夢ガカナウトキ
written by 八兵衛
「これより隆こみ1周年を祝し乾杯の音頭をとらせていただく、乾杯!」
「かんぱ〜い」
大志の音頭で宴が始まる。
「おめでとう、南さん」
今をときめく売れっ子コミック作家千堂かずきこと千堂和樹が傍らの女に優しく語る。
「ありがとう…和樹さん、あなたのお陰です」
男の祝福に少し顔を赤らめ女は答える。
二人が深く愛し合いながらもお互いの夢をかなえる為に敢えて別れてから、もう4年にもなっていた。
こみっくパーティーのスタッフだった南がまだ新人同人作家だった和樹と出遭ったのは遡る事5年前のことだった。
お互いの夢 ―南は自分で即売会を開く事、和樹はプロの漫画家になる事―
を語り合いながらも次第に意識し始め、和樹の一途な想いに彼を愛するようになった。
しかし南は突然の父の病気を期に大事な両親の為に故郷へ帰ろうと決心する。もしその事を和樹に言ったりしたら必ず自分の為に学校を辞めてでもついて行くと言うに違いない、そんなことをされたら絶対に彼の為にならない!そう思った南は和樹との関係を断ち、故郷へ帰ろうとする…だが和樹の必死の想いに別れきれず、互いに夢を叶えることを誓い故郷へと戻っていった。
故郷隆山で準備を進め、やっと即売会開催にこぎつけた時、かつてこみパで知り合ったスタッフや同人作家といった仲間達が駆けつけ、念願の即売会「隆山こみ」は当初の予想を上回る規模で開催となった。以後、回を重ねる事に規模は拡大し、
開催日には片田舎の温泉街隆山がひっくり返るまでになった。以上が同人誌即売会隆こみの現在へ至る成り行きである。
「でもよくやったわね、南」
南の先輩にして敏腕編集長の真紀子が声をかける。南が即売会をやるきっかけとなった人物である。
「ホンマにやってまうなんて牧やんは偉いやっちゃなぁ」
「ホント、どっかのパンダとは大違い」
「な、なんやてぇ〜!」
こみパ屈指の有名作家、由宇、詠美の喧嘩コンビは未だ健在である。二人は隆こみ開催の話を耳にするや真っ先に参加し、隆こみの客寄せに大いに貢献するだけでなく、時々開催の仕事を手伝うようにもなっていた。
「まさかここまで大きくなるとは思ってなかったわ」
南の旧友にして地元屈指の名士、鶴来屋会長の千鶴である。隆こみ開催にあたっては鶴来屋の協力も忘れてはならない。第1回目から遠方の参加者の為にバスツアーを組んでくれたり、規模が大きくなると会場を貸したりと、千鶴は親友の夢に協力を惜しまなかった。この打ち上げも柏木邸で行われている。
「ごめんね、こんな事に協力させちゃって…」
「牧ちゃん、いいのよ。隆山に人がいっぱい集まれば、私達鶴来屋としても充分採算がとれるから」
現に不景気で客足が遠のき気味であった隆山に突如万単位の人間が押しかけてくるようになったのである。即売会の前後には宿泊客も増え、その経済効果は不景気の隆山に再び活気が戻った程であった。
しかし、いくら親友とはいえ自分の会社を動かしてまで助けようとは思う筈もない。その裏にはこの件を千鶴に持ちかけた人物がいたのだった。
「もっとも、あの方が話を持ちかけないとここまではやらなかったわ。そうですね、くしなぶつさん」
「くほんぶつ、です。覚え難ければ大志で結構ですぞ」
千鶴に鶴来屋の隆こみ協賛をそそのかし…もとい持ちかけた張本人、九品仏大志である。
「同人ビジネスは今まさにベンチャーなり、ベンチャーの恩恵をうけるのは一番に始めた者のみ。よって柏木会長の先見の明には感服ですな」
「私はあなたの舌先三寸に騙されただけですよ」
「ご謙遜、恐れ入ります」
この男、本気でおたく産業を制覇するつもりなのだろうか。
「おめでとうといえば千紗ちゃん、大検合格おめでとう」
「は、はいっ、ありがとうございますですぅ」
塚本印刷が倒産して数年後、鶴来屋の出資により塚本印刷が隆山で再建された。以後、その良心的な値段と迅速な仕事と隆山にあると言う地理的条件で隆こみ御用達の印刷所として隆こみの発展とともに繁盛していった。倒産により高校中退の憂き目をみていた千紗だったが印刷所の経営が安定するに至って大学に入れるようになったのだ。
