痕奇伝録「真説 桃太郎」

written by 李俊

昔々、あるところに、「長瀬」というお爺さんと、「千鶴」というお婆…。
千鶴「…何ですって?」(ギロリ)
…「千鶴」というお姉さんがいました。
千鶴「それでいいです」

ある日、お爺さんは山へ縛かれに…。
長瀬「ああっ縛って、縛ってぇぇぇ」

お姉さんは、皮の選択に行きました。
千鶴「…うーん、この毛皮、ちょっとざらっとするわねえ、こっちの方が肌触りがいいわ」

お姉さんが皮の選択を終え帰宅しようとすると、道のそばの川を、ドンドンファンファン、ドンファンファンと大きな大きな桃が流れてきました。
千鶴「古いネタを使うわね…。まあいいわ、今日のデザート用に頂いて行きましょう」
お姉さんはその大きな桃を、片手で軽々と持ち上げると、自宅へ帰って行きました。
力持ちですね。
千鶴「…何です?」(ギロリ)
…何でもないです。

帰ってきたお姉さんを見つけたお爺さん。
長瀬「お、婆さんや…」
そう言った瞬間。
<…ぐわしっ!>
いきなりお姉さんは、お爺さんの顔を鷲掴みにしました。アイアンクローの体勢です。
千鶴「お・ね・え・さ・ん、です」
長瀬「お、おねいさん…」
千鶴「…よろしい」
やっとお姉さんは手を離しました。
お爺さんは、まだ顔が痛そうです。よく見ると爪が食い込んだ痕があります。
長瀬「そ、それより…その桃は?」
千鶴「川に流れているのを、持って来ちゃいました。てへっ」
お爺さんは、『いい歳こいて、てへっ、じゃねえっ!』と言いたくなりましたが、命はまだ大事にしたかったので、その言葉を心の片隅にそっとしまい込みました。
長瀬「そ、そうか…。じゃ、早速私が切ろう」
千鶴「あ、それには及びませんわ」
お姉さんはそう言うと、空手の瓦割りのような態勢を取り、次の瞬間手刀を桃に思いきり叩きこみました。
<ずばあっ!>
なんという切れ味でしょう。大きな桃が、真っ二つに切れてしまいました。
千鶴「…では、いただきましょう♪」
にっこりと笑うお姉さん。
しかし、お爺さんは呆然としたままでした。
かまわず、お姉さんが桃を食べようと手を伸ばした時…。
<おぎゃー、おぎゃー、おぎゃー>
赤ん坊の泣き声が聞こえてきました。
見ると、桃の中心部分に、赤ん坊が入っているではないですか。
よく切れませんでしたね。感心してしまいます。
千鶴「あらあら、赤ん坊が…」
赤ん坊を抱き上げるお姉さん。その姿はまるで、キリストを抱くマリア様のように神々しく見えます。
千鶴「…この子、いくらで売れるかしら…」
しかし、その姿とは裏腹に、腹は真っ黒でした。
千鶴「…キッ」
わわわ、冗談です。

さてさて、赤ん坊は桃太郎耕一と名付けられ、お爺さんお姉さんに可愛がられて、スクスクと育っていきました。
そんなある日のことです。

その時、お姉さんは外出中でした。
耕一「お爺さん、俺、鬼退治に行こうと思う」
長瀬「なんじゃと?」
桃太郎のいきなりの言葉に、お爺さんは驚きました。
鬼とは、鬼ヶ島に住んでいる、悪さをする鬼のことです。
長瀬「馬鹿言うな! 敵うわけがない!」
耕一「いや! もう決めたんだっ!」
引き止めるお爺さんですが、桃太郎はガンとして聞きません。
長瀬「ダメだ! どうしても鬼を退治したいなら、お姉さんで我慢しなさい!」
耕一「イヤだ! 胸がないからダメだっ!」
長瀬「毎日料理を食わされる方の身にもなってみろ!」
耕一「俺は偽善者は嫌いなんだっ!」
お姉さんがいないと思って、二人ともボロクソ言っています。
…しかし。
千鶴「お・じ・い・さ・ん。も・も・た・ろ・う。もう一度言ってみなさい…」
玄関では、ちょうど帰ってきたお姉さんが、怒りに震えていました。
長瀬「……」
耕一「……」
お爺さんも桃太郎も、滝のような汗です。

