わんだふりゃー・どっぐ
written by 李俊
This is "To Heart Another Love Comedy Story".
The heroine is Akari Kamigishi.
She is wonderful dog.
前編
「浩之ちゃゎ〜ん…」
…朝。
「浩之ちゃゎ〜ん…」
…朝だ。
「浩之ちゃゎ〜ん…」
その証拠にホレ…外からあかりが呼んでる。
「浩之ちゃゎ…」
「聞こえとるわぁーっ!何度も何度も呼ぶなぁーっ!」
俺はガバと布団を跳ね上げて起きると、窓の外に向かって怒鳴った。
時間は…なんだ、まだ余裕あるじゃないか。
いつもなら『浩之ちゃん』コールは、遅刻しそうな時なのだが…。
…ったく、安眠妨害だぞ、あかり。
あと10分は寝てられたものを…。
《たった10分で文句言うな!》
トン、トン、トン、トン。
制服に着替えてから、ゆっくり階段を降りていく。
余談だが、遅刻しそうな時は1段抜かしで降りる。
ごくまれに急ぎすぎて、滑って転げ落ちることがあるが…。
かちゃ。
「開けたぞー。とりあえず入れー」
玄関の鍵を開けて、外にいるはずのあかりに告げた。
そしてそのまま居間を経由して洗面所へ。
クイック洗顔、クイック歯磨き、クイック整髪…と慣れたもんだ。
あと2,3年したら、これにクイックヒゲ剃りが加わるだろう…、おそらく。
《それって剃刀派だと血を見そうだな…》
「浩之ちゃゎ〜ん…」
そこへ、玄関に入ってきたと思われるあかりが声をかけてきた。
「…何なんだよ、さっきからー」
今はクイック整髪の仕上げ段階だ。
フッ。今日も決まってるぜ、俺。
…などとポーズをとってみたりして。
《…バカ?》
「浩之ちゃゎ〜ん…」
さっきよりあかりの声が近付いてきた。
玄関から上がってきたようだ。
…にしても、何なんだよ、その『ちゃゎーん』って。
どう発音したら言えるんだか。
「浩之ちゃゎ〜ん…」
かなり近付いてきた。
居間まで来たな。
「…俺は茶碗かっ!」
そう言って居間に出た俺を待っていたのは…。
☆☆☆☆☆
神岸あかり。
俺の幼なじみで同級生で奴隷(これはウソ)で、そして現在の恋人…。
だよな、間違いない。
見間違ったりはしてない…が。
…何かが違う。
「浩之ちゃゎん」
だが声は、間違いなくあかり本人の声だ。
「あかり…お前、何かが違うぞ」
確かにあかり本人だが…どこかが違う。
「…浩之ちゃゎん、見てわからない…?」
タレ目を一層垂らし、口元に手を当てて、俺に訴えるような目をした。
ちなみに俺は、あかりのこの困ったような表情が好きだ。
…俺ってSの気があるのかも。
まあ、それは置いといて…。
「見てわかる…ねえ?」
まじまじとあかりを見つめる俺。
脚。
脚をみている。
太くもなく、細くもなく、すっきりとした綺麗な脚だ。
俺は近頃ハマっている映画、『痕』のオープニング風にナレーションを付けてみた…。
『見るたびにストーリーが違う』というマルチシナリオ方式を採ったこの映画は、今や『ホモのけ姫』や『対谷君』を抜いて映画史上最高の動員数を果たしたのだ。
俺も一度見て以来、何度も何度も見に行っている。
WINDOWS95版、好評発売中!
《さりげなくコマーシャル(笑)》
…はっ!?今、俺は一体何を?
WINDOWSって何なんだぁっ!?
