年の初めの大騒ぎ
〜痕ばーじょん〜
「では、今年一年の健康と家内安全を願って・・・乾杯!!」
『かんぱ〜い!!』

俺の上げた音頭に4人の声が唱和する。ここはおなじみ柏木邸の居間、今日
はここで俺達・・・俺こと柏木耕一と柏木四姉妹・・・は新年会をやる事に
なっており、今まさにその幕が開いた所である。
新年会・・・なんて良い響きなんだろう。あの事件の間(ゲーム本編の事で
す。)あまりにも非日常的な状態にいた俺達が、こうして人並みに新年を迎
えられるなんて・・・。俺は心から今日の新年会を楽しんでいた。

「あの人」

の真の姿を見るまでは・・・

〜序〜

居間にて

「ささ、まずは1杯」
「おっ、サンキュ」

俺のコップにビールをついでにっこりしたのは千鶴さん。まあ、この面子の
中では俺以外に唯一合法的に飲める女性(ひと)なので、この行為は、至極
妥当な所だろう。俺は注がれたビールを一息で飲み干し、

「じゃあ、ご返杯を」

そう言いながら千鶴さんのコップにもビールを注ごうとしたが、

「あらっ、そんな。私は良いんですよ」

千鶴さんはそう言ってコップを遠ざけようとする、もっともそんな事を許す
俺ではない。

「なに言ってんの?人に注いだら、注いだ分自分も飲まなきゃいけないんだ
よ。それが宴会のルールってもんでしょ?」

俺はそう言いながらアッという間に千鶴さんのコップになみなみとビールを
注いだ。そんな俺の行為に、何故か楓ちゃんが慌てたが、

「あらあら、どうしましょう・・・」

困った顔でコップを見ている千鶴さんをちらりと見ると、言いかけた言葉を
飲み込んで、座り直してしまった。

「何困ってるの?ささっ、ぐっと行って下さいよ。」

俺は笑いを含んだ声でいささか強引に千鶴さんにビールを勧めた。さっきの
楓ちゃんの行動が些か気になるが、

(結局何も言わなかったし、まあいいさ・・・)

そう考えたので、俺は何も聞かない事にしたのだ。それに俺は、

「飲める奴が、宴会で酒を飲まないのは悪だ!!」

と言う考えを、少なからず持っている。ましてや、こんなシチュエーション
において、千鶴さんに酒を勧める以上に重要なことが他にあろうか?いや、
無い!!(断言)

「そお?じゃあ、1杯だけ・・・」

まあ、そんな俺の決意はともかく、千鶴さん自身も別に飲むのが嫌いじゃな
いようで、そう一言言うなり、

くーっ

と一気にコップの中身を飲み干す。

「おっ、いけるじゃない。その調子でどんどん行こう。」

俺は無責任にそう言って、さらに千鶴さんのコップにビールを注ぐ。千鶴さ
んは、

「あら、そんな、無理ですよ・・・」

なんて言いながら、注がれたビールを次々に飲み干していく。

(千鶴さん、かなりいける口なんだな・・・)

俺はそう考えて、そのまま遠慮なく千鶴さんにビールを注ぎ続けた。ちなみ
に、千鶴さんも飲みながら俺に返杯をしてくるので、もちろんおれも負けじ
と飲んでいるのは言うまでもない。
俺達はそんな感じで、いつしかどんどんと杯を重ねていた。

          同時刻、台所にて

「初音、あんたはもう良いから居間でみんなと一緒にいなよ。」
「ううん、だって梓お姉ちゃん一人じゃ大変でしょう?私向こうにじっと
してるのもなんだし手伝うよ。」
「く〜〜っ、ホントに可愛いわねあんたは!!」

ぐりぐり。

「一寸痛いよおねーちゃん。」
「ああ、ゴメンゴメン。しっかし、あたしらがこんなにがんばってるのに
耕一の奴と来たら・・・」
「良いじゃない。折角楽しそうなんだからさ」
「・・・あんた、ホントに大人よね・・・」

台所に立ち、追加の料理を調理する梓、初音コンビ。この時点ではまだ彼女
たちは冷静だった。なぜなら彼女達はしばらく前に耕一から

「つまみの追加を頼む〜」

と言われて厨房にこもっており、今、居間で耕一が千鶴に何をしているのか
を知らなかったのだから・・・。

   同じく同時刻、居間のテーブル、耕一達の向かいにて

もぐもぐもぐもぐ・・・・。
ごくごくごくごく・・・・。
「・・・・・」
もぐもぐもぐもぐ・・・・。
ごくごくごくごく・・・・。
じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
「・・・ふう。」
もぐもぐもぐもぐ・・・・。

