ずっとずっと… 〜forever with you〜

written by 李俊

1、suddenly confession<突然の告白>

大学の近くの喫茶店。
そこで俺と由美子さんのふたりは、遅めの昼食をとっていた。

食後のコーヒーを飲んでいた時だ。
「柏木クン、あのね…私、できちゃったみたいなの」
…由美子さんの言葉に、最初なにを言っているのか理解できなかった。

…由美子さんと付き合って、はや1年以上になる。
前から話をしたりはしていたのだが、彼女を意識するようになったのは親父が死んでからだ。
大学を辞めるかどうか迷っていた時、彼女は親身になって話を聞いてくれた。
結局、卒業までがんばってみようということになったのだが…。
それ以来、彼女と一緒にいるようになり、いつからか付き合うようになっていた。
現在は、俺の部屋にちょくちょく泊まりにきており、半同棲みたいな状態になっている。

「できた…って何が?めくり大蹴り中足払いキャンセル昇竜拳ができるようになったとか?」
俺の天然ボケ回答に、由美子さんはちょっと顔をしかめる。
「柏木クン…そんなのもう誰も憶えてないわよ」
そうだな…俺が中学の時の話だからな…。しくしく、俺も歳を取ったもんだ。
「じゃ、新しいところで…スト3の給料前払いキャンセル決裂拳とか…」
「…ゲームの発想から離れてくれない?」
しつこくゲームで攻める俺に、由美子さんはジト目で返す。
ふむぅ、ゲームではないか。となると…?
「あっ、わかった。母親が妊娠して、弟か妹ができた、ってか?」
おおう、ひねりを加えたいいひらめきだ。これで当たりかな。
しかし。
「…うーん、発想は合ってるんだけど…」
由美子さんは困ったような顔をする。
うーん、ハズレか…。発想が合ってるのなら…。
…ん?これだ!
「わかった!由美子さんに子供ができちゃったってことかぁ」
俺の言葉に、由美子さんはちょっとうつむいて、
「…うん、そうなの」
とだけ言った。
「そうかそうか、子供ができたのか。それはめでたい…」
俺はそこまで言って、はたと思った。
子供?
たらーり。(←冷や汗)
俺は由美子さんの方に向き直ると、由美子さんに質問する。
「子供ができたってことは、妊娠したってことだよな…?」
うつむいたまま、コクンとうなずく由美子さん。
たらたら…。(←冷や汗だ)
「妊娠したってことは、父親がいるってことだよな…?」
またもうつむいたまま、由美子さんはコクコクとうなずく。
だらだらだら…。(←冷や汗だってば)
俺は席から立ち上がる。
ひとつ深呼吸して…。
すーはー。
「…その父親って、もしかして…俺?」
その言葉に今度は顔をあげる由美子さん。
俺の目を見つめ、そして口を開いた。
「そう…。柏木クンの子供よ」
………。
「柏木クン…?」
………。
くらっ…ばったぁーん!
「かっ、柏木クン!?」
目の前の映像がだんだんと暗くなっていく…。

ふぇいど・あうと。




2、teardrop...<涙の雫…>

「…柏木クン」
…ここは…俺の部屋だ。
家賃3万のボロアパートの一室だ。
俺は部屋の端に敷かれた布団に横たわっていた。
「大丈夫?柏木クン。気が付いた?」
俺の顔を覗き込む由美子さん。
「…いきなり気を失っちゃうんだもん、びっくりしちゃった。とりあえず親切な人にここまで運んできてもらったけど…」
「由美子さん…」
由美子さんは俺の額に手を当てる。
「あ、頭打ったわけじゃないから大丈夫だよって言われたんだけど、大丈夫だよね?」
…由美子さんは話を逸らそうとしている。
俺に考えさせないように。言わせないように。
…だが、俺はあえて口に出した。
「由美子さん…子供って?」
由美子さんの動きがピタリと止まった。
「由美子さん」
…由美子さんは黙ったままだ。
「…話してくれ、由美子さん」
…コクリとうなずく由美子さん。
そして観念したように、ポツリポツリと話し始めた…。

