○ 第十三章 「来者は追うべし」 ○ 
209年7月1日

戦が終わり、主の替わった零陵。
しかしその主は、いろいろな実務に追われていた。
戦で崩壊した体制を、もう一度組み立ててやらねばならないのである。
曹操のように大きい勢力になってしまえば、専門の配下に任せることもできようが、
まだまだ小勢力の金旋軍は、そのような人材の余裕はまだまだなかった。

   金旋金旋     金玉昼金玉昼 

金玉昼「ちちうえー。ここはこうした方がいいと思うけど、どうかにゃー」
金 旋「んー。良く判らんがそれでいいんじゃないか?」
金玉昼「うー、書類いっぱいでウンザリだにゃー。
    こういうのは鞏志さんの仕事じゃないかにゃー?」
金 旋「鞏志は鞏志で他のを片付けてもらってる。
    こういうのも将の仕事だ、しっかりやってくれ」
金玉昼「うー」
金 旋「とはいえ、さすがに疲れるな……。
    そういや、軍師の姿が見えんな。どうしたんだ?」
金玉昼「さあ? 私は聞いてないまひる」
金 旋「うーむ、軍師がいればもうちょっと楽になりそうなんだが……」
金玉昼「その前に茶すすって無駄話するから、結局同じにゃり」
金 旋「いやいや、その無駄と思える話にも意味がだな……」
金玉昼女性の好みの話に、どんな意味があるのかにゃ?」
金 旋「……ごめんなさい。ありません」
金玉昼「うみゅ」

にゃーん

   猫1
金 旋「……ん? 猫の鳴き声?」
金玉昼「あ、猫にゃー。ねこーねこー
がらがら
金 旋「あ、こら、玉、窓を開けては中に……」

にゃーにゃー にゃーにゃー
   猫1 猫2 猫3 猫4
にゃーにゃー にゃーにゃー
   猫5 猫6 猫7 猫8
にゃーにゃー にゃーにゃー

金 旋「わっ!? 黒猫の集団が!?
金玉昼「うわー。いっぱいいるにゃー」

ぺたぺた

金 旋うわーーーっ!
    書類に足跡がーーーっ!?
金玉昼「わっ、ちちうえ大声出しちゃダメにゃ!」

ばたばたばた

金 旋「……汚すだけ汚していなくなったな」
金玉昼「ちちうえが大声出したから逃げちゃったまひる!
    撫でたかったのにー! 泣きたいにゃり!
金 旋「俺は俺で書類をグチャグチャにされて、泣きたいんだが……。
    まあいいや、一休みするか」
金玉昼「お茶でも飲みまひる」
金 旋「よし、俺が茶を入れよう……」

ぶち。……ばたんっ!

金 旋いでえ!
金玉昼「ちちうえー。何遊んでいまひる?」
金 旋「遊んでるんじゃない! 転んだの!」
金玉昼「ちちうえじゃ危なっかしいから、お茶は私が入れてきまひる」
金 旋「う、うむ……すまん」

ばたばたばた

金 旋「しかし、いきなり何が……。
    って、下駄の鼻緒が切れてるな。そりゃコケるわ」
金玉昼「……なんで下駄なんて履いてるにゃり……」
金 旋「おわ! 早いな玉、もう戻ったのか?」
金玉昼「町娘ちゃんがお茶持ってきてくれたにゃり」

   下町娘下町娘 

下町娘「お疲れさまですー。お茶どうぞ」
金 旋「お、悪いねぇ」
金玉昼「いただきまひる〜」
下町娘「お茶うけにお饅頭もありますよ」
金 旋「うむ、ありがとう、嬉しいぞ。
    最近の町娘ちゃんの淹れるお茶はますます美味くなったからなあ」
下町娘「やだ金旋さま〜」
金 旋「たまに妖しいのを混ぜなければ最高なんだが……。
    さて、今日の茶はどんなかな……」

金旋が茶碗を口に持っていったその時。

ぱりーーーん!

