211年3月
襄陽。
金旋は、東から届いた密偵からの報告書に目を通した。
それの内容は「江東の孫権、軍を発し寿春へ侵攻」となっていた。
金旋は金玉昼を呼び、これについて協議する。
金旋
金玉昼
金玉昼「旧髭親父の本拠だった、今は曹操領の寿春に侵攻したらしいにゃ。
兵をどんどん投入する物量作戦で寿春城の兵を圧倒。
戦況は孫権軍が有利らしいとの報告にゃ」
金 旋「流石に信望1位(※1)の実力は伊達じゃないってか……」
(※1 孫権は反曹操連合の盟主になったりして人心を集めているため、
この時点では曹操を抜き信望1位になっている)
金玉昼「ちちうえ、孫権軍を舐めてたでしょ」
金 旋「……確かにまあ、人材は多いが、今まで異民族としか戦わず
曹操とは睨み合うことしかしてなかったからな。
孫権という男を過小評価してたのは確かだ」
金玉昼「寿春を奪ったら、次は劉埼の江夏を攻める可能性があるにゃ」
金 旋「江夏に来られるのは困るな〜。
劉埼の将は根こそぎ俺の配下にしたいし、
江夏城も射台(弩を発射できる台)がついてて防衛に向いてる。
ぜひ自軍領にしておきたい」
金玉昼「江夏を奪われるだけならまだいいにゃ。
もしかすると、襄陽・江陵に進軍してくる可能性もありまひる」
金 旋「ははは、まさかぁ。だって一緒に反曹操連合組んだ仲じゃないか。
曹操を放置してこっちに来るなんて有り得ないって」
金玉昼「以前同じように連合組んでた金旋と劉表は、その後どうなったかにゃ〜」
金 旋「む……」
金玉昼「結局、そんな繋がりなんてすぐに切れてしまうものなのにゃ」
金 旋「むむむ。ならばどうしろと?」
金玉昼「結局この世は金次第。金を贈っておくのにゃ。
一時的にしろ、少しの間は信頼関係を築けるはずにゃ」
金 旋「……まあ、金には余裕あるし、将来の保険と考えれば安いもんかな」
金玉昼「使者には魏劭さんを推薦しときまひる」
金 旋「魏劭?」
金玉昼「使者として申し分のない人にゃ。それに暇しているようだし」
金 旋「一応零陵の太守としているわけで、暇ってわけでもないけどな……。
まあいい、魏劭に金を持たせて孫権の元に送ってくれ」
金玉昼「承知したにゃー」
秣陵。
金旋の命を受けた魏劭は、金1万を持ち孫権の居城へと来ていた。
孫権
魏 劭「孫権様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
孫 権「挨拶はよい。して、金旋どのの使者が何用か?」
魏 劭「は。殿は、山吹色の菓子をお贈りしたいと申しまして。
これを孫権さまに……」(キラーン)
孫 権「……ふむ、確かに山吹色の菓子だな。して、何が望みか?」
魏 劭「いえ、望みなどは滅相もない。
ただ孫権さまとよしみを結びたい、という殿のお気持ちにございます」
孫 権「ふふふ、左様か。ならばこの菓子受け取っておこう」
魏 劭「ははっ」
孫 権「しかしそちも悪よのう」
魏 劭「いえいえ、孫権様には及びませぬ」
二 人「はーっはっは……」
孫 権「……はっはっは……って何で私が悪なのだ!?」
魏 劭「は、ははーっ! 申し訳ございませぬ!」
孫 権「ん。まあよい、私も悪ノリした。
使者どのも長旅で疲れたろう。江東の珍味でも馳走しようぞ」
魏 劭「ありがとうございまする!
