黄金のデスティニー
written by 李俊
序章 旅立ちの日
神は、彼に逆らう魔王を、5つに引き裂いた。
そのうちの4つを東西南北にそれぞれ封印し、残る1つを人の身に封じた。
しかし神はその戦いで力をほとんど無くし、世界を治めることを出来なくなったのである。
これにより、神に代わり人間の王が支配する神聖王国が誕生する。
しかし1人の人間による支配が長く続くはずもなく、この王国はすぐに崩壊し、戦乱の世が続いた。
そして今のような複数の国が存在する世界へと変わっていったのである。
ある時、魔王を復活させんと魔族が蜂起した。
魔族は北に封印された魔王を復活せしめ、世界を混乱に陥れたのだ。
復活した北の魔王は、他に封印されている魔王をも復活すべく、魔族を派遣する。
しかし、神のお告げを聞いたという女勇者リニアが立ち上がり、魔王の復活を阻止。
そして北の魔王をもその剣にて屠り、世界の危機を救ったのであった。
後にこれを『降魔大戦』と呼ぶ。
勇者リニアはこの戦いで命を落としたが、他の仲間4人と共に、現在でも五英雄と讃えられている。
そしてその50年後。
魔は再び蠢き始めた。
☆☆☆
「いい加減にせんかぁぁぁぁぁ!!」
家具が揺れるほどのブチ切れ声が、家にコダマした。
この家の主、グランじいさんといえば、近所では結構有名な人。
なんでもじいちゃんは、昔は名のある魔道士で、どっかの宮廷魔道士まで務めたこともあるとか。まあ、それは本人の口から聞いたことなので、多少割り引いて考えた方がいいかもしれないけど。
とにかく、このじいちゃんはそこそこ魔力も強くて、その気さくな性格…というかバカがつくほどの底抜けの明るさで、付近の住民からも人望があった。
家は街からはちょっと離れているんだけど、それでも相談しに来たり、遊びに訪れたりする人は結構いる。
面倒見がいいというか、人がいいというか、ちょっとクセはあるけど、街の役人なんかも一目置く存在なのだ。
そのじいちゃんが、ポカーンと口を開けてこっちを見ている。
そりゃそうだね、私がブチ切れて大声あげたわけだし。
「ど、どうしたのティアラちゃん……」
じいちゃんの隣りに座り、スプーンをじいちゃんに向けていたレミィさんが、私の顔を伺っている。
このレミィさん、実はじいちゃんが街でナンパして引っ掛けてきた20歳独身の女性。栗色の髪の毛をポニーテールにしてて、結構な美人でナイスバディの持ち主。
……なんでこんな若くて綺麗な人が、こんなジジイのナンパに引っ掛かるんだろう……。
あ、ちなみに、ティアラってのは私の名前ね。
「あのねっ! 人のいる前でイチャイチャ、イチャイチャ、やめてちょうだいっ!」
そうなのよ〜、この人たちってば人の目の前で『はい、あ〜んして、ハニィ♪』『はい、あ〜ん』なんてやってんのよ!
特に! いい歳したジジイがそういうことやっていいと思う!?
これはもう犯罪よ、犯罪! 充分に罪だわっ!
「なんじゃティアラ、焼いとるのか?」
ヘラヘラと笑ってじいちゃんがほざいた。
ウキィィィィ! 何でジジイに対して焼かなきゃなんないのよぉぉぉ!