「浩之ちゃゎん?」
あかりの声で現実に戻った。
「あ、わりい。もうちょっと待ってくれ」
俺はそう言って、またじっと見つめる。
あかりは少し恥ずかしそうにしたが、黙って俺に従った。
うーん、脚は異常なしだな。
いつもと同じ、健康的でいい脚だ。
次は…。
胸。
胸を見ている。
小ぶりで可愛い胸だ。
つつましくもゆるやかにカーブを描き、自らを主張している…そんな胸だ。
はぁ、はぁ…。
荒い肉食獣のような(俺の)呼吸。
全身が震え、ヨダレが流れてくる。
うむぅ、おいしそう…。
《…ヲイ》
「…浩之ちゃゎん!」
はっ…ついエッチなことを考えてしまった…。
あかりは俺の顔を無言で見つめ、抗議の表情を作った。
「わりぃ、あかりがあんまり可愛いもんで…」
いいわけをする俺。
「もう…」
『しょうがないなー』という感じの表情になる。
…うむー。胸も普段と変わらず。
巨乳でもなく、かといってつるぺたでもなく、俺好みのちょうどいい大きさの胸だ。
…でもって、視点をあげて…と。
頭。
頭を見ている。
…ちょっとしつこいかな?
しつこい男は嫌われるので、後は普通に行こう。
…と言っても別段、変なところは…。
「あれ?」
何か…付いてるぞ。
頭に結んでいるリボン…その両脇の側頭部のところから、ふわふわの毛皮のようなものが垂れている。
「あかり…それ、もしかして犬の耳か?」
「うん…もしかしなくても犬の耳だよ…」
犬の耳?
確かに犬チックなあかりにはよく似合ってるが…。
「あかり…おまえ、学校行くのにコスプレしちゃまずいって」
「ち、違うの、コスプレじゃ…」
あかりの声を無視して、犬耳を掴んで引っ張っろうとした。
「あっ、痛いっ!」
突然、あかりは苦痛の声をあげ、犬耳を押さえてうずくまってしまう。
へ?…痛い?
…糊ででも貼ってあるんか?
うずくまったあかりを見た。
ふりふり。
…おや?
その…スカートの下で揺れているフサフサした毛は…?
「あかり…そのスカートの下にあるの、尻尾か?」
あかりは、涙目のままコクンとうなずいた。
尻尾までつけるとは…大したコスプレ魂。
しかも動いてるぞ?電動式かぁ?
「あかり…いくら俺が犬好きだからって、コスプレまですることは…」
「浩之ちゃゎん、違うの〜。コスプレじゃないの〜…」
俺の言葉を遮って、今にも泣きそうな表情で言った。
「コスプレじゃないってお前…」
「朝起きたらねぇ〜こうなっちゃってたんだよぉ〜…」
ポロポロと涙をこぼし始めたあかり。
「なんだって!?…あかりの親父さんも酷い人だ、娘にこんなコスプレを…」
「だからぁ〜コスプレじゃないってばぁ〜…」
あかりの耳がピョコピョコと動いた。
…動いた!?
パタパタと尻尾を振って、耳がピョコピョコと…。
まるで本物の犬だぞ!?
「あかり、お前っ!?」
そう言って、あかりのスカートの尻尾をぎゅっと掴んでみた。
「ふうぅぅっ!浩之ちゃゎん、いたぁい!」
その瞬間、ビクンと反応し俺に抱き付いてきた。
「あかり、お前まさか…ホンマモンの犬!?」
☆☆☆☆☆
あかりの話では、朝起きたらすでにこの状態だったという。
「あかり、お前もしかして犬人族の末裔か?」
「違うよぉ〜…」
困ったちゃん顔で首を振る。
「うむぅー。ならば最近、お犬様に祟られるようなことは?」
「してないよぉ〜…」
ふうむ。
よくわからんな。
「ま、そのまま犬そのものになっても、俺ん家で飼ってやるから安心しろ、な?」
「浩之ちゃゎん…」
俺の言葉にウルウルとまた涙目になるあかり。
「って、冗談だ冗談!泣きそうな顔すんなって!」
フォローしとかんとまた泣き出しそうだ。
あかりがコクンとうなずく。
…泣くまでにはいたらなかった。ふう。
「…とりあえず学校いこか、あかり」
「でも…」
「学校に行けば、オカルト系に詳しい来栖川先輩もいるし、何かわかるって。こうしてても何も始まらねえぜ?」
あかりはしぶしぶとうなずくと、
「わん」
と言った。
………。
『わん』だぁ!?
