ラーメン食おうぜ

written by 李俊

スズメが鳴いている。
カーテンの隙間から、太陽の光がこぼれている。

「ふぁあああ…」
俺はベッドから起き上がると、うーん、とひとつ伸びをした。

爽やかな目覚め。
…こんな気持ちのいい朝は久しぶりだ。
もちろん、平日にこんな気持ちのいい目覚め方をするわけがない。
今日は久しぶりの休日なのだ。

「浩之ちゃん、おはよう」
エプロン姿のあかりが、部屋へ入ってきた。
「おう、おはよう」
俺はにこやかに笑ってみせた。

あかりとは結婚して3年になる。
大学卒業後すぐに結婚した俺たちは、未だ新婚気分のままだった。
子供が欲しい…とは思うが、しばらく今のままでもいい、という気持ちもある。
以前あかりに聞いてみた時、『浩之ちゃんの世話で手一杯だよ〜』とタワケたことを抜かしていたが。
ま、出来ちゃう時は出来ちゃうわけだし、さほど気にしてはいない。

「浩之ちゃん、今日は機嫌良さそうだね」
あかりが微笑み返して、そう言った。
「うん? それっていつも俺が機嫌悪い、みたいな言い方だな」
「だって浩之ちゃん、昨日なんて『会社行きたくねー』とか言ってたじゃない」
人差し指を立てて、あかりは昨日のことを思い出すように話す。
「あー。あ、あれはだな…」
頭をぽりぽりと掻く俺。ばつが悪い。
「それでムリに起こそうとしたら、さんざん暴れて、いろいろ文句言って…」
「…それは後で謝っただろが。俺の寝起き悪いの判ってるだろ」
何しろ20年近い付き合いなんだ。そんなことはすでに判り切っているはずだ。
…しかし、あかりはいつになく食い下がる。
「だからって『だからお前は犬なのだぁぁぁ』とか『そんなことでは胸を大きくしようなど無理のひとことぉぉぉ』なんて
言っていいの?」
ぷぅ、と頬を膨らませるあかり。
うっ…かわいい。
怒った顔もかわいいなんて、なんて卑怯なんだ。
「…すまん」
俺はそう呟く。ボソリと、一言だけ。
しかし、それだけで十分だった。
「…うん、許してあげる」
そう微笑んで返すあかり。
何でだろうか、最近はあかりの方が強い。
家計を握っているからか? でもそんなこと俺は気にしてないぞ。

☆☆☆

普段より遅めに起きて、居間へ移動。
そして茶をすすりながら、新聞を読む。
社会人たるもの、新聞くらいは読まないとな。
ふうむ。中日ドラゴンズ、マジック点灯…か。

「浩之ちゃーん、たまには運動とかしないとダメだよー」
洗濯物を干しながら、外からそんなことを言ってよこすあかり。
運動って言ってもなあ…。
「夜、一緒にさんざんやってるだろ…」
聞こえないようにぼそっと呟く。
「ちゃんとした運動だよー」
あかりはそう付け足した。
俺の呟きが聞こえるわけがないのに、しっかり会話になっている。
…読まれているのか? 俺の言動が。

ぱらりと新聞のページをめくる。
そこは、地方版のニュースが書いてあった。
「……!?」
その中のひとつの記事へ目が行った。
「こっ、これは…」
俺は思い立つと、すぐに行動を開始した。

空になった洗濯用カゴを持って、中に戻るあかり。
すくっ、と立ち上がった俺を見て、いぶかしそうな表情をする。
「浩之ちゃん? どうした…」
「おうあかり! 早く用意しろ!」
俺はあかりの言葉を遮って、急かすような口調で行った。
「えっえっ…な、なに、どうしたの?」
俺の剣幕に、焦るあかり。
「いいから、出掛ける用意をしろ!」
言うが早いか、俺はバタバタと2階へ上がり、外出用の姿へ着替える。
「わけがわからないよ〜」
そう言いながら、エプロンを外したあかりも、部屋へ来て用意をし始めた。

☆☆☆

きゅるきゅる…ぶおおおおん。
車のエンジンを始動させ、少しアイドリングしている間に、あかりが外へ出てきた。
そして助手席に乗り込み、シートベルトを着ける。
ちなみに俺はすでに出発OKだ。
「一体、何がどうしたの?」
「行きながら話すよ。行くぞ〜!」
ぶろろろ…。
車が走り出す。