その日からしばらく、お爺さんと桃太郎は、面会謝絶だったそうです。

さて、お爺さんと桃太郎が全快して、しばらくした頃です。
耕一「お爺さん、お姉さん。やっぱり俺、鬼退治に行くよ」
桃太郎は、新たな決意を、2人へ語りました。
それに対するお姉さんの返答は。
千鶴「あら、そう」
…それだけでした。
長瀬「…それだけでいいのか?」
千鶴「…文句がお有りなんですか?」
長瀬「いや、別に…」
お姉さんに圧倒され、スゴスゴと引き下がるお爺さんでした。
耕一「…こうあっさりと認められるってのも、何かイヤだな…」

かくして桃太郎は、鬼退治へと出発することになりました。

長瀬「ほれ、桃太郎。家宝の『オニギリの刀』と、私が織った『桃羽織』だ」
お爺さんは、きらびやかな羽織と、古めだが立派な刀を桃太郎に渡しました。
耕一「お爺さん…ありがとう」
千鶴「はい、桃太郎。これを持って行きなさい♪」
お姉さんが渡したのは…よくわからない匂いが漂う、笹の包みでした。
耕一「…な、何、これ」
それは確かに、誰が見ても『何これ』と思うシロモノでした。
千鶴「…キビ団子作ろうと思ったんだけど、キビがなかったからキノコで作ったの♪」
天使のような笑顔で、そう語るお姉さん。
千鶴「…お腹が空いたら、食・べ・て♪」
『絶対食わないぞ』…桃太郎はそう固く誓いました。
耕一「で、では、行って来ます」
千鶴「…あ、桃太郎、鬼退治したら財宝を持って帰ってね」
お姉さんは欲の皮がつっぱっているので、それは至極当然の言葉でした。
耕一「…はいはい」

かくして、桃太郎の鬼退治の旅が始まりました。

鬼ヶ島へ向かって、道を歩いていく桃太郎。
その先に、ある影が立ち塞がりました。
それは、かわいらしい犬でした。
初音「もーもたろさん、ももたろさん。お腰に付けたキノコ団子、欲しくないけどくださいな〜」
犬は泣きながらそう唄っています。
耕一「…ストーリーの進行上必要だとはいえ、何という苛酷な運命だ…」
桃太郎も哀れに思い、涙を流しました。
初音「ホントはイヤなんだけど…。後が怖いからぁ〜」
耕一「とりあえず、あげるだけね。食わなくていいから」
初音「ありがとう…」
犬は、桃太郎からキノコ団子をもらいました。
耕一「そのかわり、俺のお供になってくれ」
初音「は〜い」
こうして、犬が桃太郎のお供になりました。

犬を連れ、しばらく歩く桃太郎。
そして、またその行く手を何かが阻みました。

「…お団子、ください」
それはかわいい雉でした。
耕一「お供になってくれる?」
「…はい」
雉は無口なのか、あまりしゃべりません。
耕一「…えーと、じゃ、はい」
桃太郎が団子を渡すと、雉はすぐさま団子を食べてしまいました。
何という命知らずでしょう。
耕一「な、ななな!?」
桃太郎も驚いています。
「…美味しそうだったので…」
耕一「マジ?」
「はい…マジ…マジだぴょーん!」
お約束通り、雉の性格は反転してしまいました。
しかし反転してる方が会話が書き易いので、このままで行きましょう。
耕一「ひでえ…」
…何とでも言ってください。
「クルクルパー! キャハハハハハ!」

さて、雉をお供に加え、また歩き出す桃太郎。
そしてまたまた、その行く手に何かが現れました。

「ちくしょー、なんであたしが猿なんだっ!」
そう、猿です。
何やら文句をタレながら、猿が歩み寄ってきます。
耕一「…団子、欲しいのか?」
「欲しくない…欲しくないけど…よこせ!」
イヤイヤ猿は手を出しました。
桃太郎はそれを見て、ちょっとイタズラ心が湧いてきました。
耕一「じゃ、奴隷になってくれ」
「は…って、おいっ! 何であたしだけ奴隷なのよっ!」
「奴隷奴隷♪ ひゅーひゅー♪」
「あんたは黙ってなさい!」
猿の反応を見て、桃太郎はニヤリと笑います。
耕一「ふうん…。別にいいんだな、後でどうなっても」
ピクリ。猿の表情がこわばりました。
「…や、イヤイヤ、お願いです〜。奴隷でも何でもいいから連れてって〜」
後で何があるんでしょう、猿はブンブンと首を振って、桃太郎にすがります。
耕一「よし。ほれ、最後の団子だ」
桃太郎からキノコ団子を渡された猿は、それをジーッと見つめると、ため息を吐きました。
「はー。何をどうしたら、こんな物ができるんだか…」