いやあ、公務で旅したうえにご馳走までいただけるとは……。
使者とはいいものですなあ」
孫 権「……」
魏劭はその後、小さいながら宴の席を用意され、もてなされた。
席に、江東のさまざまな珍味が並ぶ。
魏 劭「ウホ〜! こりゃあ美味そうですなぁ……。
ホントにこれ戴いてもよろしいのですか?」
孫 権「大事な使者どのだ、これくらいの料理を出さねば礼に欠けるというもの。
まあ、まずは一献」
魏 劭「恐縮でありまする〜!」
孫権に酌を受け、初めて食す珍味に舌鼓を打ちご機嫌になる魏劭。
食が進み、ほどよく酔ったところで、孫権から質問を受けた。
孫 権「この孫権、金旋どののここ数年の躍進、驚きの目で見ておる。
一体その強さはどこから来るものなのか?」
魏 劭「は。それがしも途中より臣下に加わりましたので、
最初の頃は知りませぬが……。
軍略に優れし軍師、武略に優れし武将。
この2点において、我が軍は他の勢力に引けを取らぬと思いまする」
孫 権「ほう。家臣の力ということか。
して、その軍師とは?」
魏 劭「はい。軍師の名は金玉昼、殿の娘であります」
孫 権「ふむ。以前は違う者が軍師であったと聞くが……」
魏 劭「は、劉髭という老軍師がおりましたが、2年ほど前に亡くなりました。
その後に、殿の娘である金玉昼が軍師となったのです。
歳は若年でありますが、家臣団一の頭脳を持っており、
殿の良き相談役となっておりまする」
孫 権「左様か。では、武官筆頭の将は誰か?」
魏 劭「筆頭、となると魏延でございましょうか。
荊南平定戦、劉表・劉埼との戦、曹操軍との戦、全てにおいて活躍、
軍随一の武勇を誇っておりまする」
孫 権「ははは、内は金玉昼、外は魏延か」
魏 劭「……な、何か可笑しいでしょうか?」
孫 権「いや、金旋どのも大変であろうと思ってな。
確かにその両名は有能であろう。
しかし、全てを任せられるほどの人物ではないと思うが?」
魏 劭「さ、左様でございましょうか?」
孫 権「私も詳しくは知らぬが、軍師金玉昼は若年の娘、
軍略を支えることはできても、人の上に立てる存在ではあるまい。
また、魏延は一武官としては優秀であろうが、大将の器ではない。
上においてはいさかいを起こし、揉め事の種となろうな」
魏 劭「……」
孫 権「あ、いや、失礼したな。他家の者が口を挟むことではなかった。
今のことは忘れて、宴を楽しんでくれい」
魏 劭「は……」
さらに宴は続き、魏劭も今の問答は忘れ楽しんだ。
翌日、魏劭は無事に役目を果たしたことで国へと戻る。
零陵へ戻る前に襄陽に立ち寄り、金旋に結果を報告した。
金 旋「で、どうだった?」
魏 劭「はい、そりゃもう、上海蟹・フカヒレの姿煮などなど、
江東の珍味をガッツリ頂いてきました!」
金 旋「だーれーがーんーなーこーとーきーいーたー」
魏 劭「は、はっ、もちろん殿にもお土産を……」
金 旋「がーっ! 何しに行ったんだお前は!?」
金玉昼「どうどう、ちちうえ。
……魏劭さん、贈物は無事に渡してもらえましたかにゃ?」
魏 劭「は、はい。孫権はことのほか喜んでおりました」
金 旋「最初っからそう言え。全くもう」
魏 劭「は、はあ、申し訳ございませぬ」
金 旋「他には、何か言ってなかったか?」
魏 劭「そうですな……あ、そういえば……」
魏劭は宴の席でのやりとりを話した。
魏 劭「……それがしには、いまいちピンと来ないのですが」
金 旋「ふん……孫権め。若造のくせによく見てるな」
魏 劭「と、いいますと?」
金 旋「玉はわかるか?」
金玉昼「大軍を統括する都督となる将がいない、ということにゃ。
軍略・指揮に優れ、将たちを動かすことのできる大将……。
孫権軍で言えば、周瑜がそんな感じにゃ」
金 旋「ま、そういうことだ。
玉は軍略には優れるが、兵を指揮する能力はさほどではない。
魏延は部隊長としての指揮能力はあるが、
性格に多少難があり、また大局を見る目は劣る」
魏 劭「じきにそのような将が必要となる、というわけですか。
しかし、そのような者がおりまするか?」
金 旋「野に下っておるか、敵軍にいるか……。
何とか見つけ、登用せねばならんな」
金玉昼「そう簡単にはいかないと思うけどにゃ」
魏 劭「はあ。……では、そろそろ失礼いたしまする。
零陵に戻りますゆえ……」
金 旋「待て」
魏 劭「は、まだ何かございましたか?」
金 旋「その小脇に抱えた土産物は置いてけ。要らんわけではない」
魏 劭「は、はあ」
金玉昼「ちちうえも食い意地が張ってまひる」
金 旋「うるさいな。
さ〜て、中身は何かな〜♪ 蟹かフカヒレか〜?」
魏 劭「あ、いえ、なま物は悪くなってはいけないと思い、
揚州で今年よく獲れたものの佃煮を持って参りました」
金 旋「ほう、佃煮とな……って、
な、なんじゃこりゃぁああああ!?」
魏 劭「今年獲れましたイナゴでございまするが?
