逃走する綾香。
小さな林に逃げ込み、ほっと一息つく。
「あー、助かった。何とか逃げ切れそうね」
木に寄りかかり、誰に言うともなく言葉を吐く。
…が、その言葉に反応する人間がそこにいた。
「まだ逃げ切れてはいないぞ」
頭上から聞こえてきたその声に、綾香はギョッとして見上げる。
木の上にいたその人物は木の上からざっと飛び降り、綾香の前に降り立つ。
「あんたは…?」
一瞬警戒の色を見せた綾香だったが、相手が敵意を全く見せてないことから構えを解いた。
綾香が警戒を解いたのを見て、その人物はフッと笑い自分の名を綾香に告げた。
「私の名は坂下」
坂下は道着姿で、腕組みしている。
名を知らされた綾香は、その名が以前マサシが言っていた人物と同じであることを思い出した。
「あんたが坂下…。それで、私に何の用?」
腰に手を当て、綾香は坂下に目的を問う。
「お前はまだ逃げ切れてはいない。追跡している者がいるぞ」
坂下の返答に綾香は驚きの声を上げる。
「えっ?」
綾香にはそれ以上答えず、背後に向かって坂下は声を上げた。
「隠れてないで、出てこい。いることはわかっている」
しばらくの沈黙。
綾香には、誰かが潜んでいるとは思えなかった。
だが、しばらくして、ゴソゴソと何者かが現れる。
「あかんなぁ…。隠密行動はやっぱ私には向かんわ」
ある木の裏手から姿を現したのは、保科智子であった。
しかし、坂下は智子へ一瞥もくれずに、次の言葉を吐く。
「1人ではないだろう。もう1人隠れている」
その様子を見て舌打ちする智子。
「ちっ…。よう判るもんやな。おーい、出てきー。隠れてても無駄みたいやで〜」
その声に、別方向からまた1人、姿を現した。
セリオである。
「─隠密モード解除。戦闘モードに移行します」
そう言うと、セリオは格闘用の構えを取った。
「2人もいたなんて…!?」
逃げ切れたと思っていた綾香は、つけられていたことに驚愕する。
「ま、後をつけてアジトを見つけられればラッキーやったんやけどな」
憎まれ口を叩く智子に、すっと一歩近付く坂下。
「生憎だったな」
「まあ、ええわ。あんたもリーフ関連のようやし、どっちかブチ倒して居場所を聞き出したる」
智子が構え、それに伴いセリオもジリジリと間合いを詰め仕掛けるタイミングを計っていた。
坂下は、綾香と2人の間に立ち、背後の綾香に指示を出す。
「綾香。私が足止めするから、お前は早く逃げろ」
「…どういうこと?」
綾香はわけがわからないままだ。
まだ、坂下がどういう者かはっきりしていない。
だから、その言葉をどう受け取っていいのか、わからなかった。
「いいから、早くしろ」
動こうとしない綾香に、坂下は少し声を荒げる。
その間にも、智子とセリオはジリジリと近付いている。もはや考えてる猶予はなかった。
「…わかったわ。恩に着る」
綾香は軽く手を振ると、素早く跳躍し逃亡を図る。
「―智子さん、逃亡しますが…」
「ほっとき。どうせ2人一緒になんて相手出来へんし、この方が都合ええわ」
智子は、綾香よりも目の前の坂下が気になっていた。
スキが全くない。そして、強烈な気迫。彼女が只者ではないことがわかる。
「―判りました。目標を固定、戦闘を開始します」
セリオも智子の言葉を受け、坂下一人に目標を絞った。

『ブランニューハート、チェンジ!』

2人の声がハモり、その瞬間2人はコンバットスーツに身を包まれていた。
2人を一瞥し、坂下は呟くように言った。
「…トゥハートが2人だけで、私には勝てないよ」
その言葉に、ピクリと智子が反応する。
「…何やて? 大した自信やな?」
「フ…お前たちなど、左腕一本で相手できる」
坂下が一瞬笑った。
瞬間、その姿がかき消える。
「なっ!?」
次の瞬間には、坂下は智子の目の前に現れていた。
「遅すぎる!」
智子の首筋に坂下の左腕が入った。
スピードの乗った手刀が、彼女のガードよりも早く叩き込まれていたのである。
「くっ…」
智子が襲われたのを見て、セリオが反撃する。
坂下の背面に回り込み、回し蹴りを放った。
…しかし、その蹴りは坂下の手によってはたき落とされた。

「強い…!」

坂下とセリオを相手に、坂下は言葉通り左腕一本で戦っていた。
それでも全く2人を寄せ付けない。
「トゥハート…その程度なのか? 正義の味方を名乗るにはあまりにも弱過ぎるな」
坂下のその言葉にも、返す言葉も出ない。
2人には、勝つ見込みが全くなかった…。

