鍋の季節は危険なかほり

written by 李俊

・この話の設定は12月中頃です。そのつもりでお読みください。
・ネタバレを含みます。


1、悪夢のぷろろーぐ

夢。
夢をみている。
暗い世界で、ひとり逃げ惑う夢だ。

明かりのない薄暗い空の下、
冷たいアスファルトの道路を走り、
身体中に珠のような汗を浮かべ、
背後から追いかけてくる「何か」から逃げようとしている。
そんな夢だ。

はぁ、はぁ…。
荒い肉食獣のような呼吸。
全身が恐怖に震え、汗が流れ続ける。
胸が苦しい。
足が棒のようになっている。
誰か、誰か助けてくれ。
唇は形を刻んだが、音は発せられなかった。
誰か…。

…クックック。
…いつまで逃げ回るつもり?
 
息を殺した笑い声が、頭の中に響き渡った。

…無駄。
…無駄よ。
…無駄なのよ。
…私から逃れることなどできやしない。

黙れ!
俺は叫んだ。
追い付かれるわけにはいかないんだ。

…ククク、確かに今回は逃げ切れるでしょ。
…だが、明日はどう?
…明後日は?
…例えばあなたは飯も食わず、眠りもせず、
リゲインも飲まずに、24時間戦えますか?
…同じことよ。
…ましてや…。
黙れ!

…ククク、本当はあなただって気付いているんデショ?
…もう限界にきているってコトヲ。
…もうこれ以上走れないってコトヲ。
…さあ、楽ニシテ。
…私にユーをハンティングさせてヨ!

いやじゃああああああああああああああっ!
いくら夢の中でも、レミィに狩られるのはいやなんじゃあああああっ!

…。
なんつぅ夢だ…。


2、今夜のご飯は…

…。
「…ちゃん」
ん…。
「…ゆきちゃん」
う…ん。
「ひろゆきちゃん」
がばっ。

「ひろゆきちゃん、もう放課後だよ」
あかりの言葉で、目が覚めた。
「…ありゃ?」
どうやら居眠りをしていたらしい。
時計を見てみると…5時限目まるまる寝ていたようだ。
…よく注意されなかったな。
「おはよう、ひろゆきちゃん」
あかりがにっこりと微笑む。
「おう、おはよう」
それに応える俺。
…なんか朝と同じやりとりしてるな。
それにしても…さっきの夢。
…レミィがアメリカに帰って半年、あまり気にはしていなかったが…。
あんな夢を見るのは、心の中で逢いたがっているからなのか…?
…って、なんで逢いたがってるとあんな夢見るねん!(←ひとりツッコミ)
ま、それはともかく、だ。
机の前にいるあかりを見上げた俺に、あかりは、
「起き抜けで悪いけど、お昼休みに言ったこと憶えてる?」
と言った。
「昼休み?」
えーっと…昼休みは…。
あかりの作ってきた弁当を食って…。
俺の中のあかりポイント2ポイントアーップ!とかやってて。
それから…
「あ、今日メシ作ってくれって言ったような」
「そう、それ」
そうだ。
今日、親もいないし、マルチは定期点検で帰りが遅いから、
あかりに作ってもらおうと思ってたんだった。
「帰りに買い物に寄って、材料買っていこうと思ったんだけど…
ひろゆきちゃん、なに食べたい?」
そうだな…この寒い冬、食べるものといえば…。
「あったかいもんがいいよな…鍋関係にするか?」

だが、あかりが応えるより前に会話に割り込んできた人物が。
「え?なになに、ヒロの家で鍋やるの?」
いきなりの「歩く広告塔」志保の登場。
「どっからわいた、この東スポ女!」
東スポ女…うーん我ながら的確な表現だ。
「今来たとこよ」
しかし志保は、俺の悪態に反論せずに、さらっと返しやがった。
…おかしい。
普段なら、「人をボウフラみたいに言うなっ!」
とか言い返してくるはずなのに。
こんな時のヤツは、何かウラがある…。
それより。
「…なんで俺んちでやるってわかった?おまえエスパーか?」
「なにバカ言ってんの。
あかりがちょくちょく夕飯作りに行ってることくらい、知ってるわよー」
へっへっへ、と品のない笑い。
なんだ、知ってたのか。(ポリポリ)
「あのね…今日の夕飯何にしようかって話してたんだけど」
あかりがそう言い終るのと同時に、
「あたしもお願い!」
と手を挙げる志保。
「…は?」
「いやー。今日、家に誰もいなくてさー、夕飯どうするか考えてたとこなのよー」
ぽりぽりと頭を掻きながら話す志保。
…そういうことかい。

