210年某月。
金旋
金玉昼
江陵。
劉表からこの地を奪い取った後、金旋は武陵より家財をこちらに移した。
その邸宅の中庭の一画には、武陵より持ちこんだ鉢植えが並べられ、綺麗な花や実が成っていた。
金玉昼はそこに金旋の姿を見つけ、声を掛ける。
金玉昼「ちちうえー? 何やってんのかにゃー」
金 旋「おう、玉。見てのとおりだ」
金玉昼「えーと、
歳食ったボケ寸前のおやぢが盆栽の世話をしていまひる……」
金 旋「酷い言いぐさだな……。少しは歯に衣着せてくれい。
それに盆栽じゃなくて鉢植えだ」
金玉昼「ごめんにゃー、つい本音が」
金 旋「本音かよ!」
金玉昼「……あ、あー、この花、蕾みがかなり膨らんでるにゃー。
そのうち咲きそうだにゃ」
玉がごまかし半分で指差した鉢には、確かに膨らみ始めた赤い蕾みがあった。
それは他のものよりも古っぽく、年季を感じさせる鉢だった。
茎も太くしっかりして見事であり、盆栽と言った方がしっくりくる感じである。
金 旋「ん、ああ、これか……。早いものだな、これで4回目か」
金玉昼「……4回目?」
金 旋「ん、玉はまだ知らなかったか。この花は特別なんだ」
金玉昼「特別……?」
小首を傾げる玉。
ちょうどその時、どすどすと音を立てて金目鯛が屋内より出てきた。
金目鯛
金目鯛「うぃーい。何やってんだ〜?」
金 旋「お、目鯛か。目鯛にはこの花の話は以前したっけか?」
金目鯛「あー。10年に一度咲くって奴か?
思い出の品だっては聞いたが、細かい話は知らないな」
金 旋「おや、そうだったか。
……そうだな、よし、お前たちにあの頃の話をしてやろう」
金玉昼「あの頃?」
金 旋「ああ。俺がまだ駆け出しだった頃……。
官を受けて間もない時のことだ……」
☆☆☆
(これは金旋の若い頃、黄巾の乱よりも前の時代の話です。
内容はリプレイの設定に基づいたものであり、
史実・演義とも食い違うところはありますがご了承ください)
洛陽。
漢の首都であるこの地は、中華全土より人が集まってくる。
乱世の姦雄と評された曹操孟徳。名家に生まれた彼も、官を受けこの地の北部尉となっていた。
五色棒なるものを手に厳格な取締りを行う曹操を人々は恐れ、しかしその才を賞賛する者もおり、
彼の名声はいい意味でも悪い意味でも高まっていった。
さて。
その洛陽に曹操と同じく漢の名家に生まれ、後に曹操と相争う男がやってきた。
名を金旋という。
前漢の名臣、金日テイの子孫である彼は、中央に召され官を受けていた。
この後、彼は有能な官吏として名を挙げることになる。
☆☆☆
金玉昼「ダウトーッ!!」
金 旋「な、何がダウトだ!」
金玉昼「ちちうえが有能な官吏になるわけないにゃ!」
金目鯛「確かにそうだな」
金 旋「失礼な! これでも仕事は真面目にやってたんだぞ!?」
金玉昼「真面目でも有能になるとは限らないにゃー」
金 旋「……ああ悪かったね! 確かに有能ではなかったよコンチクショウ!」
金目鯛「まあまあ、話を続けてくれよ」
金 旋「うむ……気を取りなおしていくぞ」
☆☆☆
曹操と金旋。
この2人が出会ったのは、そんな頃だった。
この頃、金旋は自分の邸宅は持たず、洛陽の名士である李氏の館に世話になっていた。
金旋の父と旧友である李氏は顔が広く、朝廷の高官とも付き合いのあるほどの人物である。
李氏と金旋は、向かい合って碁を打っていた。
李 氏「どうかね、仕事の方は」パチン
金 旋「はい。まだまだ慣れませんが、以前よりはマシになってきたかと」パチン
李 氏「左様か。だが、碁の方はまだまだマシにはならんのう」パチン
金 旋「むっ……むむむ!?」
李 氏「はっはっは、まだまだだな」
金旋が投了したその時、一人の娘が盆を手に部屋へと入ってきた。
