「薬?」
こくこく。
俺の前で先輩が頷いている。
ここはいつもの中庭、俺と先輩はこの頃恒例の感がある
「中庭での昼食」
の最中だった。
いつもなら先輩は俺が食べるまでは黙っているのだが、
(先輩は何故か食べるのが俺の数倍早いのだ。量も数分の一ではあるが・・・)
今日は珍しく俺が食べてる最中に話しかけてきた。
その表情はなにやら困ってるようで、どうやらそれなりに急いでいるらしい。
「もぐもぐ・・・・薬って・・・・・むしゃむしゃ・・・・」
「・・・・」
先輩は笑いながら俺をたしなめる。
まあ、確かに口に物が入ってるとしゃべり辛いな・・・・・。
しかし一気にかき込むのもなにやらもったいない。
しょうがないので、俺は箸を置き、先輩の話を聞くことにした。
「で、薬って言うのは?」
「・・・・」
俺の手元を先輩は一瞬すまなそうに見つめたが、やはりそれなりに
重要な事なのか、意を決して話し出した。
* * *
「成る程・・・。つまり、ペンダント型になってたって訳だ。」
俺は先ほど中断していた昼食を再開しながら、最後にそう念を押した。
こくこく。
先輩は熱心に頷いている。
つまりはこう言う事だ。
先輩は何時もティアドロップ型のペンダントを身につけている。
(らしいが、俺は実は見たことがない。先輩にそう聞いたら
どうやら最近の習慣らしい。)
で、そのペンダント。実は小さな薬瓶になっているそうで、
外観からは判らないが、ペンダントヘッドをひねると取れるように
細工してあり、ヘッドの中は空洞になっているらしい。
・・・・えらく凝った作りだ。
で、そこには先輩曰く
「実益はないが貴重な薬」
が入っているらしい。
そして、そのペンダントが今日になって紛失していることに気が付いた
と言う訳だ。
「でも、ペンダントなら普通身につけてるもんだろう?」
(無くしたりする物なのか?)
俺はふと気になってそう聞いた。
ふるふる。
「え?身につけてなかったのかい?」
こくこく。
「・・・・・・?」
俺の表情を見て、流石にそれだけでは判らないと思ったのか、先輩は補足で
説明を入れた。
それによるとそのペンダント、普段は確かに身につけているのだが、
昨日は鎖が切れたため、ポケットに入れておいたらしい。
その後、帰宅するまでうっかりポケットの中を確認するのを忘れており、
結果、帰宅した時にはペンダントは消えていたらしい。
その後、慌てて鞄の中や通学路を探したらしいが
結局見つからなかったという訳だ。
「成る程。じゃあ、落とした場所の心当たりは・・・・・」
こくこく。
先輩は頷いて、
「家と通学路にないなら残りは学校だけです。」
と、常になくはっきりとした口調で断言した。
(まあ、朝にあって帰りに無くなってるなら、当然学校内で
落としたんだろうが・・・・)
「うん、確かにそれなら校内にあると俺も思うよ。
ところで・・・・・先生には聞いてみたのかい?」
俺が何の気無しにそう言うと、先輩は困った顔になって首を振った。
「え?先生には聞いてないって・・・・・あっ、そうか。」
問いかけて俺は苦笑した。
確かに、装身具のたぐいを身につけている生徒はうちの学校には数多い。
しかし、装身具着用を学校側が公認している訳ではない。
ただ、いちいち取り締まる程の事も無いと言う事と、純粋に人手の問題で
黙認しているに過ぎない。
一応校則には引っかかるので、もしもそう言った装身具のたぐいを
所持しているのがはっきりと判ればお説教くらいはするが・・・。
ゆえに、生徒が装身具の落とし物を発見した場合はまず先生に届ける
などと言う事はしない。
知り合いから順に辿ってこっそり持ち主に返すのがこの学校の全生徒に
求められる態度だ。
もちろん、この方法では持ち主が判らない場合もままある。
そんな時は拾った者が自分の物にして良い事になっている。
かなりいい加減なルールだが、今までにこのルールが問題になった事は
無い事を考えると、先生、生徒共にこのルールは徹底しているのだろう・・・。
最も、俺自身は装身具などに興味がないので、この手の話題にお目にかかる事は
滅多にない。
そんな俺がこの不文律を知っていたのは・・・・まあ言わずと知れるだろう?