「そんなことされてちゃ、勉強も何も出来ないって言ってるの!」
バン、と目の前の本を叩いて、私は叫んだ。
そう、私は今、魔法書を読んでのお勉強中。少しでも集中して読みたいワケなんだけど……。
実は私は、じいちゃんとは血の繋がりはない。
15年前、捨てられていた赤ん坊の私を、じいちゃんが拾ってくれたのだ。
それ以来、私はじいちゃんに育てられてきた。
実の娘のように可愛がってくれて、魔法の知識なんかも教えてくれた。
私には魔力が大してないらしく、教えてくれた魔法は明かりの魔法(ライト)以外、全然使えないけど。
でも、私はじいちゃんみたいに……いや、今は本で読んだ『大魔道士ニナ・リンバース』みたいな魔道士になるのが夢なのだ。
魔法を駆使して、己の過酷な運命に立ち向かい、そして世界を救う……そんな魔道士になりたい。
だから、日々こうして勉強して知識を貯め込み、魔力を強くする術を探していたりするのだ。
でも、最近はじいちゃんも冷めてるっていうか、『お前の魔力じゃ見込みはない』って言うのよね〜。
「勉強なんかしたって無理じゃぞ。魔力のない奴が魔道士なんてなれんわい」
ホラ、こう言うのよ〜。昔は『お前を一人前の魔道士にしてやるぞ』なんて言ってたくせにぃぃぃ。
ロマンスグレーのヒゲを撫でて、ヤラシイ目を私に向けるじいちゃん。
「お前は馬車路あたりでウェイトレスでもした方がお似合いじゃぞ?」
馬車路ってのは近くのレストランね。制服が可愛いことで有名なのよ。
「やかましいわっ! スケベジジイに言われたくないっ!」
私の反論に、じいちゃんは肩をすくめる。
「やれやれ、もう少しおしとやかに育てるべきじゃったのぉ。お前もレミィみたいに女らしくせんと、婿の来てがないぞ」
「よ・け・い・な・お世話っ! 私は、結婚なんかしないで魔道士になるのっ!」
「だから、魔力がないと無理だというに……」
やれやれ、といった表情でじいちゃんはレミィさんに笑いかける。
うぐぐ……。ハナっから無理だと思ってるな〜。
「だから、魔力を強くする術を探してるのよっ! 見てなさい、そのうちにじいちゃんよりも強大な魔力を身に着けてやるんだからっ!」
「魔力を強くする術よりも、胸を大きくする術を探すほうがいいんじゃないのか?」
私の胸をヤラシイ目でジロジロ見るじいちゃん。
ズバーン!
私の投げた本が、見事にその顔面にヒット。
辞典くらいはある本なので、その破壊力は大したものだ。
「くっ……ティアラ、もう少し年寄りは優しくいたわってくれんかのぉ……」
鼻血をたらしながら、じいちゃんはガックリと椅子の背もたれに倒れこむ。
どーやらそのまま気を失ったみたいだった。
「ダメよ、ティアラちゃん。おじいちゃんはもっと大切にしないと」
少したしなめるような口調でレミィさん。
しかし、私は全然気にしない。
「いいの、殺しても死なないようなジジイなんだから」
そう。実際、年寄りというにはあまりにも健康すぎるのよね。
顔のシワもあんまりないし、背筋も折れ曲がることもなし。
実際の年齢はかなり行ってるはずなんだけど、見た目はまだ50、60歳くらいに見える。
これも魔法使いだからなのかねぇ〜。全国のお年寄りからうらやましがられそうだわ。
「とにかく、その変態ジジイに言っといて。私は魔道士目指して頑張ってるんだから、保護者ならその協力をしなさいってねっ」
レミィさんにそう言い残し、私はバタバタと足音を立てて、部屋から出る。
……なんかやる気減っちゃったし、とりあえず街にでも行こうっと。
パパッと身支度を整え、私は家の外に飛び出した。
☆☆☆
街に入り、暇潰しに商店を見て回る。
普段どおりの平和な街。
それはそれでいいんだろうけど、私にはちょっと不満。
このまま何もせず無為に過ごして、そのまま老いていくのは嫌。