「お前、今『わん』って…」
あかりは気付いて、自分の口を押さえた。
「わ、私、今『うん』って言ったつもりだったんだけど…」
「いや、『わん』て言ったぞ…」
ひゅううううううううううううう。
家の中にいるというのに、なぜか冷たい風が吹いた。
「と、とりあえず学校行くぞ!」
「そ、そうだね!」
なんか…すごいイヤな予感がするぜ。
☆☆☆☆☆
学校の前まで来た。
ぞろぞろと、生徒たちが登校している。
あかりは鞄を後ろ手に持ち、お尻を隠して歩いていた。
…こうして歩いていれば、尻尾に気付かれることはない。
耳の方は、妙に似合っているため、全然注目されることはなかった。
不幸中の幸いってヤツだな。
「あかり」
「…なぁに?」
少し前を歩いていたあかりは、振り向いた。
「お前は、アレがきたってことで保健室で寝てろ」
アレとは、月イチで来るアレのことだ。
鉄アレイでもないし、肌アレのことでもないぞ。
…さぶぅ。
自分で考えても超寒いギャグだ〜。
《シベリアなみの寒さだなや》
「え、でも…」
あかりは、サボるのはちょっと…という顔をした。
「おまえな…んなカッコのまま、授業に出られるわけないだろが。おとなしくしてろ」
あかりはちょっと考えて、そして返事をした。
「わん…じゃない、うん」
こいつ、ワザと言ってるんじゃないだろうな…。
☆☆☆☆☆
がらっ。
「ういーっす」
教室に入った俺は、あかりから預かった鞄を机の上に置く。
そして自分の席にどっかと座った。
「うぃっす、いいんちょ」
隣りの席のいいんちょにあいさつする。
「…藤田くん。おはよ」
彼女は俺の方に視点をスッとずらすと、微笑んであいさつを返してくれた。
「いいんちょ。あかりのやつ、調子悪いって言うんで保健室に寝せといたから」
「ふうん…、わかった。先生の方には私から言うとくわ」
「さんきゅ」
これであかりのアリバイ工作はOKと。
「それにしても藤田くん、いつもなんやかんや言うとっても優しいんやな〜」
「や、優しい?んんんなわけないって、きょ今日はたまたま…」
突然のいいんちょの意地悪い発言に、しどろもどろになる俺。
いや、たまたまあいつが犬になっちまったから…なんて言えねえし。
うぐぐ、俺のハードボイルドでクールなイメージが…。
《どこがクール?(笑)》
☆☆☆☆☆
きーんこーんかーんこーん。
1時間目終了。
授業が終わると同時に、教室を出ようとする…。
「浩之」
…っと、横から呼ぶ声。
「…なんだ、雅史か」
「浩之、どうかしたの?」
…いつもながら爽やかな奴だ。
「いや、ちょっと保健室にな」
ホームルームの時、いいんちょが先生にあかりのことを言ってるから、雅史も知ってるはずだ。
「あぁ、あかりちゃんだね」
「ああ…。ちょっと遅れるけど、そん時は先生に話しかけて時間稼いでおいてくれ」
次は山岡センセの究極の授業だから、ちょっと話しかければすぐ脱線する。
特に雅史の脱線させる能力は、俺のを凌駕しているし。
失敗はまず、ない。
「わかったよ。けどそのままサボっちゃダメだからね」
「わかってるって。少しだけだ」
そう言って保健室へと向かった。
去り際に雅史は寂しそうな顔をしたが…気のせいだな、んなことはない。
「失礼しまーす」
がらがらっ。
保健室の中へと、俺は入った。
サボりの王道、保健室。
んでもって秘密のエッチ部屋。…俺は経験ないけど。
《普通はないだろう》
「あ、浩之ちゃゎん」
