僕は、教室に入ると、ぐるっと見渡してみる。
…やはり、今日は雰囲気が違う。
すでに多くのチョコレートを貰って個数を数えている者、誰々からもらったぞと自慢して回る者、一個も貰えずフテ寝してしている者…。
女子の方でも、小さいチョコをばらまいている者、誰に渡したとか話し込んでいる者、様々だ。
ちなみに僕は、去年まではフテ寝しているタイプだったのだが…。
「祐介さん」
不意に横から、声をかけられた。
「あ、瑞穂ちゃん」
そこには、両手で小さな箱を持った、瑞穂ちゃんがいた。
「あの、これ…私が作ったんです」
茶色の箱に赤いリボンとつけた、可愛らしい箱を渡される。
「瑞穂ちゃん…ありがとう」
そう。今年は僕にとって、近年まれに見るチョコレート当たり年なのだ。
その第一弾が瑞穂ちゃんである。
「ブランディー入りなんです…お口に合えばいいんですけど」
照れているのか、瑞穂ちゃんは上目づかいに僕を見てそう言った。
「大丈夫、瑞穂ちゃんの作った物なら、おいしいはずだよ」
「そう言ってくださると、嬉しいです」
ふっふっふ、まずは一個目ゲット。
☆☆☆
次は、昼休み。
「はい、長瀬くん」
昼食を食べ終わった僕のところに、太田さんが来た。
差し出されたその手には、小さい包みがある。
「…え? 僕がもらっていいの?」
太田さんから貰えるとは、正直思ってなかった。
「勘違いしないでね、ただの義理よ」
「はは、それはわかってるよ。…ありがとう」
礼を言って、それを受け取る。
「いえいえ」
そう返事をして、太田さんはパタパタと去って行った。
僕はそれを見送ると、貰ったチョコに目を落とす。
それは、太田さんらしいおしゃれな包みに包まれていた。
さすがに中身は市販品のようだけど、義理だと言い切っているから、まあしょうがないところだろう。
月島さんには、手作りの物をあげるのだろうか?
…僕は、悪戦苦闘しつつチョコを作る太田さんを想像して、ひとり微笑んだ。
「…何だか、いやらしい笑いねぇ〜」
「えっ!? だ、誰?」
不意に声をかけられ、振り向く僕。
そこには、口に手を当てて笑いを堪えている、沙織ちゃんがいた。
「あ、沙織ちゃんかぁ…」
沙織ちゃんは、僕の席の前にある椅子に座る。
「ダメだよ祐くん、いやらしい想像しちゃ」
「い、いやらしいなんてそんな…」
慌てて首を振る。
「太田さんにチョコ貰ってニヘニヘ笑ってるなんて…」
「ち、違うよ、別に変なこと考えてたわけじゃないってば」
それを聞いて、沙織ちゃんは小首をかしげ、
「ホント?」
と聞いてきた。
「ホントだってば…」
「じゃあ、証拠は?」
僕の目をじーっと見る沙織ちゃん。
僕は目を逸らしたい欲求に狩られたが、後が怖いので止めておいた。
「祐くんの言葉を証明できるものは?」
沙織ちゃんは、身を乗り出して、そう聞いてくる。
「そ、そんなこと言われても…」
いきなり、証拠うんぬんと言われてもなぁ。
「ないんじゃ、信用できないな〜」
沙織ちゃんは、プイとそっぽを向いてしまった。
うう…しょうがないなあ。
「…え、ええと…僕には、沙織ちゃんっていう立派な恋人がいるから…っていうのは…ダメ?」
言われた沙織ちゃんは、頬を染めて
「…う…そう面と向かってはっきり言われると、照れちゃうな…」
「僕も恥ずかしいよ」
照れ隠しにコリコリと鼻の頭をかく。
「…うん、信じてあげる」
にこりと微笑む沙織ちゃん。
僕は、それを聞いてホッと一息。
「じゃ、正直者の祐くんに、チョコレートをあげる」
沙織ちゃんは後ろに回していた左手を、僕の目の前に出す。
その手には、鮮やかな色使いの包装紙に包まれた箱があった。
「沙織ちゃん…ありがとう」
「祐くんのために特別に作ったんだよ。名付けて『ハイパードライブ火の玉チョコレート』!」
「そ、そのネーミングは何だかなぁ…」
何だか、腹の中で跳ね回りそうな名前だ。
そんな僕の不安を読み取ったのか、沙織ちゃんが補足した。
「味は普通のチョコレートだから、安心していいよ」
「味は…って…」
余計不安になってしまう。怪しいものが入っているとか?