しばらく生理が来なかったこと。
心配になって産婦人科に行ってきたこと。
妊娠だとわかって、しばらく悩んだこと。
今日、話をしようと決心したこと…。

「そりゃ、びっくりするよね…いきなり『できた』って言われても…」
由美子さんは…泣いていた。
笑いすぎて涙を見せることはあっても、今まで一度も泣き顔を見せたことのない由美子さんが。
いつも大人びていて、お姉さんのような由美子さんが。
…彼女のメガネは、涙で見えなくなっていた。
「由美子さん…」
「ごめんね…。柏木クンには、迷惑はかけないようにしようって思ってたんだけど…」
ぽたり、ぽたりと涙が落ちる。
俺は、何も言えなかった。
「ごめんね…ごめんね…」
由美子さんの瞳から、とめどなく涙が溢れてくる…。

「柏木クン…私、今日は帰るから」
しばらくして泣き止んだ由美子さんが、そう言って部屋を出ていこうとする。
…何か言わなくちゃ。彼女に何でもいい、言葉を…。
しかし俺は、何も口に出すことができなかった。
「じゃあね…」
部屋から出ていく彼女の後ろ姿は、とても寂しそうに見えた…。

静寂が部屋を包む。

…俺は…俺は、何をしてるんだ?
由美子さんが、あんなにも思いつめていたというのに、ぶざまに気絶なんかして。
そして今、どうしようか迷っている。
由美子さんを愛していたんじゃなかったのか!?
ずっと一緒にいようと思っていたんじゃなかったのか!?
どうして抱きしめてやれなかったんだ!?
どうして何にも言えなかったんだ!?
何なんだよ!
何やってんだよ!耕一よぉ!

ガッ!
拳を、勢いよく壁に叩き付けた。
「…くうっ」
鈍い痛みがじわりと来る。
だが…この拳の痛みも、由美子さんの心の痛みに比べれば…。
いつのまにか、俺の目から涙がこぼれていた。




3、appear in dreams<夢枕>

『耕一よ…』
…誰だよ…俺の名を呼ぶのは。
『私だ、耕一』
…親父?
『そうだ。これはおまえの夢の中だ』
…なんの用だよ。人の夢のなかに出てくんな。
『そう邪険にするな。…話を聞かせてやろうと思ってな』
…話?
『そう…あれは20年ちょっと前のことだ。当時、社会人なりたての私は遊びまくっていた』
…そのことなら母さんに聞いたことがある。名うてのプレイボーイだったってな。
『うむ。その時、おまえの母さんに出会った。知り合ったその日に行き着くところまでいってしまってな』
………。
『結婚してからの母さんも素敵だったが、その頃の母さんは初々しくてな………私も燃えに燃えまくった…』
…そういう話をしたくて出てきたんかおのれは。
『はっ!いや、すまん。…しかしその時の私は、遊び程度にしか考えていなかった。飽きたらポイと捨てるつもりだった…』
…だからか?だから母さんを捨てたのか!?
『最後まで聞け。しばらくして、母さんが私に打ち明けた…私の子を妊娠したとな。…それが耕一、おまえだ』
…!
『母さんは、1人でも産むと言っていた。私は悩んだ。そのまま彼女の言うように1人で産ませるのもいいかと思ったこともある。しかし私は、母さんとの結婚を選んだ』
…そう…だったのか。
『結婚してしばらくは、これでよかったのかという気持ちが離れなかった…』
…そりゃ、いきなり父親になっちまったんだ。迷うのはしょうがないさ。
『…かも知れん。だが、だんだんと成長していくおまえと、それを見守る母さんを見ていて、やっぱりこれでよかったのだと悟ったのだ。幸せとはこういうものを指すのだとな…」
…親父。
『耕一よ』
…なんだよ?
『迷うな。同じ道を歩めとは言わん。だが、後で後悔するようなことはするな…』
…それくらい、わかってる…わかってるさ。
『わかっているならいい。…彼女を泣かせるんじゃないぞ』
…ああ。
『ふふ…おまえのような子を持てて、私は幸せだったぞ…』
…何言ってんだよ、クソ親父が。言いたいことが済んだら、とっとと帰れ。
『ああ、わかった…では、さらばだ』
…おう、もう来るんじゃねえぞ。
………。
…行っちまったか…。