カルシウムが豊富でございますぞ」
金 旋「イナゴなんぞここらでも獲れるわ!
つーか『よく獲れた』じゃなくて『被害を受けた』だろ!
それに俺はイナゴが苦手なんだ〜!」
金玉昼「ちちうえ、好き嫌いは良くないにゃ」
金 旋「好き嫌い以前の問題だ!
虫なんか食えるかっ!」
金玉昼「……最近ちちうえ、怒りっぽいにゃー。
ここはカルシウム補給した方がいいにゃ」
魏 劭「そうですなぁ」
金玉昼「魏劭さん、ちちうえをちょっと抑えてくださいにゃ」
魏 劭「はい」がしっ
金 旋「な、何をするお前ら!? 離さんか!」
魏 劭「すぐ済みますから、我慢ください」
金玉昼「ほーらちちうえ、お口を開けて〜」
金 旋「ちょ、ちょっと待……(がきっ)←口を抑えられる音
もががががががが!!」
ざらざらざらざら
金 旋「○△☆※〒∀&◎!!!?」
金玉昼「ほーらちちうえ噛み噛み〜」
バリッバリッボリッボリッ
金 旋「おごろぐぇふにょぐはああぁぁぁ!!」
城内に金旋の声にならない悲鳴が響いた。
なお、この悲鳴を聞いた者の話に尾ひれが付き、
「襄陽城には奇声をあげる亡霊が出る」との噂が広まったという……。
……さて、その翌日。
金旋
下町娘
下町娘「おはようございまーす。
昨日は華陀先生と会って来ましたよ〜」(←探索帰り)
金 旋「……そうか」
下町娘「なんだか元気ないですねぇ……」
金 旋「気にしないでくれ……俺も思い出したくないんでな。うぷ」
下町娘「そうですか? でも……。
あ、華陀先生に聞いてきた健康法を試すと元気出るかも?」
金 旋「健康法?」
下町娘「はい、これを食べてカルシウムを補給すれば……」かぱ
金 旋「い、いやぁぁあぁあぁぁ!!
もうイナゴはいやぁぁぁああっぁぁああぁ!!」
金旋は自室に駆け込み、その日は外に出てくることはなかった。
次の日、『城内イナゴ持ちこみ禁止』との布令が出されたという。
さて。
少し目を移して、孫権の動向を追ってみよう。
魏劭が帰路に着いた頃、孫権は重臣の張昭とこんな会話を交わしていた。
孫 権「金旋の方から使者を送ってくるとはな」
張 昭「こちらから送る手間が省けたというもの。
これで、曹操との戦いに集中できますな」
孫 権「うむ。しかしあのような田舎者を使者を使うとは、
金旋軍もさほど人材はおらぬようだな」
張 昭「急速に勢力を伸ばしたためでございましょう。
やはり曹操を共同で倒し、後々でゆるりと併合されるべきかと」
孫 権「そうだな、まずは曹操だ」
孫権は孫権で、今後の曹操軍との戦闘のために
金旋との関係を良好なものにしておきたかったのである。
この言葉を裏付けるように、同年7月には孫権の呼びかけで反曹操連合が
再度結成された。
金旋・劉埼と連合関係になり後顧の憂いのなくなった孫権軍は、
7月に寿春を陥落させるとそこを足掛かりに、汝南、小沛を攻撃してこれも陥落。
年が明けて212年1月には、下[丕β](カヒ)を攻め落とし、
まさに連合盟主に相応しい勢いを見せつけた。
この後は曹操軍の必死の反撃もあり戦線は一進一退となるのだが、
これによって曹操軍は防衛・都市奪還に多くの兵を割かねばならなくなった。
このことが、今後の荊州の戦局に大きな変化を与えるのである。
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