「ただいま〜」
今日は耕一が来ているはず。
『おかえりー』
そう言ってくれるのをしばらく待つ。
………。
返事がない。
ま、どうせまたグータラして昼寝でもしてるんだろう…。
そう思った矢先。
「わあああああああああああああんっ!」
いきなり、耕一の部屋から泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
「どうしたどうした!」
どたどたとあたしは鞄をほっぽりだして駆けつける。
そこには、布団に突っ伏して泣き叫ぶ耕一と、途方に暮れる千鶴姉の姿があった。
その横には、お皿が一枚…。
「千鶴姉!まぁた変なモン食わせやがったな!」
開口一番、千鶴姉を責めるあたし。
「違うわ!私はただ、耕一さんがお腹が空いたというので、オニギリを作って食べてもらっただけよ!」
違うと言いつつも、千鶴姉の顔には『私が原因です』とアリアリと出ていた。
「わああああああああああああんっ!うううううううっ!」
全然泣き止まない耕一。
…こんな状態、変な物でも食わないとならないって。
「それで…?それに何の具を入れたの?」
ピク。
千鶴姉の表情が引きつる。
「その…庭になっていたキノコを炒めてチョイチョイっと…」
「またかい、あんたはっ!!」
あたしのツッコミに少々たじろいだ千鶴姉だったが、手に何か本を取り出して反論し始めた。
「で、でもね、このキノコ図鑑にね、食用って書いてあったの!見て見て、これこれ」
そう言って図鑑を開いてあたしに見せた。
「どれどれ…『キンクハンノウナキマクリタケ。食用。独特の味の深みはキノコマニアに大ウケ』…なるほど、確かに食用ね」
「でしょでしょ?」
ふむ…確かに食えるキノコを食わせたようだが…。
でも騙されちゃいけない!
千鶴姉以外に原因は考えられないし、もう少し細かいところを見てみよう…。
「…あれ、でも注意書きがある。『油で炒めたものを食すると中毒症状を起こすことがある』…」
それは、キノコの絵の下に細かい字で書いてあった。
「………(汗汗汗)」
千鶴姉は冷や汗をたらしている…。
「ほーれ見ろ、やっぱりそうなんじゃないか」
嫌味ったらしく言ってやる。
「そっ、そんな小さい字で書いてあってもわからないでしょっ!」
何か言ってるけど今はとりあえず無視。
注意書きの続きを読もう。
「えーなになに、『このキノコの中毒症状は特殊で、その食した人間の気にしている言葉を聞いた時のみ現れる』?どういうことだろ?」
「ある言葉を聞いた時だけ症状が出る…ってことでしょ?」
横から千鶴姉が図鑑を覗き込む。
「気にしている言葉?…千鶴姉、食わせた後に何か言ったのか?」
あたしの言葉に千鶴姉はふるふると首を振った。
「ううん、ただ『どうでした、オニギリは』って聞いただけなんだけど…」
「うわああああああああああああああっ!!」
少し泣き止んでいたと思っていた耕一が、千鶴姉が話した途端にまた泣き出した。
ん?
「千鶴姉、今言った言葉をもう一回リピート」
耕一の声が小さくなったのを見計らって、千鶴姉に頼んだ。
何のことか良くわからないようだったけど、とりあえず頷く千鶴姉。
「『ううん、ただ』」
…反応なし。
ちょっとさっきの余韻が残っているようだけど、今の言葉ではない。
「『どうでした』」
…またも反応なし。
「『オニギ…』」
「うわああああああああああああああん!」
もぉのすごい反応!
「耕一さん!?」
「…わかったよ千鶴姉」
…そう、耕一の気にしている言葉が。
そっと千鶴姉に耳打ちする。
「…『オニ』っていう言葉だよ」
しかし、あろうことか千鶴姉は大声で反復しやがった。
「オニ!?」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああん!」
バカタレ。
「何で気にしてる言葉を大声で叫ぶかっ!このボケ姉!」
「ご、ごめん、つい!」
耕一はというと、もう泣き疲れてぜーはー言ってる。
「つまりだな、耕一は自分が『…』であることを気にしてるんだよ」
『…』のところは口パクで『オニ』、と言っている。
「そ、そうなのね…。そうよね、ちょっと前まで普通の人間だと思ってたんですもの、しょうがないわ」
まるで母親のような口調だな、千鶴姉。
「図鑑によれば、中毒症状は1日で自然に直るって書いてあるから…その間、『…』は禁句ね?」
「わかったわ。『…』は言っちゃダメね」
『…』は口パクで『オニ』である。念のため。
別に放っておいてもいいんだけど…うっとおしいし。
べっつに『耕一がかわいそうだから』とかいうんじゃないからね。
誤解しないように。
まあ、千鶴姉に変なモン食わされたっていう意味では『かわいそう』なんだけど…。
「…何してるの?みんなで」
…初音?