「歩く放送塔」
の異名を持つ、ある知り合いによる薫陶の賜物だ。
話がそれたな・・・・。
つまり、そのルールに従って、先輩のペンダントは、現在人の手から手を
渡り歩いて居る最中であるという訳だ。
つまり、ここで俺がペンダント探しに乗り出すとしたら、最初の紛失地点を
割り出すだけでは駄目で、拾った人間、及び渡した相手を延々と追跡する
必要があると言う事になる。
これはかなりしんどい事だ。
出来れば(幾ら先輩のためとはいえ)捜索担当者になるのは遠慮したい。
しかし、先輩がアクセサリーを身につけていると言う事は、俺でさえも
今回初めて知った新事実(笑)だ。
と言う事は今回の場合、ただ座していてもペンダントが先輩の元に返る
確立は極小といえる。
ええい!!ここは愛しい先輩のためだ。
この俺が一肌脱いでやる!!
(って、そこまで偉そうに断言することもないか・・・・)
何となく俺は自分の考えに一人照れながら
「そう言うことなら、俺も色々心当たりに聞いて回ってみるよ。
所で、何処で無くしたか心当たりはないかい?」
と先輩に話を振った。
「・・・・・・」
「成る程。ポケットに入れたのは校門前の出来事か・・・」
「・・・・・・」
「で、その後HRに出て・・・」
「・・・・・」
「授業か・・・・・先輩。昨日の授業ってなんとなに?」
「・・・、・・・、・・・、・・・、・・・」
「古文、物理、数学、体育、家庭科ね・・・」
「・・・・・」
「あっ、そうか。昨日は活動日だっけ?」
こくこく。
・・・なんか俺一人で喋ってるようだがもちろん実際にはそうじゃない。
最も、先輩の声が聞き分けられて表情の変化を感じられるのは
全校広しと言えども俺の他には数人が居るだけだが・・・・。
閑話休題
「そっか・・・とりあえずポケットの中身が紛失したと言う事は・・・・。
体育と家庭科の時間が怪しいかな?」
俺はそう推測した。我ながら妥当な線だろう。
しかし・・・・・・
「しかし探すって言ってもなあ・・・。よく考えたら俺、三年に知り合い
なんて居ないぞ。」
そう、俺は三年生の知り合いが居ない。
いや、男の知り合いなら何人か居るのだが、今回の場合それは無意味だ。
(さて、どうしよう・・・。)
ちょいちょい。
「ん?」
「・・・・・・・」
「ふんふん・・・」
「・・・・・・・・・・」
「へ〜、そうだったんだ。それなら何とかなるかな?」
先輩が言うには、体育と家庭科は場所の都合上、他学年と合同で
やっていたらしい。
その中には俺の知り合いも何人か居たという話だ。
「じゃさ、俺はその知り合いを回って話を聞いてみるから、先輩は
同学年の知り合いに話を聞いてみてよ。」
こくこく。
とりあえずそう言うことで相談がまとまった。
き〜んこ〜んか〜んこ〜ん・・・・・
「お、予鈴だ。んじゃ実際に探し出すのは放課後になってからかな?
一応話を一通り聞いて回ったら、又ここで落ち合おうよ。」
こっくり。
俺は先輩が頷いたのを確認した後、午後の授業に出るべくその場は一旦
先輩と別れた。
(さってと、誰から聞いて回るのが手っ取り早いか・・・?)