さて、猿を奴隷にした桃太郎。
これで犬、雉、猿の3匹が揃ったことになります。
ようやく、桃太郎はバビル2世になる資格を得たのです。

耕一「違うだろ! 鬼退治だっ!」
そうでした。

さて、桃太郎たちは鬼ヶ島に渡る船を探しに、港町までやってきました。
鬼ヶ島は話によると、かなりの要塞化が施されており、普通の船では辿り着くことさえできない、と言われています。
耕一「ふむ…普通じゃない船が必要になるか…」
桃太郎がそう独り言を言っていると、付近を調べていた犬が戻ってきました。
初音「わんわん♪ あっちに、大きな船があるよっ!」
耕一「何? よし、案内してくれっ」

犬の案内で、桃太郎たちは港の外れの方に走ってきました。

耕一「こ、これは…」
桃太郎は驚きました。
そこにあった船は、戦艦大和だったのです。
なぜ大和かと言うと、他に思い浮かばなかったからです。
「これなら、鬼ヶ島にも渡れるなっ」
猿は、喜びました。
耕一「猿!」
しかし、桃太郎は怖い顔で、猿に注意します。
「な、なによ」
耕一「お前、もっと猿らしくしろ」
「はあ?」
耕一「もっと猿らしくしゃべるんだ! できなきゃクビ!」
桃太郎は容赦のない言葉を猿に言います。
猿は泣く泣く頷きました。
「…これなら鬼ヶ島にも渡れる、ウキー」
耕一「よし」

なぜここに戦艦大和があるか、深い意味はありません。
とにかく、桃太郎は鬼ヶ島に向けて、大和を発進させました。
耕一「よし、では最大戦速で鬼ヶ島に向かう! 主砲副砲、いつでも撃てるようにしておけ!」
桃太郎は、もうすっかりその気です。
船は猛スピードで、鬼ヶ島へと向かいます。

…一方、その頃。
鬼ヶ島では、その大和の移動を、レーダーにキャッチしました。
鬼の首領柳川は、口の端だけを動かし、ニヤリと笑いました。
柳川「また、ここに来ようという輩がいるのか…」
彼は今まで、この島を狙う者たちの船を、ことごとく沈めてきました。
鬼ヶ島の火力は、イチローのヒット百万本分の威力があるのです。
彼の笑みは、そういう自信に裏打ちされたものでした。
柳川「よおし、主砲用意だっ! 奴らの出鼻を挫いてやれ!」
…彼もすっかりその気になっているようです。

そして、再び大和ブリッジ。
レーダー手の雉が、鬼ヶ島の変化を捉えました。
「鬼ヶ島が回頭してるよん♪」
耕一「…何っ!?」
次の瞬間です。
<ドンッドンッ>
鬼ヶ島の方から音が聞こえたかと思うと、何本もの水柱が大和の周りにあがりました。
耕一「くっ、撃ち返すんだっ!」
初音「らじゃー!」
桃太郎の命令に、砲撃手の犬が答えます。
大和の主砲2門、副砲1門が照準を合わせ、その口から火を吹きました。
<ドドドンッ>
大和の射撃は正確で、全弾鬼ヶ島に命中しました。

…すさまじい砲撃戦が続きます。
性能的には大和の方が上ですが、鬼ヶ島は圧倒的な耐久力があり、ジワジワと大和を追い詰めていきます。
さすがの大和も、かなりのダメージを負いました。

耕一「くそっ…。主砲どうした、さっきから音沙汰なしだぞ!」
桃太郎が叱咤します。
初音「わ〜ん、もう弾がないの〜」
耕一「なにぃ〜」
「機関部、もう持たないよ、ウキー」

大和はもう限界でした。
鬼ヶ島からの攻撃は弱めることはできましたが、大和はもう戦闘能力をほとんど失っていたのです。

耕一「…このまま引き下がると思うなよ…。猿! 特攻だ!」
桃太郎は、最後の手段に出ました。
このまま手ぶらで帰ることは、彼にはできないのです。
そんなことをしたら、お姉さんに殺されてしまうのですから。
同じ死ぬなら、特攻した方がましというものです。
「えええっ、ヤバイよっ! 絶対持たない、ウキー」
耕一「そこを何とかしろっ」
猿が抗議の声をあげましたが、桃太郎は聞きません。
猿は、そんな桃太郎の様子をみて観念したようです。
「わかったわよぉっ、もう知らないからねっ! ウキー」

大和は鬼ヶ島に向け回頭し、全速で突っ込んでいきます。

柳川「なっ…こちらに突っ込もうというのかっ!」
鬼の首領は驚きました。
今まで、そこまでして向かってくる者はいなかったのですから。
柳川「ええい、何としてでも沈めろ! 火力を集中させい!」

