揺れる想い

written by 李俊

「ただいま…」
バイトから疲れて帰った俺を出迎えたのは…。
「おかえりなさい♪ ご飯にします、お風呂にします? それとも…わ・た・し?」
目の前に広がる異様な光景。
そこには、『裸エプロン姿で手におたまを持った』九品仏大志が、微笑みを浮かべて立っていた。
「んがぁぁぁぁ!? 何だ大志〜っ!? 何の真似だぁぁぁっ!?」
ずざざざざぁぁぁぁっ。
俺は思いっきり後ずさる。
「ふふふ、て・れ・や・さ・ん♪」
大志はそんな俺を見て、口に手を当てて不気味に(当人は爽やかにしてるつもりだろうが)笑った。
「や、やめろぉぉぉ!! 俺はノーマルだぁぁぁっ!!」
そんな俺の態度に、泣きそうな顔になる大志。
「そ、そんなヒドイ! 私とは遊びだったのねぇっ」
「遊び以前にお前とはそういう関係じゃないっての!」
しかし大志は、俺のツッコミは無視。
「じゃ、誰が好きなの!?」
ずいっと大志が迫る…って裸エプロンで迫るなぁぁぁぁ。
「お前にゃ関係ねえっ!」
ずりずりと壁を横に這いずりながら、大志との距離を取る…。
がしかし、大志も距離を離さずついてくる。(来るんじゃねーよ)
「言ってちょうだい! じゃないとあなたを殺して私も死ぬ!」
そう言って、手に持ったおたまを振りかぶる。
…おたまで殺せると思ってんのか? でも殴られたら痛いだろうな。
「何言ってんだよ、お前はっ」
「さあっ! はっきり言ってちょうだい!!」
大志は、俺のセリフは聞く耳ないようだ。
完全に一人で突っ走ってやがる。
全くもう…。
「…しょうがないな…聞けば諦めるんだな?」
頷く大志。
…しょうがねえな。
俺は意を決して、口を開いた。
「俺が好きなのは…好きなのは、瑞希だ」
「……」
無言の間。
「そうか、よく言ったまいぶらざぁ」
少し間を置いて、大志がそう言った。
さっきまでのオカマ口調じゃなく、いつもの口調で。
「へ?」
急に普通に戻った大志に、俺は戸惑う。
「我輩が本気でお前を好きなんだとでも思ったか?」
「な…なに?」
俺の態度を見てニヤリと笑う大志。いつものこいつだ。
「フッ、この格好もセリフも全て冗談だ」
「何だと〜!?」
冗談って…何のために?
「ちょっと同志瑞希に頼まれてな」
大志は俺の心の言葉に答えるように、そう言った。
「瑞希に?」
俺はますます混乱する。
がしかし、一応俺の貞操の危機は去ったわけだな。
ひとまず安心。
「フ、我輩もお人好しだな。今度のこみパで同人誌を買いまわってくれるという条件で、あっさり引き受けてしまった」
いや、大志にとってはかなりおいしい条件だと思うぞ、それは。
…しかし、瑞希もそんな条件を出すあたり、かなりマジで頼んだみたいだな。
こみパの込み様は以前経験してるはずだが…。
(大体、『込みパ』なんて当て字が使われるくらいだからな)
「じゃ何か? さっきのは全て演技だったってのか?」
俺は瑞希のことを気にかけつつ、とりあえずは目の前の大志の謎を解くことにした。
「当たり前だ。我輩の愛を捧げる方はただ一人、桜井あさひちゃんだけだ」
はあ。そですか。
「まあ、最初のセリフで『じゃ、お前にする』と言われたりしたらどうしようかと思ったが」
「言うかボケ」
俺は即答で答えた。
…考えるだけで寒気がするわい。
「では、ちょっと着替えさせてもらうぞ。さすがに我輩でもずっとこの格好は恥ずかしい」
はぁ、大志にも羞恥心はあったんだな。少し安心。

がさごそ。

大志は、自分で煎れたお茶をすすり、俺が買い置きしておいた煎餅をかじりながら、説明を始めた。
…人の家だと思ってねーな、こいつは。
「…つまりだな、同志瑞希はお前が『○モ』ではないかと心配してるのだ」
「『○モ』だぁ!?」