この街を飛び出して、スリル満点の冒険の旅をしてみたい。
そして魔道士として名を上げたい。
それでもって、どこかの王様の目に止まって、宮廷魔道士として迎えられたりして〜。
……うふふ。
思わず笑みが顔に出てしまう。
いかんいかん、こんなヘラヘラした顔で歩いてちゃ、変な人と思われるわ。
キリッとした、凛々しい顔にしないとね。
「ちょっとそこのお嬢さん」
歩いていた私を、背後から呼び止める男の声。
あら、ナンパだわ。殿方を狂わせてしまうなんて、なんて罪作りなわ・た・し♪
……などと心の中でつぶやきつつ……。
「何でしょうか♪」
クルリと振り向いた私の前に立っていたのは、見知った顔。
「おう、やっぱりティアラか。お嬢さんと言われて振り返るのはお前くらいだからな」
彼は、魚屋のせがれのウォレット。昔は子供だった私をよくいじめてくれたが、今は家業の魚屋を継ぐべく修行中の身である。ちなみに18歳独身、チャームポイントは額のねじりハチマキ。
「やな顔に会っちゃったわ……。ところで、なんで振り返るのが私だけなのよ?」
私は、彼の言葉に引っかかる物を感じて、聞き返した。
ウォレットは、ふふん、と得意気な顔で話す。
「いやあ、ちょっと見たら金髪の少年が目の前を通り過ぎてくじゃねえか。お前さんかと思ったんだが、間違うといけねえ。そこでお嬢さん、なんて言ってみたんだが……」
「んじゃ何か! 私は女じゃないってかっ!」
「見た目はそうだよな〜。はっはっは」
私の怒声に怯むことなく、ウォレットはカラカラと笑った。
「失礼ねっ! 確かに髪は短いけど、立派な女の子なんだからっ!」
「髪だけじゃないだろう、体型だってほとんど男だ。胸も尻も全然出っ張ってないだろ」
「な、なぬ〜? こ、これは、その、スレンダーって言うのっ!」
「ほう、そうなのか。そうかそうか、それは知らなかったなぁ〜」
じ、実にイヤミな言い方じゃないの……。
ピクピクと私の額の怒筋がケイレンしている。
「おや、どうした。顔をしかめて、どっか痛いのか?」
ニヤニヤしながら私の顔を覗き見るウォレット。
これはどう見てもバカにしているとしか言えない。
「決めたわ……」
「ん? 何を決めたってんだ?」
「私が魔道士になった暁には! まずあんたを攻撃魔法でケチョンケチョンにしてあげるってことっ!」
「ほほう、それは楽しみだなぁ。それはいつだ?」
「そ、そのうちよっ! やり方は知ってるんだから、魔力さえ身につけば、すぐにでもやってあげるわ!」
「はいはい、楽しみに待ってるぜ〜」
くうぅ〜、ぜんっぜん真面目に考えてない〜。
こうなったら……。
「食らえ、ファイアァァァボォォォォル!」
私は右手を突き出し、魔力を紡いでそこに光り輝く光球を作り出した。
「なっ! お前、いつの間にそんなすごい魔法をっ!?」
驚いた顔のウォレット。そりゃそうだ、目の前で見たことない魔法を私が放とうとしてるんだから。
「ふっふっふ……こいつをぶっ放されたくなかったら、今までの非礼、詫びてもらおうかしら?」
「わ、わ、わかった、すまなかった、お前さんは立派なレディだっ!」
「まだダメね……これからも失礼なこと言わないって誓う?」
「誓う、誓うから〜!」
「よろしい」
「だ、だから、そのファイアボール、引っ込めてくれ〜」
青い顔のまま、私の手に止まっている光球を指差すウォレット。
「引っ込められないわよ」
でも私は、ケロッとした顔で返事を返した。
「な、なんでっ!」
「だってこれ、ファイアボールじゃなくてただのライト(明かり)だもん」
そう言って、ポンっと手の光球を空中に投げ上げた。
光球はそのまま空中にとどまり、淡い光を放ち続ける。
「な……だってお前、ファイアボールって言ったじゃないかっ?」
「ファイアボールって言ったらファイアボール出さなきゃなんないの? そんなの、誰が決めたの?」
