七○粥

written by 李俊

今日は1月7日。
日本古来の伝統だと、今日は七草粥を食べる日だ。
なんでもその起源は古く、昔の中国から伝わった行事なんだそうだ。
まあ、初音ちゃんに聞いた話なんで、俺はよく知らないけどな。
お節料理や新年会のごちそうで疲れた胃腸をいたわり、不足しているビタミンを補えるようになっている、身体にやさしい料理なのだ。

早朝、梓に叩き起こされた俺は、こうしてボーっとしながら朝飯のお粥が出来るのを待っている。
「お兄ちゃん、七草の種類って知ってる?」
隣りに座って、同じく出来上がるのを待っている初音ちゃんが、そう聞いてきた。
「いや、全然…」
恥ずかしながら、こういう話には疎い。
「えっとね…せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ…この7種類が、七草だよ」
「へえぇ…初音ちゃんて物知りだなあ」
「えへへ、以前まで叔父さんと一緒に山に取りに行ってたからなんだけどね」
ぺロっと舌を出す初音ちゃん。
へえ…親父と一緒に山菜取りかぁ。
「次回は、俺と一緒に取りに行こうよ」
親父とやっていたことを、俺もやってあげたい。
「えっ…でも、すごく寒いよ?」
「いいよいいよ。買ってきたのをそのまま食べるより、苦労して取ってきたのを食べたいじゃない」
それを聞いて、初音ちゃんは笑顔になる。
「そう? じゃ、来年は一緒に取りにいこうね♪」
それに頷く俺。

…おや、そういえば。
「楓ちゃんは? 今日はまだ会ってないけど…」
「楓お姉ちゃんは朝に弱いから、まだ寝てるよ」
なるほろ、楓ちゃん低血圧だからなあ…。
この前なんかパジャマのままで廊下で寝てたし…。
あの時は楓ちゃんの意外な一面が見れて嬉しかった。
「で、千鶴さんは?」
「さっき台所に入っていったみたい」
「台所に?」
俺の質問に頷く初音ちゃん。
「うん」
今、ちょっと寒気が…。風邪か?
…ちょうどその時、台所方面から居間に入ってくる人が。
「さあ、出来たわよ〜」
そう言って現れた、千鶴さん。
鍋掴みを装備したその手には、粥が入っているとおぼしき鍋を抱えている。
「わ〜い…って何で千鶴さんが持ってくるんですか!?」
何かイヤな予感がする…。
「え? いえその…梓が忙しいようだから、私が持ってきてあげたんですよ」
「そうなんですか…?」
何か…様子が変なような気が…。
「それはいいですから、冷めないうちにどうぞ♪」
かぱっと鍋のフタを開けると、そこにはお粥がいい具合に出来あがっていた。
「さ、私がよそってあげますからね〜」
千鶴さんがよそったお粥をしげしげと見る、俺と初音ちゃん。
「千鶴さん…これ、ホントに七草粥?」
お粥の中には七草の緑色は全く見えず、その代わりに茶色っぽい細切れの物体がぽつぽつとあるだけだった。
「え…えーっと、確か梓が、『今年は七草じゃなくて、別なもの入れてみよう』って言ってたんですぅ」
「本当?」
繰り返し確認する。
「本当本当」
千鶴さんはそう言いながらも、笑顔が引きつっていた。
…怪しい。
「初音ちゃん、台所に行って梓に確認を取ってきてくれ」
「あ、うん、わかった…」
頷いて出て行こうとする初音ちゃん。
「そ、そんな、耕一さん…私を疑うんですか…?」
千鶴さんは、そう言って涙ぐんだ。
う…そう言われてしまうと、こちらとしては強気には出れないじゃないか…。
初音ちゃんも、部屋から出ずに見守っている。
「…せっかく、出来上がってすぐを耕一さんに出してあげようと持ってきたのに…」
うううっ! 心が痛むお言葉…。
「わ、わかったよ、とりあえず食べよう…」
俺がそう言った途端、千鶴さんはニコパッと表情が明るくなった。
「そうですね、どうぞ召し上がれ♪」
…ウソ泣きですか、千鶴さん?
しかし、食うと言った手前、ここで止めるのも男じゃない…。
しょうがない、千鶴さんの言葉と梓の腕を信じて食うとするか…。

