ささやかな祝福

written by 李俊

12月24日。
クリスマス・イヴ。
ある者は恋人と甘いひとときを過ごし、ある者は豪勢なクリスマスパーティーで騒ぎ立てる。
ある者は家族との絆を深め、ある者は稼ぎ時とばかりに仕事に精を出す。

そして私は…。

「何がかなしぅて、クリスマス・イヴに追試やらなきゃならないのよ…」
隣りの席にいる岡田の口から、ボソリと愚痴が漏れる。
今、私が考えていたことと同じようなことを考えていたのだろう。
言葉を言い終えて、『あっ…』と後悔した顔をする岡田。
その視線の先には、教壇に陣取っている先生がいた。
「ほら、岡田! ムダ口叩いてないで、とっととやれ!」
思った通り、先生がジロっと睨むようにして注意する。
「はぁ〜い」
対して全くやる気のなさそう声の岡田。
その声に先生の眉がピクッと反応したように見えたが、先生はそのまま押し黙った。
こんな日にやりたくないのは、先生だって同じなんだろう。
松本の話じゃ、恋人と歩いているところを見た人がいるって話だし。
夜にデートでもするんだろうか? いつもよりどことなく着飾っている感じがする。

そう。私たちは今、英語の追試の最中。
ここには、期末試験の英語が赤点だった者が集められている。
今回は、不覚にも私も赤点だった。

「吉井ちゃん」
ふいに、後ろから小声で名前を呼ばれた。
後ろに座っているのは松本のはず。
どうせまた、答えを教えてって言うんだろう。
「問5の答え教えて〜」
ほら来た。
私は溜め息をつきながら、メモ用紙をしたためてこっそりと後ろに渡す。

…実際の試験の時にこんなことやったら即停学だろうけど。
今日は追試とは名ばかりで、実際は期末試験が悪かった者の補習的な意味合いが強い。
だから、監督の先生もよっぽどのことがないと注意しないし、生徒も答えを教え合ったりしている。

「さんきう〜吉井ちゃん〜」
いつもの『脳天気』な声で礼を返す松本。
礼なんていいから、たまには教える立場になって欲しいものだ。

☆☆☆

「よーし、時間だー。一番後ろの者は用紙を集めろー」
先生の声で、試験の時間が終わった。
あちこちで、歓喜の声が上がる。
「いやぁ〜終わった終わった〜」
岡田も、背伸びをして開放感を示す。
「岡田ちゃんはアレっしょ。これから数学の補習〜」
松本が珍しくツッコミの言葉を吐く。
「…うっさいわね〜。あんたもそーでしょうが。この全教科赤点娘」
「え〜。歴史はギリギリセーフだったもん〜」
「ちょっとは勉強しなさいよー」
「勉強嫌いだも〜ん」

他愛のない会話。
一年の時から続いている関係。
不満はない。
とてもいい関係。
バカにし合ったり、一緒に遊んだり、悩みを聞いたり。
でも…。

「どしたのよー吉井。あんた元気ないわよ」
「吉井ちゃん、テストが悪かったとか?」
「あんたと違うわよ」
岡田と松本が、私の顔を除き込む。
「そ、そう? 元気ないように見えた?」
元気を装って返事をする。
岡田は怪訝そうな顔をして、口を開く。
「…あんたさ、悩みがあんなら聞くわよ。恋? 家族関係?」
「そんなんじゃないってば」
手を振って私は否定。
「んー。ならいいけどさぁ」
「岡田ちゃん、補習の時間もうすぐだよ」
松本が腕時計を見せる。あと5分程度で始まるようだ。
「あ、そーね。吉井は帰るんでしょ?」
「うん、まあ、用事もないし。補習頑張って」
「頑張りたくない〜」
私の言葉に、岡田と松本の声がハモって答えた。
「あはは、じゃあね〜」
補習を受ける2人と別れ、私は教室を後にした。

