真・真心戦隊トゥハート
〜ジ・エンド・トゥ・ハート〜

written by 李俊

世界征服を企む悪の秘密結社、『リーフ』の地下アジト。
リーフの幹部ともなると、部屋はかなりいいところを与えられる。
…もっとも、マサシの部屋は巨大ハムスターの巣になっているし、セバスの部屋は畳敷きにちゃぶ台と殺風景であり、有効に使っているとは言えないが。
彼女−アヤカ将軍−の部屋は、さすがに女性らしく綺麗にまとめられていた。

アヤカは悩んでいた。
別に便秘でなかなか出ずに悩んでるわけではない。
その悩みの種は──。
(私は…一体何者なの?)
前回、芹香に衝撃的な告白を受けた彼女は、自分の存在に疑問を持ち始めていた。
芹香と自分。あまりにも似すぎている。
アヤカをちょっとタレ目にすれば、誰の目にも来栖川芹香であろう。
本当に自分は来栖川芹香の妹なのだろうか?
(…自分で確かめるしかないわね)
彼女は意を決すると、部屋の端に備え付けてあるクローゼットに向かう。
クローゼットを開けると、その中には大量のボンテージ系の服と少しばかりの普通の服が入っている。
アヤカはその少しばかりの普通の服から、一着の服を取り出した。
「さて、着替えてとっとと行きますか」
衣装に着替え、アヤカはすぐ部屋を飛び出した。
少しの間が開き…誰もいないはずの部屋の影から、スッと人影が現れる。
「ふふふ。自分の正体を知りたくなったようね」
それは、謎の格闘家、坂下であった。
ずっと隠れていたようだ。…かなりのヒマ人である。
「…まぁ、この方がいいわ。リーフの今後のためには…」
ふふ…と笑う彼女。
そして彼女は、部屋の隅にあるアヤカ用の冷蔵庫に手を掛けた。
「それにしてもお腹すいたわねー、なんかないかしら?」
ガサガサを中身を漁る坂下。
「あ、ケーキ見っけ〜。いただき〜」
…せっかくの渋い雰囲気が台無しである。

☆☆☆

一方、アジト内部の事務室。
「マサシ」
ここで今月の給与振込の試算していたマサシに、セバスが話し掛けてきた。
「…なにか用かな?」
顔はそのまま書類を見続けながら、返事をする。
「…ワシを改造人間にして欲しい」
「…!?」
その言葉に、マサシは思わずセバスの顔を見た。
「…トゥハートを倒すために、ワシを改造人間にしてくれ」
繰返し、セバスは頼んだ。
「自分が何を言っているのか、わかっているのか?」
自らを改造人間にする…。
それは、痛く、辛く、痒く、そしてものすごぉく気持ち悪い改造手術を施すということなのだ。
最近、戦闘員からの改造人間志願者が減ってきているが、それはエスカレートする改造手術を敬遠しているからに他ならない。
それを自ら、してくれ、と言う。
「わかっておる!ワシの今の目的は、トゥハートを倒すことのみ!そのためには手段を選ばん!」
セバスの決意は固かった。
「…わかった。そこまで言うのなら、やってやろう」
「おお!これでワシ自ら、奴等を倒せるというものだ!」
歓喜するセバス。
彼の頭には、トゥハートに対する復讐心しかないようであった。
「…それより、アヤカはどうしたのだ?今日は姿を見ないが」
「おや、聞いておらんのか?あやつは今日、明日と有給休暇を取っておるが」
悪の秘密結社リーフといえど、休暇は存在する。
有給休暇は、幹部クラスで年10日ほどだ。
他に年末年始、盆、クリスマスに休暇を取ることができる。
「休み、か。それじゃしょうがない、私1人で改造手術をしよう…」
すっと立ち上がるマサシ。
そして両の手の指をワキワキと屈伸させた。
「さあ、覚悟はよろしいな?」
それを見るなり、さっきの威勢はどこへやら、セバスは急にびくびくし始める。
「もっ、もうやるのか?」
「ふ…心配するな、すぐに終わらせてやる…」
マサシはそう言って、セバスに近付いていった。
「ちょ、ちょっと、もう少し心の準備を…」
「問答無用!」

