」
金玉昼「んー。なんか曹操軍が近くに来てるって話にゃー」
鞏 恋「ふーん」
金玉昼「まあ風呂上がってからでいいにゃー」
その原因は今、入浴中であった。
魏延
甘寧
霍峻
金玉昼「お待たせにゃー」
甘 寧「待たされましたな」
霍 峻「交戦か回避か。軍師のご意見を」
金玉昼「出来うる限り、曹操軍の戦力は削る必要があるにゃ。
というわけで、交戦」
魏 延「承知した。では出撃準備を」
蔡 瑁「先ほどまでの議論はなんだったんだ……」
陳 応「慣れてくだされ、これが我が軍のあり方なのです」
湖陽港より、魏延隊1万5千、甘寧隊1万が出撃する。
魏延隊は金目鯛・卞柔・金玉昼、甘寧隊は鞏恋・魏光・陳応が付き従う。
霍峻・蔡瑁は港へ残った。
さて一方、金旋軍出撃の報に色めき立つ許猪隊。
大将の許猪は、この知らせを聞くやすぐに隊を方向転換させる。
許猪
許 猪「ふん、魏延・甘寧の軍など、蹴散らしてやるぞぉ!」
さすがに虎痴とあだ名されるほどの猪武者である。
目の前に現れた敵に、猛然と向かっていくのであった。
許 猪「俺は許猪、字は仲康だあ!
誰か俺の槍を受けられる者はおらぬかぁ!」
甘 寧「吼えるな曹操の犬め! この甘興覇が相手してやる!」
かたや曹操軍随一の武勇を持ちし、許猪。
かたや金旋軍で一、二を争う勇将、甘寧。
この二人の一騎討ちを、両軍の兵は固唾を飲んで見守った。
許猪:武力96 VS 甘寧:武力94
許 猪「ぬおおおっ!」
甘 寧「やあっ!」
許猪はそのずんぐりとした体型からは予想できないほどの速さで槍を繰り出す。
甘寧も薙刀を振るい激しく斬りつける。
二人の猛将は、何合も打ち合った。
さすがに両軍を代表する武将の一騎討ちだけあり、ほぼ互角の戦いぶりであった。
果てしなく続くかと思われるほどの攻防であったが、
何度目かの打ち合いでわずかに甘寧が体勢を崩す。
許 猪「今だぁ! はあぁぁっ!」
甘 寧「ぐあっ!」
許猪は槍の柄で甘寧を馬上より叩き落した。
そしてすぐに、置き上がろうとする甘寧の鼻先に槍の矛先を突きつける。
紙一重の差での決着であった。
許 猪「この勝負、俺の勝ちだなあ」
甘 寧「むうっ……」
許 猪「それじゃあ、あんたには捕まってもらおうかぁ」
甘寧を捕縛するため、許猪が兵を呼ぼうとしたその時。
一筋の光が閃き、許猪の頭巾に当たった。
許 猪「あん……矢だぁ?」
許猪は驚き矢が飛んできた方向を見る……。
そこには、弓に次の矢を構え、狙いを定める鞏恋の姿があった。
鞏恋
鞏 恋「お引きなさい、許将軍。次は外しません!」
許 猪「むう……あんな遠くから俺の頭巾を射抜いたというのかぁ」
彼女のその弓の狙いの正確さに、許猪は驚愕した。
これほど正確に射ることのできる将は、許猪の知る限りでは、
曹軍きっての弓の名手である夏侯淵くらいしか知らなかった。
鞏 恋「甘寧将軍から離れなさい!」
許 猪「むう」
矢を構えたまま恫喝する鞏恋に、勇将許猪も思わず一瞬たじろいでしまう。
許猪は、整った顔立ちでこちらを見据える女将軍に対し、
幼子が母に対し抱く怖れのようなものを覚えた。
それと同時に、心の中に久しぶりに熱い感情がたぎるのを感じる。
許 猪「……なかなかいい女だなあ」
そのつぶやいた声は鞏恋には届くはずも無かったが、鞏恋はさらに表情を険しくする。
鞏 恋「許将軍!」
許 猪「わかったあ! だからそんな怖い顔すんなあ!」
許猪は手綱を引き、矢をかわせる体勢を維持しつつ、離れていった。
それを見て、金旋軍の兵が甘寧を救出する。
甘 寧「……すまんな」
鞏 恋「ん」
鞏恋は短く返事をすると、手勢を率いすぐに攻撃にかかった。
甘寧が負けたことで兵の士気は奮わなかったが、
それでも騎馬隊からの飛射攻撃で許猪隊の兵を倒していく。
魏光
魏 光「はぁ、流石です鞏恋さん」
甘 寧「ぼうっとしてないで、お前も早く行け!」
魏 光「は、はいっ!」
金目鯛「どっけどけー! 金目鯛様のお通りだぁ!」
卞 柔「我らも金目鯛殿に続け! 突進攻撃だ!」
許猪隊は一騎討ちの勝利で少しは有利になるかと思われたが、
鞏恋の攻撃を受け、また魏延隊の突進攻撃を食らい、ほどなく部隊は壊滅。
許猪は僅かな手勢を連れたのみで、許昌へと逃げていったのであった。
さて、許猪が戻った許昌では。
許猪
荀域
許 猪「あはは、負けちまったよぉ」
荀 域「金旋軍に阻まれましたか……。
先の曹仁将軍の敗戦といい、彼の勢力もなかなか侮れませんね」
許 猪「ああ、侮れねぇ。特にあの女将軍はおっかねぇ」
荀 域「女将軍……ですか」
許 猪「じゃあ俺はちぃと休むよ」
荀 域「はい。後はお任せください」
どすどすと去っていく許猪。
それを見送りながら荀域は、先ほどの許猪の言葉を考えていた。
荀 域「あの許猪将軍を怖がらせるほどの女……。
一体どんな外見をしておるのだろう?