杏
杏 「伯父さま、金旋さま。お茶が入りましたよ」
李 氏「お、杏。ありがとう」
金 旋「あ、ありがとう」
この娘は、李氏の姪っ子で名を杏(きょう)という。
美しい容姿に加え、気立てがよく頭も冴え、まさに才色兼備といえる娘であった。
金旋も少し歳下の彼女に対し、密かに想いを寄せていた。
杏 「それでは、失礼しますね」
しずしずと離れていく杏の背を見て、李氏は呟いた。
李 氏「うーむ、杏も年頃になってきおったのう。特にあの尻の丸みなどはどうか」
金 旋「そうですな。そのうえ、あの乳の形はまさに芸術品」
李 氏「うむ、美しく育ってくれて伯父のワシも鼻が高い。
そろそろ嫁に出してもいい頃合かのう」
金 旋「よ、嫁ですか?(もしかして俺に……)」
李 氏「うむ。人づてに聞いたのだが、曹操孟徳が杏の噂を聞いて嫁にしたがっているらしい」
金 旋「(なんと、違う奴か……)……曹操……孟徳?」
李 氏「曹家といえば、高祖に付き従った曹参を祖とする名家。
あの子を嫁にやるには申し分のない家柄だと思うが」
金 旋「むう……しかし会ったことのない者に、いきなり嫁に出すなど……」
李 氏「そう思って、今夜宴を催し、曹操を招くことにした」
金 旋「あんですとっ!?」
李 氏「あちらも杏の姿を見てみたいのであろう、快く承諾した。
この席で、曹操の人となりを判断することとしよう。
金旋、君もよろしく頼むぞ」
金 旋「は、はあ……はあっ!?」
想いを寄せる杏を、顔も見たことの無い男に奪われてしまう。
その危機感に、金旋は焦った。
しかも今晩会うというではないか。
……しかし、落ち着いて考えてみれば、まだ策はある。
(そうだ、別にまだ決まったわけではない。
宴の席で、曹操が失態を晒すように仕向ければ、李氏も愛想を尽かすだろう。
よし、そうなればやってやるぞ)
そしてその夜。
招かれた曹操が、館にやってきた。
曹 操「此度は、お招きに預かり恐悦に存ずる」
李 氏「いやいや、名のある曹操殿を招くことができるとは、こちらこそ光栄の極み」
その後、李氏に引き合わされる金旋と曹操。
曹 操「[言焦]の出、曹操孟徳である。お見知り置きあれ」
金 旋「京兆出身の金旋でござる」
実際に曹操を前にし、金旋の目に嫉妬の炎が燃え上がった。
このような男に杏を嫁にやるものか、と。
李 氏「少し準備が遅れておるでな。
曹操どの、すまんがしばらく金旋と話でもしていてくれ」
曹 操「うむ、承知致した」
金 旋「では、こちらに」
曹操を中庭に面した小さな席に案内し、金旋は早速作戦を開始した。
金旋の考えたその作戦は、大酒を飲ませ酔いつぶすというシンプルな作戦。
しかし本宴も始まらないうちに酔いつぶれてしまえば、礼儀を逸することになり
曹操の面目はつぶれてしまう。
金 旋「まあ、まず一献」
曹 操「かたじけない」ぐび
金 旋「では、もう一献」
曹 操「まあまあ、杯は2つあるのだ。次は貴公の番だ」
金 旋「むむ……確かに、では一献」ぐび
……金旋の作戦はいきなり瓦解した。
酒を飲んだ金旋は気分がよくなり、作戦のことなど頭からふっとんでしまったからだ。
また、曹操との話が盛り上がったのも要因であろう。
二人は同い歳ということもあり、酒を酌み交わしつつ馬鹿な話で盛り上がった。
小さい頃より花嫁泥棒などをやってきた悪童として鳴らしていた曹操。
長安で爆珍団などというならず者集団の頭を張っていた金旋。
ある意味、似た者同士である二人はすっかり意気投合した。
曹 操「旧知の袁紹などは太めの女が好みなんだが、あれはいかん。
太い女は重くて抱えていられん。
やはり、女は健康的でスラッとした体型に限る!」
金 旋「おお、趣味が合うな。俺もそう思うぞ!