放課後の手順をあれこれ考え続ける俺の耳には、既に午後の授業の内容など
全く入っては来なかった・・・・・。
* * *
そしてアッという間に放課後になった(笑)
俺は早速、授業を捨てて考えた綿密なプランに基づき聞き込みを
開始しようとした。
「お〜い、あかり〜。・・・・あれ?」
「あかりちゃんなら今日は用事があるとかでどっか行っちゃってるよ。」
「・・・・ちぇっ、つかえね〜奴」
「浩之、それはあんまり・・・」
俺の計画は始まりから挫折してしまった。
しか〜し!!こんな事で挫ける俺ではない!!!
あかりが駄目なら次に行くまでだ。
「なあなあ、委員長。実はさ・・・」
「おお、藤田君。ちょうどええ所に来たな〜。」
「はい?」
「じゃ、これ頼むわ。」
そう言うと俺の前に委員長はどさりと何かの束を置いた。
「これ、なんだ?」
「見てわからんか?HRで採ったアンケートを集めたもんや。
これ先生の所に持ってかんとあかんかったんやけど、ちょっと
今日私、別に用事があるんよ。」
「・・・・・で?」
「いややね〜、そないな事、最後までいわせんとき。」
「・・・・・仕方ないか・・・」
俺は諦めた。
こういう物言いをする時の委員長には逆らっても無駄だ。
俺はプリントを持って教務室に向かった。
ペンダントの事を訪ね忘れたと気が付いたのは、プリントを届けて
帰ってきた後の事だった。
委員長は・・・・・・さっきの台詞通り帰っていた。
第二計画はこうして失敗に終わった。
「おっす。」
「よう、藤田。珍しいな。お前がこのクラスに足を踏み入れるなんて。」
「ははは、まあな。で、珍しついでに一つ聞くが・・・・・志保いるか?」
「長岡さん?さあ、今日は見かけ無いなあ・・・・」
「・・・・今日は?朝から居なかったのか?」
「ああ。・・・・・多分。」
「多分・・・って、おいおい。クラスメートだろ〜が。」
「藤田。お前言ってる事の意味、判ってるか?」
「・・・・・・・邪魔したな。」
こうして第三計画も不発に終わったのだった・・・・・・。
ちなみにそのころ志保はと言うと・・・・・・
「ZZzzzzzz・・・・」
どうやら夜更かしが過ぎたらしい。
彼女が目覚めた後、浩之達を巻き込んでもう一騒動有るのだが、
それは別の話である。
がらがらがら・・・・・。
(おっ、いたいた)
俺は図書館に来ていた。もちろん琴音ちゃんを捜してだ。
そして今、俺の目の前の机では、琴音ちゃんが一人静かに本を読んでいる。
あの事件の後(本編をどうぞ By 作者)
彼女を取り巻く環境はゆっくりとではあるが変わってきている。
もう、今では何人か友人もでき
「不幸の予言」
は、すっかりなりを潜めている。
とはいえ、今までの何年間にも渡って蓄積された勘違いが、わずか数ヶ月で
完全に払拭されると言う事は流石になく、琴音ちゃんは今でも放課後は
図書室にいることが多い。
(追々、そんな事も無くなって行くと思いたいが・・・・)
・・・いかん、なんか感傷に浸ってしまった。
俺は気を取り直すと、琴音ちゃんに話しかけるべく机の方に歩み寄った。
「こんにちは。琴音ちゃん。」
「・・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・はっ!!」
「やっと気が付いてくれたか・・・・」
「すっ、すいません!!私ったらすっかり夢中になっちゃってて・・・」
俺は正直、このままずっと空しく立ってるんじゃないかとさえ思ったくらい
琴音ちゃんは本に集中していたようだ。
「そんなにおもしろいの?何の本?」
「はいっ!!これです!!」
・・・・何故そんなに気合い入りまくってるんだ・・・・
俺は少々気圧されつつ、琴音ちゃんが差し出した本を手に取り、背表紙に
目をやった。
