隆山大学キャンパス日記

written by 八兵衛


 ここ隆山唯一の国立大である隆山大学ではいつものように数多くの学生が出入りしていた。これはそんなある学生達の何気ないひとときを綴った物語である。

 学食である。講義を待ち、あるいは講義を終えた学生がたむろする学生達にはおなじみの小宇宙的空間である。
「牧ちゃんっ」
 一人の女学生が熱心に漫画本を読んでる友人の女学生に声をかけた。
「あっ、千鶴ちゃん」
 声をかけられた彼女は本を読む手を休め答える。
「いつもながらホントに漫画が好きね」 
「ええ、こうやって漫画を読んでる時間が一番楽しいの」
 ほとんど挨拶代わりとなってる一連の会話をお互い交わす。牧ちゃんこと牧村南と柏木千鶴。後にLeafで人気を2分することになる2大お姉さんキャラは昔…もとい、ほんの少し前まで同じ大学に通っていたのだ。
「それでねぇ…」
「クスクス…そうなの」
 しばらく談話する二人。その光景は昼下がりの木漏れ日のように穏やかでほのぼぼのであった。
「今日は講義も終わったし、牧ちゃんどこか行かない?」
「いいわね、いきましょ」
 千鶴の提案を快諾した南は読みかけの本に栞を挟む。これが純文学なんぞであれば穏やかで知的な外見と見事にマッチし絵になる光景であるのだが残念ながら彼女の読んでいるのは漫画本。
「どこがいい?」
「この前新しく出来たケーキ屋さんは?」
 鬼だろうが漫画ね〜ちゃんだろうが結局は女子大生。世間一般の典型的女子大生の会話をしながら学食を後にした。密かに彼女達の後を追う影が。しかし、その存在には誰も気付かない。

 門にさしかかった時、その影が音も無く千鶴の背後に急接近!
「あ〜ん千鶴せんぱ〜い、待っててくださったのですね〜(抱き)」
「あ、あらっ、や、弥生ぃ〜」
 抱きつかれて狼狽する千鶴。影の正体は千鶴を病的かつ異常に慕う後輩の篠塚弥生その人であった。
「だ、誰もあなたのことなんて待ってないわよ!」
「もお、ウ・ソ・ツ・キ♪私にはちゃあ〜んと、わかってますぅ〜」
 異様である。後のクールなマネージャーの世間一般的弥生像からはあまりにもかけ離れすぎである。由綺や冬弥の想像の範疇を超越した光景であった。
「私はノーマルよ!」
「恥ずかしがらないでもいいんですよ…」
 顔を赤らめてはにかむ弥生。
「千鶴先輩って…いい匂い」
「だぁ〜やめなさいっ!」
 更に密着する弥生。
「先輩が…温めてください」
「暑苦しい〜は、放しなさいっ!」
 抵抗する千鶴。
「抱きたいのですよね、欲しいのですよね、寂しいのですよね」
「全っ然っ違う!」
 鬼の力フル回転の筈の千鶴だが弥生の腕はピクリとも動かず死の抱擁を堪能し続けていた。とかく鬼にまとわりつくレズは時に鬼以上のちからを有するものであるらしい。
「はしたない女なんて思わないでください…」
「思う!思う!思う!この変態女〜!!」
 必死に抵抗する千鶴、弄びながら放さない弥生。それはさながら大魚を釣り上げようとする釣り師であった。
 その中にあって南はその修羅場をクスクスと微笑みながら鑑賞していた。
「ま、牧ちゃんっ、見てないで、た、助けて!」
 親友の友情にすがる千鶴。
「漫画では同性愛は珍しくないわよ。もっとも男性のそれが一般的ですけど」
(どんな漫画読んでるんだ?)
 親友の危機に暖かな笑顔で答える南。
「牧村先輩の見識の深さには感服します」
 そう言うと弥生は千鶴をまた抱き寄せた。レールは巻かれ糸は次第に短くなっていく。
「私はレズじゃない!私にだって彼氏ぐらい…」
「いるんですか?」
「えっ……」
 弥生の問いに言葉が詰まる千鶴。
「そうですよね、先輩に彼氏なんていないですもんね。何故なら…先輩は私ひとすじですもの、キャッ♪」
 一人で盛りあがる弥生。
「誰があなたひとすじよっ!」
 弥生の暴走に抗議する千鶴。
「それじゃ、私達行きますので。牧村先輩、さようなら」
「はい、さようなら」
 弥生の挨拶に何事もなく答える南。
 挨拶を交わした後、鬼の力などお構いなしに千鶴を引きずって街の中へ消えていく。
「ああああああああああああああああああああ………」
千鶴の最期の叫びも次第にフェイドアウトしていき、やがて……消えた。

BGM:それは…現実



「皆さん、まだ終わってませんよ」
ごすっ!
「あ〜ん千鶴せんぱ〜……ガクッ」
 千鶴のあて身を食らい崩れる弥生。辛うじて千鶴は難を逃れたのだった。

「あ〜酷い目にあった」
 先ほどの騒動を忌々しげに回想する千鶴。
(先輩には彼氏いるんですか?)
「彼氏……か」
 弥生の一言を思い出し彼氏などいない事を改めて実感する千鶴。かなりの美人であるにもかかわらず、生まれてこのかた20年間異性との接触は皆無であった。その神秘的ともいえる容姿に手が出し難いと男どもが構えてしまったこともあるが、千鶴自身まるで興味が無かった上に、自身にも流れる鬼の血の悲劇を目の当たりにしていた為、無理してまで悲劇を後世に伝えたくないと思ったのが要因であったのだった。
 ふと、千鶴の脳裏に学ラン姿の少年が映し出された。少年の正体は千鶴の従兄弟の耕一、千鶴の識る異性の中で(敢えて挙げるなら)恋愛対象になりうる唯一の存在であった。
「クスクスクス…」
 千鶴は突拍子も無い連想に思わず吹き出してしまった。耕一といえばまだ高校生。大学生の千鶴には可愛い弟である。千鶴にとって耕一とは「耕一」という男ではなくあくまでも「耕ちゃん」であった。
(耕ちゃんどうしてるかしら…もしかしたら私…やだ、私ったら、クスクス)
 ありえない想像を速やかに否定し千鶴は街の中を歩き出した。時は初夏、草木にはこれからが成長の時期、あの若葉はどこまで大きくなりどのような花実が咲くのだろうか。
 千鶴は街路樹の木漏れ日に輝く若葉を目を細めながら眺めていた。
 
 1993年初夏。運命が女と男に成長した少年とを再び引き合わせるのはまだ先のことである。

END



あとがき

 どうも、ハチです。南さん隆山出身説を元に書いてみましたがいかがでしたでしょうか?「はっぱのドラマ」ではリーフのお姉さん組は知り合いとなってるので弥生さんも出してみました。
 「痕」の数年前を舞台としていますので当時、千鶴さんがまだ弟としか思ってない耕一との兼ね合いも書いてみました。
 李俊さん、こんなのでよかったでしょうか?

李俊:ぐっd( ̄▽ ̄ )
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