後編

5時間目。
…ぐ〜。
…ぐぐ〜。
別に寝てるんじゃないぞ。
これはなぁ…腹の虫だ。
あの後、俺は琴音ちゃんを保健室に連れて行った…。
まあ、あのまま掃除用具室に寝せとくわけにもいかないしな。
…しかしそこで昼休みが終わってしまい、俺は飯を食い損ねたんだよぉ。
ぐー。
ぐーぐー。
俺の腹は、見事なまでの独奏曲を奏でている。
腹減ったよぉ〜…ひもじいよぉ〜。
「藤田くん…ぐーぐーうるさいで…」
少し眉毛をヒクッとさせて、小声で話すいいんちょ。
「わりぃ…どうにかできるんならどうにかするんだけど…」
ぐー。
俺の言葉を肯定するかのように、腹が鳴った。
「ったく…冗談じゃないで。飯くらいきっちり食っとき」
いいんちょはすぐ、黒板の方に視線を戻した。
…冗談じゃないのはなぁ〜、こっちの方なんだよぉ〜。
放課後までジュース買うくらいしかねーんだからよぉ〜。
…抜け出してコンビニにでも行ってくるかぁ?
ぐぐぐー。
まるで『そうしよう』と言ってるかのように、腹が鳴りまくる。
すっ…。
いきなり、委員長が立ち上がった。
…俺を冷ややかな目で見つめて。
「先生…藤田くんが…」
なっ!いいんちょ、何を!?
俺の…俺の腹の虫がそんなにうるさかったのかっ!?
いいんちょの行動にパニクる俺。
…腹減ってるせいもあるかも。
「…藤田くんが、気持ち悪いそうです」
…へ?
なんのこと?
「なに、本当か藤田?」
先生が聞いてくる。
「あ、は、はぁ…」
あいまいに答える俺。
「調子悪い時は無理すんな。保健室行ってこい」
「は、はい。わかりました…」
そう言って教室を出ていく。
いいんちょ…?
振り返った俺に、いいんちょは短くウインクした。
…さんきゅー、助かるぜ。
いいんちょの意図を察した俺は、教室を離れると全速力で走り出した。
うおおおおおおおお、コンビニに向かってダァーッシュ!
 

☆☆☆☆☆


ふぅ…着いた。
はぁ〜るばる来たぜコンビニへ〜ってな。
ま、学校からそんな遠くもないのだが。
いかんせん腹ペコなもんだから、すっげー長く感じた…。

中に入ると、一目散に調理パンコーナーへ。
昼過ぎなので、ヤキソバパンとコロッケパンしか残ってなかったが、俺にはそれで充分だった。
後はカフェオレ。
…いつもと大して変わり映えしねーな。
「ありがとうございましたー」
バイトのおねーさんが笑いながらあいさつをする。
…サボリだってわかってんなぁ、こりゃ。
まぁ実際、ここはサボリ人間の溜まり場なんだが。
しゅいいん。
自動ドアを開け、外へ出ようとすると、そこには…。

「げっ!ヒロ!?」
驚きの表情を見せる志保。
言わずと知れた寄り道部主将だ。
「…なんであんたこんなとこにいるの!?」
「そりゃー俺のセリフだ」
志保のやつ、授業サボリか?
なんてやつだ。
《お前はどーなんだ》
ま、俺はいいのさ。
『メシを買う』という正当な理由があるからな。
「休み時間に教室へ見に行っても見当たらないし、休みなのかなーと思ってたら…こんなところでサボってるとは!」
「おいおい、休み時間いなかっただけで、ちゃんと授業には出てたぞ」
「じゃ、今は?」
「昼メシ食えなかったから、買いに来た」
志保はふぅーんと、興味深そうな目で俺を見る。
「ヒロがお昼食べられないなんて、ただ事じゃないわね」
ギク。
…す、鋭い。
やべーな、あかりのことがバレちまう。
こいつが犯人ってのは有り得ないだろう…がしかし。
話したが最後、余計な尾ひれまで付いて全校中にあかりのことが…。
ダ、ダメだ!
んなこと、あかりを見世物小屋に売るようなもんだっ!
「なぁにブツブツ言ってんのよぉ、ヒロ」
いや、しかし…こいつの情報収集能力を活用すれば…犯人もすぐ見つかるか?
校内ガセネタ女王の異名を持っているこいつでも、たまには有効な情報を仕入れることもあろう…。
「ねってば…あれ?この紙…何だろ?」
うーん…知られたくない相手ではあるが…かと言って利用しない手は…でもなー。