世間では乳の大きい女をもてはやすようだが、俺はあまりそうは思わん。
むしろ大きさよりも形、手触りこそ大事!」
曹 操「さすがは名士金旋よ、乳というものをよく理解している」
金 旋「ふふふ、まあな」
曹 操「ならば聞こう。
この天下にエロ王と呼べる者は、誰がいると思う?」
金 旋「ふむ……噂によれば西涼の董卓などはかなりお盛んらしいが」
曹 操「ははは、董卓か。確かに精力はすごいかもしれん。
だがまだまだだな。奴には煩悩が足りん」
金 旋「煩悩か……。そうだな、宦官の張譲などはブツもないのに
夜な夜な宮女を玩んでいると聞くが、奴はどうか」
曹 操「張譲……ふむ、煩悩は確かにあなどれん。だが所詮は宦官よ。
精を出せぬ者に勝ち目はない」
金 旋「むう……煩悩と精力、その両方を兼ね備えた者がいるというのか」
曹 操「うむ、いる」
金 旋「それは誰か?」
曹 操「君と余だ!」
二 人「「わっはっはっは」」
☆☆☆
金目鯛「……馬鹿だな」
金玉昼「……馬鹿にゃ」
金 旋「う、うるさい! 酒の席とはそういうもんだろ!?」
金目鯛「それにしたってなぁ……」
金玉昼「タイトルは『煮酒論エロ王』曹操と金旋、エロ王を語る
……ってところにゃ」
金 旋「さ、先に行くぞ」
☆☆☆
李 氏「盛り上がってますな」
曹 操「おお、これは主人。
こうして金旋と酒を酌み交わし談笑しておるのも主人のお陰。
礼を言うぞ」
李 氏「いえいえ、そこまで喜ばれると私も招いた甲斐があるというものです。
金旋、どうかね曹操どのは?」
金 旋「は、かような男はなかなかいないでしょう。
まさに傑物、後世の英雄となるべき男!」
李 氏「ほほう、そこまで……。それはそれは。
では曹操どの、宴の準備が整った故、こちらへどうぞ」
曹 操「うむ」
李 氏「金旋はすまんがここを片付けてから来てくれんか」
金 旋「承知した。では曹操どの、話の続きはまた後で」
曹 操「うむ。待っておるぞ」
曹操と李氏が去るのを見送った金旋。
そして上機嫌で皿を片付けていたが、途中でハッと我に返った。
金 旋「……俺、思いっきりベタ褒めしなかったか……?」
当初の目的はすっかり頓挫していた。
☆☆☆
金玉昼「ちちうえの物事をすぐ忘れる癖は昔からだったんだにゃ」
金目鯛「歳から来るアルツハイマーじゃなかったんだな」
金 旋「うるさいな。続きいくぞ」
☆☆☆
曹 操「お、金旋。やっと来たか」
金 旋「うむ……」
曹 操「どうした、顔色が芳しくないな。飲みすぎたか」
金 旋「いや、心の問題だ……気にしないでくれ」
曹 操「???」
李 氏「さて、そろそろ本題に参りましょうか」
曹 操「ふむ」
李 氏「これ、杏や」
パンパンと李氏が手を叩くと、奥より美しい衣を羽織った杏が、しずしずとやってきた。
曹 操「ほほう……」
金 旋「……ほぁ〜」
彼女を初めて見る曹操はともかく、杏を見慣れた金旋でさえ、感嘆の声を挙げた。
それほど、今宵の杏の美しさは格別だった。
曹 操「顔、あどけなさは残るものの美しく柔和な顔立ち、良い!
体、太くもなく細くもなく見事な流線形、実に理想の体型! マル!
乳、大きすぎず、かといって自己主張はしっかりとしている! 合格!」
金 旋「むむ……激しく同意」
李 氏「杏、曹操どののために舞を踊って差し上げなさい」
杏 「はい、伯父様」
杏はトン、と床をひとつ蹴ると、音楽に乗って優雅な舞を踊り始めた。
曹操も金旋も、その舞に魅入った。
曹 操「ふぅ〜む」
金 旋「ほふぁ〜」
……杏は一通り舞を踊った後、今度は用意された胡弓を持ち、奏で始めた。
美しい旋律が部屋に響く。
曹 操「旋律も素晴らしい……気に行ったぞ。
かような才女に会ったのは初めてだ」
李 氏「それは光栄ですな」
曹 操「どうだろう、主人。
すでに耳に入ってると思うが、私は彼女を娶りたいと思っているのだが」
李 氏「はい。
曹操どのもなかなかの男ぶり、名家に生まれ、
才覚も持ち合わせて今後の出世は間違い無し。
そのような方に嫁に貰っていただければ幸いかと……」
曹 操「はっはっは、主人は見る目があるな」
金 旋「(はっ……ま、まずい、このままではっ!)」
李 氏「では、杏を貴方の嫁として……」
金 旋「ちょっと待ったぁ!」
曹 操「む?」
李 氏「ど、どうしたね、金旋?」
金 旋「い、今まで隠しておりましたが、この金旋、杏を、す、すすす好いております!