ベットを区切っているカーテンの隙間から、ヒョコッと首を出すあかり。
「うす。…先生は?」
「わん…じゃなくて、うん、何だか買い物に行くって言って、鍵を預けて出ていっちゃった」
出てった?なんかテキトーな先生だなぁ。
俺はささっと、あかりのいるカーテンの中に入った。
…やっぱ、耳も尻尾も付いてる。
授業中、もしかしたら幻覚を見てたのかも…などと思ったが、違ったか。
「ひろゆきちゃゎん…私、一生このままなのかな…」
あかりは目を伏せ、くすん、とすすり上げる。
「おいおい…そう悲観的になるなって」
「でも…」
俺の言葉に、ふっと顔をあげる。
…じっと見つめあう2人。
俺は、あかりの頭をゆっくりと撫でてやった。
「…安心しろよ…」
「………」
「…俺が守ってやるから…」
すると、あかりはスッ…と抱き付いてきた。
「あかり…」
「浩之ちゃゎん…」
俺が唇を寄せると、あかりはごく自然にまぶたを閉じ…。
そして………。
…ペロ。
「…あかり」
…ペロペロ。
「…舐めてんじゃねーっ!」
あかりは、俺の鼻をペロペロと舐めていた…。
「…はっ!ご、ごめん浩之ちゃゎん!急に舐めたくなっちゃって…」
「…急に舐めたく?」
そりは…やばいかも。
俺は、原因の早期究明の必要性を感じた。
「ふぅん…そういうことやったんかぁ…」
不意に背後から、聞き覚えのある関西弁が。
「…いいんちょ!?」
「保科さん…!?」
そこにいたのは保科智子…いいんちょだった。
「ちょっと様子見に来てみれば…2人してちちくりあってるやないの」
すうっと眼鏡の奥の目が細くなった。
そ、その目怖いよ〜。
「い、いいんちょ。これには訳が…」
言い訳しようとする俺を、キッと睨み付けた。
「藤田くん、学校ん中で不潔やわっ!センセに言い付けたるっ!」
保健室から出ていこうとするいいんちょ。
ダ、ダメだぁ〜、完全に頭に血がのぼってるよ〜。
「保科さん、待って!」
その時、あかりが呼び止めた。
「…神岸さん?」
いいんちょは立ち止まって、こちらに振り返る。
…よかった〜。
あのまま行ってたら、2人とも停学ってとこだったろう。
「保科さん、本当のことを話すから…」
「にわかには信じ難い話やけど…こう証拠を見せられるとなぁ」
あかりは自分の身に起こっていることを、いいんちょに全て話した。
そして、耳や尻尾を実際に触らせたのだった。
「…神岸さん、犬人族の末裔なんか?」
…俺と同じこと聞いてるよ。
いいんちょの思考パターンって、俺に似てるのか…?
「ううん…全く覚えがないの」
ふるふると楓ちゃんのように首を振るあかり。
…ちなみに楓ちゃんとは、前述の『痕』中の登場人物である、マル。
「ふーむ…。となるとやっぱり呪いの線が濃いんやないかな…」
「…呪い!?」
俺とあかりの声がハモった。
「そや、何かの本で見たことある。何でも、ヨーロッパの黒魔術に『人を犬にする呪い』ってのがあるらしいんや」
「黒魔術…!?」
ふと来栖川先輩を思い浮かべる。
まさか…先輩が!?
…いやいや、先輩がんなことするわけねぇって。
一瞬疑ったが、慌ててその考えを打ち消した。
「私はそういうの信じんかったから、そん時は気にもせんかった。…そやけど、神岸さんがこうなっとる以上、それが怪しいんやないの?」
「ふむぅ…」
…黒魔術の呪いか。
話の展開として有り得るかと思ってはいたが、作者がまさかそのラインでくるとは…。
《…別にいいだろ》
これはこの先、ハードな展開が待っているとでも言うのか!?