「次は受験だけど、千紗ちゃん頭良いから大丈夫ね」
「これも九品仏のお兄さんと千鶴お姉さ…ごめんなさい、柏木会長のお陰ですぅ、千紗幸せですぅ、本当に本当にありがとうございますです。」
倒産した塚本印刷を拾ったのは大志の案によるものであった。
「お姉さんでいいわよ、千紗ちゃん」
「我輩の野望の達成には君のお父上のように同人印刷への理解ある印刷の達人が必要なのだ。今後ともお父上には野望の為、働いていただく。君も手伝ってくれたまえ」
「はいですぅ☆」
九品仏の合理的計算によるものか情によるものかは知らないが、世間の冷たい風に震えていた子猫はここ隆山の地に暖かなる安住の地を得たのだった。
「全てが上手く行って…私、少し怖いくらいです」
「怖くはないよ、みんな南さんだからやれた事なんだから」
南の言葉に和樹が優しく語る。
「私の力なんて…皆さんのお陰です」
「確かにみんなの力があってできたこと。でも、南さんだから、南さんの為だからこそ、俺もみんなも力になったんだよ」
「和樹さん…」
現に南のこみパでの人脈とその人柄により数多くの協力者が名乗りを挙げ、それが隆こみの原動力となったのである。
「そういや和樹、あんたの作品が今度アニメ化されるらしいな。本作ったるよってに楽しみにしててや」
「あ、ああ」
「よっしゃっ、著作者の許可をもらったっちゅうことは版権許可や。本を売りまくって大儲けや〜」
「お前なぁ…」
和樹はといえば南と別れて暮らすようになってからも努力を惜しまず、遂にプロデビューを果すや確実に人気が上がり、今や漫画家千堂かずきといえばおたくならずともよく知られる漫画家となっていた。プロになってからも隆こみには必ず新刊を携え参加していた。
「私の夢がかないました。そして和樹さん、あなたもですね」
「は、はい、ええ…」
春こみの後、夕日に染まる駅のホームで互いの夢をかなえると誓い合ったあの日から4年。南と和樹、二人はそれぞれの夢を手にすることができた。だが、和樹は一つだけ、しかし一番大事な夢が残されていた。
「クスクス…そうですか。じゃあ和樹さんは…」
打ち上げが始まってからずっと南と和樹は世間話など取り留めの無い会話をしていた。
「あら、和樹さん。どうかしたのですか?」
「いいや、別になんでもないよ」
和樹の方は少し落ち着かない。何か言いたい事が言えずに困ってるような表情をしつつ会話を続けていた。
「あの…」
「はい、和樹さん」
「いいえ、何でも…」
和樹は何か南に言いたい事があるのだが言い出せずに時間ばかりが過ぎていった。
「ねえねえ、南さん。和樹が大事な話があるんだって」
見かねた瑞希が南に話を持ちかける。
「お、おいっ、お前、いきなり何を…」
和樹は顔を赤らめ否定しようとする。
「今、言うって決めたのはあんたじゃない。言いなさいよ!」
「この期に及んで臆したか、マイ同志よ」
「男やったらビシッと決めたらんかいっ!」
「みんなに言うって言っといて言わないはないでしょ〜」
周りは和樹を囃し立てる。
「わ…わかったよ」
観念した和樹は南さんの顔をじっと見ながら口を開いた。
「南さん、大事な話があるんだ」
「はい、何でしょう?」
和樹の思い詰めた表情にも介さず、南は平然と聞く。
「あのさ、南さんの夢はかなったよね」
「はい、お蔭様で。そして和樹さんもですね」
南はいつものように穏やかな表情で答える。
「俺は、まだかなってない夢があるんだ」
「和樹さんはもうプロになりましたよ」
和樹の言い回し的表現に気付かないのか南は平然と当たり前の事を言った。
「それも大事だけど、俺にはまだやり残した夢があるんだ」
「そうですか、私にできることでしたらお手伝いさせてくださいね」
和樹は南一流のボケボケ振りにもひるまずに言う。
「南さん…あの時、4年前の春こみの後で駅のホームでの事、覚えてる?」
「ええ、覚えてますよ…」
南は4年前のあの出来事を懐かしむように回想していた。
