○ 第十五章 「心理を知り尽くした戦略」 ○ 
209年10月

荊南四郡を手中に収めた金旋は、桂陽を韓浩に任せ、武陵へと引き揚げてきていた。
零陵へ出撃する際に、金旋の傍らにいた軍師は劉髭であった。
しかし今、その場所にいるのは金玉昼になっている。

   金旋金旋    金玉昼金玉昼

金 旋「……」
金玉昼「……なんにゃ。私の顔になんか付いてまひる?」
金 旋目と鼻と口が
金玉昼「……つまらないこと言ってる暇あったら、書類片付けて欲しいにゃ。
    娘に仕事させて自分はサボるなんて、全くとんでもない親にゃり」
金 旋「あ、ああ……悪い、ちゃんとやる」

出撃前と変わったのは、軍師の劉髭が死んだこと以外にもいろいろとあった。

荊南を統一したことにより、まず領地が増え、将も増えた。
当然、人材の配置も変わってくる。

武陵の太守には、金旋が戻った。
また劉髭の死で空位となった軍師には、金玉昼を据えた。
武官に金目鯛、鞏恋、魏延、魏光。
文官に鞏志、下町娘。
そこへ新たに、元劉度配下の刑道栄、元趙範配下の陳応、
建寧の蛮望配下から登用した胡渉、劉度の娘の劉鏡。
この者たちが加わった。

長沙の太守には潘濬を置いた。
劉巴と、趙範の娘の趙樊が補佐に付いた。

零陵には、魏劭を太守に。
趙範配下だった陳慶と、劉度配下だった碗朗を補佐にした。

桂陽には前述の韓浩を太守とした。
張常、鄒興を補佐に置いた。

兵は武陵以外の郡に1万ずつ。武陵には7万弱の兵が置かれた。

金 旋「軍も大きくなったよな……。総兵力は10万に届こうとしてるよな」
金玉昼「兵の数だけなら、劉璋、馬騰なんかと肩を並べるほどにゃ」
金 旋「これも、人口が増えて徴兵できる者が多くなったからだよな。
    富国政策の恩恵って奴だ」

変わったのは内側だけではない。
外側……他勢力との関係や、状況も変わったところが多い。

209年2月荊州

荊州マップ


長沙、桂陽を手にいれ、孫権と国境を接するようになっていたが、
反曹操連合を組んだ際に関係は良くなっていた。
戦闘の心配は、今のところない。

一方、建寧の蛮望との関係は悪化していた。
彼の配下の将たちを何人も登用でさらったわけで、それも当然だった。
しかし建寧との距離は遠く、まだ董蘭との戦闘で蛮望軍は疲弊しきっており、
こちらも戦闘の危惧はなかった。

また、交趾の董蘭との関係も悪くはなっていたものの、
董蘭軍は蛮望軍との戦闘の方が大事なようだった。
こちらを攻める気配は全く見られない。

劉表との関係は変わってはいない。両軍とも中立を保っている。
しかし、劉表側の状況がかなり変化していた。
新野・襄陽間での曹操軍との戦闘が激化しており、
それによる徴兵や破壊工作等で、国力の低下が著しくなってきていたのだ。
一時は曹操、孫権に次いで多かった兵力も、他勢力に追い付かれてきており、
金旋軍と比較しても、差はほとんどなくなってきている。

勢力拡大、そして人材登用に貪欲になってきた金旋の目には、
人材豊富な劉表軍が弱っているのは大いに魅力的に映っていた。

金 旋「玉よ」
金玉昼「なんにゃ」
金 旋「次の目標はやっぱり劉表だろうな」
金玉昼「そうにゃりか」
金 旋「あそこは曹操軍や孫権軍ほどではないが、将はなかなか揃っている。
    それを配下にし、また江陵や襄陽を占領できれば、曹操に次ぐ勢力になれるだろう」
金玉昼「かもしれないにゃ」
金 旋「とはいえ、今までの韓玄や劉度、趙範のようには、
    すんなりとは飲み込めないだろうな」
金玉昼「だにゃ」
金 旋「となると今まで以上に、戦略をきっちり決める必要があるか」
金玉昼「そうだにゃ」
金 旋「ならば、まず何をすべきか」
金玉昼「そうにゃ、一番先にすることは……」
金 旋「ふんふん」

ばん!(机を叩く音)

金玉昼書類片付けるにゃ!
    いつまでサボっていまひる!

金 旋「す、すまん……。
    というかサボりとは違うんだが……」
金玉昼お・ん・な・じ・にゃ
金 旋「わ、わかった……すぐ片付けよう」
金玉昼「……手を動かしながら聞いてほしいまひる」
金 旋「う、うむ」
金玉昼「劉表と戦うにあたり、この軍に足りないことがありまひる」
金 旋「……足りない? 確かに将の数では少ないかもしれん。
    しかし優秀な武官は揃ってるし、兵力・国力はもう並ぶ位だぞ」
金玉昼「たしかに今言った点では互角、またはそれ以上にゃり。
    しかし、圧倒的に負けてるものがありまひる」
金 旋「(ぴた)あ、圧倒的に? それは一体……」
金玉昼手は止めない! 顔も上げない!
金 旋「す、すまん」かきかき
金玉昼「……圧倒的な差、それは船にゃ」
金 旋「船?……水軍か?」
金玉昼「そうにゃ。あちらは大きくていい船持ってる将が多いけど、
    こっちは小船ばかりなんだにゃ。
    これは些細なようで、かなり重要にゃ」
金 旋「そんなに差が出るものなのか?」
金玉昼「……倍する兵でも、船の差で負けることもあるにゃ。
    大兵力の曹操軍が劉表軍との小競り合いに手間取ってるのも、そういうことにゃ。
    だから、水の上で戦ってはいけないにゃり。
    できるだけ陸の上で戦いまひる」
金 旋「なるほど……。
    港と港を挟んで戦う状況にするな、ということだな」