いきなり衝撃の言葉。
『○モ』。男が男を好きになるアレだ。
オカマと違うところは精神は男のままで男を好きになることだ。
別名、『○ぶ』とも言う。
この言葉の由来に演歌の某北島氏が関係しているというのは本当だろうか。
…まあそれはいいとして。

大志が説明を続ける。
「最近、我輩といる時間が長いだろう。それで少し不安になったのだろうな…」
つーかお前が変態だからだ。
しかし、瑞希は大志が『○モ』であるという考えには至らなかったのだろうか?
なんか納得いかないぞ。
「それで裸エプロンで俺に迫れって言ったのか?」
俺の問いに大志は首を振った。
「いや、それは我輩のアイデアだ。同志瑞希にはそれとなく聞いてみてくれとだけ言われた」
そーですか。
ま、瑞希がそんなこと言うようでは終わりだからな。
少しだけ安心。
だが…。
「はぁ…お前もよっぽどヒマなんだな」
俺の呆れた言葉には返事をせず、俺をじっと見る大志。
「…彼女にはっきり言わんのか?」
何を、とは言わないが、さっきの俺の言葉を指してることはすぐ判った。
だが…。
「いや。自分でも、気持ちの整理ができてるわけじゃないしな…」
逃げているのかもしれない。
しかし、今はまだ…はっきりしたことは言えない。
「お前には勿体無いくらいだろう。少し気が強いきらいはあるが、料理も出来るし世話好きだ。何も迷うことはないであろう」
「確かにそーなんだが…お前、以前は『女にうつつを抜かすとは』とか言ってなかったか?」
以前と言ってることが違わないか?
以前は「マンガ描け〜」「同人誌描け〜」と言って、他のことをやらせたがらなかったのに。
「まいふれんど、状況が以前とは違うのだよ。最近の彼女は同人に対する理解も少しづつだが増えており、お前にとって確実にプラスになる」
なるほど。
「現実的だな…」
思わず苦笑してしまう。
「お前の生活態度を見ていれば現実的にもなる。同志瑞希のセリフではないが、今お前に餓死されては困るのだ」
「はいはい」
手をひらひらとさせ、俺は大志の言葉を聞き流した。
「まあ、我輩で良ければ毎日お手製の料理を食わせてやってもい…」
「却下」
大志が全て言い終える前に即答する。
…何が悲しうて男の手料理食わねばならんのだ。
「冗談だよ、まい兄弟。では、我輩は帰るとするよ」
そう言って大志は立ちあがる。
「…もう変なことはやるなよ」
大志は、俺のその言葉に振り返り、ニヤリと笑うと…。
「努力しよう」
とだけ返答。
「やらんとはっきり言えっ」
…とは言ったものの、大志の奇行が改善されるとは俺には思えなかった。

靴を履き、ドアを開ける大志。
「ではさらばだ、まいふれんど」
「じゃあな」
ドアを閉めようとしたその時、大志が思い出したように口を開いた。
「あ、そうそう…キッチンにカレーがあるから、食べておくように」
バタン。
そしてドアが閉まった。
「あ、おい!?」