沈黙を守り、時折ため息と探るような視線を織り交ぜながらも、ひたすら食
べる事に集中・・・しようとしている楓。この時点で、既に彼女の心中は穏
やかではなかった。なぜなら彼女の目の前には、耕一に注がれるままにビー
ルを飲み干す姉が居たのだから。

(・・・所詮、逃れ得ぬ運命(さだめ)よね・・・)

彼女の心の中には既に何か悟りのような物が生まれていた・・・。

〜起〜

             居間にて

「あらら・・?な〜んか辺りが揺れてますね〜〜、地震か〜しら〜?」
「えっ?別に揺れて無いと思うけど・・・?」

しばらくさしつさされつ飲み続けていた俺達だったが、しばらく黙っていた
千鶴さんが、妙な調子で急に口を開いた。俺も少しばかり酔っていたが、ま
だ人の話が聞こえなくなるほどでは無かったので、その意見に無意識に意義
を挟んだのだが、

(待てよ?)

その口調が気になって、目の前の千鶴さんを見た。
千鶴さんはとろんとした焦点の合わない目で俺の方を見ながら、

「あらら〜〜、こ〜いちさんが2人いる〜〜。」
きゃはははは・・・。

そんなことを言ってコップに口を付けている。台詞の後に笑い声まで追加し
つつ・・・。
その顔は見事なほど赤い。

(・・・ビールでここまで酔うか?)

俺は背筋に冷たい物を感じた。酒に弱い人間ならば、ビールに酔うという事
自体はそう珍しい物ではないが、何故か、この時俺には、

(ただ弱いだけじゃない・・・)

と言う確信めいた予感があった為だ。
千鶴さんは、そんな予感に戦慄する俺を余所に、うつろな目で辺りを見回し
ていたが、急にビール瓶を持つとすっくと・・・いや、よろよろと立ち上が
り黙々と食べ続けている楓ちゃんの方へと移動した。楓ちゃんは、立ち上が
り自分の方に向かってきた千鶴さんを見ながら、何か

「来るべき物が来た。」

とでも言わんばかりの表情で、いったん箸をおいた。

(?)

俺がそんな楓ちゃんの動作を不思議に思って見つめていると、千鶴さんはふ
らふらと移動して、ぺたんっと楓ちゃんの前に座って口を開いた。

「あ〜ら、楓。全然飲んでないじゃな〜い。」
(千鶴さん、何をするつもりだ?)

俺はそう思い、千鶴さんにもそう訊ねようと口を開いたのだが、何故かその
台詞は俺の口中から先には出てこなかった。

「・・・飲めないもの。」

楓ちゃんは、千鶴さんに向かって一言だけそう言うと再び箸を持ち、食べ出
した。しかし、その箸使いは今までに比べると格段に遅く、また、時折微妙
にふるえが走っている。

(よく入るよな、あの細い身体に・・・。でも、何で急にペースが下がった
んだろう?)

楓ちゃんを見ながらふとそんな事を考えた俺。普通に考えれば、そろそろお
腹も一杯の筈なので、食べるペースが下がるのはいわば当然なのだが、それ
にしてはペースを落としたとは言え、まだ食べてるのが変だ。
しかし、千鶴さんはそんな楓ちゃんの至極当然な意見や、俺の困惑は全く認
識していなかった。

「大丈夫。だ〜いじょうぶ。柏木家は代々酒豪の家系なのよ?それに折角
めでたい席なんだから、1杯位飲みなさいよ〜。」

そういって、手に持っていたコップにビールを注ぐと、どんっとばかりに
楓ちゃんの前に置く。

「千鶴さん、それ全然意味が通ってないよ?それに未成年にお酒飲ませるの
はまずいし・・・」

その千鶴さんの行動と台詞を聞いて、さすがに俺も口を挟む、しかし、

「何ですって〜?わたしの勧めるお酒を飲んだらいけない事でもあるって言
うんですか〜?」

千鶴さんは俺の方に向き直ると、なんか意味が分かるような分からないよう
な事を言う。その目はすわり、顔は赤い。

(こっ、これは・・・)

俺はその顔を見た瞬間、ハッキリと分かった。

(理性が弛んでる・・・・。)

