211年3月
襄陽。
ここしばらくは、戦いでボロボロになった城壁の改修が行われていた。
本来は統率力に優れる武官向きの仕事なのだが、主要な武官が隆中へ
出払っているため、君主の金旋、軍師の金玉昼らも改修の指揮を執っていた。
そんなある日のこと。
金旋
金玉昼
金 旋「……うーーーー」
金玉昼「うにゃ?」
金 旋「うがああああ!!」
金玉昼「な、なんなのにゃー」
金 旋「飽きた」
金玉昼「……何が?」
金 旋「まいにっち まいにっち ぼくらは襄陽でぇー
改修ばっかで いやになっちゃうよぉー」
金玉昼「……しょうがないまひる、城壁を直すのが最優先にゃ」
ギュイーン ドリドリドリ ギュババババ
シュバーー チュイーン ガガガガガ
金 旋「まあ……直さなきゃならんのはわかるけどな。
しかし、城壁直すのにこういう音は普通しないと思うんだがなぁ」
金玉昼「城壁修復専門の特務部隊にゃ。最先端の技術を駆使してるにゃり」
金 旋「最先端ねえ……。それより、改修ばかりで飽きちまったよ。
たまには違うこともやらせてくれ。
ほれ、巡察とか商業とかー」
金玉昼「ちちうえアホだからダメにゃ。金が勿体ないにゃり」
金 旋「ぐああーーーー!
なんとはっきり言ってくれる娘かああーーーーー!」
金玉昼「はっきり言って改修にも向いてないけど、
まだ他やらせるよりはマシということでやってもらってるのにゃ」
金 旋「おおぅ……亡き妻よ……。俺は娘の育て方を誤った……。
もっとおしとやかで人の心を理解するよう教育すべきだったぞ……」
金玉昼「むむ、酷い言い方にゃー。
裏表のない性格と誉めてくれる人もいまひる」
金 旋「いや、裏表なさすぎだから」
そのとき、城外より金の旗を掲げた部隊が襄陽城へ入ってきた。
金玉昼「……あ、兄者たちが帰ってきたみたいにゃ」
金 旋「お、着いたか。じゃ、中に戻って茶でも出さんとな」
隆中港より金目鯛以下、魏延・甘寧など主立った将が襄陽へ戻ってきた。
近隣の曹操軍の兵力を見て、しばらくは戦闘はないとの判断からである。
なお、隆中の守備は刑道栄に任せてある。
金目鯛「戻ったぞー」
金 旋「ん、ご苦労さん。……お?」
金目鯛「ん?」
金 旋「ああ〜ヒゲ生やしたのか。なんか以前と雰囲気が違うから」
金目鯛「ああ、なんか毎日剃るの面倒になったんで」
Before →
After
金 旋「なんか貫禄がついてきた気がするぞ。
……貫禄といえば、どうだった、大将をやった感想は」
金目鯛「胃に穴開くかと思ったよ……もう勘弁だ。
今後、魏延・甘寧の両名は俺の上で頼む」
金 旋「わかった、それは考えておこう。
……で、やはり魏延と甘寧は合わないのか?」
金目鯛「ああ、水と油か、犬と猿か。とにかく顔合わせれば言い争いだ」
金 旋「むう。あの2人には、今後の我が軍の双璧として活躍して
もらおうと思っているんだがなあ」
金目鯛「どっちもプライド高いからな。
相手より自分の方が上だ、と互いに思ってるんだろう」
金 旋「いかんな。どうにか2人の融和を図りたいものだが……。
なにかいい方法はないものかな」
金目鯛「うーん、思いつかねえなあ」
下町娘
下町娘「そういうことでしたらお任せを〜!」
金目鯛「おわ、びっくりした」
金 旋「む、町娘君。何かいいネタがあると?」
下町娘「はい! 男同士を愛し合わせる方法でしたら私にお任せですー」
金 旋「……なにかいい方法はないものかな」
金目鯛「うーん思いつかねえなあ」
下町娘「わーうそうそ! うそですぅ!