「なんや、長岡さん。自分で料理つくれんの?」
突然、横から声が。
…その声の主は、ずっと隣りで聞いていたらしい、委員長だった。
やっぱ委員長はツッコミきついなー。
ボケなくちゃならん相方はつらいだろう。(←誰が漫才やるんや!by委員長)
「誰かと思えば保科さんじゃない。
…誤解があるようだから、この際はっきりしておくわ」
委員長のツッコミにも動じることなく、志保は言った。
「料理くらいこの志保ちゃん、ちょちょいとやれちゃうわよ。
でも、やっぱり食事は1人よりも多人数の方が楽しいでしょう?
…そういうことよ」
ふっ、と勝ち誇ったように鼻で笑う志保。
…超苦手のくせによく言うよ。
「俺はいつも1人で食ってるぞ」
「…あんたの意見は却下」
しかし…志保の言葉に切れるかと思ったが、委員長は意外に冷静な顔をしている。
「…そやなぁ。長岡さんの言うとおりやわ」
およよ。いつもの委員長じゃない…。
絶対何か言い返すと思ったのに。
あかりと志保も怪訝そうな顔をしている。
そして、委員長の次の言葉。
「…私も今日ひとりやし、まぜてもらおか」
「え」
3人の声が見事ハモった。
委員長の口から「まぜて」なんて言葉が出たことなんて、
今まで全く、全然、これーっぽっちもなかったのに。
な、なにゆえ?
ほけらー。
「ん?なんや藤田くん、何ボケとるん?」
「…いや、その」
…答えにつまる俺。
「…その…保科さん、どーいう心境の変化?」
何とか復活した志保の言葉に、委員長は、
「変化?私は変わっとらんよ、別に。自分に正直に生きとるだけや」
と、さらりと言った。
おい…嘘つくなーっ!
ちょっと前まで、自分に嘘ついて生きてた人間が何をゆー!
「で、でも、お鍋は人数多い方が楽しいよね、ねっひろゆきちゃん!」
「…え。…お、おう、そうだな、やっぱ鍋は大人数で食うもんだよな、うん」
あかりのぎこちないフォローにこれまたぎこちなく答える俺。
委員長は笑みを浮かべて。
「じゃ、きまりやね。長岡さんもええやろ?」
こくこく。
…それは芹香先輩だって…。

その後、どういう鍋にするかという話に移ったのだが…。
「やっぱ鍋っていったらフグチリよ。鍋の王者といったらこれしかないわ」と志保。
「フグなんて高くて買えないって。それより牛鍋とかよかないか?」と俺。
「なに言うてんねん。鍋いうたらカキ鍋しかないて」と委員長。
「クリーム鍋っていうのが最近流行ってるけどね。
一度やってみたいんだけど…」とあかり。
わーわーぎゃーぎゃー
…。
全然決まらん。
こういう時は…。ん?
「おっ、雅史。いいところに来たなー」
雅史が教室に入ってきたところを捕まえる。
「ん?どしたのみんな」
いつもながらさわやかな奴だ。
「あのねー、今日みんなで鍋やろうって話になったんだけどぉ」
と志保が言うと、
「みんなどんな鍋がいいってバラバラでまとまらんねん」
と続ける委員長。
「雅史ちゃんはなにがいい?」
最後に意見を聞くあかり。
雅史はうーんと唸ると、
「そうだなぁ、寄せ鍋でいいんじゃないの?」
「寄せ鍋?」
志保が聞き返す。
「うん。具は別に制限はなくて、いろいろ好きなものを入れる、と。
意見が別れてるんだったら、これが一番ベストなんじゃないかな」
うむ、見事な裁決。さすがは俺の舎弟だ。
どんな問題も一発で解決!
一家に1台、スーパー雅史DX!(定価¥19,800)
…。
なに考えてんだ俺は。
「そうだね…それだったら、みんな好きなもの入れられるからいいんじゃないかな」
あかりが賛成する。
…いや、でもクリームは入れられないと思うぞ。
他の2人も異存はなさそうだ。
「よし、じゃ今日のメニューは「寄せ鍋」に決定〜!」
「おおー」「わー」「いよっ大統領!」(?)
お、そうだ。
「部活終ったら雅史も来いな」
意見をまとめた功労者も混ぜてやらんとな。
「うん。行かせてもらうよ」
とびきりさわやかな笑顔で雅史は行った。
…しかし、こんな大人数で飯食うとはね。
志保の言葉じゃないが、飯は大人数で食ってこそ楽しいものかもなー。