○ー。
「・・・・・・・・・ゴメン、読書の邪魔しちゃって。」
「何でそこで詰まるんですか・・?そんな事だと不幸になりますよ。」
(洒落にならないよ、琴音ちゃん・・・・)
「あっ、そっ、そうだ。琴音ちゃんに聞きたいことがあったんだよ。」
とりあえず話を逸らしてみた。
「私に・・・ですか?なんでしょう?」
(ほっ。うまくかわしたか・・)
「うん、実はね、捜し物をしてるんだ。ペンダントなんだけど・・・」
「ペンダント・・・ですか?」
その後、俺はしばらくかけてペンダントを探すことになった経緯を説明した。
「成る程。そう言う事ですか。う〜〜〜ん、来栖川先輩とご一緒したのは
家庭科の時間でしたけど・・・・・」
考え込む琴音ちゃん。
俺は彼女の思考を邪魔しないように静かに待った。
「う〜ん、う〜ん、う〜〜〜ん・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「えっと〜〜〜〜〜〜。」
「・・・・・・」
「確か・・・・・・。」
「・・・・・・」
「・・・・先輩。何でじっと見てるんですか?」
「へっ?いや、考え事する時の琴音ちゃんの顔って
なんか真剣で可愛いな〜って・・・・」
俺はそうぼんやりと本音を吐露してしまった。
「えっ?!・・・・・そっ、そんな、可愛いなんて私・・・そんな事・・・・ゴニョゴニョ」
琴音ちゃんはとたんに真っ赤になってもじもじしだした。
なんか指で「の」の字書き出してるし・・・・・。
しまったな〜。こうなっちゃったらもう止まらないぞこの子は。
俺は思いっきり後悔したが、こうなれば聞く事を聞いてしばらく
好きなようにさせてあげるしかない。
俺は意を決して琴音ちゃんに話しかけた。
「でっ、でさ、琴音ちゃん。結局ペンダントって・・・・見たの?」
「そんな・・・いやだもう・・・・うふふ・・・・えっ?ペンダントですか?
いいえ、私は見てないですよ。所で浩之さん・・・」
「そっ、そうか。それは残念。じゃっ、じゃあ・・・・俺、まだ探してる
最中だからさ・・・・じゃあね!」
俺はきびすを返して図書室から逃げ出した。
(はあ・・・・琴音ちゃんて、普段はとっても物静かなのに、時折妄想モードに
入っちゃうんだもんな〜〜〜)
こうして第四計画は若干の問題を残しつつも無事に終了した。
(う〜ん。これは結構難しいなあ。)
俺は考え込みながら廊下を歩いていた。
今までの四作戦の戦績は、
第一作戦(対あかり戦)・・・・・目標LOST。
第二作戦(対委員長戦)・・・・・議題すり替えにより敗北。
第三作戦(対志保戦)・・・・・・目標UNKnown。
第四作戦(対琴音戦)・・・・・・作戦実行するも収穫無し(その後目標暴走・・)
・・ほとんど空振りって言うぞ・・これは。
このままでは残る作戦も成功はおぼつかない。
(かといってやらない訳にも行かないか・・・・)
俺は気を取り直すと、最後の作戦を実行するべく一路校庭裏の神社へと
足を運んだ。
びしっ、ばしっ、どかっ、ごきっ(?)
何時も通り、小気味良い打撃音が響きわたっている。
ここは校庭裏からフェンスをくぐってしばらく言った所にある小さな神社。
ご存じの通り(学校非公認の)エクストリーム同好会の練習場所だ。
今日は活動日なので、ここには葵ちゃんが居るはずだ。
俺は残る最後の心当たりにペンダントの事を訪ねるべく、この場所に
やってきていた。
「はっ!はっ!はっ!はっ!・・・」
打撃音の合間に規則正しい呼吸音が混ざる。
(うん、良いリズムだ。この頃の葵ちゃん・・・乗ってるよな。)
少しトレーナーとしての自分が顔を出したが、
(いや、今日は葵ちゃんには悪いがトレーナーとして来た訳じゃない。
これが最後の砦なんだから・・・。頼むぞ!)