男同士の友情を育ませればいいんでしょう!?」
金 旋「うむ、まあ妖しい雰囲気漂う言葉だが、要はそういうことだな」
下町娘「でしたら相場は決まってるじゃないですか。
『拳と拳で語り合う』、これですよ」
金目鯛「……そんなんでいいのか?」
下町娘「いいんですよ。
……これまで、二人とも言い争うばかりで、手は出してないですよね」
金 旋「一応は大人だから、そこは弁えてるんだろうな」
下町娘「でも、それじゃ相手が憎たらしくなるばかりで、解決にはなりません。
そこで、金旋さまが二人に試合をさせるんです。
拳と拳で語り合う二人、そして互いは認め合い、愛を育……」
金 旋「コラコラ愛は違うぞ、愛は」
下町娘「コホン、友情を育んでいくことでしょう。
……どうでしょうか?」
金 旋「んーむ。なんか妖しさを感じるが、まあ試してみてもいいかもな」
金目鯛「マジかよ……ますます仲悪くなっても知らねーぞ」
金 旋「まあまあ、そうは言うがな。よく考えてもみろ」
金目鯛「ん?」
金 旋「あの我が軍屈指の武勇を誇る二人が戦い合うんだぞ」
金目鯛「む」
金 旋「見てみたいとは思わんか」
金目鯛「た、確かに」
金 旋「というわけで金目鯛もOKだそうだ」
下町娘「……金旋さま、ただ単に娯楽に餓えてるだけですね?」
金 旋「はっはっは、バレたか」
金旋は下町娘の進言を容れ、甘寧と魏延に格闘試合をさせることにした。
表向きは、訓練の一環として兵士に模擬格闘戦を見せる、となっている。
だが、当日の訓練場は、さながら超人オリンピック決勝戦のような
異常な興奮に包まれた。
魏延
鞏恋
鞏 恋「ま、頑張って」
魏 延「ふふん、まあ任せておけ」
甘寧
蛮望
蛮 望「甘寧様、あまり無茶をしちゃ、ダ・メ・よ? ウフン」
甘 寧「……何でお前が俺のセコンドなんだ?」
下町娘
金旋
金玉昼
下町娘「さあ、期待と興奮に包まれております、この襄陽アリーナ!
世紀の一戦、金旋軍チャンピオンシップシングルマッチ!
魏延VS甘寧が行われようとしております!
実況は私、『金旋軍の舞姫』下町娘が担当させていただきます」
金 旋「……まいひめ?」
金玉昼「……いつ舞ったのかにゃ?」
下町娘「はい、試合開始まで時間がありませんのでサクサク進行いたします!
解説は金旋さん、金玉昼さんです。よろしくお願いします」
金 旋「う、うむ、金旋だ。よろしく」
金玉昼「『金旋軍の才姫』金玉昼にゃー。にゃんにゃん」
下町娘「さて、リング上では早くも両者が見詰め合っています!
両者、早くもハートは燃え上がっているようです!」
金 旋「み、見詰め合うってのはどうなんだ? 『睨み合う』だろ、普通」
魏 延「……今日はどちらが上か、はっきり白黒つけさせてもらう」
甘 寧「ふふん、あまり無茶をして怪我をするなよ」
金目鯛「両者とも、反則行為はナシな」
下町娘「レフリーの金目鯛が両者のボディチェックをしている間に、
解説のお二方にお聞きしましょう。
プロレスリングルールで行われる今回のこの戦い、
かたや『反骨ファイター』魏延文長、かたや『ヒゲ魔人』甘寧興覇。
実力伯仲の好勝負が期待出来ると思いますが……。
金旋さん、金玉昼さん、どういった展開を予想されますか?」
金 旋「そうだな、やはり熱くなりやすい魏延が先に仕掛けていくと思うな。
それを甘寧がどうさばくかだ」
金玉昼「魏延さんのパワー技、甘寧さんのスピード技が見所だと思われまひる」
下町娘「鍛え抜かれた肉体のぶつかり合いも見所ですね!
ううむ、なかなか楽しみですジュルジュル」
金玉昼「町娘ちゃん、よだれよだれ」
下町娘「ふきふき……失礼しました。さあ、いよいよ試合開始です!」
カーーーーン
下町娘「さあ、ゴングが鳴りました!
むむ、しかし両者とも仕掛けずに見詰め合ったままです!」
金 旋「だから睨み合いだって」
金玉昼「どうしてもそっち方面に持っていきたいみたいだにゃー」
下町娘「おっと、先に動いたのは魏延の方だ!」
魏 延「先に仕掛けさせてもらうぞ!」
甘 寧「……!?」
下町娘「おおーっとロープに飛んだ魏延、その反動を利用しそのまま
甘寧へ突進攻撃だーっ!」
魏 延「以前、殿に食らった『ハリケーンミキサー返し』を参考に編み出した、
『ハリケーンミキサー』だ! 食らえっ!」
甘 寧「ぬうっ!!」
下町娘「あーっと、いきなり大技、ハリケーンミキサー!
頭から体当たりし、インパクトの瞬間に捻りながら甘寧を跳ね上げました!