☆☆☆

「ふう…さすがに、ここまでくれば誰もいないわね」
見通しの良い広い場所に出た綾香は、近くに誰もいないことを確認し、一息ついた。
「しかし…坂下、以前はマサシの邪魔をして、今度は私を助ける…」
坂下の意図が判らない。その行動に、一貫性はあるのだろうか。
「どういうつもりかしら…」
綾香が考え込んでいると、その背後に何者かが現れた。
「おや? そこにおるのは…アヤカか?」
聞き憶えのあるその声に、綾香は振り返った。
「セバス…?」
振り返った綾香は、そこにいるセバスの姿を見て驚愕した。
「な、な、な…何、その格好!?」
それは、以前のセバスとは違っていた。
以前の生身っぽい(実際に生身であったのだが)姿とはうって変わって、今の姿はメカメカしい、言わば「メカセバス」といった感じである。
セバスは、何を言っているのか、と言った表情になる。
「何って、マサシに改造手術を受けたんだが」
「マジ?」
綾香はあっけに取られた表情のまま。
幹部クラスの者が改造手術を受けるなど、前代未聞のことである。
「マジもマジ、大マジじゃ」
ぬうっとマジな顔を近付けるセバス。
反射的に綾香はその顔から逃げようと、後ずさった。
「なんでまた…」
「トゥハートに勝つためなら、この身体など安いものよ…」
綾香の問いに遠い目をしてセバスは答えた。
「はあ…」
半ば呆れる綾香。
別に奴らを倒す方法など、他にあるだろうに。
綾香はそう考えていた。
…しかし、セバスは彼女がそんなことは考えているとは少しも思っていない。
むしろワシに任せとけ状態である。
彼はぐぐっと拳を握り、力説する。
「ワシは奴らに復讐するため、生まれ変わったのだ! これからはワシのことを、グレート(すばらしい)・グロリアス(栄光ある)・セバスチャン、略してGGセバスと呼ぶがよいぞ!」
ドドーン!!
セバスの後ろに控えていた音響担当の戦闘員が、抱えていたスピーカーから効果音を発した。
「どーでもいいけどセバス、ネーミングセンス悪いわね」
綾香のツッコミに、セバスは大きく首を振る。
「違う、GGセバスだ! そう呼ばんか!」
ニヤリ。
綾香がいやらしい笑いを見せた。そして口を開くと…。
「…わかったわよ、ジジイセバス」
セバスに対してショッキングな言葉を浴びせた。
「んがっ…じ、ジジイだと…」
案の定、セバスは絶句。
今までの自身満々の表情から、驚きの表情へと変わっていた。
「どうしたのよ、ジジイセバス」
さらに追い打ち。
フラフラっと立ち眩みしたみたいに、セバスの足元がふらつく。
そしてブンブンと首を振って、ヤケクソ気味に綾香に言った。
「ええい、普通でいいわっ!」
「りょーかい、セバス」
ヘラヘラと綾香はそれに笑って答えた。
「リーフ!」
その時、先に斥候に出ていたらしい戦闘員が、セバスの前に現れた。
その報告を聞いたセバスは、嬉々とした表情。
「…ふむ、トゥハートとおぼしき奴らが戦闘しているとな?」
「リーフ!」
その報告を隣りで聞いていた綾香は、先ほどの坂下のことを思い出した。
「セバス…実は…」
セバスに坂下とのやりとりを説明しようとする綾香。
「ん? どうした」
「い、いや、何でもないわ」
しかし、セバスに難しい話は無理だろうと判断したのか、途中で止めた。
「…何だ? まあよいわ、今日はワシの闘いぶりを見物しておるがよい。トゥハートの奴らめを討ち果たしてくれよう」
「はいはい。どーぞ御勝手に」
セバスと綾香、リーフ戦闘員大勢は、報告された場所へと向かった。
そこはまさに、坂下と智子たちが戦っていた場所である。