そして俺はその夜、大志お手製のカレーを食うハメになる。
ちなみに辛くて美味かった…。
3杯も食っちまったよ。

☆☆☆

次の日。
久しぶりに朝から大学へ行った。

「あれ? 瑞希か?」
昼飯を食うため、大学を出ようとした俺は、門のあたりで瑞希らしき人影を見付けた。
「あ、和樹…」
ん…? 何だか普段の勢いがないな。
「どうした瑞希、元気ないな」
「べ、別に普段と同じだってば」
慌てたような様子で答える瑞希。
もしや…。
「もしかしてアノ日か?」
ばちん!
左頬に衝撃が走る。
「…すまん」
「判れば、いいのよ」
フン、とそっぽを向いてしまう瑞希。
…しかし、どことなくぼんやりした感じだ。
「なあ瑞希、ちゃんと朝飯食ったか?」
「え? う、ううん。ちょっと食べたくなかったから、食べてない」
「だから元気ないのか」
「え、ええまあ…」
あいまいな返事。他に何かあるのか?
…ま、瑞希もいろいろとやることがあるだろうからな。
あんまり余計な詮索はしないでおこう。
それよりも…。
「しょうがないねえ瑞希ちゃん、今日はお兄さんが昼飯をおごってあげよう」
「え? どうしたの急に?」
俺の言葉に、瑞希はびっくりしたような顔をする。
「別に。飯作りに来たりしてくれてるだろ。そのお返しだとでも思ってくれ」
パチパチとまばたきする瑞希。
まさに、鳩が豆鉄砲食らったような顔だ。
「和樹…。熱ある?」
そう言って、瑞希は手を俺のおでこに当てた。
「…なんで人に飯おごる時に熱出さなきゃならないんだよ」
俺は、その手を振り払い文句を言った。
全く失礼だな…そんなにおかしいことかっての。
「なんか腑に落ちないけど。ま、おごってくれるって言ってくれるのを断る理由もないか」
「そういうこと。何食いたい?」
「そうねぇ…」
瑞希は腕組みして顎に手を当て、少し考える。
「『シュヴァリエ・ノワール』のフルコースが食べたいなぁ…」
「そーか、じゃあ今日はそこで食うか…ってお前! そこって高級フランス料理の店だろうが!」
ちなみにそこは1品3000円以上はするという話である。
…という話である、というのは入ったことがないからだ。
貧乏学生にどうやってそんな店に入れというのだ、バカタレ。
「えー? だって食べたいもーん」
俺が突っぱねたことに、瑞希は露骨に不満を言う。
「俺の財政も考えろよ〜っ」
あんなとこ、一品頼むだけでヒーヒー言うわい。
俺の返答に、瑞希は少し考え込む。
…よかった、考え直してくれるらしい。
「…じゃ、小吉ラーメンにしましょ」
少し間を置いて瑞希が口にしたその場所は、よく昼飯を食いに行ってるラーメン屋の名前だった。
「…かなりランクが落ちたな」
安い店を言われたので、安心する反面、俺は何か不満だった。
…安いのはいいんだが、その程度しか出せないと思ってるのか?
「和樹の財布の中身考えたら妥当なとこでしょ」
…どうやらそう思ってるらしい。
「いいのか? もう少し高くてもいいぞ」
「別にいいよ。久しぶりにキムチラーメン食べたいし」
明るい口調。普段の瑞希のノリだ。
ま、本人がいいって言うならいいけどさ。
「そうか、じゃ、行こう」
小吉ラーメンへ向かい歩き出す。
ふと横を歩く瑞希を見る…かなりご機嫌なようだ。
食べ物につられるとは、まだまだ若いのう。
まあ、こうじゃなきゃな。暗い瑞希なんて見たくない。

「そうだ、角煮も頼もうっと。いいよね」
瑞希は思い付いたように聞く。
「はいはい」
それに、俺は苦笑して答える。
「餃子も食べたいね」
「…へいへい」
「あとニラレバ炒めと、麻婆豆腐と、それから…」
「おいっ」
思わずツッコむ。
「え〜? 何でも頼んでいいんじゃないの?」
ぶーたれた顔をして不満を漏らす瑞希。
…すっかり元の瑞希だな。遠慮なんて全然してねえ…。
「いくらなんでも、そんなに食いきれるかっ」
「でも食べたいんだもーん」
やれやれ。こりゃダメだ。
俺は、瑞希が食いきれなかった料理を代わりに平らげる様子を想像した。
その想像が現実になるのは、ほぼ間違いないだろう…。

END


あとがき

ども。李俊です。
自身初のこみパSSとなります。
いかがだったでしょう?

実はこの話は瑞希クリア前に書き始めたので、途中で設定を変えてます。
瑞希のシナリオが予想とは違った物だったので。
なので途中、ちょっと無理があるところもあるかもしれません。

時期的には、瑞希が悩み出した時…のつもりです。
実際書きたかったのは前半だけで、後半はおまけみたいなもんなんですけどね〜。(^^;
想像力を駆使して読んでくださると不気味度200%アップです。(笑)

それでは、以下は語句の説明なぞを。

『シュバリエ・ノワール』ってのはオリジナルです。
どこを探してもこんな店出てきませんので、あしからず。
ちなみにフランス語です。
『シュバリエ』は『騎士』、『ノワール』は『黒』の意味です。
これのために1時間くらいネット上で調べました。(^^;

小吉ラーメンは、某輝いている季節で出てきたラーメン屋です。
キムチラーメンで有名な店ですねー。
キムチは乗せ放題、君も彼女に山盛りキムチラーメンを食べさせてあげよう♪
「ひんっ…」なんて泣いて喜ぶよ♪(爆)

ではでは皆様、ごきげんよー♪
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