外の廊下に、初音が立っていた。
今帰ってきたところみたいね。
「ただいま、お姉ちゃんたち、耕一おにい…」
…やばっ!
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
やってしまったか…。
「ど、どうしたの、耕一お…モガッ!」
心配そうに声をかける初音の、その口を塞いでやった。
「初音〜、あっちで事情説明してあげるわ〜。だからここで耕一に話しかけないでね〜」
ずりずりと初音を引っ張り、茶の間の方へと移動する…。
「モガー?」
「ええ〜っ!『オニ』と言うと泣いてしまう中毒!?」
初音、わかりやすい説明ありがとう。
「そう、誰かさんの作ったオニギリのせいでねぇ…」
チラと隣りの千鶴姉を見やる。
…しゅんとなる千鶴姉。
ふふん、いい気味。
「…それだから、耕一の前で『オニ』って言っちゃダメだからね」
初音の方に向き直って、釘を指しておく。
「うん、わかった…耕一お兄ちゃんの前で言わなければいいんだよね」
頷く初音。
「…そうなんだけどさ。『お兄ちゃん』てのも禁句なんだからね」
「あ、そうか…。じゃ、なんて呼べば…」
「とりあえず『耕一さん』にしときな」
「うん」
ふう、これで何とかだいじょぶかな…。
「…うわああああああああああああああああん!」
…がく。
「今度は何っ!」
つったかたーと耕一の部屋へ。
…そこの前には、楓の姿が。
「楓っ!あんた、耕一に何言った!?」
「えっ!?な、なにって…『今日の夕飯はお肉みたいですよ』ってだけ…」
…お肉かいな。
「楓〜、あっちで話があるからぁ〜」
結局、初音にした話をもう一度聞かせる羽目になった…。
「さ、今日は焼肉だよ〜」
妙に明るい声であたしは肉を鉄板に乗せていった。
「さ、耕一お…じゃなくて耕一さん、ビールだよ」
初音がコップにビールを注ぐ。
「ありがとう、初音ちゃん…」
耕一の目はもう真っ赤だ。
…まああれだけ泣けば、赤くもなるだろうけど。
とりあえず、少しは立ち直ったようだし、禁句さえ言わなければ大丈夫みたいだね。
…とか考えている矢先に…。
「ね、梓、そこのオニオンスライスを…」
「うわあああああああああああああああああんっ!」
千鶴姉の一言で、また泣き出してしまった…。
「こぉンの能無し姉がぁっ!何でそんなこと言うかっ!『玉ねぎの薄切り』って言えぇぇぇぇぇっ!」
「ご、ごめぇ〜ん、つい…」
「ごめんですめば警察いらね〜っ!」
耕一が泣き止むまで、10分。その間、飯はお預け…。
「ささ、気を取り直して…。はい、耕一さん」
まだヒックヒックしゃっくりあげてる耕一に、千鶴姉がビールを注ぐ。
「あっ、楓お姉ちゃん、このタレって梓お姉ちゃんが作ったんだよ」
「そ、そうなの、初音。おいしいね」
…なんか会話がギクシャクしてるなあ。無理もないけど…。
「ねえ梓、このタレって何が入ってるの?私にも教えて」
え?タレの中身?
「えーっとねぇ…ゴマに醤油、唐辛子を少々、塩に…」
「うわあああああああああああああああああああああああん!」
…やってしまった。
『塩に』で反応するんじゃないって…。
「あらまあ梓。さっき偉そうなこと言ってた割に、あなたもやってるじゃない。ふっふっふー」
こ、このクソ姉…。嫌味ったらしいのにも程があるぞっ!
…泣き止むまでまたも10分。
何とか焼肉再開…。
「あ、お…じゃなかった耕一さん。ご飯つぶ付いてるよ」
初音が耕一の顔を見て、指摘した。
「え、どこ?」
聞き返す耕一。
初音はにこっと笑って…。
「頬に付いてるよ」
「…うわあああああああああああああああん!」
…またかい。
また10分。
そろそろイヤになってきた…。
「あつっ!」
突然、声をあげる楓。
「どした、楓?」
イヤな予感を感じつつも、聞かずにはいられない。
「油がハネて、顔に…」
「ぐわああああああああああああんっ!」
…やはりな。
何とか食事も終わった…疲れたが。
「じゃ、じゃあ耕一、テレビでも見ようか」
「そ、そうだね、そうしましょ」
引きつった顔で笑いかけるあたし&千鶴姉。
とりあえず洗い物は初音と楓に任せて、あたしが耕一に対応することになった。
…ほんとは千鶴姉もいない方がいいんだけど。
でも洗い物を任すわけにはいかないし、しょうがない。
「8時は『十山(とおやま)の銀さん』の時間ね!それを見ましょう!」
自分の趣味丸出しだな、千鶴姉。まあいいけど。
ぴっ。(リモコンの音)
『お父!』
『俺に構うな、お静!』
『お母!』
『そうよ、わたしたちに構わず、早くお逃げ!』
げげ。
「うわああああああああああああああああああん!」
またまた10分…。
「気を取り直して、続きをみましょう…」
あたしゃ疲れたよ…。
『てめえら、このざくろ吹雪が全てお見通しなんでいっ!』
ばばーん!