「あ、材料も普通のチョコレートだし、形もただのハート型だから。ただ…」
そこまで言って、沙織ちゃんは口篭もる。
「ただ…何?」
僕が続きを促すと、沙織ちゃんは、ボソボソと呟くように続けた。
「えっとね…。上に、『祐くん好き好き大好き〜』って、書いてある…だけ…」
顔を赤くしながらそれだけ言うと、沙織ちゃんはうつむいてしまった。
…僕も顔が熱い。
「そ、そうなんだぁ…」
それだけ言うのが精一杯だった。
「…は、恥ずかしい〜っ!」
恥ずかしさにいたたまれなくなったのか、もの凄い勢いで走り去ろうとする沙織ちゃん。
「ああっ、沙織ちゃ〜ん! 人を撥ねないでね〜」
ずどどどどげしっどどどどどめきょっどどどどどどあべしっどどどどどどどひでぶっどどどどど…。
僕の忠告も沙織ちゃんには届かず、彼女は次々と生徒を撥ね飛ばしながら見えなくなっていった。
後に残ったのは、僕と撥ね飛ばされて重体の生徒数名…。
「沙織ちゃん…ありがとう。ありがたく頂いておくよ」
…僕はあえて目の前に広がるその惨状から目を逸らした。
「うおお…助けてくれぇ」
「腕の骨が折れたぁぁぁ」
「血が、血がぁぁぁ」
「さ、三途の川が見える…」
☆☆☆
そして放課後。
僕は何かに導かれるかのように、屋上へ向かった。
そう…これは、彼女が呼んでいるんだ。
ギギィ…。
ドアを開けると、そこにひとり、こちらを向いて微笑んでいる少女がいた。
「…長瀬ちゃん」
「瑠璃子さん…」
そう…瑠璃子さんだ。
瑠璃子さんが、僕をここに呼んだのだ。
「これ…」
スッ…と、水色の紙の包みを僕に差し出す瑠璃子さん。
「えっ…」
「今日は、バレンタインデーだから」
瑠璃子さんは微笑み、僕に包みを手渡した。
瑠璃子さんが、僕にチョコをくれた…。
それだけで、僕はとても嬉しくなった。
「瑠璃子さん…ありがとう」
僕は、拝むように瑠璃子さんに礼を言う。
「なるべく早く食べてね」
「…え? なんで?」
「晴れた日はよく溶けるから」
ふひゅううううう。
2月の冷たい風が屋上を拭き抜ける。
今まで感じなかった寒さが、一気に僕を襲った。
…凍えるような寒さだった。
「瑠璃子さん、風邪引くから中に入ろうよ…」
「うん。長瀬ちゃんがそういうのなら」
僕は瑠璃子さんをドアに導く。
その間、今のが瑠璃子さん流のギャグだったのか、マジメな言葉だったのか、考えていた…。
☆☆☆
こうして、バレンタインという一大イベントは終わる。
今まで、ほとんどチョコを貰えなかった僕だったので、今年はなおさら嬉しかった。
来年もまた、貰えるといいな…夕日を見ながら、そんなことを考えていた…。
「ん〜? 何だ祐介、遠い目をして」
「…叔父さん?」
「おう、チョコレート貰ったのか? 叔父さんにも一個分けてくれよ」
「ダメです!」
「いいじゃないか、それだけあるんなら…」
「ダメったらダメです!」
「せめて一口だけでも…」
「絶対あげませんってば!」
えんど。
あとがき
よく考えりゃ、今年のバレンタインって日曜日じゃないか。(^^;
あっはっはっはっは〜。