☆☆☆

綾香とセバスが会う、その数分前。
坂下と智子たちの戦いは、絶望的に智子たちが不利な状況であった。
「フン。2人だけで私は敵わない、と何度言えばわかる?」
何度も立ち向かってくる智子を、坂下は左腕のみで軽くあしらう。
「そんなん、認めん! 何が何でも、あんたを倒す!」
半ば意地になっている智子。またも坂下にかかっていこうとする。
しかし、セリオがそんな彼女を抑えこんだ。
「―これ以上はいけません。私たちだけでは彼女に勝てる確率はほとんどありません」
「なら、どうしろっていうんや!?」
「―この場は引きましょう」
「なんやて? 逃げろっていうんか!?」
「―逃げるのではありません。体勢を立て直すのです」
「うぐぐ…」
未だ納得しかねる、といった智子。
「冷静になるんだな」
そこへ、坂下が言葉をかけた。
「私にはお前たちを倒すつもりはない。この場は引いた方が賢明だぞ」
「あんたの言うことなんか、アテになるかいな!」
智子の言葉に、ふと、表情を暗くする坂下。
「…判らんだろうな。己の正義のみを信じて戦っている者には」
「何やて?」
「それは…」
坂下が言いかけた、その時。
「大丈夫かーっ!?」
浩之以下、トゥハート残り8名がそこへ駆けつけたのだった。
「あなたは!?」
坂下の顔を見て驚く葵。
彼女は以前、坂下に助けてもらった経験があった。
浩之もまた、彼女の顔を見て驚いている。
「…あの時の!?」
以前は自分たちを助けた者が、今度は仲間と戦闘をしている。
浩之と葵は混乱した。
「…フフ、さすがに私でもトゥハート全員を相手にはしたくはないな」
坂下は取り囲まれる前に、素早く後退し退路を確保する。
「お前…どういうことだ!? 以前に俺たちを助けたのは何なんだ!」
浩之の問いに、坂下は答えない。
そのまま、ジリッと逃げる体勢を整える。
「時間も稼げたことだし、これで失礼させてもらう…さらば!」
「ま、待て! お前は一体…」
引き止めようとする浩之。
しかし、坂下はそのまま姿を消してしまった。
謎のまま去った坂下。彼女は一体何者なのか?
浩之たちは、しばしそこへ立ちつくした。

☆☆☆

「ぶわっはっは! こんな所で何をやっておるのかね!?」
いきなり浴びせられたその声に、浩之たちは再び戦闘態勢を整える。
「…お前はっ!?」
リーフ戦闘員を引き連れたセバスが、そこにいた。
以前と違うその凶悪な姿。その姿に、浩之たちは絶句した…。
…わけではなかった。
「なーんだ。毎度やられてるセバスじゃねーか」
安心したような声の浩之。それに、セバスが怒った。
「ななな、なにぃぃぃぃ!? 貴様、ワシを以前のワシと思うなよ!」
「…ほう、多少は強くなったんだろうな」
怒ったセバスに、なおも生意気な口を聞く浩之。
セバスはますます頭に血が昇る。
「いいか! ワシはな、貴様らを倒すために改造手術まで受けたのだ!」
「そりゃ〜ご苦労さんだったな」
「うぐっ…永久にリーフに立てつこうなんて気にならないよう、コテンコテンにしてくれる! 覚悟するがいい!」
「えいきゅう? それってB級の上のことか?」
ちなみに下はC級。
「うがっ!…キサマ! そのセリフ、ワザと言っておるだろう!?」
何とか我慢して口上を述べていたセバスだったが、ついに切れた。
「大体、コテンコテンなんて今時言わないわよね〜。古くさ〜」
さらに志保が追い打ちをかける。
「ええいええい! 能書きはいいわい!」
「干し柿なら知ってるケド、ノウガキって柿は知らないネ」
レミィのトドメで、完全に切れるセバス。
「う、うきぃぃぃぃ!」

挑発する浩之たちの背後で、ボソボソと小声で話す残りのメンバー。
「怒ってる怒ってる」
「敵さんですけど、気の毒になりますー」
苦笑するあかりとマルチ。
「あーやって冷静さを奪おうっていう魂胆ですか…」
「セコイ作戦ですね…」
葵と琴音が互いに頷き合う。
「しかし、かなり有効やな」
「―そうですね」
智子とセリオが冷静に分析。
「……」
「明日のお天気は雨、ですか? 残念、洗濯物が乾きませんね〜」
芹香と理緒のみ、会話が他とは違っていた。

「あーあー! もうええわいええわい、お主らに喋る舌などないわ! 戦闘開始だっ!」
「おっ、やっとやる気になったか!? みんな、迎え撃つぞ!」
口喧嘩も終わり、いよいよ両軍入り乱れて、くんずほぐれつの大乱闘…。
…と思いきや。
「あいや、その戦闘しばし待たれい〜!」
どこからか聞こえる謎の声に、両軍ともに動きが止まる。
「こ、この声は!?」
どこかで聞いた憶えのある声に、セバスはキョロキョロと辺りを見回す。
「俺、何かイヤな予感がするんだが…」
同じく聞き憶えのある浩之も、イヤ〜な顔で辺りを見る。

「HAHAHAHAHHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA! 待たせたな諸君!」
怪しい外人のごとき笑い声と共に、人影が姿を現す。
ババーンとひときわ高いところに現れたその男は、パンツ一丁に黒マントといういでたちであった。
「イヤー! 変態〜」
悲鳴をあげる琴音。他のメンバーも、皆とてもイヤな顔をしていた。
「失礼な、変態ではない!…天が遣わしたる愛の貴公子、矢島だ!」
「そのアホの貴公子が何の用だ」
ガビーン!
浩之のその言葉に、矢島の表情が凍る。
「ア、ア、アホではないっ! 愛の貴公子だっ! ア・イ!」

「わざと間違えたのが判らんのかね…」
「判らないのよ、そっち系の人みたいだから」
後ろの方でこっそりと失礼なことを話し合う智子と志保。

「とおっ!!」
矢島は大きくジャンプすると、両軍のちょうど真ん中に着地した。
そしてひとつ咳払いすると、演説をぶっこく。
「オホン。君たち、争いはよくない! どうしても戦うというのなら、まずこの僕を倒してからにしたまえ!」
そのセリフを言い終えるやいなや。

ボカッドカッグシャバキッベキッズゴシャァァァッ!

浩之とセバスの息の合った連続攻撃が、矢島に炸裂した。
「さあ、これで邪魔者はいなくなった。心置きなく戦おう」
「うむ。時間を無駄にしてしまったな」
攻撃を終え、がっちりと握手をする浩之とセバス。
2人は共通する敵を倒し、互いの技を称え合った。
「ま、待て…。む、無防備な人間を…容赦なく…倒していいと…思ってるのか…」
まだ息のある矢島は、2人に対し抗議の声をあげる、が…。
「おい、戦闘員タの11番と12番! このゴミを埋めてこい!」
「リーフ!」
セバスが戦闘員に命じると、戦闘員は矢島の両足を持って引っ張っていく。
ずりずりずりずりずりずり。
「ま、待ってくれぇぇぇぇ」
空しく響く矢島の声。
しかし、彼を助けようとする者は誰もいない。

かくして。
矢島、退場。

☆☆☆

「さあて、覚悟はいいなトゥハート?」
「へっ、返り討ちにしてやるぜ!」
再び対峙した両軍。その戦いの火蓋が、今、切って落とされた。
「かかれ! 戦闘員ども!」
セバスの号令に、100名のリーフ戦闘員が一斉に襲い掛かった!
「みんな、迎え撃つんだ!」
対するトゥハートも、浩之の指揮のもと、各々が戦闘員を迎え撃った。

戦力比は10:1で圧倒的にリーフ側が多かったが、やはりトゥハート個々の戦闘力の前には敵ではなかった。
時間が経つにつれ、倒されてどんどん数の減っていくリーフ戦闘員。

「リーフ!(やられたぁぁぁ!)」
「リーフ!リーフ!(し、しっかりしろ! 目を開けるんだ!)」
「リーフ…(すまん…俺の分も生き抜いてくれ…)」
「リーフ…リーフ!(なんで死ぬんだ…俺は、仲間を死なすために戦闘員になったんじゃねえ!)」

このようなやりとりが一部あったようであるが、そんなことはお構い無しに戦闘は続く。

気付けば、すでに戦闘員の70%が倒れ、無傷でいる者も皆無という状況に陥っていた。
「…フン。やはり戦闘員が何人束になろうとも敵わんか…」
セバスの自嘲めいた言葉に、側にいた戦闘員がショックを受ける。
「リーフ!?(知っててやったのかこのジジイ!?)」
しかし幸運にもその言葉はセバスの耳には届かなかった。
「もういい、お前たちは下がれ。後はワシに任せよ」
セバスは、戦闘員たちに退却命令を出した。

「リーフ…(仲間たちの英霊よ…安らかに眠れ…)」
「リーフ!(おい、早くしないと置いていかれるぞ!)」
「リーフ!…リーフ!(わかった、今行く! …俺はこの涙に誓う…必ず奴らに一矢報いるとな!)」
しかしそんな彼の決意も関係なく、話は続く。

