しのぶたんふぁんたじー第1話
「おおしのぶよ、しんでしまうとは何事だ」
written by 李俊
「……よ」
う……ん。
「……めよ」
うーん、まだ眠いよ……。
「……目覚めよ」
なによぉ……もう朝なの?
「勇者よ! 目覚めよ!」
がば!
私は普段は目覚めがいいわけではない。いや、かなり悪いって言った方がいいかも。
でも、今はすぐ起きた。
それは、普段起きる時に聞くノエルの声じゃなかったから。
そう、例えれば、ちょっと偉ぶった小さな女の子の声。
「やっと目覚めたか、勇者よ」
「そうそう、こういう声だったわ……ってアレ? なのちゃん?」
私の目の前にいるのは、同級生の高町恭也君のその妹、高町なのはちゃん。
私が普段呼んでいる呼称が、なのちゃん。
しかし……なんという格好をしているのだろう。
例えれば……そうね、王様の格好かな。
変なマントを着け、周りにじゃらじゃらーと貴金属をまとわらせてる。
「勇者しのぶよ……死んでしまうとは情けない」
「は?」
「もはや期待出来るのはお主しかおらぬのだ。こんなすぐに死んでしまうようでは困る」
……死ぬ? 勇者? 何それ?
頭の中がクエスチョンマークが渦巻く。
んー考えろ考えろ忍、こういう時は……。
ポクポクポク……と一休さんの木魚の音が鳴り出した。
もちろん、私の心の中で。(実際に鳴り出すわけないでしょ)
チーン!
「そうかあ、これって夢なのよね」
簡単な答えだった。
だって、昨日はずっと買ってきたゲームをやってて、何だか眠くなって布団に潜り込んだんだもの。
それがいきなり目覚めて、目の前にコスプレしたなのちゃんが出るわけないもの。
それにほら、周りを見てみれば、中世風のお城の中みたい。
こんなの見たら、誰だって夢だって思うって。
「……ふむ。生き返ったばかりで混乱しておるようだな」
王様姿のなのちゃんは、私の『夢なのか』って言葉に反応したようだった。
ほう、これはリアルね。私の言葉にちゃんと反応する夢なんて、ホント久しぶりのような……。
「勇者よ。夢と思うなら頬をつねってみるのだな」
「え? いいの?」
私の言葉に、なのちゃんは頷いた。
「いいから早くやるのだ」
そう言われては、やるしかないわね。
「じゃ、やるわね。えい!」
「痛い痛い! ……馬鹿者! 何故に余の頬をつねる!」
いやあ、お約束かと思って。
その言葉は出さずに、今度は本当に自分の頬を、思いっきりつねってみた。
「……いったぁぁぁっ!!」
い、痛い。
正直、こんなに痛いものだとは思わなかった。
割り箸を鼻に突っ込むような……ってそんなのとは違うって。
そう、違うのよ。痛いのよ、ええそりゃもうジンジンと。
と、いうことはなのよ。
「ほら、夢ではなかろう?」
なのちゃんに嬉々として言われるまでもなく……私は呆然。
何? 何なの? これは現実? ということは……。
「これはドッキリカメラね!」
「……言ってることがよくわからんが、多分違う」
あっさり否定されてしまった……。
じゃあ、何? これまでの私の記憶は? 月村忍の18年間は何?
しかもさっき、なのちゃんが言った『死んでしまうとは何事だ早くもう一度初めからやーろーうー♪』って違う! それはドラクエの歌!
『ドラクエ1の街のテーマに乗せて、レッツシンギング!』
みがまえるよりー はやくー
こうげきされては こまるーのーよー
てきをやっつけてー ゴールドかせげー
ロトのー うまれーかーわりなのさ
しんでしまうとはー なにごとだはやくー
もういちどはじめから やーろーうー
ああっ! もう頭の中でエンドレスで流れる曲!
違う! 『死んでしまうとは情けない』だって!
じゃ何? 私死んだの? じゃここは天国? 地獄?