3、人それぞれの「ぐ」

「ただいまー」
普段なら「おかえりなさーい」とか言いながらマルチが出迎えるのだが。
「今日は1ヶ月に1回の点検日なので、ちょっと帰りが遅くなりますー」
ってことで、いない。
さて、スーパーで買ってきたやっすーい輸入牛肉を冷蔵庫に入れて、と。
「いや、別に高い和牛霜降り肉だって買おうと思えば俺にも買えるぞ。
でも俺はこれが好きなんだよ。けして貧乏なわけではない」
…。
誰に言ってんだ?俺は。
それはともかく…。
えー、白菜OK、ネギOK、その他野菜類はOK…と。
ぴんぽーん
おおっと。もう誰か来やがった。
「はいはい、ちょっと待てー」
がちゃ
「浩之さん、只今帰りましたー」
「あれ、マルチ?」
そこには、点検で遅くなるはずのマルチが…。
「今日は長瀬主任が絶好調で、予想外に早く点検が終っちゃいました」
靴を脱いであがったマルチが話す。
おひ…点検に好不調があっていいんか?
「…そりゃよかったな。それより、今日はみんな来て鍋をやるからな」
すると、マルチは目を輝かせて、
「えっ!?皆さんいらっしゃるんですか?」
どうやら、みんなとまた会えることがうれしいらしい。
おや…?
「マルチ、その手に持ってる紙袋なんだ?」
マルチの手には大き目の茶色い紙袋が下げられている。
「あ、帰りに買ってきたんですー。「やまのさち」だそうですよ」
「やまのさち?」
どれどれ、と袋の中身を見てみると…。
「あ、山の幸か」
中身は、キノコを中心にワラビ、ゼンマイ等の山菜が入っていた。
「お鍋つくるんですよねー?これ入れたらいいんじゃないですか?」
と言って袋を指差す。
「いや、マルチ。山菜ってのはアクを抜かないと苦くて食えないんだ」
「そーなんですかー」
俺の解説に、感心するマルチ。
「…でも、キノコ類は使えるな。
着替えたら鍋の下準備しといてくれ。俺も着替えてから手伝う」
「はいー」

ぴんぽーん
俺とマルチで下ごしらえをしていると、チャイムがなった。
「はいはい、どうぞっと」
玄関に出てカギを開けてやると、委員長が入ってきた。
「おじゃまするよ」
「ああ、とりあえずあがってよ」
リビングにつれていく。
「あっ、智子さん。こんばんわー」
「よう、マルチ。元気しとったか?」
あいさつを交わす2人。
「委員長、ちゃんと材料買ってきたか」
委員長はもちろん、とうなずくと、
「私が買ったてきたんはこれやねん」
スーパーの袋をがさごそがさごそ。
そしてばばーんと委員長が出したのは、イキのよさそうなカキと…
おおきめの『タコアシ』!
「な…何?これ…」
「なんや藤田くん、タコも見たことないんか?」
…そーいう意味じゃなくてぇええええええええ。
「タコを鍋にいれるんですかー?」
マルチが俺の疑問を代弁する。
「当たり前やんか。鍋にタコ入れんで何入れんねん」
さも当然と言った顔で話す委員長…。
…委員長って奥が深い…。
その委員長の言葉にマルチは。
「そーなんですかー。鍋にタコはつきものなんですねー」
「そや」
<違うっ、違うぞマルチぃいいいいいいいい!>
そう言いたかったが、委員長が怖くて声には出せなかった…。