曹操にではなく、わ、私のよよよ嫁に頂きたい!」
その言葉で、部屋が静まり返った。
胡弓を弾いていた杏の手が止まったからである。
だが、すぐに演奏は再開され、それにつられて固まっていた李氏や曹操も動き始めたように見えた。
李 氏「なんと……」
曹 操「ほう……なるほど、先ほどからの挙動不審はそういうことか」
金 旋「曹操、すまぬがここは引いてくれぬか。杏を我が妻としたいのだ」
曹 操「……金旋」
金 旋「ん?」
曹 操「馬鹿いうな。先に態度を表したのは私だぞ」
金 旋「……まあ、そう言うとは思ったが……。
お主こそ遠慮せい。お主はもう妻がいるんだろう」
曹 操「妻は一人とは決まってはおらん」
金 旋「俺はまだ一人もいないぞ」
曹 操「それは君の勝手だ。私は知らん」
金 旋「とにかく譲れ」
曹 操「却下」
李 氏「ま、まあまあ、まず落ち着かれよ。
すまんな金旋、君が杏をそのように思っていたとは知らなかった。
だがここで、曹操どのを無視して君に杏をやるわけにも行かぬしな……」
そこへ、当の杏が声をかけた。
杏 「あの……私からの提案なのですけど……」
金 旋「提案?」
曹 操「なんの?」
杏 「私はお二人が熱意を持っておられるのはとても嬉しく思います。
ですから、どちらに嫁ぐかは、贈り物で決めさせてもらえませんか?」
金 旋「贈り物?」
杏 「はい。より私の気に入る物を贈られた方の元へ参るということで……」
曹 操「ほう、面白いな。どちらの贈り物が気に入られるのか勝負するわけか」
李 氏「いや、曹操どのは杏に今日会ったばかりではないか。
それは不利ではないか?」
杏 「いえ、贔屓は致しません。金旋さまもそれは肝にお命じください」
金 旋「うむ、よかろう」
李 氏「むう、二人が納得されるのであれば、よろしいのだが……」
曹 操「かまわん。どうせ勝つのは私だ」
金 旋「にゃにおう。俺が勝つ!」
杏 「では、勝負は10日後……。
その時に贈物を持って私のところに来てくださいね」
曹 操「ふ、この曹操孟徳、必ずやお気に召す贈物を持ってこよう」ぎゅ(手を握る)
金 旋「な、なんの、この金旋こそが君を嫁に貰いうけるぞ」ぎゅ(こちらも手を握る)
杏 「楽しみにしております」
かくして杏争奪、贈物勝負の幕は切って落とされた。
☆☆☆
金目鯛「話が盛り上がってきたな」
金 旋「で、ここから俺の過酷な贈物探しの旅が始まり……」
金玉昼「長くなりそうなので、その10日後からの話からよろしくにゃ」
金 旋「ううっ、苦労した話なのに……。それじゃ、10日後、約束の期日から……」
☆☆☆
10日後。
館には李氏、杏、曹操の姿があった。
だが、まだ金旋は現れていない。
10日前に贈物を探す旅に出たまま、まだ戻ってきていないのだった。
曹 操「金旋……まだ戻らぬのか」
李 氏「何かあったのだろうか……。
これでは、勝負どころではないが……杏、どうするね?」
杏 「……金旋さまがこないときは、曹操さまの元へ嫁ぎます。
伯父さまは元々そうしようと思ってたのでしょう?」
李 氏「うむ……まあそうなのだが……。
それでは、日の暮れるまで待つこととしよう。
すまぬが、曹操どのもよいかな」
曹 操「……いや、その必要はない」
李 氏「曹操どの?」
曹 操「帰ってきたようだぞ」
ズタボロのボロ雑巾のようになった金旋が、ようやく3人の前に姿を現した。
金 旋「た、た、ただいま、戻り、ましたぞ……」
李 氏「無事であったか……」
金 旋「はい。贈物もちゃんと持って参りました」
杏 「ご無事で何よりです……。
それでは、判定に参りたいと思います。
まずは、曹操様の方から……」
曹 操「うむ。私はこれだ」
仰々しく曹操が取り出したのは、鮮やかな花をつけた鉢植えであった。
金 旋「こっ……これはっ!?」
曹 操「そう、これは私が彼女を落とすために用意した特別な贈物!