「ふっふっふ…ヒーロ。あんた、面白い情報持ってるじゃない?」
え?
…考え事から現実に引き戻された俺は、志保が手にヒラヒラさせているものに気付いた。
「…そ、それはぁぁぁぁぁっ!」
いいんちょとやり取りした、メッセージの紙切れじゃねーかっ!?
「こんなもの胸のポケット入れてちゃダメよぉ。見てくださいって言ってるようなもんよ?」
あ、あかん…。バレてしまった。
「しょうがねーか…とりあえず保健室まで行こう…」
 
☆☆☆☆☆


「…許せないわね。そいつ」
保健室で話を聞いた志保は、予想外な怒りの表情を見せた。
「志保、ありがとう」
あかりは瞳を潤ませて、志保の手を握る。
…その間俺は、メシを食っていた。
「なんであかりがこんな目に会わなくちゃいけないのよ!?やるんだったらヒロをやるべきでしょうに!」
「お、おいおい、落ち着け。授業中だぞ」
興奮している志保の声は、隣りにある教室まで聞こえそうなほど大きかった。
…ちなみに琴音ちゃんは、まだ寝ている。
志保のバカでかい声にも、起きる気配を見せない。
「それにしてもさぁ…アンタもバカよねー。そのぬいぐるみ探せばいいだけなのに、何で怪しい当人に話すのよ?」
「あ、そうか!」
…うっかりしてた。
目的は犯人を捜すことじゃなく、犬のぬいぐるみを探すことだったんだ!
「くーっ、志保に言われて気付くとは、俺も情けねー!」
「アンタ、ケンカ売ってる?」
志保はジト目で俺を睨んだ。

きーんこーんかーんこーん。
5時間目終了のチャイムだ。
「よし、ぬいぐるみ捜索隊出発だ!」
メシを食って気合充分。早速行くぜ!
「ちょっと待ってよヒロ。色も大きさも形もわからないぬいぐるみを、当てもなく探すつもり?」
「…う」
しゅうううううううううううう。
満タン状態だった俺の気合は、その一言で急激にしぼんだ。
「そうだな…まず、来栖川先輩のとこに行こうかぁ…」
 
☆☆☆☆☆


先輩に会いに行くと、先輩は何やら小石のような透き通った石を渡してくれた。
「………」
「え、『呪いの力に反応して光る石です』?そんな効果がこれに…」
透かしてみても、そんな風には見えないが。
「なんかウソくさ…モガッ!」
…俺は慌てて志保の口を塞いだ。
「せ、先輩、これ借りてくから」
…コク。
先輩がうなずいたのを見て、俺は志保の口を塞いだままそこを離れた。

「…ったく、何すんのよっ!」
「何すんの、じゃねえよ。こういうのは信じるのが大事なんだ。ウソくさいなんて言うな」
じっと手の上の石を見てみる。
こいつが…あかりを救うために必要なんだからよ。
「…何か言った?」
「いや…」
 
☆☆☆☆☆


ここは…ダメだ。
ここも…ない。
俺達は人のいないところを、片っ端から調べていった。
…しかし、石はうんともすんとも、ちょびっとも光る気配を見せない。
「ヒロ〜、やっぱその石ダメなんじゃないのぉ?」
歩き疲れた志保は、誰もいない教室の机に腰掛けた。
「まだだ、まだ終わらんよ!」
「誰のモノマネよ、それ」
「…うるさいな、信じないんなら付いてくんなよ」
フン、とそっぽを向く志保。
「バカ言わないでよ、マヌケなヒロ1人に任せられるわけないでしょ」
「…へっ、その言葉そのまま返すぜ」
たく…こいつ連れてくるんじゃなかったな。
しかし、さっきから全然反応なし…。
志保でなくても、疑いたくもなるか。
「次行くぞ」
「はいはい。わかりましたよー」
俺達は、まだ行っていない場所を探した。