鬼ヶ島へ突っ込んでいく大和。
集中砲火の中、ボロボロになりながらも、大和の進路は変わりません。
「ごーごー♪」
耕一「ぶつかるぞっ! 各員、対衝撃防御!」

<どどぉぉぉぉぉんっ!>

すさまじい衝撃です。
大和は、船首部分を鬼ヶ島にめりこませ、やっと止まりました。

柳川「…奴め、無茶苦茶やってくれる…」
鬼の首領は、衝突の拍子に強打した後頭部を擦りながら、そう言いました。
そして立ち上がると、島にいる配下の者に、下知を下します。
柳川「いいか! 何があっても奴らを宝物庫に近づけるんじゃないぞっ!」
そして彼自身、迎撃のために自らも出るのでありました。

耕一「いてて…。生きてるか〜?」
ボロボロになった大和。
その瓦礫の中から、桃太郎が起き上がります。
「何とかね…ウキー」
猿が続いて起き上がりました。
初音「けほっけほっ…生きてまーす…」
犬も、何とか這い出して来ました。
耕一「よし…あれ? 雉はどうした?」
桃太郎が雉を探します。しかし、辺りに雉の姿はありません。
「もしかして…あの衝撃で…」
呆然とする猿。
一緒にいたのは短かかったですが、やはり仲間を失うというのは辛いものです。
初音「嘘…」
信じられない、といった様子の犬。
耕一「雉…。ごめんな…」
瓦礫の山に向かって桃太郎は頭を下げました。
…その時です。
「…ごめんで済んだら、流刑地はいらないよ〜♪」
どこからか、雉の声が聞こえてくるではありませんか。
耕一「雉!?」
「は〜い♪」
その返事は、頭上から聞こえてきました。
上を見上げると、雉はクルクルと上空を舞っていたのです。
耕一「雉! 生きていたのかっ!?」
「あたりきよ〜♪」
のーてんきな声で答える雉。
「それより、島の中央から鬼がいっぱい来てるよ〜♪」
見ると、確かに黒っぽい鬼たちが、こちらに向かってきているのが見えました。
耕一「来たな、鬼どもめ…」
すらりと刀を抜き、鬼の襲来を待つ桃太郎。
やがて、黒い雑魚鬼たちが、桃太郎をずらりと取り囲みます。
3、40人はいるでしょうか。
耕一「…みんなまとめて、このオニギリの刀の錆にしてくれる!」
刀を構える桃太郎。
その気迫に、雑魚鬼たちは少し押されます。
「何カッコつけてるんだか…ウキ」
初音「でも、かっこいい〜」
「やれやれー♪」
すっかりギャラリーと化しているお供たち。
鬼「うがぁぁぁぁぁっ」
何匹かの鬼が、桃太郎に襲い掛かります。
…しかし、桃太郎は目にも止まらぬ速さで刀を振るい、襲い掛かった鬼を全て斬り捨てました。
その様子をみて、残った鬼たちはたじろぎます。
耕一「ふっふっふ…オニギリの刀め。久々に鬼の血が吸えたとあって、喜んでおるわ」
なにやら悪役のようなセリフを呟く桃太郎。
怯えた鬼たちは、我先にと逃げ出しました。
耕一「ふ…たわいもない」
桃太郎たちは、雑魚鬼たちを追い払うのに成功しました。
しかし、鬼たちの実力はまだこれからなのです。
新たな刺客が、桃太郎たちの前に現れるのでした。