十年に一度しか花が咲かぬ幻の花、
『十歳華』だっ!!」
金 旋「な、なんと……」
曹 操「ふふふ。金旋、君もどうやら植物を持ってきたようだが……」
金 旋「ギク」
曹 操「先日私が彼女の手を握ったとき、少しだけだがあかぎれを見つけた。
それはつまり、彼女が草木の世話をしているということ……。
そこから私は彼女が花が好きだと判断した!」
金 旋「むむ……。なんという洞察力……」
杏 「綺麗ですねぇ……。こんな美しい花、初めて見ました」
曹 操「ふふふ、そうだろう。
何しろ洛陽では見つからず、涼州の商人に頼んで急いで取り寄せたほどの品。
ちょうど花の咲き始めた物を運良く手に入れることができた。
そして、これに私の想いを列ねた詩歌を贈ろう」
貴女為探十歳華 (あなたのためにこの十歳華を探してきた)
然其美麗是不敵 (しかしこれも貴女の美しさには敵わない)
貴美華不並此世 (そう、あなたこそ世界で一番美しい花なのだ)
若貴女応可篤抱 (もしできるのなら、貴女を抱きしめて私ひとりだけのものにしたい)
曹 操「どうかね……私ならばこその花と詩…いかがですかな」
杏 「はぁ……素敵です」
金 旋「おぁぁ!? いつのまにか杏の目がハートマークに!?」
曹 操「ははは、もはや勝負は決したも同然だな?」
金 旋「ぐっ……」
李 氏「流石は曹操どのだ。
たった一日だけ会っただけなのに、ここまで杏の心を掴むとは……」
曹 操「はっはっは、それほどでも」
金 旋「(……な、なんかすでに勝負アリですか〜?)」
杏 「それでは、次は金旋さまの番ですよ」
金 旋「う、うむ」
曹 操「どうした? 私の後だからやりにくいか?」
金 旋「うっさいわい。俺のは、これだ!」
ずがーん、と金旋が取り出したのは……。
李 氏「盆栽?」
金 旋「植木と言ってください、植木と!」
杏 「これって……まさか……」
曹 操「十歳華の苗か……。花の咲くのはまだまだ先のようだな」
金旋のものも、曹操の持ってきたものと同じ十歳華だった。
ただ違うのは、丈が短く花もついていない、まだ若い苗ということである。
杏 「金旋さま……これを探してずっと?」
金 旋「ああ、涼州まで行ってきた。
俺は武骨者ゆえ、曹操のように詩を吟ずるようなことはできん……。
だから、この苗とそれに込めた俺の想い、これだけを贈りたい」
杏 「……」
李 氏「奇しくも二人同じ品を持ってくるとは。
しかし、美しく咲いた花と、ただの苗……これでは勝負にならんのう」
曹 操「全くだな……。ふっ」
金 旋「曹操?」
曹操は3人に背を向けると、帰り仕度を始める。
曹 操「付き合いきれん。私は帰るとしよう」
李 氏「は? いや、しかし、この勝負の判定はまだ……」
曹 操「結果は明らかだ、聞くまでもない……。
金旋、彼女を幸せにしてやれよ」
金 旋「……曹操」
曹 操「あ、この花は持ち返らせてもらう。
流石にタダでくれるほど安くはないんでな」
金 旋「……しっかりしてるな」
曹 操「そうでなくてはこの乱れた世は生き抜けんさ。
……またいつか酒でも酌み交わそう、友よ」
そう言い残し、去っていく曹操。
李 氏「……全く訳が判らん。杏、どういうことだ」
☆☆☆
金目鯛「俺も全く訳が判らん。なんで曹操が帰っちまうんだ?」
金 旋「こら、これから言うから、そう急かすな」
金玉昼「私は判ったにゃー」
金 旋「ネタばらすなよ、俺が言うんだから」
金玉昼「はいにゃー」
☆☆☆
杏 「簡単なことです。曹操さまの想いよりも、金旋さまの想いが勝った……。
それだけですよ」
金旋の持ってきた苗を抱え、嬉しそうに答える杏。
それを聞いて、李氏はますます困惑した。
李 氏「それが全く判らん。花と苗では花の方が綺麗であろう?」
杏 「あら、伯父さまは表しか見ておられないのですね。
確かに、花と苗では花の方が美しいのは当たり前ですわ」
李 氏「それじゃ、裏には何があるというのだ?」
杏 「金旋さまのこの苗は……。
今だけじゃなく、将来の私をずっと想ってくれるということを表してくれてるんです」
李 氏「将来?」
杏 「金旋さまはこの苗にこう想いを込められたんです。
『二人でこの苗を育てよう、二人で育てた花をいつか並んで見よう』
……と。そうですよね、金旋さま」
金 旋「うん、ま、まあ……そういうことだ」
杏 「曹操さまの想いは、あくまで今の私だけを見てのこと……。
確かに花以上に美しいとおっしゃってくださるのは嬉しいですけど、
でも、それよりも金旋さまの想いが嬉しかったのです」
李 氏「なんと。金旋、君はそこまで杏のことを……。
感動した! 嬉しいぞ、ワシは今とても感激しているぞ!」
杏 「伯父さま、何も泣かなくても……」
李 氏「いいや! これが泣かずにおれようか!