自分の教室に来た時のことだった。
6時間目は体育で、今は誰もいない。
ほわわわわ…。
「い、石が光り出した!」
石は、淡い青色の光を放ち出した。
「この教室にあるっていうの?」
志保が驚いた顔で言った。
「どれどれ…」
試しに石を持って、教室内を一周してみる。
…ほわわわわわわわわわわ。
ある地点まで来ると、急激に光が強くなる。
「ここか?」
そこは…矢島の机。
石は、矢島の机に近付けると、より強い光を放った。
「…調べてみるか」
ガサゴソ。
机の中を調べてみると、何やら変な物が出てきた。
「ヒロ、これってもしかして…」
「…ワラ人形だな」
それは5寸釘を胴体に突き刺した、ワラ人形だった。
その頭部に付いている紙をみると…『藤田浩之』と書いてある。
あンのヤロー…あかりのことでまぁだ根に持ってんのか。
「ヒロ、木づちも出てきたわよ…」
…こういうことをやってるたー、いい度胸してるじゃねーか。
「…ここをこうして…と」
俺の名前の紙を外し、別な紙を頭部につける。
「ヒロ…何やってんの?」
「こうするんだよ…」
そう言ってグッと木づちを握る。
「…こいつめっこいつめっこいつめっ!」
がっがっがっ!
ワラ人形の五寸釘を、木づちで床に打ち込む。
…人形の頭に付けた紙には、矢島の名前を書いておいたのだ。
ふうー、すっとした。

この石、どうやら呪いであれば何でもかんでも反応するようになっているようだ。
結局、石はワラ人形に反応したにすぎなかったのだ…。
「くそー、期待させといてあれかよ…」
「…ほかを探しましょ、ヒロ」

…また誰もいない教室を見つけて入った時だった。
ほわわわわ…。
「光り出したぞ」
石は、また淡い青色の光を放ち出した。
石を持って、ぐるっと教室を回る。
…ほわわわわわわわわわわ。
ある地点まで来ると、急激に光が強くなった。
「ここだな」
そこの机にかけられている、鞄のネームを見てみると…。
「レミィ?」
その鞄には、『宮内 レミィ』と書いてあった。
「ちょっと、レミィが犯人だっての!?ウソでしょ!?」
「そう焦るなよ。机の中には…」
ゴソゴソ。
…ちょっと悪い気もしたが、反応は間違いなくここからだ。
ゴソ…。
「ん?なんか、柔らかい布地が…」
「も、もしかして」
意を決してそれを引っ張り出した。
ささっ。
「こっ、これは!?」
…それは、ぬいぐるみだった。
ただし…の姿の。
「…鳥のぬいぐるみ?」
志保はがっかりしたようにうなだれた。
「ここもハズレだな。次行こう」
しかしレミィの奴、このぬいぐるみで何の呪いをかけてたんだ?
…今度聞いてみよう。
 
☆☆☆☆☆


きーんこーんかーんこーん。
6時間目終了のチャイム。
これ以降は、放課後になる。

「ダメだー、見つからねー」
保健室まで戻った俺は、あかり、志保、来栖川先輩、いいんちょといったメンバーとで作戦会議を開いていた。
「すー…」
ちなみに琴音ちゃんは、まだ眠っている…。
「…見つかったのは、ワラ人形と鳥のぬいぐるみだけだったしねー」
志保はがっくりと肩を落とした。
「…ごめんね、志保、浩之ちゃゎん…」
泣きそうな顔でうつむくあかり…。
「何であかりが謝るんだよ、お前のせいじゃねえって」
「………」
俺の言葉に、今度は来栖川先輩が暗い顔をする。
慌ててフォロー。
「あ、いや、先輩のせいでもないってば。わりぃのは犯人なんだから、ね?」
「そやそや、後で犯人ブン殴れば済むことや」
さらっとカゲキなことをおっしゃるいいんちょ…。