「勇者よ……何を涙流しながら身悶えているのだ」
「あ、あうあう〜。なのちゃんヘルプ〜」
もう全く平静さをなくした私は、ガシッとなのちゃんのマントにしがみついてしまう。
「貴様! 勇者とはいえ、なんと無礼な!」
横から、そんな声が。
……今まで気付かなかったけど、なのちゃんの左右に、鎧を着込んだ兵士がいた。
今、声を出したのは右の方の兵士らしい。でも2人とも、私の知らない顔だ。
「えーん、助けてー。怖いよー」
「勇者よ! いつまでそうやっている!?」
なのちゃんがついに怒った。
……晶やレンちゃんを怒る時の顔だ〜。あぅ〜怖いよ〜。
そんな時、別な人の声が。
「ナノーハ、お待ちなさい」
……この声、聞き覚えある。
「母上?」
なのちゃんが振り向いた先には、彼女のお母さん……桃子さんが立っていた。
「桃子さん?」
しかし、桃子さんは私のその問いかけには答えず、しずしずとこちらへ向かって歩いてくる。
豪華なドレスに身を包んだその姿は、神々しささえ感じさせる……。
「ナノーハ、勇者殿は、生き返ったことによる副作用で記憶が混乱している様子。説明をしてあげた方がよろしいのではないですか?」
言われて、なのちゃんは少し不満そうな顔をしながらも、ゆっくりと頷いた。
「では、こと細かく説明をしてやろう。しっかりと聞くのだぞ」
「はい〜」
……なのちゃんの説明で、分かったこと。
この国の名は、ハイシティ。
なのちゃんそっくりの女王ナノーハ様が治めるその国は、お菓子の国。
……と言っても、王族が菓子職人の技術を持ってて、街に菓子屋さんが多いってだけ。
最近まで、戦争などもなく平和だったそう。
ところが、少し前に魔王を名乗る者が現れ、ナノーハの姉をさらっていった。
「……王位継承権とかどうなってるの?」
「義理の姉なのじゃ。血が繋がっておるわけではない」
このことでどーやらその姉は美由希ちゃん(そっくり)だろうな〜ってことが分かったけど。
で、魔王が去り際に残した言葉を、なのちゃんの母上、モモコ様が聞いてたらしい。
ああ、ちなみにモモコ様は先代の女王で、現在は王家の菓子技術を研究する立場にいるんだって。
それで、魔王の言葉なんだけど……。
『姫を返してほしくば、裏山を超えたところの土管の中の私の城まで取り返しに来い。
ただし、屈強な者たちでなければたどり着くことはかなわぬであろう。はっはっはー』
とのこと。
「……土管の中?」
「うむ。間違い無く、土管の中、と言っておったらしい」
どういう魔王なんだか。
そこで、なのちゃんは姫を取り返しに行ってくれる勇者を募った。
……だが。最近まで平和ボケしてた国、そう簡単に屈強な勇者が現れるわけもなく、魔王に挑もうなんて考える者もなく。
ようやく集まった者も、農村のグータラ息子やら、菓子職人やら、引きこもりやら。
到底、魔王の城に辿り着けそうになさそうな者ばかりだった。
そこへ彗星の如く現れた、旅の勇者。
その者が剣を振えば星が煌くようで、魔法を唱えれば瞬時に大火球を生み出す。
「それがお主じゃ」
「……はあ」
ぜんっぜん、ピンと来ない。
運動は苦手だし、勉強は一応出来るけど魔法なんて知らないし。
そんな私が、勇者? 剣も魔法も凄いって?
何か変。やっぱり騙そうとしてるんじゃないか、とも思えてくる。
なのちゃんの説明は続く。
「……そういうことで、城内で1、2を争う屈強な兵士も護衛に付け、送り出したわけだが。
3日もしないうちに死体となって帰ってくるとは思わなかった」
「それは面目ないです……」
って何で私が謝る。
……謝っていいのか。一応私なわけなんだし。憶えてなくても。
「全く、機械人形がお主の死体を持ってきた時は、どうなることかと思ったぞ。生き返らせた神官に感謝するのじゃぞ」
「はあ……」
……ん? 機械人形?
「申し訳ないですけど、その機械人形って……」
私の言葉に、なのちゃんは少し眉を潜めた。
「なんじゃ、それも忘れたのか? お主が連れていた機械人形ではないか」
「もしかして、ノエル?」
「ふむ、確かそんな名で呼んでいたはず」
ノエルが、いる。ここにいるんだ。
「今、どこに?」
「少し休息が必要と言っておったから、宿直の部屋を貸してあるが」
ずどどどど……
私はなのちゃんの言葉を聞くやいなや走り出していた。
「こら! どこへ参る!?」
「ノエルに会ってきます!」
びっくりして問い掛けるなのちゃんに一言言って、私は外に飛び出した。
ノエル! ノエルがいる!
ノエルに会えば、私のことが、元の世界のことが分かるかも!