ぴんぽーん
俺が観念してタコを切ってると(委員長の話ではぶつ切りにしていれるらしい)、
またチャイムがなった。
「私出ますねー」
「おう、頼むわ」
マルチがリビングを出る。
「だれやろねー」
委員長の問いに、俺は
「あかりじゃねーか?雅史は部活で遅れるはずだし、
志保は絶対遅れてきて、結局何も準備しねーはずだからな」
「そやね。長岡さん、そういう人やもんねぇ」
2人で笑う。
そこへマルチが帰ってきた。
「おう、マルチ。誰だ?」
「あ、今来ますので…」
マルチがそういうと、リビングに2人、入ってきた。
「こんばんは、せんぱい」
「どうも…おじゃまします」
え。
「葵ちゃんに琴音ちゃん…?」
あれれ。なにゆえこの2人が…?
「あの…長岡先輩に『ヤミ鍋』やるからあなたも来なさいって…」
琴音ちゃんが言うと、
「あれ?私の場合は『ゲテモノ鍋』って言ってましたけど」
と葵ちゃん。
そうか、志保が誘ったのか…
…っておい!ヤミ鍋&ゲテモノ鍋ってなんやぁあああああっ!?
「…それで、あんたらは何を持って来たん?」
委員長が問う。
そ、そう、俺もそれを聞きたい。
葵ちゃんの方は。
「さすがに先輩たちにゲテモノ食べさせるわけにはいかないんで、
私はエビを持ってきました」
一方、琴音ちゃんは。
「私もあんまり変なものはやめた方がいいと思ったので…
フライドチキンにしておきました。これ、けっこうお鍋に合いますよ」
…ほっ。よかった。
「…ふぅ。長岡さんには後で言っておかな」
委員長も安堵の表情。
マルチは…
「あのー、『ヤミ鍋』ってなんですかー?」
「えっと、ヤミ鍋って言うのは…」
琴音ちゃんに『ヤミ鍋』の説明を乞うている…。

ぴんぽーん
葵ちゃんと琴音ちゃんが来て10数分後。
「今度こそあかりだな」
俺は玄関に出て扉を開ける。
がちゃ
「こんばんは、ひろゆきちゃん」
大きいスーパーの袋をさげて、あかりの登場。
…料理はこいつがいないと始まらないぜ。
「おう。委員長と葵ちゃんと琴音ちゃんが来てるぜ。
マルチも早く帰ってきたし」
「松原さんと姫川さん…?」
ばたんと扉を閉めるあかり。
「志保が誘ったみたいなんだ。…『ヤミ鍋』又は『ゲテモノ鍋』やるってな」
俺は『ヤミ』と『ゲテモノ』を強調して言った。
「ヤ、ヤミ鍋…!?」
あかりの顔がこわばる。
「ま、2人ともまともなもん持ってきたから安心しろって」
「…そ、そう、よかった…」
俺の言葉に胸をなで下ろすあかり。
「あかりは何持ってきたんだ?」
「うん。とりあえずダシ用のカニ、塩ダラ、豆腐、その他いろいろってとこ」
袋を差し出して話す。
「おし、やっぱりあかりにまかせときゃ安心だな」
「ふふふ」

…俺はあかりをリビングに通した。
「あ、神岸先輩」
「あかりさん、こんばんわですー」
「ちょっと遅刻やな」
「こんばんわ…(ぺこ)」
それぞれがあいさつする。
「こんばんわー。マルチちゃん、下ごしらえできてる?」
あかりはそうマルチに聞くと、台所に立つ。
「あ、はい。大体はできてますよ」
マルチはその隣りに立ってあかりの指示を受ける。
「じゃ、それをそこに入れて…鍋はこの大きいのね。これに…」
てきぱきと準備を始めるあかり。
うむー。やはり『嫁にしたいNO.1』はあかりで決定だな…。
マルチはマルチでがんばっているのだが、やはりあかりは別格だ。
だがしかし、裸エプロンはマルチのほうが似合うかも…。
…裸エプロンで家事をこなすあかりとマルチを想像する。
うーむ、いい。萌える…。
「藤田くん…なんか変な想像しとらん?」
ぎく。
委員長の言葉で、現実に戻る。
みれば委員長はジト目で俺を見ている…。
「にやにやしてほうけとるんやないで」
「す、すんません」
葵ちゃんと琴音ちゃんもくすくす笑っている。
くー、まずい所を見られた…。
俺のダンディでクールなイメージが…。(←元からないない!by志保)