「へ、屁理屈言いやがって……」
「とにかく、男なら、さっきの誓いは守ってね。もう失礼なことは言わないって」
男なら、というところを特に強く言う。
こう言われると男ってダメなのよね〜。ふっふっふ。
「ぐぬぬ……しょうがねぇな、覚えてる限りは守ってやる」
ホラ。
「それで構わないよ。ずっと覚えてられるなんて思ってないから」
手をヒラヒラ〜とさせて、私はそう返した。
「お前も失礼なこと言ってるじゃねえか」
「あらごめんなさぁい♪」
ブリッコポーズで私は謝った。
☆☆☆
ウォレットと別れた私は、その足で酒場へと向かった。
「こんちわ〜」
入り口から中に入ると、まだ日が沈んだばかりだというのにけっこう盛況だった。
カウンターの奥にいるおかみさんが、料理を作る手を休めて、顔を上げた。
「おやティアラ、いらっしゃい!」
威勢のいい声が店に響く。
恰幅のいいスタイルと威勢の良さが相まって、実に『酒場のおかみ』らしい人なのだ。
「やほ〜。ワインくださいな。いつものやつ」
私はカウンターの空いてる席に座って、注文をする。
「はいはい、ちょっと待ってな。あんたー! ティアラちゃんのワイン出してやってー!」
おかみさんは、店の奥にいるらしい旦那さんに向かって声を放つ。
ここの店はおかみさんと旦那さんの2人で切り盛りしてる。
と言っても、メインはおかみさんで、旦那さんは小間使いみたいなもんなんだけど。
「はいはい〜。ティアラちゃん、はい、いつもの」
店の奥から出てきた旦那さんが、その手に持ったワインとグラスを私の前に置く。
おかみさんとは対象的に、貧相な身体とバカに優しい声。
この2人、実にお似合いというかなんというか……。
「ありがと、旦那さん」
愛想良くお礼をして、私はワイン瓶を傾ける。
……あー、ちなみに。
どこぞの国では20歳未満はお酒飲んじゃいけないらしいけど、この国じゃ15歳未満がダメなのよ。
というわけで15歳の私は飲んでもいいワケ。アーユーOK?
赤い液体をグラスに注ぎ、それをゆっくりと楽しみながら飲む。
コクッ。
……カァ〜! この一杯のために生きてるぅ〜!って感じやねぇ〜。
「ティアラちゃんも好きだねぇ」
おかみさんが苦笑する。
「だって美味しいも〜ん」
そう言いながら、ワインを手に、私は店の中を見渡した。
客は近所で働いてるおっちゃん軍団が多いみたい。仕事のウサを酒で晴らすぜ!って感じの陽気な人たちばかりだ。
……しかし、その中に一人だけ浮いている人がいた。
旅装束に身を包み、『いかにも旅をしています』って感じの人。
普段なら、そういう人の周りはおっちゃん連中が取り囲み、旅の話なんかを聞いたりしてるもんなんだけど、今日はそういう感じじゃない。
それは、彼の腰につけている剣の威圧感によるものだろうか。それとも、彼自身の放つ殺気のようなもののせいか……。
彼は誰とも話すことなく、一番はじのテーブルで安いエール酒をちびちびと飲んでいた。
「おかみさん、あの人誰かな?」
私の声に、おかみさんが答える。
「ああ……今日この街に来たみたいだけど」
「ふぅん。あ、グラスもうひとつ貰える?」
「ん? 別にいいけど、あんたもしかして」
おかみさんからグラスを受け取ると、私は自分のグラスのワインをクイっと飲み干し、2つのグラスを右手に持った。
「そういうこと〜」
おかみさんにウィンクをひとつ。
そして、左手にワインの瓶を持ち、旅人風の人のテーブルに向かう。
私はワクワクする心を抑えながら、その人の向かいの椅子に座った。
「……?」
顔をあげて私の顔を見る彼。
年は30歳半ばくらいかな? 不精ヒゲを生やした、ちょっとワイルドな感じのおじさんだった。
オジさん趣味の人なら、けっこういい線いってる。