金 旋あ、あちいいいいいいい!!
下町娘「わわっ! 茶碗が割れた!?
金 旋「あち、あち、あちち!」

金旋の持った茶碗がいきなり割れたのだった。
下町娘がこぼれた茶をすぐふき取り、破片を片付けたので、
金旋はやけども怪我もなかった。

金 旋「……だ、誰だ! どこからの狙撃だ!?
    もしやゴルゴかぁぁぁぁ!?
金玉昼「落ち着くにゃり、ちちうえ。狙撃なんてされてないまひる」
金 旋「え? じゃ、今のは?」
金玉昼「……この破片を見る限りでは、内側からの力で割れていまひる。
    つまり、父上のいた場所か、その上からしか、こう割ることはできないにゃ」
下町娘「そ、それってつまり……」
金玉昼謎は全て解けた……。そう、犯人は……」

金玉昼犯人はちちうえにゃ!」m9(`ロ´)ドーン

金 旋何でそうなる!
金玉昼「ちちうえが町娘ちゃんに怨みを抱き、
    罪を着せようとしてやった狂言にゃり!」
金 旋「危うくやけどするとこだったんだぞ! そんなことするか!」
下町娘「き、金旋さまが、私に怨みを持ってたなんて……ううっ」
金 旋「わー! そんなことないない! 全然ないぞ!」
金玉昼「まあ、冗談はこれくらいにしときまひる」
金 旋「……冗談かよ!?」
金玉昼「単に茶碗がもろくなってただけにゃ。
    熱いお茶が入って、その熱膨張によりヒビが急激に広がり、パリーンといったにゃり」
金 旋「なんだ、そんなので説明つくのか」
下町娘「でも、それにしても縁起が悪いですねえ」
金 旋「縁起悪い……か。そうだ、そういえば今朝も。
    飯食ってたら、使ってた箸がボッキリ折れたな」
金玉昼「さっきの黒猫も、横切ると縁起悪いって言われてるにゃー」
金 旋「大集団だったからな……。縁起悪さも数倍だ」
下町娘「はー。それってなかなかない体験ですねえ」
金 旋「下駄の鼻緒もいきなり切れたしなぁ」
金玉昼「……なんで下駄なんて履いてるのかは、
    今は訊かないでおきまひる(もぐもぐ)
下町娘「なにか、悪いことが起こるのでしょうか……(もぐもぐ)
金 旋「あんまりそういうのは気にせんがな……あれ?
    って、もう饅頭がない!?
金玉昼「多分これもなにかの予兆にゃ(もぐもぐ)
下町娘「全くです、気を付けてくださいね(もぐもぐ)
金 旋二人で全部食っておいて何言ってるかーーーーーーーっ!

鞏 志大変です!
   鞏志鞏志 
金 旋「おう鞏志、確かに饅頭全部食われて大変だぞ。ぐっすん」
鞏 志「そんなのはどうでもよいのです! 軍師が!」
金 旋「軍師が……どうした?」
鞏 志「軍師が、軍師が倒れられました!


劉髭に仮に与えていた宿舎に、金旋はやってきた。
供には鞏志と下町娘。
彼女は看護士免許を持ってるため、もしかしたら役に立つか……
ということで一緒にやってきたのだった。
そこでは、近くに住む医者が待っていた。

金 旋「で、どうなんだ、容態は!?」
医 者「血を大量に吐かれました。
    脈もだんだん弱々しくなってきております」
金 旋「で!? 治るんだろうな!?」
医 者「も、申し訳ございませぬ。
    私では、もはや手の施しようがありませぬ。
    あとどれくらい持つのかさえ、わかりませぬ……」
金 旋「なんだとう!?」
医 者「も、申し訳ございませぬ!」
下町娘「金旋さま! お医者さまを責めても仕方ないですよ!」
金 旋「う、うむ……。悪い、少し取り乱した」
鞏 志「……軍師に会ってやってください。
    ずっと、金旋さまを呼んでらしたそうです」
金 旋「わ、わかった……」