「さあ、もはやお前一人だぞ! 覚悟しろ!」
セバスを取り囲み、浩之は指を突きつけた。
「ふははは…バカめ、この身体の恐ろしさを知らんからそう言えるのだ!」
ぐわっ、と両腕を上に掲げるセバス。
「食らえ! セバスチャン・ミサイル!!」
セバスの身体の装甲が開く。そこには、小型ミサイルが大量に仕込まれていた。
「発射!!」
その声を合図に、辺り四方八方にミサイルが飛んでいく。
大量の爆音とともに、トゥハートの面々がふっ飛ぶ。
それぞれ直撃は避けてはいるが、その爆風までは避けることは出来ず、それぞれ大小のダメージを負ってしまった。
「ふはははは! これだけでは終わらんぞ! スーパー大回転・セバスチャン・ビィィィィム!」
セバスはまるでフィギュアスケートの回転ジャンプのように、くるくると回りながらジャンプしたかと思うと、その目から光線を放った。
「うわぁぁぁ!」
どこへ放たれるかわからない光線を、みな必死にかわす。
「はははは! どうだ! まいったか! ぶわっはっはっは!!」
着地したセバスは、多少目を回しながらも豪快に笑った。
「くっそ〜。こうなったら、合体攻撃しかないな!」
一人だけ安全なところに隠れていた浩之は、ぐっと拳を握り、トゥハート各員に告げる。
「みんな! 合体攻撃で倒すんだ!」
しかし、当のトゥハートたちは、何か様子がおかしかった。
多少のダメージを負ったのは判るのだが、それ以外にも何かが違う。

「くうっ…ダメ、立ち上がれ…ないっ!」
膝を落としたまま立ち上がれない琴音、葵。
「え、エネルギーがありませぇーん」
マルチにセリオも、力なく倒れ込む。
他のメンバーも、立っているのがやっとという感じだ。
「ど、どうしたんだ!?」
何が起きてるのか。浩之には見当が着かなかった。
その時、腕の通信機の呼び出し音が鳴った。
『大変だ! 藤田君!』
浩之が受信スイッチを入れると、長瀬指令の声が響いた。
「指令! みんなの様子が変だぜ!?」
『ああ、こちらでもモニターしている! 彼女たちは、カロリー不足でエネルギーが出ないんだ!』
「は?」
カロリー不足とは?
浩之の頭で『?』マークが回る。
『ここのところ、支給される弁当もチロルチョコ一個と寂しいものだったろう?』
長瀬司令の言葉を補足しよう。
ここのところの大きな出費と不景気で戦隊の予算も尽き、支給される弁当の経費も削減されているという悲惨な状況なのだ。
「ああ、あれはあまりにも寂し過ぎたな」
涙を流しながら思い出す浩之。
それはあまりにも悲しい涙だった。
『十分なカロリーを得られていない彼女たちは、スーツ着用のエネルギー消費に耐えられないんだ!』
「そりゃ大変…ってただ腹減ってるだけじゃん!」
『つ、つまり、腹を減らしていては、エネルギーが足りんのだ!』
その長瀬の言葉に、浩之は怒鳴り返した。
「だーっ、弁当ケチったの指令でしょうが!」
『う、そ、それはすまなかった。ここまで消耗するとは思わなかったんだ…』
非常に気まずそうな長瀬の声。
「で、どうすりゃいいんだよ!? このままじゃやられちまうって!」
『大丈夫だ藤田君! スーツのエネルギー消費を切り替えればいいんだ!』
「切り替える!?」
聞き返す浩之に説明する長瀬。
『そうだ。こういう時のためにスーツには、彼女たちの気力をエネルギーに変換できる機能が付いている!』
「だったら早くやらんかいー!」
『いや、今は彼女たちの気力も足りなくなっている。だから藤田君』
一呼吸置いて、長瀬は浩之に告げる。
『彼女たちへ勇気付ける言葉をかけてやってくれ!』
「へ?」
何をおっしゃるウサギさん。
…もとい、何を言っているのかという浩之の声。
『言葉をかけて、彼女たちの士気を高めて欲しいんだ! そうすれば、エネルギーは満たされる!』
「言葉ったって…何を言えば…」
その浩之の返答に、じれったそうに声をあげる長瀬。
『何でもいいんだよ愛してるとか頑張れとか! とにかくやってやるぜーって気合の入る言葉を頼むってぇ!』
長瀬指令もかなり取り乱しているようだった。
キャラがちょっと違ってきている。
「…難しい注文だなあ…ちょっと待ってください、少し考えます」
『時間がない、手早く頼むよ!』

通信を一旦止め、考える浩之。
その間にも、セバスは攻撃をかけようとジリジリと彼女たちに近付いている。猶予はほとんどない。
(『とにかくやってやるぜーって気合の入る言葉』ねえ…)
(愛してるってみんなに言ってもなあ…浮気者の烙印押されるだけだし…)
(腹減ってる時って、普通の言葉じゃ気合乗らねえよなあ)
(ん? ということは…)

「よし、指令、やるぜ! 言葉は決まった!」
ぐっと拳を握り、立ち上がる浩之。
『わかった! 頼んだぞ藤田君!』

「みんな! 聞いてくれ!」
浩之の言葉に、皆が耳を傾ける。
「みんなにはつらい思いをさせてすまない」
一呼吸おき、言葉を続ける。
「みんなを戦わせて、何も出来ずにここで見ている俺がこんなことをいうのはどうかとも思うんだが…」

「みんな、頑張ってくれ」
シーン。
反応がない。
…浩之の予想通り、普通の言葉では気合が入らないようであった。
『ダメかっ…』
指令の絶望の声。
しかし、浩之には切り札があった。
「みんな…この戦いに勝ったならば…」
すうっと息を吸い、次の言葉を大音量で言い放つ!
「勝ったら長瀬指令が焼き肉食べ放題に連れてってくれるってよ!」

ずきゅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!