なぁにが『私は幸せだったぞ』だ…。
アホらしくて涙が出てくるじゃねーかよ…。
………。
由美子さん…俺は決めたよ。
俺は…。




4、two scars<2つの痕>

次の日。
もしかすると休んでいるかとも思ったが、由美子さんはちゃんと講義に出ていた。
由美子さんは後ろの方の席で、文庫本を読んでいる。
一瞬どうしようか迷ったが、気を取り直してその隣りに座る俺。
「あ…柏木クン…おはよう…」
俺に気付いた由美子さんは、ぎこちなく挨拶をする。
「あ、ああ、おはよう」
さりげなく返したつもりだったが、どうしてもぎこちなくなってしまった。

…講義が始まる。
「………」
カリカリ…。
教授の声と鉛筆の音だけが響く。
俺はチラと由美子さんの方を見る。
…メガネの奥の瞳は、じっと前を見ている。
由美子さんは、集中してノートを取っていた。
いつもの彼女の姿だ。
ひとつのことに集中して、その他のことは考えない。
彼女の長所でもあり、短所でもあるところ。
…普段通りだ。
昨日のことが夢の出来事のように思えてくる。
しかし、それは…現実。
彼女のお腹に子供がいることは、紛れもない事実なのだ…。
そんな由美子さんに、俺は…。

「柏木クン…?講義、終ったよ」
由美子さんの言葉に、はっと気付く。
俺の顔を覗き込む由美子さん。
「夢でも見てたの?」
そう言って、ふっと微笑む。
…昨日のことなど、何もなかったように。
「あ、いや…別にそういうわけじゃ…ちょっと考え事を」
ピクッ。
由美子さんは、俺の『考え事』という言葉に反応する。
「そ、そう…」
そして黙ってしまった。
やはり、気にしているのだ。…昨日の事を。
俺の心がズキリと痛む。
俺は決心すると、由美子さんの顔を見つめ言った。
「由美子さん…話があるんだ。今日、俺の部屋まで来てくれ」
真剣な表情で由美子さんに告げる俺。
由美子さんは一瞬厳しい顔になったが、すぐに笑顔で答えた。
「…柏木クン。わかったわ」
うなずく由美子さん。
「じゃ俺、今日は終りだから…」
そう言って席を立つ。
「うん…後でね」
教室を出て行こうとする俺に、由美子さんが小さく手を振った。




5、this sensation,to heart<この気持ちを、心へ>

コンコン。
「はい、開いてるよ」
カチャ。
俺の言葉で、由美子さんが部屋に入ってくる。
「お邪魔します…」
普段とは違い、遠慮がちにあがってくる由美子さん。
「…何、緊張してるの?」
そういう俺も、表情は硬い。
「ご、ごめん。でも…」
「とりあえず、座ってよ」
由美子さんの言葉をさえぎり、その背中を押す。
「…うん」
テーブルの前の座布団に由美子さんはちょこんと座った。
俺は台所で、インスタントコーヒーの入った、マグカップにお湯を注ぐ。
それを、由美子さんに差し出す。
「はい、コーヒー」
「あ、ありがと」
俺の渡したマグカップを受け取る由美子さん。
俺は、由美子さんの対面にでん、と座った。
「で、話ってのは…」
俺が話し始めようとすると、由美子さんがさえぎった。
「待って…。その前に私の話を聞いて」
真剣な表情の由美子さん。
「話?…ああ、わかった」
うなずく俺…。