「あの時、あなたと本当にお別れするつもりでした。それがあなたの為だと…辛い事ですがそう決心しました」
当時の辛い決心を思い出し、南の瞳にうっすらと涙が満ちてきた。
「それなのにあなたは…えっ?あなたの夢って…」
ようやく和樹の言わんとしている事に気付く南。
「そうだよ。俺、本気で南さんが好きだ。だから例え大学も漫画も全てを捨ててでも南さんとずっと一緒にいたかった、別れるなんて絶対にイヤだった。でも、お互いの夢をかなえるまでは離れてがんばろうって約束した。そして南さんは故郷で即売会を開く事が出来た、俺も大学を卒業してプロの漫画家になれた。俺…あの約束があったから今まで頑張れたんだ。俺の本当の夢は、あの時の約束を果す事なんだ」 和樹は夢中になって南への想いを語った。南は夢心地でそれを聞いていた。
「南さん」
「は、はいっ」
急に会話を振られ動揺する南。
「やっと、約束を果す時が来たよ。約束どおり…」
「………」
一刹那の沈黙。
「南さんと俺との夢がかなったから…南さん…やっと一緒になれるね」
「かず…きさ…ん」
南の顔が真っ赤になる。
「大学も出てプロとしても充分にやっていける事だし、俺はここで、南さんの傍で漫画が描きたい。隆こみも手伝いたいし、何よりずっと南さんの傍にいたい」
「私…私…」
恥じらいと衝撃と興奮と顔の紅潮とで南の瞳は和樹の顔を直視できなくなっていた。そんな南の瞳を和樹は優しい視線でじっと見つめた。そして口を開く…
「結婚しようね、南さん」
和樹はそれを南に言うのが極々当たり前のことのように自然に優しくも穏やかに言った。
「はい…和樹さん…よろこ…ん…うっ、うう…」
瞳に涙を満たし南は和樹の愛の言葉に応えた。最後は涙で声にならなかったが。
周りから大歓声が上がる。
「おめでとう。こいつ、見てのとおりバカだけど悪いヤツじゃないから…どうか面倒見てやってね」
「全国屈指の即売会主催者と漫画家が組めば我輩の野望も達成されたも同然なり!」
「めでたいなぁ〜牧やん、ホンマにおめでとさん」
「本当にこんな男でいいの〜?まっ私には関係無いけど〜」
「お兄さん、南お姉さん、おめでとうございますですぅ〜」
「南、おめでとう。これからも頑張ってね」
「牧ちゃんも私と同じ年下の夫持ちね。媒酌人は私が引きうけるわ」
それぞれが、それぞれなりの祝福の言葉をかける。
「ありがとう…本当に…ありがとう…」
涙に濡れながらも南は笑顔で祝福に応えた。
「さて諸君、これより今隆こみのメインイベント、隆こみ主催者南女史とマイ同志千堂かずきの華燭の典を執り行う!」
大志が宣言するや会場全体から大歓声が上がった。二人の希望で自分達の即売会で結婚式を行う事になった。
ヴァージンロードならぬ会場通路を純白のドレス姿の南が和樹と共に歩いていく。両脇の長机には祝福の花々の如く彩り鮮やかな同人誌が、通路にはコスプレイヤー達が祝福の人々と共に並ぶ。この隆こみ参加者全てが二人を心より祝福していた。
「和樹さん、本当にありがとう。あなたのお陰で…私、幸せです」
傍らの和樹に南は語る。その左手には永遠の愛の約束が輝き、かつて始めて貰った愛の証もネックレスに姿を変え胸元で輝いていた。
「南さんがいたから俺もここまで頑張れたんだ。俺も南さんに感謝してるよ、ありがとう…これからも、よろしくね」
そう言うと和樹は南を優しく抱き寄せゆっくりと目を閉じる。南もそれに応え瞳を閉じた。やがて二人の唇が触れ合う。
会場の大歓声の中、二人の唇は永遠の愛を誓い合った。ずっと…
END
あとがき
どうも、ハチです。南さんエンディングの後日談ってことで『南さんのお陰でみんなが幸せになるの図』をイメージして書いてみました。しかし、表現力不足で情景描写が今一つでした。もっと本読んで勉強せねばと思います。こんなの書くとアンケートがまたヤバくなるんじゃない…か?皆さん千鶴さんにも投票して下さい(笑)
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