…ある程度準備も終って、みんなで談笑してた頃。
ぴんぽーんぴんぽぴんぽぴんぽーん
(ピンポン連射はやめましょう。迷惑です。by作者)
「…こりゃ志保だな」
マルチが「私が出ます」と言って、玄関に出る。
「…さーて、何を持ってきたんやろねぇ」
ふふふ…と薄笑いを浮かべる委員長…。
こ、怖い。
この人を敵に回しちゃいけない…と俺の本能が告げている。
「…じゃーん。今日の主役、志保さんの到着だよーん」
そんな雰囲気を知ってか知らずか、ノー天気に登場する志保。
が、その場の雰囲気に凍りつく…。
「よおぅ、志保。おまえは何の具を持ってきたんだ?ん?」
俺の言葉にかたずを飲んで見守るみんな。
…委員長なんかはバックで炎が燃えている…(ような気がする)
「え?具?そ、それは秘密よーん」
葵ちゃんや琴音ちゃんの存在を確認した志保は、事情を察知したのか、
冷や汗を垂らす。
「秘密ってなんなんや?人の食えん物持って来たんやないやろな」
委員長の炎のツッコミ。
さすがの志保も俺と委員長のダブル攻撃に弱っているようだ。
「え、や、やーねぇ、この志保ちゃんがそんな変なことするわけないわよー」
ぱたぱたと手を振って答える…が、顔はおもいっきり引きつっている。
「…なら、もってきたもんで、長岡さん専用の鍋作ったるよ。な、神岸さん」
「え、え?べ、別に私はいいけど…」
おおう、委員長、ナイスアイデア!
「松原さんも姫川さんもそれでええな?」
「え、あ、はい」「…私は別にかまいませんが…」
すばやく多数派工作を繰り出す委員長。
そのすばやい行動になすすべもない志保。
これですでに『志保VS委員長・浩之・あかり・葵・琴音』の図式が出来上がった。
「ちょ、ちょっと待ってって。そんなことしないでいいってば」
志保はあたふたとかなり焦っている。
…こういう志保を見るのは久しぶりだ。見てて気持ちいいぜ、うん。
「なら、持ってきたもん見せてみぃ」
委員長の言葉に、ついに志保は降参した。
「す、すいませんでした…」
…委員長、WIN!

志保は観念して、自分の持ってきたものを公開した。
…志保の持ってきたのは、セロリ、オクラ、レバー…と癖のある物ばかり。
しかも、全部俺の苦手なものだ…。
こんなもん入れたら、俺は全く食えんぞ。
「自分が食えないもんを、他人に食わせたらあかんで」
くどくどくど…。
委員長の必殺お説教攻撃。
志保はしおしおと聞いている。
「保科さん、志保も反省してるみたいだし…」
あかりがそう言うと、
「いや、あかん。こういうときはきっつぅ言わなあかんのや」
くどくどくど…。
委員長の説教はまだまだ続く…。

4、レミィからの電話

「やあ、浩之」
「おう、あがれや」
最後に雅史が来たのは、ほとんど鍋も用意が出来上がった時だった。
リビングのテーブルを囲んで座るみんな。
中央にはカセットコンロが置いてある。
この上に、ウチのバカでかい鍋が乗るのだ。
「あ、ひろゆきさんー」
マルチが台所から来る。
「ん?なんだ?」
「私、そろそろバッテリーが切れそうなんですー。お昼充電できなかったので…」
そうか、点検で充電するひまがなかったか…。
「おう、俺らが食ってる間、充電してこい」
「はいー」
ぱたぱたぱた…
マルチは自分の部屋へ向かった。
「…でも楽しいですよね。こんな大人数でわいわいやるのって」
葵ちゃんが話しかける。
…そうか。
葵ちゃんはいつも練習練習で、友達と遊ぶこともめったにないんだよな。
「そやな。私もこんな楽しいの、こっちに来て初めてやわ」
委員長…。
神戸からの転校、イタズラされたりとか、いろいろあって…。
ずっと心を閉ざしていた委員長。やっと最近、心を開き出してくれたんだ。
「そうですね、楽しいです…」
はにかむ琴音ちゃん。
…この子も、しばらく孤独だったんだよな。
超能力のせいで疫病神呼ばわりされてて…。
みんな、こういうのに無縁だったんだな…。
…いかん、涙が出てきた。
「くくうっ、みんな、今日はたくさん食べて騒いでくれいっ」
「何泣いてんの、ヒロ?」
志保が覗き込む。
「…おまえにゃ縁のないことだよ」
「?」