想像するだに恐ろしい」
鞏恋
金玉昼
魏光
鞏 恋「くちゅん!」
金玉昼「ひゃー。びっくりしたにゃ」
魏 光「出陣で風邪でも引きましたか?
早めに休んだ方がいいですよ」
鞏 恋「別に、だいじょう……くちゅん!」
金玉昼「二回目ー」
魏延
魏 延「そういえば」
魏 光「わ、いきなりなんです父上」
魏 延「くしゃみをすると人が噂をしていると言うではないか」
魏 光「そういえば、そんなこと言いますね」
魏 延「二回くしゃみはなんであったかな? 悪口だったか?」
魏 光「さあ……」
鞏 恋「たしか、『二回くしゃみは惚れられ』らしいよ」
魏 光「な、なんですと!
だ、誰だ噂をしてるのは! 破廉恥な!」
魏 延「噂するだけで破廉恥とな……。
我が息子もまだまだ青いな」
金玉昼「それだと、普段やらしい視線を送ってる人は、
一体どういう扱いになるのかにゃー」
魏 光「な、なんとっ!? そんな奴がいるのですかっ!?
ゆ、許さん、私が懲らしめてやる!
どこにいるんです、そいつは!?」
金玉昼「ん」
……玉の指は魏光の方を指している。
魏 光「え、私の後ろ……には誰もおりませんが?」
金玉昼「そーじゃなくてー」
魏 光「なっ……もしや、そのやらしい奴とは私のことですかっ!?」
魏 延「自覚なかったのか」
金玉昼「それとも周りにバレてないとでも思ってたのかにゃ」
魏 光「い、いや、た、確かに私は鞏恋さんに注目していることは
多々ありますが、それは決してやましい感情ではなく、
武将としても女性としても素晴らしい鞏恋さんを憧憬の念をもって
注視しておるわけでありまして、その……」
金玉昼「焦ってる焦ってる」
魏 延「何を慌てる必要がある、息子よ!
どーんと行け、どーんと!」
魏 光「そんな、人事だと思って!」
鞏 恋「光ちゃん」
魏 光「は、はひぃ?」
鞏 恋「いつも見てたの?」
魏 光「ま、まあ……そうです」
鞏 恋「えっち」
魏 光「おぁーーーーーーー!」
魏 延「あー。走り去ってしまったな」
金玉昼「からかい過ぎたかにゃー」
鞏 恋「魏延さん、フォローよろしく」
魏 延「うむ、任せろ。息子の軟弱な心を叩き直してくれん」
魏延は魏光を追って出ていった。
金玉昼「で、本当のところ、
恋ちゃんは魏光さんをどう思っていまひる?」
鞏 恋「んー。下僕」
金玉昼「下僕て……」
鞏 恋「今後の展開は、本人の努力次第」
金玉昼「はあ。魏光さん、前途多難だにゃ」
鞏 恋「全くだね」
霍峻
霍 峻「ちなみに噂をするとくしゃみをするというのは、
1回が褒められ、2回がそしられ、3回が惚れられ、と言われてます。
4回以上は風邪か花粉症ですので、早めの対策が必要ですね。
それでは」
金玉昼「……今のは何だったのかにゃ」
鞏 恋「おばあちゃんの知恵袋?」
許猪隊を撃破した魏延ら湖陽の部隊。
次の出撃まで、彼らはその身体を休めるのであった。
魏 光「うっうっ、ぐすぐす」
魏 延「泣き止め息子よ。男子たる者、常に堂々と在れだ」
願わくば、この少年に立ち直るための時間を。
つづく。
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