響子「我ら!」
由美子「青鬼!」
かおり「三姉妹ですぅ〜。キャハッ」
妖しげなポーズを取り、青鬼3匹が桃太郎たちの前に立ち塞がりました。
彼女たちは、鬼の首領の直属の配下で、その殺人殺法を見たものは、たちどころに死ぬという話です。(目撃談提供・隣り村のゴンベエさん)
ちなみに長女は響子、次女が由美子、三女がかおりというらしいです。
耕一「…何やら変なのが出てきたぞ」
桃太郎は呆れ顔です。
響子「…ガーン! 変なの、ですって…」
ナヨナヨと崩れるポーズを取る青鬼響子。
由美子「気を取り直してお姉様! 私たちの道は辛く厳しい! けど、その先には明るい未来が待ってるわっ!」
青鬼由美子が、がしっと青鬼響子の手を握ります。
かおり「やーね、歳取ると感傷的になっちゃってぇ〜」
響子「あんたは黙ってなさいっ!」
…何やら漫才を見ているようです。
耕一「じゃ、行こうか」
桃太郎たちは何もなかったかのように、前に進もうとします。
あまり関わりたくないのでしょう。
由美子「待ちなさい!」
耕一「ちっ…」
しかしさすがに青鬼三姉妹は見逃しませんでした。
響子「行くわよ!」
耕一「しょうがない、GO!パピィ!」
桃太郎は犬に攻撃を命じます。
初音「パピィって名前じゃないけど…とりあえず行きますっ!」
犬が青鬼響子に向かって突進します。
響子「きゃっ」
身構える青鬼響子。
…ぴた。
しかし、犬は青鬼響子の寸前で止まりました。
響子「……?」
初音「せーの…わんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんっ!」
…犬は吠えるだけでした。
耕一「ば、バカモノ〜。そんなので倒せるかぁぁぁぁぁっ!」
ずっこける桃太郎。
しかし青鬼響子は、頭を押さえて倒れこみました。
響子「きゃぁぁぁぁぁっ! なぜ私の弱点が犬の鳴き声だとわかったぁぁぁぁぁっ! …がくっ」
青鬼響子は、犬に噛まれて以来、犬の鳴き声を聞くと死ぬような体質になっていたのです。
耕一「…マジかい」
はた目にはかなりマヌケでしたが、青鬼響子は生き絶えました。
由美子「お、お姉様っ!? …よ、よくもお姉様をっ!」
青鬼響子が倒され、青鬼由美子は逆上します。
耕一「いやあ…あんなのであっさり死ぬなんて…」
由美子「問答無用!」
青鬼由美子は、桃太郎に向かってきます。
耕一「よし、雉よ、科学忍法火の鳥だっ!」
桃太郎は、今度は雉に向かって攻撃を命じました。
「そんなのできないけど、攻撃するよ♪」
雉は猛スピードで青鬼由美子に突っ込んで行きます。
由美子「その程度のスピードならかわして…?」
避けようとする青鬼由美子。
しかし、雉は青鬼由美子の前で止まります。そして。
「外は明るいサンシャイ〜ン♪ 今日も気分はチョベリグ〜♪」
いきなり雉は、自分が作詩作曲した歌を唄い始めました。
耕一「何やってる! 早く攻撃しろっ!」
叱咤する桃太郎。
しかしその時、青鬼由美子が苦しみ出しました。
由美子「あああああっ! 私の弱点の「明るい歌」がバレていようとはぁぁぁぁっ! ばたっ」
青鬼由美子は暗い歌しか聴かないため、明るい歌に対する耐性がなく、死んでしまうのです。
耕一「何つー弱点だ…」
呆れる桃太郎。
…しかし、これで敵は青鬼かおり1匹になったのです。
かおり「全く、姉さんたちもマヌケな死に方するわね…しかし、私はそうはいかないわよっ」
攻撃態勢を取る青鬼かおり。
耕一「よし、最後はお前だ、エテモンキー!」
「誰がエテモンキーじゃ! …ま、とりあえず行かせてもらうわよっ、ウキッ」
猿が青鬼かおりに向かって走ります…。ですがその時。
かおり「キャーッ好き好き〜」
「ウキーッ!? いきなり何〜!?」
青鬼かおりは、猿に抱き付いていました。
かおり「これよぉ〜っこの感触よぉっ!」
「ギャー変なとこ触るなーっ! ウキーッ」
青鬼かおりと猿はもみあい続けます。
…やがてかおりが猿の上に馬乗りになりました。
かおり「ふっふっふ、観念しなさい〜♪」
「キャー! ウキャー! 助けてーっ!」
猿の大ピンチです。
耕一「…えい」
しかし、青鬼かおりの背後から、桃太郎が刀を突き刺しました。
かおり「ぐはっ…こ、こんな死に方はいや…ぱたり」
青鬼かおりは生き絶えました。
耕一「つまらんものを斬ってしまった」
刀を拭う桃太郎。
3人ともアホな死に方でしたが、とにかく、桃太郎たちは強敵青鬼三姉妹を倒したのでした。