「ふむ。思ったより道が混んでないな」
俺が多少安堵していると、あかりが聞いてきた。
「ねえ浩之ちゃん…一体どうしたの?」
不安そうな顔。
まあ、何も言わずにただ「急げ」と言っただけだから、しょうがないと言えばしょうがないかもしれない。
「うむ。新聞を読んでいた」
運転しながら、説明してやる。
「うん」
頷くあかり。
「新しいラーメン屋が出来たそうだ」
「…それで?」
促すあかり。
「今日、開店サービスをやるらしい」
「……」
無言のあかり。
「先着100名様に、ラーメン1杯を1割の値段で食わせてくれるそうだ」
「はぁ…」
溜息をつくあかり。
「そういうわけだ」
「それだけのために…?」
あかりは、がっくりとうな垂れた。
「急にラーメンが食いたくなったんだ。悪いか?」
「悪くはないけど…。お化粧してきたかったよ…」
ダッシュボードに入れてある鏡を取り出し、顔を気にするあかり。
それを見て、俺は笑う。
「バーカ、化粧しなくても十分だよ」
「それって…どういう意味?」
「そういう意味」

俺は、アクセルを踏み込んだ。

☆☆☆

「到着〜」
車は、ラーメン屋の駐車場へと到着した。
開店10分前。
店の前には、何人かの人が列を作っていたが、それほど多いわけではない。
「大丈夫みたいだな」
安堵する俺。何しろ今月も苦しいからな。
安く食える店は助かる。
「家計も大助かりだよー」
あかりも嬉しがる。
がしかし、所帯じみてるな俺たち…。

列に並んで待つこと数分。
やがて店が開き、列がどんどん店の中へ入っていく。
「ほう、キレイなもんだな」
通された中は、アメリカ風の内装で統一されていた。
派手っぽいがそれほどキンキラしたもんでもなく、いい感じである。

空いた席に通された俺たち。
ウェイトレスの女の子が、メニューと水を持ってきた。
「ご注文が決まりましたら、お呼びくださーい」
そしてすぐ、他の客のところへと移動する。
「さーて、何を食おうかなー」
閉じられたメニューを開く俺。
…開いた瞬間、俺は動きを止めた。
「…どうしたの、浩之ちゃん」
あかりはそう言って、開いたメニューを覗き込む。
…そして、同じように動きを止めた。

…書かれているメニューの一部を紹介しよう。
「ソーステンプララーメン」
「七味マヨネーズラーメン」
「ミソ納豆レタスラーメン」
ほかにも、くさやホルモンラーメン、塩辛レバーラーメンなどなど、ヒトクセもフタクセもありそうなメニューばかりだ。

「これは…いったい…?」
ぎぎぃとこっちに首を向けるあかり。
「さ、さあ…」
俺もぎこちなく返事をする。

周りを見てみると、すでに食っている人もいた。
何だか『うげぇ〜』とか『おぇ〜』とか言いながら食っている。

「帰るか…?」
「そうだね…」

小声でささやき合い、席を立とうとしたその瞬間。
「アレ? …もしかして、ヒロユキ?」
声をかけられた。
…この声…どこかで聞いたような。
「君は…」
そこには、高校時代のクラスメイトだった、レミィが立っていた。
2年生の時にサンフランシスコに帰ってから、連絡がなかったのだが…。
「ヤッパリ! ヒロユキじゃない!」
そう言ってレミィは、俺の手を取ってブンブンと振りまわす。
「や、やあレミィ、久しぶり」
今のレミィの格好は、スーツを着込んだいかにも『ビジネスレディ』といった感じだ。
よく見ると、胸の所にプレートがつけてあって『会長代理』とある。
俺のその視線の先を見て、説明をしてくれるレミィ。
「アノネ、この店のオーナーって私のパパなの。だから、店の運営を任されてるのヨ」
「へえ〜。すごいじゃないか」
「エッヘン♪」
胸を張ってみせるレミィ。大きい胸が、さらに前に押し出される。
「レミィは、いつから日本に来てるの?」
あかりがそう質問した。レミィはそれに頷く。
「この店を日本にオープンすることになってからネ」
そーか、オープンすることになって、準備とかするのに来ていたんだな…。
…って、ちょっと待て。
「なあレミィ、ここのメニューを考えたのってもしかして…」
「エッヘン♪ 全部私が考えたネ!」
やはりか…。
がっくりと俺はうな垂れた。
「自分が美味しくない物、お客様には出せマセン! だからメニューにある品全部がお薦めメニューヨ♪」
残念だがレミィの味覚は俺たちの味覚とは違うんだよ…。
そう言いたくなったが俺はぐっと堪えた。
せっかく自分の店がオープンしたんだ。レミィのために、ここは何とか食ってやろうじゃないか。
「浩之ちゃん…」
俺の顔を見て、頷くあかり。
どうやらあかりも、俺と同じ考えらしい。さすがは俺の妻だ。
「じゃ、じゃあレミィ、注文したいんだが…」
「OK、私がうけたまわるヨ♪」
「あ、いや、別に会長代理が注文取る必要はないんじゃ…」
レミィが見てるんじゃ選び辛いじゃないか。
「水臭いヨ、浩之。何でもいいから、オーダーして♪」
レミィに急かされ、しょうがなくメニューに目を通す。
…まともそうなのは…どれかな…。
何とか無事なラーメンを探したが、メニューの上から下まで料理の先生が見たら目を回しそうなメニューばかりだった。
…あ、あかりが目を回している。
俺は意を決して、メニューを指差した。
「よ、よし、じゃあコレ頼む!」
レミィはニコニコとメモ帳を取り出し、オーダーを書き込む。
「『カツオのタタキ味噌ラーメン』ね。これは私が一番おいしいと思ったラーメンヨ♪」
しまった〜! これがレミィの一番のお薦めとは〜っ!
「アカリは?」
「あ…? あ、うん、それじゃ浩之ちゃんと同じので…」
ぼーっとしていたあかりは、俺がブンブン首を振っているのが見えず、そのまま俺と同じ物を注文してしまった。
「『カツオのタタキ味噌ラーメン』2つね。ちょっと待ってて。あ、後で感想聞かせてネ〜」
そう言ってレミィは厨房の方へ。
「バカ、なんで同じ物頼むんだよお前はっ」
小声であかりにそう注意する。
「え、だって浩之ちゃんが選んだものならって…」
「レミィの味覚の凶悪さがわからんのかっ」
「うぅ…」

