納豆のお話
written by 李俊
第1話 浩之とあかりの場合
第2話 レミィと智子の場合
第1話 浩之とあかりの場合
ある暑い夏の日…。
学校からの帰り道に浩之とあかりはいた。
「納豆が食いたい」
俺の言った言葉で、一瞬あかりの動きが止まる。
「なっ…とう?」
ぎぎぃっ…とまるでポンコツ扇風機のように、ぎこちなく俺の方を見るあかり。
…俺、何かおかしいこと言ったか?
『浩之ちゃん、今一番何が食べたい?』
って聞いてきたから、パッと脳裏に浮かんだ『納豆』を答えたのだが。
実は、俺は納豆がけっこう好きなのだ。
しかし、最近は食ってない。
朝は急ぐのでいつもパンだし、昼も購買部のパンだし、夜はインスタントものかコンビニ弁当だし。
特に最近は暑いから、買ってもすぐ悪くなってしまうので、なかなか買えないのだ。
しかし、ご飯を食う時は、やっぱり納豆がないとねえ。
匂いはクサイかも知れんが、それはまあ気にしちゃいけない。
うぅ〜ん…思い出しただけでヨダレが。
ちなみに、納豆と言えば水戸が有名である。
なんでも納豆の起源は、さる先の副将軍『徳川光圀』…つまり水戸黄門が、
『水戸の領民は貧弱でいかん。何か栄養のある食品を作れ』と命じて作らせたのが始まりであったらしい。
そして、黄門様が諸国漫遊の旅に出たのは、実は、他でもないこの『納豆』を全国に広めるためであったのだそうだ。
…って、志保が言ってたな。
《ウソです。納豆の起源はもっと古いです。それから、水戸黄門は実際は諸国漫遊の旅なんぞしてません》
「浩之ちゃん…納豆じゃなくて、他に何か、ない?」
ぴく。
「その言い方、引っかかるな。まるで『納豆なんかダメ』って言ってるみたいだぞ」
俺は自分のアイデンティティをバカにされたようで、カチンときた。
《ちなみに、アイデンティティとは【個性】【独自性】【芸風(笑)】をあらわします》
ぷるぷると首をふるあかり。
「う、ううん、浩之ちゃんが納豆好きなのは別にいいの。ただ、私が…」
「おい、あかり。納豆は栄養満点、食物繊維も十分取れるし、無添加健康食品のトップバッターだ。それにこの暑い夏こそ、納豆を食って乗り切らにゃーいけない。…お前がなんと言おうと、俺が今食いたいのは納豆だ」
あかりの言葉を遮って、一気にまくしたてる俺。
しばし、沈黙。
そしてあかりが口を開いた。
「…わかった。浩之ちゃんは納豆がいいのね…納豆が食べたいのね?」
何か反論するかと思ったが、あかりは意外にすんなり引き下がった。
「お、おう」
俺は、なぜあかりがこんなことを聞いてきたのか疑問に思ったが、言い切ってしまったからには引っ込みがつかなく、ただ返事をするしかなかった。
「うん…。じゃ、明日ね」
あかりが手を振って、自宅への道へと歩いていく。
「ああ、明日な」
手を振り返す俺。
…俺は、そのあかりの言葉を、『また明日会おう』という意味に取っていた。
しかし、それが間違いであったことに、次の日気付く。
次の日の昼休み。
「はい、浩之ちゃん」
あかりから手渡された『それ』は…。
………。
夏の暑さにやられて、もの凄いニオイにブーストされた納豆弁当であった…。
蓋を開けると、ご飯の上にビッチリと詰め込まれた納豆の粒たちが俺を出迎える。
…ぷうぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん…。
………。
………。
…いくら納豆好きでも、この臭いでは食えん…(泣)
ちゃんちゃん♪
第2話 智子とレミィの場合
「オヤ?トモコ?」
昼休み、食堂に入ってきたレミィは、保科智子を見つけた。
智子は、レミィの声に振り返る。
「…なんや、レミィかいな」
この2人、どこでどう会ったかは知らないが、けっこう仲がいい。
…智子は別にそうは思ってはいないようだが。
レミィがボケると、ついツッコミたくなってしまうようだ。
ここらへんが、彼女の関西人としての悲しいサガである。
「トモコ、珍しいネ。学食に来るなんて」
智子はいつも弁当を作ってきており、いつも1人で食べている。
その彼女が学食に来るのは、矢島があかりに告白してOKをもらうのと同じくらい珍しいことだ。
《こらーっ!たとえに人の過去を使うなーっ!by矢島》
しかし事実だろう。(きっぱり)
「ちょっと、な。朝起きるの遅れてしもて…」
「フーン、トモコでも寝坊するんだ」