鬼ヶ島中央部へと急ぐ桃太郎たち。
しかし、中央部への入り口の手前で、声が聞こえてきました。
柳川「ふわっはっはっは、よくぞここまで辿り着いたな!」
その声の主、鬼の首領は小高い木の枝に立っていました。
耕一「…誰の声だ?」
しかし、桃太郎たちにはどこにいるか見えないようです。
「声はすれども姿は見えず〜♪ ホンにあなたは屁のような〜♪ ブー♪」
「空耳じゃないの?…中に入っちゃおうよ。ウキー」
構わず、入り口へと入っていこうとする桃太郎たち。
柳川「こらっ! 無視するなっ!」
首領は急いで桃太郎たちの前に立ち塞がりました。
耕一「誰だ貴様はっ!」
柳川「…フ。誰だ、だと」
ニヤリと笑う鬼の首領。どうやら、自己紹介できるのが嬉しいようです。
柳川「よかろう、教えてやる。俺は鬼の首領、名は…」
耕一「スキありゃっ!」
鬼の首領が名乗りをあげようしたその時、桃太郎は刀を抜いて斬りかかりました。
柳川「ぐわぁぁぁぁぁっ! ひ、卑怯なっ…」
袈裟斬りにされた鬼の首領が、桃太郎を罵ります。
耕一「ふん、名乗ってる間に斬っちゃいけないなんて、誰がいつ決めたんだ?」
もはや悪役のノリの桃太郎。
柳川「許さん…」
その時、鬼の首領の身体に変化が現れました。
筋肉が盛り上がり、ツノや背ビレのようなものが肉の間から現れてきます。
身長も高くなっているような感じです。
耕一「な、なんだっ!?」
驚く桃太郎。
…やがて鬼の首領の姿は、3mほどの不気味な生き物に変わっていました。
柳川「ふふふ…これが真の鬼の姿、言うなれば『スーパーリアルアサルトバスター鬼』だっ!」
前の姿は角の生えた人間、といったイメージでしたが、今はもはや、別の生物と言えるような姿です。
柳川「さあ…お遊びはここまでだっ!」
「えーっ! もっと遊ばせてよぉ〜♪」
雉の茶化した物言いは、シリアスな空気に書き消されました。
耕一「やるしかないか…」
刀を構える桃太郎。お供たちは、見守るばかりです。
柳川「グォォォォォォォッ!」
鬼が咆哮しながら飛びかかります。
耕一「やあっ!」
桃太郎はその攻撃をかわしながら、刀を振るいます。
…しかし刀は硬い皮膚に弾かれ、鋭い音を立て折れてしまいました。
「ああっ、ピンチだよっ♪」
ポップコーンを食べながら観戦していたお供たちも、桃太郎のピンチに顔色が変わります。
「しかし、あたしたちじゃどうにもならないし…ウキ」
その時、犬がスッと立ち上がりました。
初音「私が行きますっ」
そして、犬は鬼に向かって飛び掛かりました。
耕一「犬!? 止めろ、死ぬぞっ」
柳川「グォッ! 邪魔するなっ!」
鬼は、鋭い爪の一撃を犬に放ちます。
その場にいた誰しも、犬が死ぬと思いました。
初音「だああああああああっ!」
柳川「なにぃっ!」
…しかし、犬はその鬼の一撃を受け止めたのです。
犬はくるくると空中を舞い、着地しました。
その姿は、金色に輝いています。
耕一「ま、間違いない…あれはハイパーモード!」
「ハイパーモードォ!?」
桃太郎の解説に、律儀に聞き返す猿。
耕一「極限までに力を解放した時、身体が金色に蒸着する…それがハイパーモード!」
犬はキッと鬼を睨みつけました。
そして…。
初音「ウラウラ、殺してやっからよぉっ!」
…その目は不良の目付きでした。
「そういえば、さっき団子食べてから飛び掛かったわね♪」
誰に言うともなく、そう呟く雉。
柳川「フン! それくらいで私に勝てると思うなっ!」
鬼が犬に襲い掛かろうとします。
耕一「よけるんだ、犬!」
しかし、犬はそこから動こうとはしません。
犬は自らの拳をグッと握りしめると、気合を入れました。
初音「いくぞっ! はぁぁぁぁんてん!」
拳を構えたまま、すんでのところで鬼の攻撃をかわした犬。
初音「はつねっ! ふぃんがぁぁぁぁぁぁっ!」
そして拳をくわっと開き、鬼の腹に突き刺しました。
柳川「グオオオオオオオオオオッ!?」
ストマッククローのような一撃を食らった鬼は、苦しみの雄叫びをあげます。
「あの技は!?」
犬の技を見た雉は、驚きの声をあげました。
耕一「何か知ってるのか、ロビンマスク!」
雉「ロビンマスクじゃないけど…。あの技は、『反転初音フィンガー』と言って、気合で高温に熱した拳で相手の腹を突き破る技よ♪ 何でも、タイで5年、インドで10年、合わせて15年修行した者のみが使える技らしいわ♪」
…鬼の首領は、信じられない様子でした。
柳川「こ、こんな…犬に負けるなど…」
初音「これが実力さぁっ! ヒィト、エンドッ!」
犬がトドメの掛け声をかけると、その拳が鬼の腹を突き破りました。
柳川「グオオオオオオオオオオオオオッ!」
…それが、鬼の最後の雄叫びでした。
「やった、鬼の首領を倒したウッキーッ!」
「倒した♪倒した♪」
喜ぶ猿と雉。
耕一「俺の立場は…主役の俺の立場は…?」
しかし桃太郎のその呟きは、誰も聞いていませんでした。