…その時の改造手術は、今までにないほどの大手術であったという。
ちゅいーん!
「うぎょうおえおえろぐるはぁいづづづづべはっ!」
セバスのわめき声が、手術室に響き渡った…。

☆☆☆

ところかわって、こちらは、今日のところは平和な『真心戦隊トゥハート作戦本部』。

「ヒロユキー。セリカ知らないー?」
浩之が談話室で雑誌を読みくつろいでいたところに、レミィが訪れる。
「…どーした、レミィ。先輩になんか用なのか?」
浩之の問いにニッコリと笑って、レミィは答える。
「ウン、サタンの召還の仕方を聞こうと思って…」
「オイ」
浩之がツッコミを入れたところで、都合よく芹香が現れた。
「あ、セリカ!サタンの召還はどうやれば…」
「こらこらーっ!」
「………」
しかし芹香は、レミィにボソボソと何かつぶやく。
「エ?サタンは、ド○ームキャストにぷよ○よ〜んのゲームCDをセットすれば召還できる?サンキューセリカ、今度ワタシの特製テンプラウドーンをご馳走するネ!」
レミィはそう言い残したと思うと飛ぶように去っていった。
「先輩…まさかそんなバカみたいなことでサタンが…?」
浩之はあっけに取られた顔だ。
「………」
「え?冗談?」
こく。
頷く芹香を見て、ほっと胸を撫で下ろす浩之。
「…なんだぁ。でも先輩が冗談言うなんてな」
「………」
ぼそぼそっと何か言葉にした芹香だが、浩之には聞こえなかったようだ。
「え?何?聞こえなかったよ」
「………」
浩之にもかろうじて聞こえる程度の声で話す芹香。
「何でもないです?…まあいいけどさ。どう先輩、これから散歩でも行かない?」
こくり。
芹香が頷く。
こころなしか笑っているようにも見える。
「よし。じゃあ行こう」
そして浩之と芹香は、並んで外へと出ていった。

先ほどの呟き。こう芹香は言っていたのだった。
『あなたのお陰です』と。

☆☆☆

研究所の入り口から入ったところに、自動販売機の群が並んでいる。
研究所、ならびに作戦本部ののどの乾きを癒す飲料は、そこで売られているのだった。
ちなみにタバコ、酒、乾電池、切手、コンドーム等々の自販機も設置されている。
…いつ使うのだろうか。

そこで志保は缶ジュースをぐびぐびと飲んでいた。
「ぷは〜。やっぱりジュースはドクター○ッパーに限るわね〜」
一気に飲み干し、空き缶をポイとゴミ箱に投げ入れる。
そして、通路を戻ろうとした時。
「あれ、レミィじゃない」
トボトボと歩いてくるレミィを見付けた。
「あ、シホ…」
レミィは元気なさそうな返事。
「どうしたのよ、何か悪い物でも食った?」
「サタンが…サタンが召喚できないのヨー!」
この世の終わりのような顔をして叫ぶレミィ。
「は?」
志保はわけがわからない。
レミィは落胆した顔で、志保に説明する。
「ド○ームキャストにぷよ○よ〜んのゲームCDをセットしたのに、サタンが召喚出来ないのヨ〜」
しかしその説明では余計に訳がわからない。
当然、志保も聞き返す。
「はい? レミィ、あんた何言ってんの?」
「セリカに聞いたサタン召喚の方法ヨ。そう言ってたネ」
レミィのその言葉で、志保は理解する。
「…レミィ、それ絶対冗談よ」
「リアリィ!?」
「100万かけてもいいわね」
志保の自信満々ぶりに、レミィはがっくりとヒザを落とした。
そして胸で十字を切り…。
「オゥ! ジーザス!」
と叫んだ。
「あんた、サタン呼び出そうとしていて、よくジーザスなんて言えるわね…」
呆れる志保。
ジーザスとはイエス・キリストのことであるのは周知の事実である。
それに対してウィンクして答えるレミィ。
「ソレはソレ、コレはコレよ♪」
「…頭痛いわ」