「エール酒だとあまり酔えませんよね? このワイン飲みませんか?」
ワインの瓶をずい、と彼の目の前に出す。
彼は少し戸惑っている雰囲気だったが、ニヤっと笑うと、
「ま、ひとついただこうか」
と左手を差し出した。
私は、その手にグラスを渡し、ワインを注ぐ。
彼は注がれたワインをじっと見ると、それをグイッと喉に注ぎ込んだ。
「おお〜。いい飲みっぷり」
私の言葉に、少し彼の口元が緩む。
「フ……いい度胸してるな、嬢ちゃん」
「いえいえ、それほどでも」
空になった彼のグラスに、またワインを注ぐ。
今度は一口だけ、それを飲む彼。
「んで、何か用か? 別に酒をおごりたいだけではないだろう?」
そう言われて私は、えへへ、と笑みを見せた。
「ちょっとお話聞かせてほしいんだけど」
「話?」
「そう、けっこう旅してきてるんでしょ? その中で面白かったこととか聞かせてほしいんだけど」
「俺は話は苦手なんだがな」
「だからこそ聞きたいのよ〜。その方が変に誇張とかしないでしょうから」
ペラペラ喋りまくる人って、どうしても面白く話そうとして誇張や嘘が混じるから信用ならないのよ。
こういうタイプの人の方が、実際に話を聞くには向いてるのよね〜。
「ふむ……しかし、何を話せばいいのやら」
考え込む彼。どうやら私の話術に乗せられてるよーだ。
「そうだねぇ、何か魔法に関係するような話ってないかな?」
「魔法か?」
「うん」
「魔法の話か……そうだな、こういう話は知ってるか?」
「なになに? どんな話?」
私は身を乗り出し、彼の言葉を一言一句漏らさず聞こうとする。
彼は一口ワインを飲むと、興味深い話を話し出した。
要約すればこうだ。
ある遺跡で、とある指輪が見つかった。
その指輪は鑑定の結果、はめた者に強大な魔力をもたらしてくれる効果があるらしい。
ただ、その指輪にはプロテクトが掛かっていて、ある呪文を唱えないと効果は発揮されないそうだ。
その呪文の書かれた碑も遺跡にあったんだけど、その呪文の中に魔王の名が含まれているそうな。
その魔王の名は『ベルクリル』。
神と戦い5つに引き裂かれつつも、なおも降魔大戦などで世に災厄をもたらし続ける、最強の魔族の長。
その名の入った呪文を使うことからこの指輪は危険視され、誰も使うことなく今は厳重に保管されているという。
「へぇ〜。そんな指輪があるんだぁ」
「ああ。もっとも、誰も使ったことがないから、効果のほどは知らんがな」
クイッとグラスを空け、彼は話を終えた。
そうかぁ……そういうパワーアップアイテムをつければ、私も一人前の魔道士になれるわね。知識自体は頭の中にあるわけだし。
「ありがとう、ためになる話だったよ」
「そうか。そう言ってもらえるとありがたいな」
彼はそういうと席を立ち、2階への階段に歩いていく。
ちなみに、こういう酒場ってのは2階が宿屋になってるのが主なのだ。基本知識だから憶えておきなさい。
「もう寝るの?」
「ああ、明日は早めに出発だからな。おやすみ」
「そうなんだ、おやすみ〜」
手を振って見送ると、ワインとグラスを持ってカウンターに戻る。
「おかえり」
「ただいま」
おかみさんの挨拶に応えて、私は自分のワインを飲み直す。
「しっかし、ティアラちゃんもいい度胸してるねぇ。うちの亭主にも見習わせたいよ」
さっき話しかけたことを言ってるのだろう、おかみさんは私の顔を見て笑いかける。
「いえいえ、そうでもないですよ〜。可愛い女の子を前にして気分良くしない人はいないから♪」
「よく言うよ、この子は」
私の言葉に笑うおかみさん。
私も、それにつられて笑った。
☆☆☆
しこたまワインをかっくらった私は、いい気分で家路へとついた。
ちなみに支払いはじいちゃんのツケにしてある。
……いいのだ! あの人は私の保護者なんだから、支払う義務がある!