…しかし、こうしててもラチがあかねーな。
くそっ、こうしている間にも、あかりはだんだん犬になっていくんだ…。
「浩之ちゃゎん」
俺の苦悩する姿を見かねたのか、あかりが声をかけてきた。
その表情は、悲しく微笑んでいる。
「あかり…?」
「…もういいよ、浩之ちゃゎん。これ以上、私のために苦しまないで」
…なっ!?
「…何言うとるんや、神岸さん!」
俺が言うより早く、大声をあげるいいんちょ。
「ううん、もういいの。私のせいで、みんなに迷惑かけたくない…」
「何言ってんのよあかり、犯人が悪いのよ!あんたは悪くない!」
志保がぶんぶんと首を振った。
…しかし、あかりは聞く耳ないようだ。
「浩之ちゃゎん…私が犬になったら、浩之ちゃゎんの家で飼ってね…」
…ダメだこりゃ。1人で突っ走ってやがる。
「…あかり」
「…?」
俺はすうっと息を吸うと、がしっとあかりの両肩を掴んだ。
「いいか、あかり。俺はお前が人間だから好きになったんだ。犬チックだからとか、主人に従順だからだとか、そんな理由で好きになったんじゃねえ」
「………」
俺を見つめるあかり。…その瞳は揺れていた。
「…だから、俺はお前を犬になんかさせねえ!何が何でも元に戻してやる!だから、そんな弱気なこと言うな!」
「…浩之ちゃゎん」
あかりの瞳から、つうっと涙が流れ落ちた…。
そしてあかりは、ぎゅっと俺にしがみつく。
「浩之ちゃゎん…」
「あかり…」
そして2人は、互いの唇を合わ…。
「ちょっと待ちぃっ!ラブラブやるのは後にしときっ!」
…ちっ、邪魔が入ったか。
見ると、いいんちょと志保が、ジト目でこっちを見ている。
先輩も、心なしか抗議しているような目つき…。
「ったく、今はそれどこじゃないでしょ!具体的には、全然解決策は見つかってないんだからね!」
鋭い志保のツッコミ。
ううっ、まったくもってその通り。
ぬいぐるみを見つけるには今のところ、この石に頼るしかないのだから…。
…ポケットから石を取り出す。
…ぽわわわわわ…。
その時、石が青色の光を放ち出した!
「わっ、光り出したっ!」
「えっ!?」
「な、なんや、どういうことや!?」
驚く一同。
先輩も、多少驚いているようだ。
…ぽわわわわわ…ぴた。
「あり?消えた」
先程の光は、消えてしまった。
「…なんだったのよ?」
訳がわからないといった表情の志保。
他のみんなも不思議な顔をしている。
…ぽわわわわ…。
「!?」
また光り出した!
ぽわわわ…ぴた。
…と思ったらまた消えた。
「浩之ちゃゎん…これ、誰かが近くを行ったり来たりしてるってことじゃないの?」
「…それだ、あかり!」
俺はすぐに保健室の外に出た。
そこには…。

「るんらるんらら〜〜〜♪おっそうじ、おっそうじ、たっのしいな〜〜〜♪」
…そこには、マルチがいた。
モップを持ち、保健室の前の廊下を行ったり来たりしている。
掃除をしているのだろう…。
「…まるち?」
「…?あっ、浩之さん!」
俺の声に気付いたマルチが、近くまで駆けてくる。
…いかん!
こけっ!
「きゃっ!」
ほれ、やっぱりコケた!
…がしっ!
俺は、そのまま行ったら確実に顔面強打するはずのマルチを、何とか支えた。
「…あ、ありがとうございますー」
助け起こされ、礼を言うマルチ。
「いや、別に…ん?」
マルチのスカートの腰の部分に、ぷらーんぷらーんとぶら下がっている物体…。
「…犬のぬいぐるみだ!」
「ええーっ!?」
俺の叫びに、いつのまにか保健室から出てきていたみんなが驚きの声をあげた!
「マ、マルチちゃん?」
あかりも出てきていた。…ふりふりと尻尾を振っている。
「あ、あかりさん!犬になれたんですね!よかったー」
マルチは手を合わせ喜ぶ。
…『なれた』?『よかった』?
「マルチ、ちょっと話を聞かせろ!」
「は、はいっ?」
 
☆☆☆☆☆


『あ、マルチちゃん』
『あかりさん、お帰りですかー?』
『うん。…何してるの?』
『あ、犬さんとお話してたんですよー。私も一度犬さんになってみたいですー』
『そうねぇ、私も一度なってみたいな』
『そ、そうなんですかー?なってみたいんですかー?』
『うん、ワンワンッ…なんてね。ふふふっ』
『そうですねー。どんな気分なんでしょうねー』