…などとはたから見ると漫才のように見えるやりとりをしていると、研究所の入り口から見知らぬ女性が入ってきた。
ひらひらのピンクのワンピース、俗に『ピンクハウス系』と呼ばれているものを着ている。
そいて帽子を被り、ロングヘアを後ろで束ねていた。
どうやら眼鏡を掛けているようで、スタイルのいい綺麗な女性であった。
その女性は、2人に気付いたのか、傍に歩いてくる。
「あのぅ、すいませぇん。こちらにぃ、来栖川芹香さんが来てると聞いたのですがぁ…」
女性は、うやうやしく礼をして、そう訊いてきた。
「え? 来栖川さん? ええと…」
志保が、何か言いかけたが、その前にレミィが口を滑らせていた。
「そういえばさっき談話室にモガ」
言いかけたレミィの口を、志保が慌てて塞ぐ。
「バカ、そう簡単に口に出すヤツがいますかっ」
小声でそう諭すが、後の祭りである。
志保はその女性に向き直ると、不審の目で彼女を見る。
「…あなた誰です?」
志保が気を引き締めたまま、その女性に詰問する。
女性は一瞬口篭もるが、すぐ笑顔で答えた。
「え、えっとぉ、来栖川さんの友達ですけどぉ」
その女性がそう返答すると、志保はすぐさま、
「それは嘘ね」
と言い放った。
それに対して、女性はうろたえる様子で、質問する。
「な、何でですか? 何を根拠に…」
志保はふふん、と得意そうな顔。
そしてびしいっと指を指して、言い切った。
「ちっちっち、甘いわね。あのお嬢様に友達なんていないのよっ!」
ガーン!(効果音)
「な、何ですって!?」
驚く女。

知っての通り、来栖川芹香といえばお嬢様で魔女である。
おまけに人付き合いも下手なので、めったなことで友達はできない。
その彼女に友人などが出来れば、『歩くお父さんのためのワイドショー講座』たる志保の耳に入らないはずはなかった。

女性は、肩を震わせる。そして、自嘲ぎみの笑いを洩らした。
「…フフフ。こっちの調査不足だったってわけね…」
先ほどの可愛らしい声から一変、女性は低めの声でそう呟いた。
「…あんた、リーフの手先ね!?」
志保はレミィに警戒を促し、間合いを取った。
それに対し、女性はその場を動かない。その代わりに、帽子に手を掛けた。
「やれやれ、変装してきたのが無駄になっちゃったわね」
すっ…と帽子を取り、髪を束ねるリボンを解き、眼鏡を外す。
「お前は!?」
その姿を見て、驚きの声をあげる志保&レミィ。
そう、彼女は…。
「…えーと、えーと、誰ダッケ?」
レミィのボケにずるっとコケる志保と女性。
「んがー! 何言ってんのよボケレミィ、リーフの幹部よっ!」
「でも私、名前知らないヨ? 志保知ってるの?」
レミィが不満そうに志保に切り返した。
「え…? そういえば…知らない」
志保は答えを濁らせる。
それもそのはず、彼女…アヤカはまだ彼女たちに名乗ったことはないのである。
当然のことであった。
「デショ!」
それに対し得意そうに胸を張るレミィ。
その巨乳が一瞬、揺れた。
「むかーっ! あんた、いちいち自慢すなっ!」
それがカンに触ったのか、志保が地団太を踏んで悔しがる。
「…あなたたちの漫才には付き合ってられないわね」
呆れ声のアヤカ。
実際、呆れて気が抜けていた。
「はっ!? そうよ、今それどころじゃなくて、ええと…」
志保が緊迫した空気に戻そうとセリフを言い放とうとするが、名前が判らないため言えない。
「…アヤカよ。私の名はアヤカ」
脱力した様子で、アヤカが助け船を出す。
志保は「な、なるほど」と小声で頷き、やっと次のセリフを言い放った。
「そのリーフ幹部のアヤカが、たった一人で乗り込んできて何の用よ!? 返答次第じゃ、無事には帰せないわよ!」
一応セリフ自体はまともなのだが、その以前の経緯がイマイチ締まらなかったために、アヤカの顔は『なんだかなあ』といった表情のままだった。
ポリポリと指で頬を掻き、説明するアヤカ。
「今日は戦いに来たんじゃないわ。来栖川芹香と話をしたくなっただけよ」
極めて冷静なアヤカとは対称的に、志保の言葉はどんどん熱くなる。
「そんなことで『はいそうですか』って言うと思ってるの!?」
怒鳴る志保。レミィも警戒したままである。
「あんたたちがどう思おうが関係ないの。とにかく、来栖川芹香に会わせなさい」
「そんなことできるわけないでしょ!」
志保がそう言い放ったその時。
ずばんっ!
ピンクのフリフリワンピースが舞ったかと思うと、アヤカの右回し蹴りが、志保の顔面のすぐ真横の壁を打った。
「ひっ…」
息を飲み横の壁を見ると…打たれた壁が、めり込んでいる。
ここの壁は、特殊金属で加工されているはずなのだが。
「…とっとと会わせなさい。その気になればあんたたちも無事じゃ済まないわよ」
視線を険しげにして、志保をじっと見据えるアヤカ。
青ざめた表情を一瞬見せた志保だったが、すぐにキッとアヤカを睨みつけた。
「な、なによっ! イチゴパンツはいてるくせに偉そうに!」
…どうやら先ほどの回し蹴りの際に、ちらっと彼女のおパンツが見えたようだ。
「な、な、なななっ!」
志保の言葉に、どもるアヤカ。顔が真っ赤になる。
それを見て、志保がマシンガンのようにしゃべり出した。
「あ〜ら、急に赤くなってぇ、可愛いのね〜それでリーフの幹部やってられるんだからいいわよねところでリーフ幹部の給料っていいのかしら私なんかバイトまでさせられて1円も支給なしなのよヒドイと思うでしょそういや明日の天気予報聞いてないのよ明日晴れるといいわねそれから駅前にできたアイスクリーム屋なんだけどこれがまた美味しいのよ今度あんたのおごりで行きましょそーいや〜芸能人の●●が離婚するって言ってたらしいわよコレ極秘情報あんたにだけ教えちゃうわよこの幸せ者っ!」
ぱくぱく。
怒涛の志保ちゃんトークに着いて行けず、アヤカは口を開閉するのみ。
「スキアリ!」
がしっ。
そのスキに、背後からレミィがはがい締めにする。
「はっ…いつのまに!?」
我に返るアヤカ。対して志保はびっと親指を突き出した。
「いいわよレミィ! そのまま抑えてなさい!」
「オーライッ!」
志保が拳を構え、アヤカに飛びかかる。
「食らえ、志保ちゃんぱーんち!」
「……」
迫ってくる志保に対し、無言のままのアヤカ。
志保の拳が、アヤカの顔面に迫る…。