そうだとすれば…。
おおぅ、主人公としての使命感が俺を燃えさせるぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
《勝手に燃えてろ》
☆☆☆☆☆
2時間目終了後、さっそく俺は来栖川先輩に会いに来た。
先輩はちょうど別教室から戻ってきたところらしく、ばったりと教室前の廊下で出会った。
「やっ、先輩」
「…(ペコ)」
俺のあいさつに、おじぎして返してくれる。
「…教えて欲しいことがあるんだけど、ちょっといい?」
「………」
いいですよ、と言ってくれた。
「…じゃ、ちょっと保健室まで付き合ってくれない?」
先輩を保健室に連れてきた俺は事情を説明した。
そして、あかりを観てもらう。
「………」
「『これは黒魔術の呪いです』?すごいな、観ただけでわかるんだ…」
俺が感心していると、先輩は首を振った。
「………」
「え、違う?『自分が研究していた呪いと同じ』!?」
驚く俺&あかり。
「………」
そして次の先輩の言葉は、信じられないものだった。
「…ええ!?自分が作った『呪いキット』を使用したものだって!?」
先輩の説明によると、こうだ。
昨日、オカルト研究会にいた先輩のもとに、怪しげな覆面を被った女生徒が1人、訪ねてきたらしい。
「すみません、人を犬にする魔法はないでしょうか…」
一度犬になってみたいと友人が言ったので、それを叶えてあげたい、と言ったらしい。
人のいい先輩はそこで、自分の研究していた『簡易呪いキット(犬編)』をあげてしまった。
これは、セットになっているロウソクやチョークを使って魔法陣を作れば、誰でも簡単に呪いが掛けられるという画期的なシロモノ(先輩談)らしい…。
《…それ、すげぇコワイって》
で、結果がコレ。
「………」
すいません、簡単に人を信じてしまって…と先輩はあかりに謝った。
覆面を被っているところで怪しいと気付くべきだけどな…。
もちろん、そんなこと言えるはずはない。
「先輩のせいじゃないですよ…そんな謝らないでください…」
…あたふたとするあかり。
「そうそう、悪いのはその覆面女なんだからさ。先輩は騙されただけじゃないか」
俺もフォローを入れる。
…そのままにしとくと、1日中謝ってそうだ。
☆☆☆☆☆
3時間目は古文。
しかし授業はそっちのけで、俺は考え事をしていた。
…先輩の話によれば。
1日目に耳と尻尾、2日目に両腕両足が変化し、そして3日目で完全な犬になるという。
犬になってしまった人間を元に戻すこと自体は、先輩がやれるらしいのだが…。
それをやるには、呪いそのものを消さないと出来ないそうだ。
つまりは、呪いを掛けるキーに使用した、『犬のぬいぐるみ』を燃やさないといけないらしい。
その犬のぬいぐるみ、学校にあるようです、と先輩は言っていた。
そこから発する呪いのパワーが、学校の中から感じられるらしい。
ただ学校のどこにあるか、そこまではわからないとのこと。
休み時間に、それらしい物がないか探さんとね。
しかし…なんであかりが犬にされなきゃならないんだろ?
そこがよくわからない。
あいつは人の恨みを買うようなヤツじゃないし、万一買ったとしてもなぜに犬なのか?
うーん謎が謎を呼ぶ。
名探偵コナ○や金○一少年がホントにいればなぁ…。
俺の腐ったトーフ頭じゃ、何も出てこないぜ。
…つうわけで、秀才少女保科いいんちょに助けてもらおう。
ぴりり…。
ノートを破って、そこにメッセージを書き込む。
かきかき…『どんな理由であかりは犬にされたのかな?』…とね。
で、これをいいんちょに…ホイっと。
「………?」
黒板の方に集中していたいいんちょは、その紙切れを見る。
そしてつらつらとその下に何かを書き込んで、無言で俺に返した。
その紙には、
『神岸さんを犬にする…つまり【藤田くんの恋人】を犬にする、というのが目的やないの?