「しゃきーん!デカ鍋セーット!あーんどナベブタオープン!」
俺は効果音の付いたオーバーなアクションで、フタを開けた。
「わぁ、すごい…」
誰かがつぶやく。
鍋の中は、うまそうに煮えていた。
白菜、ネギ、春菊などの野菜類。
豆腐、キノコがいい色に染みている。
牛肉、フライドチキンもちょうどいい頃合い。
カニ、エビ、カキ、タラの魚介類、そして委員長の持ってきたタコも、
実にうまそうに仕上がっている。
「おいしそう…」
「うんうん」
みんな、今にもよだれを垂らしそうだ。
それほど、この鍋はいい出来だった。
「…もういいですよね?」
葵ちゃんの言葉。もうすでに箸をかまえている。
「うん、大体煮えてるし、大丈夫よ」
あかりが答える。
それを聞いて、
「じゃ、まず私はね…」
と志保が箸を伸ばした瞬間。
「待たれよ!」
「わっ、何よ!?」
俺の言葉にびっくりする一同。
「ここから先は、このお奉行様が取り仕切る!」
ふっふっふっふっふっふっ。
そう、俺は…
鍋奉行なのだ。
いや、そこらへんにいる鍋奉行とはスケールが段違いに違うぜ。
言わば鍋将軍、もしくは鍋大王と言ってもいいだろう。(←だっさぁ…by志保)
鍋を食うときの作法、知識など、俺にかなうものは誰一人いない。
<ぷるるるるるる…>
そう、俺はこの瞬間のために生きていると言っても過言ではないのだ…
<ぷるるるるるる、ぷるるるるる…>
「ひろゆきちゃん、電話…」
なんだおい、人がひたってる時に。
「おいマルチ、電話…って充電中か」
しょうがなく、俺は玄関の電話に向かう。
「先に食ってるよ、お奉行さまー」
後ろで志保が言う。
「へいへい、俺の分は残しとけよ!」
言いながら廊下に出る俺。
その後ろでは、
「うん、フライドチキンがいける!」とか、
「このキノコ、かなりうまいでー」とか、
「タコも意外に合いますよ」とか始まっている…。
ううう、鍋奉行様の立場が…。仕切りたかったのによぉ…。
この電話が全部悪い!
<…ぷるるるるるる…>
かちゃ
「はいよ、藤田だけど」
憮然とした態度で出る俺。
「Hello!This is LEMMY!」
「え、え?あー、あいどんとすぴーくいんぐりっしゅ、そーりー」
いきなりの英語に狼狽する俺。
「モシモシ?ヒロユキデショ?」
「あ…なんだ、レミィか」
アメリカに帰っちまってたはずだが。
「ひさしぶりだな…どしたんだ?今アメリカなんだろ?」
「YES。デモ、来年はニホンネ!」
「え?どういうことだ?」
「DaddyとDiscussionして、
そっちのSchoolに戻れるようにしてもらったデス」
親父さんと話し会いして?
「よく許してもらえたな」
「ウン、それはヒロユキのコト話したからネ」
「へ?なにを…」
なんのことだ?
「Daddyが『娘をよろしく』って言ってたヨ。
ヒロユキ、結婚式はいつがイイ…?」
け、けけけ、けけけけけけけっこん?
「ちょ、ちょちょちょちょぉおおおっと待てえええええい!」
「ウソ★」
「は?」
「フフフ、結婚式なんてウソ。It’s Jokeヨ!」
「…あのな」
いつものレミィの冗談だ。…疲れる。
「あ、ノーノーヒロユキ、怒っちゃダメダメ。
ことわざにもアリマス、『笑う門にはゲンジボタル』ってネ」
「…それを言うなら『笑う門には福来たる』だ」
「オゥ、そう言うこともありマスネー」
…そうとしか言わねーんだよ。
その後、俺は10分ほどレミィの電話に付き合わされた…。
「…バイバイ、ヒロユキ。来年ヨロシクネ」
「…おう」
ぷつ…つーつーつー…
かちゃ
受話器を置く俺。
「レミィが帰ってくるのか…」
もしや今朝の夢はこのことを知らせるために?
…ってあの内容でどうやって知らせるんだ、おい!
などと心の中でマンザイをしつつ、リビングに戻る。
…鍋、ほとんど食われてるな、こりゃ。
リビングに入ると、そこは…。


5、大狂乱!

「ふざんじゃねぇぞ、うぉらあああああああっ!」
がっちゃーん。
あかりだ。
…あのおとなしいあかりが暴れている!?
「な、何事だ!何があった!」
とりあえず近くでうなだれている志保に聞く俺。
「ううっ…浩之さま…」
しかし志保は、むせび泣いている。
「ええ!?『浩之さま』!?」
あの志保が『浩之さま』なんて言うか!?
「お、おい、委員長!何なんだ、これ!」
まともに見える委員長に聞いてみる…が。
「いやぁーん、藤田くぅん。ハニーって呼・ん・で★」
…こいつもいかれてる。
おおおおおおおかしい、おかしすぎる!
なななななな何があったというんだ!?