まばゆい光がセリオ&マルチを除く8人を包む。
「マルチー! セリオー! 勝ったら全方位360度なでなでしてやるぞ〜」

ばびしゅぅぅぅぅぅぅぅん!!

マルチ&セリオも光に包まれた。
今、彼女たちの気力は満タン。
エネルギー不足を補ってあまりある気力エネルギーが放出されていた。

「そ、そんなバカな…!?」
信じられない様子のセバス。
それはそうであろう。
ほとんど戦闘不能の状態だったトゥハートが、リーダーの一声で完全回復、それどころか今までで一番強そうなほどにパワーアップしてしまったのだから。
「ヤツか…? ヤツには、それほどまでの力があるのか!?」
どうもセバスは浩之がカリスマ性に優れているからこそ、ここまでパワーアップしたのだと思ったようだ。
浩之にカリスマ性があるかどうかはともかく、その考えは大いなる誤解であった。
「ヤツがリーダーなのは、そういう理由からか!?」
だから違うって。

「エネルギー充填! みんな、行くわよ!」
気合の入ったあかりの声に、セバスは現実に引き戻された。
「ぬっ…ならば、もう一度痛めつけてやろうぞ!」
セバスが構えると、二の腕のアーマーが開き、丸型のアンテナのような形状になった。
「ぬおお! セバスチャン・コレダァァァァァァァ!!」
バリバリバリバリバリバリ!!
その開いた突起から、大量の電流が放電される!
「くっ…これじゃ近付けない!?」
一瞬たじろいだその時。
いきなり、電流の雨がやんだ。

「しまった! 電池が切れおった!?」
セバスの声に全員がコケた。

「い、今だ!」
いち早く立ち直ったのは、ギャグに慣れている浩之であった。
すかさずあかりに対して指示を飛ばす。
「アカリレッド! フォーメーション『テクニカルパワー』をやるぞ!」
「え〜!?」
しかしあかりは、あまりいい顔はしなかった。なんかやりたくなさそーな顔だ。
「えーじゃない! アレが一番当てやすいんだ!」
「だって…あれ、すごい恥ずかしいんだよぉ」

「あかり、勝って焼肉を食いたくないのか!?」
まだ渋っているあかりに、他のメンバーが声を掛ける。
「あかり、お願い。焼肉のために我慢して」
志保がそう言えば、葵はあかりの手を握り懇願する。
「あかりさん、お願いします…焼肉が私たちを待ってるんです!」
「神岸さん! 焼肉が」
「…焼肉」
「焼肉」
みんな口々に『焼肉』を連呼する。
ついに、あかりが折れた。
「わ、わかりました。頑張ります」
その返事を満足そうに頷き、浩之は合体攻撃の指示を出す。
「よおし、みんな、合体攻撃! フォーメーション『テクニカルパワー』だっ!」
「ラジャー!」
浩之の声に、彼女たちはそれぞれの武器を合わせ、巨大な双眼鏡のようなものを作り出した。
展望台などに備え付けられている、100円を入れないと何も見えない代物にそっくりである。
「動力接続!」
セリオ、マルチ、志保、琴音、芹香が、双眼鏡から伸びるこたつのケーブル状の電源供給ケーブルを、自分たちの腰についているコンセントに接続する。
双眼鏡に、赤や青、緑色のランプが点いていく。
「よし、セットアップ!」
智子、葵、レミィ、理緒がそれをアカリの目の前に担ぎ上げる。
「浩之ちゃん、やっぱあのセリフ言わなきゃダメ?」
「ダメ。言わないとパワーが出ない」
「ふぇぇん。了解」
あかりはその双眼鏡を覗くようにして、セバスに照準を合わせる。
「目標敵幹部、発射角度下方5度修正、出力100%、山羊座のラッキーカラーは青!」
あかりが照準を合わせ終わると、全員が叫んだ。
「必殺!トゥハートフォーメーション、『ときめきシンパシー』!」
そして再びあかりが叫ぶ。
「ハイパー目が粒子砲、発射!」
エネルギーが、2つのレンズに集中する!
「目からビィィィィィィィィィィィィム!!」
ビヨォォォォォォォォォォォォォォォォォ!