初音「ふう…」
鬼を倒して安心したのか、犬は気を失い倒れこみました。
耕一「犬!」
犬を抱え込む桃太郎。
…犬は、すでにスースーと寝息を立てて寝ていました。
耕一「…ったく、俺の活躍の場を奪いやがって…」
そう言いながらも、桃太郎は笑顔でした。

首領も倒し障害もなくなったところで、桃太郎たちは中心部に入って行きました。
「あれじゃない?…ウキ」
眠っている犬を背負った猿が、奥の方の扉を指差しました。
耕一「これが宝物庫か…」
そこには、大きな扉がありました。
入り口には、何かの看板があります。
「何だろ、読めない字で書いてあるよ♪」
どうやら、普段使っている文字とはちょっと違うようです。
…しかし、それを見た桃太郎は、声をあげました。
耕一「こっ…この文字は!?」
「えっ…なになに!?何て書いてあるの!?ウッキー」
耕一「…全く読めん!」
ずりずり〜。
桃太郎の言葉に、2匹とも脱力状態です。
ちなみに、そこには「合言葉を唱えよ」と書いてあるのですが…。

「そういえばさ、こういう扉を開けるは、何か呪文を唱えるんじゃないの♪」
いち早く脱力から立ち直った雉が、そう思いつきました。
「それだ! 扉を開けるキーワードが必要なんだ、ウキ!」
耕一「キーワード…そうか、わかったぞ!」
「ええ〜ウソ♪」
桃太郎が、ばっと両手をあげ、そして大声で叫びました。
耕一「『開け!ゴマ!』」
「ウキィィィッ! アホかぁぁぁぁぁっ!」

<ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…>
しかし、そのアホなキーワードで、扉は開いてしまいました。
耕一「ふっふーん」
桃太郎は得意満面です。
「な、なんで? ウキィィィ!?」
猿は納得がいかないようですが、ほっといて話を進めましょう。

その扉をくぐると、そこは普通の部屋でした。
「あれ? 財宝がザクザク…じゃないの?」
キツネにつままれたような一同。
奥の方には、ベットに横たわる男が見えました。
貴之「……」
男は、天井をずーっと見据えたまま、身動きひとつしません。
宝物庫には、その男とベッド以外に、何もありませんでした。
…そうなのです。
その男こそが、首領にとっての「宝」だったのです。
鬼の首領はホ○だったのです。
…しかし、その事実に気付く者はそこにはいませんでした。
耕一「宝! 宝はどこだぁぁぁっ!」
錯乱し、暴れる桃太郎。
手ぶらで帰れば、彼を待ってるものは死あるのみです。
「落ち着いてよーっ! ウキッ」
「大荒れだね♪」
…桃太郎が落ち着いたのは、日もとっぷり暮れてからのことでした。

とぼとぼと道を歩く桃太郎。
とりあえず鬼は退治したものの、お土産は何もありません。
これからどうなるかを考えると、憂鬱でした。
耕一「こうなったら、そこらへんの村でも襲って金品巻き上げるしか…」
桃太郎の思考は、どんどん悪い方に向かっていきます。
初音「話せば、わかってもらえるよっ」
何とかなだめようとする犬。
「大丈夫です」
反転が直った雉も、微笑んで励まします。
しかし、小さい頃からお姉さんのスパルタ教育を受けている桃太郎は、その言葉も気休めにしかならなかったのです。