「これで〜いいのだ〜♪ これで〜いいのだ〜♪」
などと流行の歌を唄いながら、家に到着。
「たっだいま〜」
挨拶しながら、中に入る。
見ると、じいちゃんが待っていたようだ。
私の姿を確認すると、すくっと立ち上がり、私の前に立った。
「ティアラ、ちょっと話があるんじゃが」
久しぶりに見る、じいちゃんのマジな顔。
あたしは少し緊張しながらも、それに頷いた。
じいちゃんに連れられ、研究室に入っていく。
この研究室はいろいろな魔道薬やアイテム類の研究に使われていた部屋だ。
じいちゃんがフヌケな今は、ほとんど物置きと化してるけど。
「ま、座りなさい」
椅子に座り、じいちゃんと私は向かい合った。
「んで、話って何?」
重々しい雰囲気に絶えられず、思い切って切り出してみる。
「『降魔大戦』、お前は知っておるだろう?」
「降魔大戦? あの、復活した魔王の一部を倒したっていう英雄譚でしょ?」
私の言葉に頷くじいちゃん。
「うむ……勇者リニアは、若干16歳にして神の声を聴き、魔族と、ひいては魔王と戦う決意をしたという」
「うん、知ってる」
「そこでじゃ、ティアラ・デスティニー」
珍しく、じいちゃんが私のフルネームを呼んだ。
拾われっ子の私に、本当は姓はない。
じいちゃんの姓をもらうってことも有り得たんだけど、じいちゃんが「この子と巡り会うのは運命だった」と言って、『デスティニー(運命)』の姓を私につけたんだそうな。
私はとてもいい姓だと思ってる。
「ティアラ・デスティニーよ。お前は、勇者リニアに習うのだ」
再び私の名を呼び、じいちゃんは立ち上がった。
「え? 習うって……どういうこと?」
私は目をまばたきさせて、聞き返す。
「つまりじゃな……」
コホン、とひとつ咳払いして、じいちゃんは続けた。
「お前は勇者リニアに習い、神……の代わりにワシの声を聴くのだ! そしてこの手紙を隣町の魔道士協会に届けてくれ!」
ババーン!と手にした手紙を私の目の前に出す。
「は?」
まだわからない私に、じいちゃんは目を細める。
「じゃから、お前にお使いを頼みたい、とそういうワケじゃ」
お使い? 手紙を届けろって?
「だったら最初からそう言いなさいっ! 降魔大戦やら勇者やら回りくどいのよっ!」
ガタッと立ち上がり、罵声を浴びせる。
じいちゃんは、頭をポリポリと掻くばかり。
「ううむ、お前ならこういうノリが好きかと思ったんじゃが……」
「時と場合に寄るわっ!」
「ま、それは良いとして」
「良くないっ」
「まあまあ、落ち着け。ここからはマジな話じゃ」
怒る私をなだめつつ、じいちゃんは再び椅子に座った。
一人で立ってるのもバカらしいので、私も座る。
「今回のことは、いい機会だと思っておるのじゃ」
「何が?」
「お前、自分の魔力を強めたいのじゃろう?」
「う、うん。そうだけど」
じいちゃんの言葉に、戸惑いながらも頷く私。
「手紙を届けたら、どこへでも行くがよい。自分の魔力を強める旅をするのじゃ」
「え?」
思わず、じいちゃんの顔を見る。
じいちゃんは優しい顔をして、私に話し掛けた。
「だから、旅に出よ、と言ってるんじゃよ」
「じいちゃん……」
声が震えている。
私のことを思って、そう言ってくれている。そう思ったら、少し涙ぐんでしまった。
「ありがとう、じいちゃん」
「いやいや、良いんじゃよ。どこかで婿を引っ掛けてくればなお良いんじゃがな」
「……あのね」
感動がちょっと薄れる……。
ヘラヘラと笑って、じいちゃんは立ち上がった。
「とりあえず、この手紙を魔道士協会に届けるんじゃ。あとはお前の好きにするがいい」
「うん。わかった」
じいちゃんと別れ、私は自分の寝室へと戻った。
☆☆☆
その夜、私は夢を見た。
銀髪の男の人が私の前にいる。