『これにて一件落着〜!』
『ありがとうございました、銀さん…いえ、お奉行さま』
『ありがとうございました!』
『へへっ、銀さんでいいって。お静、又十郎、達者で暮らせよ』
『はい』
『へへ、お前たち、なかなかお似合いだぜ』
…もうやだ。
「ぐわああああああああああああああああんっ!」
もー疲れた。
テレビを切って、言葉を選んで話をしていたけど…ここまで疲れるとは思わなかった。
とっとと寝せてしまおう…。
ぱたぱたぱた…。
風呂の用意をしてくれてた初音が、スリッパの音をさせながら来た。
「耕一お兄ちゃん、お風呂が…」
げっ、バカ!
「うわぅあぁあぁあぁあぁあぁあぁあん!」
「あっ!言っちゃった…」
うっかり言ってしまい、手で口を押さえる初音。
「初音〜!」
ぐりぐりと頭をゲンコツで撫でる。
「ごめんお姉ちゃん、私ってすぐ忘れちゃうから…」
「初音、小学生じゃないんだから、そんなこと…」
言ってられない、と続けようとした時。
「ううっ…ふええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
いきなり、初音が泣き出した!
「は、初音!?」
な、何かおかしい!
耕一と同じ症状が、初音にも!?
「(ぼそ)小学生」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」
…やっぱそうだ。『小学生』って言葉に反応してる…。
でも、どうして…。
…もしや!?
「千鶴姉!焼肉やる前に台所のテーブルの上にあったキノコって…」
後ろで耕一をあやしてた千鶴姉に尋ねた。
「『キンクハンノウナキマクリタケ』だけど?」
あっさりと答える千鶴姉。
「何で捨てておかないの!?焼肉でみんなに食べさせちゃったじゃないのっ!」
てっきり買ってきた焼肉用のモノとばかり思ってたのにっ!
「…だって食用なのよ。捨てるのもったいないじゃない」
ぷち。
「だあぁぁぁぁぁっ!このバカ姉!偽善者!ずん胴!胸なしぃぃぃぃぃぃっ!」
はっ!…やばいっ!
勢いに乗ってつい言っちまった!
半殺しにされるぅっ!
とっさに身をすくめてしまう。
………。
…あれ?攻撃されない…。
「うわあああああああああああああん!どうせ私は胸なしですよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
千鶴姉はぶん殴る代わりに、突っ伏して泣き出した。
「…胸なし?」
「うわあああああああああああああああああああああん!」
なるほど…千鶴姉の禁句は『胸なし』かぁ。
こりゃいいわ、この際しばらく泣いててもらおっと。
「(ぼそ)胸なし」
「うわあああああああああああああん!」
ふっふっふ。
「胸なし」
「わあああああああああああああああん!」
あー、すっきりした。
日頃のウラミ、思い知ったか!
「姉さん…意地が悪いわ」
いつのまにか来ていた楓がボソリとつぶやいた。
「あれ、楓。…聞いてた?」
こくん。
うなずく楓。
「はは…ま、少しくらい大目に見てよ。それにしても…」
耕一も、初音も、千鶴姉も泣いている。
「なんかこうしてると、部屋の雰囲気暗くなるわね…あれ、楓。どうした…」
楓は急にうつむいたかと思うと…。
「うわあああああああああああああああああああああああああん!」
いきなり泣き出してしまった。
「(ぼそ)暗い?」
「わあああああああああああああああああああああん!」
そっか、楓は『暗い』が禁句なのね。
実際に暗いもんね…悪いことしたわ。
…それにしても、みんな泣いてるなぁ。
禁句ねえ。
「あたしの禁句は…『暴力女』かなぁ」
…しまった!つい口に出して…。
うっ…ううっ…。
急激に泣きたくなってくる。
ダメ、梓!ここで泣いたらダメ!
苦しくったってぇ、悲しくったってぇ、コートの中では平気なの!(なんのこっちゃ)
でも、涙が出ちゃう…。
だって、女の子だもん♪
てぇことで…。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
ちゃんちゃん♪