今年最後の学校。
次に来るのは、何事もなければ始業式になる。
まっすぐ帰る気にもならず、私の足は体育館へと向かった。

☆☆☆

体育館に近付くにつれ、走る音、掛け声が大きくなっていく。
館内の周りには、パラパラと女子生徒のギャラリーがいた。
「キャー! 槙原先輩〜♪」
体育館の窓に取りついている一団は、男子バスケ部のキャプテン、槙原先輩の親衛隊のようだ。
館内を覗いてみると、男子バスケ部が試合形式で練習をしているようだった。
「私ね〜プレゼント用意してきたのよ〜」
「えー!? 用意いいわね〜」
「ふっふっふ、これで好感度アップね♪」
そんな会話が聞こえてくる。
ここもクリスマスの話になっているようだった。

「あれ? 吉井?」
不意に、声を掛けられる。
私を呼んだのは、体育館の入り口に立っている、背の高い人のようだった。
「…矢島くん?」
それは、クラスメイトの矢島くんだった。
矢島くんはニコリと笑って、話しかけてくる。
「やっぱり吉井か。お前もキャプテン待ちか?」
親衛隊と私を見比べる矢島くん。
それに私は慌てて首を振る。
「あ、ううん、別に。ちょっとブラブラとしてただけ」
「そうか〜。じゃ、ヒマだろ? ちょっと付き合わない?」
え? もしかして…。
ドキドキ、と鼓動が高鳴る。
「付き合うって…どこに?」
私の問いに、矢島くんは笑顔で答える。
「コンビニ」

☆☆☆

「いやー、買い物頼まれたはいいけど、ちょっと手が足りなくてな。助かった」
コンビニから戻る道を、二人は歩いていた。
「…だからって、女の子に荷物持ちさせる?」
そう言う私の手には買い物袋。
「いや、ヒマそうだったから」
笑って矢島くんは答える。
矢島くんは缶コーヒーの入った袋と弁当の入った袋を両手に下げている。
私が持っているのは、パンの入った袋。そんなには重くない。
「それにしても、クリスマス・イヴだってーのに練習ばっかりはイヤになるね〜」
ふと矢島くんがそう切り出した。
私も、その話題に乗ることにする。
「そんなこと言って、練習終わった後に誰かとデートしたりとかするんじゃないの?」
「寂しいことに、いないんだな〜」
「ふ〜ん。クラスの女子には人気あるのにね」
「へえ、そーなんだ」
「うん」
「そーいう吉井は? 吉井も結構人気あるぜ」
「え? 嘘? 私が?」
初耳。
男子に人気があるのは神岸さんとか、他の『カワイイ系』の娘ばかりだと思ってたけど。
何だか嬉しい。
「ああ、『もうちょっと笑ったら可愛いのにな〜』とか」
…なんだ。そういうことですか。
「…どうせ仏頂面ですよ」
「あはは、冗談だって。投票とかするといつも上位にくるぜ」
「本当?」
「うんうん」

ふと、目の前を何かが通り過ぎた。
小さい、白いもの。
「あ、雪…」
私の言葉に、矢島くんは空を見上げる。
「本当だ。ホワイト・クリスマスってやつかな?」
空から、チラチラと白いものが降ってくる。
申し訳ない程度の、すぐにもやみそうな雪。
でも、矢島くんは嬉しそうな顔をして空を見上げている。
子供のようなその笑顔を見て、私もつい微笑んでしまう。

…その時、視線を落とした矢島くんと目が合った。
「やっぱり」
ボソっと呟くように言ったその言葉を、私は聞き逃さなかった。
「…何が『やっぱり』なの?」
少しの間の沈黙。
そして…。

「いや…笑うと可愛いな、ってさ」


Merry Christmas!



あとがき

突発的に1時間で書き上げました。
プロットもなし、資料もなし。
心理描写もほとんどカットし、読み手の想像に任せるという画期的(手抜きとも言う(゜▽、゜)な手法を取りました。
ま、最後のシーンで『矢島の言葉で照れる吉井』を想像してもらえれば成功かな、と。

たまには矢島にもいい思いさせないとね。ヽ(´ー`)ノ

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