「…という会話が昨日あった。そういうことだな、マルチ」
「はいー」
俺の言葉にうなずくマルチ。
「間違いないな、あかり」
「うん…」
対照的にうつむくあかり。

つまりは…あかりの願い(?)を叶えようと、マルチが一生懸命頑張った結果だった。
先輩は、騙されたわけじゃなかったのだ。
「しかしマルチ…。なんで、先輩のところに行くのに覆面被ってたんだ?」
俺は疑問に思っていたことを聞いた。
「あの…前に長岡さんから、『オカルト研究会は怖いところだから、入る時は覆面を被って入るようにしなさい』って…」
「なぬ!?」
…ジロリ。
全員の視線が志保に集中する。
「いやっ、あのね、まさか本気にするとはねっ、思いもよらず…」
しどろもどろで言い訳する志保。
「それより、何でそのことを黙ってたんや!?」
問い詰めるいいんちょ。
「そんなこと覚えてるわけないでしょーが…」
「ええい問答無用や!食らえ炎のツッコミーッ!」
びしぃぃぃぃぃっ!
いいんちょのチョップが炸裂!
「ひでぶっ!…な、何よこのがり勉女っ!」
「なんか言うたかこの歩く騒音発生機!」
わーわーぎゃーぎゃー!
…何だかどたばた始まってしまった。
わけわからんなーこの2人。
ぽんぽん。
…先輩が肩を叩く。
「………」
「え?早く呪いを解きましょう?…そうだね」
俺とあかりとマルチは、先輩に連れられて保健室を出た。
…暴れまくるいいんちょと志保を残して…。
 
☆☆☆☆☆


オカルト研究会の部室。
魔法陣の中央に、あかりがちょこんと正座している。
「………」
その前で、魔道士姿の先輩が何やら呪文を唱えていた。
「ううっ…すいません。私のせいでおおごとになってちゃいまして」
マルチは少し暗い顔だ。
「そんなに気にすんなよ。マルチはあかりのためにやったんだろ?」
「はい…」
「ならいいだろうが。後で『ごめんなさい』すればいいさ」
あかりも『犬になってみたい』って言っちまった手前、怒るに怒れないだろうしな。

…ぼっ!
先輩の前においてあった犬のぬいぐるみが、炎に包まれた。
そしてほんの数秒で灰になってしまう。
「………!」
先輩は杖をぎゅっと握り、一層集中して呪文を唱え続ける。
…だんだん魔法陣の線が、光を放ち始めた…。
「いよいよか…?」
ごくりと唾を飲んだ。
どんどん魔法陣の光が強くなっていく。
…光が最高潮に達した、その時。
ぼんっっっっっっっっ!!
い…いきなり爆発したぁっ!?
「ちょ、ちょちょちょちょっとせんぷぁい〜〜〜!?あ、ああああああかりが、ば、ばばばばばばくはつ〜〜〜」
「ひ、浩之さん〜、しっかりしてくださ〜い」
錯乱している俺をつかんで揺さぶるマルチ。
「………」
「え?爆発はしてない?呪いから開放されるとこうなる?」
コクコク。…うなずく先輩。
「び、びっくりさせないでくれ〜。心臓が止まるかと思ったぁ〜」
ほっと胸をなで下ろす…。

もくもく…。
部屋の中には煙が立ち込めている。
あかりがどこにいるか、全く見えない。
「おい、あかり…どこだ?」
大丈夫だと聞かされても、姿が見えないと不安になってくる。
………。
…返事がない。
「あかり…?」
「…わんわんっ」
よかった、返事が…って。
「『わんわん』だあっ!?」
い、犬の返事ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?
元に戻ってないっ?
「あ、あああ、ああああああかりっ!」
そんなっ、呪いは解けたはずだろうがっ!
俺は煙の中に入っていく。
…不意に目の前に現れる人影。
「えへへ。浩之ちゃん、びっくりした?」
ちゃんと人間の姿をしたあかりが、ぺろっと舌を出した。
 