由美子さんは一呼吸おくと、話を切り出した。
「柏木クン…私…。子供、堕ろすわ」
「…えっ!?」
由美子さんの言葉に、一瞬、耳を疑った。
堕ろす…!?
「子供を堕ろすから…だから、前と同じように一緒にいて欲しいの…」
由美子さんは、哀願するように話す。
…彼女のメガネの奥の瞳は、涙で潤んでいた。
俺の心が痛む。
…こんなにも、苦しんでいたなんて。
「…ダメだ」
だがしかし、俺は由美子さんの言葉を拒否した。
彼女の言葉を、受け入れることはできなかった。
なぜなら俺は…。
…由美子さんの表情がふっと曇った。
「…そう。そうだよね。ごめんね、無理言って」
そう言ってうつむく由美子さん。
「由美子さん、勘違いしないでよ。俺が無理だって言ってんのは、子供を堕ろすってことだ」
「…え?」
俺の言葉に、由美子さんは顔をあげる。
「由美子さんさえ良ければ、だけど…俺は、由美子さんにずっと一緒にいて欲しい。そして、俺の子供を産んで欲しいんだ」
由美子さんの表情が驚きに変わる。
「柏木クン…!?」
そっと由美子さんの手を取る俺。
そして…ずっと言いたかった言葉を…。
「由美子さん。…俺と結婚してくれ!」
…そう。俺の話したかったことってのは、これだったんだ。

俺が由美子さんを会いしているのは、紛れもない事実なんだ。
たとえ子供ができようと、その気持ちが変わるわけじゃない。
…別に子供がいたっていいさ。
それは、ふたりの愛の結晶なのだから…。

…由美子さんは突然のことに戸惑っているようだ。
「…で、でも、私なんかでいいの?こんな私でいいの?」
由美子さんの言葉にふるふると首を振る俺。
「由美子さんでいいんだ…いや、由美子さんじゃないとダメなんだよ」
由美子さんの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
「…柏木クン…柏木クン!」
由美子さんは涙ぐみ、ばっと抱き付いてきた。
「ううう…わあああああああん!」
堰を切ったように泣き出す。
…メガネが見えなくなるくらいの涙だ。
「よしよし…ごめんな。俺がしっかりしてりゃ、由美子さんもこんなに苦しまなくて済んだのにな…」

俺は、俺の胸で泣きじゃくる由美子さんを、ずっとずっと抱きしめていた…。




6、marriage,and...<結婚、そして…>

俺たちは結婚することにした。
ま、それからもいろいろあったが。

大変だったのが由美子さんの両親の説得。
母親の方は、理解を示してくれたのだが…。
事を知った由美子さんの父は、烈火のごとく怒り狂い、絶対会わないと言ってきた。
「柏木クン、行かない方がいいよ」
由美子さんはそう言ったが、俺は両親の了解を得ずには結婚する気はなかった。
妊娠させてしまって行くのだから、そう簡単にはいかないとは思っていたが。
会いに行った初日、案の定ぶん殴られて追い返された。
懲りずに行った次の日も、ぶん殴られて追い返された。
そして3日目。
「…おまえ、また来たのか。単にバカなのか、それとも…」
そう言って、ついに彼女の父は話を聞き始めてくれた。
その後も、何度も何度も足しげく通い、ようやく了解を得られたのだった。
由美子さんを泣かせないと約束させられたが…ま、それはしょうがない。

そして…。
「では、誓いのキスを…」
牧師の言葉に、向かい合うふたり。
由美子は、純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
…お腹の子はすでに4ヶ月。
外見は、ドレスでうまくカモフラージュされているが。
…ヴェールをそっと持ち上げる。
「耕一クン…」
「由美子…」
メガネの奥の瞳が揺れる。
俺はふっと顔を近づけると、唇に優しくキスした。
「おおー!耕一、やるぅ!」
後ろから梓の声がする。
…キスを終え、みんなの方を見るふたり。
「耕一さん!お幸せに!」
千鶴さんは、涙を流して祝福してくれている。
その隣りでは、楓ちゃんが遠慮がちに手を振る。
「お兄ちゃん、おめでとう!」
初音ちゃんも、優しい笑顔で拍手してくれる。
その他の人達も、拍手で祝ってくれていた。

「耕一クン…私、とっても幸せよ」
由美子が、きゅっと俺の手を握る。
その手を握り返す俺。
「うん。…今だけじゃなく、ずっとずっと幸せでいよう。…3人でね」
「…そうだね。うん、そうだよね」
由美子の表情がほころぶ。

そう…。
…3人は、これからずっと一緒なのだから…。


happy end...


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