宿直の部屋に行けば……ノエルが……宿直の部屋……。
……ハァ、ハァ、ハァ。
「おや? どうした、戻ってきて」
先ほどの場所に戻ると、なのちゃんが不思議な顔で出迎えた。
そりゃそうよねぇ、出てってから3分も経ってないから。
私はハァハァと息を切らせて、女王に尋ねる。
「ハァハァ……あの、宿直の部屋ってどこですか?」
場所も分からずに飛び出してしまっていたのだった。
☆☆☆
案内の兵士に連れられて、私は宿直の部屋まで歩く。
ゆっくり歩く兵士に、『もっとスピード上げなさいよ〜』と言いたかった。
でも一応自粛。
「……ここが宿直の部屋だ」
ようやくついた部屋の扉を、兵士が開ける。
私はそこで鎖を解かれた犬のように駆け出していた。
「ノエル!」
部屋に入り、中を見回す。
いくつも並べられたベッドの中に、見知った髪の色があった。
「ノエル?」
近付いて声を掛けるが、返事がない。
目を瞑り、眠っているかのように見える。
だけど、ノエルが人間のように眠ることはない。
「ノエル……起きなさい」
私は、イヤな想像をしながらも、ノエルに言葉を掛ける。
もし、このまま動かなかったら……。
考えたくなくても、どうしても考えてしまう。
今はこの世界に、私のことを知ってるのは私ひとりしかいない。
なのちゃんや桃子さんにそっくりな人はいるけど、彼女たちは中身は別人だ。
でも、ノエルがいれば、なんとかなる。
小さい頃から、ずっと一緒だったのだから。
ノエルさえいれば……。
「……おはようございます。忍お嬢様」
ノエルの口から、その言葉が返ってきた時。
私は思わず、ノエルに抱きついていた。
「ノエル〜!」
ノエルは、元の世界のことは知らないようだった。
なのちゃんのようにノエルも、この世界で生きてきた。
……そのことについては、少し落胆してしまう。私の記憶が偽りの物ではないという確証が欲しかったから。
でもこの世界でも、ノエルはずっと私に仕えてきたことは、変わっていない。
彼女の性格も、私の知ってるノエルそのままだった。
「……私には、忍お嬢様のその記憶が偽りか真実かは分かりません。ですが、お嬢様の言葉は信じます」
「ありがと、ノエル」
ノエルのその言葉が、とても嬉しかった。
「そういえばさ」
旅支度を整えながら、私はノエルに言葉を掛ける。
……一応、こっちでは私は『勇者様』らしいので、姫様救出の旅をしなくちゃならない。
ま、ノエルもいるし、ちょっと楽しそうだし、いいんだけどね。
「……なんでしょう?」
旅の服の下に鎖かたびらをまとったノエルが、こっちを向く。
私は、疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「私ってどうして死んだの?」
そうなのだ。
ノエルが側にいながら、しかもなのちゃん女王が屈強な兵士2人を付けてくれていながら、私が死んでしまうのが少し分からなかった。
しかも、前の私って剣も魔法も達人だったわけでしょ?
……ノエルは少し考えてから、口を開いた。
「あまりこういうのも何なのですけど……原因は女王の付けた兵士2人なのです」
「兵士が?」
「はい」
ノエルは、その時のことを語り出した。
「あれは、隣りの街へと繋がる洞窟に入った時のことです。
兵士2人……名をアドンとサムソンというのですが、彼らが洞窟内で現れたゾンビに手を出したことがきっかけだったのです」
「ゾンビ?」
「はい。……今のお嬢様は知らないかもしれませんが。
ゾンビは単体だと弱いのですが、瞬殺で頭を潰すか、戦わずに逃げるかしないと、彼らは仲間を呼ぶのです。
彼らはそれを知らず手を出し、大量の仲間を呼ばせてしまいました。
アドンもサムソンも、ゾンビたちに襲われ命を落としたのです」
……ふーん、ここらへんはTVゲームとは違うのね。気をつけよう。
「じゃ、私もゾンビたちにやられたの?」
私のその言葉に、ノエルは首を振った。
「いえ、何とか洞窟の外まで逃げ戻れました」
「あれ? じゃ、何で死んだの?」
「……外に出てホッとしたのか、お嬢様は近くの大岩に腰掛けました。
しかし、その岩はバランスが悪く、大岩と忍お嬢様は崖下に転げ落ちて……。
私が辿り着いてみると、お嬢様の身体の上に、見事に大岩が乗ってまして」
……アホね。実にアホな死に方だわ。
「腰掛ける時はちゃんと安定してるか確認してからってことね」
「そういうことです」
☆☆☆
「良いな、もはや死体で戻ってくることなどないように」
なのちゃん女王にそう言われ、私とノエルは城を後にする。
……新しく兵士をお供に付ける、と言われたのだけど私は断った。
この城の兵士は、外の世界に関してはまったく使い物にならない。ノエルの話から、そう判断した。
それなら、ノエルと2人の方がよっぽど気楽で行ける。
「さあ、ノエル。お姫様を助けに行きましょうか」
「はい、忍お嬢様」
こうして、私の不思議な旅は幕を開けた―─―─
……第2話「敵〜敵だよ〜ノエルに任せて逃げ回るよ〜」に続く。
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