ばきっ。

志保の拳は、確実に顔面を捉えていた。
…ただし、レミィの顔面を。

「あれ?」
「ひ、ひどい、シホ…」
ばたん。
倒れるレミィ。
「甘いわねぇ。相手の体重を支えられないようじゃ、はがい締めにした意味がないわよ」
レミィのすぐ前に座り込んでいるアヤカが、そう呟く。

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●葵の初心者向け格闘講座
こんにちわ。アオイブルーこと松原葵です。
あまりにも早い展開でどういうことか判らないと思いますので、ここで解説させていただきますね。
まず、宮内先輩が綾香さんをはがい締めにしました。
そして、長岡先輩が綾香さんの顔めがけてパンチを放ちます。
この場合、宮内先輩が綾香さんをつるし上げているような形であれば、パンチはしっかりヒットしたと思うんですが、
宮内先輩は、腕だけを固定していただけで、綾香さんの体重はそのまま綾香さんの両足にかかっていました。
綾香さんは、そこで両足をたたみ、全体重を宮内先輩に預けたのです。
宮内先輩はたまらず綾香さんの身体を下げてしまい、綾香さんの顔があった位置に、宮内先輩の顔が来てしまったのです。
そして結果はこのとおり。
皆さん、はがい締めする時にはしっかりつるし上げましょう。
葵の初心者向け格闘講座でしたー。
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すくっと立ち上がり、アヤカはパンパンとスカートについたホコリを叩く。
「実力の差がわかったでしょう? さあ、来栖川芹香に会わせなさい」
アヤカは冷たい眼差しで志保を見つめる。
志保はさながら蛇に睨まれた蛙のように、ただ冷や汗を流すのみだった。