武陵-江陵国境付近
武陵-江陵国境付近

(以下の解説は、上の国境付近地図を参考にしていただきたい)

金玉昼「劉表を攻めるなら、まず江陵を取らないと話にならないにゃ」
金 旋「そうだな。江陵を取った後、襄陽、江夏……となるだろう」
金玉昼「その第一歩、江陵を攻め取るには、

    1、公安港 2、江津港 3、江陵城

    ……という道を通っていくにゃ。ここで、さっきの問題が出まひる」
金 旋「水軍か」
金玉昼「そうにゃ。2の江津港を攻める際に、どうしても水軍を使いまひる。
    圧倒的な兵力差なら関係ないけど、相手の兵が多いと苦戦するにゃ。
    それにもたもたしてると、逆に船で攻めてこられる可能性もありまひる」
金 旋「なら、どうする」
金玉昼「現在、江津港の兵は少ないまひる。
    これは公安港に兵が多くて安心だからだにゃ」
金 旋「そうだな、今は安全だから江津にそう兵はいらない」
金玉昼「でも公安を落とすと、江津に兵を送ってくるにゃ。
    そうなると落とすのは苦労するにゃり。
    そこで、公安を落としたら、すぐに江津を攻めまひる。
    守りを固める猶予を与えず、一気に陸に上がるのにゃ」
金 旋「なるほどな、スピード勝負か。それでその後は?
    江陵城は兵が多い。ここはそう簡単に落ちないぞ」
金玉昼「江津港を取ったら、兵を集めてじっくり待ちまひる」
金 旋「待つ……のか? 江陵の守りが堅くなってしまうのでは?」
金玉昼「ええと、それじゃちちうえ、質問。
    『敵軍が、自分の領地内にずっと動かずにいたら耐えられますか?』
金 旋「うーむ。あんまり気分良くねえよな」
金玉昼「それじゃ、『その軍がいるのは、あまり守備に向いてない江津港』
    そして、『敵兵力は自軍と同じくらい』という場合は、どうしまひる?」
金 旋「まあ……攻撃するわな。後で兵力増強されちゃかなわん。
    攻められるうちに攻める……あっ!
金玉昼「……というふうに、江陵城の劉表は思うはずにゃ。
    堅い城にいては倒せない兵力も、野戦なら倒せまひる」
金 旋「誘い出して、減らすってわけか!」
金玉昼「そうにゃ。
    最初から攻めてくるとわかってれば、別に港で迎え撃つ必要はないまひる。
    兄者や恋ちゃん、魏延さんなど、優秀な将が野戦でガンガン倒してくれるにゃ」
金 旋スゲェ! マジスゲェ!! (`□´;)
    まるで敵の心理を知り尽くしてるような戦略だ!」
金玉昼「ふっふーん。
    ……とはいえ、ここまではっきり言えるのは、曹操軍のお陰にゃ」
金 旋「へ? 曹操がなんでまた」
金玉昼「曹操軍が新野から襄陽に向かって、ここのところずっと攻撃していまひる。
    だからこちらが江陵を攻めても、襄陽は救援を出す余裕がないのにゃ。
    もし曹操軍がいなければ、襄陽から江陵へ援軍が出たりして、
    状況は全く読めなくなってしまいまひる」
金 旋「ふむふむ。俺らが強いんじゃなくて、劉表が辛くなってるのか……」
金玉昼「今言った戦略は、あくまで現在の状況に沿ったものにゃり。
    時間が経つと、江陵から江津に兵を送ってきたりするかもしれないにゃ。
    これが有効なのは、この冬から春くらいまでと思いまひる」
金 旋「ああ、わかった。機を逃さないうちに準備を整えよう」

11月に入り、武陵にて兵の訓練を行う傍ら、公安港に工作を謀る。
魏延、金目鯛、鞏恋に、公安港の施設破壊を命じたのだ。

金玉昼「これが成功すれば、公安港を落とすのが楽になりまひる」

玉の言葉通り、鞏恋の工作は成功。
公安港の耐久度を下げることができた。
しかし……。

   金目鯛金目鯛    魏延魏延
金目鯛「いででで……」
魏 延「も、申し訳ございませぬ……」

金目鯛と魏延の二人は工作中に発見されてしまい、その結果、大怪我を負ってしまった。
この工作後すぐに軍を動かそうと思っていた金旋は、落胆した。

金 旋「怪我してたら、出陣できないじゃないか……」
金玉昼「ごめんにゃ……。
    失敗した時のこと考えてなかったまひる……」
金 旋「い、いや、玉は悪くないぞ!
    失敗したあいつらが悪いんだ!」(←親バカ)

魏 延無茶言わんでください!
金目鯛勘弁してくれよ!

結局、出陣は延期された。
2人が養生している間、月日は流れ。
209年も終わっていく。

荊南から北上し、荊州統一を目指していく金旋。
果たして、彼の思惑通り事は進むのだろうか?

次回へ、話は続いていく。

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