俺はこんな表情の奴らを、学校の飲み会などで何度と無く見ている。こうな
ってしまったらもう、理屈も何もあったもんじゃない。ただひたすらに何か
を実行する機械のような物だ。
人によって、実行する行動は様々なのだが、どうやら千鶴さんは

「注ぎ魔」
(作注:いわゆる誰彼無く飲ませたがる酔い方をする人をこう呼ぶ。あんま
り飲めない人にとっては非常に迷惑な酔っぱらいである・・)

だったらしい、

「・・・」

箸を止め、黙って千鶴さんと目の前のコップと俺を何故か等分に見やる楓ち
ゃん。その視線の意味は痛いほど分かるが・・・、

(・・・ゴメン。今の千鶴さんを俺がくい止めるのは無理だ・・・)

その視線に思わず内心で謝ってしまう俺。

「・・・」
がしっ!!
ごくごくごく・・・。

しばらく自分の置かれた状況を分析していた楓ちゃんだったが、結局何処に
も逃げ場はないと踏んだのだろうか?目の前のコップに手を掛けると一気に
中身を飲み干してしまった。千鶴さんは嬉しそうに手なんか叩いている。

(楓ちゃん・・・ゴメン)

俺は心の中でもう一度謝った・・・。

そして、ここから何かが始まる・・・。

          同時刻、台所にて2

「あっ?!」
「あ〜あ、やっぱりな・・・」

顔を見合わせる梓と初音。

「どーしよう、お姉ちゃん?」
「どうしようもこうしようも・・・どうしようもないと思うんだけどな?あ
たしとしては・・・」
「え〜!どうして?!」
「だって、あの楓が観念したんだよ?それってつまり逃げ場がないと判断し
たからでしょ?やっぱり・・・」
「・・・」

沈黙が辺りを覆うが、次の瞬間梓の低い怒りの声が台所に木霊する。

「大体耕一の奴、千鶴姉に酒勧めてど〜すんだよまったく」
「でもでも、耕一お兄ちゃんは千鶴お姉ちゃんの酒癖の悪さ・・・こほん、
そうじゃなくって・・・お酒飲んだ時の千鶴お姉ちゃんを見た事あんまりない
はずだし・・」
「まあ、そりゃそ〜だけどさ。千鶴姉、耕一の前だと猫かぶってるしね・・」
「そうそう・・・はっ(ぶんぶん)じゃっ、なくて!!
ど〜しよう、これから・・・?」
「あんた、無理に本音を隠そうとしない方が良いと思うよ、私は・・・
でもそ〜ね〜、どうしようか?」

再び顔を見合わせる2人。
しかし今回もやはり梓の方から話の口火を切る。

「・・・仕方ない、初音。あんた、裏から逃げて自分の部屋に籠もっちゃい
なさい。」
「えっ?でも梓お姉ちゃんはどうするの?」
「あたしは・・・ほっとく訳にもいかないだろ?」
「え〜っ、それなら私だって・・・」
「あんたは駄目。幾ら何でもその年で酒飲んだらやばいって。」
「飲まないよ〜」
「・・・その台詞が今の千鶴姉の前で通じると思う?」
「うっ・・・」
「判ったらさっさと行きなさい。あんたの避難を見届けないとあたしも落ち
着かないからさ」

そう言って、不器用にウインクしてみせる梓。

「・・・うん。じゃあ、私・・部屋に戻るね。梓お姉ちゃん・・・無理した
ら駄目だよ?絶対だからね?」
「わ〜かってるって。この梓さんにど〜んとお任せ!!」
「うん。じゃあね・・・」
とてとてとてとて・・・

こうして1人は去り、もう1人は残る。去る者は残る者を気遣いつつ、残る
者は去る者を気遣いつつ・・・

〜承〜

「ほらほら、みんな。ちゃんとのんでる〜〜?」

居間に楽しげな千鶴さんの声が響きわたる。

「おい、梓・・・」
「なんだよ?」
「千鶴さん・・・既に台詞に漢字がないぞ。」
「当たり前だろう。あれだけ飲めばそうなるって。」
「あれだけって・・・まだビール4本なんだが・・・」
「千鶴姉は酔い始めが早くて酔いつぶれるのが遅いタイプなの!!」
「あっ、そ・・・・」