「別にええやろ」
2人は食券販売機の前に立つ。
「さて…何にしよか」
「ワタシはこれネ」
ちゃりちゃり…と小銭を入れてレミィが押したボタンは…。
『納豆定食』だった。
「げっ…」
智子はその名前を見るなり、イヤな顔をする。
「…どしたの、トモコ?」
「あ、あんた、納豆なんて食うんか?」
「?オイシイよ、ナットウ」
きょとんとするレミィ。
智子は、ラーメンを選んだ。
………。
2人は食券をカウンターに出す。
「…トモコ…ナットウ嫌い?」
「キライなんてもんやない。納豆なんて、腐った豆やんか。そんなもん食えるわけないやろ」
元々神戸で育った智子にとって、納豆とは全然縁がなかった。
実際に口に入れたことはないが、幼い頃より叩き込まれた関西人の偏見が、見ることさえも拒否していたのである。
「腐った豆って書くのはトーフじゃナイノ?」
「漢字じゃなくて見た目や。…アンタ、外国で育ったくせになんで納豆食えるんや?」
出てきたラーメンを受け取ると、智子は空いている席を探す。
レミィも納豆定食を持ち、後に続く。
「ベツに、何も抵抗なかったよ、ワタシ。初めて食べた時から、好きになったヨ」
ニコニコと答えるレミィ。
2人は、空いてる席を見つけ、そこに並んで座る。
「サア、食べるヨ〜」
「…レミィ、納豆そっちに置いてくれんか?視界に入るのもイヤなんや」
しっしっとノラネコを追い払うような仕草。
レミィはしょうがなく智子から遠い場所に納豆の容器を移す。
「オイシイのに…」
そう言って箸でぐちゃぐちゃと納豆をかき回す。
ぞぞぞぞぞぞっ!
「…や、やめえ〜その音ぉ〜」
鳥肌を立てて耳を押さえ、のたうつ智子。
「どしたの、トモコ」
ぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ。
聞きながらも、レミィはかき混ぜるのをやめない。
「えーからやめいっ!」
ぴた。
レミィはかき混ぜるのをやめた。
…別に智子の言葉を聞いたわけではなく、もう充分にかき混ぜたからなのではあるが。
「…はぁー、はぁー、はぁー」
智子は肩で息をしている。
「トモコ、顔色悪いネ」
キッとレミィを睨みつけた。
「…誰のせいやっ!」
「さあ?」
ばしゃっ!
レミィの返答に智子は、ついその場に突っ伏してしまった。
…そこにラーメンがあったことに、後から気付く。
(ふっ…ラーメンって、こんなに熱いものだったんやな…)
どんぶりに顔を突っ込んだまま、智子はたそがれていた。
「トモコ、楽しい?」
「ぶぇんぶぇんばぼびぶばび(全然楽しくない)」
………。
「ぷはぁっ!」
30秒ほどして、智子は顔を上げた。
「オゥ、トモコすごいネ」
パチパチとレミィは拍手。
つられて周りにいたギャラリーも拍手した。
「…見せもんやないっ!」
きっと周りを睨むと、ギャラリーはそそくさと散っていく。
「トモコ、ラーメンのびちゃうヨ」
「はいはい…」
顔をハンカチで拭きながら、智子は返事をする。
よく見ると眼鏡になるとがくっついていた。
「ヨシ、それじゃ…」
レミィはそう言うと、おもむろに調味料のところからソースを取る。
そして、いきなり先程かき回した納豆にダーッとかけた!
「な、な、なっ!」
驚愕する智子。
それはそうだ。納豆には醤油、というのは常識である。
納豆嫌いの智子でも、それは変わりがない。
うなずくレミィ。
「うん、ナットウダヨ、これ」
「そーじゃのうてっ!なんでソースなんやぁっ!?」
「ナットウにソース、おいしいヨ。それで、これを…」
今度は、砂糖の容器を掴むと、ざんぶりざんぶりと山になるくらいかける。
「………」
もはや智子は言葉も出ない。
彼女のこめかみ辺りには、まるで『ち○まる子ちゃん』の様な縦線が入っていた。
「では、イタダキマース」
レミィは器用に箸で納豆をすくうと、口へと運ぶ。
ずるっ…ぐちゃっ…じゃりっ…にちゃっ。
(口へ運ぶ音、豆を噛む音、砂糖を噛む音、糸を引いた音…)
「な、…納豆は、いやあああああああああああああああああああああっ!!」
ばたっ。
…智子は、その音に耐え切れず、ついに気を失った。
こののち、智子は『納豆なんてもの、地球上からなくしたる!』と固く誓ったという…。
ちゃんちゃん♪
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