「…ひろゆきさん」
いきなり背後から声をかけられた。
「えっ?あ、マルチ」
そこには、充電を終えたらしいマルチが立っていた。
「マ、ママママルチ、ああああかりが暴れて志保がしおらしくて委員長が壊れて、
ももももももーなにがなんだかわからねー!」
…俺もすでに錯乱状態だった…。
「ひ、ひろゆきさん、落ち着いてくださいー」
必死になだめるマルチ。
「…前にセリオさんの話を聞いたことがあるんですが、
あれは『セイカクハンテンダケ』というキノコの中毒症状のようですー」
「『セイカクハンテンダケ』!?」
初耳だ。(←おまえはな。by作者)
「はい。なんでも、食した人間の性格を正反対にしてしまうらしいです。
あ、時間が経てば毒も症状も消えるらしいですけどー」
「性格を逆に…!?」
そうか、それで…。
「だから、いつも従順なあかりは、
『反抗ばかりする性格』になって暴れてる、とそういうことか!?」
「多分そのようですねー」
ちらとあかりの方を見る2人。
「うらあああああ、ひろゆき!
いっつも命令ばっかりしやがって!
たまにはあたしのいうことも聞けええええええええええっ!!」
がっしゃーん!
…あんなのあかりじゃねえよぉ…

「じゃ、じゃあ、この志保は?」
相変わらず泣き続ける志保を指差す。
「志保さんは…おそらく、普段ほとんどない良心が、
性格が反転したことによって大きくなってしまった…
ということではないでしょうか」
言葉使いが丁寧なのもその影響か?
ちら…(←志保を見る)
「浩之さま…私がまぜて欲しいなどと言い始めなければ、
このようなことには…ううっううう…」
…ダメだこりゃ。次いってみよー。

「じゃ、じゃあ委員長はどうなんだ?
見た目、大して変わっているようには見えないが壊れてるぞ」
「え?そうですね…」
そう話していると、当の委員長が近寄ってくる。
「藤田くん…」
「な、なんだ委員長。どうした?」
これで性格が反転してるのか?
「問題や。ある魚のメスが、恋人のオスに
『どうして私を避けるの!?』と聞いたんや。
そんとき、そのオス魚はなんて言うたか?」
…は?
何を言ってんだ?
「い、いや、わかんねー」
「答えは、『君が鮭(避け)だから』や!あっはっはーっ!」
…。
わかった。委員長は…。
「…ツッコミ型の性格から、ボケ型の性格に反転したようですね…」
「…そーゆーことだな」

「しかし…残りの葵ちゃん、琴音ちゃん、雅史たちはどこだ?」
そう、この部屋には3人しかいない。
もし、反転した性格で外に出られたら…。
…それはそれで面白いかも。(←おいこら)
いや、でも、それで問題なんか起こされたら…
鍋食わせた俺が責任を取らなくちゃいけなくなるのか!?
それは…まずいな。
「とりあえず、みんな見つけて隔離しなくちゃならんな」
「はい」
そこに、誰かの笑い声が!
「今の、隣りの部屋からです!」
マルチが即、反応する。
「よし!委員長に志保、外にあかりを出させるなよ!」
「わかりました…浩之さま」
「まかしときや!豪快に笑わせたる!」
ふ、不安だ…。

がちゃ!
リビングの隣り。母親の寝室だ。そこには−。
「がはははははははは!」
「…うるさい」
大口開けて豪快に笑う琴音ちゃんと、
だるそうに寝っ転がる葵ちゃんがいた。
2人とも、やられてるな…。
「と、とりあえず…大丈夫か、琴音ちゃん!」
「へっ、なーに言ってんだよ、先輩よぉ。がははははっ」
あぐらをかいて豪快に笑う琴音ちゃん…。
「ああっ!!慎ましく実に女の子らしかった琴音ちゃんが男らしくガサツに!」
以前の彼女など見る影もない…。
「でも、これはこれでファンができそうですねー」
俺の言葉に答えるマルチ。
…まじか?…こんなんでファンができるんか?
それより、葵ちゃんの方は!?
「葵ちゃんは大丈夫か?変な所はないか!?」
すると葵ちゃんは、ごろりと転がってこっちを向く。
「…何もやる気起きないんです。
めんどくさいんで話かけないでください(ゴロゴロ)」
再びあっちを向く…。
「あんなに頑張り屋だった葵ちゃんが怠け者に…」
いやだぁ、こんな葵ちゃんいやだぁ…
「食べてすぐ寝ると牛になりますよー」
「かまわん(ゴロゴロ)」
マルチの言葉にもかまわずゴロゴロ…。
「とりあえずこの2人は大丈夫ですねぇ」
だ、大丈夫なのか、これで?
「それより、雅史はどこ行った?」
俺の言葉に琴音ちゃんが答えた。
「ああ、雅史先輩ならさっきトイレ行くって行ってたぜぇ」
「トイレ?」
「ああ」
…もしかすると、雅史は出す物出しちゃってて無事な可能性もあるか…?
「よし、雅史を探すぞ、マルチ」
「はい」