気持ちを切り替えて、何時もサンドバックが吊ってある辺りまで歩いていった。
「はっ!はっ!。・・・・あれ?藤田先輩どうしたんです?今日はおやすみって
言ってませんでしたっけ?」
俺の姿を認めたのか、練習の手を休めて葵ちゃんはこちらの方に向き直った。
「ああ、そうなんだ。今日はちょっと用事があるんだよ。ゴメンね。」
「いえ、それはかまいませんけど。じゃあ、どうしてここに居るんです?」
「うん、それなんだけどね・・・・」
俺は今まで何人にもした話をここでも繰り返した。
「ペンダントですか?私が来栖川先輩の姿を見たのは体育の時だけですし
その時私はちょうどテスト中だった物で・・・・もしも落ちてたとしても
気が付かないと思います。」
「そっか。残念。」
「ごめんなさい。」
「いや、葵ちゃんが謝る必要はないと思うよ。幾ら何でも授業中に
他のクラスの個人を注視してる奴は居ないだろうし。」
「そうですね。そう言えば他の方にはお聞きしたんですか?」
「うん・・・・葵ちゃんで最後なんだ。」
「そうですか・・・。本当にごめんなさい。なんか無駄足踏ませちゃったみたいで」
葵ちゃんは本当に申し訳なさそうに俺の方を見ている。
なんか悪い事しちゃったな。
「いや、俺が勝手に来たんだから全然問題ないよ。所で、テストって
何のテストしてたの?」
「あっ、そうそう。先輩聞いて下さいよ。そのテストの時に・・・」
その後、俺と葵ちゃんは当たり障りのない世間話をしてから別れた。
楽しい一時では会ったが、こうして最後の作戦も失敗に終わった。
* * *
俺は足取りも重く、先輩との待ち合わせ場所である中庭に向かって歩いていた。
(はあ〜〜〜。結局収穫0か・・・しかしまあ、知り合いの手に渡ってない
と言う事が確認できただけでも良しとすべきだろうな。)
校内を突っ切り、いつもの待ち合わせのベンチ前までやってきた。
そこには当然先輩・・・・ともう一人。
先輩とおしゃべりに興じる、見慣れたリボン頭の女の子・・・・あかりだ。
(何であかりが先輩と一緒に居るんだ?)
俺はそう思ったが、どうせ先輩に用事があるのでそのまま二人の方に
歩み寄っていった。
「そうですよね。私なんて・・・あっ、浩之ちゃ〜ん!!」
恥ずかしいから「ちゃん」は止めろって言い続けてるのにいっこうに効き目が
無いんだからな、あいつと来たら・・・。
俺はなんかあきらめ入ってはいたが、それでも気を取り直してあかりの方に
近づき・・・・。
「ていっ!!」
ぺちっ。
「あうっ!」
「ちゃんは止めなさい。ちゃんは」
「うう、酷いよ浩之ちゃん・・・・はっ!」
「・・・・・・もう一発行くか?」
「そっ、そんな。浩之ちゃ・・・・君」
「宜しい。」
くすくす。
そんな俺達を見て先輩が笑っている。
「ほら見ろ。笑われた。」
「それって私のせいじゃ無いと思うよ。」
「口答えをする悪い口はこの口か?おりゃおりゃ。」
「いひゃよ、ひろゆきふぁん。」
「まだ言うかこの口は・・・」
結局、その後しばらくあかりをつついて遊んでしまった。
恐るべしあかり。
いや、そうじゃないんだ。俺は気を取り直して先輩の方を見た。
「・・・・・・」
ああ、先輩、目が恐いよ。いや、別に他意があった訳じゃないんだ、
なんかこう、あかりを見るとかまわなきゃいけないと言うか何というか・・・。
「・・・」
すいません。私の負けです。
「・・・・なんか目で会話してるね。芹香先輩さんと浩之ちゃん・・・」
ははははは・・・・・
「でっ?何であかりはここに居るんだ?なんか用事があったんじゃないのか?」
俺は気を取り直してあかりに問いかけた。
「うん、ちょっと芹香先輩を捜してたんだ。」
「先輩を?」
「・・・・・・・」
「え?ペンダント?もしかして・・・・?」
「そう、昨日家庭科の時間に拾ったんだ。凄く綺麗な物だったし、
おちてた場所が芹香先輩のいた所の側だったし、もしかしてと思って
拾っておいたんだ。」
えへへ、とあかりが笑う。俺は思わず脱力してしまった。
(わざわざ校外まで行った俺って一体・・・?)
