〜208年8月
季節は秋。
武陵に戻った金旋は、街の民に篤い出迎えを受けた。
金旋
下町娘
金 旋「ふー。やっぱり武陵は落ち着くなー」
下町娘「お疲れさまです〜。はい、お茶です」
金 旋「お、すまんな……って、このお茶は……?」
下町娘「普通のお茶ですよ?」
金 旋「そ、そうか。ありがとう」(ずずず)
下町娘「ええと、2月に出陣して以来ですから、半年ぶりに戻ってきたわけですね」
金 旋「そうだな……長沙の戦闘では、もうダメかと思ったものだが。
何しろ、兵が10人いたら、そのうち無傷な者は1人しかいなかったからな。
それを考えると、よく勝てたよな……」
下町娘「あらら、それは大変でしたねー。
私がいたら、怪我人を治してあげられたのに……」
金 旋「なぬ?」
下町娘「あ、言ってませんでしたっけ?
私、看護学校出てますんで、一応は治療出来るんですよ」
金 旋「そ、そういや、履歴書の技能欄にも『治療』ってあったような……」
下町娘「はい♪ 『看護天使 町娘ちゃん』とお呼びください」
金 旋「いや、それは遠慮しとく」
下町娘「え〜。ぶーぶー」
金 旋「ふーむ。しかし、治療が使えたのか……。
武将としては全く期待できないと思ってたが、人間何か取り得があるものだな。
そういうことなら、戦闘に連れていってもいいかもな」
下町娘「む、なにか偉そうなこと言ってますね?
そういうことはご自分の能力を考えてからお願いします」
金 旋「……悪かったな。
どうせ俺はバカのひとつ覚えの突破戦術しかできねーよ」
208年10月〜12月
10月。武陵にも冬の風が吹き始めた頃。
北では新野を落とした曹操軍が、劉表の襄陽へ侵攻すべく、
新野近郊の港に攻撃を仕掛けていた。
いよいよ、荊州内部に戦乱の炎がやってこようとしていた。
さて、武陵では。
兵力を増強した金旋軍が、日々訓練に励んでいた。
そんな矢先のこと……。
金旋
金玉昼
下町娘
金 旋「はあ、平和だねえ……」(ずずず、と茶をすする)
金玉昼「ちちうえ……すっかりジジ臭くなっていまひる」
下町娘「全くです!
教練所では金目鯛さんや鞏恋さんたちが日々訓練やってるんですよ?
そんなのん気でいいんですか?」
金 旋「いいのいいの、太守が暇なのは平和な証拠。
どうせ、連合組んでる間は戦闘はないしな。
あ、町娘ちゃん、お茶おかわり」
下町娘「全くもう……はい、今淹れてきますよ、お爺さん」
金 旋「誰がジジイだ!」
ばたばたばた
金目鯛
金目鯛「ていへんだていへんだ!
親父、ていへんだぜ!」
金 旋「どうした目鯛。訓練の途中じゃなかったか?」
金目鯛「いや、それがていへんなんだ」
金 旋「ていへんというと……」
金玉昼「底辺×高さ÷2。三角形の面積の公式にゃ」
金 旋「……そのていへんか?」
金目鯛「違う! 大変! 大きく変!
ビッグ・ストレンジ!!」
金 旋「そんな英語よく知ってるな」
金玉昼「でも正しい表現は『very strange』にゃ。
ビッグとは言わないまひる」
金目鯛「そーんーなーこーとーはー
どーうーでーもーいーいー!」
金 旋「わかったわかった、そう大声を出すな。
で、何が大変なんだ」
金目鯛「劉度軍がな、趙範の桂陽に攻め込んだってよ!」
金 旋「何!? 両軍とも連合に加盟して、休戦状態だったはずだろう!?」
金目鯛「それだよ。劉度め、かなり信用を失ったようだな」
金 旋「なんでそれを早く言わん!」
金目鯛「言わせなかったのは親父たちだろ!?」
金 旋「ええい、ああ言えばこう言う!
パパはそんな子に育てた覚えはありませんよ!?」
金玉昼「あんまりちちうえみたいな人に言われたくない台詞にゃ……」
金 旋「な、なんと……玉まで反抗期!?