そんなやりとりをしながら待つこと数分。

ウェイトレスが2つの丼を持ち、俺たちのテーブルへと来た。
…いよいよか。
「お待たせしました、『カツオのタタキ味噌ラーメン』です」
ウェイトレスが丼を目の前に置く。
…『それ』を見た瞬間、俺とあかりは絶句した。

説明しよう。
そのラーメンは、土台が普通の味噌ラーメン。
その上にカツオのタタキがチャーシューメンのチャーシューのように乗っている。
…ここまではいい。問題はここからだ。
その上にこんもりと山のように乗せられている『ミョウガ』。普通のカツオのタタキでもここまでは乗せないぞ。
そしてその上にう●このようにトグロを巻いている『マヨネーズ』。
そしてあろうことか、そこに一本『ポッキー』が差してある。
そしてトドメに一本まるまるバナナがつっこんであった。

「これが…レミィのお薦めか」
俺は溜め息をついた。
とてもレミィらしいと思いつつ、自分の運の悪さを呪った。
「浩之ちゃん…」
「しょうがあるまい。食うぞ」
死ぬまでは至らないはずだ。
…多分。

俺は一口、スープをすする。
…うーん、まったりとした味わいの材料群が口の中で凶悪に自己主張しまくりやがってます。

☆☆☆

結局、俺は全部平らげた。味なんて感じている余裕はなかったが。
ちなみにあかりは半分ほど食ったところでギブアップ。

「どうだった?」
にこやかに聞くレミィ。
その笑顔が今日は何だかとっても恨めしいぞ。
「とても…ウプ、個性的な味だったぜ…ウプ」
こみ上げてくる吐き気を堪えながら、そうコメントした。
あかりにいたっては、もはや言葉を出せそうにないようだ。
「アハハッ、嬉しいヨ! また食べに来てネッ」
レミィの言葉にあいまいな作り笑いを見せて、俺たちは店を後にした。

すまんレミィ、もうこの店には来れそうにない…。

俺たちは早々に帰宅し、トイレにこもったのであった。

☆☆☆

しばらくして。
俺たちはレミィの店が潰れないか心配だったが、そんな心配をよそに店は大繁盛してるらしい。
何でもその手のマニアから絶賛されるようになって、連日行列が出来ているそうだ。

世の中わけわからん。

☆☆☆

さて、また日曜日。

新聞を見た俺は、またラーメン屋オープンの記事を見つけた。
「あかりー、ラーメン食いに行こうぜ〜」
俺は、洗濯物を干しているあかりに、声を掛けた。
しかしあかりは、イヤーな顔をして振り返る。
「この前みたいに、変なメニューのところは嫌だよ…」
この前の記憶が残ってるんだろう。
ま、レミィには悪いが、俺も嫌だ。
「だいじょぶ、今回は有名なホテルグループが出してる店だから」
「へぇ…どういう店なの?」
興味をそそられたのか、あかりは新聞を覗きこむ。
「何でも、そこの女性会長が自ら作った店なんだと。期待できると思わないか?」
記事を指差しながら、俺がそう説明する。
「そうだね、行ってみようよ」
あかりがエプロンを外し、外出の準備を始めた。
俺も立ち上がり、用意をする。
「開店日サービスとして、今日はその会長さん自ら調理するんだってよ」
「へぇぇ、すごいねっ」

準備を終えた俺たちは車に乗り込む。
「よし、それじゃ行くぞ」
「うんっ」
『今日こそはうまいラーメンを』という期待を胸に、俺たちはその店へと向かった。

ちなみに…その店の名は『千鶴ラーメン』という名前である。
一体どんな味なんだろう。楽しみだ。

−THE END−

あとがき

かーっ羨ましいぜ浩之ぃぃぃ!
…などと書いてて嫉妬してしまうほどでした。( ̄▽ ̄;)
やっぱり浩之とあかりは似合いのカップルや〜。

オチはまあ定番というか、料理といえばこの人でしょう。(^^;


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