……そうだ、こうなったらもうすぐにも祝言をあげるぞ! 善は急げだ!」
金 旋「そ、そりゃ急ぎすぎでは?」
李 氏「なんのなんの、心配は無用! 足りないものは全てワシが揃えてやろう!
さあさあ、二人とも中に入って! おーい、誰か! 祝言だ、祝言の用意だ!」
杏 「うふふ、伯父さまったら……金旋さま、私たちも参りましょう」
金 旋「う、うむ……」
(言えない……言えるはずもない……。
「花の咲いてるのが見つからなかったから、苗にしときました」
なんて……)
かくして、金旋は妻を娶ったのであった……。
☆☆☆
金 旋「こうして杏を娶り、二人の間にお前たちという子が生まれたというわけだ。
杏は流行り病で他界してしまったが、ずっとラブラブな夫婦であったし、
俺は今でも愛しているぞ」
金玉昼「でも、ママはずっと勘違いしたままだったのかにゃ。
少し考えればちちうえはそんな気を回せる人じゃないって判るのに……」
金 旋「いや、しばらく経ってから告白したぞ。
流石にその時は呆れるやらがっかりするやらだったがな〜」
金目鯛「そりゃそうだろう」
金玉昼「……あれ? でも、なんでママの話に?
話の最初は曹操との関係を話してなかったかにゃ?」
金 旋「まあ、あいつとはそういう因縁もあるってーことを言いたかったわけで」
金目鯛「ふーん。昔からのライバルってとこか」
金 旋「はっはっは、まあそう思ってるのは俺の方だけかもしれんがな」
玉は、じっと十歳華の鉢を見つめる。
金玉昼「……この鉢は、ちちうえがママに贈った品?」
金 旋「そうだ。……特別だと言った意味がわかったか?」
金玉昼「ん、よく判ったにゃ。想い出の品にゃりね……」
金 旋「ああ。ここのどの鉢もあいつが大切に育ててたから、全部形見みたいなもんだけどな。
これは本当に特別なんだ。
『この世にひとつしかない大切な花』……だな」
金玉昼「ん……ママが死んじゃった時はまだ私は小さかったから、あんまり覚えてないけど……。
ちちうえはずっと大切にしてたんだ?」
金 旋「……まあ、な。俺なんかにはもったいないくらいの良妻だったぞ。
というわけで、玉もママのような素敵な女性になりなさい」
金玉昼「はいにゃー」
金目鯛「なんだ、結局親父とお袋のラブラブ話だったのか」
金 旋「ほほう……なんだとは何かね目鯛君」
金目鯛「いや、俺は嫌になるくらいラブラブな親父とお袋の姿を見てるからな……」
金 旋「ふむ。では目鯛君、今度は君と妻君との出会いの話でもしてもらおうか」
金目鯛「いっ!? なんでそうなんだよ!?」
金 旋「俺が妻との出会いの話をしたのだから、目鯛にも話してもらわんとな〜」
金目鯛「自分で勝手に話したんだろ〜!」
金 旋「俺は出会った頃の話は聞いたことないしなぁ。
そろそろ語ってくれてもよいではないか? ん?」
金玉昼「私も聞きたいにゃー。ぬっふっふ」
金目鯛「か、勘弁してくれや〜」
金 旋「ならん。君主命令だ、はよう話せ」
金玉昼「軍師命令も付けるにゃー。さっさとゲロしまひる」
金目鯛「都合のいいとこで上司になんなよっ!!」
☆☆☆
鮮やかな花を咲かせる十歳華。
その花を見た者に幸せをもたらすという。
杏の残したその花は、金旋たちに一体どのような幸せをもたらすのだろうか……。
−了−
※次は普通のリプレイに戻ります。
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