そして恋人がいなくなったところで、藤田くんを奪おうと思うてる人間が犯人、ということやな。
あるいは藤田くん自身を恨んでて、その大切な人を犬にしよう…ということかも知れんけど。
まぁなんにしろ、神岸さんは【藤田くんの恋人】やから、犬にされたんやと思うで』
…と書いてあった。
ご丁寧に、【藤田くんの恋人】のところはオレンジのマーカーで強調してある。
…いいんちょ〜、これって暗に『お前のせいやあっ!』って言ってるようなもんだぜ〜…。
ちらっといいんちょの方を見てみると…ありゃ、もうすでに黒板の方へ意識が戻ってる。
うむむ…しかし、いいんちょの言い分ごもっとも。
俺ってモテるからなー、なぜか。
その線で考えてみよう。
しかしなぁ。
犯人も、犬になる呪いなんて非現実的なことを、よく考えるな。
む…非現実的?
…今、何かが閃いた。
非現実的なものと言えば…先輩の黒魔術以外には、この学校にはアレしかない!
そう…あの超常現象娘がっ!
「わかったぞ!」
俺はつい、大声を上げて立ち上がってしまった。
しーん。
教室は静まり返り、みんなの視線が俺に注がれた。
…や、やってしまった。
考えてみりゃ、今は授業中じゃねーか。
状況をよく見てみると…。
教壇に立っていた塩沢センセが、古文の訳を説明するところだったようだ。
「あらまあ、もう訳がわかったざますか?じゃ、書いてみるざます」
塩沢センセの三角眼鏡がキラーンと光った…。
…授業を聞いてもいないのに、訳せるわけねえだろ。
☆☆☆☆☆
きーんこーんかーんこーん。
4時間目終了のチャイムと同時に、教室の外へと飛び出した。
もちろんそれは、愛しのカツサンドをゲットするため…ではない。
俺が疑っている人物…琴音ちゃんに真偽を問うためだ。
…琴音ちゃんは以前俺に、あかりが彼女なのか、と聞いたことがあった。
その時はあまり深くは考えなかったが…あれは俺に気があってのことだったんだろう。
…うぬぼれだと思われるかもしれないけどね。
それに彼女は、超能力を持っている。
非現実的なものに慣れてしまった人は、非現実的な考え方をする…と何かで読んだことがある。
それに当てはめれば、琴音ちゃんが一番怪しいんだ。
…あんな大人しい子がそんなことをするはずが…という思いもある。
だが、聞いてみてわかることだってあるはずだ。
琴音ちゃんの教室の前へと来た。
彼女はいるだろうか?
…教室の中には見当たらないな。
食堂にでも行っちゃったかな?
くそ、塩沢センセに小言を食らわなければ、3時間目の休み時間に来れたのに…。
「藤田…さん?」
不意に背後から声をかけられる。
…そこには、琴音ちゃんがいた。
「琴音ちゃん…」
「何か、ご用でしょうか…?」
はにかむ琴音ちゃん。
う、うーむ。
彼女を見ていると、俺の判断が間違っているのでは…という気になってくるが。
ええい、いいや聞いちまえ!
「琴音ちゃん、ちょっと話があるんだ。ちょっと来てくれないか?」
琴音ちゃんを連れ、俺は校舎の外側にある掃除用具室へと来た。
ここなら、誰にも話は聞かれない。
安心して話せるってもんだ。
「藤田さん、お話って…?」
「…単刀直入に言うよ。あかりに犬の呪いをかけたのは、琴音ちゃんかい?」
ぱちくり。
琴音ちゃんは、まばたきした。
「何の…ことですか?」
…もしかして、ハズレ?
俺は、正直に話すことにした。
あかりが犬になったこと。
それが呪いによるものだということ。
琴音ちゃんが怪しいと思ったこと…。
…話しているうちに、琴音ちゃんはだんだんうつむいていった。
「そうなんですか…」
怒ってる…よな、やっぱり。
疑われて、怒らない方が変ってもんだ。
「私って、そんな人間だと思われたってことですね…」
その琴音ちゃんの言葉に、慌てて首を振る俺。
「いや違うんだ、その…そういうことじゃなくて…」
違う、とは言ったものの、実際その通りなのだった…。
だって…。
だって作者の書く琴音ちゃんって、いつもそういう感じなんだも〜んっ!