その後、俺は先輩とあかりから交互にペンダント発見までの顛末を聞かされる
羽目になったのだが・・・・・はっきり言って記憶には残っていなかった。
「それでさ。」
「?」
帰り道。俺は先輩に向かって問いかけた。
「そのペンダントに入ってる薬っていったい何だったんだ?」
先輩はしばらく考えていたがそのうち何を思い出したのか、急に赤くなって
俯いてしまった。
「?」
俺はそんな先輩の態度を不思議に思い、再度同じ事を問いかけようとしたが
「ご苦労だったな小僧。もういいじゃろう?」
しわがれた声に機先を制された。
じろっ。
俺は口を挟んできた奴に一瞥をくれた。
「何じゃ。」
「・・・・・・いや、なんでもねえ。」
「そうか。では芹香お嬢様、まいりますぞ。」
こくり。
先輩はその男・・セバスチャンこと長瀬に向かって頷くと、俺の方に向き直って
「内緒です・・じゃあ、又明日・・・」
そう言って車に乗り込んだ。
「ではな、小僧。お嬢様にあんまりなれなれしくせんようにな。」
セバスチャンもそう言い残して運転席に戻る。
いつもならこの手の捨てぜりふに対して言い返す俺だったが、今回ばかりは
そんな気になれなかった。
呆然としている俺の前で、真っ黒なリムジンは走り出し、瞬く間に
町の中に消えていったが、その後ろ姿を見送った後も、俺はしばらく
その場に佇んでいた。
なぜなら最後の台詞を話した時の芹香の顔は・・・・。
* * *
彼女はようやく自分の手に戻ったペンダントを飽きずにずっと眺めていた。
(今日、始めてあの人に隠し事をした。)
そう思うと彼女の顔には何とも言えない笑みが浮かんでくる。
(でも、このペンダントについてはあの人にも・・・・いえ、あの人には
教えてあげられない。だって・・・・・)
今度は赤くなる。
(記念だもの・・・)
彼女はそこまで考えると、また笑みを浮かべた。
普段の彼女からはとうてい考えられない、さきほど彼を虜にした
あの満面の笑みを。
(今夜は・・・・良い夢が見られそう・・・)
そう呟いて、明かりを消した。
しばらくして、暗くなった部屋に彼女の寝息だけが響きわたっていた。
ペンダントの中身・・・・・
それは彼女が彼と結ばれる直接のきっかけになった物。
彼女が彼の方に一歩を踏み出す勇気をくれた物。
実際に、その薬が効果を持つ物だったのか?それは彼女にも判らない。
それはあの場限りの魔法だったのかも知れない。
しかし、彼女にとっては、彼との最初の思いでの縁(よすが)となる物だった。
ペンダントの中に揺れるその薬の色は、お世辞にも美しいとは言えない物
だったが、彼女が見る時だけ、その薬は世にも美しい色に輝くのだ。
そう、彼女の心を写した夢の色に・・・・・・・・・・・。
−劇終−