俺と梓は小声でそんなことを言い交わしながら、千鶴さんのお酌攻撃のまっ
ただ中に晒されていた。少し前までは楓ちゃんも(諦めて)混ざっていたの
だが・・・。

「あれ?楓ちゃんは?」
「あそこ・・・」

梓の指さす方を見れば、そこには真っ赤な顔で「ばたんきゅ〜」している
楓ちゃん。

(う〜む、流石に持たなかったか・・・)

俺は再度心の中で楓ちゃんに謝った。

「ほらほら、ふたりともてがとまってますよ〜〜」

そんな俺達をよそに、元気いっぱいの千鶴さんがにじり寄ってきて、再び俺
達にビールを注ぐ。

「おい、梓」
「なんだよ?」
「まだ行けるか?」
「もう2本って所かな。正直な所、もう既に結構苦しいよ。あんたは?」
「まだ酔い的には平気だが・・・いい加減腹がな・・・」

俺はそう言うと梓の前で少し腹を揺するような仕草をして見せた。
ちゃぷんと言う音がかすかに聞こえる。
完全に水っ腹だ。

「ビールは量飲むときついわね・・・」

梓はそう言ってため息をつき、

「でも、こうなったのは全部あんたの自業自得なんだからね?最後まで粘り
なさいよ?」

そう言って、俺をぎろりと睨む。

(誰も千鶴さんの酒癖について俺に言わなかったせいじゃないか。俺だけが
悪いのか?)

そう思わないでもなかったが、どう言い逃れてもやはり直接の原因を作った
のが俺であるのは確かなことなので、その台詞は口から出すのはやめておき、
代わりに、

「わ〜ったよ。可能な限りがんばるとするが、千鶴さんより長く耐えられるか
どうかは運だけだと思うぜ?」

そう梓に呟くに止めた。
梓はその俺の台詞を受け、ちらりと千鶴さん(何がおもしろいのかけらけら
笑ってる・・・)を見た後に、

「大丈夫。今までの経験から言えば、ああなった千鶴姉はもう少しでつぶれ
る事請け合いだから。あと・・・そうね、もって後30分って所と見た!」

そう言って俺に「がんばって」とぐっと親指を立てて見せた。
その仕草はまるで俺に梓が

「後は宜しく」

と語りかけているようだった。
そしてその俺の予想は外れることはなく、梓はその後千鶴さんの集中砲火を
浴びて、15分ほどで沈黙したのだった・・・。

〜転〜

「こう・・いち・・さん・・ちゃ・・で・・すか〜」

俺の目の前で、まさに泥酔状態と言った風情の千鶴さんが、それでも俺に
向かってビール瓶を突き出してくる。
ここまで来るといっそ天晴れと言いたくなるような酔い方だ。
その顔は今や真っ赤に染まり、目は焦点を半ば失って虚ろにさまよいがちで、
たまに俺やら倒れている姉妹達に抱きついては何が楽しいのかけらけら笑う。
いわゆる「虎」状態なのだが、その仕草の一つ一つがなぜか千鶴さんの場合
は妙に可愛い。
しかしそうはいっても・・・

(それが自分に降りかかるとな・・・)

俺はもはや酔いの完全に覚めた(目の前でこれだけ豪快に酔われた物だから
逆に見てる俺は酔いが醒めてしまった)目で千鶴さんを見ながら冷静にそう
考えていた。

やがて、千鶴さんは俺の目の前でちょっとふらりとしたかと思うと

「あら?なんかゆかがゆがんでるみたい〜〜」

の声を残してぱたりと床に倒れ伏した。その後しばらく俺が見ていると、
やがて規則正しい呼吸音が聞こえてきた。

(どうやら終わったか。)

俺はその呼吸音が寝息であると確信できるまで待った後、ホッと一息ついて
壁の時計を見上げた。
時計の針は午後11時を差している。

(始めたのが6時だから・・・5時間も飲んでたのか。)

通常なら別におかしな時間ではないが、その間ひっきりなしに飲み続けてい
た事を考慮に入れれば驚異的な耐久力だ。

(さすがは柏木家の長女だな(←どういう意味だ?)でもまあ、ようやく寝
てくれたか。さて、後は・・・)

俺はそこでいったん考えにふけるのを止め、辺りを見回した。

          耕一ビジョン(感想付)

初音ちゃんは梓の「貴い犠牲」で無事。
(まあ、これだけが唯一の救いだ。)

楓ちゃんはソファーで熟睡中。
(さっき床に倒れてたと思ったが?どうやってあそこまでいったんだろう?)