私は、そのたくましい腕に抱かれて横になっていた。
「リニア……死なないでくれ。お前がいなくなったら、俺は……」
とても悲しそうな顔。
そのエメラルド色の瞳から、涙がこぼれる。
「悲しまないで……」
私はとても苦しそうな声で、でもはっきりとそう言った。
多分、私は死ぬ。
それがわかっていた。
「リニアッ! 俺は、お前を失いたくないんだ!」
涙を拭おうともせずに、彼は私に声を掛け続ける。
でも私は、優しく微笑んで、力を振り絞ってその顔に手を伸ばす。
「大丈夫……この身体が滅んでも、またあなたに会うために生まれ変わるわ……だから……」
彼の頬に手をやり、その涙を拭い、体温の温もりを感じる。
それは死に際し、彼のことを魂に刻み付けようとするかのようであった。
彼はもう、言葉を発しようとしない。
「……だから……私を……探して……生まれ変わった……私を……」
そして彼の名前を呼ぼうとしたが、そこで私の生命は尽きた。
手が彼の頬から離れ、力なく落ちる。
「リニアァァァァァァ!」
彼の叫びを聴いたのを最後に、私の意識は闇の中へ消えていった……。
チュンチュン。
窓の外で雀が鳴いている。
窓のカーテンからこぼれる光が、もう朝だということを教えていた。
「えーと……」
目が覚めた私は、頬を伝う涙の冷たさに気付いた。
「なんだかなぁ……。まさか私が勇者リニアになる夢を見るなんて」
頬の涙をパジャマの袖で拭きながら、ベッドの上に起き上がる。
しかし、妙にリアルな夢だった。
じいちゃんに勇者リニアの話なんかされたからかなぁ。
なんか、朝から悲しい気分や……。
☆☆☆
「どれティアラ、用意は出来たか?」
旅の支度をしていた私のところに、様子を見にじいちゃんがやってきた。
「うん、どこから見ても魔道士でしょ?」
クルリと1回転して、白のマントをなびかせてみせる私。
じいちゃんがしまっていた魔装具を引っ張り出し、そこから首飾りと腕輪を取り出して身に付けていた。
そして上はベストを着て、下は長めのズボンを履いている。
「ふうむ、悪くはない……がしかしだ」
マジな顔で、じいちゃんが私の姿を見つめる。
「何? どっか変?」
「ズボンではなくスカートにせんかっ! しかもミニにっ!」
ボグッ。
私の肘撃ちがじいちゃんの脳天に決まった。
「……お茶目な冗談じゃないか……」
そうつぶやくじいちゃんだったが、私は構わず用意を続ける。
服、よし。荷物、よし。
用意を全て終えて、家の外に出た。
「よいかティアラ。まずはまっすぐ隣町の魔道士協会に向かい、手紙を届けてくれよ」
「はーい」
「手紙を届けてしまえば、後は好きにすればいい。魔力を上げるアイテムを探してもよいし、高位の魔道士を尋ねても良かろう」
「はーい」
「路銀は渡したのが全てじゃからな。少しづつ、大事に使え」
「はーい」
「ワシからは以上だが、よいな?」
「はーい」
「……マジメに聞いてないな?」
「はーい」
「ティアラ! 一応別れの時なんじゃから、マジメにせんかっ!」
怒るじいちゃんの顔を見て、私はちょっとだけマジな顔に戻る。
「……大丈夫。心配しなくていいから、私のいない間くらいレミィさんとイチャついてていいよ」
「バカタレが……」
私の言葉に、じいちゃんの顔が笑顔に戻った。
「はい。それじゃティアラ・デスティニー、旅立ちます!」
ビシッと直立不動の状態で挨拶して、私は一歩を踏み出した。
「頑張るんじゃぞ〜」
見送ってくれるじいちゃんの声が段々と聞こえなくなっていく。
これから、私の旅が始まるんだ。
私の、力を見つける旅が……!
第一章へ続く。
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