やがて、家に到着しました。
桃太郎は気が重そうです。
耕一「なあ、猿…桃太郎は名誉の戦死を遂げた、そう言ってきてくれないか…」
「やだよ、ウキ」
この後に及んで、まだ桃太郎は家に入ろうとはしません。
耕一「…じゃ、玉手箱開けて爺さんになっちまったと…」
初音「…それじゃ違う話だよ」
桃太郎も往生際が悪いようです。
耕一「…今日は止めよう。明日にしよう」
しまいにはそう言い出すと、桃太郎はくるりときびすを返し、道を戻ろうとしました。
千鶴「あらっ桃太郎!」
耕一「ぎくっ」
いきなり背後から声をかけられた桃太郎は、石化したように動かなくなりました。
千鶴「桃太郎、お帰りなさい♪ よく鬼を退治したわね、噂で聞いたわよ〜」
お姉さんが、ささっと桃太郎の前に回りこみ、その手を握りました。
耕一「た、た、たたたただいま…」
ガクガクと震える桃太郎。
勇ましく鬼たちと戦った男とは思えません。
「はぁ、これが話に聞いた、ずんど…」
千鶴「キッ!」
「…ず、ずんどっと〜ずんどっと〜今日はこの猿めが回っております! ずんどこずんどこ」
お姉さんに睨まれた猿は、ごまかすために猿回しを始めました。
千鶴「…あら、楽しい猿ね♪」
耕一「そ、それより、疲れたから寝たいな〜って思うんだけど、ね、ね?」
桃太郎は、お姉さんがあのことを忘れていてくれるのを願うばかりでした。
千鶴「そ・の・ま・え・に」
びくり。緊張する桃太郎。
そしてお姉さんの口は、桃太郎の聞きたくない言葉をつづりました。
千鶴「お・た・か・ら・は?」
ダクダクダクダク…。
桃太郎はこれでもかというくらい、冷や汗を垂れ流しています。
千鶴「お・た・か・ら・は?」
千鶴「お・た・か・ら・はっ?」
千鶴「お・た・か・ら・はぁっ!?」
どんどんと音量を上げていくお姉さん…。
耕一「…ないです」
桃太郎は、消え入りそうな声でしたが、ついに答えてしまいました。
千鶴「な…なんですってぇぇぇぇぇぇっ!?」
お姉さんは大音量で反応します。
初音「み、耳が〜」
耳のいい犬は、くるくると目を回しました。
千鶴「ない、ですって!? それじゃ、私が後払いで買った宝石や毛皮はどうなるのっ!」
耕一「ゆ、許してください〜」
千鶴「ダメです! 今日という今日は、その捻じ曲がった根性を叩き直してあげます!」
捻じ曲がってるのはお姉さんの方だと思いますが…。
お姉さんは、それはもう鬼のような形相で、今にも桃太郎に食い付きそうです。
「…えい」
その時、お姉さんの大きく開いた口に、雉が何かを押しこみました。
千鶴「モガッ…モグ…モグ…ゴックン」
お姉さんは、それを飲みこんでしまいます。
耕一「な、何なんだ」
千鶴「…あれ? 私は何を…」
お姉さんは、何事もなかったかのように平静さを取り戻しました。
初音「…お団子ね」
そうです。犬の言う通り、雉は猿の持っていた性格反転キノコ団子を、お姉さんの口に入れたのでした。
耕一「…お姉さん?」
千鶴「あ、桃太郎…いいのよお宝なんて。あなたさえ戻ってくれば」
にっこりと微笑むお姉さん。
その言葉に、桃太郎は涙を流しました。
耕一「良かった、良かったよ〜。死なずにすんだ〜」
感動するポイントが違うような気がしますが、気持ちはわかります。
千鶴「さっ、今日はごちそうにしましょうね。お供の皆さんも、どうぞ上がって」
お姉さんは、そう言って皆を家に招き入れました。
「やれやれ、一時はどうなることかと思ったよ」
初音「良かったね」
猿も犬も一安心です。
…しかし…。雉だけは、何か心配そうな顔をしていました。
耕一「浮かない顔してどうした、雉。一件落着だろ?」
「はい…しかし、イヤな予感がするんですけど…」
桃太郎はその言葉を笑いとばします。
耕一「ははは、そんなことないって、ささ、入れ入れ」
「…そうですよね」
桃太郎の言葉に、雉も考えを改めたようでした。

…しかし、雉の不安は当たっていたのです。
性格が反転したからと言って、料理がうまくなるわけではないのです。
お姉さんが『腕を奮って』作り上げた料理たちは、桃太郎たちを阿鼻叫喚の地獄へといざなうのでありました…。



めでたし、めでたし。…どこがやね〜ん!


☆☆☆

耕一「…という夢を見たんだけど…?」
千鶴「それは、耕一さんが潜在的にヒーローになりたい、と思ってらっしゃるからです」
耕一「ふーん、そうなんだ」
千鶴「それより…私がずいぶんヒドイ女になってたように思えるんですが…」
耕一「はっ!? いや、別にいいじゃない、そんなこと。夢の中の話なんだし」
千鶴「しかし、夢は無意識の鏡…」
耕一「ち、千鶴さん、怖い顔しないで〜っ」




ちゃんちゃん。

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