梓は妙な姿勢で床の上でくずおれている。時折うめき声を上げて体を揺するの
がなんか危険だ。
(・・・うなされてる・・・無理もない。)

千鶴さんはたった今俺の目の前でうつぶせになった所だ。どうやら今は熟睡
中のようなのだが・・・
(なんか「前のめりに力つきた(謎)」って感じだ・・・)

          耕一ビジョン終了

全く惨憺たる有様と言える。

「はあぁ〜〜〜」

俺は溜息を吐いたが、嘆息してばかりもいられない。
なぜなら、俺にはこれからこの屍累々たる惨状を正常な状態に戻すという作
業が残っているのだ。
・・別にそう誰かに頼まれた訳ではないが、こういった際は最後に残った者
が一応のオチをつけるのが常識だ。

(まずはみんなを部屋に運ばないと。)

俺はそう思い、倒れた順にみんなを部屋に運ぼうと、まずは楓ちゃんを抱き
上げた。

「んっ・・?・・・すーすーすー」

楓ちゃんは俺が抱き上げた時だけちょっと身じろぎしたが、その後直ぐに再
び眠りの世界に戻った。
俺は楓ちゃんを起こさないようにゆっくりと階段を上がり、彼女の部屋の前
まで来たが、そこではたと問題点に気が付いた。

(しまった。俺が運んできても、このまま部屋に放り込んでおしまいにする
事しかできないじゃないか・・・)

野郎ならいざ知らず、まさか女の子をベットに放り込んで、はいお終い。と
言う訳にはいかないだろう。
かといって、折角眠っているのに起こすのは気が引ける。

(どうしよう・・・?)

俺は楓ちゃんの部屋の前でしばし活動を停止した。そんな俺の救いの女神は、
隣の部屋からやってきた。

「耕一お兄ちゃん?」
「初音ちゃん?起きてたの?」

俺はその声に反応した。機能回復である(笑)
そして声の方を振り向くと、そこには可愛いくまさんパジャマ姿の初音ちゃ
んが心配そうな顔で立っていた。

(ぐっ?!はっ、初音ちゃん、その格好はちょっと危険・・って何を考えて
る、俺〜〜?!)

俺は頭に浮かんだ謎の考えをコンマ数秒で滅殺した。そんな俺の内心を知ら
ずに初音ちゃんは、

「うん、寝ようと思ってたんだけど、物音がしたから・・・」

そう言って、えへっと笑った。
その笑顔に再び、ぽ〜となった俺だったが、話が危険な方向に向かう寸前、
まさに天恵とも言うべき物が俺のアルコールに濁った脳裏にひらめいた。

「そうだ、初音ちゃん。あのさ・・・」

*                *               *

その後、俺と初音ちゃんは協力して、楓ちゃん、梓、千鶴さんを順番に着替
えさせて寝かせ、その後ざっと居間を片付けた後ようやく眠ることが出来た
のだった・・・。

〜結〜 

ずきんずきんずきん・・・
「む〜〜〜〜」

次の日の朝、俺は酷い頭痛と共に目が覚めた。完全な二日酔いである。

(酔ってないつもりだったが、アルコールは蓄積してた様だな・・・)

俺はかすむ視界の中そんな事を思った。
枕元の時計を見ると、針は10時を指している。

(昨日寝たのが確か1時位だったから、9時間は寝てる筈なんだが。それで
も二日酔いか・・・飲んだな。久々に。)

何となく感心してしまう。しかしその瞬間、ずきんっと頭に激痛が走り、
俺は一声うめいて、上げかけた頭を再び枕に落とした。

(駄目だ。今日はもう少し寝よう。どうせ初音ちゃん以外は起きてないさ。
初音ちゃんには悪いけど・・・)

そう考えた俺は、痛む頭を宥めつつ、再び眠りの世界に戻ろうとしたのだが、

「・・ちゃん・・よ・・よ!」
(ん?)

居間の方から聞こえる初音ちゃんの声に呼び戻された。

「で・・こ・・・しょ?」

その初音ちゃんの声に答えるようにもう1人の声も聞こえてきた。

(この声は・・・千鶴さん?)