☆☆☆

「どうしたっ、何なんだっ!?」
綾香と志保が対峙している現場に、バタバタと駆けこんで来たのは浩之。
「ヒロ!?」
少し驚き、それ以上に味方の増えたことを喜ぶ志保。
浩之は、散歩から帰ってきたところで対峙している両名を見かけ、走ってきたのだ。
その側にはレミィが倒れている。(鼻血出しながら)
「お前は…」
アヤカを見て、息を呑む浩之。
「…誰だっけなんて言わないでよ」
アヤカのセリフに、浩之の動きが一瞬止まる。
「い、いや、そそそんなベタなオチは使わないって」
そう言いつつモ浩之は動揺していた。
「…ま、そんなことはどうでもいいのよ。来栖川芹香はどこ?」
ジロリと迫力のある視線を浩之に向けるアヤカ。
その迫力に、浩之は思わず逃げ出したくなるのを必死で堪えた。
「…先輩に…何の用だよ?」
額に汗を滲ませながらも、浩之は声を絞り出した。
「あなたに言うようなことではないわ」
きっぱりと言い切るアヤカ。
ゆっくりと、浩之に向き直る。
「なら、会わせるわけにはいかない…」
必死にアヤカの迫力と自分自身の恐怖心と戦いながら、浩之はアヤカの言葉を拒絶する。
アヤカがスキを見せれば、玉砕覚悟で飛びかかるつもりであった。
「ふぅん…じゃ、痛い目を見るわよ?」
アヤカが浩之に向き直った瞬間、その横にいた志保が叫んだ。
「浩之! この女、偉そうなこと言ってるけど実はイチゴパンツ履いてるのよ!」
「ななな何言うのよあんたはっ!」
思わず動揺するアヤカ。
そのスキをついて、浩之は飛びかかった!
「とりゃああああっ! 覚悟、イチゴパンツ(仮)!」
アヤカの名前を知らないので、浩之はとりあえず彼女をイチゴパンツ(仮)と命名した。
「しまった!?」
『それよりもイチゴパンツ(仮)って何よ!』と叫びたかったアヤカであったが、浩之が飛び付いてくるという状況の中では言えるわけがなかった。
肘鉄を食らわそうと構えるアヤカだったが、浩之の動きの方が早い。
そのままアヤカを浩之が床に押し倒すような格好になる。

「やった!?」
アヤカの腕を抑え付け、身動きを取れなくした浩之は、歓喜の声を上げる。
「くっ!」
脱出を試みるアヤカだったが、浩之の抑え付ける力の方が勝り、もぞもぞと動くだけだった。
浩之が勝利を確信し、ニヤリと笑った…その時。

「浩之さんの不潔〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
その叫びとともに、目に見えない衝撃波が浩之を襲った。
「ぎょへぇぇぇぇ!?」
数メートルの距離を吹っ飛ばされた浩之は、ゴロゴロと廊下を転がる。
そして自販機の横にあるゴミ箱にガツンと顔面をぶつけ、そのままピクリとも動かなくなった。
白目をむいたまま、その鼻から血が垂れ出していた。
「な…何?」
何が起こったのか判らなかったが、アヤカは立ち上がって体制を整える。
「ふ、藤田さん…信じてたのに…」
その声の主は、姫川琴音であった。
彼女が超能力で浩之をふっ飛ばしたようである。
「ひ、姫川さん! 何てことするの!」
志保のその言葉に、琴音はピクリと肩を震わせる。
「だ、だって、藤田さんが、藤田さんが、女の人を押し倒して、襲おうとしていたんですよっ!」
涙をこぼしながら、琴音は震える声でそう訴えた。
「は?」
一瞬言葉を失う志保。
「私…私、藤田さんを信じてたのにっ!」
「あのー、姫川さん、状況わかってない…?」
志保の言葉に、不思議そうな顔をする琴音。
「え? 藤田さんが見ず知らずの人を押し倒して襲おうとしてたのでは…?」
「バカタレッ! 私もいて、レミィが倒れてる状況を見ても、そー思うの!?」
志保が倒れているレミィを指差して怒鳴る。
「そ、そう言われれば…変ですねぇ」
「言われなくても変なの! この女は、リーフの幹部よっ!」
びしっと志保は綾香が立っているはずの方向に指差す。
しかし、琴音はぱちくりと目をまばたかせる。
「…この女って…もういませんけど」
琴音の言う通り、綾香の姿は消えていた。
「どええええ!? ど、どこに消えたの!?」
「さっき、私の脇を通って、奥の方に…」
「早く言わんか〜!」
だっ、と駆け出す志保。
「あっ、長岡さん!?」
「私はあいつを追うわ! 姫川さんは、レミィとヒロを叩き起こしてちょうだい!」
「わ、わかりました!」