《…悪かったな》
…ガンッ!
「あいでぇぇぇぇぇっ!」
い、いきなり、何かが後頭部に当たったぞ!?
何が…。
「…バケツ?」
それは、スチール製のバケツだった。
おかしい、さっきはそこのロッカーの脇にあったはず…。
ここに他に人がいるわけでもないし。
「藤田さん…危ないですよ…ふふふふふふふ」
…急に、琴音ちゃんが低い声で笑った。
「こ…琴音…ちゃん?」
その笑いに、俺は得も知れぬ恐怖をおぼえた。
「藤田さん…気を付けてくださいね…色々なものが、あなたを襲いますよ…」
…さっきまでの琴音ちゃんとは全然違う…。
うつむいていて表情は見えないが…な、なんか怖い!
琴音ちゃんは、俺の心を動揺が見えるかのように、
「ふふっ」
…と笑った。
「でも…安心してください。この私が…」
ひゅうううううううううううっ!
室内だというのに、冷たい風が吹き荒れる!
すっ…と顔をあげる琴音ちゃん。
その表情は無表情だが…イっちゃっている顔だ!
「…私が、予知してあげますから〜っ!」
琴音ちゃんがそう言うと同時に、周りにあったバケツやらモップやらワックスの缶やらが、フワッと宙に浮いた!
「な、ななななななななんだぁ〜っ!?」
何が起こってるんだぁ〜っ!?
「まずはモップですっ!」
びゅん!
モップが俺の方に、ものすごい勢いで突っ込んできた!
「おひょぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
紙一重でかわす!
モップはそのまま勢いよく俺の後ろへ。
…ずどんっ!
後ろを振り返ると…モップは柄の先から半分くらい、コンクリの壁に突き刺さっていた。
「ひ、ひええええええええっ!」
あ、あんなのを食らったら…。
矢ガモならぬ、モップ人になってしまうぅぅぅぅぅっ!
「うまくかわせましたね…うふふふふふふ」
「こっ、ここここここここことねちゃん!?」
「次も危ないですよ…ワックスの缶ですからねっ!」
ぶぅぅぅぅぅぅん!
10キロはあろうかというワックス入りの缶が、俺の頭を目掛けて吹っ飛んできた!
「うっひゃああああああああああああああああっ!」
しゃがみこんで何とかかわす!
どごおっ!
缶はそのまま、壁にめりこんだ。
ぞぞぞぞぞぞ…(寒気)
こんなもん頭に直撃したら…のーみそ、ぶちまけちまうぞぉっ…。
「ふふふふふふ…よくかわしました…。これも私の予知のおかげですね…」
よ、予知ってあぁた!
ものすごく俺を狙ってるような気がするんですけどっ!
…しかし恐怖のあまり声を出せず、口をパクパクさせるだけだった。
「次はぁ…バケツの嵐が来ますよぉっ…!」
その声と同時に、部屋の中のバケツが一斉に俺を取り囲んだ!
…こ、こんなにたくさん!?
こんなにかわせる訳がねーだろーっ!
…俺がたまらず泣き出しそうになった、その時。
「…ふぅっ…」
ばたっ!
いきなり琴音ちゃんが倒れた。
…がらがらがらがらっ。
それと同時に、宙に浮いていたバケツ軍団もすべて、重力に引かれて落ちる。
「な、何だ…?」
…俺は訳がわからなかったが、とりあえず琴音ちゃんに駆け寄った。
「琴音ちゃん!」
しかし…琴音ちゃんからの返事はなかった。
彼女は…。
彼女は…。
「すー…」
…眠っていた。
「な、何だったんだろう…今の」
訳がわからない。
わからないが…1つだけはわかった。
「琴音ちゃんは、ものすっごく怒っている…ということだな」
俺は、自分の推理が大ハズレだということを痛感した…。
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