双眼鏡から放たれたビームは、少しの狂いもなくセバスに吸い込まれていく。
「ぐっ…ぐぐっ…ぐおおおおおおおおおおお!!」
しかし、セバスは耐えた。
ビームの照射が終わっても、セバスはそこに立っていたのである。
「なっ…なんてタフな奴!?」
驚く浩之以下トゥハート。
しかし、立ってはいても、セバスはすでに戦闘を続けられるような状態ではなかった。
その身体からはところどころ放電しており、今にも爆発しそうな状況である。
「くうっ…こうなれば、この身体を爆破し、少しでも奴らにダメージを与えてくれる!」

☆☆☆

「はっ…セバス!?」
物影から様子を伺っていた綾香は、ただならぬセバスの気迫を感じ取っていた。
「うおおお!!」
自爆装置を作動させ、トゥハートに突っ込んでいくセバス。
しかし、遠距離攻撃を集中され、辿り付く前にセバスの身体は光を発してしまう。

ちゅどーん!

セバスの身体は、大爆発を起こした。
そのセバスの最後を見て、がっくりと膝をつく綾香。
「セバス!…そんな…そこまでしてあなたは…」
涙ぐむアヤカ。
口ではなんやかんや言っていても、体は正直だのう…もとい、心では信頼し合っていた仲間であったのだ。
「セバスーッ!」
アヤカは叫んだ。今は亡き、戦友に対して…。
「…なんじゃい、アヤカ」
いきなりのセバスの声。
…アヤカは耳を疑った。
「空耳?」
「空耳でこんな美しい声が聞こえると思うておるのか」
「セバス!生きてるの!?」
声を聞いてもまだ信じられないようだ。
「ここで返事をしとるのが聞こえんのか?」
大爆発で立ち込めた、煙の中からその声は聞こえる。
信じられないが、セバスは助かったようだ。
ざっ…ざっ…ざっ。
煙の中から、姿を現すセバス。
「…んがっ…」
アヤカは、驚きの表情のまま固まった。
…セバスは、『首のまま』歩いてきたのだ。
首の下から生えているのは、機械的な金属棒の足。それだけである。
「せせせせせせばすぅ!?」
「はっはっは、驚いておるな? マサシがな、首を切り離して脱出できるようにと改造してくれたのだ」
カクカクとアゴだけを動かし、器用に笑う。
対するアヤカはポカーンと口を開けてマヌケ顔である。
気を取り直して、アヤカは言葉を紡ぎ出す。
「ま…まあ、無事で…っと、無事とは言えないみたいだけど…生きててよかったわ」
セバスはまたカクカクとアゴだけで笑う。
「カカカ、ワシに惚れてもムダじゃぞ」
「誰が惚れるか、この首だけジジイ!」
さっきの哀愁漂う雰囲気はどこへやら、ドツキ漫才のようなやりとりである。
「ま、アヤカがワシに惚れてることはともかく…」
「惚れてないって」
アヤカのツッコミを無視して、セバスは続ける。
「一旦引くぞ。ワシを持て」
「なんで私がそんなことを…」
「この足では長い距離を歩いて帰れんわい。抱えて行ってくれ」
ニカッと不気味に笑うセバス。
…当人はそんなつもりは毛頭ないだろうが。
「こ、このジジイ…」
「ほれ、はよせんか」
「…しょーがないわね、ホラ」
そう言って首だけセバスを抱え上げるアヤカ。
首だけとはいえそこそこ重いため、アヤカは胸に抱える格好になる。
「ををう、後頭部に当たる柔らかい感触がええのぅ…」
「…脳漿まき散らして死んでみたい?」
努めて冷静な声を搾り出すアヤカ。
しかしその語尾は怒りに震えている。
「生い先短い身だが、命はもう少しは大事にしたいぞ」
「だったらしばらく黙ってなさいな…」
頬をヒクつかせてセバスに言い聞かせる。
「うむ。では帰ろうぞ。超特急で頼む」
「あんたは何様のつもりよっ!」
「首だけになってしまった哀れな老人だ」
カクカクと笑うセバス。
綾香は走り出しながらも、我慢できずに怒鳴るのだった。