「何か知らないけど、助かったわ…」
奥へ向かっていると思われる廊下を、アヤカは走る。
言い合いになっている隙にその場を抜け出した彼女は、来栖川芹香を求めて探し回っていた。
「しっかし、何でこんなにムダに広いのよ!? それらしい部屋もないじゃない!」
誰に言う訳でもなく、毒づくアヤカ。
…実際には本部は地下にあるため、上をいくら探してもいるはずはないのだが、彼女はそんなことは知らなかった。
「…まいったな〜。来てみれば会えると思ってたのになぁ〜」
探し疲れたのか、アヤカは壁に両手を突いて一休みを取った。
…ふと、人の気配を感じて振り向く。
「…あなたは…」
そこには、彼女の探していた人物が立っていた。
──来栖川芹香が。

☆☆☆

コンコン。

一階にある女子トイレ。
その中で一つだけ閉められているドアを、緊張した面持ちで葵は叩いた。
「すいません、今ここに入ってるのは誰ですか?」
葵の声に、一瞬の間を置いてボソボソという声が聞こえてくる。
「…私です…」
か細いながらも、一応聞き取れるレベルの大きさ。芹香の声である。
「あ、来栖川先輩!? よかった、ここにいたんですねっ」
「…どうか…しましたか…?」
「いえ、屋内に侵入者が入ったらしくて。それに来栖川先輩もいないし、みんなで探してたんです」
「…ご心配、お掛けしました…」
「いえ、いいですよ〜。先輩も出たら、侵入者探すの手伝ってくださいね。それじゃ失礼しますー」
芹香の返事を聞く前に、葵はバタバタと外へ出ていった。
たったったっ…。
葵の足音が去っていく。

「ふう」
芹香の横で、胸を撫で下ろすアヤカ。
非常事態警報の鳴り響く中、芹香はアヤカをここに連れてきたのだった。
「でも…なんで私をかばうの? 私はあなたたちの敵なのよ」
アヤカはそう言うと目を細めて、芹香の表情を読み取ろうとする。
芹香はじっとアヤカを見つめて…ゆっくりと口を開いた。
「…妹ですから」
ボソッと呟く芹香。
無表情ではあるが、アヤカをまっすぐに見つめるその瞳は嘘を言っているようには見えなかった。
「…私が、あなたの妹だっていうのね? その根拠は?」
芹香は黙ったまま、首に吊るされたネックレスを外し、アヤカに渡した。
…それは、ロケットであった。
「…中を見ろってこと?」
アヤカの言葉に、芹香はこくこくと頷く。
アヤカはそのロケットを開き、中を見て硬直した。
一組の男女と、それぞれに抱きかかえられている少女2人。
女性に抱かれているのは、おそらく芹香。そして、男性に抱かれているのは…。
「…見覚えは、ありませんか…?」
芹香のその言葉にも、アヤカは動けず、写真を見つめるだけだった。
ただ、その頬を伝わる涙が、彼女の言葉に答えていた。
「パパ…、ママ…」
ロケットを両手で握り締め、すすり泣くアヤカ。
…芹香はその肩を抱き、アヤカの頭を撫でてやるのだった。

アヤカは、幼い頃の記憶を取り戻していた。
父や母のこと。そして大好きだった姉のこと…。
彼女は間違いなく、来栖川芹香の妹、綾香であった。

芹香の説明によると、綾香はリーフが暗躍し始めた頃と時を同じくして、謎の失踪を遂げたとのことであった。
「…そのあたりの記憶は、思い出せないのよね…。それ以降は、リーフ幹部としての記憶しかないの」
涙が止まった綾香は、ロケットを芹香に返した。芹香は、それをまた首にかける。