甘寧の身体が宙に舞う! 試合開始そうそう決まってしまったかーっ!」
金 旋「……普通オリジナルがあっての『返し』なんだけどなあ。
順番が逆じゃないか?」
金玉昼「深く追求しちゃいけないまひる。
大体オリジナルを食らってないのに『返し』を出したのはどこの誰にゃ?」
魏 延「見たか、これでどちらが上かわかっただろう」
甘 寧「ふん、その程度か」
魏 延「……なにぃ!?」
下町娘「おーっと! 甘寧は無傷! 無傷です!
大きく跳ね飛ばされたと思いましたが、しっかりと着地しております!
なんというバランス感覚かーーーっ!」
魏 延「な、なんと……私の渾身の一撃がっ!」
甘 寧「戦いとは力で決まるものではない。
どれだけ的確な攻撃を決めるか、だ。……はあっ!」
魏 延「があっ!」
下町娘「おーっと!甘寧の突き刺すような蹴り!
魏延を真後ろに吹っ飛ばしたーーーっ!」
金 旋「モーションは大きくないが、しっかり体重を乗せて蹴っている。
スピードも申し分ない、破壊力抜群のキックだな」
金玉昼「確か甘寧さん、今年50歳だったような……。
それであんな動きができるなんて、すごいにゃー」
金 旋「……歳の話はナシだ、玉」
金玉昼「はいはい、自分の歳思い出すからダメって言うのにゃ?」
下町娘「おーっと、魏延、よろけながらも立ち上がる……。
しかしダメージは残っているようです!」
魏 延「くそっ……! 俺より新参の将に舐められ、なおかつ蹴りまで
食らわせられるとは!」
甘 寧「古参も新参もない。今あるのはどちらが強いのか、それだけだ!」
魏 延「ぐあっ! ぐふっ!」
下町娘「あーっと! 甘寧、動きの鈍い魏延にラッシュ攻撃だーっ!
キック、パンチ、膝蹴り、肘打ち、裏拳……。
スピーディで隙のない攻撃が次々と繰り出されます!
このまま一気に決めてしまおうというのかっ!?」
金玉昼「これでは一方的過ぎるにゃー」
金 旋「いやいや。ここからが魏延の真骨頂だ。タフだぞーあいつは」
甘 寧「ハァ、ハァ、まだ倒れんのかっ!」
魏 延「ぐっ……まだまだ!」
下町娘「次々と攻撃をヒットさせる甘寧、しかし魏延倒れません!
なんという執念でしょう!」
金玉昼「甘寧さんの方も疲れ出していまひる。やはり50歳という年齢が……」
金 旋「それは言うなと」
下町娘「しかし魏延もフラフラです!
これ以上の攻撃に耐えられるのでしょうか!?」
甘 寧「はあっ!」
魏 延「ぐっ……」
下町娘「大蹴りにより、魏延、あお向けに倒れたーっ!
しかしようやくダウンを奪った甘寧ですが、まだフォールはしない!
そのままフラフラとコーナーに向かうがーっ!?」
金玉昼「決めに行くつもりにゃ」
金 旋「ああ、大技で一気に決めようってハラだな」
甘 寧「ハァハァ……流石だな、ここまで俺を本気にさせたのはお前が初めてだ。
だが、これを食らえば、立ち上がることは不可能……!
うおおおおおお!」
下町娘「コーナーを登った甘寧……ここからどうしようというのかっ!」
金 旋「この技は……夢雲猿吐布零雛かっ!?」
夢雲猿吐布嶺主。
現在はムーンサルトプレスと名を変え現代マット界に伝えられている。
派手で破壊力もある技であるが、コーナーを登ってジャンプするまで
相手がマットに倒れていないとならないため、相手が立ち上がれない時に
放つ決め技にしか使えない。
なおこの技の名は『夢の中、山の嶺で猿が飛び跳ねたと思ったら、吐いてしまう
ほどの強力な打撃が天より降ってくる』という意味から来ているらしい。
(民明書房刊『三国志における格闘技』より)
下町娘「甘寧、振り向きざま飛んだぁーっ!」
魏 延「……かかったなっ!」
甘 寧「なにいっ!?」
下町娘「おーっと魏延、ふらつきながらも立ち上がっている!
何をしようというのかっ!?」
金 旋「も、もしや……アイツはこのときを狙って!?」
魏 延「待っていたぞ、貴様が大技を放つ時を!」
甘 寧「お……お前もしや!?」
魏 延「この体勢では、俺の攻撃をさばくことなどできまい!
お前の言った『的確な攻撃』、フルパワーで決めてやるぞ!」
金玉昼「なんか飛び上がってから時間がかなり経ってる気がするにゃー」
金 旋「野暮なことは言うな、玉よ。これがお約束というものだ」
下町娘「魏延、甘寧が落ちてくるのを待ち構えている! 出るか必殺技!?」
魏 延「食らえ!
カウンターハリケーンミキサー!!」
甘 寧「ぐああああああああっ!」
下町娘「決まったーっ! モロに入ったーっ!