そして、トイレに向かった俺達を待っていたのは、雅史だった。
「あ、雅史さんです」
トイレを出てきたらしい雅史をマルチが見つける。
「よし。…おい、雅史。おまえは無事なのか?」
俺の声にこっちを向く雅史。
俺を見つけると、にこりと笑って…。
「浩之〜!好きだぁあああああっ!」
そのまま、俺に向かって突っ込んでくる!
「げっ!ま、雅史!?」
だめだ、こいつもいっちゃってる!
「どうやら、心の裏に隠されていた『好き』が、反転して表に出たようですねー」
なるほど、それでこんな性格に…って、おい!
「なにぃ!?んな強引な話があるかっ!」(あるんだなこれが。by作者)
がしっ!!
「つっかまえた☆」
一瞬のスキを衝かれ、雅史に捕まってしまった。
「わっ、ま、待て雅史、ちょっと待て!」
ジタバタともがく…が、強い力で押さえつけられて抜けられない。
こいつってこんなに力強かったか!?
「ふっふっふ…。さあ、浩之、2人の愛の園へ行こう♪」
ずるずる…。
「な、なななな何だ何だ愛の園って!わ、わわ!やめろぉおおおおおっ!」
助けを求めてマルチを見る…
しかしマルチはにこやかに手を振るだけ。
「がんばってくださいねー」
「ありがとう、マルチちゃん!」
う、うう、裏切ったなマルヂ〜。
ずりずり…。
雅史はだんだんと俺の部屋を目指す。
「今夜は朝まで放さないよ、浩之…」
そう言うと雅史はフゥとうなじに息を吹きかける…。
ぞくぞくぞくぞくぞくっ!
「お、お、おおおおお男はいやぁああああああああああああっ!」
(どっかで見たようなオチやな…by作者)

…ま、とにかく。
今日も夜は更けていくのであった…。



E、人の皮をかぶった鬼…

夜の住宅街。
人通りは全くなく、そこには一人の少女しかいない。
彼女は、いろいろな山菜を積んでいるリヤカーをひいて歩いていた。

「初音〜!」「初音ちゃ〜ん!」
少女を呼ぶ声。
少女はその声に足を止める。

少女に駆け寄る2人の男女。
少女は2人が誰かわかったようだ。
「…おや、千鶴あねさんに耕一じゃないかい」

千鶴と呼ばれた女は、乱れた息を整えながら聞く。
「はあ、初音、こんなところで、ふぅ、何やってたの…]
すると、初音と呼ばれた少女は、
「いやいや…山菜を売り歩いていただけさ。
ま、アルバイトみたいなもんかね」
とすわった目を耕一と呼ばれた男に向け、ウィンクした。
「う、売ったって初音ちゃん…あのキノコもか!?」
「ああ。けっこうな売り上げになったぜ。
ちんちくりんの姉ちゃんとか、
いろいろなやつらが買っていってくれてねぇ」
がっくり。
頭を抱えて座り込む耕一。
「な、なぜこんなことを…?」
「なぜって、耕一。もうすぐクリスマスだろう?そのためさ」
不敵な笑いを浮かべる初音。千鶴はぱん、と手を叩いて。
「あ、プレゼントを買うためね」
「そうさ。…耕一へプレゼントのために働くあたい…。
なんてけなげなんだろう」
ぽっと顔を赤らめる初音。
「き、気持ちはうれしいのだが…アレを売り歩いてたなんて…」
…その肩を千鶴がぽんと叩く。
振り向く耕一に、千鶴はにっこりと笑う。
「耕一さん…」
「…千鶴さん?」
千鶴は一呼吸おいて、
「しょうがないから…何もなかったことにしましょ?」
とだけ言った…。
…。
「…も、もうだめだああああああああああああ!!」
耕一の絶叫が夜の街に響く…。




ちゃんちゃん♪





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