お、終わりだ……俺たちの家庭はもう崩壊だ。
そう、言わば三国版積み木崩し……。
幸せな日々は一体どこに……よよよ」
下町娘「あの……話を元に戻しませんか?」
金 旋「そうだな。目鯛、軍師を呼んできてくれんか」
劉 髭「それには及ばんぞい」
劉 髭「状況はわかっておる」
金 旋「おう、軍師……。どうだ、攻めるか?」
劉 髭「いや、まだじゃな。
こうも早く状況が動くとは思わなんだ。まだ準備ができておらん」
金 旋「ああ……訓練もまだ途中だしな」
劉 髭「それに、今回は遠い柴桑に攻めていった韓玄とは違い、
劉度はそれほど遠くに攻めて行ってるわけではない。
桂陽からならばすぐに戻ってこれる」
金玉昼「うんうん、攻めてる間に戻ってこられたら、
何のために留守襲うのかわかんないにゃ」
劉 髭「うむ、玉昼ちゃんは頭がええの。
つまり、速効でカタを着けられるほどか、
戻ってきても問題ないほどの兵力差にならんと攻められんということじゃ」
金目鯛「うーむ……そんな状況が来るのか?
ちょっと悠長すぎる気がするんだが……」
劉 髭「心配はいらんよ。
国力の差ははっきりしておるし、劉度と趙範が争えばまた差は広がる。
少なくとも来年中には決定的な戦力差に出来よう」
金 旋「ああ……あまり焦ると長沙の時みたいにギリギリの戦いになるからな。
全力の8割くらいで勝てるくらいになればいい」
この後、劉度軍は桂陽に入り桂陽城を攻めるものの、陥落には至らず。
劉度は零陵に軍を退く。
この時の両軍の被害は少なくなく、
零陵の兵は1万程度に、また桂陽の兵は7千程度まで減った。
金旋がチャンスを伺う中、劉度・趙範両軍はその力を削り合っていったのである。
そして、208年も終わりに近づく……。
208年12月末
12月末、大晦日。
武陵にて、武陵軍の大忘年会が催されていた。
提案者は金玉昼、鞏恋の娘2人。
「皆の苦労をねぎらい、讃える会を開こう」ということで、主だった将が集められた。
長沙には潘濬と劉巴が留守役として残り、
他の鞏志や元韓玄の将たちは探索任務の帰りに武陵に寄っていたのだった。
金 旋「それでは、皆の者、今年一年よく頑張ってくれた!
これからも我らの発展と繁栄を願い、乾杯の言葉とする……乾杯!」
「かんぱーい!」
金 旋「ささ、軍師、ぐっとやってくれい」
劉 髭「おうおう、どうしたどうした。
昨年末は『じじいに飲ませる酒はない』とか言っておったのに、
一年でえらい変わり様じゃな」
金 旋「まーまー、そう言うな。軍師あってこその我が軍だ」
鞏 志「いや、全くですな〜。ヒク。
軍師あってこその我が軍、軍師あってこその太守!
いやもはや太守という呼び名はいけませんな!
そうだそうだ金旋さまとお呼びしなければ! ……ヒク」
劉 髭「……鞏志どのは酒に弱いのだな。一杯目ですでにこれか……」
金 旋「普段は全然飲もうとしないんだが、さすがに今日は飲んでみたらしいな」
鞏 志「はははははは、やれ楽しや〜、ヨイヨイ」
魏 延「まあお飲みくだされ、金目鯛どの」
金目鯛「いや、これは魏延どの。俺の方が若いのに申し訳ない」
魏 延「いやいや、俺はまだ金旋どのに仕えて日が浅い。
金目鯛どのの方が先輩にあたる」
金目鯛「いやいやいや、それは違う。やはり年上の者が……」
魏 延「いやいやいやいや、やはり仕えて長い者の方が……」
金玉昼「オヤジ二人があそこで譲り合っていまひる」
下町娘「オヤジって……。まだ二人とも30代で若いんだし……」
金玉昼「いんや、30超えたらオヤジだにゃ」
鞏 恋「……30超えたらオヤジ。50超えたらジジイ」
金玉昼「うんうん」
下町娘「うふふ、ひどいなぁ〜」
魏 光「あ、ど、どうも、こちらよろしいですか?」
下町娘「あ、どうぞ……。
ええと、たしか魏延さんの息子さんの、魏光さん」
魏 光「はい。長沙陥落の際に捕らわれ、金旋さまの配下となりました」
金玉昼「私は明日で成人する金玉昼にゃ。よろしくにゃー」
下町娘「私は下町娘。で、こっちが……」
魏 光「あ、し、知ってます、鞏恋さんですよね!
長沙攻防戦で姿を見てより、しっかり憶えております!
あ、あの時の凛々しい姿は、
わわわ忘れようにも忘れられません!」
鞏 恋「…………?」
下町娘「(玉にだけ聞こえる小声で)……これはあれよね……?」
金玉昼「(同じく小声で返す)……うん、完全にホの字にゃ……」
魏 光「し、知ってました? 僕と鞏恋さん、同い歳なんですよ!」
鞏 恋「ううん、全然知らなかった」
魏 光「そ、そうですか、そうですよね、
ちょっと前は敵同士だったわけですからね!