甘寧の身体は空高く舞い上がり、今ようやく落ちてきた!
今度は着地はできないーっ!」
金 旋「決まったな」
金玉昼「ここから立ち上がったら化け物にゃ」
下町娘「さあ魏延、フォールに向かう……」
バキィッ!
魏 延「ぐおっ……」
蛮 望「ちょっと! アタシの甘寧さまに何すんのよ!」
下町娘「あ、あーーーーっと!?
セコンドの蛮望が乱入です!
椅子を持って乱入! 魏延を滅多打ちだーっ!」
金 旋「なにやってんだあのオカマは!」
金玉昼「あれは恋する乙女の目だにゃー。
恋するオカマは彼のことを思うと熱くなって乱入しちゃうのにゃ」
蛮 望「甘寧さまは私が倒させないわっ! ていていてい!」
下町娘「なんということでしょう、決まりかけた試合がわからなく……。
あーっとレフリー金目鯛、両手を振ってます、これは没収試合のアピール!
試合が続けられないとの判断でしょうかっ!?
没収試合です! 没収試合!
なんという、なんという幕切れかーーーっ!」
カンカンカンカン……
下町娘「ゴングが鳴らされますが、しかし蛮望、頭に血が上っている!
誰彼構わずに攻撃しまくり! 暴れまくっております!
兵が総掛かりで止めに入りますがなかなか止まりません!」
蛮 望「くわーーーーっ!」
下町娘「大混乱の場内ですが、放送はここで打ち切らせていただきます!
実況は私、『金旋軍の歌姫』下町娘でした!」
金 旋「……うたひめ?」
金玉昼「……いつ歌ったのかにゃ?」
下町娘「解説は金旋さん、金玉昼さんでお送りしました。
それではこの襄陽アリーナより失礼いたします!」
ちゃーちゃちゃーっちゃ ちゃっちゃちゃっちゃちゃ
(↑プロレス番組のあの音楽)
……その、翌日。
魏 延「あの試合は私の勝ちだった。それをあのオカマが!」
甘 寧「何を言うか。あそこから俺の反撃が始まるはずだったのだ。
没収試合に助けられたな」
魏 延「なんだとっ!?」
金 旋「結局、なんも変わんねーな……」
金玉昼「むしろ、いさかいの種を増やしたような気がするにゃー」
下町娘「いえいえ、大きく変わりましたよ。
没収試合になったときはどうしようかと思いましたけど、
一応引き分け扱いになりましたので、ちゃんと成立しましたから」
金 旋「ん? 何の話だ?」
金玉昼「あーっ! 町娘ちゃん、賭けやっていたのにゃ!?」
下町娘「ふっふっふ、さすが世紀の大決戦。
乗る人数も金額もかなりのものでしたよ。
引き分けに張った人もほとんどいなかったので、
そりゃもう、かなり美味しい思いさせていただきました」
金 旋「町娘ちゃん……その金はどこに?」
下町娘「退職した時のために積み立てておきました〜。ぶいっ」
金目鯛「し、しっかりしてるな」
金 旋「まあ……今回はいいが、今後賭けの時は俺を通すように。
ダメとは言わんから」
金玉昼「……自分も賭けたいだけにゃ」
金 旋「うむ。そうとも言う」
下町娘「はい、わかりました」
金 旋「しかし……当初の目的は達せずじまい、か」
鞏 恋「そうでもないよ」
下町娘「あら、恋ちゃん」
金目鯛「……どこがそうでもないんだ?」
鞏 恋「あの二人、やりとりを楽しんでる」
金 旋「ふむ。そう言われてみれば……前みたいなピリピリした感じはないな」
金目鯛「そうかあ? 俺にはさっぱりわからんが」
金玉昼「少しは相手を認めるようにはなった、ということにゃ」
金 旋「ま、世の中『喧嘩するほど仲がいい』というからな」
下町娘「そーですそーです。喧嘩するほど好きなんですよ」
金 旋「いや、そっち方面に話を持っていかないで欲しい」
魏 延「ふふん、そのヒゲ、まるで蚊取り線香だな!
次より蚊取り甘寧と呼んでくれよう!」
甘 寧「それよりお前、パンチパーマにしてみないか?
ドリフの雷様コントに素で出れるぞ!」
金 旋「……しかし、周りにはいい迷惑だな」
金玉昼「全くにゃー」
魏延文長と甘寧興覇。
ずっと金旋軍の中心となり戦い続けるこの二人は、その仲の悪さから
『金旋軍の犬猿』とあだ名されるようになった。
だがこの二人が共に戦場に現れると、金旋軍は無敗を誇ったという。
なんとも不思議なものである。
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