コンコン。

そのドアを叩く音にピクリ、と反応する綾香と芹香。
「来栖川先輩?」
続いて、葵の声が。
「えっとですね、すぐそこに藤田先輩が来てるんですけど…まだ時間がかかりますか?」
「…今開けるから、ちょっと離れてくれる?」
芹香が口を開くより早く、綾香がそれに返事していた。
「えっ…!?」
入っているのは芹香だと思っていた葵は、別な人間が入っていることに驚く。
葵が少し離れたところで、ぎぃっ…と扉が開き、綾香が出てきた。
「あ! あ! ああああ〜っ!」
葵が綾香を指差し、奇声を上げる。
「うるさいわね〜。ちょっと静かにしなさいって」
そう気だるそうに言う綾香の後ろから、芹香が出てきた。
「あっ…来栖川先輩!?」
ダブルで驚く葵。
「葵ちゃん、どうしたーっ!?」
浩之が葵の声を聞きつけ、走り込んでくる。
葵のすぐ後ろまでに来たところで、綾香の存在に気付いた。
「…お、お前は『イチゴパンツ(仮)』!!」
不敵な態度を見せていた綾香はその一言でコケそうになる。
「その呼び方はやめてよっ!」
綾香の不服の声に、浩之は言い直した。
しかし…。
「じゃあ『イチゴ(仮)』!!」
あまり変わらなかった。
再度コケそうになる綾香。
葵は一歩下がり、苦笑いで様子をうかがっている。
「イチゴから離れてよ! 大体何よその(仮)って!」
「仮の名前だから(仮)だ。悪いか」
綾香の抗議に、浩之はしれっとした顔で答えた。
その顔を見て、綾香はますます頭に血が昇る。
「あのねぇ! 私には『アヤカ』っていう立派な名前があるの!」
「じゃアヤカ(仮)」
「バカ! 本名なんだから、(仮)を付けるなぁ〜っ!」
怒鳴る綾香。ぶちキレ寸前である。
…それをポンポンと肩を叩き、芹香はなだめようとした。
「あ?…ああ、ありがと」
綾香はそれを受けて、深呼吸して怒りを静めようと努力する。
「…っと先輩! そいつぁ敵だってば! 早く離れて!」
綾香をおちょくるのに飽きてきた浩之は、綾香の側に立つ芹香に注意を促す。
…だが、芹香はふるふると首を横に振った。
「…先輩!?」
芹香の自分をじっと見つめる視線に、少したじろぐ浩之。
「味方同士での睨み合いは止めた方がいいわよ」
「誰のせいだ、誰の!」
綾香の言葉に今度は浩之が怒鳴る。
綾香は浩之に対しては何も答えず、芹香に微笑みかける。
「姉さん、ありがと」
そのセリフに、浩之が反応した。
「姉さん…だと!?」
「そ、私は来栖川綾香。ここにいる来栖川芹香の妹よ」
浩之は、驚いた顔で綾香と芹香、2人を見比べる。
「…お前、先輩に何か吹き込んだのか!?」
「バカ言わないでよ。姉さんが教えてくれたことなんだから。あんたのその疑いは、すなわち姉さんへの疑いになるわよ?」
「なにをっ…」
言葉に詰まる浩之。
その隙に、綾香は動いた。
「じゃ、私はこれで失礼するわ」
そう言った後、ボソっと芹香に耳打ちした綾香は、後ろをくるりと向き、窓に近付く。
「はぁっ!!」
掛け声とともに彼女が放ったその強烈な後ろ回し蹴りは、そのままトイレの窓を枠ごと打ち壊してしまった。
「なっ…」
驚きの表情を隠せない浩之と葵。
小さめではあるものの、ここのトイレの窓は特殊金属&強化ガラスで作られており、通常の人間には破壊できない代物だからだ。
「…いっつ〜」
しかし、やはり痛かった様子で、綾香は右脚を抑えてうずくまった。
「チャンス!」
綾香のその隙を見逃さず、飛びかかろうとする浩之。
…だがしかし、その脚に誰かが飛び付いた。
「なっ?」
脚を抑えられたことで浩之の上体が前へ倒れ込む。
ビッターン!
「むぎゅっ!」
…当然、顔から着地した。
ドクドクと血が流れていく。鼻血だ。
浩之君、本日2度目の鼻血ブーである。
「く、来栖川先輩!?」
驚きの声をあげる葵。
浩之の脚に飛び付いたのは、芹香であった。
「…さんきゅ、姉さん。また今度ね」
芹香に感謝の微笑みを見せると、綾香は窓を抜け、外へ出ていった。

後編へ続く

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