で、でも、これからは味方です! ピンチの時には駆けつけますから!」
鞏 恋「うん……。まあ……その時はよろしく」
魏 光「は、はい! え、えへへへ」
下町娘「(小声)……でもあんまり、恋ちゃんは関心なさそうね……」
金玉昼「しょうがないにゃ……。
相手は顔の画像も出してもらえない小物にゃ……」
下町娘「それを言っちゃ可愛そうよ……。
潘濬さまや劉巴さんだって顔出させてもらってないんだから……」
金玉昼「あ、顔出てない連中があそこでも固まってるにゃ」
韓 浩「のう、鄒興。兄上(韓玄)の行方は掴めぬか?」
鄒 興「はい、依然として。
軍の解散後、どこぞへ去ったとまでは聞いておりますが」
韓 浩「そうか……。金旋さまも、韓玄さえよければ登用してもよい、
とおっしゃってくださっているのだが……。どこへいったのやら」
鄒 興「韓浩さまのお子の韓栄さまも、行方がわかりませんで……」
韓 浩「あいつは心配ない、私がいなくてもなんとかやっていくだろう」
魏 劭「やあやあやあ、皆の衆! 飲んでおられますかな!」
韓 浩「は、はあ。ええと、貴殿は……」
魏 劭「おっと自己紹介が遅れましたな!
それがし、魏攸が子、魏劭と申しまする!
以前は董蘭の元におりましたが、このたびお誘いを受け登用に応じた次第で!」
鄒 興「は、はあ、左様で。私は鄒靖が子、鄒興と申す」(魏攸って誰……?)
韓 浩「韓浩でござる」(董蘭って確か、交趾の山奥の……?)
魏 劭「ははは、いやあ武陵は大都会でござるな! 交趾とはえらい違いじゃ!」
鄒 興「はあ」(この規模の都市で大都会か……)
韓 浩「そうですか」(許昌なんて見たら目を回すだろうな……)
金玉昼「しかしオヤジばっかりまひる……」
下町娘「そうねー。でも渋さにちょっとかけるかなぁ」
金玉昼「そういえば、町娘ちゃんはオヤジ趣味だったにゃ……」
下町娘「あ、ただのオヤジはパス。渋さがないとダメ、渋さが」
金玉昼「渋さ……ダメにゃ、全滅にゃ」
鞏 恋「それ以前に、ほとんどが既婚者……」
金玉昼「あ、恋ちゃんお帰りにゃ」
下町娘「……ん? 何の話? 全滅とかなんとかって」
鞏 恋「町娘さんの結婚相手探し……」
金玉昼「あ、言っちゃったにゃ」
下町娘「え、え、ええ?
えーーーー!?」
鞏 恋「玉ちゃんが、町娘さんの結婚相手を探してあげよう、って……」
下町娘「ちょ、ちょ、ちょっと〜! なんでそんなこと〜」
金玉昼「だって町娘ちゃん、そろそろ適齢期だし……」
下町娘「いいの! 永遠の18歳だから! 結婚なんていつでもできるから!」
金玉昼「でも、こうして集めてみても、身内にいい男はおらんにゃー。
この中で若い独身の男といえば……」
魏 光「鞏恋さーん、この料理おいしいですよー!
食べませんかー?」(←15歳)
魏 劭「はっはっは! 都会の酒は格別ですのう!
さあさあ飲みましょうぞ!」(←28歳)
金玉昼「……さっぱりにゃ」
鞏 恋「独身といえばあと二人……」
劉 髭「かっかっか、美味いのう! いい酒じゃわい!」(←74歳、独身童貞)
金 旋「はははは! 今年はよい年だったぞ!」(←54歳、妻は死別。子2人)
金玉昼「全然ダメにゃ」
鞏 恋「うん」
下町娘「い、いいの、ホントに……。
心配しなくても、結婚するときはするから〜」
金玉昼「うー、でもにゃー」
下町娘「ふーん、それなら、玉ちゃんにも誰か探してこなくちゃならないね」
金玉昼「わ! それは勘弁にゃー!」
下町娘「ほら、自分の嫌がることを人に押し付けない!
それを人は『小さな親切、大きなお世話』というの!」
金玉昼「はーい」
下町娘「恋ちゃんもね!」
鞏 恋「……はーい」
下町娘「じゃ、変なことは忘れて、楽しみましょう〜」
こうして、208年の最後の夜は更けていく。
年が明けて、彼らはいかなる運命に出会うのか。
この時点では、誰も知る由もない……。
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