第1話 観月マナ編
…ここはマナの部屋。
この春、大学生になったマナは、この部屋に引っ越して来ていた。
「藤井さん…好きだよ…」
マナはベッドに転がって、そう呟いた。
藤井冬弥。彼女の家庭教師であった男。
彼女は、藤井を好きだった。
色々あって今は会っていないが、その気持ちは全く変わりはない。
「ふう…でもなあ…」
ベッドの上をゴロゴロ転がりながら、マナはため息をついた。
藤井は今、彼女の従姉である森川由綺と付き合っている。
マナとしては藤井を好きではあるが、姉のように振舞ってくれる由綺に対して、裏切ることは出来なかったのだ。
「…困っちゃうなあ…」
「…随分とお悩みの様子だね」
「!?」
他に誰もいないはずの部屋で、男の声が聞こえマナは驚いた。
…声のした玄関を見ると、タキシードにマント、そして顔にはマスクを付けた男が立っていた。
「…私は愛の使者、緒方仮面…君の悩みを解決してあげよ…」
「きゃああああああああっ! ヘンタイィィィィィィィィィッ!」
緒方仮面が言い終わる前に、マナが甲高い悲鳴を上げた。
「あっ、別に怪しい者じゃないからっ」
そう弁解する緒方仮面だが、姿格好は十分怪しい。
「出て行けぇぇぇぇぇぇっ!」
マナはパニック状態で、近くにある物を片っ端から投げ付ける。
「あだっ! たっ!」
緒方仮面はたまらず逃げ出した。
「もう絶対来るなこのヘンタイィィィィィィィィィッ!」
緒方仮面の背後にマナの罵声が浴びせられる。
緒方仮面…その正体は謎のままである。
☆☆☆
第2話 緒方理奈編
「ふう…今日も一日ご苦労様、と」
風呂からあがった理奈は、そう自分をねぎらった。
自分の部屋に入り、クッションの上にポスンと座る。
今日の仕事も終わり、明日は彼女にとって、久しぶりの休みであった。
「さて…何しようかなぁ…」
趣味を持ってないわけではないが、自由になる時間が少ない分、たまの休みの使い方は難しい。
「買い物にでも行ってこようかな…本屋にも行きたいし…」
そう思案していると、机の上にある写真立てに目が行った。
…2人並んで写っている写真。
以前はその隣りに写っていたのは兄であったが、今入っている写真には冬弥が写っていた。
「冬弥くん…どうしてるのかな」
初めて本気で好きになった人。
彼女にとって、彼は特別な存在だった。
…しかし、彼女は友人である由綺のために、その身を引いたのだった。
「会いたいな…」
「ふふふ…恋に悩んでいるようだな」
「誰!?」
ばっとドアの方を振り返る理奈。…そこにいたのはタキシードとマントをつけた、仮面の男であった。
「私は愛の使者、緒方仮面。その恋の悩み、私が解決して…」
「何やってるの、兄さん…新しい遊び?」
ひゅうううう。
屋内だというのに、なぜか風がマントを揺らす。
「…い、いや、私は緒方仮面という者、キミの兄さんとは別人だっ!」
「はいはい、判ったからもう寝なさい。あなたは明日も仕事なんでしょう?」
「だから、兄さんじゃないっ」
「はい、おやすみ」
バタン。
部屋から押し出された緒方仮面の目の前で、ドアが締められた。
愛の使者、緒方仮面。その正体は誰も知らない…のか?
☆☆☆
第3話 篠塚弥生編
「…はい…それでお願いします」
がちゃ。
受話器を置き、弥生はふう、と一息ついた。
ここは緒方プロダクションの事務所。
夜中ということもあり、彼女の他には誰もいない。
「後はこの書類だけ、ですね…」
誰もいないと判っているためか、珍しく独り言を呟く弥生。
彼女はノートパソコンに向かい、カタカタとキーを叩き出す。
「…ふふ」
ふと、弥生はおかしくなった。
彼女は森川由綺のマネージャーである。
しかし、今ここには由綺はいない。
『冬弥くんの所に行ってくるから』
明日が休みだからか、由綺は久しぶりに藤井のところへ行った。
「私は…誰を好きなんでしょうね」
また、独り言を呟く。
弥生は以前は、由綺が好きだった。由綺が全てであった。
しかし、今はそうではない。彼女の心には、由綺だけではなく、もう1人住みついているのだ。
カタカタ…。キーを叩く。
画面には『藤井さんも好き』と表示されていた。
「なかなか、複雑な恋心なんだね」
「……」
ぴくり、と弥生の眉が動いた。
もしかすると、これが弥生の驚き方なのかもしれない。
…振り返ると、そこにはタキシード&マントの仮面の男が立っていた。
「…私は愛の使者、緒方仮面。君のその複雑な恋、解決してあげよう…」
「ちょうどいいところでした」
弥生は少し表情を緩めると、1枚の書類を持って緒方仮面に近付いた。
「ん…どうしたんだい?」
「とりあえずでいいので、ここにサインお願いします」
ボールペンと書類を緒方仮面に渡す弥生。
「サインて…私は緒方仮面、ここにサインしてもしょうがないけれど…」
「明日の朝までには私の方までお願いします。では」
緒方仮面の言葉が聞こえてるのか聞こえてないのか、弥生はそれだけ言うと自分の席に戻った。
「もしもーし」
「……」
カタカタカタ…。
弥生は画面に集中している。
「篠塚さーん」
「……」
見向きもされない。
「しくしく…」
緒方仮面は書類にサインをすると、肩を落として去って行った…。
愛の使者、緒方仮面。その正体は誰なのだろうか。
☆☆☆
第4話 七瀬彰編
「ふー。美咲さん…」
エコーズのカウンターで、彰は1人ため息をついた。
朝のまだ開店前ということもあり、そこには彰しかいない。
澤倉美咲。
彰の憧れの人である。
1年先輩の彼女を、彼はずっと思い続けてきた。
しかし、彼女が好きなのは、彼の友人の冬弥だった。
しばらくするうちに、そう気付いた。
だから彰は、美咲に対して行動を起こせずにいたのである。
彼は待つつもりだった。彼女が冬弥を諦めるのを。
…いや、もう諦めているのかもしれない。
しかし、彰は未だ表立って行動する気にはなれなかった。
「…臆病だから、なのかな…」
彰はカウンターを拭きながら、またため息をついた。
「…恋の悩みを抱えているな」
タキシードとマントをつけ、仮面を被った男が、店の中に入ってきた。
「…私は愛の使者、緒方仮面。君の悩みを…」
「美咲さん…」
緒方仮面のセリフの最中に、彰はまたため息をつく。
「もしもし?」
「…ふーっ」
「聞いてる?」
「自分がイヤになるなあ…」
「あのー」
「どうしようもないのかな…」
緒方仮面の声は、彰には全く届かない。
…いたたまれなくなった緒方仮面は、寂しそうにエコーズを後にした。
愛の使者、緒方仮面。彼の存在を知る者は、いない…。
☆☆☆
恋の悩みあるところに現れる、愛の使者、緒方仮面。
次に現れるのは…あなたのところかもしれない!
ちゃんちゃん。
あとがき
緒方仮面の正体は、いったい誰なんだぁぁぁぁぁぁっ!?(爆)
わかった方全員に、李俊の熱いべェゼを…ってオイオイ。
読んでのとおり、単なるギャグ物です。
はるか&由綺の話も考えてみたんですが、ネタがないので止めました。
まあ、ダラダラ続けるような話でもないし、こんなものでしょう。
ではでは。