スプーンですくったそれは、紛れもなくお粥である。
しかし、その中にチラチラと入っている物体が気になるのだが…。
千鶴さんはというと、ニコニコして俺の動向を見つめている。
初音ちゃんの方は心配そうな顔だ…。
えーい、もう何でもいいや!
「じゃ…いただきます」
今、まさにお粥が俺の口に運ばれるという、その時。
バターン!
「そのお粥、待ったあっ!」
叫びをあげて現れたのは、梓さん。
戸が壊れんばかりの勢いでの登場だ。
「あ、梓!?」
驚きの声をあげる千鶴さん。
「こぉら、千鶴姉! 人をワイヤーロープでグルグル巻きにして土間に転がしといて、あまつさえ殺人料理で死人を出す気かぁぁぁぁぁっ!」
「な、何だって!」
説明的なセリフだったが、今の一言で全てが判った。
つまりは梓を行動不能にした千鶴さんは、代わりに自分の作ったお粥を持って来たのだ!
「梓、どうやってあのロープを!?」
千鶴さんは、なぜ梓が現れたのか驚いている様子だ。
「…何とか引き千切ったんだよ。さすがにあそこから脱出するのは苦労したよ」
…確かにワイヤーロープを引き千切るのは苦労するだろう…。
というか梓にしか出来まい。
「お、お姉ちゃん…」
悲しそうな表情で千鶴さんを見る初音ちゃん。
「ご、ごめんなさい…一度でいいから、私の作ったお粥を食べて欲しかったんですぅ…」
千鶴さんはそのまま、よよよと泣き崩れた。
…気持ちはわからんでもないが、身の程をわきまえて欲しい…。
「で、中には何が入ってるんです?」
「普通に七草入れるのも何ですから、7種類のキノコを入れたんですが…」
…またかい。
「…何のキノコか言ってみ」
梓がそう促す。
千鶴さんは、少しためらった後、観念したのか話し始めた。
「え、えっと…セイカクハンテンダケ、ドクツルタケ、ワライダケ、ベニテングタケ、ヒカゲシビレタケ、クサウラベニタケ、コレラタケの7種類…」
オイ。
「全部毒持ってるじゃないですかああああああっ!」
「だってぇ、キノコ図鑑見たら色鮮やかで美味しそうなんですもの〜っ」
ダメだこりゃ。
「とりあえず梓、ちゃんとしたの作ってきてくれ」
「了解〜」
梓はそのまま台所へ消える。
「ううっ…なぜなの…なぜ私の料理は誰も食べてくれないの…」
悲しみに暮れる千鶴さん。
「なぜって…材料聞いただけで危ないじゃないですか…」
「食べてもいないのにそんなこと言えるんですか…?」
…食べる以前に危ないんだってのに…。
「じゃ、千鶴さん食べてください」
俺の言葉に、千鶴さんはブンブンと首を振った。
「私は遠慮しときますぅ」
こ、この人は…。

☆☆☆

「ふああ…」
ベッドから起き上がった私は、着替えを済ますと、居間に向った。
がら…。
居間の戸を開ける私。
「…おはよう…」
消え入るようなあいさつをして、私は中に入った。
耕一さん、千鶴姉さん、初音が部屋がいる。
3人は何か言ってるようだけど、寝起きの私はあまり気にせず、いつもの場所に座った。
…目の前にあるのは、一皿のお粥。
あ、今日は七草粥の日だったわ…。
私は、スプーンで一口分をすくうと、そのまま口へ運んだ。
ぱく。
「あああああああああああああっ!」
耕一さんが何か叫んでいるみたいだけど…なんだろう。
そのまま私は、その皿にあるお粥を全て食べた。
「…おいしい」
思わずもれてしまう言葉。
何ていえばいいんだろう。
例えるならそう、この世の物ではない味…。
「あれ…?」
だんだん、視界が暗くなっていく。
それに伴って、何か世界が揺れているように見える…。

そして…フェイド・アウト。

☆☆☆

その後、楓ちゃんは三日間意識を取り戻さなかった…。
(よく死ななかったと思うよ)

…教訓。
「死にたくなければ千鶴さんを台所に入れるな」



ちゃんちゃん♪



あとがき

李俊です。
今回は季節ネタです。
季節ネタで書くのって難しいですね〜。
その日過ぎるとネタが通用しなくなるので、急いであげなきゃならんわけで。
(余裕持って書けよ、自分…)
次回はバレンタインネタかな?

感想お待ちしております。

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