「自分で哀れ言うなっ!」

☆☆☆

リーフ地下アジト。
その大ホールに、『リーフ』の声が響く。
「…で、おめおめと帰ってきたということか」
現在、幹部3名がお叱りを受けているところである。
「はっ…申し訳ありませぬ! かくなる上はこのセバス、腹をかっさばいてお詫びを…」
首だけのセバスが、器用にひざまずきながら、リーフに対し深く頭を下げる。
「バカモノ。今のお前には腹はないわ」
『リーフ』のツッコミに、再び恐縮するセバス。
「は、ははっ、これは失礼致しました。ならば、首を吊って…」
「今のお前が、首を吊って死ねるのか!?」
2度もボケたセバスに、今度は強い口調でツッコミを入れる『リーフ』。
「い、いえ、死ねませぬ」
その時、今まで黙っていたマサシが、口を開いた。
「…お言葉ですがリーフ様。この度の失敗は私が給与関連の事務で彼を手伝えなかったためのもの。次こそは必ず…」
しかし、『リーフ』は雅史の言葉が終わるのを待ちはしなかった。
「よいわ! もうお前たちには任せておけん!」
「はっ!?」
いきなり予想外の言葉を聞いて驚く3人。
「私が直接、指揮を取ろう。お前たちはそれに従って動けばよい」
「指揮を…と言われましても…」
言いにくそうに綾香が言葉をかける。
しかし、『リーフ』は笑い、それに答えた。
「フフフ、こんなところでは指揮など取れぬ、と言いたいのであろう?」
3人とも、それに返答できない。
頷きこそしなかったが、3人とも同じ考えであった。
「ならば…私の姿を見せてやるとしよう」
ゴゴゴゴ…とリーフの像が揺れる。
そして中心に線が走ったかと思うと、ゆっくりと左右に開いていく。
「まさか…リーフ様が姿を現す!?」
3人の幹部は、それぞれ驚く。
綾香は口を抑え、雅史は少しだけ目を見開き、セバスは口を大きく開いたまま閉じない。
完全に開き切った像の奥、暗い通路になっているところから人影が現れた。
「そう…私がリーフだ!」

☆☆☆

「かんぱーい!」
一同が、ジュースを手に乾杯する。
研究所近所の焼肉屋に、浩之とトゥハートの面々が揃っていた。
「今日はみんな、よくがんばってくれた! 今日は司令のおごりだ、じゃんじゃん食ってくれ!」
浩之の言葉を合図に、各々肉を焼いていく。
「あ〜、浩之さぁん、気持ちいいです〜」
「―私も、気持ちいいです…」
マルチ&セリオは、浩之の両側に座り全方位360度なでなでを受けていた。
両手の塞がっている浩之は、マルチの横にいるあかりに肉を食べさせてもらっている。
「うっむ、もぐ、やはり肉はカルビに限るな!」
「そうだね〜」
ニコニコと浩之の口に肉を運ぶあかり。
「ダメね〜。焼肉と言ったらまずタンよタン! このタン塩がなくちゃ焼肉に来た意味がないわっ!」
タン塩を焼いているのは志保。
タンの発祥の地やらタンの魅力やらを志保ちゃん流に力説している。
「ウフ、ウフウフ…やっぱりハツ、ハツヨ♪ このハートのお肉がタマラナイノヨ〜」
レミィはといえばハツのみを半ばイッちゃってる表情で焼いていた。
「ホルモン、レバー、コブクロ、センマイ…やっぱり内臓系のお肉が健康にいいですよねっ」
「そやな、こてっちゃんがないとやっぱ寂しいわ」
「あ、私、こてっちゃんは家でよく食べてるんだけど〜」
葵、智子、理緒は内臓系の肉をつついている。
「あ、来栖川先輩…海老、焼けましたよ。イカももうすぐです」
「…ありがとう…」
琴音&芹香はシーフード系に走っていた。
「あれ? そういえば司令は?」
気付いたようにあたりを見回す志保。
タン塩を頬張りつつ、器用に喋る。
「司令ですか? 残業があるらしくてまだ研究所らしいですけど」
葵がそれに答える。ホルモン3人前があったはずの皿がすでに空になって、その手に乗っていた。
「ああ、支払いなら心配すんなー。司令が『むじんくん』のカード預けてるから、それで払えばオッケーさ」
浩之がそういうと、志保は心配事が消えたようにまた食べ始めた。
「そりゃ安心。ガンガン食べましょ!」

そして、焼肉パーティーは盛り上がっていった。

その頃、司令室に一人残った長瀬は、コンピュータを前にして何やら作業をしていた。
「…の薬を…売ります…希望の方は…メール…に、て、と」
カタカタとキーボードを叩く長瀬。その表情はどことなく暗い。
「後は…『メイドロボのOS売ります…』と」
何やら、インターネットの裏取引の情報を打ち込んでいるようである。
9人分の焼肉をおごらされるハメになった長瀬は、この裏取引で金を稼がねばならぬほど困窮していたのだ。
「…正義の味方の司令官が悪事に手を染めるたぁ…情けない…」
頬を涙で濡らす長瀬。
彼の苦悩を知る者は、誰もいない…。

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