   劉髭劉髭

金 旋「……どうだ、軍師? 話せるか?」
劉 髭「おーう……。
    やっと来おったか……待ちくたびれたぞ」
金 旋「いきなり倒れたって聞いたが……」
劉 髭「うむ……。
    まあ春頃から、ちょーっと調子悪いかなー、とは思っておったんじゃがな。
    やはり、歳には勝てなかったみたいじゃの……」
金 旋「バカ野郎。
    そんなだったら、無理に戦になんぞ連れて来ないのに。
    年寄りは留守番でもしてればよかったんだ」
劉 髭「いやいや……軍師たるもの、『常に君(くん)の傍らにあり』じゃ。
    必要な時に的確な助言をしてこその軍師ぞ……」
金 旋「アホかっ、外す助言も多いくせに……」
劉 髭「ほっほっほ……すまんのう。
    だが、もうその外れる助言すらも出来ぬようじゃ……」
金 旋「よ、弱気になるなよ。すぐ治るって。ちょっと疲れただけだろ」
劉 髭「いや……。流石のワシもな、もう寿命じゃ……」
金 旋「お、おい」
劉 髭「……逝く前に、言っておきたいことがある。
    ワシからの遺言だと思ってくれい」
金 旋「そんなの、聞けるわけないだろう。まだ、死なれちゃ困る」
劉 髭「まあ、そう言わずに……聞いてくれい」
金 旋「……わかった。なんだ?」
劉 髭「ワシの屍は……衡陽の地に埋めてくれい。あそこは荊南の中心……。
    そこで、ワシはこの地の行く末を見守りたいのじゃ……」
金 旋「……ダメだ! そんなに行きたければ自分の足で行け!」
劉 髭「ほっほっほ、そうしたいのはヤマヤマなんじゃがな……」
金 旋「ま、待て軍師! それなら、俺が背負って連れてってやる!
    だから生きろ! 俺は……俺には、まだまだ軍師の言葉が必要なんだ!」
劉 髭「ふふ……なんと名誉な言葉じゃろうな。
    だが、ワシがおらんでも……おぬしはやっていける……。
    覇道の礎となる将も揃った。おぬしもそれを容れる度量を持った。
    ならば、後は進むのみじゃて……」
金 旋「違う、俺はそんな立派などではない!」
劉 髭『来者可追』(来者は追うべし)じゃ……。
    ……前にも言ったであろう?
    心がけ次第で、英雄だろうがなんだろうが、なれるのじゃ。
    全ては、おぬしの意思の力次第なのじゃ……。
    ワシの言葉など無くとも、迷わんはずじゃ」
金 旋「軍師……」
劉 髭「中華に覇を唱えてくれい。それがワシの望みじゃ」
金 旋「うむ……うむ、わかった」
劉 髭「ふ……。おぬしに仕えた日々……実に楽しかったぞい」
金 旋「ああ。俺もだ、俺もそうだったぞ。実に楽しかった」
劉 髭「うむうむ……。嬉しいこと言ってくれるのぅ。
    ところで……。最後にもうひとつ、お願いがあるんじゃがな。
    ひとつだけ、心残りがあるんじゃ……」
金 旋「なんだ……? 何でも言ってくれ、何でも聞いてやる」
劉 髭「うむ……下町娘ちゃん、ちょっとこっちに来てもらえんか」
金 旋「あ、ああ。町娘ちゃん、こっちへ」
下町娘「劉髭さま……なんでしょう?」
劉 髭「もうちょっと、近う……。そうそう、それくらいで……」

さわさわ

下町娘きゃーーーーっ!
劉 髭「うむ……ワシの見立て通り……、ナイス尻、じゃ……」
金 旋「ぐ、軍師!?」
劉 髭「確か、セクハラはリストラ対象じゃったかの。
   ならば、ワシもリストラじゃな……この世……から……」

とさ…と、下町娘の尻にあった劉髭の手が、落ちた。

下町娘「劉髭さま!?」
金 旋「……軍師!? 軍師!!
    ぐんしぃぃぃぃぃ!!