☆☆☆☆☆


学校からの帰り道。
俺は、あかりの前の方をずんずんと歩いていた。

「待ってよー、浩之ちゃ〜ん」
「知らん。俺は俺の速さで歩くんだ」

あの後マルチとあかりに先輩に謝らせて、マルチとあかりを仲直りさせて…。
で、あかりの頭を一発叩いて、終わり。
…どたばた騒いだわりに、終わりは大したことなかった…。
まぁ書いてるヤツがヤツだし、こんなもんだろう。
《悪かったな(怒)》
しかし、非常に疲れた一日だった…。

「ふう、ふう。浩之ちゃん、歩くの速いよ…」
やっと俺の横まで来たあかりが、肩で息をしている。
「あのな、お前がとっととマルチとのやり取りを思い出してりゃ、こんな疲れる一日にはならなかったんだ」
1日駆けずりまわったり、塩沢センセに小言食らったり、琴音ちゃんに半殺しの目にあったり…。
俺の苦労は一体なんだったのっ!?
…て感じだぜ。
「ふふふ、ごめんね浩之ちゃん」
ごめんと言う割に笑っているあかり。
「…何笑ってんだよ」
「…私、うれしいの」
「はあ?」
何言ってんだ?
…ぴた、と歩みを止めた。
「…人間に戻れたからか?」
しかし俺の言葉に、あかりはふるふると首を振った。
「あのね…今日のことで、浩之ちゃんが私のことを思ってくれてるんだって。…そうわかったから」
…うぐっ。
「ば、ばーか、何言ってんだ。心の中じゃ、犬になったお前もいいかな、なーんて思ってたんだよっ」
目を逸らし、照れ隠しにテキトーなことを言った。
しかし、あかりは微笑んでいる。
まるで俺の本心を見抜いているかのように…。
「だーっもう、人に心配させといて何喜んでんだっ!」
ばっと手をあげる俺。
「きゃっ!」
叩かれると思ったあかりは、身をすくめる。
…かかったな!
俺はあげた手で素早くあかりのあごを持つと、すっと唇にキスをした。
「………!」
…すぐに唇を離すと、俺はべーっと舌を出した。
「へへーん。心配させたお返しだ」
「も、もうっ。浩之ちゃんたらっ!」
顔を赤くして頬を膨らますあかり。
…でも、すぐに微笑みに戻った。

「…大好きだよ、浩之ちゃん♪」

たーんっ!
ちゃーら〜ちゃ〜ら〜…♪(BGM:新しい予感)


☆☆☆☆☆


…翌日。

「浩之ちゃ〜ん」
…おや?
「浩之ちゃ〜ん」
…朝だ。
「浩之ちゃ〜ん」
…あっれぇ?おっかしいなー、昨日でハッピーエンドじゃなかったのか?
あの後『新しい予感』の音楽が聞こえたと思ったのだが…。
疑問を抱きながらも、とりあえず起きた。
時間は…おっとっと、ちょっと遅れ気味だな。
とっとと行かねーと…。

かちゃ。
「開けたぞー」
玄関の鍵を開ける。そしてそのまま洗面所へ。
さーて、クイック洗顔…と。
俺はいつものように鏡を見た…。

「…ンングワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
俺の叫びが家にこだまする。
「ど、どうしたの浩之ちゃん!?」
叫びを聞きつけて、あかりが洗面所まで来た。
そして、俺の顔を見て驚愕の表情。
「ひ…浩之ちゃん!く、口が、口がっ!」
そう。
…俺の口は、水鳥のくちばしのようなものになっていたのだっ!
おーれのくーちはダックのくちー。
…などとボケをかましている場合ではないっ!
犯人は…レミィだ!
レミィの机の中に入っていた、あのぬいぐるみ!
あれしか考えられない!
「あかり!ぐわっこう(学校)行くぞっ!」
「う、うん、うぷぷっ!」
耐え切れずあかりは吹き出す。
「笑うなっ!」
俺だって自分の顔じゃなけりゃ笑いたいわいっ!
待ってろレミィィィィィィィィィィッ!
…ずだだだだだだだだだっ!
すでに俺は駆け出していた。
「あーん、待ってよ浩之ちゃ〜ん!」



ちゃんちゃん♪


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