そう、それは聞き間違うはずもない千鶴さんの声だった。

(あれだけ飲んでたのにもう起きてるの?つくづくすごいなあ・・・)

俺は埒もない事に感心しながら、ぼーっ、と2人の声を聞いていたが、やが
て声は途絶え、誰かが歩く足音が聞こえだした。

とととととと・・・
たんたんたん・・・・・・
きゅっ!
がらっ!!
ぱたぱたぱた・・・

(・・・?なんか変な足音だな・・・)

俺がそう思って、無理矢理枕から頭を引き剥がして障子の方を見ようとした
その瞬間、

「耕一お兄ちゃん!!」

元気な・・いや、必死の声を上げて初音ちゃんが飛び込んできた。

「ぐわっ?!」

しかし、飛び込んできた初音ちゃんの前で、俺は情けないことにその声に当
てられて頭を押さえてのたうち回る羽目になった。初音ちゃんは一瞬、あっ
と言う感じで口を押さえたが、直ぐに小声で話し始めた。

「大変だよ。お兄ちゃん!!千鶴お姉ちゃんがね!」

その声は小さかったが、何故か非常にせっぱ詰まったものだった。
俺はその声音にただごとではない予感を覚え、痛む頭を無理矢理ねじ伏せて
上半身を起こした。

「千鶴さんがどうかしたのか?」

俺がそう言うと初音ちゃんはぷるぷると頭を振り、堰を切ったように話し出
したのだが、

「ううん、千鶴お姉ちゃんはどうもしてないの。あれ?そうじゃないや。ど
うもしてるんだよね・・・??じゃなくて・・・え〜〜〜と?%?」

慌てている様で、いまいち要領を得ない。

「初音ちゃん、初音ちゃん。まあ、とりあえず落ち着いて。ほら、深呼吸。
すって〜〜。」
す〜〜〜
「はい吐いて〜」
は〜〜〜

初音ちゃんを落ち着かせようとしてそう言った俺と、律儀にその俺の言葉に
従う初音ちゃん。
そして、どうやら深呼吸の効果が出たのか、初音ちゃんは、うんっと1つ頷
くと、俺に向かってとんでもない事を言い出した。

「あのね、千鶴お姉ちゃんが雑炊を作ってるの!!」
「・・・」

俺は一瞬言葉を失った。初音ちゃんの言葉が俺の頭に恐ろしい想像を呼び起
こした為だ。俺はしばらく絶句した後、

「・・・何で?」

ようやく絞り出すようにそれだけを問うた。
それに対する初音ちゃんの返事は、更に俺を悩ませるものだった。

要は、昨日痛飲して眠ってしまった千鶴さんが、昨日の出来事をすっかり忘
れており、仕方がないので初音ちゃんが話して聞かせたら、

「そう言う事なら、せめてものお詫びに今日の朝食は私が作ります。」

と言いだしたと言う事らしい。もちろん初音ちゃんは必死に止めたのだが、

「でも、梓も寝込んでるんでしょう?」

と千鶴さんに言われて、止められなくなったらしい。

「梓もダウンか?」

俺はそう聞いたのだが、

「さっき慌てて起こしに行ったんだけど・・・」

そう言いながら初音ちゃんは自分の顔に縦線を引くまねをしつつ、

「こ〜んな顔して、『あたしもうだめ〜〜』なんて言ってばったり布団に
倒れたままぴくりともしないの・・・」

と言った。

(梓の奴・・・したたか飲んでたしな・・・)

判らないでもない事だが、今回に限って言えば最悪の事態だ。

「でね、でね、私もうどうしたらいいのか・・・」

俺が考え込んでいるその前で、初音ちゃんは再びパニック状態に陥っている。
かなり酷い反応だが、一度でも千鶴さんの手料理を口にした事がある者なら
ば、至極当然の反応だ。

「どうしよう?お兄ちゃん・・・」

そう言われても、ハッキリって俺にもどうしようもない。普段なら、まだ幾
らか案も出よう物だが、この二日酔いの三割頭じゃ逆さに振っても鼻血も出
ない。

そして、そのまま何の案もなく時だけが無情に過ぎ去り・・・

「みんな〜〜。ご飯よ〜〜〜♪」

運命を告げる善意の死神の声が、柏木家に木霊した。

(もう、二度と千鶴さんに酒は飲ませないようにしよう・・)

俺はその声に思わず涙ぐみながら、固く心にそう誓っていた・・・

                          お終い







補足:

その日正午過ぎ、普段静かなこの町の静寂を引き裂いて、けたたましいサイ
レンが柏木家の周りを賑わしたという・・・。

                         本当にお終い(笑)




To Heartは(株)アクア リーフの作品です
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