劉髭は、それに返事をすることはなかった。
その顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
それはまるで遊び疲れた子供のようであったという。


劉髭、字を親武。享年75歳。
陽嘉3年(西暦135年)に生まれ、
順帝、冲帝、質帝、桓帝、霊帝、少帝、献帝と7人の皇帝の時代を
仕官もせずにずっと世捨て人のように生きてきた男は、
最後の最後に真に仕えるべき主を見つけ、その覇道の礎を作り上げた。
彼が金旋軍に関わったのは2年あまりと短かったが、
その期間があったからこそ、その後の金旋軍の隆盛が有り得たと言える。
彼はまさに、金旋軍の父とも呼べる大きな存在であったのだ。

……ここで少し、劉髭に関する話をさせていただこう。

劉髭別伝にいう。
劉髭は、元々新武将の仮の父として生まれた存在であり、
金旋の配下になる気は全くなかった。
しかし金旋軍の人材の窮状を聞き、
他に適当な人物がいないのを他人事ながら憂いた。
また自身が、余命いくばくもないのを悟っていた。
そのため、自身が死ぬまでの少しばかりの間、助っ人になってやろうと決めたという。

また、彼が金旋の元に来る前のエピソードに、こんな話がある。

彼はある時、とある髭の一団と出会った。
この一団は、見事な髭を蓄えた屈強の男たちであった。
劉髭はそれに感嘆した。
『なんと見事な髭の男たちであろう、まるで兄弟のように並んでおるわい』と。
自分たちの髭を自慢に思っていた男たちは、その言葉に大層喜んだ。
また男たちはそれを機に、そこで義兄弟の契りを交わすことにした。
劉髭は義兄弟の儀の段取りなどを親身に教えたため、
その宴では実に恭しくもてなされたという。
気をよくした劉髭は、
『これよりおぬしたちは髭髯(しぜん)の姓を名乗るがよい』
と言い、男たちはこれに頷いた。

後に寿春に勢力を張った髭親父、
その自慢の武将たちである髭髯の五兄弟はこうして生まれたのである。
血の繋がりはないものの、髭髯五兄弟は皆、劉髭を父のように敬ったという。

また、このような話も残っている。

彼がまだ若い頃、官吏の試験を受けようとして、洛陽に滞在したことがあった。
この時の彼はまだ純情で、女性と一度もまともに話したことがないほどだったという。

とある夜、彼が酒場から自室へ戻ろうとした際、名もない情婦に誘われた。
後に劉髭が語った言葉であるが、その情婦は
『ぱっつんぱっつんのぷりんぷりんの
 ないすだいなまいつばでぃ』

……だったという。
持ち金が無かった彼はドモりながらも、残念だが金がない、と返した。
また、自分が官吏の試験を受けようとしていることも、つい話してしまったのである。
そこで彼女は、彼を建物の陰に誘った。
金が入った時は上客になるだろうと踏んだのだろうか?

「それじゃ、ぱふぱふしてあげるわ……。
 はい、ぱふぱふ、ぱふぱふ

彼が巨乳好きになったのはこの時からであったという。
なおこの後、彼は試験に落ち、すぐ洛陽を離れている。
金さえあれば、是非お願いしたかったのに……。
そう悔やむことが何度もあったと伝えられる。

その後の彼は、どこにも仕えもしなかった。
荊州の山の中で、晴耕雨読の日々を送っていたという。
たまに荊州の都市を訪れてはナンパをしていたと言われるが、定かではない。
ただ、一度も妻を持たなかったことは確かなようである。

彼の人生の大半は、ただ凡庸なものであったと言えよう。
しかし、金旋に仕えたその終わりだけは、輝かしいものであった。


『来者可追』(来者は追うべし)
元は孔子の言葉で『往者は諫めず、来者は追うべし』という。
過ぎ去った過去はどうにもならないが、
これから来る未来はどうにでも変えられるという意味である。
……劉髭は金旋に、こう言いたかったのだろうか。

『英雄は生まれた時より英雄なのではない。
 未来を信じ突き進むからこそ英雄となれるのだ』


舞台より一人が退場したが、まだまだ物語は続いていく。

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